Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第116巻第1号

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総説
アジアにおける統合失調症の転帰―先進国と発展途上国の比較の観点から―
栗原 稔之
駒木野病院
精神神経学雑誌 116: 3-14, 2014

 アジアの人口の大部分は発展途上国に居住している.WHOによる国際大規模研究は,統合失調症の転帰は,発展途上国の方が先進国よりも良好であると結論づけた.一方で,アジア各国における病院ベースの研究は,この知見を一概に支持せず,統合失調症の転帰の多様性を示している.また,アジアの発展途上国におけるコミュニティベース研究では,統合失調症の未治療罹患者が多く,未治療のままでは彼らの転帰が不良となることが明らかにされている.さらに,これらの国々では,統合失調症罹患者の死亡率が高いという報告もある.今後の研究では,アジア各国の精神医療のアクセシビリティや社会文化的因子と統合失調症の予後の関係をより明らかにし,統合失調症罹患者に対する的確な治療を提供するための方法を検討すべきである.

索引用語:統合失調症, 転帰評価, 死亡率, アジア, 発展途上国>

はじめに
 統合失調症は,19世紀においては,クレペリンによって早発性痴呆と名づけられ,慢性進行性の経過をたどり,最終的には人格荒廃に至る疾患と考えられていた14).しかし,その後の研究では,疾病の経過と予後に,より楽観的な見解が現れてきた9).また,統合失調症の転帰は多様であり,個人間のみならず国家や文化圏間でも差異があることが明らかになった3).統合失調症の転帰を,比較精神医学的な観点からデータベースで論じた最初の研究者は,MurphyとRaman34)である.彼らは,アフリカのモーリシャスの統合失調症患者を追跡し,イギリスで行われた転帰研究と比較した結果,無症状で機能良好な患者の割合は,モーリシャスで有意に高いことを示した.本研究が発表された1971年以降,後に述べるWHOの大規模国際比較研究をはじめ,多くの統合失調症の転帰研究が行われてきた.それらの研究の主題の1つは,発展途上国の統合失調症の転帰は,先進国よりも良好であるか否かの検証である.
 本稿では,アジア諸国で行われた統合失調症の転帰研究を,先進国と発展途上国の比較の観点からレビューする.アジアの定義は様々であるが,本稿では日本の外務省による分類7)に従い,東アジア,東南アジア,および南アジアに含まれる国々をアジア諸国とする.アジアと欧米には大きな経済格差がある.国連の統計上では,一般的に,日本以外のアジア諸国は発展途上国,欧米(北米および欧州)諸国は先進国と考えられてきた53).しかし,近年,アジアの一部の国々も目覚しい経済発展を遂げていることから,この分類方法はいささか不的確となってきた.本稿では,発展途上国は世界銀行のデータベース50)による低所得国と中所得国,先進国は高所得国と同義とする.同様の分類方法を採用している精神医学論文は多い5)6)28).この数値化された分類に従うと,アジアでは日本に加え,韓国,シンガポール,および香港・マカオ特別行政区が先進国地域にカテゴライズされる.それでもなお,アジアの国々の大部分は,発展途上国である.発展途上国の環境は,統合失調症の予後にどのような影響を及ぼすのであろうか.本稿では,まず病院・施設ベースで行われた転帰研究として,比較精神医学における指標とされてきたWHOによる一連の大規模国際研究について概説する.次に,その他のアジアの病院ベース研究について述べ,対象者の症状転帰について,WHOの研究と比較検討を試みる.さらに,未治療罹患者の転帰や死亡率に視野を広げながら,議論を展開していく.
 サーチエンジンにはPubmedを使用し,schizophrenia,outcome,Asia,およびアジア各国の国名・地域名をキーワードとして組み合わせ,アジアにおける統合失調症の転帰研究の検索を行った.選択基準は,(1)英文文献であること,(2)転帰良好のカテゴリー(寛解/良好/改善など)に含まれる患者の比率が明記されているか算出可能であること,(3)追跡期間が1年以上であることとした.除外基準は,(1)診断基準や転帰指標が曖昧であるもの,(2)特定の治療薬,治療方法,リハビリテーションプログラムによる治療効果を調査したもの,(3)一部の発症年齢層や病型の患者のみが選択されているものである.文献検索は筆者が単独で行い,サーチエンジンはPubmedしか用いていない.したがって見逃された転帰研究もあるかもしれない.しかしながら,本稿においては,できる限り包括的なレビューが提供できるように試みた.

I.WHOの長期転帰研究
 一般的に,比較精神医学領域では,発展途上国の統合失調症の転帰は,先進国よりも良好であると考えられてきた.その根拠となる3つの大規模国際研究は,WHOによってコーディネートされたInternational Pilot Study of Schizophrenia(IPSS)58),Determinants of Outcome of Severe Mental Disorder(DOSMeD)12)およびInternational Study of Schizophrenia(ISoS)8)10)11)である.本稿では,DOSMeDを取り上げ,概説する.対象者は,10ヵ国12センターで集められた1,379名の統合失調症および関連精神障害の患者である.2年後の追跡時には,1,078名が再評価可能であった.先進国のセンターには,米国,英国,ロシア,デンマーク,アイルランド,チェコスロバキア,および日本が含まれる.日本以外はすべて欧米諸国である.一方,発展途上国のコホートには,インド,コロンビア,ナイジェリアが含まれる.DOSMeDは,発展途上国の統合失調症の転帰は,先進国に比べ,良好であると結論づけている.
 インド(アグラ,チャンディーガル都市部,同農村部の3センター)では,精神症状が完全寛解に至った患者の比率は,それぞれ78%,66%,56%であったのに対し,日本(長崎)では29%であった.インドの対象者は,2年間の経過中に社会機能が障害されていた期間が短い一方,日本の対象者は,入院期間が長い傾向が認められた.インドの対象者が転帰良好に至った要因の1つとして,サブスタディ29)57)によって明らかになった支持的な家族環境が挙げられている.Wigら57)は,統合失調症患者の家族の感情表出を,インドとデンマークで調査し,デンマークでは感情表出の大部分のコンポーネントが英国と同様であった一方,インドでは批判的コメントと感情的巻き込まれが英国よりも有意に少ないことを見出した.さらに,Leffら29)は,インドにおいても,欧米同様に,家族の高感情表出が患者の症状再燃に関与していることを明らかにし,インドにおける統合失調症患者の良好な転帰は,少なくとも部分的には,高感情表出の家族の比率が少ないことに起因していると考察している.他研究では,発展途上国の転帰良好の要因として,患者が家庭やコミュニティの中で役割を見出しやすいこと,職業上のストレスが少ないこと,ソーシャルサポートの有効性などが挙げられてきた15)35)

II.病院ベースの転帰研究
 WHO研究のコホートは,病院・施設ベースで対象者を集めている.その結果と比較するという観点から,本項では,WHOの研究以外に,アジア各国で行われた病院ベースの統合失調症の転帰研究(表1)について述べたい.転帰評価のクライテリアや追跡期間などの方法論に相違点があるため,研究結果を相互に単純比較することはできない.しかしおおむねの比較により,各研究が発展途上国の転帰良好説を支持するか否かについて検討することは,統合失調症の転帰についての洞察を深めるために有用であろう.実際に,大部分の研究では,その結果が,WHO研究と比較検討されている.なお,機能転帰は,就労状況のみを評価した研究や全体的機能を評価した研究などが混在しており,WHO研究の評価内容とは異質性も高いため,症状転帰が比較の対象である.

1.発展途上国の研究
 インドで行われた3研究では,一様に良好な転帰が報告されている.Vergheseら55)は3施設386名の統合失調症患者を5年間追跡した結果,287名が再評価可能であり,そのうち64%が症状寛解を示していることを見出した.その寛解率は,DOSMeDのインドのコホートにおける完全寛解率(56~78%)と同様に高い.著者らは,調査結果が,WHOの発展途上国転帰良好説を支持していると結論づけた.その上で,患者に対する寛容さ,受容度の高さ,ソーシャルサポートなどが,発展途上国の良好な転帰に関係している可能性があると考察している.なお,転帰良好の知見は,2年経過時54)にすでに認められていた.Johnsonら13)は,インドのヴェールールにおいて,初発の統合失調症患者131名を5年間追跡調査し,再評価可能であった95名のうち,65名(68%)が症状寛解を達成したと報告している.寛解の予測因子は,都市部在住,病初期に病状が変動する経過をたどっていること,6ヵ月経過時に全体的機能が改善していること,1年経過時に精神病症状が軽度であることであった.良好な転帰はすでに1年経過時43)に見出されており,著者らは,研究結果が発展途上国転帰良好説を支持すると述べている.Tharaらは,マドラスにおいて,統合失調症患者90名の転帰を10年46)47),20年48),25年49)の3時点で追跡調査している.最終フォローアップ時の症状転帰は良好であり,68%が完全寛解もしくは部分寛解を示していた.Tharaらは,他の2研究と同様に,インドの統合失調症の転帰は,欧米諸国よりも良好であると推論している.
 インドネシアのバリ島においては,59名の初発の統合失調症患者が,5年17)18),11年20)21),17年後24)に追跡調査されている.17年経過時には,追跡可能であった43名のうち,症状寛解を達成した者の比率は33%であった.寛解率がやや低いことと,5年経過時には,同じアジアの先進国である日本の患者の転帰と有意差を認めなかったことから,著者らは発展途上国転帰良好説に疑問を呈している.寛解率が低かった理由の1つは,対象者の服薬アドヒアランスが不良であったためである.17年経過時に,規則正しい服薬をしていた対象者は14%にしか満たなかった.病院へのアクセシビリティが悪いこと,経済的問題,家族の精神病に関する理解不足などが服薬アドヒアランス不良に関与している因子であった.

2.先進国の研究
 日本では,群馬において,140名の統合失調症入院患者が,退院後21~27年間追跡調査されている36).評価可能であった105名のうち,症状が回復していた者は,33名(31%)であった.また,東京では,46名の初発の統合失調症患者が,5年経過時に追跡調査されており,36%が症状寛解していた17).いずれの研究も,約3分の1の対象者が症状寛解を示している.この比率は,DOSMeDの長崎のコホートにおける完全寛解の比率29%に近く,インドの56~78%よりも相対的に低い.よって日本の2研究は,先進国の統合失調症の転帰が発展途上国よりも不良であるというWHOの知見を支持しているといえるであろう.
 一方で,香港における研究では,一様に良好な転帰が報告されている.Loら32)は,香港において,初回受診した統合失調症患者133名を10年間追跡し,再評価可能であった82名のうち,53名(65%)が良好な症状経過をたどっていたことを示している.著者らは,良好な転帰に関与した要因として,大部分(84%)の患者にサポーティブな家族がいることを挙げている.Leeら26)は,香港において,外来受診した統合失調症患者153名を1年間追跡し,71%の症状転帰が良好だったことを報告している.同じくLeeらの研究グループは,香港において,初発の統合失調症患者100名の15年転帰研究を行い,症状転帰については過半数の53%が回復していることを示した27).以上の結果に基づき,Leeらは,先進国の統合失調症の転帰が,発展途上国よりも不良であるというWHOの説は修正されるべきだと述べている.香港では,経済発展が目覚ましい反面,伝統的かつ支持的な家族制度が保たれており,すでに容易に利用可能となっている精神医療を補完する役割を果たしていることが,転帰良好の要因の1つであると考えられている27)

3.研究知見から得られる示唆
 インドと日本で行われた研究は,統合失調症の転帰は,発展途上国の方が先進国よりも良好であるというWHOの研究知見を支持している.一方,香港においては,先進国地域であるにもかかわらず,統合失調症の転帰は良好であった.サポーティブな家族が転帰良好の要因として挙げられている.また,インドネシアでは,発展途上国にもかかわらず,転帰不良の傾向が認められており,その要因の1つは患者の服薬アドヒアランス不良であった.香港とインドネシアの研究からは,先進国か発展途上国かという分類よりも,その背景にある文化的因子や精神医療のアクセシビリティが転帰に関与していることが示唆された.
 統合失調症の転帰は多様である.今後の研究では,アジア各国において,予後を予測する社会文化的因子が,より詳細に検討されることが望まれる.

表1画像拡大

III.コミュニティベースの転帰研究
 前項では,WHOの研究結果と比較するという観点から,アジアにおける病院ベースの転帰研究について述べてきた.しかしながら,アジアの大部分を占める発展途上国においては,未治療の統合失調症罹患者も数多いことが予測されるため,病院ベースの調査では,サンプルの代表性に問題があることが提起されていた31)39).2000年前後から,アジアの発展途上国において,未治療罹患者を含むコミュニティベースの研究が行われている(表2).本項では,それらの研究について概説する.

1.未治療罹患者の転帰
 中国・四川省の農村地域におけるコミュニティ調査40)では,149,231人の住民のうち,510人の統合失調症の罹患者がスクリーニングされた.そのうち,未治療であった者が156名(31%),鍼や漢方薬などの伝統的治療を受けていた者が106名(21%),短期間もしくは不規則な抗精神病薬治療歴がある者が218名(43%),規則的な服薬を継続していた者が30名(6%)であった.未治療群の罹患者の臨床症状は,これら4群の中で,最も不良であった.未治療の理由として,経済的問題(35%),家族の精神病に対する知識不足(30%),罹患者の受診拒否(19%)などが挙げられている.また,未治療群のうち,そのまま治療を受けずに経過した95名の2年転帰を調査した結果,完全寛解または部分寛解に至ったのは21名(22%)のみであり,68名(72%)が症状持続,6名(6%)が症状増悪を示していた.
 インド・チェンナイで行われたコミュニティベース研究38)では,101,229人の住民の中に,261人の統合失調症罹患者が見出された.そのうち75名(29%)が未治療であった.彼らは,治療歴のある者に比べ,より症状が多彩であり,全体的機能も障害されていた.また,未治療者の家族には,精神病の知識がない者が多く,その家族形態は大家族である傾向が認められた.大家族は,統合失調症罹患者に対し支持的である一方,重症の罹患者をケアする能力があるために未治療に結びつきやすく,その結果として,罹患者の予後不良にも関与していることが本調査で示されている.未治療罹患者のうち,薬物療法を受け入れたのは49名であった.そのうち1年後の追跡調査時に症状寛解に至った者は14名(29%),社会機能寛解に至った者は17名(35%)であった45)52).未治療者の平均罹病期間は15.3年と長く,未治療期間が長いほど薬物治療抵抗性であることから,著者らは,統合失調症罹患者の早期の治療開始が必要であることを主張している.しかし一方で,慢性の経過をたどっていても,約3割の罹患者が寛解したという知見は,現存する未治療罹患者への治療的介入を積極的に行うべきであるという見解も支持するであろう.
 そのほかにもインドでは2つのコミュニティベースの転帰研究が行われている.カルナタカでは,コミュニティにおけるアウトリーチクリニックで,100名の非服薬統合失調症罹患者に無料の薬物療法が提供された44).うち28名は未治療罹患者,72名は過去6ヵ月に服薬していない患者である.1年半後のアセスメントでは,これらの患者の精神症状および社会機能に有意な改善を認めている.また,同じくカルナタカでは,一般住民から215人の統合失調症罹患者がスクリーニングされ,うち118名(55%)が服薬していないことが判明した51).なお未治療罹患者と治療中断患者の内訳は記載されていない.これらの非服薬罹患者の社会機能と精神症状は,服薬していた患者に比べ不良であった.また,1年後に追跡可能だった190名のうち,ベースラインも追跡期間中も服薬をしていなかった33名の罹患者群は,精神症状および社会機能が不良のままであった.一方で,ベースラインでは服薬していなかったが追跡開始後に服薬を始めた72名の患者群と,服薬を継続していた85名の患者群は,精神症状と社会機能が有意に改善している.
 インドネシアのバリ島で行われたコミュニティ調査では,8,546人の一般住民の中から,39名の統合失調症罹罹患者がスクリーニングされた19).そのうち20名(51%)が未治療であった.未治療群の罹患者の社会機能は,治療群の患者と比較して有意差がなかった一方で,臨床症状は有意に重度であった.また,未治療罹患者の特徴として,過去に暴力行為がないことが判明した.罹患者に暴力行為が生じるまでは,家族が罹患者に治療を受けさせる動機づけが生じにくい傾向は,医療機関へのアクセシビリティが悪い発展途上国で,特に顕著である.バリにおいては,統合失調症患者は,寛容な大家族とコミュニティのもとで温かく受容されている一方,その結果として,衝動性や興奮が目立たない罹患者が受診につながらず,慢性化するという傾向が認められている.また未治療の要因の1つは,家族の超自然的疾病観であった22).誰でも魔術にかかれば精神病になりうるという疾病観は,病気を他人事と考えないという観点から,統合失調症罹患者に対する良好な態度を生じさせている.しかし一方で,疾病が医学治療の対象と捉えられないという観点から,罹患者の未治療にも関与していた.39名の6年間の追跡調査23)では,27%の罹患者が完全寛解に至っている.寛解の予測因子の1つは,追跡期間中の半分以上の期間にわたる抗精神病薬の服薬であり,未治療のまま経過した罹患者の転帰は不良であった.

2.研究知見から得られる示唆
 ここまで述べたように,中国,インド,インドネシアで行われたコミュニティベース研究19)38)40)では,統合失調症罹患者の未治療率はおのおの31%,29%,51%と高かった.また,インドの他研究51)では,未治療罹患者と治療中断患者を併せた非服薬罹患者の比率は55%と高いことが報告されている.彼らの病状は不良であり,治療を受けないまま経過すると転帰不良となるという研究結果,ないしは治療を受けることにより転帰が改善するという研究結果が示されている.これら3ヵ国は,すべて発展途上国に分類されるが,アジアには,さらに国民所得が低い国々が数多く存在する50).それらの国々においては,経済的理由のみならず,精神医療が未発達であることや,患者や家族の精神疾患についての知識が乏しいことなどから,統合失調症罹患者の受診率がさらに低いことが推測される.アジアの統合失調症の予後を考える際に,未治療罹患者の存在を軽視することはできない.
 理想論を述べると,アジアの先進国や欧米においても,同様のコミュニティベース研究を行い,発展途上国と比較検討を行うことが望ましい.しかしながら,先進国では,プライバシー保護などの社会文化的理由から,コミュニティにおける戸別訪問による調査は,今後も実現不能であろう.エビデンスに基づく検証は困難であるが,先進国では,発展途上国に比べ,未治療のまま重症な経過をたどる統合失調症罹患者が極めて少ないことが推測される.したがって,先進国と発展途上国の統合失調症の転帰を,コミュニティベースで比較検討することが可能となるならば,第1項に概説した発展途上国の転帰良好説は,否定されるかもしれない.我々は,アジアの発展途上国における転帰研究の結果を,先進国との比較の観点から解釈する際,対象者のサンプリング方法が病院・施設ベースなのか,未治療罹患者も含めたコミュニティベースなのかについて,常に留意する必要がある.

表2画像拡大

IV.死 亡 率
 ここまで,統合失調症の転帰を,精神症状と社会機能を主に概説してきた.しかし,疾病の最終的な転帰指標は死亡である.それゆえ,転帰研究における患者の死亡率を検討することは重要であろう.一般人口に比べ,統合失調症患者は短命である25).統合失調症では,自殺や事故による死亡率が高いことはよく知られているが,併存する身体疾患による死亡リスクも高い30).様々な疾患が死因となりうるが,近年では,不健康なライフスタイルや非定型抗精神病薬の副作用によって引き起こされるメタボリックシンドロームにより,心血管系疾患による死亡者が増加傾向にあることが注目されている2)16).統合失調症患者の過剰な死亡を示す数値として,標準化死亡比が用いられる.標準化死亡比は,観察集団の実際の死亡者数を,一般人口の年齢階級別死亡率をもとに計算された観察集団の期待死亡数で割った数値である.欧米諸国では,統合失調症患者の標準化死亡比は,おおむね2.0~3.0の間であると報告されてきた1)2)33)37).アジアの統合失調症患者の死亡率研究は少ないが,日本では,統合失調症患者の標準化死亡比は,男性が2.55,女性が3.02と,欧米と同様であることが報告されている42)
 本稿でレビューした転帰研究においては,死亡者数は書かれているものの,標準化死亡比が算出されていないものが大多数である.また,対象者の追跡率が低いものが多い.ドロップアウトした対象者の中には多くの死亡者が含まれている可能性があり,その場合,死亡率が低く見積もられてしまう.本項では,対象者の追跡率が高く,標準化死亡率が算出されている中国とインドネシアの2研究を取り上げ,その結果について概説する.
 Ranら41)は,中国において,コミュニティでスクリーニングされた510人の統合失調症罹患者コホートを追跡し,その10年後の死亡率を調査した.対象者の追跡率(死亡者を含む)は98.0%と高い.対象者全体の標準化死亡比は4.0,うち男性は4.9,女性は3.3と,いずれも一般人口に比べ有意に高かった.死因別の標準化死亡比は,自殺が32.0,事故死が6.6,自然死が2.6であり,すべての死因において一般人口に比べ有意に高いことが示されている.また標準化死亡比は,欧米圏に比べ相対的に高かった.特に自殺による標準化死亡比は高く,著者らは,統合失調症罹患者の早期発見と治療を含む自殺予防対策の必要性を主張している.
 インドネシアのバリ島における17年転帰研究24)では,入院となった統合失調症患者のうち,それまでに精神科受診歴のない者59名がフォローアップされている.サンプル数は少ないが,追跡率(死亡者を含む)は100%であった.最終追跡時点で,59名のうち15名(25%)が死亡しており,死亡時の平均年齢は35.7歳と若かった.15名の死亡者の死因の内訳は,13名が自然死,1名が自殺,1名が事故死であり,自然死が多いのが特徴である.標準化死亡比は4.85であり,一般人口に比べ有意に高かった.また,標準化死亡比は,欧米圏に比べ相対的に高い.身体疾患で死亡した13名のうち,死亡時に医学的治療を受けていたのは3名(23%)にすぎなかった.精神病未治療期間(Duration of Untreated Psychosis:DUP)が1年超の患者群は,1年以下の患者群に比べ,死亡の相対危険率が3.4と有意に高かった.DUPが長いほど,統合失調症の転帰は不良となる4)5)56).著者らは,DUPが長い患者群では,その症状増悪にともない,身体症状を認知する能力や,それを家人に伝えるためのコミュニケーション能力に低下をきたし,身体疾患の治療に障害をもたらした可能性があると考察している.
 統合失調症罹患者の標準化死亡比は,欧米に比較し,日本では同等であり,発展途上国である中国とインドネシアでは,相対的に高い.研究間でサンプリング方法の違いがあることや,統計学的な有意差を比較検討することができないことから,研究間の標準化死亡比を単純比較することには慎重であらねばならない.しかしながら,本知見は,発展途上国の統合失調症の転帰良好説に疑問を呈するものである.

ま と め
 WHOによる大規模国際研究は,発展途上国の統合失調症の転帰は,先進国よりも良好であることを示した.一方で,アジア各国で行われた病院ベースの研究では,発展途上国転帰良好説を支持する結果と,不支持の結果が混在している.また,発展途上国である中国,インド,およびインドネシアにおけるコミュニティベース研究では,統合失調症の罹患者には未治療の者が多く,彼らの臨床症状と社会機能は不良であり,未治療のままでは転帰不良に至ることが示された.これらの研究結果は,発展途上国の統合失調症の転帰が良好であるというWHOの知見が決定的ではないことを示唆している.今後は,アジアの大部分を占める発展途上国において,さらなるコミュニティベース研究を行い,統合失調症罹患者の受診率と予後についてのデータを集積していくことが重要であろう.その上で,未治療罹患者に対する治療的介入をいかに進めていくかの具体的方法論を検討していくことが必須である.本稿に述べたように,インドにおいては,アウトリーチクリニックの有用性が明らかになった44).コミュニティにおける包括的精神医療の提供を,一時的ではなく継続して行うことが,アジアの発展途上国における統合失調症罹患者の治療に有効であるかもしれない.また,アジアの発展途上国では,統合失調症罹患者の死亡率が高いという報告がある.ただし研究数は少なく,今後,より多くの知見の集積が望まれる.さらには,統合失調症の多様な転帰をより明らかにするために,アジアの先進国地域からも新たな研究が展開されることが期待される.今後の転帰研究では,先進国と発展途上国という二分化にのみに捉われることなく,各国の社会文化的背景や精神医療状況をより詳細に分析した上で,予後予測因子を同定していくことが重要であろう.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 インドネシア・バリ島における諸調査の共同研究者である先生方,および御指導や御協力をいただいた全ての先生方に深謝いたします.

 編 注:編集委員会からの依頼による総説論文である.

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