Advertisement第117回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第117巻第3号

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総説
「陰性症状」再考―統合失調症のリカバリーに向けて―
池淵 恵美
帝京大学医学部精神神経科学講座
精神神経学雑誌 117: 179-194, 2015

 統合失調症の陰性症状はしばしば治療抵抗性であり,転帰不良の要因と考えられている.そのために陰性症状の解明と治療法の開発に関心がそそがれるようになっている.まず陰性症状の来歴について紹介し,これまでに行われた症状評価の因子分析の結果からは独立した症状群としてとらえられること,どのような評価尺度を用いるかにより影響があるが,陰性症状群からは表出の貧困と,意欲・発動性の低下の2因子が抽出されることを述べた.失快楽症は意欲・発動性の低下の一症状であるが,楽しむ感情の喪失ではなく,楽しむための目標志向的な行動の減少や現在と異なる体験を想起するうえでの障害やその際の快楽が得られないという信念の存在と考えられる.統合失調症では意欲・発動性低下の脳基盤として,報酬予測や価値表象や報酬の探索的行動などの障害があり,未来に向かって望ましい行動を起こすことに困難があるために社会的機能の低下につながると推測されている.これは内発的動機付けの障害につながっている.陰性症状群は社会的転帰不良と連関するが,認知機能の低下・自己効力感やセルフスティグマなどの非機能的認知と相互に絡み合って,社会的機能の低下をもたらしていると推測されている.陰性症状にはまだ確立された薬物療法はなく,開発が急がれている.陰性症状群への特異的な心理社会的治療の効果は限定的であるが,自己効力感やセルフスティグマ・内発的動機付け・環境変数への介入などが試みられている.すでに長く精神障害リハビリテーションの領域で行われている,当事者の価値や好みを尊重しつつ,自己決定を引き出し,意欲を生み出そうとする試みは,内発的動機付けなどの脳科学の視点からも再評価できる.さらに希望を育むこと,仲間を育てること,社会で共有されている価値観を幅広い個性をもつ人たちが住みやすいものとしていくことなどは,低下していた自己価値の再編につながり,陰性症状のある人たちにも役立つ支援であると考えられる.

索引用語:陰性症状, 意欲・発動性の低下, 失快楽症, リカバリー, 統合失調症>

はじめに―なぜ陰性症状を取り上げるのか―
 統合失調症の人たちのリカバリーが広く期待されるようになっているが,残念ながらまだ十分良好な転帰を示す人ばかりではないのが現実である.薬物療法も心理社会的治療も明らかに限界があり,環境支援も財政的な基盤を考えればそう夢ばかりを見ているわけにはいかない.そうした中で陰性症状は,薬物療法に対してしばしば治療抵抗性であり,心理社会的治療に参加するうえでの障害となりやすく,転帰不良の要因と考えられている.しかし筆者は日常の診療の中で,診察室では感情が平板で言語の貧困があるとみえる人たちでも,仲間に出会って生き生きとした表情を示す人や,ずっとあきらめていた仕事につけたときに,自信や意欲を取り戻していく人たちをみてきている.したがって陰性症状が必ずしも治療抵抗性であるとばかりはいえないように思う.
 統合失調症の社会的転帰を改善するための鍵概念として,神経認知機能や社会的認知機能に関心が集まっていたが,近年は陰性症状の脳科学からの解明に焦点があてられるようになり,介入方法が模索され始めている.そこで本論においてはそうした陰性症状にまつわる進展を論述しつつ,治療可能性を探ってみたい.

I.陰性症状の概念
1.陰性症状の来歴
 Kraepelinが早発性痴呆について記載した際にすでに,周囲への無関心や興味の喪失がみられるとしている.陽性症状・陰性症状の考え方は,19世紀後半にJohn R. Reynoldsがてんかんの症状について述べた際に,マヒなどの欠損症状をきたすような神経機能の喪失として,negative symptomsという言葉を紹介し,その後Hughlings Jacksonが上位神経システムの損傷により,下位神経システムが解放され生じたのがpositive symptomsであると考えたことに始まっているという47).Straussら61)は1974年に統合失調症の症状群について,陰性症状・陽性症状・社会性の障害に分けて記載し,陽性症状・陰性症状の用語が広く使われるようになった.
 その後陰性症状については,1980年代のCrowらが一連の論文14)15)によって,陰性症状が存在するかどうかにより統合失調症を概念的にタイプIとタイプIIに区分し,それぞれの病態や治療反応性が異なるという考え方を提唱した.またCarpenterら10)は,例えば社会的な引きこもりは猜疑的傾向や抑うつ症状などによる二次的な結果である場合があることから,統合失調症の一次的な症状で持続的に存在するものを欠陥症状(deficit symptoms)と呼称している.彼らは103例の統合失調症を評価して,15例が欠陥症状群,64例が非欠陥症状群であり,これらの分類は持続性があること,予後が不良である傾向を認めるとした.この論文を皮切りに,寛解期にも持続的に存在する欠陥症状を統合失調症の本質的な症状として考える理論が多く紹介された.
 しかし本質的症状の同定とその本態の解明が不十分なまま,1990年代半ばより診断学の面からも治療論や神経認知科学の基礎的な研究の面からも,陽性症状に研究の関心が移っていった.しかし近年陰性症状が再びテーマとして取り上げられるようになっている.これまで陰性症状を中心的に研究してきたKirkpatrickら37)は2000年に,効果的な治療についてのコンセンサスはないとレビューし,治療法の開発を促進するための提言をしている.米国国立精神衛生研究所(NIMH)でも2005年に陰性症状をめぐるカンファランスが開催され,陰性症状は長期予後や生活の質の低下に大きくかかわるが,第2世代抗精神病薬は当初の期待に十分応えられていないとしている.そしてこのカンファランスの目標は,適切な評価方法と,効果的な治療を開発することであるとしている.
 現在では,H. Jacksonの考え方に基づく陽性症状・陰性症状という分類は妥当ではないと考えられる.例えば幻聴は,聴覚の刺激処理過程や感覚の起源探索や遂行機能の障害など,つまり正常の認知機能の低下から引き起こされると考えられるからである.また現在のところ組織の損傷と症状との関連付けは不鮮明であることや,持続性によって陽性症状と陰性症状が区別されている点などからも,元のH. Jacksonの考え方とは異なっている.しかしその用語の起源にかかわらず,診察室で観察ないし問診によって評価される症状群として,ここでは陰性症状群の言葉を用いる.

2.症状群としての妥当性
 Blanchardら7)はこれまでに行われた,症状評価を探索的ないし確証的因子分析した研究をレビューして,用いられている評価尺度はBrief Psychiatric Rating Scales(BPRS),Positive and Negative Syndrome Scale(PANSS),Scale for the Assessment of Negative Symptoms(SANS)およびScale for the Assessment of Positive Symptoms(SAPS)など様々であるが,2~5因子が抽出されている中で陰性症状群は必ず抽出されており,陽性症状,気分症状,解体症状,思考の歪曲症状とは区別されるとしている.ただ陰性症状群の中に分類されている評価項目のうち,注意の障害や言語内容の貧困などいくつかの項目は解体症状などほかの症状群に因子負荷する傾向があると述べている.Russoら53)は500名の初発精神病症状の患者について症状評価を行い,その結果を因子分析しているが,躁症状,陰性症状,解体症状,抑うつ症状,幻覚,妄想の6因子が抽出され,そのうちの100名についての5~10年の追跡調査によってもこの構造は変わらなかった.以上のことから,陰性症状群は独立した症状群としてとらえることが可能であると考えられる.

3.陰性症状群の評価尺度
 陰性症状群に関する知見を述べる際には評価の方法論に注意を払う必要がある.早期に開発され,最も広く使用されているものとしては,Andreasen1)によるSANSがある.感情の平板化,言語の貧困,意欲・発動性の低下,失快楽症および社会性の喪失,注意の障害の5つの下位尺度,25項目からなっている.Kayら35)による,PANSSは広く使用されているが,陰性症状の項目には抑うつ症状や解体症状が含まれており,尺度の因子分析により陽性症状・陰性症状・興奮・抑うつおよび不安・認知機能および解体症状の5因子が提案されている.Kirkpatrickら36)による,Schedule for the Deficit Syndorome(SDS)は一次性と二次性の陰性症状を鑑別し,欠陥症候群の有無を判定するために開発された尺度である.近年NIMHの支援によって開発された陰性症状群の研究用の尺度は,Brief Negative Symptom Scale(BNSS)39)であり,主に言語行動の貧困と意欲・発動性・社会性の低下についての13項目からなっている.BNSSは行動と主観的体験症状を区別して評価している.陰性症状を評価する方法を洗練するために多施設共同プロジェクト(CANSAS)が行われ,新たな評価尺度が公表された(Clinical Assessment Interview for Negative Symptoms:CAINS)29).CAINSはこれまでの陰性症状についての評価で定番と考えられる5下位尺度23項目から構成され,これまでの評価の弱点を補うために,社会性の欠如,意欲・発動性の低下,失快楽症については実際の社会的活動と本人からの主観的評価の報告とを総合して評価を行う方法を採用している.

4.陰性症状群はひとまとまりの症状群と考えられるか
 認知機能改善薬の創薬をめざすMATRICSでは改善すべき標的として陰性症状群を取り上げており,その中には,感情の平板化,言語の貧困,社会性の喪失,意欲・発動性の低下,失快楽症の5つを含めている38).この5項目はひとまとまりの症状群だろうか.
 SANSは早くから開発された評価尺度で評価項目数も多いところから,因子分析研究が複数報告され,その多くは表出の貧困と,意欲・発動性の低下の2因子を抽出している8).5つの下位尺度の間では,感情の平板化と言語の貧困,失快楽症/社会性の喪失と意欲・発動性の低下の間での高い関連性が見出されている.前者は主に面接中の表出行動で評価されるのに対して,後者は被評価者の報告に基づき,日常生活の行動について評価を行うところに違いがある.Sayersら54)の報告はSANSを用いた解析の中でも包括的で,457名の統合失調症の人にSANSを2回実施し,表出の低下・注意障害と言語の貧困・社会的な意欲の低下の3因子を抽出している.不適切な感情,思考内容の貧困,注意の障害の諸項目についてはこの2因子には含まれないとする解析結果が報告されており,解体症状など別の症状群とより近縁の症状である可能性があると考えられる.Blanchardら8)は,3~6因子解もみられるが3),2因子解が有力であることを指摘している.
 Nakayaら51)はSDSを用いて70名の欠陥症状をもつ統合失調症患者を評価し,感情表現の減少と意欲・発動性の低下の2因子を抽出している.Galderisiら21)は,SDSを用いて51例の欠陥症状のある統合失調症の患者と,44例の欠陥症状のない患者とを評価し,Nakayaらと同様の2因子を抽出するとともに,5年後の追跡調査においてもこの2因子構造には変化がなかったとしている.
 CAINSを用いて281名の統合失調症または統合失調-気分障害の患者を対象に評価を行った結果では,2因子解が抽出された(体験症状因子と表出行動因子)29).階層的構造分析でもこの2つの構造に分かれたが,失快楽症の強度などからなる3つ目の構造の可能性も報告された.BNSSを用いて146例を評価した結果58)では,情動表出と,動機と快楽の2因子が抽出されているが,それぞれの因子への負荷が高い項目相互について中等度の相関が認められるために,2つの因子を異なる下位尺度として評価することは行わず,すべての項目の総合点をBNSSの得点としている.
 このように陰性症状を評価する尺度を用いた因子分析では,一貫して抽出されているのは2因子と考えてよいと思われる.この2因子が共通の病因を有するものなのか,それとも異なる起源をもち治療的アプローチも異なるのかについてはまだ明確ではない.また意欲・発動性の低下因子については,内的感情体験であるのか,観察される社会的行動であるのかを区別する必要があるだろう.

II.陰性症状群の病態
1.失快楽症
 失快楽症は陰性症状群の一症状としてこれまで重視されてきているが,その本質についての議論が最近盛んに行われるようになっている.Horanら28)はこれまでのレビューを行い,評価方法は,面接に基づく評価尺度,自記式評価尺度,実験室の感情反応性の3通りがあるとしている.自記式評価は1970年代より開発され,統合失調症の早期から慢性期のいずれの時期においても,「社会的な交流や身体的刺激から快楽を体験する能力」が一貫して減弱していること4),特に欠陥症状を示す患者群において顕著であること27)が明らかになっている.一方で感情刺激を行う実験においては,日常生活で快楽の体験が減少していると報告する患者においても,十分な範囲かつ強度の快楽感情を体験することが可能であることが報告されている.こうした知見を踏まえて,StraussとGold57)は,統合失調症も健常者も,現在の感情(current feelings)については同等のレベルの肯定的感情を報告するが,現在ではない感情(non-current feelings)については,統合失調症では肯定的な感情が減弱しているとし,“emotional paradox”という言葉を提唱している.その意味するものは,失快楽症は快適な情動体験をする能力の低下ではなく,統合失調症患者が現在ではない感情についての報告を求められるときに,エピソード記憶の障害や,現在ではない体験を想定して回答する際の作動記憶の障害や,普段の生活の困難さから形成される一連の信念(a set of beliefs)があることを推定している.また目標指向的な行動を開始する内発的動機の低下から,楽しい体験を求める行動がそもそも低下していることも実際に観察されているために,失快楽症は,快楽を求める行動の減少と失快楽であるとの信念の2つに集約できると彼らは結論している.
 Oorschotら52)は149例の統合失調症もしくは統合失調感情障害の患者と,143例の健常者に対して,毎日10回6日間にわたり,不定期な通知音を鳴らす腕時計を装着してもらい,その都度そのときの感情,症状,状況を記録してもらった.健常者と比較すると,統合失調症では,より多いネガティブな感情とより少ないポジティブな感情を体験していた.陰性症状の重い患者群では,ポジティブな感情を体験したり,感情を維持する能力について健常者と差異を認めなかったが,陰性症状の軽い患者群では感情の変わりやすさを認めた.統合失調症では社会的な引きこもりと一人で過ごすことを好む傾向がみられた.Oorschotらは,一般的な快楽を体験すること自体の障害は認めなかったと結論している.
 Strauss59)はこれまでの研究をレビューして,実際に快楽をもたらす刺激への情動反応は減少していない一方で,過去ないし未来の体験を想定した場合の本人の自己評価に基づく快楽体験の減少の報告が認められると結論したうえで,過去・未来の体験の低い見積もりや,快楽体験が得られないとする信念の存在,快体験を求めていく行動の減弱を想定している.

2.意欲・発動性の低下
 失快楽症は意欲・発動性の低下を中心とする症状の一部と考えられる.報酬への反応それ自体か,報酬を予測したり予測誤差から学習する機能をドパミン系が担っていることから,Barch4)は統合失調症ではドパミン機能異常から意欲・発動性の低下が起こると推定している.そして抗精神病薬でこうした障害が悪化する可能性を指摘している.さらにBarchら5)はそれまでの研究をレビューして,強化学習や報酬予測や誤差予測プロセスの障害があり,未来に向かって望ましい行動を起こすことに困難があるために社会的機能の低下につながると推測し,前部帯状回や眼窩傍回の機能低下の可能性について述べている.また目的志向的行動の低下について前頭前野における認知的コントロールへの報酬系の関与(皮質-線条体系機能)の不全があると考察している.
 上記の過程は,動機付け(motivation)障害として研究されている.Medaliaら46)は,動機付けは欲求または報酬の情報を行動に翻訳する過程として理解することができ,報酬に伴う感情,欲求,価値評価,目標志向的行動から構成されるとしている.そのうち統合失調症では後3者の機能が低下していると考えられている.また行動と動機付けとを形成していくのが社会的文脈(環境変数)であり,金銭などの物質的報酬によって行動が引き起こされる場合に外発的動機付け(extrinsic motivation),喜びなどの物質ではない報酬によるものを内発的動機付け(intrinsic motivation)と区別する.
 Choiら12)は,動機付けについての広く受け入れられているモデルとして,予期-価値理論(expectancy-value theory)を紹介している.これは課題が成功するかどうかの予期と課題にどのような個人的価値を見出しているかが,学習の動機を決定するという理論であり,健常者で達成できると自己の能力を考えているかどうかの方が,達成能力そのものよりも認知課題の改善可能性を予測していたというデータがある.Choiら12)は70例の統合失調症外来患者で,達成可能性についての自己評価と課題の価値とが結果を予測していたこと,開始時の成功の予期が課題実施の持続性に寄与していたこと,この成功の予期(達成能力についての自己評価)は実施後や追跡時にも改善を示すことから,改善可能性があることなど,健常者と同様の結果を示したことを報告している.達成能力についての自己評価を向上させることによって,治療の効果や持続性が改善する可能性が期待できることになる.
 予期-価値理論と並ぶ動機付け理論として,自己決定理論(self-determination theory)があり46),外発的な報酬がなくても生来の自律,自己コントロール,社会的帰属などへの欲求から行動を開始・維持することができると考えられている.Silverstein55)は,統合失調症の治療やリハビリテーションにおいて外発的動機付けが良好な結果をもたらすという長年の研究の蓄積があること(トークンエコノミーなど),外発的動機があることで内発的動機を阻害するとの知見は主として健常な児童や成人を対象とした研究によるものであることを踏まえ,内発的動機付けが障害されている統合失調症においては,外発的動機付けと内発的動機付けの両方に配慮していくべきであるとし,内発的動機付けを醸成するためにどう外発的動機付けを用いていくべきかが今後の課題であるとしている.
 Nakagamiら50)は,130例の統合失調症もしくは統合失調感情障害で心理社会的リハビリテーションの開始前後に評価を行い,ベースライン時の内発的動機付けは神経認知機能と相関がみられたが,内発的動機付けは神経認知機能の改善の予測性があること,内発的動機付けの改善は社会的機能の改善と関連がみられたことを報告している.
 Straussら60)は統合失調症の動機付けの障害には次の4つの皮質線条体回路が関与しているとしている.
 ・段階的な強化学習をサポートしたり,報酬獲得につながる手がかりを予測する,ドパミンによる大脳基底核システム.統合失調症では段階的・反復的な強化学習は保たれる.
 ・価値表象(value representations)を創出・維持・更新する眼窩前頭野皮質の機能.
 ・価値とそれにともなう労力の見積もり(effort-value computations)を行う前帯状回と中脳ドパミンシステム.
 ・獲得される価値が不確かな状況で探索行動を起こす,前頭前野の機能.

3.陰性症状群と,神経認知や社会的認知機能との関係
 陰性症状群と神経認知機能とは,それぞれの下位領域によってある程度の関連を有することがこれまで報告されているが,NIMH-MATRICS陰性症状カンファランス38)では,その関連性は弱く,それぞれが独立した領域と考えられるとしている.Harveyら26)は両者ともに社会機能に大きな影響を与えることから,これまでの両者の関係性について検討した研究をレビューし,決定的な結論は出せないが,ある程度独立している可能性があるとしている.
 Lincolnら42)は75例の統合失調症と75例の健常者を評価し,陰性症状はこころの理論(Theory of Mind)の障害や,低い自己効力感や,対人関係にかかわる否定的な自己概念などと有意な相関を示し,神経認知や抑うつ症状を統制した後でも,陰性症状変数の39%を社会的認知変数が説明していたとしている.
 メタ認知は,神経認知機能をはじめ自己の認知内容についての認識を広くさす言葉で,「自己や他者についての複雑で統合的な表象を構成し心理社会的な状況に対応するために用いる能力」であり,統合失調症ではその能力が減じ,社会的能力の低下をきたす中心的な機能の1つと考えられている45).Lysakerら44)は61例の統合失調症男性例に対して,Metacognition Assessment Scaleを用いて,自身の心や他人の心をどの程度理解しているかなどのメタ認知機能を測定し,PANSSで評価した情動的引きこもりの項目がメタ認知機能と有意な相関を示したが,感情の平板化や意欲の低下とは相関を示さなかった.
 以上の結果から,神経認知機能,社会的認知機能,メタ認知などはいずれも統合失調症の機能低下と関連し,陰性症状群とも連関している可能性があり,概念の整理も含め関連性の解析は今後の課題と考えられる.

III.社会的機能への陰性症状群の影響
1.社会的転帰研究と陰性症状群
 陰性症状群の重い場合には,社会的転帰が不良となる可能性が高くなる.
 Harrowら25)によるシカゴにおける追跡研究では,64例の統合失調症の人と81例の精神病症状をもつ気分障害などの人が15年追跡調査された.統合失調症の人では15年後にも抗精神病薬を服薬している人が61%であり,リカバリーしている人(精神病症状の消失と社会生活の回復の両方を満たすと定義)の割合は服薬していない人の方が有意に多いことが示された(40%対5%).服薬していない人たちの特徴は,はじめの入院時点で病前の社会適応が良好,急性発症であるなどの予後良好兆候尺度得点が有意に高く,陰性症状群の軽度の人たちである可能性とともに,レジリエンスの高い人たちであるとの考察もなされている.Straussら56)は,20年にわたるシカゴ縦断追跡研究の一部として,56例の統合失調症のうち39例を欠陥症状群もしくは非欠陥症状群と分類して比較したところ,欠陥症状群では13%が総合的なリカバリー基準を1年以上満たしている時期があったのに対し,非欠陥症状群では63%であった.非欠陥症状群では年齢が進むにつれリカバリー基準を満たす時期が増加した.
 Fervahaら20)は,Clinical Antipsychotic Trial of Intervention Effectiveness(CATIE)研究に参加した1,427名の患者で,社会的機能のすべての領域と陰性症状の程度は有意に逆相関しており,抑うつ症状や錐体外路症状によると思われる二次的な陰性症状の影響を統計的にコントロールしても有意であったとしている.Galderisiら21)は95名の統合失調症を検討し,陰性症状群から抽出された意欲・発動性の低下因子の重さが社会性や社会的接触の程度などと関連し,感情表出の低下因子が病識の一部や家族関係の機能などと関連するとしている.

2.陰性症状群は社会的機能にどう影響するか
 動機付けの低下などの陰性症状群が社会的な機能の低下をもたらす機序や環境変数との関連についていくつかの報告があり,介入の手がかりが得られる可能性がある.
 Campelloneら9)は,51例の統合失調症または統合失調感情障害の患者に対し,CAINSを用いた陰性症状評価,自己評価尺度に基づく内的スティグマ(internalized stigma),自己評価による社会的なパワーについて評価し,より大きな社会的パワーは,より低い内的スティグマおよびより低い陰性症状(意欲・発動性と表出の貧困の両者)と有意な相関を示したとしている.スティグマへの抵抗力は,陰性症状と有意な相関を示した.このことから,意欲や社会的パワーを高めるうえで,スティグマへの抵抗性を治療の標的とする可能性が指摘されている.
 動機付け障害と環境変数との関連をみた研究では,Davisら19)は心理社会的リハビリテーションプログラムに参加している148例の重い精神障害をもつ人に対し,社会的なサポートがどの程度得られていると感じているかという自己評価(社会的サポート),ストレスに対しどの程度肯定的な視点でみられているかについての自己評価(肯定的ストレス評価),内発的動機,社会的役割機能について調査を行い,潜在的パス解析を実施した.その結果,社会的サポート→肯定的ストレス評価→内発的動機付け→社会的役割という有意なパスがあることが判明した.サポートが得られていると感じているかどうかで,肯定的ストレス評価や動機付け,ひいては社会的機能が影響を受けることになる.
 Choiら13)は26週間の職業リハビリテーションに参加している123例の統合失調症もしくは統合失調感情障害を調査し,ベースライン時の動機付けおよび動機付けの改善は就労転帰に有意に寄与しており,神経認知機能の影響を除外してもその有意な寄与は示された.このことからは,動機付けは就労転帰により大きな影響があることを指摘している.
 Greenら24)は191例の統合失調症または統合失調感情障害の外来患者に対して,社会的認知機能,パフォーマンスによる課題処理能力評価,自記式の非機能的な認知(自己の課題処理能力についての過剰な一般化傾向),SANSを用いた陰性症状評価,面接に基づく社会的役割機能評価を行い,これらの変数の関係を共分散構造分析の手法で解析した.その結果,初期視覚情報処理→社会的認知→非機能的な認知→意欲・発動性および社会的興味の低下→日常の役割能力という構造が,統計的には最も妥当なモデルであった.神経認知および社会的認知は直接に社会機能に影響を与えるのではなく,自己についての非機能的認知と陰性症状のうちの意欲・発動性因子が媒介因子となっていることが示された.
 Venturaら63)は初発の統合失調症71例(精神病症状発症からの平均5.9ヵ月後)について,ベックの理論に基づく非機能的態度,自己効力感,SANSによる陰性症状評価,社会的役割機能を評価したが,非機能的態度と自己効力感とは,陰性症状および神経認知機能に仲介されて社会的機能に影響を与える割合が大きかった.
 以上の結果から,因果関係はまだ明確ではないが,認知機能の低下・自己効力感やセルフスティグマなどの非機能的認知・陰性症状群(ことに意欲・発動性の低下)が相互に絡み合って,社会的機能の低下をもたらしていると推測できる.さらに実際の生活においては,家族のサポート,精神医療や福祉サービス,地域の経済状況などの環境変数が認知・意欲・社会的機能に大きな影響を与えると考えられる.

IV.陰性症状群の治療―統合失調症のリカバリーに向けて―
 NIMH-MATRICS陰性症状カンファランス38)では,一次症状と二次症状は信頼性をもって鑑別でき,臨床的妥当性があるとし,多くの治験においては一次症状と二次症状との区別がされずに実施されているために,陰性症状への効果があるとされた報告の一部は,精神病症状や抑うつ症状や薬物の副作用の改善,すなわち二次症状の改善によるものである可能性があると指摘している.この点に留意しながら,まずこれまでの薬物療法や心理社会的治療の中で,陰性症状を標的とするものについて目を通した後で,リカバリーをめざす支援・希望を育む支援が陰性症状群の回復とも関連性を有する可能性について考察したい.陰性症状群がどのような機序で出現しているか,それに対してどのような介入が有効である可能性があるかということがその際の手がかりになるはずである.

1.薬物療法
 陰性症状群の薬物療法については筆者の専門外であり,十分網羅することが難しいと考えるため,興味のある方は,European Neuropsychopharmacology誌の2014年5月号に陰性症状についての特集があり,その1つの論文18)が薬物療法についてレビューしているのでご覧いただきたいと思う.ここでは筆者が重要と考えた薬物療法についての治験を紹介する.
 Phencyclidineが陰性症状を含め統合失調症様の精神病症状を引き起こすこと,NMDAタイプのグルタミン受容体阻害作用があること,NMDAタイプのグルタミン酸作動系は大脳全体に広く分布しドパミン系を調整するシステムと考えられていること,ketamineのようなNMDA拮抗薬投与によって,動物でもヒトでも,統合失調症で観察されるミスマッチ陰性電位のような感覚処理機能の生理学的異常を引き起こすことなどから,NMDA受容体作動薬が統合失調症の次の世代の治療薬として注目され,認知機能や陰性症状への効果が期待されている33).グリシントランスポーターtype 1を選択的に阻害し,グリシンの選択的再取り込みを減少させるbitopertinは,NMDA受容体機能調整薬として期待され,第III相の臨床試験が国際的に実施されている.Arangoら2)は,持続的な陰性症状があり抗精神病薬を服薬している605例の患者を3群(bitopertin 5 mg,10 mg,プラセボ)に割り付けて24週間経過をみているが,陰性症状および社会的機能は3群ともに改善を示し,有意差がみられなかった.Blaettlerら6)はArangoらと同様の治験を594例で行ったが,24週後において陰性症状はプラセボもbitopertin 10 mg,20 mgもともに改善して有意差がみられず,社会的機能についても同様であった.
 Lindenmayerら43)は精神刺激薬(methylphenidate,amphetamine,modafinil,armodafinil)の陰性症状への効果について体系的レビューを行っているが,DAアゴニストは,精神症状が安定し効果的な抗精神病薬を併用した状態で投薬することで,陽性症状の悪化なしで陰性症状を改善する可能性があるとしている.しかし個々の治験をみると,陽性症状が悪化する場合も報告されている.また耐性が生じる可能性について指摘がなされている.
 Davisら17)は27例の男性統合失調症を無作為にオキシトシン投与群もしくはプラセボ群に振り分けて,12セッションの社会的認知機能のトレーニングを実施したが,オキシトシン投与群で共感の正確度が有意に向上した.そのほかの社会的認知機能,精神症状,神経認知機能には有意差を認めなかった.
 以上の結果からは,まだ確立された薬物療法がないと考えてよいが,今開発が急がれている分野であり,今後に期待したい.

2.心理社会的治療
 陰性症状群への心理社会的治療の効果は今のところ限定的と考えられる40)41).しかしすでに述べたbitopertinの治験結果からわかるように,中等度以上で持続的な陰性症状がある場合でも,プラセボ効果,すなわち「改善する可能性がある」という環境におかれ,周囲が絶えず支援の目を向けていることが陰性症状群の改善につながることから,心理社会的な機序による改善可能性があると考えられる.
 Danielsら16)は,40例の統合失調症を介入群と待機群に無作為に割り付け,介入群に対して16セッションの集団精神療法やサイコドラマや社会生活技能訓練の技法を用いた介入を行った.その結果,介入群では概括的社会機能評価が有意に改善していたが,陰性症状群や生活の質については有意な改善ではなかった.池淵32)は統合失調症の認知行動療法の効果についての近年のメタ解析を通覧して,陽性症状および陰性症状への有効性については,明確ではないか「小さい」効果サイズしか期待できないとする報告が主流としている.たとえばCochrane review34)では精神病症状への認知行動療法についてのRCT 20件(31論文)を検討し,何らかの心理社会的治療と比較して,再発率,再入院率,陽性症状,陰性症状について有意差はみられなかったと報告している.

3.動機付け,失快楽症などの神経認知科学の知見から考えられる支援
 これまで述べてきたことから,認知機能の低下・自己効力感やセルフスティグマなどの非機能的認知・陰性症状群(ことに意欲・発動性の低下)が相互に絡み合って,社会的機能の低下をもたらすこと,精神医療や福祉サービスなどの環境変数がこれらのいずれかの要素の変化を通して認知・意欲・社会的機能に影響を与えうることについて述べてきた.
 介入可能性を示す試みの1つとして,Cellaら11)は神経認知機能を標的とする認知矯正療法が精神症状に及ぼす効果を検討しているが,85名の臨床試験で解体症状とともに陰性症状も改善したことを報告している.この結果からは,何らかの意欲や自信の回復が寄与していた可能性があるだろう.
 Grantら23)は,普段の生活の困難さから形成される失快楽状態であるとの一連の信念への認知行動療法として,普段の活動をモニターして楽しい体験をしているデータを集めてもらったり,目標志向的行動を強化するための言語的賞賛やトークンなどの強化子を用いた学習,具体的・直接的・生き生きとしたかかわりにより楽しい活動に集中することをめざす試みを行っている.60例の社会機能の低下が明らかな統合失調症に対し18ヵ月間の介入で,コントロール(通常治療)と比較し概括的な機能,意欲・発動性症状,陽性症状が有意に改善していた.
 以上のように,神経認知機能・非機能的認知・意欲や発動性などについて標的を絞った介入が報告されているが,ここで留意すべきなのは,「外からの(本人の希望や価値観を考慮しない)介入」は,むしろ内発的な動機などに負の影響がある可能性についてである.Murayamaら48)は28例の健常者に対し,時計を見て定められた時間にそれをストップさせる(stopwatch:SW)課題と時計が止まったのを確認してボタン押しする(watchstop:WS)課題を実施してもらい,成功に応じて金銭報酬がもらえる群と成功にかかわらず参加費用のみもらえるコントロール群に分けた.課題の合間に何をして過ごしてもいい自由時間を設けて行動観察したところ,コントロール群の方が,金銭報酬群に比べて有意にSW課題をする割合が高く,WS課題ではその差が認められなかった.これはSW課題では課題そのものの面白さがあり内発的動機付けが得られるが,金銭という外発的動機付けが与えられるとむしろ内発的動機を阻害する効果がみられるということである.同時に行ったfMRIでは前部線条体と前頭前野の活動低下がこの阻害効果と関連していた.外発的な報酬の価値と内発的な課題の価値との競合から起こる阻害効果は,皮質基底核価値システム(corticobasal ganglia valuation sysytem)によると考察されている.こうした外発的動機付けによる阻害作用は健常者を対象とした研究でこれまでにも報告がみられている.さらにMurayamaら49)は35例の健常者にSW課題を実施してもらう際に,時計のデザインを選べる自己選択群と,デザインを選べない強制選択群に割り付けたところ,自己選択群の方が有意に成績が良く,強制選択群では成功時のフィードバックに比べ失敗時のフィードバックで腹内側前頭前野の活性が低下していたが,自己選択群ではそれがみられなかった.自己選択が可能な状況では,失敗時のフィードバックに伴うネガティブな報酬の影響が減じると考察されている.また腹内側前頭前野の“失敗抵抗性”の程度は成績の向上と有意な相関がみられた.つまり,内発的動機があった方が課題に取り組みやすく,かつ課題成績が向上しやすく,自己選択できる状況では失敗への抵抗性が高まると考えられる.これらは健常者に対しての知見なので,統合失調症に対して検討されることが期待される.

4.リカバリー運動・当事者活動
 近年わが国でも,多くの当事者がリカバリーの体験について語るようになってきた.心打たれる体験談や魅力的な回復の話に,しばしば多くの励ましを受ける.皆の前で心の内をさらけ出すことは勇気がいると思うが,それを肯定的に受け入れる文化が育ってきているのだと思うし,自己価値をそこに見出す当事者も増えてきている.こうした自己価値や社会的存在の再編によって,新たな生き方に喜びや生きがいを見出そうとすることは,症状や障害の有無にかかわらず自己の生き方を取り戻そうとするリカバリーの理念と軌を一にしている.こうした試み,すなわち仲間に受け入れられるとともに自分の価値を再び見出し,幻覚や妄想など自己へのネガティブな感情を引き起こす体験について,自己価値観の傷つきを自己の体験としてとらえなおして再生しようとする試みは,サポート体験を通じて自己への偏った認識やセルフスティグマを変えていく試みにつながる.
 こうした当事者が中心のリカバリー運動で重要であるのは,当事者が主体であり,本人の価値観や意欲が尊重されるということである.これは,外発的動機付けが与えられるとむしろ内発的動機を阻害する効果がみられるという知見や,自己選択できる状況では動機の向上とともに失敗への抵抗性が高まるという知見につながる,回復への重要なカギと考えられる.リカバリー運動の中ではしばしば,専門家の側からの「お世話や保護」がかえって当事者の回復を阻害する可能性があること語られてきた.これは多くの人たちの体験に基づく共有認識であるが,それが実証的に証明されるようになった.しかしSilverstein55)は,こうした知見が多くは内発的動機についての生物学的障害がないと考えられる健常者を対象としたものであること,関係性や自己能力を促進するような環境の中で外発的動機付けが存在すると,課題目標の内在化により内発的動機付けが引き出されるという関係にあるという知見があることから,外発的動機付けを活用した支援方法の必要性を論じている.かつてトークンエコノミーは米国で多くの臨床試験が行われて隆盛となったが,地域ケアの時代となってあまり顧みられなくなった.それは病棟や訓練施設など治療者が主導の場で行われるトークンエコノミーの成果は,地域という,より当事者の主体性の発揮が求められる場では効果を表さなかった(外発的動機付けの限界)ことが関係しているのではないだろうか.地域ケアの時代に,時間と手間のかかる医療施設での介入が医療経済の基盤を失ってすたれたということだけではないように思われる.
 筆者は長らく精神障害リハビリテーションを専門としてきて,当事者の達成感がその人の心的機能の回復の分水嶺となることを体験してきた.それは,その人がやりたい,できたらよいと望んでいるような社会的な体験に向かって努力し,その成果を味わうことができたときに生み出されるもので,自信の回復,社会的能力の改善,自己の振り返りとこれまでの挫折体験の再位置付け,精神症状の回復などが伴うことが多い.達成感を得るために治療者は本人のやりたいことに沿った社会的活動を工夫し,陰で助けながらも本人がなるべく自分の力で達成できるような集団運営を心がけ,本人の価値意識にかみ合う肯定的なフィードバックを旨とし,危ういときにはごく具体的な援助をして支えていく.そのような活動の中で当事者の自己認知の修正や社会的な方向性をもった内発的動機付けが育まれるのだと考えられる.またこれは達成能力についての自己評価を向上させることによって,治療の効果や持続性が改善することにつながる.その人のもっている価値意識に沿っていることが肝要な点であると同時に,達成感とともに成長が図られ,より成熟した普遍性の高い価値意識への転換がみられることもある.陰性症状群を標的とする認知行動療法につながる考え方であるが,それがより当事者の主体性が発揮される場でなされるわけである.
 べてるの家の当事者研究62)は広く公表されているので目にされている方が多いと思われる.幻聴や妄想などの深刻な体験症状を,その人の体験に沿ってその人の言葉で取り上げて,苦労の過程を図式化して仲間と共有し,その人なりの対処の工夫を見つけ出すプロセスが「当事者研究」であるが,衝動的な破壊行動,持続的・侵襲的な幻聴,自罰的なニュアンスをもった体感幻覚の研究など,それまで専門家による治療が困難であった現象をとらえて,当事者が仲間の力を借りつつ自ら対処していけるようになる過程が見事に紹介されている.これには,幻覚・妄想大賞などとかくスティグマの対象になりそうな現象をユーモアとともに取り上げて価値を見出そうとする,べてるの家の文化が基盤にある.当事者研究には認知行動療法や社会生活技能訓練の理論的枠組みが利用されているが,治療者主導の認知行動療法と比較すると,明らかに当事者の体験に価値をおくことから,内発的動機付けが生まれやすく,その人の言葉で図式を作るところから自己選択が強調される.そして非機能的な自己卑下の認識が変化していくのである.あたり前のことができないからそれを改善するのではなく,個性豊かで幅が広い生き方があたり前だという,価値観の転換が伴われている.「降りてゆく生き方」「弱さの情報公開」「誰もがさぼれる職場」などのべてるの家のキャッチコピーにその精神が凝縮されている.筆者は心理社会的治療を専門としているが,(メタ)認知療法は(メタ)認知機能の健全な人には役立つと感じることがしばしばある.専門的な概念を教えることの限界であり,本人の言葉で語ってもらうことの重要性ということでもある.
 自分を語る体験の重要性はほかの面からも考察できる.統合失調症ではメタ認知の障害が大きいが,当事者研究の活動からはその人なりのメタ認知が育まれる.心理教育などを通して客観的な医学的知識に照らして症状を理解する認識はいわばpseudo insight30)であり,こちらはより自己への気づきに近いといえるだろう.
 当事者の力を引き出し,自己価値を高め,内発的動機が得られやすくなる状況として,希望の存在は大きいと考えられる.しかし実際には希望をもつことの困難がある.筆者は希望を阻む障壁について書いた31)が,その中でも,実現可能な希望をもつことを支える前頭前野の機能障害と,セルフスティグマの存在,重い陰性症状群が障壁の一部をなし,前途有為な若者が長期にわたって医療を受け,様々な精神症状に向き合っていくことの重荷がそれに絡み合う.玄田ら社会科学研究所のメンバーは,希望についての実態を知るためにアンケート調査を実施している22).これらの調査を通じて玄田は,希望とは未来について望ましいものとして意欲された主観的表象であるが,豊かさに応じた選択可能性の度合い,家族や友人などの他者との交流に基づく対人関係,不安な未来に対峙するためのフィクションとしての物語性という3つの要因があることを指摘している.1つ目の要因に対しては文化や制度などの社会的視点や支援者の権利擁護の姿勢や社会資源開拓の力が問われることになる.2つ目の要因に対しては,絆を生み出す場や支援の提供や,対人関係を支援する技術の進化が対応する.仲間を育んでいく技術も学ばねばならない.3つ目の要因は,柔軟に過去の挫折体験を振り返り,今の生活体験を生かしながら,未来に向けて創造的に行動を作り出していくことと考えられ,しばしば支援者との関係性の中で育まれるので,支援者自身が希望を持ち続けていることが求められるだろう.

おわりに―今後開発すべき陰性症状群の治療―
 陰性症状群は社会生活への影響が大きく,治療抵抗性であるために,その解明と治療法の開発に大きな期待が寄せられている.さらにその基盤となる脳機能の理解が進み,その機能の回復を直接的に実現しうる生物学的な治療法の開発がまず強く望まれる.MATRICS陰性症状コンセンサスでもそれがめざされている.
 それと同時に,障害が推定される1つ1つの機能改善を図る特異的な心理社会的治療も開発される可能性がある.内発的動機付けの理解が進み,その改善をめざす介入が想定されるようになっていることがその例である.非機能的な自己認知も社会的機能を大きく損なうところから,その介入の技術もまたより開発が望まれる.すでに長く精神障害リハビリテーションの領域で行われている,当事者の価値や好みを尊重しつつ,自己決定を引き出し意欲を生み出そうとする試みは,こうした脳科学の視点からも再検討され,洗練化されることで,普遍化が進むだろう.
 さらに非特異的であるかもしれないが,希望を育むこと,仲間を育てること,社会的な支援や,社会で共有されている価値観を幅広い個性をもつ人たちが住みやすいものとしていくことなど,障害をもつ人たちが意欲や社会への関心を持ち続けられる工夫が必要だろう.現状は特異的な治療については開発の途上であるのに反し,こうした非特異的な支援はすでに実施されているものも多く,実際にゆっくりとではあるが陰性症状を変えていく力をもっていることを今までの筆者の経験で実感している.統合失調症研究・治療の先達である臺弘先生はしばしば,「精神障害は自由を失う病であり,(自由を可能にする)脳機能の基盤の解明とともに,生活の中で自由をとりもどしていく訓練を考えるべきである」旨のお話をされてきた.陰性症状群に縛られて,未来を表象し希望に向けて選択し行動を起こしていく機能が失われることは,人生の大きな自由の喪失と考えられる.失われようとしている人生を再構築していくための支援の般化が,今求められている.

 編 注:編集委員会からの依頼による総説論文である.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

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