Advertisement第122回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第128巻第5号

原著
精神科救急病院における入院患者の自殺企図の特徴および入院時リスク評価―単施設後ろ向きコホート研究―
齋藤 暢紀1)2), 宋 龍平1)3)4), 髙橋 峻平5), 藤原 雅樹6), 耕野 敏樹7), 稲垣 正俊8)
1)岡山県精神科医療センター
2)京都大学大学院医学研究科医療経済学分野
3)株式会社CureApp
4)臨床研究・ピアサポートグループ
5)特定医療法人共和会共和病院
6)岡山大学学術研究院医療開発領域精神科神経科
7)岡山大学学術研究院社会文化科学学域(文学部)
8)島根大学医学部精神医学講座
精神神経学雑誌 128: 302-317, 2026
https://doi.org/10.57369/pnj.26-052
受付日:2025年8月28日
受理日:2025年12月23日

 精神科入院患者の自殺予防は重要である.岡山県内の精神科救急を多く担う岡山県精神科医療センターにおいて発生した入院中自殺企図についての記述と自殺リスクアセスメントシート各項目の該当と入院中自殺企図との関連の探索を目的として単施設後ろ向きコホート研究を行った.2014年4月から2017年7月の入院を対象とし,背景情報は診療録から,自殺企図の情報はインシデントレポートなどから取得し,自殺リスクアセスメントシートは入院時に診療録に登録されたものを用いた.入院から自殺企図までの日数をタイムライン図などで表示し,自殺企図の有無を目的変数,自殺リスクアセスメントシート項目を説明変数としたコックス比例ハザード回帰分析を行った.対象の入院は4,607件,自殺企図のあった入院は52件,自殺既遂は1件,自殺企図が発生した入院の割合は1.13%,10万入院人・年あたりの自殺既遂は150.97件だった.入院から自殺企図までの日数は中央値13.5日だった.自殺企図の発生は日中(77%)に多く,自室内が85%だった.行動制限はなしが50%,隔離が42%,身体拘束が2.0%だった.手段は絞首(42%)が多く,縊首(33%),リストカット・服毒・過量服薬などが続いた.自殺企図には衣服,タオル,電気コードなどと,ベッド柵,家具,トイレなどが使用された.自殺リスクアセスメントシートの項目では「過去の自殺企図/希死念慮」(ハザード比6.75),「入院時の希死念慮・自殺企図」(5.86),「自殺願望」(5.85)などに関連がみられた.本研究の結果の記述的側面は日本の精神科病院における院内自殺リスク低減策の立案や確認に役立ち,自殺企図との強い関連がみられた入院時の自殺リスク因子については一層注目し介入に反映する必要がある.

索引用語:自殺未遂, インシデント・レポート, 入院患者, リスク評価, 閉鎖病棟>

はじめに
 精神科病院において入院中の患者の自殺は最も重大な事象の1つである.日本の精神科病院における入院患者の自殺率は,2001年の日本精神科病院協会会員病院を対象とした調査報告14)では10万入院人・年あたり152件,2012年の愛知県精神科病院協会会員病院を対象とした調査報告では10万入院人・年あたり129件であった9).これらの入院中自殺既遂率は,海外の観察研究結果を統合したメタアナリシスによる10万入院人・年あたり147件という報告と同等である17).これらの報告を鑑みると,250床の病院であれば3年に約1件(250床×150件/10万入院人・年=0.375件/年)は入院患者の自殺既遂を経験することになる.
 入院中の自殺予防対策を検討するためには,未遂も含めた自殺企図の詳細で包括的なデータが必要である.しかし,入院中の自殺既遂に関する詳細な記述報告は国内外で散見されるものの7)8)15),未遂を含めた報告は少ない.イタリアで行われた精神科に限らない入院中の患者を対象にした研究では,深刻な自殺企図の強力な予測因子として高齢と無宗教であること,死亡率の高い自殺企図方法として縊首,飛び降り,銃などがあることが明らかにされたが3),宗教や銃などに関する知見は日本の臨床には適用しづらい.その他に,自殺未遂後の精神科入院患者の特徴など,今回の研究と直接比較することが難しい先行研究は複数あるが2)4)6),精神科入院中の自殺企図(既遂と未遂両方)に関する記述を行った国外の文献を見つけることはできなかった.国内からの報告は,2001年の杉田の研究14)より後の文献を見つけることはできなかった.
 日本医療機能評価機構認定病院患者安全推進協議会(以下,日本医療機能評価機構)は,入院患者を対象にした「自殺のリスク・アセスメントのためのチェック・リスト」(図1a)の使用や自殺予防のための病棟の構造,設備,ルール上の対策を提言している10).これらは先行研究や精神科領域における医療安全の専門家の意見に基づいたものである.しかし,この提言に準拠した自殺予防策を実施した臨床現場のデータを用いた検証はいまだなされていない.
 岡山県精神科医療センター(以下,当院)は,前述の日本医療機能評価機構10),および松沢病院のリスク・アセスメントシート12)図1b)を参考に作成した「精神科リスクアセスメントシート(自殺)」(以下,自殺リスクアセスメントシート)(図2)による全患者の入院時自殺リスク評価を実施している.また,自殺企図の発生時には未遂,既遂にかかわらずインシデントレポートを作成し,病棟師長が確認したうえで,当院医療安全委員会でも共有される運用となっている.本研究では,当院に蓄積されたこれらのデータを用いて,国内外で報告が乏しい精神科病院入院中の未遂例を含む自殺企図に関する詳細な記述を行う.また,「自殺リスクアセスメントシート」の各項目と入院中自殺企図との関連を探索する.これらは日本医療機能評価機構の提言に基づく予防策の実施と入院中自殺企図・既遂発生の因果関係を直接検証するものではないが,入院中の自殺企図に対して予防策を講じている精神科病院における,さらなる対策の検討に資すると考える.

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I.方法
1.研究デザイン
 本研究は,電子カルテ上の診療録およびインシデントレポートを用いた単施設後ろ向きコホート研究である.

2.セッティング
 当院は,岡山県の公的精神科単科病院であり,精神科外来治療および入院治療(研究当時252床,すべて閉鎖病棟)を行っている.101床のスーパー救急病棟と42床の急性期病棟を有しており,年間約500~600件発生する県内の精神科救急入院のうち,約70~80%の入院を受け入れるなど,岡山県における精神科救急の中心的役割を担っている.
 すでに述べた通り「自殺リスクアセスメントシート」(図2)を診療録に導入し,入院患者全例に対して入院時に医師と看護師が合同で入力している.自殺リスクアセスメントシート上のリスクが一定以上に達している場合は,自殺リスクが高いと診察医が判断した場合と同様,自殺リスクが高いことが病棟スタッフ全体で共有され,定期的に(状態変化時や退院前などには適宜)再評価される.
 自殺リスクアセスメントシートの情報のみでは,過去の最も切迫した重篤な自殺企図・希死念慮の詳細などの情報が足りないため,自殺リスクの高い患者は個別の面接による評価も受け,リスクに応じた期間で再評価される.さらに,自殺リスクが高い場合,院内で特に自殺対策に特化した病棟に入院をする.同病棟は閉鎖病棟であり,日本医療機能評価機構の提言10)に基づき,「屋上やベランダなどに許可なくアクセスができない」「窓が全開にならない」「簡単にひもなどを掛けることができるむき出しの配管やフック,レールがない」「カーテンがひも状になっていない」「危険物を施錠管理している」など共通の対策に加え,以下のような追加的な対策を行っている.
 まず,看護師は10対1を超える人数を配置し,休日の日中は6名,夜間は看護師3名に看護補助1名が勤務している.自殺リスクの高い患者は個別のリスクに応じて,観察室(スタッフステーションから直接見守りが可能な個室)や,準観察室(スタッフステーションとつながった通路から窓を通じて見守りが可能な個室),保護室(自傷目的で破壊できる家具などが排除されている個室)などに入院する.自殺リスクが高い場合は,ベッドではなく畳とマットを部屋に配置し,それ以外の家具やシーツを取り除き,コップとハンドタオル以外の私物や私服の持ち込みを制限し,縊首ができないような素材の病衣を提供している.看護師による巡回は少なくとも30分おきに行われるほか,観察室と保護室には音声入力付のカメラもついておりスタッフステーションからも必要に応じて常時見守りを行うことができる.また,自殺リスクの高い患者が入院している場合,少なくとも1名の看護師が保護室エリアの廊下に常駐するなど,希死念慮が強まったときなどに患者がスタッフに相談しやすい工夫を行っている.他のあらゆる対策によっても自傷や自殺企図の防止が困難と思われる場合は,行動制限も行うが,行動制限最小化委員会によって常に最小限になるように運用している.制限の緩和が可能とスタッフが判断した場合や本人から緩和の希望があった場合には随時医師と相談しリスクに応じて変更を行っている.

3.研究対象者
 対象は,当院が自殺リスクアセスメントシートを入院患者全例に対して実施を開始した2014年4月1日から2017年7月31日までに入院日をもつすべての入院である.この期間中に同一患者が複数回入院している場合,これらを別のデータ行として扱った.なお,サンプルサイズの事前設定は行わなかった.

4.変数,データソース
 入院の背景情報である患者の性別,年齢,過去の入院回数,主診断,入院日,入院日数,自殺リスクアセスメントシートの登録および各項目の該当の有無は診療録から取得した.ただし,主診断はデータ抽出時の患者の診療録に主病名として登録されていた病名であり,入院時,退院時,自殺企図時の診断と同一でない可能性がある.
 入院患者の入院中の自殺企図についての詳細情報として,自殺企図の有無,発生日,発生した時間帯,発生した場所,自殺企図の手段,自殺企図に用いられた道具や設備をインシデントレポートから,患者が自殺企図を行った際に受けていた行動制限を診療録から収集した.当院のスタッフが認知した入院患者によるすべての自殺企図は,主に病棟看護師により速やかに本データベースに入力され,所属上長(主に病棟師長)が確認する運用により,入力内容の妥当性,信頼性は担保されている.なお,抽出された自殺企図のなかに自殺の意図のない自傷行為や事故による受傷などが誤って含まれないよう,インシデントレポートの全レコードを目視で確認した.また,自殺未遂例については,自殺に関連した臨床,研究に長年携わっている稲垣,耕野がインシデントレポートと診療録を確認し,臨床経験に基づいてそれぞれ独立して致死性の判定(0=肉体的損傷を負う可能性の低い自殺行動,1=肉体的損傷を負う可能性が高いが,死に至る可能性は低い自殺行動,2=治療を施しても,死に至る可能性の高い自殺行動)を行い,不一致の場合は両者の協議によって判定を決定した.

5.統計解析
 統計解析はR4.2.2を使用して実施した.患者の背景情報は,入院中の自殺企図の有無に基づいて群別化した.連続変数については,平均値と標準偏差を算出し,平均値の群間差に関してはt検定を行い,カテゴリ変数については,数と割合を算出し,Fisherの正確確率検定を行った.
 院内自殺企図に関しては,全入院件数に対する自殺企図のあった入院件数の割合とその信頼区間,10万入院人・年あたりの自殺既遂の件数を算出した.入院中自殺既遂率の信頼区間推定には,分子が0や1の場合など極端な確率を扱う場合に特に適しているWilsonスコア法を用いた1)
 また,性別,年齢など,対象となった入院の特徴を自殺企図のなかった入院と自殺企図のあった入院に分けて集計した.補足的に,男女別,年齢層別の自殺企図数を致死性別の積み上げグラフとして表示した.
 自殺企図の行われた時間帯,場所,自殺企図が行われたときに患者が受けていた行動制限,自殺企図の手段,自殺企図に用いられた道具および設備についても,致死性の判定ごとに分けて集計した.各自殺企図について,入院から自殺企図までの日数をタイムライン図およびカプランマイヤー曲線を用いて表示した.タイムライン図については,自殺企図のあったすべての入院について,入院日を起点(0日)として自殺企図を行った日を,致死性を判別できる形式でプロットした.肉体的損傷を負う可能性の低い自殺行動(致死性0)を白色,肉体的損傷を負う可能性が高いが,死に至る可能性は低い自殺行動(致死性1)を灰色,治療を施しても,死に至る可能性の高い自殺行動(致死性2)を黒色でプロットし,入院中の自殺企図の致死性が高いもの,致死性の高い自殺企図までの日数が短いものから順に並べた.また,カプランマイヤー曲線は,自殺企図があった入院のみを対象として,全自殺企図および自殺企図の致死性ごとに作成した.
 入院時の自殺リスクアセスメントシートの各項目と入院中自殺企図との関連を検討するために,当該入院中の自殺企図の有無を目的変数,入院時の自殺リスクアセスメントシートの各項目を説明変数として,単変量コックス比例ハザード回帰分析を行い,フォレストプロットと数値でハザード比を報告した.20項目について多重比較しているため,P値が0.0025に満たないものについて関連があると判断した.なお,退院,または調査対象期間終了の2017年7月31日時点の入院継続は打ち切りとして扱った.
 以下の理由により,同一患者の複数回の入院の影響を検討するための感度分析を行った.本研究では,同一患者が複数回入院した場合,それぞれを別の入院として扱うことにより,入院単位での集計が可能となっている.一方で,各データポイントが独立しているという前提が成立せず,推定値に対する入院回数の多い患者の影響が相対的に大きくなってしまう.そのため,入院の特徴,自殺企図の特徴,入院時の自殺リスクアセスメントシートの各項目と入院中の自殺企図の発生の関連については,感度分析として調査対象期間中における各患者の最初の入院だけに限定した場合の集計,解析を行った.

6.倫理的配慮
 本研究は当院倫理審査委員会で承認を受けて,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に準拠して実施した(承認番号29-7).研究対象となる患者に対しては,自身のデータを研究から除外するよう申し出る機会を確保するために各入院病棟および外来待合スペースの目立つ場所に1ヵ月以上の掲示を行った.また結果の報告にあたっては,個人情報保護の観点に十分な配慮を行った.

II.結果
 調査対象期間に入院日をもつ入院は全部で4,607件(患者人数2,542名)あり,オプトアウト期間に除外を希望した者はいなかった.全体の平均入院期間は52.5日で,入院人・年の合計は662.39人・年であった.
 対象入院の特徴を表1に示した.全体の入院で男女比はほぼ均等だったが,入院中の自殺企図があった入院群では女性が75%を占めていた.年齢の平均および中央値は自殺企図のあった入院群のほうがやや若かった.過去の入院回数の平均および中央値は,自殺企図のあった入院群のほうがやや少なかった.診療録上の主診断について,全入院では統合失調症が含まれるF2圏が39%と最も多く,物質使用障害が含まれるF1圏が18%,気分障害が含まれるF3圏が16%と続き,認知症が含まれるF0圏は1.3%と少なかった.対して,自殺企図のあった入院群ではF1圏が3.9%とやや少なく,神経症が含まれるF4圏が多く,それ以外に大きな差はみられなかった.
 対象入院のうち,自殺企図のあった入院は52件(49名),自殺既遂は1件(1名)であった.自殺企図の頻度について,全入院に対する自殺企図が発生した入院の割合は約1.13%(52/4,607件,95%信頼区間0.84~1.48%),自殺既遂の発生割合は約0.02%(1/4,607件,95%信頼区間-0.91~0.14%)で,10万入院人・年あたりの自殺既遂は約150.97件であった.
 男女別,年齢層別の自殺企図数を致死性で色分けした積み上げグラフとして図3に示した.10歳代では女性による自殺企図が男性の7倍以上と顕著に多く,20歳代から50歳代までは年齢層が上がるにつれ女性の自殺企図が減少したが,それらの年齢層すべてにおいて男性を上回った.一方で,男性では60歳代の自殺企図が最も多く,全4回の自殺企図のうち3回で致死性が2と高かった.対象期間中最初の入院だけに限定した感度分析では,特に10歳代から30歳代での女性の自殺企図が大きく減少したものの依然として男性よりも多く,男性で60歳代の自殺企図が多く致死性が高いという点は変わらなかった.
 自殺企図の特徴は致死性の判定ごとに集計して表2に示した.自殺企図が発生した時間帯は,日中(08:00~21:00)が40件,夜間(21:00~08:00)が7件,不明が5件だった.自殺企図が発生した場所は,トイレを除く自室内が44件,自室のトイレ内が3件,病棟内の共有エリアの人目に触れにくい場所が2件,共有エリアの人目に触れやすい場所が2件,ベランダが1件と,自室内が大半であった.自殺企図が行われたときに患者が受けていた行動制限は,行動制限なしが26件(50%),隔離が22件(42%),身体拘束が1件(2%)であった.
 自殺企図の手段は,自殺企図のあった入院全体で絞首が22件と最も多く,次いで縊首が17件,リストカットと服毒・過量服薬(タバコや洗濯洗剤を水に溶かして飲もうとする,自己管理の睡眠薬を数日分内服する)がそれぞれ4件ずつ,「袋をかぶって窒息しようとする」,飛び降りがそれぞれ1件ずつであった.自殺企図に用いられた道具は,多いものから,衣服(14件),タオル(10件),電気コード(5件),ひも(3件),点滴ルート,袋,タバコ,家具,寝具,鋭利な物体,なしがそれぞれ2件,カミソリ,トイレットペーパー,ベルト,メガネのレンズ,洗剤,薬が1件ずつであった.また,縊首のために道具をかける,結ぶなどの目的で使用された設備は,ベッド柵が5件,それ以外の家具,トイレ,蛇口が各2件,ドアの蝶番,もの干し場の格子状ブロック,格子状の柵,窓格子,窓鍵,不明が各1件であった.
 入院から自殺企図までの日数をプロットしたタイムライン図を図4に示す.入院日から900日を超える自殺企図が1件あったが,それ以外は300日以内に発生し,多くは30日目までに行われていた.より詳細には,入院から3日以内が15件,4~7日以内が4件,8~30日以内が15件,31~90日以内が11件,91~365日以内が6件,366日以上が1件だった.
 入院中に行われた自殺企図を母数としたカプランマイヤー曲線を致死性の判定ごとに作成し,図5に示した.入院日から自殺企図を行った日までの日数は自殺企図全体で中央値が13.5日であり,致死性の判定が0の群で短く(6日),高い群で長くなる(致死性1が17.5日,致死性2が19日)傾向がみられた.
 自殺リスクアセスメントシートの項目を用いた解析の結果を以下に述べる.全体の4,607件の入院のうち,自殺企図のない入院群の約5.6%(257件)は入院時の自殺リスクアセスメントシートの登録がなかったため除外し,4,350件(2,413名)を対象とした.なお,自殺企図のあった入院群に入院時の自殺リスクアセスメントシートの登録を欠くものはなかった.
表3に自殺リスクアセスメントシートの各項目の該当割合を自殺企図のない入院群と自殺企図のあった入院群に分けて記載し,比較した.
 入院中の自殺企図発生を目的変数,自殺リスクアセスメントシート各項目の該当有無を説明変数とした単変量コックスハザード回帰分析の結果を表4に示す.ハザード比の点推定値が大きいものから,「項目3.過去に自殺企図/希死念慮がみられる」(ハザード比6.75,95%信頼区間3.39~13.5),「項目1.入院時,希死念慮・自殺企図があった」(ハザード比5.86,95%信頼区間3.35~10.2),「項目4.自殺の願望を否定しない」(ハザード比5.85,95%信頼区間3.34~10.2),「項目12.自殺の家族歴がある」(ハザード比4.65,95%信頼区間2.26~9.55),「項目2.希死念慮・自殺企図について話す」(ハザード比4.41,95%信頼区間2.53~7.68),「項目5.自傷行為がみられる」(ハザード比3.88,95%信頼区間2.19~6.90),「項目6.絶望感やあきらめを口にしている」(ハザード比3.56,95%信頼区間2.06~6.16),「項目7.自責感,無価値感,孤独感がある」(ハザード比3.46,95%信頼区間1.97~6.06)などに関連がみられた.
 自殺リスクアセスメントシートの項目のなかで,同一患者の入院において同じ判定になりやすい項目(「項目3.過去に自殺企図/希死念慮がみられる」「項目12.自殺の家族歴がある」)などは,入院回数の多い患者の影響が相対的に大きくなっている可能性があり,対象期間中最初の入院に限定した感度分析を行った.その結果,全体的にハザード比の点推定値はやや減少し,「項目2.希死念慮・自殺企図について話す」「項目5.自傷行為がみられる」「項目6.絶望感やあきらめを口にしている」「項目7.自責感,無価値感,孤独感がある」「項目12.自殺の家族歴がある」はP値が0.0025を上回った.また,「項目5.自傷行為がみられる」「項目17.様々な不定愁訴」などについては感度分析によって95%信頼区間が1.00を跨ぐ結果となった.反対に「項目11.身体機能(視覚・聴覚・音声・肢体・内部)の喪失,疼痛により苦悩・苦痛がある」「項目20.家族や相談者がおらず,孤立している」などについては感度分析によりハザード比が増加し,項目20.についてはP値が0.0025を下回る結果になった.「項目1.入院時,希死念慮・自殺企図があった」「項目3.過去に自殺企図/希死念慮がみられる」「項目4.自殺の願望を否定しない」などについては感度分析においても関連がみられた.

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表3画像拡大表4画像拡大

III.考察
 当院の2014年から2017年にかけての40ヵ月における入院中の自殺企図率は100入院あたり約1件,自殺既遂は10万入院人・年あたり約151件であった.自殺企図の半数は入院後14日以内に発生し,日中,自室内で発生することが多かった.また,半数程度は行動制限を受けていないなかで発生していた.手段は,衣服やタオル,電気コードなどを,ベッド柵やその他の家具,トイレ,蛇口,ドアの蝶番などにかけて行われる縊首,あるいは絞首が多かった.入院時の自殺リスクアセスメントシートの項目のなかでは,入院時の希死念慮・自殺企図,過去の自殺企図/希死念慮,自殺の願望などが入院中の自殺企図と関連していた.
 本研究における10万入院人・年あたりの自殺既遂率151件(95%信頼区間26.65~850.14)は,既報とおおむね同等であった.国内の精神科病院における10万入院人・年あたりの自殺既遂率は,2000年に日本精神科病院協会会員病院で行われた調査で152件(95%信頼区間136~171)14),2000年代後半に愛知県の41精神科病院で行われた調査で129件(95%信頼区間99~168)と報告されている9).欧米を中心とした研究のメタアナリシスでの10万入院人・年あたりの自殺率は,各研究の調査対象期間が1960~1970年代(68件),1980~1990年代(614件),2000年代(646件)と直近になるほど入院中自殺率は高くなり,各研究の平均入院期間と入院中自殺率が強く逆相関することも示されている17).この傾向が日本においても当てはまるのであれば,本研究の自殺既遂率は既報よりも実質的に低いといえるかもしれない.しかし,本研究の自殺既遂率の信頼区間は広いため,確定的なことはいえない.
 本研究における自殺未遂を含めた自殺企図は入院から7日以内に36.5%が起こっていた.その内訳を調べると,致死性が0と判定されたものが12件,1と判定されたものが4件,2と判定されたものが3件あり,そのなかに自殺既遂はなかった.参考に,入院後8日から14日以内の自殺企図(9件のうち致死性0が3,1が4,2が2件,うち1件が既遂),15日から21日以内の自殺企図(9件のうち致死性0が3,1が3,2が3)と比較すると,入院から1週間以内の自殺企図は2週目,3週目の自殺企図より件数は倍以上と多いものの,致死性が0と判定された自殺企図が多く,1以上と判定されたものに大差はなかった.
 精神科入院中の自殺未遂の時期と致死性について直接比較可能な文献を見つけることはできなかったものの,精神科入院後1週間(および退院後1週間)に自殺既遂のリスクのピークがあるとのデンマークの研究13)を考慮すると,必然的に入院後1週間前後では自殺未遂も多く発見されるはずであり,今回の結果は先行研究と整合的といえる.入院当初は密な観察と対応がされるはずだが,スウェーデンの精神科病院で行われた研究6)では,自殺既遂の17%が15分ごとの観察を受けていた患者において起こっていた.これらは自殺既遂例における知見だが,未遂に終わった自殺企図でも同様であろう.十分な観察頻度下でも自殺企図が発生する以上,自殺既遂を防ぐためには環境の管理の他に身体拘束などの行動制限も必要になる.その観点で再度入院後7日以内の自殺企図の内訳を確認すると,致死性が高いものは病衣やタオルなどとベッド柵などによる縊首が多かった.また,身体拘束と隔離を受けていない状態での企図は8件(致死性0が3,1が4,2が1),隔離下での企図は10件(致死性0が8,1が0,2が2),身体拘束下での企図は患児の片手が拘束帯から抜けタオルケットを首に巻こうとした1件(致死性0)であった.そのため,(現状縊首ができないような素材の病衣を採用しているものの)さらに自殺企図を防止しうる病衣や拘束帯,ベッドがあれば導入する,さらに厳格にタオルなどの持ち込みを制限するなどの対策を行ったうえで,隔離や身体拘束による自殺企図の防止が十分かを検討する必要がある.ただし,持ち込み物品の制限や行動制限には患者の苦痛や権利の侵害を伴うため,最低限の制限でなおかつ自殺企図を十分に防ぎうる対処を決めることは容易ではない.
 自殺企図の男女比については国内の既報よりも女性が多く,年齢の平均および中央値は既報より低かった14).初回の入院のみに絞った感度分析では女性の割合が63%まで下がることと,図3の感度分析では主に若年女性の自殺企図の回数が減っていたことから,本研究には複数回の入院中に自殺企図を繰り返した若年女性が含まれていたことがわかる.また,本研究での自殺企図の年齢は同既報より低いが,同既報に70~80歳代の自殺企図について報告があるのに対して本研究では60歳代が最年長であり,高齢の患者が少ない当院の患者背景が反映されていると思われる.
 診療録上の主診断については,既報よりもF4圏(22%)が多かった.既報に記載されている自殺既遂および自殺未遂の診断内訳は,おおむね当院での自殺企図の診断内訳と近いが,F4圏は4~6%程度であった14).ただし,本研究のF4圏は初回入院のみに対象を限定した感度分析で6.5%に下がるため,複数回の入院中に自殺企図を繰り返した入院患者のなかにF4圏の主診断の患者が多く含まれていたと推測できる.なお,本研究において自殺企図のあった入院の主診断と自殺企図のなかった入院の主診断については,精神作用物質使用による精神および行動の障害(F1)が自殺企図のない群に多かったという点以外で目立った差は確認できなかった.通常,F1に含まれる物質使用障害は自殺既遂者の多くに認められる11).今回一見真逆の傾向がみられている原因として,当院は依存症の治療プログラムを受けるための任意入院を多数受け入れており,少なくとも任意での入院が成り立つ程度に安定した状態での入院が本研究のF1圏を主診断とする患者の入院に多く含まれることが考えられる.
 入院中自殺企図に関する詳細な記述は,国内の精神科病院における自殺予防に資する知見と考える.精神科病院においては,入院中の自殺既遂の最も多い予兆は自殺企図や自傷行為とされている5).2000年を対象期間とした杉田の報告によると14),病棟内での自殺企図の場所は第一に病室内,次いでトイレであること,最も多い自殺企図の方法が縊首,絞首であったとされており,これらは本研究と共通している.一方で,入院から自殺企図までの日数,時間帯,自殺企図に用いられた道具,道具をかけるなどの目的で使用された設備は本研究でしか調べられていない.特に,道具をかけるなどの目的で使用された設備は自殺既遂に関する既報でも詳しく記述されておらず,精神科病棟の構造を検討する際の参考資料となるだろう.また,自殺企図が行われたときに患者が受けていた行動制限についての今回の結果は,隔離下であっても致死性の高い自殺企図が行えること,身体拘束が自殺企図の発生や致死性を抑制している可能性を示しているかもしれない.
 自殺リスクアセスメントシート各項目の該当と入院中自殺企図との関連についての結果は,入院時の自殺リスクアセスメントの結果をもとに,自殺リスク低減のための対策がとられるだろうことをふまえて解釈する必要がある.本研究で自殺企図と関連するとされた項目は,それらの項目への対策が行われなかったか,対策は行われたが十分にリスクが抑制されなかったことを意味する.一方,自殺企図リスクと関連しないとされた項目は,そもそも対策を要しなかった,あるいは対策がリスクを効果的に低減させたと解釈できる.注目するべきは前者の項目である.例えば,入院時の希死念慮,自傷行為,自殺企図,絶望感,自責感は病棟スタッフによるケアを手厚くさせると想像されるが,それでもなお自殺企図は抑制できなかったということになる.これらの項目に該当する入院患者に対する,より特異的な介入の強化が求められる.また,自殺の家族歴は直接的な介入の標的にはならないかもしれないが,ハザード比の点推定値は全項目のなかで上位にあるため,自殺企図の警戒度を上げるためのシグナルとして注目するべきだろう.孤立も感度分析前の結果ではP値が0.0025を超えていたものの,軽視はしがたい.Van Orden, K. A.らは所属欲求が満たされない状態が希死念慮につながると提唱している16).医学的,心理的な介入だけでなく,社会的な介入として入院早期から退院後の支援体制を確立する,生活環境調整を行うなど,患者の所属欲求を満たしていく努力は,退院後だけではなく入院中の希死念慮を緩和するために必要かもしれない.
 本研究の限界として以下を挙げる.1つ目は単施設研究であり一般化可能性に限界があることである.記述的結果は,当院の持ち込み物品の制限や構造,人員体制,勤務シフト,患者背景,治療パスや治療文化などの影響を強く受けている可能性がある.また,自殺リスクアセスメントシートの項目と入院中自殺企図との関連については,精神科単科救急病院として県内から広く受け入れた精神科救急症例における研究として,国内の精神科単科救急病院に一般化できるかもしれないが,高齢の患者集団においては一般化可能性が低い.そのため,どのような文脈で得られた知見かを読者が読み取れるように,当院の位置付けや取り組み,患者の情報を詳細に記述することを心がけた.
 2つ目は,アウトカムを自殺既遂ではなく自殺企図と設定したことに由来する.致死性の低い自殺企図や,入院から日数が経過した後の自殺企図は見逃されやすいはずである.そのため,これらの自殺企図の発生頻度は過小評価されている可能性がある.また,自殺リスクアセスメントシートによる評価で該当する項目が多い患者は観察密度が高くなるため自殺企図が見逃されにくいと考えられる.したがって,自殺リスクアセスメントシート各項目のハザード比は過大評価されている可能性が高い.ただし,入院環境においては重大な結果をもたらす自殺企図は基本的に検知されるので,致死性の高い自殺企図に対するこのバイアスの影響は限定的と考える.
 3つ目の限界は,自殺リスクアセスメントシート項目の誤分類によるものである.例えば,自殺企図や希死念慮を主訴とする患者とそうでない患者では,後者のほうが過去の自殺企図/希死念慮などに対する聞き取りが疎かになり,実際には「あり」でも「なし」にしてしまう誤分類が起きる可能性が高い.聞き取りの漏れを防ぐため,医師と看護師が二重に確認して入力を行う運用になっているが,両職ともが怠る可能性は否定しきれない.この誤分類も自殺リスクアセスメントシート各項目のハザード比が過大に推定される原因となる.その一方で,緊急の入院時に本人と意思疎通ができず,家族などとも連絡がつかず,自殺の家族歴の有無などについて,実際には「あり」でも「なし」に分類された可能性がある.その場合,本来危険因子をもつ集団が危険因子をもたないと誤分類されることで両群の差を過小評価する方向にバイアスがかかりうる.また,前段落でも言及したように,自殺リスクアセスメントシートの入力の後にリスクの認識が患者の治療や観察,行動制限に反映された結果,一部のリスク因子と自殺企図との関連が弱まってみえている可能性がある.したがって,本研究における自殺企図までの日数との関連の低さはその自殺リスクアセスメントシート項目の意義の小ささを必ずしも意味しないことに留意が必要である.
 4つ目の限界は,本研究に用いたデータが収集されてから約10年が経過している点にある.しかし,当院では2014年時点ですでに平均在院日数が50日台であり,急性期対応への移行が進んでいた.このことをふまえれば,10年前のデータであってもわが国の急性期精神科入院医療に対して一般化可能性を有するのではないだろうか.

おわりに
 本研究では,日本医療機能評価機構認定病院患者安全推進協議会の提言や松沢病院の「リスク・アセスメントシート(自殺)」を参考に自殺リスク低減策を行っている精神科救急病院における自殺既遂・企図の発生頻度とその詳細を記述した.入院後4週間以内,特に2週間以内に自殺企図のリスクは高いが,致死性の高い自殺企図は致死性の低いものより遅く発生する傾向があり,隔離下でも発生している.ベッド柵や衣服やタオルなど,縊首に使用できる設備や持ち込み物品の管理には課題が残っている.この情報は,日本の精神科病院の自殺リスク低減策の立案や確認に役立つ.また,自殺リスクアセスメントシートの項目と自殺企図との関連を明らかにした.入院時や過去の希死念慮・自殺企図,自殺の願望を否定しないことといった既知の自殺リスク因子について,一層注目,警戒し介入に反映する必要がある.

 利益相反
 本稿に関連し,齋藤暢紀,高橋峻平,藤原雅樹,耕野敏樹はCOI関係にある企業・組織または団体がない.宋龍平は次の企業・団体とのCOI関係がある.研究費・助成金など:お酒の科学財団,報酬:株式会社CureApp.稲垣正俊は次の企業とのCOI関係がある.講演料:ヴィアトリス製薬合同会社,Meiji Seikaファルマ株式会社.研究費・助成金など:第一生命ホールディングス株式会社.奨学(奨励)寄付など:大塚製薬株式会社,エーザイ株式会社

 謝 辞 文献の取り寄せ,共著者の署名の収集,連絡,管理にご協力いただいた岡山県精神科医療センター臨床研究部の太田理香氏,データ抽出,当院の実績数値の確認にご協力いただいた同センター医師支援班の三木恵美氏,自殺既遂件数の確認および当院における自殺リスクアセスメントシート作成の経緯の確認にご協力いただいた同センター看護部長の山田晶子氏および山田氏とともに当院の院内自殺対策の実際の確認にご協力いただいた同センター看護師長・副看護師長の福山睦美氏,伊久美紀子氏,中村優子氏,研究を承認,後押ししていただいた同センター院長の来住由樹氏,ならびに研究にご理解・ご協力いただいた患者様方とご家族の皆様に深く御礼申し上げます.

文献

1) Agresti, A., Coull, B. A.: Approximate is better than "exact" for interval estimation of binomial proportions. Am Stat, 52 (2); 119-126, 1998

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4) Goldston, D. B., Daniel, S. S., Reboussin, D. M., et al.: Suicide attempts among formerly hospitalized adolescents: a prospective naturalistic study of risk during the first 5 years after discharge. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry, 38 (6); 660-671, 1999
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11) 日本医療機能評価機構認定病院患者安全推進協議会: 病院内の自殺対策のすすめ方, 改訂版. 患者安全推進ジャーナル別冊, p.28, 2023

12) 日本精神科看護技術協会編: 精神科ナースのための医療事故防止・対策マニュアル, 改訂版 精神看護出版, 東京, p.39, 2006

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14) 杉田多喜男: 精神科医療における自殺とその予防対策―日本精神科病院協会会員病院の自殺実態調査から―. 日本精神科病院協会雑誌, 20 (5); 452-482, 2001

15) 冨永 格, 服部宗和, 野中廣志ほか: 最近15年間の自験死亡退院例の検討―自殺既遂例を中心に―. 医療, 47 (5); 370-372, 1993

16) Van Orden, K. A., Witte, T. K., Cukrowicz, K. C., et al.: The interpersonal theory of suicide. Psychol Rev, 117 (2); 575-600, 2010
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