Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第118巻第1号

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特集 各領域から考える自殺予防と精神保健―大学,病院,企業における現状と課題―
医学部と病院を擁する大学の教職員のメンタルヘルス支援体制の構築
河西 千秋
札幌医科大学医学部神経精神医学講座
精神神経学雑誌 118: 28-33, 2016

 わが国では,一般に,医療従事者の健康管理は“本人任せ”という風潮があり,また組織内でメンタルヘルス不調者が生じたり,それを背景とした深刻な問題が生じても,その施設の精神科・精神科医がこれらに対応していくという風習があり,勤労者としての医療系専門職・医療従事者に対する組織的な産業精神保健的取り組みは日本全体で極めてまれであるばかりか,その必要性の認識が,当事者間でも希薄である.筆者は,首都圏の,医学部,大学附属病院を擁する総合大学において,学生,教職員を支援対象者とした包括的な健康管理システムを構想し,運用した経験がある.当該大学では,さまざまなメンタルヘルス関連問題が続けて事例化し,保健管理センターと,それを軸にしたメンタルヘルス管理体制の抜本的な改革が大学全体の課題となったことから,保健管理センターとその関連組織の増員や,健康管理規定・規程の改定,起草,就業支援・管理体制の立ち上げ,メンタルヘルス不調者のスクリーニング実施,相談対応体制の刷新と拡張,学務系職員との連携ミーティングの恒常化,教育・啓発活動の立ち上げなどを次々と行った.その結果,自殺念慮などのメンタルヘルス危機を有する事例には全例介入が可能となり,相談対応件数は,8,700人規模のキャンパスで2,400件を数え(その半数以上は医学系キャンパスの教職員・学生),その多くに対して問題解決アプローチにより一定の成果を上げることができた.社会の各領域でメンタルヘルス不調者の増加やメンタルヘルス問題の深刻化が指摘されているなか,医療機関において適切な産業精神保健システムが構築されることを期待する.

索引用語:医療従事者, 保健管理センター, 産業精神保健, 総合大学>

はじめに
 大学などの高等研究機関と病院はともに,健康管理不毛に近い状況だと筆者はみている.
 そこには,おそらくいくつかの理由がある.例えば,研究機関では,文系も理系も,たとえ規定に明文化されていなくても伝統的に裁量制に近い感覚をもって仕事をしている.文系の研究者の中には,講義やゼミがないときは大学に出勤しない人もいる.また,医師の多くは,早朝から働き始め,遅い時間まで診療が続き,公務・雑務で深夜まで働く人もいるが,医学のプロフェッショナルとみなされ健康管理は本人任せにされがちである.医学部や病院内でメンタルヘルス不調者が生じたり,それを背景とした深刻な問題が生じても,その施設の精神科や精神科医がこれらに対応していくという風習があり,「勤労者としての医療系専門職・医療従事者」に対する組織的な産業精神保健的取り組みは日本全体で極めてまれであるばかりか,その必要性の認識は当事者間でも希薄である.
 筆者は,医学部と大学附属病院を擁する首都圏公立大学で組織の健康管理業務に従事した時期があり,その折に大学保健管理センターの抜本改革に取り組み,学生と医療職を含む教職員のメンタルヘルス管理体制を構築した経験をもつ1-3).本稿では,医学部と病院を擁する総合大学におけるメンタルヘルス管理のあり方について筆者の考えを述べながらメンタルヘルス管理の1つのモデルを提示し,大学や病院におけるメンタルヘルス管理における課題について,読者に今後の議論のたたき台を提供したい.

I.A大学のメンタルヘルス管理における問題点
 首都圏に位置する医学部と大学附属病院を擁する総合大学,A大学は,大学保健管理センターをもち,そこに常勤の看護師が1名配置されていたものの,他には保健・医療専門職はおらず,保健管理センターといえども長く保健室の機能しかもたなかった.しかし,徐々にメンタルヘルス不調者が事例化することが増え,やがて学生相談に従事するカウンセラーが必要ということになり,メイン・キャンパス学務課の所属として2名,そして医学部キャンパスの看護学科担当学務課の所属として1名の臨床心理士が雇用された.しかし,出勤は週2回,しかも数時間の限られた時間で,職員の相談は業務外ということで取り扱われず,また保健管理センター所属ではないために情報共有はほとんどなされることはなかった.それどころか,守秘義務を理由に,学務課職員と臨床心理士たちとの間でも情報共有はほとんどなされず,学務課からみると,学生相談室にどのような学生が来て,どのように対応がなされ,そしてどのようなアウトカムが得られているのか,あるいは得られていないのかということについては闇の中であった.
 一方で,教職員のメンタルヘルス不調事例はどうなっていたのかといえば,事例化してもしばらく放っておかれ,深刻化すると精神科医局や附属病院精神科に突然,診察要請がなされるといった有様であった.ある時期から,中堅精神科医で役職ありということで筆者がこのような事例化の多くに対応するようになったが,対応すればするほど,「ラインケアがあれば事例化する前に収束できたのではないか/顕在発症しないですんだのではないか」「職場介入があれば,同一部署から繰り返しメンタルヘルス不調者が発生することは防ぐことができたのではないか」,そして「管理者,中間管理者のメンタルヘルス関連研修が必要なのではないか」という思いが強まり,再三,関係部署や管理監督者に訴えたものの埒があかなかった.しかし,そのようななか,詳細は省くが,かなり深刻な事例が重なって生じた年があり,そのため大学法人幹部が動き,学生のメンタルヘルス管理と,教職員のメンタルヘルス管理が大学の中期計画に取り上げられ,保健管理センターの抜本改革が行われることとなった.

II.新しい保健管理センターのポリシー
 保健管理センターの改革に際して,大学内で長く事故・トラブル・メンタルヘルス不調の対応に従事していたといういきさつから筆者がこれを担当することとなった.そして,10年以上にもわたって草の根で活動してきた立場から,そして行政や企業で長く嘱託精神科医として産業精神保健に携わってきた経験からも,思い切った改革を行うことと,そのための明確で強いポリシーの発信が必要と考え,表1にある保健管理センターの基本業務案の明示に加えて新しい保健管理センターのアジェンダを打ち出した(表2).なお,現在でも大半の大学が保健管理センターの守備範囲を学生に限定しているが,ここでは,学生と医療者を含む教職員の双方を対象とすることを明示した.また,図1のスキームを提示し,「学生支援の主役は学務担当者」「教職員の健康管理の主役は人事・労務担当者」であり,「保健管理センターの保健・医療系専門職はこれを支援する役割」と強調した.大学は学校であり事業所(職場)であって,大学全体が病院の附属組織でもなければその逆でもないことは当たり前のことなのだが,このことがA大学では(そしておそらくかなり多くの他の大学でも)認識されてこなかったので,健康問題はすべて附属病院の医者に任せられてきたのであろう.また,このことがしっかり認識されなければ,いわば丸投げ対象が附属病院から保健管理センターに代わるだけであり,学生保健や産業保健のコンセプトは育たないという思いが筆者にはあった.
 さらに,これらのポリシーに併せて,大学の健康管理や保健管理センターにかかわる規定・規程について,既存のものはすべて改定し,存在しないものはすべて起草し,形式を整えた.看護師1名のみの専門職配置であった保健管理センターには,その後,常勤精神科医がセンター長として配置され(筆者),常勤保健師1名,常勤看護師1名,常勤臨床心理士3名と非常勤臨床心理士1名の体制となった1)

表1画像拡大表2画像拡大
図1画像拡大

III.医療スタッフを含む教職員のメンタルヘルス管理
 A大学は2つの附属病院をもつが,メイン・キャンパスから離れているため保健管理センターからの支援が届きにくいことから,医学系キャンパスにはそれぞれ健康管理室が置かれ,常勤ではないものの担当の産業医,精神科医,学校医,看護師が定められた.医学部を有するキャンパスには,この病院担当と医学部担当がそれぞれ定められ,つまり2倍近い人数の担当者が定められた1)
 これらのキャンパスには,メイン・キャンパスにある保健管理センターから臨床心理士を定期的に派遣し,終日常駐とし相談対応にあたることとした.職場起因性のメンタルヘルス不調には職場介入を行い,また,職場のライン・ケアやヘルス・プロモーションのためのメンタルヘルス研修などを実施した.特に,どのようなタイミングで誰がどのような役割を担い,メンタルヘルス不調者の医学的アセスメントと勤怠のアセスメントをするのかということを,図2にようなスキームと規定・規程を提示しながら管理職・中間管理職に対する研修教育を行った.
 このように,メイン・キャンパスと医学系キャンパスの双方で充実した布陣でメンタルヘルス支援と管理が実施され,これらの活動を基盤に,その延長線上に就業審査会を設置したので,審査会ではただ単に休・復職の書類審査を行うだけでなく,不調者の経過や支援についてしっかり議論を行う場ともなった1)

図2画像拡大

IV.スクリーニングと危機介入
 メンタルヘルス危機を未然に防ぐ,あるいは危機に迅速に介入するために,定期健康診断時にスクリーニングを実施した〔全般健康度,抑うつ,自殺念慮;評価尺度は,SF-8とベックうつ病評価尺度(BDI),PHQ-2,PHQ-9など〕.そして,抑うつ状態が疑われる教職員は1ヵ月以内に面接,ないしは電話,メールによる対応を行い,自殺念慮が明確な教職員には,1週間以内の危機介入面接を実施した1)2).抑うつに関しては,70%近い教職員とコミュニケーションをとることができ,自殺念慮者については,2週間以内に全員に介入することができた.

V.相談対応
 上記のさまざまな取り組みに加え,日頃のメンタルヘルス相談対応の体制も一新した.すべてのキャンパスでの相談対応体制を拡充し,専用ウェブサイト,情報リーフレットを刷新し,またキャンパス行事で頻回に相談対応体制に関するプロモーションを行い,啓発に努めた.相談できる人の方がそうでない人よりも賞賛されるべきというメッセージを伝える一方で,faculty developmentや管理職研修会では,相談対応から問題解決に至った事例についてさまざまなパターンを供覧し,周囲の人について積極的に相談を持ち込むことのメリットを伝え,推奨した1).その結果,平成25年度の約8,700名の全キャンパス人口に対して,のべ相談対応件数は2,400件あまりに増大し,医学系キャンパスではのべ1,392件(実数416件,うち教職員が343件)にも上った.

おわりに―まとめと展望―
 以上,医学部と病院を擁する総合大学におけるメンタルヘルス支援と管理について,その体制づくりの経験を示した.筆者の基本的な考えとしては,病院の医療者は患者の方を向いてベストの医療を提供することに専心し,同僚の医療者の健康問題は,別に部署を設けて,そのための常勤職が,事務の労務担当者・衛生担当者・関連委員会とともに取り組むというものである.昨今の,大学の学生や事務,そして大学病院の医療職のメンタルヘルス問題は,病院で働く精神科医が個人で対応するにはあまりにも量的にも質的にも負担が大きい.
 冒頭で,大学のような研究機関や医療機関の産業精神保健不毛を嘆いたが,しかし一方で,新たな仕組みづくりを行うとすれば,医学部や大学附属病院を擁する組織ほどやりやすいところはない.すぐに専門的な人材は確保できるし,専門性や合理性をもって議論や作業を進めていくことができる.
 本稿は,平成27年度の日本精神神経学会総会におけるシンポジウムの内容をもとに執筆された.他の学会でも医療職のメンタルヘルス支援のあり方について頻回にシンポジウムが企画されるようになっており,引き続きこの領域に関する議論やさまざまな試みが増えていくことに期待したい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 飛田千絵, 近藤智津恵, 金澤直樹ほか: 横浜市立大学における教職員の健康管理システムの構築. CAMPUS HEALTH, 51; 331-332, 2014

2) 金澤直樹, 岸本智美, 土井原千穂ほか: 横浜市立大学における教職員の健康管理システムの構築. CAMPUS HEALTH, 51; 553-554, 2014

3) 河西千秋, 佐藤直子, 岩本洋子ほか: 医学部・大学附属病院における職域メンタルヘルス支援活動. 最新精神医学, 16; 149-153, 2011

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