Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第11号

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特集 精神医学研究推進のための人材育成
精神医学研究における非医師および女性研究者の参画状況について
岩本 和也
熊本大学大学院生命科学研究部分子脳科学分野
精神神経学雑誌 120: 1027-1031, 2018

 精神医学研究における非医師研究者の参画状況を科学研究費採択率から調査し課題を考察した.その結果,精神神経科学領域においては,若手研究,基盤研究(C),基盤研究(B)の研究種目において過去16年の非医師研究者の新規採択率はほぼ一定であった.また,若手研究,基盤研究(C),基盤研究(B)と研究費が高額化,助成対象がシニア研究者となるに従い採択率は半減した.同様の傾向は神経内科学領域でも認められたが,免疫学領域では非医師研究者採択率は研究種目ごとにほぼ一定していた.このことから,背景として参画した非医師の若手研究者が十分なキャリア形成を果たせず,精神神経科学領域を離れている可能性が考えられた.また,同様に女性研究者採択率を調査したところ,全研究種目について低いレベルで推移しており,また,高額研究費における採択率の低下も認められた.これは全調査領域に共通しており,研究領域の枠を超えた構造的な問題が背景にあると推察された.

索引用語:non-MD, 科研費>

はじめに
 医師・非医師を問わず研究志望者が減少しつつある現在,人材の育成とその確保は喫緊の課題といえる.しかし,医師研究者と非医師研究者では,取り巻く現状や必要な取り組みは異なると考えられる.本稿では,精神医学研究における非医師研究者の参画状況を科学研究費採択率から調査し課題を考察した.また,同様の調査により女性研究者の参画状況について現状を明らかにした.

I.方法
 科学研究費助成事業データベース(https://kaken.nii.ac.jp/ja/)を利用し,2003年度より2018年度までの16年について,5年ごと合計4年分の新規課題採択状況を調査した.調査対象とした研究種目は,基盤研究(B),基盤研究(C),若手研究,若手研究(A),若手研究(B)とした.若手研究(A),若手研究(B)は2018年度より若手研究として再編されており,これら3種の種目を合わせて「若手研究」とした.調査対象とした細目は,生物系/医歯薬学/基礎医学/免疫学,生物系/医歯薬学/内科系臨床医学/神経内科学,生物系/医歯薬学/内科系臨床医学/精神神経科学とし,2003,2008,2013年度のデータを得た.2018年度から審査区分制が導入されたため,2018年度における調査審査区分は,大区分H/病理病態学,感染・免疫学およびその関連分野/免疫学関連,大区分I/内科学一般およびその関連分野/神経内科学関連,大区分I/内科学一般およびその関連分野/精神神経科学関連とした.なお,データベースは2018年5月1日時点のものを利用した.
 医師・非医師の判別は,厚生労働省が提供する医師等資格確認検索(https://licenseif.mhlw.go.jp/search_isei/)を用いた氏名検索により行った.加えてResearchmap(https://researchmap.jp/),J-GLOBAL(http://jglobal.jst.go.jp/),氏名,所属,略歴を用いたグーグル検索(https://www.google.co.jp/)による上位10件以内の情報を参照し判断した.これらの検索は,2018年5月7日から5月25日までに行った.

II.結果
 2003年度より2018年度までの16年について,5年ごと合計4年分の精神神経科学領域の科学研究費補助金の新規課題採択の状況を調査した.調査項目は,①新規総採択件数,②非医師研究者の占める割合,③女性研究者(医師・非医師を問わない)の占める割合の3点である.比較のため,精神神経科学に加え,神経内科学,免疫学領域を調査に加えた.以下本文中では,研究種目について,基盤研究(B),基盤研究(C)をそれぞれ「基盤B」「基盤C」と表記した.細目・審査区分については,免疫学・免疫学関連を合わせて「免疫」,神経内科学・神経内科学関連を「神経内科」,精神神経科学・精神神経科学関連を「精神科」とし,適宜領域を付加して表記した.

1.新規採択件数の推移
 新規採択件数の推移を図1に示した.若手研究では各領域とも2003年から2013年度まで顕著な増加を示したが,2018年度に総採択数が減少を示した.これは科研費制度改革による影響を受けたと考えられる.基盤Cでは,精神科,神経内科および免疫領域において,総採択件数は2003年度から増加を示した.一方,基盤Bでは3領域すべてで新規採択件数は,年間約10件程度であり総採択件数に顕著な変動は認められなかった.

2.非医師研究者の採択の状況
 新規採択件数における非医師研究者の占める割合の推移を図2に示した.若手研究および基盤Cでは,神経内科領域において非医師研究者採択率の低下が度々認められるものの,精神科および神経内科領域において,調査年度間で大きな増減は認められなかった.両領域とも基盤Bの非医師研究者採択件数は年間0~1件程度であった.平均採択率は,精神科領域では若手研究25%,基盤C 14%,基盤B 7%であり,神経内科領域では,若手研究22%,基盤C 10%,基盤B 6%であった.免疫領域では,若手研究,基盤Cで新規採択件数に占める非医師研究者の割合は60%程度で維持されていた.また,基盤Bにおいては2003年度10%から2018年度では57%と上昇を示した.平均採択率は,若手研究65%,基盤C 60%,基盤B 35%であった.

3.女性研究者の採択の状況
 新規採択件数における女性研究者の占める割合を図3に示した.若手研究では,2018年度において,精神科および神経内科領域で前年度までと比較して上昇が認められたが,全体として20%以下のレベルで推移していた.免疫領域では若手研究,基盤Cにおいて精神科領域,神経内科領域より採択率が低かった.

図1画像拡大
図2画像拡大
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III.考察
1.非医師研究者の採択状況についての考察
 精神科領域における若手研究および基盤Cの新規採択件数は年々増加傾向にある.これに対して若手研究の非医師研究者の新規採択率は,過去16年で平均25%,基盤Cは平均14%でほぼ一定しており,採択率の増加は認められなかった.若手研究や基盤Cはキャリア初期の非医師研究者にとって基礎となる重要な研究費であり,一定の採択率が確保されていたのは評価されるべきであろう.また,結果として,新規参入者の総数は増加していると推測される.
 注目すべき点は,非医師研究者の新規採択率は若手から基盤C,基盤Cから基盤Bへとほぼ半減していき,基盤Bでは平均7%と狭き門となっていることである.この状況は神経内科領域でも同様であった.対照的に免疫領域では,若手研究と基盤Cの非医師研究者採択率にほぼ差がなく,また,基盤Bの非医師研究者採択率が年々上昇し,近年では若手研究や基盤Cと同じレベルに達しようとしていた.
 精神科領域における適切な非医師研究者採択率は不明であるが,研究種目間で採択率に差異があり,特に高額研究種目になるほど採択率が低下する状況には,何らかの考察すべき問題が背景にあると考えられる.直接的な原因としては,基盤研究で非医師研究者からの十分な総申請件数があるにもかかわらず採択率が低いのか,総申請件数が少ないので採択率も低いのかが考えられる.いずれにせよ,若手研究で参画した非医師研究者が十分なキャリア形成を果たせず,精神科領域に定着できないことを反映している可能性があるのではないだろうか.

2.女性研究者の採択状況についての考察
 非医師採択率と比較し女性研究者採択率は,どの研究種目においても達成目標は明確であり50%であろう.しかし,採択率は調査した免疫領域を含む3領域の全種目において,20%程度と低い状況で推移していた.また,非医師採択率と同様,高額研究費においてさらに採択率が低下する状況も認められた.これらのことから,女性研究者採択率の問題は,特定の研究領域の問題ではなく,日本社会や科学界における構造的な問題に起因していると考えられる.本調査で十分な議論をすることは著者の能力を超えるが,科学界での抜本的な改革に加え研究領域ごとの環境整備が必要なことは明白であろう.

3.本調査のリミテーションについて
 本調査は,①採択者データの解析であり,申請者全体の解析が行えていない.例えば,非医師研究者の総申請件数が減少している場合は,採択率が一定だとしても実質の採択率は上昇したと考えるべきであろう.また,②細目・審査区分の特性を考慮していない.細目・審査区分がカバーする研究領域が明らかに臨床色が強ければ非医師研究者の申請や参画は当然少なくなると考えられる.また,精神科領域の基礎研究は,神経科学やゲノム科学など多岐にわたると考えられ,これらの細目・審査区分への参画状況を総合的に捉える必要がある.このような考察抜きで非医師研究者の精神科領域への参画率について高低を論じるのはナンセンスであろう.加えて比較として免疫領域を選択しているが,より広範囲な比較が必要であろう.最後に,③科研費以外の研究種目は対象としていない.日本医療研究開発機構や科学技術振興機構の課題の採択状況は考慮していない.これらには大型研究費が多く含まれることから日本の研究推進の中核を果たしていると考えられるが,本調査には反映されていない.
 また,技術的なリミテーションとして,医師・非医師の判別に誤りが含まれる可能性がある.判別は医師データベースを基本としているため,登録をしていない医師や,検索氏名と登録氏名が一致しない場合は検出されない.方法論に記載したフォローアップ検索を行っているが,結果として,医師を非医師と誤って判断し,非医師研究者採択率を高く見積もっている可能性がある.また性別に関しては,医師データベース,フォローアップ検索で正確な性別が不明の場合は,氏名から推定した.また,科研費細目の分類はマイナーチェンジが繰り返されており,2018年度からは審査区分制が導入され大きな変更が加えられた.このため,年度間の比較解析に一貫性が担保できていない可能性がある.ただし,精神科領域は大きな影響を受けていないと考えられ,また,同様に分類変更の影響が小さいと考えられる2領域を選んで本調査を行った.

おわりに
 本稿は,2017年に開催された第113回日本精神神経学会学術総会シンポジウム「精神医学研究推進のための人材育成」での著者の発表「PhD研究者の立場から」をもとに,新たに調査を加え,なるべく客観的な数値をもとに執筆を試みたものである.日本の精神医学研究発展の一助となれば幸いである.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 データベース検索を行っていただいた松本幸子氏に感謝申し上げます.

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