Advertisement第122回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第128巻第8号

特集 統合失調症up to date ―よりよい診断と治療を目指して―
統合失調症の治療の現状と課題
稲田 健
北里大学医学部精神科学
精神神経学雑誌 128: 623-629, 2026
https://doi.org/10.57369/pnj.26-098
受付日:2025年11月28日
受理日:2026年4月13日

 統合失調症治療の課題は多岐にわたり,広範な領域の議論を要するが,本稿では「医療の質」という視点から現状と課題を整理した.医療の質の向上には,根拠に基づく医療(EBM)が不可欠であり,その重要な手段として診療ガイドラインの活用が挙げられる.ガイドラインと実臨床の間に生じる乖離(EPG)の実態を可視化し,乖離を解消するための方策を講じることは,医療の質向上につながる.日本の統合失調症の診療ガイドラインとして『統合失調症薬物治療ガイドライン2022』が公表されているが,このガイドラインと国内の薬物治療実態の間には,いくつかのEPGが認められる.例えば,抗精神病薬の単剤治療率は十分に高くなく,かつ施設間格差が大きいこと,抗コリン薬の併用が少なからずみられ,これも施設間格差が大きいこと,さらに治療抵抗性統合失調症に対するクロザピンの処方率は必ずしも高くないことなどが挙げられる.これらのEPGを可視化し,解消するためには,ガイドラインの講習を行い,理解を促し,普及させることが有用と考えられる.また,ガイドラインに準拠した治療がどの程度実践されているかを示す指標として「ガイドライン一致率」を導入し,臨床現場で活用することを提案する.

索引用語:統合失調症, 医療の質, 診療ガイドライン, エビデンス・プラクティス・ギャップ, ガイドライン一致率>

はじめに
 統合失調症は発症頻度が高く,社会的負担の大きい疾患であるが,その病態にはなお不明な点が多く,診断および治療法にも未確定な部分が残されている.これまで,生物学的および心理社会的治療を組み合わせた包括的治療が行われてきたが,症候学的寛解と社会機能の回復を含めたリカバリーの達成率は約2割にとどまる11)
 このような現状をふまえると,統合失調症治療の課題を検討するには広範な議論が必要であるが,本稿では「医療の質」という視点から現状と課題を整理する.なぜなら,精神医療に限らず医療全体において,「医療の質の向上」をめざす潮流があり,精神医療もこの視点から多くを学ぶ必要があると考えられるからである.
 具体的には,医療の質向上における重要なツールである診療ガイドラインの役割,ガイドラインと実臨床の間に存在する乖離(evidence—practice gap:EPG)の実態,そしてこの乖離を解消するための方策について論じる.

I.医療の質と診療ガイドラインの役割
1.医療の質の定義と構成要素
 医療の質はさまざまな団体により多様な定義が提案されている.代表的なものとして,世界保健機関(World Health Organization:WHO)は「良質な医療とは,必要としている人々に根拠に基づいてサービスを提供し(有効性),医療を提供しようとしている人々に対する害を避け(安全性),個々の好み,要求,価値に応じて提供する(応答性/患者中心性)医療である」と定義している18).このうち,有効性・安全性・患者中心性は医療の質の中核特性と位置付けられる.他の団体による定義では,下位特性や医療システムに基づく特性も挙げられ,まとめると表1のようになる1)14)

2.EBMと診療ガイドライン
 医療の質の中核特性に有効性,安全性が含まれることからも,医療の質向上には,有効性と安全性についてのエビデンスに基づいた診療であるevidence—based medicine(EBM)が不可欠である.EBMにおける重要な資料として,「健康に関する重要な課題について,医療利用者と提供者の意思決定を支援するために,システマティックレビューによりエビデンス総体を評価し,益と害のバランスを勘案して,最適と考えられる推奨を提示する文書」13)と定義される診療ガイドラインがある.すなわち,医療の質を向上させるためには,EBMの実践が求められ,EBM実践のためには診療ガイドラインが不可欠である.
 統合失調症診療ガイドラインとしては,英国の国立保健医療研究所(National Institute for Health and Care Excellence:NICE)や米国のアメリカ精神医学会(American Psychiatric Association:APA)などによって作成されたガイドラインがある.また,日本においては,日本神経精神薬理学会と日本臨床精神神経薬理学会が中心となって作成した『統合失調症薬物治療ガイドライン2022』15)があり,薬物治療に限定しない包括的な診療ガイドラインの作成は日本精神神経学会が準備中である.

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II.診療ガイドラインと実臨床の乖離
1.Evidence—practice gap(EPG)
 EBMにおいてエビデンスの提示する医療と,臨床現場で実際に行われている医療との間にはしばしば乖離がある.このような受けてしかるべき医療の質と実際に受けている医療の差異はEPGと呼ばれる.EPGの具体例としては,(i)禁煙,節酒,感染制御はがんの予防に有用であるが,実践されていない.(ii)がん検診は予防・早期発見に有用であるが,実際の検診受診率は高くない.(iii)急性ウイルス感染症に抗菌薬は無効であるが,処方されている,などが挙げられる14).EPGは一定の手法を用いることによって可視化が可能であり,積極的な管理,投資の対象であることは,世界の共通認識になっている6)

2.Evidence—practice gapの可視化と管理
 EPGを可視化し,改善するために,さまざまな施策がなされてきた.体系化された施策としては,Donabedian, A. の医療の質評価モデルが有名である.表2に概要を示した.これは「構造」「過程」「結果」の3領域から医療の質を評価するものであり2),各領域で医療の質指標(quality indicators:QI)を設定・測定し,介入による変化を検証して継続的改善を行う仕組みである.

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III.統合失調症領域における主な診療ガイドラインとその概要
1.『統合失調症薬物治療ガイドライン2022』薬物療法概要
 2015年に日本神経精神薬理学会が初版を公表し,2022年に日本臨床精神神経薬理学会との合同で改訂版となる『統合失調症薬物治療ガイドライン2022』15)を公表した.本ガイドラインにおいて推奨される薬物治療の概要をに示した.は単純化したものであるが,統合失調症の薬物治療においては,診断を確定すること,抗精神病薬の単剤治療を行うこと,十分量十分な期間の薬物療法を行い効果を判定すること,十分な効果が得られて許容できる副作用であれば薬物療法を継続すること,2種類以上の抗精神病薬による治療が奏効しなければ治療抵抗性統合失調症の診断を検討すること,治療抵抗性統合失調症と診断した場合にはクロザピン治療などの治療に進むこと,副作用やその他の諸問題を生じた場合には原因を検索し対応すること,ここで安易な副作用治療薬の併用は推奨されないこと,などが示されている.

2.統合失調症診療におけるevidence—practice gap(EPG)の実態
 2016年より,精神科医に対してガイドラインの講習を行いガイドライン教育の効果検証を行う「精神科医療の普及と教育に対するガイドラインの効果に関する研究:Effectiveness of GUIdeline for Dissemination and Education in psychiatric treatment」(略称EGUIDEプロジェクト)が開始された3).本プロジェクトは,2025年10月現在全国の50大学が参加しており,その講習の受講者は全国の840以上の医療機関に広がっている.
 EGUIDEプロジェクトでは受講者の協力を得て,統合失調症入院患者の処方実態を調査してきた.これらの結果からは,日本の統合失調症診療におけるEPGの実態が浮き彫りにされている.以下に明らかとなったEPGの例を挙げる.
 1)統合失調症の薬物治療において抗精神病薬の単剤処方率は高くなく施設間格差が大きい
 ガイドラインでは,抗精神病薬の単剤治療が推奨されている.一方,ガイドライン講習会参加44施設において2016年4~9月に退院した1,164名の統合失調症患者への処方を検討したところ,抗精神病薬単剤治療の割合は57.1%であった9).この割合は,経年的にも大きな変化はみられておらず,2020年度に退院した2,684名の統合失調症患者の調査でも,54.3%であった3).また,単剤処方率は0~100%までの施設間の差があった9)
 2)統合失調症に対するクロザピン治療率は高くない
 ガイドラインでは,抗精神病薬の単剤治療を繰り返しても十分な効果が得られない場合には,治療抵抗性統合失調症の診断を検討し,診断された場合にはクロザピンによる治療を行うことを推奨している.EGUIDEプロジェクトによるとクロザピンの処方率は,2016年度7.2%,2020年度6.1%であった3)9).なお,レセプト情報・特定健診等情報データベース(National Database of Health Insurance Claims and Specific Health Checkups of Japan:NDB)のオープンデータを用いた先行研究7),ならびにクロザリル患者モニタリングサービス(Clozaril Datient Monitoring Service:CPMS)のデータから,日本全国でのクロザピンの処方率を推計すると約2%程度にとどまる.
 3)統合失調症治療において抗コリン薬の処方率は低くなく施設間格差が大きい
 ガイドラインでは,抗精神病薬によって生じる薬剤性錐体外路症状に対して,抗コリン薬の長期使用は,潜在的な副作用のリスクを考慮して推奨されていない.一方,わが国の統合失調症患者の退院時処方では,30.5%の患者に抗コリン薬が併用されていた.さらに,抗コリン薬の処方率は施設によって0~66.7%まで格差があった8)
 4)睡眠薬の処方率は低くない
 統合失調症の入院患者2,146名を対象に,睡眠薬が処方されている割合を調査したところ,睡眠薬1種類以上,睡眠薬2種類以上が処方されていた割合は,統合失調症患者においては55.7%と17.6%であった.睡眠薬処方と他の向精神薬処方との関連を調べると,統合失調症患者では,2種類以上の抗精神病薬,抗コリン薬,抗不安薬,気分安定薬/抗てんかん薬が正の関連を示した4)

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IV.統合失調症診療におけるevidence—practice gapの解消への戦略
 ガイドラインと実臨床の乖離を解消するためには,ガイドラインを知り,乖離を解消するための実践的な方法を知り,実践することが求められる.統合失調症治療におけるEPG解消のための具体的方策を示す.

1.講習受講によりガイドラインの理解を深める
 ガイドラインの講習受講者に講習前後でガイドラインの理解度を調査したところ,理解度は有意に上昇した.この効果は精神科医としての経験年数とは相関せず,若手医師でもベテラン医師でも講習受講により理解が深まることが明らかになった16).したがって,講習を受講することはEPGの解消に貢献する.

2.講習受講によりガイドラインの推奨する治療に近づける
 ガイドラインの講習を受講することは理解を深め,治療行動をも変化させる.統合失調症のガイドライン講習が治療行動に与える影響を検証するために,講習を受講した医師が担当した患者(受講群)と,講習を受講しない医師が担当した患者(非受講群)で,ガイドラインの推奨治療の実施率を比較した.結果,統合失調症における抗精神病薬単剤治療率,他の向精神薬の服用を伴わない抗精神病薬単剤治療率,抗不安薬・睡眠薬の非処方率が受講群で経年的に向上することが明らかになった5).したがって,ガイドライン講習を受講し,最新のガイドラインに知識をアップデートすること,ガイドラインの推奨治療を意識して,治療を見直すこと,これらはEPGの解消に貢献する.

3.統合失調症の治療抵抗性を診断する
 ガイドラインでは,治療抵抗性統合失調症に対して,クロザピンによる治療を行うことが推奨されているが,クロザピン治療率は6%程度である.病院ごとの治療抵抗性統合失調症の診断の検討についての退院サマリーへの記載率(治療抵抗性統合失調症診断・検討記載率)とクロザピンの処方率とその相関について検討したところ,両者には強い正の相関が認められた17).したがって,治療抵抗性統合失調症の診断検討記載率を高めることは,ガイドラインの推奨するクロザピンの使用につながり,EPGの解消に貢献すると考えられる.

4.現在の治療とガイドラインの推奨治療との一致率を可視化する
 患者個人の現在の処方内容がガイドラインの推奨治療とどの程度一致しているのかを示すことは,EPGの可視化に貢献すると考えられる.そこで,EGUIDEプロジェクトでは,「ガイドライン一致率」を提案した3)10).これは,個々の患者の処方内容がどの程度ガイドラインに準拠しているかを評価する指標で,ガイドラインに準拠した処方を一致率100%とし,さまざまな条件により減算して0~100%の間で評価するように計算式を設定している.例えば,第二世代抗精神病薬の単剤治療であれば一致率100%で,睡眠薬の併用があると20%減算して一致率80%となる.計算式は,EGUIDEプロジェクトホームページに最新版を掲載している3)
 ガイドライン一致率を利用することで,具体的にどの要素がガイドラインの推奨治療に従っていないのか把握でき,現在の治療を見直すことができる.さらにガイドライン一致率と精神症状や労働時間の関係では,ガイドライン一致率が高いほど精神症状が軽い,ガイドライン一致率が高いほど労働時間が長いなどのエビデンスも得られており12),ガイドラインの推奨する治療に近づけることはEPGを解消し,患者の生活の質の向上に貢献するものと考えられる.

5.ガイドライン一致率を診療/SDMに利活用する
 現在の医療において,患者と医療者が共に意見を述べあい,治療方針を決定する共同意思決定(shared decision making:SDM)は全医療領域において求められており,統合失調症診療においても例外ではない.SDMにおいて,診療ガイドラインとガイドライン一致率を活用することは,エビデンスに基づく推奨治療と現状の乖離であるEPGを可視化し,対話を促進することにつながる.
 一方で,ガイドラインの推奨治療は,ある特定の集団において確率論的な最適解であり,高齢者や合併症・重度副作用歴を有する患者など,個別性の高い集団においては,標準的な推奨が必ずしも最適とは限らない.したがって,ガイドライン一致率は,遵守すべき絶対的な基準ではなく,推奨治療から何が,どの程度,なぜ乖離しているのかを検討するための指標としてとらえる必要がある.臨床現場においては,ガイドラインを基盤としつつ,個別の背景に応じて柔軟に“使いこなす”姿勢が求められる.
 このような臨床的能力を養うために,EGUIDEプロジェクトのガイドライン講習会では,座学のみならず,講義の2倍の時間を割いて症例グループディスカッションを実施している.そこでは,画一的な正解を求めるのではなく,ガイドラインを理解したうえで,多様な背景をもつ症例にどのように治療を組み立てるかという,具体的なガイドラインの“使いこなし方”を学ぶ機会を提供している.

おわりに
 医療の質の視点から統合失調症治療の現状と課題を整理し,EPG解消に向けた方策を示した.今後は,ガイドラインに基づく実践とその効果検証を継続し,より質の高い精神医療を実現することが求められる.
 また,現在の日本において,エビデンスに基づく統合失調症の診療ガイドラインは,薬物治療に関するものに限られている.統合失調症の治療が,薬理学的治療と心理社会的治療を含めた包括的治療であるべきことは,確立された共通認識である.医療の質の視点から考察すると,心理社会的治療においても,エビデンスを取りまとめた診療ガイドラインが必要と考えられる.包括的な診療ガイドラインによって,EPGの現状を議論し,より高い精神医療が実現されることを期待する.

 編  注:本特集は第121回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに橋本亮太(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神疾患病態研究部)を代表として企画された.

 利益相反
 著者は以下の企業より講演料,アドバイザリーなどの報酬を受けている.エーザイ株式会社,MSD株式会社,大塚製薬株式会社,住友ファーマ株式会社,Meiji Seikaファルマ株式会社,日本ケミファ株式会社.本稿に直接関係するCOI関係にある企業はない.

 謝 辞 本論文は,EGUIDEプロジェクトメンバーならびに受講者の皆様のご協力による事業と研究の成果をまとめました.皆様のご協力に心より感謝申し上げます.

文献

1) Busse, R., Klazinga, N., Panteli, D., et al.: Improving Healthcare Quality in Europe: Characteristics, Effectiveness and Implementation of Different Strategies. European Observatory on Health Systems and Policies, Copenhagen, 2019

2) Donabedian, A.: 医療の質の定義と評価方法 (東 尚弘訳). 健康医療評価研究機構, 東京, 2007

3) EGUIDEプロジェクト (https://byoutai.ncnp.go.jp/eguide/) (参照2025-10-23)

4) Furihata, R., Otsuki, R., Hasegawa, N., et al.: Hypnotic medication use among inpatients with schizophrenia and major depressive disorder: results of a nationwide study. Sleep Med, 89; 23-30, 2022
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6) 長谷川友紀: 臨床指標の概念・意義・応用事例・発展の可能性. 厚生労働科学研究健康安全確保総合研究分野医療技術評価総合研究「臨床指標を用いた医療の質向上に関する国際共同研究 (主任研究者: 長谷川敏彦)」平成17年度分担研究報告書. 2006

7) 樋口早子, 酒匂赤人, 近藤忠之ほか: NDBオープンデータに基づくクロザピン使用実態―NDBオープンデータでみた日本のクロザピン処方―. 精神経誌, 124 (1); 3-15, 2022

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15) 日本神経精神薬理学会, 日本臨床精神神経薬理学会編: 統合失調症薬物治療ガイドライン2022. 医学書院, 東京, 2022

16) Takaesu, Y., Watanabe, K., Numata, S., et al.: Improvement of psychiatrists' clinical knowledge of the treatment guidelines for schizophrenia and major depressive disorders using the `Effectiveness of Guidelines for Dissemination and Education in Psychiatric Treatment (EGUIDE)' project: a nationwide dissemination, education, and evaluation study. Psychiatry Clin Neurosci, 73 (10); 642-648, 2019
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17) Yasui-Furukori, N., Muraoka, H., Hasegawa, N., et al.: Association between the examination rate of treatment-resistant schizophrenia and the clozapine prescription rate in a nationwide dissemination and implementation study. Neuropsychopharmacol Rep, 42 (1); 3-9, 2022
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18) World Health Organization: Handbook for national quality policy and strategy: a practical approach for developing policy and strategy to improve quality of care. World Health Organization, Geneva, 2018 (https://apps.who.int/iris/handle/10665/272357) (参照2025-10-23)

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