Advertisement第122回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第128巻第5号

特集 地域精神医療に真に役立つ「浦河べてるの家」の精神科クリニカル・パールの探究
精神医学とべてるの家
丹羽 真一
福島県立医科大学会津医療センター精神医学講座
精神神経学雑誌 128: 329-335, 2026
https://doi.org/10.57369/pnj.26-054
受付日:2025年3月6日
受理日:2026年1月7日

 21世紀にさしかかる時期から世界に起きている心理社会療法の大きな新しいうねりのなか,精神医学は「当事者主体の精神医学・精神科医療をつくる」という課題に直面している.この課題に答えようとするとき,べてるの家の理念と実践から学べることが多い.べてるの家の理念は,「勝手に治すな自分の病気」「べてるに来れば病気が出る」など,一見逆説的で理解が難しい.それらは,(i)今の自分を肯定する,(ii)自分のことを人任せにしない,(iii)似た苦労を味わっている者同士が理解し合い支え合う,(iv)リカバリーをめざす,という4つの理念に集約される.新しいうねり(動向)の要点は精神疾患の支援・研究を当事者の感情・主体性を尊重して行うところにある.べてるの家の理念と実践は新しい動向に一致するものである.このことは,べてるの家で生まれたユニークな活動である「当事者研究」に示されている.当事者研究は「当事者が自身の悩みや苦労を担う主人公になる」取り組みである.「当事者主体の精神医学・医療」をつくる課題への答えとして共同意思決定(SDM),パーソナル・リカバリーが強調されている.しかし,SDMは治療者側がよかれとするモデルである.パーソナル・リカバリーがめざす人生の目標は当事者が決めることである.当事者の人生目標を治療者が勝手に推測したり,治療関係を治療者側から一方的に呼びかける構図になってはいけないであろう.SDM方式が機能する条件として意思決定する当事者が必要であり,パーソナル・リカバリー達成をめざす主体の存在が必要である.べてるの家のクリニカル・パールはこのような当事者になる彼らの努力に学ぶことではないだろうか.SDM,パーソナル・リカバリーを実のあるものとするには,苦労の解決を図る試みを自分に取り戻そうとする当事者の努力に,われわれがどうかかわるかを深く考えることが求められていると思われる.

索引用語:べてるの家, 当事者主体の医療, 当事者研究, 共同意思決定, パーソナル・リカバリー>

はじめに
 「べてるの家」は精神障害をもつ人々のリカバリーと社会参加の観点から,学ぶことの多い事業所として有名である.べてるの家の中心人物の一人である精神保健福祉士の向谷地はその著書4)で次のようにべてるの家を紹介している.

 「浦河べてるの家」は,1984年4月に発足.2002年2月に社会福祉法人となる.主に日高昆布の産地直送や出版事業などの就労支援とグループホーム等の住居の提供(13ヵ所)と有限会社「福祉ショップべてる」からなる共同体を称す.様々な障害を持った当事者の社会参加や社会進出のための多種多様な事業を展開し,現在16歳から70歳まで約150人が参加している4).(p.217)

 上に述べたように,学ぶことの多い「べてるの家」の活動である.精神医学が直面している「当事者主体の精神医学・精神科医療をつくる」という課題に沿って何を学ぶことができるかを,著者なりに「べてるの家のクリニカル・パール」を掘り出してまとめてみたい.

I.べてるの家の理念と実践
 べてるの家の理念は,一見,逆説的ですぐには理解することが難しいかもしれない.しかし,繰り返して吟味すると,(i)今の自分を肯定する,(ii)自分のことを人任せにしない,(iii)似た苦労を味わっている者同士が理解し合い支え合う,(iv)リカバリーをめざす,という4つの理念が表現されているフレーズであることがわかる.各フレーズに込められた理念の説明を,べてるの家の出版図書5)から引用してみるとわかりやすい.例えば,「それで順調」については,次の説明がある.
 べてるは,いつも問題だらけだ.今日も,明日も,あさっても,もしかしたら,ずっと問題だらけかもしれない.組織の運営や商売につきものの,人間関係のあつれきも日常的に起きてくる.一日生きることだけでも,排泄物のように問題や苦労が発生する.
 しかし,非常手段ともいうべき「病気」という逃げ場から抜け出て,「具体的な暮らしの悩み」として問題を現実化したほうがいい.それを仲間どうしで共有しあい,その問題を生きぬくことを選択したほうがじつは生きやすい―べてるが学んできたのはこのことである.
 こうして私たちは,「誰もが,自分の悩みや苦労を担う主人公になる」という伝統を育んできた.だから,苦労があればあるほどみんなでこう言う.「それで順調!」と5).(p.22~23)

 また,「勝手に治すな自分の病気」については,次の説明がある.

 べてるのメンバーは誰も,「病院にかかったおかげで治った」とか「先生のおかげで治った」などとはお世辞でも言わない.メンバーも平気で「川村先生の失敗作です」と言う.しかも,「先生のおかげで治った」などという治り方は「もっとも良くない治り方」だとみんながわかっている.
 長い間,精神分裂病の症状の再燃に苦しんできた水野典子さんは言う.
 「精神的な混乱状態や表面的な症状が落ち着いてきた今が一番苦しい」と.
 薬は,症状の緩和と予防には効果があるが,いかに生きてゆくかというその人固有の人生課題の解決には当然のごとく無力である.人につながり,人に揉まれ,出会いのなかではじめて,その人らしい味のある本当の回復が始まる.だからべてるでは,誰からともなく「勝手に治すなよ」とも言われる.「独りぼっちで勝手に治ると,病気のときよりも始末が悪い」からである5).(p.108~109)

 こうした説明を知ることで,べてるの家の理念は4つの理念にまとめられると上に述べた理由を理解いただけると思う.
 では,べてるの家ではこうした理念をどう実践しているのであろうか? べてるの家での実践の様子については,「三度の飯よりミーティング」という手短なフレーズにまとめられている.その意味は,困りごとや苦労することがあったら,(1)一人で抱えずその苦労を他のメンバーと共有するミーティングをすぐにもって,(2)social skills training(SST)の形でメンバーの知恵と経験を借りて問題解決を図り,(3)解決の仕方を練習する,ということである.こうしてメンバー同士でミーティングを繰り返すなかで生まれてきたのが「当事者研究」である6).「当事者研究」については後述する.

II.心理社会療法の新しい動向とべてるの家
 「べてるの家」の活動からは学ぶことが多い.精神医学が直面している「当事者主体の精神医学・精神科医療をつくる」という課題に沿って,われわれが学ぶことができるものをクリニカル・パールとして掘り出すことが本稿の目的である.「当事者主体の精神医学・精神科医療をつくる」という課題に精神医学が直面していると述べるのは,心理社会療法の世界に起きている大きな新しいうねりに精神医学が対応を求められているからである.

1.心理社会療法の発展の特徴
 心理社会療法に関連する新しい動向の特徴としては,(1)1999年のCharles, C. らの共同意思決定(Shared treatment Decision-Making model:SDM)モデルの強化や,(2)『Schizophrenia Bulletin』誌の「当事者の声」セクションの開始,(3)2009年の英国でのリカバリー・カレッジの設立,(4)2011年の『Nature』誌の臨床研究の民主化提案などが挙げられる.これらの動向は,精神疾患の支援や研究において当事者の感情や主体性を尊重するものである.精神の科学の発展には不可欠な認識とされているこの動向は「心」へのアプローチに起きている大きな新しいうねりである.

2.新しい動向とべてるの家はどう関係するのか
 そこで次に,新しい動向とべてるの家はどう関係しているかを述べる.「べてるの家」の活動から,精神医学が直面している「当事者主体の精神医学・精神科医療をつくる」という課題に沿うクリニカル・パールを掘り出そうとするのはなぜかを理解していただけると思うからである.
 新しい動向の要点は精神疾患の支援・研究を当事者の感情・主体性を尊重して行うところにある.一方,べてるの家の理念について述べたところで明らかになったように,「誰もが,自分の悩みや苦労を担う主人公になる」ことがべてるの家の理念の柱の1つである.このように,べてるの家の理念と実践は新しい動向に一致するものである.したがって,「べてるの家」の活動から,精神医学が直面する課題に沿うクリニカル・パールを掘り出そうとするわけである.

III.当事者研究と現代精神医学の志向する当事者主体の医療―SDMとパーソナル・リカバリー―
 べてるの家で理念に沿った実践の結果生まれてきたユニークな活動に「当事者研究」があることを上に述べた.その「当事者研究」についてここで詳しくふれたい.というのは,「当事者研究」には「自分の悩みや苦労を担う主人公になる」というべてるの家の理念がよく表れているからである.
 当事者研究では,引きこもる,食べ過ぎる,自分を傷つける,大声を出す,暴れるなどの行動を,当事者の「対処」ととらえる.当事者研究はそうした「対処」すなわち「自分の助け方」に焦点を当てる.そして,よりよい助け方ができるように,自分の苦労を他のメンバーに公開して一緒に考え,メンバーの知恵と経験を借りて新しい自分の助け方を見出す.それを実践して効果を確かめ,より効果的な助け方を見つける.
 当事者研究の進め方のポイントを表現した手短なフレーズとしては次のものが挙げられている6)

 ・症状でなく苦労ととらえる
 ・苦労を自分から切り離す
 ・自己病名をつける
 ・自分自身で共に
 ・弱さの情報公開

 これらのポイントが肝心な理由を述べると,「自分の助け方」を主体的に見つけようとするなら治療者の言葉ではなく自分の言葉で自分の問題を表さないといけないので,症状ではなく苦労と表現する.自分の助け方を他のメンバーの知恵と経験の助けを借りながら見出す.そのためには,自分の苦労を自分の内部に閉じ込めていては不可能である(すなわち内省に陥らない).自分の苦労を自分から切り離して(すなわち客観視できるように)まな板の上にのせて外在化する.「自分の助け方」を主体的に見つけるためには,自己病名をつける作業を行う.それまで専門家任せであった自分の苦労を自分に取り戻す.そして,自分の弱さ(苦労)を自分から切り離して公開する.他のメンバーと共有することで,他者の知恵と経験を借りることができる.このように自分自身で「自分の助け方」を見つける作業をすることが「当事者研究」である.ここでべてるの家の理念をよく体現する実践としての当事者研究は,この後に述べる医療者(支援者)のめざそうとする当事者主体の医療とどう関係するのかが問題となる.
 前節では,心理社会療法をめぐる新しい動向の要点は精神疾患の支援・研究を当事者の感情・主体性を尊重して行うところにある,とまとめた.新しい動きの1例としてCharles, C. ら1)が挙げられる.彼らは自らのSDMを補強し,医師―患者関係の幅を広げるべきことを強調した.そのCharlesらのいうSDMを彼らが従来型およびインフォームド・コンセント方式による治療者―当事者関係と対比して示したものがである.
 SDMによる意思決定では,当事者と治療者との共同と当事者の意思の尊重が強調される(共同意思決定).インフォームド・コンセント方式では当事者が不十分な情報だけをもとに意思決定を迫られるため,決定しない(できない)という場面が生じる.SDMはこれを解決しようとするものである.注意すべきことはこのSDMは医療者(支援者)側が提起している医療(支援)モデルであることである.医療者(支援者)側がSDM方式がよいと言う場合に,当事者側も当然よいと考えるはずであると想定されていると思われる.無論,著者も他の方式に比してSDM方式がよいと考える.そこで留意すべきことはSDM方式の提起にあたっては当事者側との話し合いや合意が必要であるという点である.この点が後に述べるべてるの家の実践から学ぶクリニカル・パールにつながる.
 心理社会療法をめぐる新しい動向がもう1つある.治療目標としてパーソナル・リカバリーが強調されるようになっていることである.
 国立精神・神経医療研究センターの地域精神保健・法制度研究部のリカバリーについての説明(2)では,パーソナル・リカバリーは臨床的リカバリー,社会的リカバリーと並びリカバリーを構成する3領域の1つである.臨床的リカバリーは症状の改善,機能の回復という病気自体の改善という意味である.社会的リカバリーは住居,就労,教育,社会ネットワークなどの機会が拡大するという意味である.パーソナル・リカバリーは当事者自身が決めた希望する人生への到達という意味でのリカバリーのことである.新しい動向では,当事者の希望する人生と比較した今の自分の満足度を高めることも治療目標にすることが強調されるようになっている.これは上に述べてきた治療や研究における当事者の感情・主体性の尊重と重なるものである.パーソナル・リカバリーとは上記したように当事者自身が決めた希望する人生への到達という意味でのリカバリーのことである.当然,当事者が何を希望し,どこに到達したいのかは医療者(支援者)が勝手に推測したり決めたりするものではない.パーソナル・リカバリーあってのリカバリーであるとするならば,何を希望しどこに到達したいのかを当事者と医療者(支援者)がどう合意するのかを深く考えることが求められている.
 当事者主体の医療を実行しようとする際は,SDMとパーソナル・リカバリーの追求を実行することが必要条件になると考える.(i)今の自分を肯定する,(ii)自分のことを人任せにしない,(iii)似た苦労を味わっている者同士が理解し合い支え合う,(iv)リカバリーをめざす,という4つがべてるの家の理念である.この理念に沿って当事者研究で「自分の助け方」を主体的に見出そうとするべてるの家の実践は,当事者主体の医療実行の必要条件を満たすものである.べてるの家の実践から学ぶことが,そうした医療を実行しようとする者にとって有益であると考える.

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IV.べてるの家のクリニカル・パール
 Mangrulkar, R. S. ら3)によれば,クリニカル・パールとは格言である.ある患者から得た情報で他の患者にも一般化できるあまり知られていない知識を,インパクトある覚えやすいメッセージとして伝えるものである.精神医学が直面している「当事者主体の精神医学・精神科医療をつくる」という課題に沿って「べてるの家のクリニカル・パール」を掘り出すことが本稿の目的であった.本稿のまとめとして,著者が掘り出したべてるの家のクリニカル・パールを提示する.それは「当事者の主体性尊重のテーマ」である.誤解を恐れずべてるの家流の逆説的なフレーズにすると「勝手に決めるな,当事者主体」「勝手に治そう自分の病気」ということになるであろうか.
 これまで述べてきたように,21世紀にさしかかった時期から医療における当事者の主体性の問題があらためて浮き上がってきている.そしてわれわれは「当事者主体の精神医学・精神科医療をつくる」課題に直面している.この課題への答えとして,精神医学の側ではSDM,パーソナル・リカバリーが強調されている.しかし,それは当事者への医療者側からの一方的な呼びかけになってはいないであろうか.医療者(支援者)―当事者関係におけるインフォームド・コンセント方式には不十分さがある.すなわち当事者が不十分な情報だけをもとに意思決定を迫られるため,迷ってしまい決定できない(しない)問題である.これを反省してSDM(共同意思決定)方式が提唱されているわけである.ここで振り返りになるが注意しなければいけないことは,SDMとはあくまで治療者(支援者)サイドが考えている医療者―患者関係の姿であることである.医療者サイドが提起しているものと認識しつつもSDM方式が機能する条件を挙げるとするならば意思決定の主体としての当事者が必要であることである.当事者への医療者側からの一方的な呼びかけにならないための条件は,(1)SDMがあくまで医療者(支援者)サイドが考える医療者―当事者関係のモデルであることを意識することであり,(2)意思決定する当事者の存在である.当事者が不十分な情報だけをもとに意思決定を迫られ決定できない(しない)問題の解決策が用意されていることが求められる.
 べてるの家の理念の1つ「それで順調」には次の意味が込められていた.すなわち,「私たちは,『誰もが,自分の悩みや苦労を担う主人公になる』という伝統を育んできた.だから,苦労があればあるほどみんなでこう言う.『それで順調!』と」.また,別の理念「勝手に治すな自分の病気」には「薬は,症状の緩和と予防には効果があるが,いかに生きていくかというその人固有の人生課題の解決には当然のごとく無力である.人につながり,人に揉まれ,出会いのなかではじめて,その人らしい味のある本当の回復がはじまる」という意味が込められていた.これはパーソナル・リカバリー達成の道を示す理念である.そして,べてるの家の当事者研究は自身の問題(苦労)解決法を治療者に任せるのではなく自分に取り戻す取り組みであった.このようにべてるの家の理念と実践は,意思決定する当事者になることをめざした取り組みであるといえる.こうしたことをクリニカル・パールという枠組みで表現するとしたら,当事者にとってのクリニカル・パールとは何かという視点からクリニカル・パールを定式化すればよい.それはすでにべてるの家流の逆説的な表現であるいくつもの理念に表現されていると思う.このような意味での「当事者の主体性尊重のテーマ」という著者なりのクリニカルパールをべてるの家流の逆説的なフレーズにすると「勝手に決めるな,当事者主体」「勝手に治そう自分の病気」となるように思う次第である.

おわりに
 著者が掘り出したべてるの家のクリニカル・パールは「当事者の主体性尊重のテーマ」であると述べた.われわれが「当事者主体の精神医学・精神科医療をつくる」という課題に沿って臨床を行う際には,べてるの家の当事者が行っている「意思決定する当事者になることをめざした取り組み」に学ぶことが求められている.SDMは医療者(支援者)サイドからの医療者―当事者関係のあり方についての意見にとどまることを意識しよう.それを実のあるものとするには当事者が苦労とその解決法を自分に取り戻そうとする努力に,われわれがどうかかわるかを深く考えることである.それには当事者がパーソナル・リカバリーを達成しようとして自分の助け方を発見し,「勝手に治すな自分の病気」などの理念(彼らのクリニカル・パール)を語っていることを深く理解し,「勝手に治そう自分の病気」といった逆説的な表現が相当するわれわれのクリニカル・パールを念頭において当事者との共同作業を進めることが求められる.

 編  注:本特集は第120回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに今村弥生〔杏林大学医学部精神神経科学教室/川崎市健康福祉局総合リハビリテーション推進センター(現所属)〕を代表として企画された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Charles, C., Gafni, A., Whelan, T.: Decision-making in the physician-patient encounter: revisiting the shared treatment decision-making model. Soc Sci Med, 49 (5); 651-661, 1999
Medline

2) 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所地域精神保健・法制度研究部: リカバリー (Recovery). 2021 (https://www.ncnp.go.jp/nimh/chiiki/about/recovery.html) (参照2026-01-26)

3) Mangrulkar, R. S., Saint, S., Chu, S., et al.: What is the role of the clinical "pearl"? Am J Med, 113 (7); 617-624, 2002
Medline

4) 向谷地生良: 増補改訂「べてるの家」から吹く風. いのちのことば社, 東京, 2018

5) 浦河べてるの家: べてるの家の「非」援助論―そのままでいいと思えるための25章―. 医学書院, 東京, 2002

6) 浦河べてるの家: べてるの家の「当事者研究」. 医学書院, 東京, 2005

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