わが国の自殺予防対策において,ゲートキーパー養成が重視されてきた.しかし,多くの地域で,効果的なゲートキーパー養成がなされているとは言い難い状況がある.医療者もまたゲートキーパーの一員であるが,著者らは,2006年からその実務が開始された自殺対策ための戦略研究・ACTION-Jにおいて,医療機関を拠点としたケース・マネージメント介入が,自殺未遂者の自殺再企図を抑止できるか否かを検証し,結果として一定期間,高い自殺再企図抑止効果があることが明らかにされた.著者らが開発したケース・マネージメント・プログラムは,詳細な精神医学的・心理社会的評価を基盤に,未遂者の個別性に配慮し,精神医療へのつなぎを含むソーシャルワーク介入がその中心をなすが,介入のプランニングとコーディネート,導入,そしてその活用状況と効果について継続的にフォローをするなど,「丁寧なつなぎ」と「つないだ後のケア」がその真骨頂であった.また,患者のセルフ・ケアの涵養をも重視したものであった.このACTION-J介入モデルは,その後,厚生労働省によって事業化され,2016年度より,新規に診療報酬加算項目に導入された.ACTION-Jは,個別性の高いケアとつなぎの有効性についてそのエビデンスを明らかにしたが,これを手がかりにさらに新たな介入モデルや研究成果が派生し,自殺予防方略が発展していくことが期待される.
はじめに
自殺予防対策の枠組みで企画された本特集のテーマは,「ゲートキーパーがつないだ先の支援はどうなっているのか」である.自殺予防のゲートキーパーとは,一般に,メンタルヘルスや自殺予防に関する重要性の理解や知識をもち,メンタルヘルス不調や自殺に傾く人に気づくことができ,そしてその人々に適切に対応し,支援につなげることのできる人材のことを示す.
わが国の自殺問題の深刻さに対応して,2006年に自殺対策基本法が成立し,2007年に自殺総合対策大綱6)が成立したが,当初より,「ゲートキーパー」の重要性が指摘されていた.そして,その語が氾濫し,各地でゲートキーパー養成研修会などが開催された.ただ,ゲートキーパーの意味や役割をあまり理解していない地方公共団体では,これと自殺予防の啓発活動とを混同し,講師を呼んではただ単に講演会をさせたり,民生委員児童委員や住民を動員し,これではとてもゲートキーパー養成とはいえないようなロールプレイをさせたりしていた.今でも,多くのゲートキーパー養成研修会が単発だったり,被養成者と行政が連携する体制がとられないままだったり,ネットワーク化の兆しもなく,ただやりっ放しのものが多いと聞く.
ゲートキーパーを広義にとらえれば,医療者もまたゲートキーパーであり,特に,精神科以外の医療現場でのメンタルヘルス不調者,そして自殺のハイリスク者への気づきと対応が重要である.最近,わが国で実施された,「自殺企図の再発防止に対する複合的ケース・マネージメントの効果:多施設共同による無作為化比較試験(ACTION-J)」3)4)は,救命救急センターに搬送された自殺の超ハイリスク群,自殺未遂者に対して,医療スタッフが所定のケース・マネージメント介入プログラムを実施することで,自殺の再企図が抑止されることを科学的根拠をもって示し,この介入モデルがわが国で医療事業化,施策化された.このケース・マネージメント介入は,医療スタッフが積極的かつ個別性をもって未遂者に介入し,社会資源に丁寧につなぎ,つないだ後もその効果をアセスメントし,継続的に当事者をフォローアップ・ケアしていくというものである.このモデルは,本特集の趣旨に照らして,まさに1つのモデル事例となりうるものである.
I.ACTION-Jが明らかにしたケース・マネージメント・プログラムの有効性
2005年に,厚生労働省が,日本人の健康問題について特に解決優先度が高いと考えられるものについて,科学的根拠に基づく施策化をもってこれを解決することを目的に,その科学的根拠をたたき出すしかけとして大規模厚生労働科学研究補助金事業,「戦略研究」を立ち上げた7).戦略研究初年度は,「糖尿病」と「自殺問題」が研究課題として掲げられた.かねてから日本の自殺率は世界的に高い水準で推移していたが,特に1998年に自殺者数が急激に増加し,さらに深刻の度合いを増していた.戦略研究課題,「自殺問題」の1つの研究課題として自殺未遂者の自殺再企図防止のための介入研究が提案され,ACTION-Jが開始されることとなった.保健医療上の課題の解決には,危険因子の同定とその制御が重要となる.自殺の危険因子として表1のものが提示されているが,実は,それらの危険因子群の中で最も明確な因子が,本稿で扱う「自殺未遂」の既往なのである1)2)9).
ACTION-Jの研究現場の拠点として考えられたのは,未遂者が数多く搬送される救命救急センターであった.救急搬送をされた未遂者の自殺再企図防止方略について,当時,エビデンスをもって確立された手法は存在しなかったが,国内では,岩手医科大学や横浜市立大学で,救命救急センターと精神科との協働により,ケース・マネージメント手法を用いた自殺未遂者への全例介入が実施されており,予備的研究によりその有効性が示唆されていた8).そこで,当時,横浜市立大学で活動をしていた著者らがACTION-Jの研究プロトコル案を作成し,生物統計家などの協力を得て研究プロトコルが確定された.介入手法は,ケース・マネージメントとし,研究班で所定のプログラムを作成した(表2).研究デザインとしては,自殺再企図(初回)の発生をプライマリ・アウトカムとして,多施設共同無作為化比較試験によりこのケース・マネージメント介入の有効性を検証することとした.一連の流れを要約すると,未遂者に対して,搬送直後から心理的危機介入を行い,精確な精神医学的評価と心理社会的評価を実施し,それに応じて心理教育を行い,そして個別性の高い,継続的なケース・マネージメント介入を定期的に,最低1.5年間にわたって行うというものであった.
研究結果であるが,このトライアルに914名の自殺未遂患者が登録され,460名が試験介入群に,454名が通常介入群(いわゆる対照群)に割り付けされた.通常介入群(いわゆる対照群)にもかなり強い介入を行ったが,それでも試験介入群では自殺再企図の発生割合が低く,通常介入群における再企図発生割合を1とした場合の試験介入群における再企図発生割合の比(リスク比)は割り付け後1ヵ月の時点で0.19(95%信頼区間0.06~0.64,P=0.0075),3ヵ月の時点で0.22(0.10~0.50,P=0.003),6ヵ月の時点で0.50(0.32~0.80,P=0.003),12ヵ月の時点で0.72(0.50~1.04,P=0.079)そして18ヵ月の時点で0.79(0.57~1.08,P=0.141)となり,特に6ヵ月の時点まで有意な低下が認められた.サブグループ解析を行った結果,「女性」「40歳未満」,そして「過去の自殺企図の既往をもつ対象者」の群では,「既往をもたない対象者」の群と比較して有意に再企図の発生割合が低かった3).この研究成果は,未遂者の自殺再企図防止を初めて高いエビデンス・レベルで明らかにしたものとして注目された.
II.ACTION-J介入モデルの事業化と施策化
ACTION-Jに携わった研究者と臨床家は,その後,厚生労働科学研究補助金を得て,ACTION-Jのケース・マネージメント・プログラムを忠実に実施することのできる人材(精神科医,精神保健福祉士,心理士など)を養成するための教育プログラムの開発に着手した(研究代表者:山田光彦).当然のことではあるが,ACTION-Jで自殺再企図を抑止することができたのは,単に自殺未遂者にソーシャルワーク支援をしたからでなく,ACTION-Jの介入プログラムを忠実に実施したからである.したがって,ACTION-J後に大事なことは,ACTION-J介入プログラム実践のためのケース・マネージャーの養成と,介入プログラムを着実に実施できるような医療体制の整備を可能とする施策化であった.
山田班は,2013年度に,講義と実習からなる2日間の研修プログラム・パイロット版を作成し,確定版へと高め,これを試行的に継続実施してきた.そうこうするうちに,2015年度に,厚生労働省が,ACTION-J介入モデルの実践を推進するための自殺未遂者再企図防止事業を立ち上げ,全国9施設がこの事業に応募,採択され,ACTION-J介入モデルを医療現場で実践し,地域への普及活動も行うこととなった5).次いで,2016年2月にACTION-J介入モデルの診療報酬化が中医協から厚生労働大臣に答申され,4月にこれが新設された.その内容を表3にまとめた.これはリエゾン加算を算定することが可能な医療機関に限っての措置であり,たいへん間口は狭いが,不適切な自殺未遂者対応で診療報酬請求をするようなことがないようにという厚生労働省の意図が垣間見られる.ここに明記されている「適切な研修」とは,前述の,山田班による2日間にわたる研修会をベースにしたものにほかならない.その研修要綱について,表4に示した.
このように,自殺未遂者にかかる医療者の問題意識と社会的課題が救急医療現場から自然発生し,1つの介入モデルが提案され,これがグッド・プラクティスと見なされ,予備的研究から大型研究プロジェクト・ACTION-Jへと発展,多施設共同無作為化比較試験という困難なハードルを乗り越えてエビデンスをたたき出し,さらに事業化,医療施策へと進展した.これは,臨床研究に従事する著者らにとっては理想的な展開であり,関係者にとって大きな喜びであった.本稿のテーマである.「ゲートキーパーがつないだ先」に照らせば,ゲートキーパーは,救急医療スタッフであり,つないだ先の精神科医や精神保健福祉士,心理士は,未遂者を地域保健・福祉につなぎ,また地域保健・福祉のほうから医療に情報提供がなされつながることで未遂者を取り巻く地域支援体制が構築される.なお,ACTION-Jの成果により,ケース・マネージメントの要である精神保健福祉士が入院・外来で診療報酬加算請求を担う立場となったことも画期的なことであった.
おわりに
おわりに,つないだ後の課題について述べたい.
ACTION-J介入モデルの信条は,「丁寧なつなぎ」である.ただつなぐだけではなく,自殺未遂者の個別性を重視し,その個人に最も必要な社会資源を,短期的な視点,中長期的な視点をも考慮してつなぐ.つないだ後も,その社会資源導入がメンタルヘルスや自殺予防に有効であったのかどうかを継続的な面接により確認し,必要に応じて改善を図る.なお,つなぎの過程にはなるべく未遂者本人が参加することを重視する.これはセルフ・ケアの導入である.これらの作業に際しては,毎回,包括的なプランニング・シートが作成される.
本稿の冒頭に,ゲートキーパー養成の現状について批判的コメントを書いたが,翻って,つなぎの現状はどうであろうか.医療施設や地域では,つなぎっ放しの現状はないだろうか.心理臨床に携わるものであればよくわかっているはずのことであるが,メンタルヘルス不調者,ないしは精神疾患罹患者は,援助希求能力が低下しているために,ただつなぐだけ,つなごうとするだけではそれを利用,活用するところまでたどり着くことができない.
ACTION-Jは,一般三次救急医療施設での介入を想定したモデルであり,もちろんACTION-J介入モデルだけではすべての自殺未遂者や自傷行為者に対応できるわけではなく,まだ課題はいくつも残されている.この介入モデルが強力に力を発揮したのは介入開始後6ヵ月までであり,その後は,やはり地域精神保健・福祉システムの効果的な活用,逆に言えば地域のケア・ギヴァーの効果的な介入が必要である.しかしながら,本稿で強調したかったのは,真に「丁寧なつなぎ」と「つないだ後のケア」は,自殺予防にとても大切なことだということである.それを高いエビデンス・レベルで示したACTION-Jの成果を得て,さらに自殺予防に資するグッド・プラクティスや臨床研究が発展していくことを願う.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) Da Cruz, D., Pearson, A., Saini, P., et al.: Emergency department contact prior to suicide in mental health patients. Emerg Med J, 28; 467-471, 2011
2) Isometsä, E. T., Lönnqvist, J. K.: Suicide attempts preceding completed suicide. Br J Psychiatry, 173; 531-535, 1998
3) Kawanishi, C., Aruga, T., Ishizuka, N., et al.: Assertive case management versus enhanced usual care for people with mental health problems who had attempted suicide and were admitted to hospital emergency department in Japan (ACTION-J): a multicentre, randomised controlled trial. Lancet Psychiatry, 1; 193-201, 2014
4) 河西千秋, 米本直裕, 山田光彦ほか: 自殺企図の再発防止に対する複合的ケース・マネージメントの効果: 多施設共同による無作為化比較試験 (ACTION-J): その背景と成果・展望. 最新精神医学, 20; 203-211, 2015
5) 厚生労働省: 平成28年度自殺未遂者再企図防止事業実施団体公募 (http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000116640.html) (参照2016-10-30)
6) 厚生労働省: 自殺総合対策大綱 (http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000131022.html) (参照2016-10-30)
7) 厚生労働省: 戦略研究について (http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/kenkyujigyou/senryaku_kenkyu.html) (参照2016-10-30)
8) Nakagawa, M., Yamada, T., Yamada, S., et al.: A follow-up study of suicide attempters who were given crisis intervention during hospital stay. Psychiatry Clin Neurosci, 63; 122-123, 2009
9) Nordentoft, M., Mortensen, P. B., Pedersen, C. B.: Absolute risk of suicide after first hospital contact in mental disorder. Arch Gen Psychiatry, 68; 1058-1064, 2011