Advertisement第122回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第128巻第8号

先達に聴く
第121回日本精神神経学会学術総会
統合失調症―私の総決算と課題―
堀口 淳
島根大学名誉教授
精神神経学雑誌 128: 630-635, 2026
https://doi.org/10.57369/pnj.26-099
受付日:2025年10月27日
受理日:2026年2月13日

 統合失調症の中心障害は,その特有の認知障害と自我障害とであり,この両者が「幻覚」と「妄想」の産出起源である.意識性とは感覚的材料が存在しないにもかかわらず,外部空間に不随意にヒトなどの存在を感じる際の意識状態を意味する.実体的意識性とは,ヒトやモノの気配をありありと感じる意識性の異常であり,統合失調症に特性的な症状ではない.一次妄想とされる妄想気分と妄想着想とは,意識性の異常に類型されるべきである.統合失調症患者の急性期の消褪時期が,精神科医の個人精神療法の力量が最も試される病期である.薬物療法では太刀打ちできない.「生活臨床」は認知行動療法であり,また再発予防法でもあろう.患者の認知障害の把握には,患者の行動観察が重要である.

索引用語:統合失調症, 自我障害, 認知障害, 実体的意識性, 精神療法>

はじめに
 大脳が産出する「幻覚」と「妄想」の病態の解明は,精神医学を志す者の最大の関心事であろう.精神医学を最大にして特徴づける大脳の産物が「幻覚」と「妄想」とであり,他の追随を許さない.しかしながら,統合失調症の中心障害は,その特有の認知障害と自我障害とであり,この両者が「幻覚」と「妄想」の産出起源である.
 統合失調症では,急性期が緩和し次第に「疲弊状態」とも称し得る時期に,患者は「傷心」の容態を呈する.この時期にこそが,われわれ精神科医の個人精神療法の力量が試される病期である.
 「生活臨床」は統合失調症患者ごとの認知障害に焦点を合わせ,病期を問わず繰り返し「働きかける」認知行動療法であり,また再発予防法でもある.
 本稿は,主として著者の臨床経験を基盤に据えて,本病の核心を総括することで,著者の任を全うしたい.その意味で本稿は,統合失調症に関する先人の既報などを引用して総論的に概説する類の論文ではない.

I.実体的意識性
1.表象と意識性
 表象とは随意的にものを考えるときに浮かぶ心像(イメージ)である.健常なヒトであれば,例えば母親の顔を自身の内部(大脳)空間に想起可能である.
 一方,意識性とは音や光などの感覚的材料が存在しないにもかかわらず,自身の意思とは別に,すなわち不随意にヒトやモノなどの存在を感じる際の意識状態を意味する.実体的意識性とは,これらの存在がありありと実体感を有する意識性の異常である.この実体的意識性は健常者でもときに体験される.例えば「玄関で誰かの声か音が聴こえたような」とか,「自分の背後をなにかが通り過ぎたような」気配を意味する.音や声が聴こえたとなれば,それはもはや幻聴の類であって,意識性の異常ではない.
 実体的意識性(leibhaftige Bewuβtheit)は1913年にJaspers, K. が自身の名著『精神病理学総論』3)のなかではじめて定義した用語である.彼はこの実体的意識性は,統合失調症の初期や急性期に特性的に観察される究極的な要素症状であるとし,この症状は錯覚や幻覚といった妄覚でも妄想でもないことを強調した.

2.L—DOPA誘発精神病
 著者の担当した入院患者の第1症例はオリーブ核橋小脳萎縮症の高齢女性であった.本例にはパーキンソン症状が重畳して認められ,L—DOPA剤の投与を試みたところ,幻覚,特に幻視症やアメンチア,せん妄,レム睡眠行動障害,妄想などが活発に発現した.いわゆる「L—DOPA誘発精神病」である.さて,これらに混在して認められたのが実体的意識性であった.患者は「看護詰所に夫が面会に来ている」「廊下に赤ん坊たちがいる」から「お乳をあげないといけない」などと語り,時に不穏ともなった.本例の夕方から夜間に発現したせん妄時には,強い精神運動興奮に加えて動物やヒトの幻視と,主として場所の失見当識とが顕著に観察された.しかし,上述した奇異な発言は日中に多く,「夫」や「赤ん坊」が見えるのではなく,「そこにいる気がする」といった訴えであり,せん妄や幻視症とは異なる性質の訴えであり,実体的意識性であると考えられた.
 著者はかような脳器質性精神障害を有する患者へのL—DOPA剤の投与でも,実体的意識性といった要素症状が産出されることを体験し,実体的意識性はJaspersが統合失調症に特性的だと断言したことは誤りであることを実感できた.レビー小体型認知症などの脳器質性精神障害でも実体的意識性が発現することは,現在では広く知られていることである.これらの事実は,「脳内のドパミンの不安定」が実体的意識性の発現の背景に存在する可能性を示唆するものであるが,本稿ではこの観点からのこれ以上の言及は差し控えたい.しかし,ここで付言しておきたいことは,著者の比較的長い臨床経験において,実体的意識性を発露した統合失調症患者はいまだ皆無であるといったことである.この原因が著者の症状把握が劣等であるためか,あるいはそもそも統合失調症患者は自身の心的内容を的確に言語化することが苦手であるので,実体的意識性が存在しても,他者には把握困難であることに由来するのかもしれない.なぜなら,統合失調症患者の中心障害は,後述する特有の自我障害や認知障害なのであるが,これらが患者の症状の表出に大きく影響を与え,個々の要素症状が把握困難となっていることに疑いの余地はないように思うからである.

3.一次妄想と意識性
 統合失調症に特有で現象学的には自生的に発現する3つの一次妄想は真正妄想であり,病的な心理状態から了解可能とされる二次妄想とは異なり,了解不能とされる.しかし,著者は一次妄想のなかの妄想気分と妄想着想の2つは,意識性の異常に類型されうる意味意識の変容症状であると捉える.すなわちこれらの2つは,多分に妄想的色彩の濃い意識性の異常ではあるが,妄想知覚のように感覚的材料(対象)が存在しないにもかかわらず発現する.例えば「散歩している犬が,一瞬自分のほうを向いたのは何かの悪い知らせである」だとか「今通り過ぎたバイクの運転手のヘルメットの赤い色は,神のお告げである」などの実際の感覚的材料は存在しない.一方,妄想知覚は上述した「犬」や「赤いヘルメット」といった感覚的材料に了解不能な意味付けをする現象である.この妄想知覚は,妄想気分や妄想着想よりも妄想的色彩の強度がはるかに濃厚であるばかりか,その対象を妄想的に曲解する現象であるので,もはや意識性の異常を超えて,関係念慮ないし妄想に分類されうると考えられる.
 なお,意識性の異常には実体的意識性の他に,「妄想的意識性」と称して論じる研究者4)もいるが,著者の意見とは異なる.意識性の異常と妄想との鑑別には,あくまでも感覚的材料の有無が重要なのであって,意識性の異常の色彩内容の妄想性の強度では両者の鑑別は困難であるからである.そもそも両者は「妄想的色彩」が濃厚な精神要素でもある.
 ここでも付言しておきたいことは,一般的に二次妄想は了解可能と定義されているが,臨床現場で感じてきた著者の経験に立脚すれば,現に発現している妄想の起源を,患者の心理的状態から解釈できる,すなわち了解可能と感じられる二次妄想はむしろ稀有であるように思うのであるが,いかがであろうか?

II.統合失調症の中心障害
1.自我障害
表1は著者の自我の分類私案である.表1に提示した4つの自我のうち,統合失調症患者で観察される代表的な認知障害は能動性の自我障害であろう.患者は常に「自分が考えている」「自分が行動している」といった思考や行動の自己所属感がきわめて曖昧である.その程度は離人神経症の患者が訴える離人感とは特徴や色彩が全く異なる.統合失調症患者では「自分が…」がないのである.この能動性の喪失から,患者は次第に自分の考えではない思考が自然に湧いてきたり,自分の思考を盗まれたり(思考奪取),入れ込まれたり(思考吹入),いつの間にか伝わっていて(思考伝播),知られていたり(思考察知)すると感じるようになる.さらに自分の行動が誰かに操られていて,何かをさせられているといった作為体験へと発展する.また,自分の考えを批判する声が聴こえたり,誰かが声で命令してくるなどの幻聴体験も混在するようになる.
 かような能動性の低下ないし欠如は,容易に同一性や境界性,あるいはときに単一性の自我障害にも波及し,これらの病理が底流に固定し,常態化している.これが統合失調症である.後述もするが,その意味では臨床現場で薬物療法と称して薬を投与し,「妄想が良くなった」だとか,「幻聴が…」などと一喜一憂したところで,何も捗らないのである.また,陰性症状に包含されている意欲や感情面の障害の大部分も,この自我障害から産出される要素症状として理解可能でもあるし,大言すれば陰性症状自体を自我障害として理解できなくもない.それゆえか,陰性症状は陽性症状よりも治療困難であることについては,おそらく大部分の精神科医に異論はなかろう.

2.認知障害
1)統合失調症の認知障害
表2に,著者の認知の分類私案を示した.統合失調症患者に観察されやすい認知障害は社会認知や情動(感情)認知の障害であろう.これらの認知障害の把握には,単に狭い診察室での患者とのやりとりや,家族や看護師などからの問診だけからでは困難である.ましてや神経認知の障害も含めて,神経心理学的バッテリーを用いた評価や,事象関連電位などの生理学的測定の数値では,患者の認知機能の質や程度の評価は不可能であると思う.最も効果的な評価方法は,患者と行動を共にして,体感し体得することである.
2)大学デイケア
 著者の経験のうち,認知障害の発見やその種類や程度を学べたのは大学デイケアであった.表3に,デイケア場面で観察されたさまざまな認知障害のうち,印象的であったいくつかを列記した.愛媛大学のデイケアでは,農耕作業やテニス,バスケットなどのスポーツから,大学を飛び出しての喫茶店,温泉,果ては真夏の瀬戸内海の島でのキャンプまで実践した.さらには見合いや就職面接予定の患者には「練習」と称してスタッフが見合い相手や面接相手までしたのである.日本での社会生活技能訓練(social skills training:SST)開始よりもはるかに早く,実施していたのである.この活動には賛否の意見があろうが,患者に徹底的に向き合ったことには間違いない.毎月家族が参加したことも付言しておく.およそ家族の登場なくして精神科治療は成立しない.
表3のように,患者とキャッチボールをすればすぐに患者の運動下手(下手でない患者もいる)が明らかとなる.ボールの落下点にグローブを差し出し過ぎだったり,極端に手前過ぎたりするのである.小脳失調症患者の測定障害に酷似するように思う.急性期の患者は,ごはんやおかず,みそ汁をほどよく順序立てては食べられず,ごはんだけ全部食べ,次にみそ汁だけ,といったような3~4歳の児童の食べ方をする.ごはん,おかず,みそ汁を程よく統合して食べることができないのである.しかし,急性期から回復してくるにつれて,不思議と統合されてくるのである.また,患者は担当医や他の参加者との身体位置の物理的距離感が不安定であることも,すぐに明白となる.大抵の患者は他の参加者とは心理的には遠く,なかなか馴染みにくいのであるが,何かを契機に一気に接近し過ぎて相手を困らせたりもする.スタッフの顔や体に妙に接近し過ぎで,こちらが違和感を覚える場合も多い.集団行動のなかで参加者がある話題で談笑中であるにもかかわらず,突然に全く違った話をしたり,急に歌いだしたり,黙ったまま急に立ち上がって,何かを見つめたりもする.
 上述した内容は認知障害に起因する行動化された言動などである.これらの行動は社会復帰の大きな支障と成り得る.愛媛大学でのわれわれの活動を著者は大学の紀要に残すべく,論文化したので,参照されたい1)

表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大

III.統合失調症の治療原則に関する2~3の私見
表4に著者の考える本症の臨床経過に沿った患者の心性や治療目標などについてまとめて示した.ここでは表4のうち,本症の治療にあたっての2~3の私見を論じたい.

1.急性期の過鎮静
 まずは本症の初発や再発時の急性期の薬物療法による過度の鎮静の悪影響について特筆しておきたい.統合失調症の急性期の治療には薬物療法は欠かせない.この急性期の投与薬物の処方量は,治療環境や精神運動興奮などの状況に大いに関連するが,慢性期などと比較すれば,やはり比較的多量を要しよう.
 急性期の患者の精神内界は,先述した意識性の異常である実体的意識性や妄想気分,妄想着想などがさまざまに変容して重畳し,昏迷して離散集合を繰り返すために,患者を苦しめる.患者は目前の家族や医療スタッフなどの立ち居振る舞いや,身辺周囲の「物」,それらは自室なら単にテレビやタンスや壁や日常道具などであるし,病室なら壁やドア,出入りする看護スタッフや他の患者などであるが,患者はこれらの「人」や「物」の表情や声,挙動,音,色,臭い,肌感覚など,五感から感受できるさまざまな知覚変容感に圧倒されるのである.それゆえに,患者が基本的に有している脆弱な自我意識や認知機能では,これらの変容感には到底太刀打ちできず,容易に被侵入感や被害感で押し潰され,しばしば奇異な衝動行為が頻発する.かような病的世界の渦中にあって,訪室する看護師の表情や態度を見て,「この看護師は安心できそうだ,あのいつもの○○さんだ」「でもなんだかいつもと違っているぞ,本物なのか?」や,「ここは病院かなあ,いつもの?」「いやちょっと違っているなあ,なんだか怪しいぞ」などから疑心暗鬼となり,容易に目前の現実世界から病的世界へと埋没してしまう.この心性は両価性にもやや類似しているが,両価性的であれその類似心性であれ,患者の精神内界はもっとはるかに複雑かつ刻々と病的世界を漂流し,時に垣間見える現実世界に圧倒されているのである.古典的「緊張型分裂病」の典型状態とも言い得る.要するに恐ろしいのである.
 このような病理過程の最中にある急性期の患者に薬物を投与すると,過鎮静とまでは至っていない処方量でさえ,患者の病的症状は脳内に「封じ込まれ」,残遺している「健常な」認知機能さえも「抑え込まれ」てしまうので,急性期の患者の自然経過としての病像が把握しにくくなる.ましてや過鎮静をきたすまでの処方がなされてしまうと,上述したような「患者が現実世界に戻れそうな大事なその瞬間」の認知も抑え込まれてしまうのである.著者の臨床経験では,薬物に起因する過鎮静状態の患者の処方量を徐々に漸減していく最中に,患者が急に退行に似た児戯的ないし,奇妙なほどに「従順すぎ」て診える場合がある.この状態は患者が周囲の者が本当に安心できる人であるのかや,これまで本当に頼っていた家族や看護師や担当医なのであるのかを「確かめるため」の行動であり,きわめて衒奇的にさえ見える状態である.患者はかような「奇異」で「衒奇的」な行動で,再び現実世界に戻り込もうとするのである.これが急性期「緊張型」の衒奇症であるが,慢性期の患者でもしばしば認められる症状でもある.ただし,急性期のこの状態時こそ,突然の衝動行為には十分すぎるぐらいの注意が必要である.なぜなら患者が,再び,それも瞬時に病的世界に逆走することは,決して珍しくないからである.

2.疲弊期の精神療法
 ここでは表4の疲弊期には,担当医やスタッフは特段の注意と関心とをもって,患者に対峙する必要があることを強調したい.この時期は担当医の最大の腕のみせどころとも言い得る時期である.患者は急性期をなんとか乗り越えつつあり,身体的にも精神的にも疲れ果てている.しかも患者は自分が発症(再発)した事実を認知しなければならない,いわゆる障害受容や病識の問題が問われる時期であるので,最も過酷な時期である.
 かような時期である疲弊期に心がけるべき重要な事柄の第一は,病棟スタッフは安静第一を旨とし,家族の面会は禁物であることである.上述した疲弊期の心性にある患者にとって,家族による安易な「励まし」や家族からの情報,それは例えば「兄さんが大学に合格した」だとか,「○○君が課長になった」「姉さんが妊娠した」などのさまざまな「事実」を知っただけで,一挙に「再燃」し,再び幻覚妄想状態などの急性期症状に埋没してしまうことは,決して稀有ではない.これが統合失調症である.疲弊期に限らず,家族面会は慎重を期すべきで,家族面会の目的は毎回十分に検討を重ねたうえで実施すべきである.特別なケースを除いては,著者は家族面会は治療的とは成り得ないと考えている.一方で家族療法はこれとは別に論じる必要があり,重要なポイントではある.およそ家族の登場しない精神科治療はあり得ないことはここでも強調しておく.
 先述したように,疲弊期は担当医の腕の見せどころの時期である.著者は「生活臨床」2)を基本に据えたアプローチを実践している.誌面の都合上,その内容は割愛するが,生活臨床は統合失調症の認知障害に働きかけて実践する認知行動療法であると思う.

3.回復期の重要性
 最後に,表4の(3)の回復期とは,疲弊期から回復し,なんとか洗面や入浴などの身辺自立の練習期にある患者の臨床経過時期であり,入院中の患者やスタッフ,あるいは家族などとの人間関係や対人関係の再構築をめざす重要な時期でもある.しかし,最近の精神医療を概観すると,極端に入院期間が短縮しており,表4の(1)の急性期から,(2)の疲弊期を飛び越し,一挙に(3)の回復期さえも経ずして退院させてしまっている「不十分な医療」が横行しているように思えてならない.開腹手術に喩えるならば,手術室で開腹手術後に縫合し,そのまま退院させているに等しい.これが事実であれば,「反治療的」と言わざるを得ない.この原因はさまざまであろうが,医療経済がその要因の1つであるとすれば,きわめて嘆かわしい.統合失調症は表4に挙げた臨床経過を経て回復するので,入院治療には最低限3ヵ月間は要すると思う.そもそも医療経済が健全な治療計画を遂行しにくい元凶となっているとすれば,本末転倒である.医療者の本腰と実力とが問われている.

表4画像拡大

おわりに
 本稿では主に以下の6点について,著者の考えを論じた.
 (1)統合失調症の根源的問題は,自我障害と認知障害とである.
 (2)自我障害と認知障害とが,表象や意識性を歪める.
 (3)思考や行動の自己所属感が希薄化し,自他の区別が曖昧である.
 (4)教科書的な一次妄想の妄想気分と妄想着想は,意識性の異常である.
 (5)臨床現場では二次妄想も了解不能な場合が多い.
 (6)生活臨床は統合失調症の認知障害に働きかける認知行動療法である.
 これからの精神科医も,担当した症例を丹念に診察して検討し,症例検討会を重視し,学会で症例報告をして他施設の臨床医の意見も参考にして,さらに症例を重ねて臨床研究へと展開させてほしいことが,著者の最後の願いである.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 堀口 淳, 山下雅也, 市木裕子ほか: 愛媛大学医学部附属病院精神神経科におけるデイケア活動―対人関係の側面から―. 愛媛医学, 4 (2); 67-74, 1985

2) 堀口 淳: 私の統合失調症観における生活臨床―若い精神科医と恩師・柿本教授とに捧げる―. 臨床精神医学, 38 (2); 199-208, 2009

3) Jaspers, K.: Allgemeine Psychopathologie 5. Aufl. Berlin, Heidelberg, New York. Springer-Verlag, 1948 (内村祐之, 西丸四方, 島崎敏樹ほか訳: 精神病理学総論. 岩波書店, 東京, 1953)

4) 西山 詮: 出眠時の実体的意識性の妄想性発展. 精神医学, 11 (6); 435-440, 1969

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