Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第116巻第8号

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特集 日本精神神経学会が自殺対策に果たすべき役割とは
自殺対策への精神医学関連学会の取り組み―精神科医療における自殺対策の推進―
大塚 耕太郎1)2), 河西 千秋3)
1)岩手医科大学医学部災害・地域精神医学講座
2)岩手医科大学医学部神経精神科学講座
3)横浜市立大学医学群健康増進科学
精神神経学雑誌 116: 677-682, 2014

 現在,日本では自殺対策が国家的に推進されている.2007年に決定された自殺総合対策大綱において,適切な精神科医療,自殺未遂者ケア,こころの健康づくり,自殺の実態解明など精神医学が果たす領域も重点施策として提示された.このような国家的な対策の一環で,自殺未遂者ケアのガイドラインが日本臨床救急医学会と日本精神科救急学会で策定され,厚生労働省主催の自殺未遂者ケア研修会が開催されている.日本臨床救急医学会はさらに救急医療におけるメンタルヘルス不調を併せ持つ患者への対応の教育プログラムを日本精神科救急学会や日本総合病院精神医学会らと共同で策定している.一方で,病院での自殺予防やスタッフケアも重要課題であり,日本医療評価機構ではプログラムを策定して,研修会を行っている.また,自殺予防学会では自殺の危険性があるものに対する認知行動療法的アプローチや,ゲートキーパー教育を行っており,日本うつ病学会ではハイリスク者に対する対応について事例検討による研修会を開催している.本学会では日常臨床における手引きを策定し,全会員への配布を行った.今後,本学会では,手引きの現場での活用や,研修会の開催が期待される.

索引用語:日本精神神経学会, 自殺対策, 精神科医療, 自殺, 教育>

はじめに
 わが国では自殺率が世界の先進諸国の中でも高く,2006年に自殺対策基本法が制定され,自殺対策が推進されている現状である.2007年に閣議決定された自殺総合対策において9つの重点施策が示された.具体的に挙げると,①自殺の実態を明らかにする,②国民一人ひとりの気づきと見守りを促す,③早期対応の中心的役割を果たす人材(ゲートキーパー)を養成する,④心の健康づくりを進める,⑤適切な精神科医療を受けられるようにする,⑥社会的な取り組みで自殺を防ぐ,⑦自殺未遂者の自殺を防ぐ,⑧遺された人の苦痛を和らげる,⑨民間団体との連携を強化する,という骨子で構成され,各領域で取り組みがすすめられている.そして,5年後の2012年に大綱が改訂され被災地におけるこころの健康づくりなどの項目が追加された.当然のことながら,適切な精神科医療,自殺未遂者ケア,こころの健康づくり,自殺の実態解明など精神医学が果たす役割は大きい.

I.自殺未遂者ケアのガイドライン(日本臨床救急医学会と日本精神科救急学会)
1.ガイドライン策定の位置づけ
 救急医療は自殺のハイリスクな事例を担当し,地域の健康を守る最後の砦という点で,核的な機能を担っている.自殺未遂者の自殺の標準化死亡比は38.36倍との報告もあり2),自殺未遂は自殺の最大リスク要因といってよい.大綱の「自殺未遂者の再度の自殺を防ぐ」という再企図予防の必要性が示され,「救急医療施設における精神科医による診療体制等の充実」という表現で,救急施設に精神科医が常駐もしくは緊密な連携を取る必要性が示されていた.「精神科救急体制の充実を図るとともに,必要に応じ,救命救急センターにおいても精神科医による診療が可能となるよう救急医療体制の整備を図る」ことが骨子となっている.加えて,「自殺未遂者に対する的確な支援を行うため,自殺未遂者の治療と管理に関するガイドラインを作成する」ことが必要であることが指摘されてそのことが明記された.
 自殺総合対策における重要な施策としての位置づけもあり,適切な自殺未遂者ケアを展開するための指針として「自殺未遂者のケアに関するガイドライン作成のための指針」が「自殺未遂者・自殺者親族等のケアに関する検討会」(厚生労働省)で検討され,具体的なガイドラインの策定が厚生労働科学研究費補助金こころの健康科学事業「自殺未遂者および自殺者遺族等へのケアに関する研究」(主任研究者 伊藤弘人)を介して救急医療,精神科救急医療,地域保健福祉の3領域の団体へ委嘱された.救急医療版は日本臨床救急医学会の自殺企図者のケアに関する検討委員会,精神科救急医療版は日本精神科救急学会の医療政策委員会および筆者,地域保健福祉版は自殺未遂者だけでなく自殺のハイリスク者への対応に役立てる位置づけとして全国精神保健福祉センター所長会および河西千秋(横浜市立大学)により2007年に作成された

2.自殺未遂者ケアとしての基本ライン
 自殺未遂者ケアでは,救急受診時の対応,再企図防止の戦略が重要であることがわかる.救急受診後に自殺の危険性がある者の支援に社会資源を活用していくためには,危機介入と支援連携を組み合わせた対応が必要である.また,心理的アプローチとソーシャルワークを同時並行的に組み合わせていく必要もある.WHOによる自殺未遂者ケアの方略であるSUPRE-MISSでは心理社会的評価,心理教育,定期的ケースマネジメントを骨子としている.両ガイドラインでも,救急医療における身体的および精神医学的評価および治療と自殺の再企図防止を目標に策定されている.

3.自殺未遂者ケアの概略
 自殺未遂者が社会生活を送る中で,自殺の危険因子が存在することや,自殺の防御因子が十分でないことから,例えば自殺念慮を抱くようなハイリスクの精神状態となり,自殺企図に至ると考えられる.救急医療の従事者は自殺企図患者のそれぞれの危険因子や防御因子を把握し,危険因子を減らし,防御因子を高めるようなアプローチを行う役割を担っている.救急医療は自殺企図患者に対するケアのフロントラインであり,この戦略が現場で実践されていくことが重要であると考えられる.

4.救急医療と精神科医療の連携について
 自殺未遂者ケアの研修会が厚生労働省の主催により救急医療スタッフ向けと精神科救急医療スタッフ向けとして開催されている3).自殺未遂者は大多数が身体的治療も並行して行う必要がある.その場合に,救急医療での対応か,身体的救急における対応か検討される.また,救急医療での対応終結後に精神科医療への連携を要する場合もある.自殺未遂者ケアは救急医療と精神科医療の連携が求められる.こうした課題が生じる可能性を想定し,救急医療と精神科救急医療の両ガイドラインでは共役性をもたせ,例えば,自殺念慮の確認のフローでも相互補完的な内容としている.地域では内閣府の自殺対策緊急強化基金などで自殺対策としての未遂者ケアの研修会も積極的に開催されるようになってきた.どの地域でも,救急医療と精神科医療の協力や連携が課題として挙げられる.両者があまりにもかけ離れた内容を学習しては,課題の克服が難しくなる.両ガイドラインの共役性は現在抱えている連携,協力を進めやすくすることが期待される.

II.病院内の自殺予防とスタッフケア(日本医療評価機構)
 2005年度より,認定病院患者安全推進協議会に「精神科領域における医療安全管理検討会」(南良武座長)が設けられ,精神科領域では本学会精神保健に関する委員会の河西千秋先生や精神科救急学会理事の杉山直也氏が委員として参加していた.この検討会では病院内の自殺事故を,医療安全にかかる要件ととらえ,院内自殺事故の発生状況とその背景について大規模調査を行った.認定病院患者安全推進協議会所属の一般病院で精神科病床をもたない833病院と精神科病床を有する165病院を対象とし,過去3年間に一般病院の29%(170病院,計347件),精神科病院の66%(70病院,計154件)で自殺事故が発生していたことが確認された5)
 また,事故後の当事者への直接的なサポートは一般病院の17%,精神科病院の34%で実施されていたが,一般病院の55%では無回答であった12).このような現状を受けて日本医療評価機構認定病院患者安全推進協議会における「院内自殺の予防と事後対応に関する検討会」(河西千秋座長)が立ち上げられ,病院内の自殺予防とスタッフケアの2つの戦略を骨子として方法論を整理し,「医療安全推進ジャーナル別冊 病院内の自殺対策のすすめ方」(河西千秋,大塚耕太郎ほか監修)が刊行された6).そして,認定病院の医療安全担当者および実務者となる病院従事者を対象にした2日間にわたる研修会を開催している.

III.救急医療におけるスタッフ教育(PEEC:日本臨床救急医学会,日本精神科救急学会,日本総合病院精神医学会,協力:厚生労働省,昭和大学,東海大学)
 「自殺企図者のケアに関する検討委員会」(日本臨床救急医学会)での自殺未遂者ケアに関するテキストの作成や講習会の活動を通して,救急医療において物質関連障害や不安障害,精神病性障害などの患者への対応の必要性が高いことも再認識された.救急外来や救急病棟・救命救急センターの医療スタッフが,精神科医のいない状況でも,精神科的症状を呈する患者へ,安全で患者にとっても安心な“標準的”初期診療ができるためのガイドブック「救急医療における精神症状評価と初期診療 PEECガイドブック」(日本臨床救急医学会監修)が同学会「自殺企図者のケアに関する検討委員会」によりまとめられた9).そして,このガイドブックに基づいて2013年より研修会が日本精神科救急学会と日本総合病院精神医学会の学術協力により開始された.このプログラムは半日で,救急医療で遭遇する4領域の精神科的問題を抱えた症例の検討を通して対応法を学ぶものである.多職種によるグループワーク形式で精神科医や臨床心理士など救急領域に精通した精神科救急医学の専門スタッフがファシリテーターをつとめている.

IV.ゲートキーパー養成研修プログラムのファシリテーター養成研修および認知行動療法的アプローチの研修(日本自殺予防学会)
 日本自殺予防学会では毎年の総会開催と合わせて従事者向けの自殺予防に関する学会認定研修会を開催している.2012~2013年は全職種を対象とした「ゲートキーパー養成研修プログラムのファシリテーター養成研修」および医療・保健従事者(医師以外も含む)を対象とした「認知行動療法的アプローチの研修」を開催している.
 「ゲートキーパー養成研修プログラムのファシリテーター養成研修」は筆者と内閣府自殺対策推進室,自治体職員などがファシリテーターとなってオーストラリアで開発されたメンタルヘルス・ファーストエイドに基づいた「内閣府のゲートキーパー養成研修プログラム」をもとにして,現場での活用法を習得することを目的として開催された.筆者らの研究班による,上記のメンタルヘルス・ファーストエイドに基づくゲートキーパー教育として臨床研修医に対する研修プログラムの効果検証も継続して行われている1)7)13)
 「認知行動療法的アプローチの研修」は大野裕先生(独立行政法人国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター)および張賢徳先生(帝京大学医学部附属溝口病院精神神経科)が講師となって開催された.この研修では,希死念慮を訴えるなど自殺の危険性の高い人への認知行動療法のアプローチを用いた対応の仕方を習得することを目的として,実際のワークも取り入れ,具体的・実践的なプログラムとして開催された.

V.複雑事例を通して学ぶ自殺予防のエッセンシャル(日本うつ病学会自殺予防研修会)
 第10回うつ病学会総会においては,学会員および臨時会員の医療・保健・福祉専門職を対象に日本うつ病学会自殺予防研修会〔主催:第10回日本うつ病学会総会および日本うつ病学会自殺対策委員会(河西千秋委員長)〕が開催された.共催は本学会精神保健に関する委員会および日本自殺予防学会がつとめた.本研修会は自殺に傾く複雑事例について,自殺予防対策の専門家によるレクチャーと多職種でのグループワークや事例検討を通した双方向性の学習により,自殺予防に関する10の必須行動目標を習得することを目的として開催された.

VI.精神医療の日常臨床における自殺予防(日本精神神経学会精神保健に関する委員会)
 これまで救急領域や精神科救急領域,病院内の医療安全管理,自殺予防に関する学術団体の取り組みなどを概観した.とりわけハイリスク者ケアにおいては,精神医療における自殺対策の戦略に基づいた臨床判断が重要である.本学会では2013年「日常臨床における自殺予防の手引き」(日本精神神経学会精神保健に関する委員会編著)を刊行した8).本手引きは精神科医を対象として,ハイリスク者への対応の手順や評価法,多職種との連携などについて提示したものである.作成にあたっては,本学会の精神保健に関する委員会が取りまとめ,独立行政法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺予防総合対策センター,日本精神科救急学会,日本自殺予防学会が協力し,日本臨床救急医学会,日本医療評価機構,平成22~23年度厚生労働科学研究賀補助金(障害者対策総合研究事業)「自殺の原因分析に基づく効果的な自殺防止対策の確立に関する研究」,WHOなどの知見や精神科医療における参考事例も盛り込まれた.
 本学会の手引きは,精神科医療における日常臨床において精神科医がとるべき対応法を示したものであり,全会員へ配布され,現場での活用が期待されている.

おわりに―自殺対策のエビデンスの確立や現場での対策の推進―
 厚生労働科学研究費補助金事業によって行われた自殺対策のための戦略研究は,わが国の精神科領域において大規模多施設共同研究で効果的な自殺対策の介入方法に関するエビデンスを構築することを目的としてはじめられた.統括推進本部の統括責任者を精神・神経科学振興財団の高橋清久理事長がつとめ,運営管理の責任者は国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所山田光彦部長が担当した.
 地域介入として「複合的自殺対策プログラムの自殺企図予防効果に関する地域介入研究NOCOMIT-J」(大野裕研究リーダー,酒井明夫サブリーダー,大塚耕太郎事務局長)の研究班が,一次から三次までの効果的とされる自殺予防対策を複合的に組み合わせた自殺対策プログラムの実施と効果検証が行われた10).本研究の結果,複合的自殺予防対策プログラムは長期間にわたって自殺死亡率が高い地域では,約20%の自殺企図の減少効果が,男性および65歳以上の高齢者で確認された11).これまで世界的に地域介入でのエビデンスレベルの高い研究成果が少ない中で,日本における地域介入研究の成果が出たことは世界的にも重要な知見となっていくと考えられる.また,自殺未遂者への介入として「自殺企図の再発防止に対する複合的ケースマネジメントの効果・多施設共同による無作為化比較研究ACTION-J」(平安良雄研究リーダー,有賀徹サブリーダー,河西千秋事務局長)4)の成果も期待されている.これらの知見が地域介入や自殺未遂者ケアのガイドラインなどへ今後果たす役割は大きい.
 自殺の危険性がある患者への対応は精神科医療の現場では高度医療の1つとしてとらえることができよう.医療機関においては,医療安全管理の観点での自殺予防の推進も必要である.一方で,多職種によるハイリスク者ケアやその後の地域ケアへの移行とソーシャルワークの役割,地域ケアや自立支援法の枠組みにおける自殺の危険性がある者へのケアに至るまでその領域は多岐にわたっている.これまで概観してきたように,各領域での自殺予防の戦略や方法論の構築,そして従事者への教育が推進されている.今後,精神科医療において自殺対策が継続されることや診療や地域ケアにおける重点化がされるような施策につなげていくことに取り組むことも必要と考えられた.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Fujisawa, D., Suzuki, Y., Kato, TA., et al.: Suicide intervention skills among Japanese medical residents. Acad Psychiatry, 37; 402-407, 2013
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2) Harris, E. C., Barraclough, B.: Suicide as an outcome for mental disorders. A meta-analysis. Br J Psychiatry, 170; 205-228, 1997
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3) Hirata, M., Kawanishi, C., Oyama, N., et al.: Training workshop on caring for suicide attempters implemented by the Ministry of Health, Labour and Welfare, Japan. Psychiatry Clin Neurosci, 67 (1); 64, 2013
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4) Hirayasu, Y., Kawanishi, C., Yonemoto, N., et al.: A randomized controlled multicenter trial of post-suicide attempt case management for the prevention of further attempts in Japan (ACTION-J). BMC Public Health, 9; 364, 2009
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5) 河西千秋: 病院内の自殺事故. 医療安全推進ジャーナル別冊 病院内の自殺対策のすすめ方. (河西千秋, 大塚耕太郎ほか監). 日本医療評価機構院内患者安全推進協議会, 東京, p.6-7, 2011

6) 河西千秋, 大塚耕太郎ほか監: 医療安全推進ジャーナル別冊 病院内の自殺対策のすすめ方. 日本医療評価機構院内患者安全推進協議会, 東京, 2011

7) Kudo, K., Otsuka, K., Endo, J., et al.: Study of the outcome of suicide attempts: characteristics of hospitalization in a psychiatric ward group, critical care center group, and nonhospitalized group. BMC Psychiatry, 10; 4, 2009
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8) 中村 純, 荒井 稔, 大塚耕太郎ほか: 日常臨床における自殺予防の手引き (精神保健に関する委員会編著). 日本精神神経学会, 2013

9) 日本臨床救急医学会監修, 日本臨床救急医学会「自殺企図者のケアに関する検討委員会」: 救急医療における精神症状評価と初期診療 PEECガイドブック―チーム医療の視点からの対応のために―. ヘルス出版, 東京, 2012

10) Ono, Y., Awata, S., Iida, H., et al.: A Community Intervention Trial of Multimodal Suicide Prevention Program in Japan; A Novel Multimodal Community Intervention Program to Prevent Suicide and Suicide Attempt in Japan, NOCOMIT-J. BMC Public Health, 8; 315, 2008
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11) Ono, Y., Sakai, A., Otsuka, K., et al.: Effectiveness of a multimodal community intervention program to prevent suicide and suicide attempts: A quasi-experimental study. PLoS ONE, 8(10): e74902. doi: 10.1371/journal. pone. 0074902, 2013
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12) 杉山直也: 自殺事故の実態 (協議会検討会の院内自殺事故調査データより). 医療安全推進ジャーナル別冊 病院内の自殺対策のすすめ方. (河西千秋, 大塚耕太郎ほか監). 日本医療評価機構院内患者安全推進協議会, 東京, p.8-11, 2011

13) Suzuki, Y., Kato, TA., Sato, R., et al.: Effectiveness of brief suicide management training programme for medical residents in Japan: a cluster randomized controlled trial. Epidemiol Psychiatr Sci, 23; 167-176, 2014
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