著者が研究代表者を務めた厚生労働科学研究で行った調査では,自閉スペクトラム症(ASD)の早期発見・早期支援の地域システム整備が行われたわが国のいくつかの地域において,ASD診断例の頻度が幼児期のうちに人口の3~6%に達していた.本稿では,その背景に過剰診断あるいは診断見逃しの可能性がどの程度あるのかを考察した.ASDにおいて過剰診断や診断見逃しの問題がクローズアップされやすい背景には,診断基準に症状と経過だけでなく社会適応の軸が導入されていること,研究と支援ニーズの把握という目的の違いによって含められる範囲が異なることなどが挙げられる.幼児期にASDと診断された子どもの一部は,成人期までに著者のいう「非障害自閉スペクトラム(ASWD)」に移行する.この群は結果的には過剰診断の可能性もあるが,もし幼児期にASDと診断されなかったら逆に支援を要する状態が続いているのかもしれないため,一概にそう断定するわけにもいかない.幼児期にAS特性が把握できたケースについては,ASD診断は慎重にすべきとはいえ,何らかの形でフォローアップしておくことが求められる.
わが国における自閉スペクトラム症の早期診断の実態―多地域疫学調査より―
信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部
精神神経学雑誌
119:
727-735, 2017
<索引用語:自閉スペクトラム症(ASD), 早期診断, 過剰診断, 診断見逃し, 疫学>