脳は酸素利用率が高いが,酸化されやすい不飽和脂肪酸に富み,酸化ストレス(OS)に脆弱である.脳の発達期や退行期における精神神経疾患の発症脆弱性に,OSはどのように関連しているのだろうか.アルツハイマー病に代表される退行期の神経変性疾患では,遺伝要因や環境要因の多くがOSと関連しており,遺伝子改変動物モデル,患者由来iPS細胞,ならびに発症前駆期例の時系列的検討から早期病態におけるOSの密接な関与が解明されている.他方,近年では統合失調症ならびに双極性障害やうつ病などの精神疾患においても,抗酸化酵素の遺伝子多型と疾患との関連性や疾患感受性遺伝子DISC1,NRG1などとOSとの関連性が解明されている.これら遺伝要因に加えて環境要因とOSとの関連性も示唆され,剖検脳や薬物未治療・初回エピソード患者血液でOSマーカーの変化が報告されている.さらに,統合失調症では患者由来iPS細胞におけるOS増加も報告されている.また,NMDA受容体コンディショナル・ノックアウトによる統合失調症モデル動物に環境要因として社会的孤立が加わると,行動表現型の発現に一致して大脳皮質parvalbumin発現介在神経細胞でOSが増加し,抗酸化薬投与によって行動表現型が緩和されることも観察されている.このようにOSは,神経変性疾患や精神疾患において遺伝要因と環境要因の収束点に位置する病態であり,遺伝・環境相互作用を統合する重要なメカニズムの1つであると考えられる.今後,OSを指標にした発症予測診断マーカーの確立やOSを標的にした先制医療戦略の構築が期待される.
精神神経疾患の病態における酸化ストレスの役割
山梨大学大学院医学工学総合研究部精神神経医学講座
精神神経学雑誌
116:
842-858, 2014
<索引用語:酸化ストレス, アルツハイマー病, 統合失調症, 精神神経疾患, 遺伝・環境相互作用>