Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第119巻第6号

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特集 自殺ハイリスク者の支援について考える―ゲートキーパーがつないだ先の支援はどうなっているのか―
救急告示病院と行政機関連携による自殺未遂者への相談支援
辻本 哲士1), 宇野 千賀子1), 西田 大介2), 木村 里美3), 中村 隆志3)
1)滋賀県立精神保健福祉センター
2)京都橘大学
3)済生会滋賀県病院
精神神経学雑誌 119: 414-421, 2017

 自殺未遂者の再企図防止は自殺予防対策において大きな柱である.滋賀県立精神保健福祉センターは自殺予防情報センターを設置し,2014年8月から,「湖南いのちサポート相談事業」を実施している.協力病院である圏域の救急告示病院に自殺未遂者が搬送されると,病院スタッフは自殺未遂者あるいは家族にこの事業の説明をする.支援同意が得られると,病院スタッフから自殺予防情報センターに情報が送られる.センタースタッフは自殺未遂者や家族に連絡をとり,相談支援を始める.自殺未遂に至った状況を整理し,圏域保健所,市担当課,その他の生活支援機関などと連携協力して支援を継続する.湖南圏域以外の県内圏域でも同様の行政連携事業が展開され,2015年度は県全体で100件以上の自殺未遂事例にかかわっている.滋賀県自殺未遂者支援体制検討会議も開催され,それぞれの圏域の特性を反映した事業を展開している.

索引用語:自殺未遂者, 救急告示病院, 行政機関, 相談支援>

はじめに
 世界保健機関が,自殺企図は自殺の最大の危険因子であると報告5)しているように,自殺未遂者の再企図防止は自殺予防対策にとって重要である.自殺未遂者が再企図しないよう支援するには,救急科と精神科の医療連携,保健福祉,教育,労働,その他関係機関の協力体制が必須である.日本において,自殺未遂者の再企図防止の有効性が確認されているものとして,「自殺企図の再発防止に対する複合的ケース・マネージメントの効果:多施設共同による無作為化比較試験(ACTION―J)」1)がある.自殺企図後に救命医療施設に搬送された患者に対して,ケース・マネージメントのプログラムを入院中と退院後に行うと,介入開始から半年後の時点で約50%再企図者の減少効果があるとされている.ACTION―Jが実施できるのは,救急医療と精神科医療が緊密に連携でき,かつ,十分にトレーニングを受けたケース・マネージャーの存在が必須である.しかし,全国的には,このような体制で自殺未遂者対応のできる医療機関は限られている.そこで,滋賀県では現状の社会資源での自殺未遂者支援のあり方を検討し,自殺未遂者とその家族に対して,滋賀県自殺予防情報センター(以下,予防センター)をはじめとする行政機関と救急告示病院との連携による支援事業を実践してきたので報告する.

I.滋賀県の現状
1.自殺・自殺未遂者の状況
 滋賀県の人口は2015年国勢調査では1,413,184人(男性696,887人,女性716,297人),内閣府自殺対策推進室によれば2014年滋賀県内の自殺者数は259人で男性168人,女性91人(2014年調査期間に滋賀県内に居住していた自殺者),自殺死亡率18.25は全国35番目である2)
 辻本ら4)が行った自殺企図者の実態調査では,2010年1月の1ヵ月間で,未遂・完遂合わせて自殺企図にて滋賀県内の公的救援機関(病院,消防,警察)がかかわった事例は94人で,内訳は自殺未遂者が54人,自殺完遂者が40人であった.公的救援機関がかかわる自殺未遂者は,自殺完遂者数の1.35倍程度であることが明らかになり,自殺未遂者支援を行うハード・ソフト両面の体制は,自殺完遂者の3~4割増の数を想定すれば整備できると考えられた.

2.精神科・身体科救急医療の体制
 滋賀県の二次医療圏域は7圏域である.入院病棟をもつ精神科病院は13ヵ所(精神科病床数2,459床),精神科外来診療のみの一般病院は5ヵ所,精神科・心療内科クリニックは24ヵ所である.精神保健指定医は人口10万人あたり約7人と全国で4番目に少ない.身体科救急に関しては,救急告示病院が32ヵ所,救命救急センターは4ヵ所ある.
 滋賀県には精神科救急医療システム事業がある.緊急な医療を必要とする精神障害者などの医療および保護を迅速かつ適切に行うため,精神科医療機関,保健所,精神保健福祉センター内の精神科救急情報センター,警察および消防などの関係機関が連携している.主に病的体験に左右された多動や興奮状態による他害行為事例を想定したシステムであり,身体科治療が優先される自殺未遂・自傷行為については対応が難しい状況がある.また,身体科と精神科の病院・診療所の日常診療レベルの関係性は良好であるが,救急科から精神科に積極的かつ確実な橋渡しができるシステムまでは構築されていない.

II.行政機関が行う自殺未遂者への支援
1.相談支援事業の立ち上げ経過
 2014年5月,湖南圏域(草津保健所管内の草津市,守山市,栗東市,野洲市の4市,人口は約32万人)を対象地域として,湖南圏域自殺未遂者支援体制検討会議を立ち上げた(救急告示病院7病院,精神科病院2病院,精神科診療所代表,草津保健所,管内4市,滋賀県障害福祉課,予防センターが参加).自殺未遂者の再企図防止の対策を検討し,同年8月から予防センターが窓口となり,自殺未遂者の再企図防止支援事業「湖南いのちサポート相談事業」(以下,サポート事業と略す)を開始することとなった.大量服薬やリストカットといった事例も,自殺未遂と自傷行為を鑑別することは困難であり,自傷行為も長期的には自殺完遂のリスクが高まることから,サポート事業の対象者に含めることとした.

2.湖南いのちサポート相談事業の概要
 予防センターが実施主体となり,湖南圏域の救急告示病院7病院,保健所,市,その他関係機関の協力を得て実施する.予防センタースタッフは正規職員の兼任常勤2名(約5割の業務ウェイト),専任嘱託職員2名,合わせて4名で構成され,保健師・精神保健福祉士・臨床心理士などの多職種チームとして活動している.サポート事業の流れを図1に示す.協力病院となった救急告示病院に自殺未遂者が搬送されると,病院の救急部門において,病院スタッフが自殺未遂者と家族に対して事業内容についてリーフレットを使って説明する.自殺未遂者または家族から事業の同意が得られると,救急告示病院から予防センターにFAXなどを用いて自殺未遂者や家族の情報が伝えられる.予防センタースタッフは,自殺未遂者が入院中であれば救急告示病院にて,帰宅していたら訪問や来所などにより自殺未遂者または家族と面接し,自殺未遂に至った背景の確認,抱えている問題などを整理し,保健所や居住地の市担当者と連携しながら支援方針を立てる.自殺念慮が持続していたり精神症状が強い時期は予防センタースタッフを中心に,精神症状が落ち着いた後は市の担当者が引き継ぐ形で,地元の生活支援機関,福祉機関,介護保険機関,労働・教育関係機関,司法関係機関,かかりつけの精神科医療機関など必要な関係機関が協力し,継続した支援を行う.救急告示病院に対しては,初回面接後の早い時期から紙面による報告などによって,支援状況のフィードバックを行う.救急告示病院に搬送された際に精神科未受診で,精神科医療が必要と判断された事例については,予防センターが精神科医療機関につなぐ役割を果たす.

3.事業の評価方法
 予防センター主催で,事例検討会を定期的に開催し,支援した自殺未遂者についての背景理解,支援の方向性や役割分担,支援終了時期などを関係者間で共有している.支援終了と判断した事例についても,自殺未遂後2年間は再企図がないか自殺未遂者本人や家族,関係者に確認をとっている.年間2回,「湖南圏域自殺未遂者支援体制検討会議」を開催し,事業全体の評価を行い,実施方法の改善点を検討している.

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III.結   果
1.圏域における支援について
 サポート事業開始から2016年3月31日までのべ56件の支援を行っている.そのうち,2015年4月1日から2016年3月31日までの支援実績を示す(表1).1年間でのべ34件の自殺未遂者支援を行った.実人数は32人で,支援開始後も自殺未遂を2回以上繰り返した事例(いわゆるリピーター)は2人いた.性別に関しては女性への支援が男性の2倍以上の数となっていた.年齢については30代が最も多く,次いで20代・50代,そして10代・40代の順に支援が多かった.自殺未遂手段は過量服薬が64.7%,リストカットが20.6%と,致死性の低い手段が約8割を占めていた.自殺未遂歴有が61.8%でサポート事業からも,自殺企図は繰り返されやすい行為であることがわかった.精神科通院状況では,通院中が55.9%,治療中断が8.8%と何らかの精神科のかかわりがあった事例が65%を占め,精神科治療の重要性が再認される結果であった.精神疾患の種別はF3のうつ病圏が38.2%と多かった.精神科以外には支援機関をもたない事例が58.8%を占め,医療以外の生活相談(母子育児,生活保護,高齢・障害福祉など)ができていない状況が明らかとなった.再企図のリスクアセスメントに関しては,予防センター内で作成したリスクアセスメント票を用い,自殺に関する危険因子と保護因子を見立て,軽度から非常に高度までの危険度評価を行った.サポート体制などを勘案し,継続的な見守りや危機対応の準備,早急な安全確保など,支援の濃淡や優先順位を設定し,当面の方針を決めていった.相談事業に対して,家族の同意はとれているが,自殺未遂者本人が同意しない場合は,家族に対する寄り添い支援を主に行い,相談機関に関する情報提供や日常生活における環境調整を行う中で,家族全体に包括的にかかわっている.

2.圏域内の代表的な救急告示病院(済生会滋賀県病院)の自殺企図数の状況
 済生会滋賀県病院は,予防センターと同じ圏内にある病床数393床の総合病院である.救命救急センターを有する施設としては,病床規模は小さいものの,近畿地方の救命救急センター中で,多くの救急車を受け入れている病院の1つである.精神科・心療内科は非常勤精神科医によって院内診療のみを行っている.サポート事業開始前の2012年に救命救急センターに搬送された年間自殺企図数は77人(83件)で,完遂6人(6件),未遂68人(77件),頻回企図者(リピーター)は8人(11.8%)であった.サポート事業実施後の2015年の年間自殺企図数は56人(68件)で,完遂3人(3件),未遂53人(65件),頻回企図者(リピーター)2人(3.8%)となり,自殺未遂者数ならびに頻回企図者は減少していた.2015年度の済生会滋賀県病院における自殺未遂者支援において,「湖南いのちサポート相談事業」につながった事例は33件(同意取得率:50.8%),病院のみでの支援事例は6件であった.

3.サポート事業開始後の済生会滋賀県病院スタッフの意識変化について
 済生会滋賀県病院は,サポート事業の協力病院になる前から,多くの自殺企図者を受け入れていた.事業の開始前,病院スタッフは自殺未遂者が搬送されるたびに,否定的な感情を抱きがちであった.精神科常勤医師が不在であるため,自殺未遂者が搬送されてもタイムリーな精神科診察は受けられない状況にあった.また病院スタッフは初期介入に戸惑い,家族支援ができない,連携できる関係機関の情報がないなどの課題を抱えており,身体科救急患者に対してルーチンとしてバイタルチェックを実施するのと同様に,自殺未遂者に対しても「TALKの原則(T:TELL,A:ASK,L:LISTEN,K:KEEP SAFE)」を使い,死にたい気持ちを確かめる取り組みを進めている時期にサポート事業の協力病院となった.自殺未遂者に対する院内連携フロー図(図2)も作られ,「頻回企図者が減った実績・実感がもてる」「ERでサポート事業の説明をして,同意書は渡しています」「ご本人は拒否されましたので,家族に確認をお願いします」など,自殺未遂者支援の連携必要性に対する意識は定着しつつある.「意識のレベルが戻ってきたので話を聴いてみます」「自殺についての話になると黙ってしまうからまだ心配」「家族ともゆっくり話してみます」など,死にたい気持ちを聴くことの重要性についても理解が深まり,「同意とれた,よかった」「サポート事業につながって,ひとまず安心」など,自殺未遂者支援の具体的な連携先がわかることで,病院スタッフの無力感・不全感が減り,安心感・達成感が増える結果となっていた.

4.自殺未遂者対策の県全体への広がり
 2008年以降,滋賀県内の複数の圏域や市において,自殺未遂者の再企図防止対策が行われてきた(図3).2011年に彦根市自殺未遂者対策ネットワーク事業,2013年に大津市いのちをつなぐ相談員派遣事業,2014年に東近江圏域自殺未遂者支援連絡体制,湖南いのちサポート相談事業,2015年に甲賀保健所および公立病院における自殺未遂者支援事業などである.2014年度からは滋賀県自殺未遂者支援体制検討会議も定期的に開催され,圏域特性を反映した事業展開の報告の場となっている.精神科病院代表,精神科診療所代表,各圏域の保健所,市担当課,救急告示病院のスタッフ,県庁担当課,精神保健福祉センターなど,約30人の関係者が集まり,現状報告や課題について意見交換し,先行する取り組みを活かす形でのマニュアル検討,圏域を越えた場合の支援のあり方などを話し合っている.2015年度,①大津圏域で23件,②湖南圏域で34件,③甲賀圏域で7件,④東近江圏域で3件,⑤湖東圏域で34件,県全体で100件以上の自殺未遂者などに対する行政機関連携による相談支援が行われている.

表1画像拡大
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IV.考   察
 救急告示病院と行政機関連携による自殺未遂者への相談支援は,①予防センターなどの専門職員が支援の中心を担うことで,自殺未遂者の再企図リスクのアセスメントができ,強い自殺念慮や精神症状がある時期にもかかわりをもつことができる,②行政が活動できる日勤時間中に対応できる(休日夜間の搬送者は,翌日・週明けと比較的早期に),③他機関・多機関と協力して地域の特性を活かすソーシャルワークを中心とした伴走型支援ができる,④自殺未遂者だけでなく家族にもかかわれる,⑤精神科・救急告示病院・保健福祉サービスなどの関係機関で情報を共有しやすく,継続的な支援につなぎやすいなどの特徴をもつ.
 高橋3)は,自殺の危険の背景に精神障害が存在する場合は,正確な診断やその重症度に基づいた集中的かつ長期的な治療が必要なこと,周囲の人々との絆を回復するように働きかけることが重要であり,医療側の努力だけで常に患者の安全を確保することは不可能であると報告している.自殺未遂者の再企図を長期的に予防していくには,さまざまな関係機関が連携をとりながら,自殺未遂者と家族を継続的に支援していくことが重要である.また,自殺未遂した事例の背景・傾向を分析することも,支援の組み立てには重要である.
 広い意味での自殺予防対策として,今回,救急告示病院と行政機関の間で協力体制が整備されたことで,病院スタッフや市町村職員,保健福祉関係者にゲートキーパーの役割意識が生まれ,精神科合併症対策の進展も期待できる状況となった.関係機関が連携して支援を行っていく中で顔が見える関係ができ,発達障害・引きこもり対策,生活困窮者対策,依存症対策,事件事故メンタルヘルス対策など,さまざまな分野での事業協力を進めることも可能となっている.自殺予防対策を活用して他機関・多機関と連携し,有効な地域精神保健福祉活動を進めることも重要である.

おわりに
 本事業では,支援できた自殺未遂者の事例数がまだ少なく,事業の効果を検証できるまでには至っていない.滋賀県内各圏域の状況に応じた支援を実施しながら,自殺未遂者のその後の状況を分析し,行政機関連携による再企図防止の効果について検証していく必要がある.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Kawanishi, C., Aruga, T., Ishizuka, N., et al.: Assertive case management versus enhanced usual care for people with mental health problems who had attempted suicide and admitted to hospital emergency departments in JAPAN (ACTION-J): a multicenter, randomized controlled trial. Lancet Psychiatry, 1 (3); 193-201, 2014
Medline

2) 内閣府自殺対策推進室:平成26年における自殺の状況(http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/toukei/h26.html)(参照2016-08-05)

3) 高橋祥友: 自殺の危険:臨床的評価と危機介入 第3版. 金剛出版, 東京, 2014

4) 辻本哲士, 辻 元宏, 山田直登: 公的救援機関が関わりを持った自殺企図者の実態. 精神経誌, 113; 1076-1085, 2011

5) World Health Organization: Preventing Suicide: A Global Imperative. 2014(小高真美,高井美智子,山内貴史ほか訳:自殺を予防する世界の優先課題.国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺予防総合対策センター,2015)

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