のぞえの丘病院では,2019年9月より母子同室入院を開始している.日本の精神科病院で初めての試みであり,2024年3月までに17組が入院した.母子同室入院は母親の精神症状に対する入院治療を行う際に母子を極力分離させずに行うための方法であり,母親の精神症状の回復への助けになるばかりか,ボンディング障害への治療や予防的介入,母子間の育児や愛着形成を助けるためにも非常に有用な取り組みといえる.近年急速に進む少子化や児童虐待予防のための取り組みとして妊産婦メンタルヘルスケアシステムの構築が不可欠であり,母子同室入院が果たす役割は大きいものと考える.当院で実践している母子同室入院の実態を明らかにするとともに,現在の課題や今後の取り組みについて私見を述べる.
https://doi.org/10.57369/pnj.26-032
受付日:2024年12月15日
受理日:2025年6月24日
はじめに
産前,産後のメンタルヘルスケアの重要性が指摘されて久しい.妊娠してから産後1年までの期間において,5人に1人の女性に何らかのメンタルヘルスの問題が生じるとされている7).また,産褥期精神病性障害や産後うつ病だけでなく,ボンディング障害や強迫症なども含めると,治療的な介入が必要な産前,産後の女性は約10%にのぼることが指摘されている5).
英国では一足早く母子保健サービスが整備され,周産期における専門的なメンタルヘルスケアの必要性が指摘されている2).特に,産前,産後の精神症状の悪化に伴い入院治療が必要となった際には,精神科母子ケアユニット(mother and baby units:MBUs)での治療が基本とされ,現在もMBUsの整備が行われている8).MBUsでは,母子を1つの単位として捉え,周産期の専門的な知識をもつ多職種で構成されたチームで治療が行われる.そのため,産後早期の母子の分離を可能な限り回避しつつ,精神症状の治療と並行して子どもへの養育支援や母子の愛着形成を育むことが可能となる.現在,英国以外の諸外国でもその取り組みは広がっている1)3).
本邦では,1997年に岡野らによって初めて試験的にMBUsが実施された9).しかし,それ以降,現在までMBUsが導入されることはなかった.現在の日本の精神医療において,産後の母親の精神症状が悪化し入院治療が必要となった際には,母子を分離して治療することがやむを得ない状況となっている.
のぞえの丘病院(以下,当院)では,2019年9月より母子同室での入院治療を開始している.母子同室での入院治療とは,精神症状が悪化し入院治療が必要となった産後の母親が,産後1年未満の乳児(新生児含む)に限り同じ部屋で過ごしながら入院治療を行うものである.当院では,最も人員配置の多い高規格の精神科救急病棟の個室を用いて実施している.母子同室入院は日本の精神科病院で初めての試みであり,2024年3月までに計17組に実施した.母子同室入院が果たす役割は大きいものの,治療環境や専門職の確保,コストの面などからみてもさまざまな課題があり,本邦においてもMBUsを導入することが不可欠と考える.
日本で母子同室入院を行う精神科医療機関として,その意義や現在の課題を述べつつ,今後の妊産婦メンタルヘルスケアシステム構築に向けた私見を述べる.
I.MBUsについて
MBUsは,妊娠後期から産後1年までの母子のための専門的な治療空間であり(おおむね1ユニット=8ベッド),母親の精神症状の治療と並行して子どもの養育や母子の関係性を育むための支援が行われる.そのため,治療スタッフは周産期メンタルヘルスを専門とする精神科医,看護師,心理士,作業療法士,保育士などの多職種から構成される.その取り組みは英国から始まり,フランス,ベルギー,オランダやオーストラリアなどへと広がっている.
Main, T. F. の報告によれば,1948年に初めて英国のCassel病院の精神科の一般病室で母子同室での入院治療が行われた6).後にアタッチメント理論を提唱したBowlby, J. らが,同病院の小児科病棟において子どもの入院治療に母親の付き添いを許可していたことから着想を得たという.1956年には,現在英国で実践されているMBUsの先駆けとなる専門的な母子ユニットがShenley病院に作られ,産科と精神科の合併病棟の創設が提唱された.1972年には,South Manchester大学病院に,母親が産後12ヵ月までの乳児とともに入院できる9床の母子ユニットが開設され,現在まで発展している.2023年末時点で,英国では22のMBUsが設置されている(それぞれ,イングランドに19ヵ所,スコットランドに2ヵ所,ウェールズに1ヵ所である).
II.日本の精神医療とMBUsとの出会い
英国におけるMBUsの取り組みは,1993年に吉田によって初めて本邦で報告された10).そのなかで,産後精神病研究の臨床活動の1つである母子入院の形態の1つとして母子専用ユニットであるMBUsの具体的な取り組みが述べられた.加えて,病院外における今日でいうところのアウトリーチ活動やピアサポートの取り組みが紹介された.また,1980年に創設されたMarcè Societyの創立の歴史とこれまでの研究の軌跡が述べられ,臨床研究の意義や必要性が示されている.30年以上の時間が経過した現在においても,なお新鮮味をもって感じられる英国の周産期の精神医療の先見の明には驚嘆せざるを得ない.
その後,1997年に岡野らによって日本で初めてMBUsが試験的に実施された9).そこでは,母子を1つの単位として設計された独立型の母子ユニットの必要性とともに,高い水準の精神科看護が求められること,同じ境遇の母親どうしが関与する治療的なメリットなどが述べられた.また,MBUsだけでなく,母子が利用するデイケアや地域のネットワーク,リエゾンサービスなど多機関で連携し母子を支えていく母子精神保健システムの整備の重要性について指摘されている.
しかし,これらの報告から四半世紀以上が経った現在まで,本邦ではいまだMBUsが導入されていないばかりか,産前や産後のメンタルヘルスケアを地域で包括的に支えるシステムの構築も,いまだその途上であるといえる.
III.当院を取り巻く周産期医療の概要
当院がある福岡県久留米市は,福岡県の中西部に位置する福岡県で第三の都市である.人口は約30万人,2023年度の出生数は2,226人であった.合計特殊出生率は1を切った東京に比べるとまだ高いが年々低下し,2023年度は1.42と少子高齢化が進んでいる.
久留米市は周産期医療体制に恵まれている.福岡県内に設置されている総合周産期母子医療センターの7ヵ所のうち2ヵ所が久留米市内にある.久留米大学病院は高度救命救急センターであり,聖マリア病院は24時間365日断らない救急医療を実践している.
このように充実した周産期医療体制をもつ地域だからこそ,久留米市は妊産婦のためのメンタルヘルスケアシステムを構築するには格好の場といえる.
IV.当院の妊産婦メンタルヘルスケアシステムについて
当院は2019年9月に新築移転し,現在は精神科救急病棟48床と児童思春期病棟25床からなる民間の精神科単科の病院である.2023年度の全入院患者の60%以上が20歳未満の児童思春期患者であり,子どもの虐待予防や家族支援を行ううえで妊産婦のメンタルヘルスケアに力を入れ始めたのは必然であった.
2018年に法人内に妊産婦メンタルヘルスケアグループを作り,地域で包括的に支援していくための妊産婦メンタルヘルスケアシステムづくりを開始した.緊急入院から母子同室入院,迅速な外来受診や「すくすくサロン」での居場所づくり,精神科医療機関でありながら産後ケア事業に参加し(現在まで7市町村と契約),要保護児童対策地域協議会の地域での体制づくりや各市町村の保健師や助産師との積極的な連携など,医療的な介入から予防的な支援に至るまで幅広い取り組みを久留米市などと連携し行っている4).
母子同室入院が可能な精神科医療機関であるからこそ,ショートステイ先として産後ケア事業へも参加することができ,また,各市町村や産婦人科医療機関からの話ではメンタルヘルスに心配がある妊産婦を紹介しやすくなったという.医療的なケアと地域での支援をつなぐものとして,母子同室入院が果たす役割は大きい.
V.当院で行う母子同室入院について
当院の母子同室入院は2019年9月より開始している.当院での試みはいわゆるMBUsではなく,精神科病棟に母子が同室で入院治療を行う1948年にMainが英国で初めて行った方法である6).精神科救急病棟の個室に母親が入院し,同じ部屋に乳児が寝泊まりするためのコットやベビーベッドを入れ,母子が極力離れることなく入院治療を行うものである.新生児を含む1歳未満の乳児を対象とし,安全面を考慮して同時に2組までの母子を上限としている.母親の精神症状の回復を待って母子での同室入院を開始し,母親の体調にあわせて母子のみで過ごす時間を段階的に増やしていく.その間,子どもはナースステーションや当法人の企業主導型保育園に預けることができ,母親は作業療法や集団療法に参加する.また,睡眠時間を確保したいときは夜間ナースステーションに預けることもできる.入院中は母親の精神症状の治療だけでなく,子どもの養育支援や母子関係を育むための情緒的なかかわりの支援などを並行して行う.また,母親に養育能力があるか,退院後の生活が育児に適した環境であるかをアセスメントし,もし不十分であれば必要な地域での支援につなげるためのケースワークを行う.そのうえで,退院前にはケース検討会議などを開催し,地域の市町村の母子保健担当などへとつなげる.つまり,母子同室入院は治療の場であると同時に,退院後の地域生活を見据えた支援を開始し,地域との橋渡しを行う機会となる.
そのような包括的な支援を行うため,母子同室入院はスタッフ配置が最も多く,多職種のスタッフがいる高規格の精神科救急病棟で行っている.しかしながら,人手不足は否めず,同時に精神科看護以外の周産期医療や育児などに関する専門知識をもつスタッフも求められる.そのため,母子同室入院を行う際は非常勤の院外の助産師が昼間に数時間勤務し,夜勤者を1人増員して対応するようにした.2023年から常勤の産婦人科医や助産師も勤務するようになり,周産期に専門的な知識をもつスタッフの育成を行っている.
母子同室入院を行ううえで重要なポイントとなるのは,他の母親や専門職とのつながりを作り,支え・支えられる体験を積むことである.当院の妊産婦メンタルヘルスケアグループのスタッフが週に1回開催している「すくすくサロン」は,妊娠,出産,産後の母親(あるいは母子)が,子どもとの生活における不安や心配について語りあう場であり,外来に通院していない一般の方でも参加することができる.母子同室入院中には必ず参加してもらい,似た体験をしたことのある仲間たちと出会い,語らう機会となる.その出会いによって退院後の参加や治療継続につながることが多く,地域での孤立を防ぐ取り組みにも一役買っている.
VI.母子同室入院のある1日
母子同室入院の典型的な1日について以下に記す.
入院し睡眠時間が確保できたことで抑うつ状態が改善傾向となると,多くは入院後8日目頃に母子同室入院を開始する.夜間は子どもをナースステーションに預け睡眠時間を確保し,授乳やオムツ交換,デイルームで過ごす際は母子のみであるが,それ以外は看護師や助産師が対応する.「すくすくサロン」に子どもと一緒に参加し,子育てに関する不安や経済的な心配などについて参加者に意見を求めると,周囲から共感され労われ,「自分を責めていたが,自分だけではないと感じ安心した」などと語る母親が多い.午後は非常勤の助産師が約3時間訪室し一緒に沐浴を行い乳房ケアを受ける.母子のみで過ごす時間は計4時間前後であり,それ以外はスタッフがかかわり支援を行う場合が多い.
VII.当院で母子同室入院を行った17例に関する統計
2019年9月より2024年3月までの期間において,母子同室入院を行った17例の統計について示す.対象は,産後1年未満の女性で,当院の外来にて入院治療が必要と判断された精神疾患を有する患者であり,精神科診断病名を問わない.母子同室入院が可能と判断するにあたっては,本人が希望した者で,かつ切迫した希死念慮や自傷他害などの危険性が消失し,妊産婦メンタルヘルスケアグループで母子での生活が可能と判断した者としている.この期間に産後1年未満の女性で母子同室入院を行わなかった者は3例で,うち1例は本人が希望しなかった者であり,残りの2例はいずれも統合失調症で病状が不安定であったため,母子同室での入院ができなかった者である.
母子同室入院を行った患者の年齢は平均35.4歳であり,出産直後か産後3ヵ月前後に入院することが多く,初産が17例中11例(65%)であった.母親の診断名は気分障害が17例中13例(76%)であり,双極性障害が8例だった.産褥期精神病性障害の3例はいずれも産後1ヵ月以内に緊急で入院となった.
母子同室入院となった患者の平均入院期間は34.7日間であり,当院の2023年度の精神科救急病棟の成人の平均在院日数が約43日間であることを考えても,短期間で退院していた.そのなかで,母子同室で入院していた期間は平均で28.5日間であり,母子同室までに要した期間は平均8.6日であった.
退院後に外来通院につながった者が17例中16例(94%)であり,そのなかで当院に継続通院している者が7例(41%)だった.当院には福岡県内全域から母子同室入院となり,精神科治療歴がなかった者が6例だったことを考えると,母子同室入院後の治療継続率は高く,その意義は大きい.
VIII.母子同室入院に関する所感
母子同室入院を行った17名の母親と,妊産婦メンタルヘルスケアチームのスタッフ8名,および当院の精神科救急病棟の看護師7名から,母子同室入院を体験した感想について聞き取りを行った.全員から回答を得ることができ,主な意見のみ抜粋して紹介する.
母親側の感想として,「子どもと離れず入院治療を受けることができ,子どもに対する申し訳なさや罪悪感が減ってよかった」「育児に対する不安が減った」「入院をしたことで周囲に頼ってもよいと思えた」「すくすくサロンで自分が一人じゃないのだ,と思えた」などが挙げられた.
また,母子同室入院にかかわった治療スタッフのコメントとして,「慣れない新生児や乳児とのかかわりをストレスに感じた」「乳児への育児方法や母親への支援についてもっと学びたいと思った」「子どもと一緒にいることで母親自身が生きる力や喜びを感じているのだと実感した」「子どもへの愛情をもてずにいる母親のかかわりに苦労した」「赤ちゃんがいると病棟が明るくなり,他の患者さんたちが自分の子どもの頃の話をするようになった」,などが挙げられた.
IX.当院で行う母子同室入院の経済的な問題
現在の診療報酬制度のなかで母子同室入院を行う際に最も大きな問題となることの1つが,病院が負担する経済的な問題であろう.日本の精神医療(あるいは周産期医療)の医療政策において,母子同室入院という枠組みがなく診療報酬上の加算もない現状では,当然ながら精神科の入院診療以外でかかる費用は自院での負担となる.これまで当院で行った母子同室入院の統計に基づき,精神科救急病棟へ35日間入院し,母子同室入院が29日間だったものとして概算を示す.
精神科救急病棟における35日間の入院費として,精神療法や作業療法なども加えた診療報酬の合計請求額はおよそ140万円となる.一方,母子同室入院を行うために必要となった支出を合計すると,およそ60万円であった.その96%が非常勤の助産師や追加の夜勤者に対する人件費であり,高規格の精神科救急病棟といえども配置基準の人員だけでは対応は難しく,母子同室入院に対し医療の質と安全を担保するためには必要な支出であった.当院の妊産婦メンタルヘルスケアを充実させるための試みとして,常勤の産婦人科医や助産師も新たに雇用しているが,この概算には含まれていない.
母子同室入院を含む妊産婦メンタルヘルスケアを充実させるためにはそれ相応の多職種でかつ専門性を有するスタッフが必要不可欠であるのは当然であるが,この経済的な負の側面を考えると持続性のある取り組みとは言い難く,大きな課題といえる.
X.考察
1.母子同室入院を行う意義
母子同室入院を行う意義として最も重要なことは,母親が産後に精神症状が悪化し精神科での入院治療が必要となった際,子どもと離れることなく治療可能な選択肢があるということである.ただでさえ精神科への受療率が低く治療につながりにくい妊産婦の時期に,選択肢を増やしておく必要があるのは自明のことであろう.
近年,地域の実情にあわせた妊産婦メンタルヘルスケアシステムを構築することが進められ,少子化対策や児童虐待予防の観点からも重要なシステムである.そのシステムの一部として母子同室入院が果たす役割は大きく,母親の精神面を支えるための受け皿となる.
母子同室入院は母子双方にとって大きなメリットをもつ.母親自身の治療にとって子どもがそばにいることで大きな支えとなることも多い.入院治療がより効果的に進み,入院中に子どもへの育児や母子関係を育むための支援が可能となるため,入院治療がそのまま退院支援へと直結する.加えて,子どもと離れることで生じ得る無用な医原性の喪失体験や罪悪感を,そして医原性のボンディング障害を極力減らすことも可能となる.また,育児を不安に感じている母親や,すでにボンディング障害を認めている母親については,治療スタッフとともに育児支援や母子でのかかわり方の支援を受け,段階的に母子の時間を増やすことで回復につながりやすい.
一方で母子同室入院の取り組みにおいて,母子同室入院開始後に不眠や抑うつ気分の再燃を認め母子同室入院を中断した者は1例であった.不眠の改善を待って再度母子同室入院を再開したものの,夜間母子同室で過ごすと不眠を認めるため,夜間のみナースステーションで預かることとした.退院後,約3ヵ月間は父親が夜間子どもと同室で過ごし,夜間のみミルクで対応してもらうことで母親の精神症状の再燃も認めなかった.母子同室入院で母親の精神症状の悪化を認めたものの,母子同室入院をすることで退院後の母子での生活を想定することができ,退院後の具体的な支援につなげることが可能となった.
母子同室入院に躊躇する要因として,母子同室であると精神症状への治療が十分できないのではないかという懸念,精神科病棟で子どもの育児や母子関係の支援を行うことの難しさ,母子同室で過ごす乳児と他入院患者間のトラブルなどが挙げられよう.今回の母子同室入院を行った症例のうち,母子同室入院後に再入院となった者は1例であった.産褥期精神病性障害と診断し母子同室入院を行い,退院後約1年で躁転して再入院となったケースであった.現時点では,母子同室であったために入院治療が不十分で再入院が必要となったケースの経験はなく,上記以外は外来通院のみでフォローすることができている.また,母子同室入院における支援について,主に精神科の看護師が中心となって支援を行ったが,育児や母子関係の支援については,助産師や育児経験のあるスタッフ,「すくすくサロン」で出会う先輩たちがよき理解者でありよき支援者となっていた.また,幸いにも母子同室で過ごす乳児と他入院患者とのトラブルは認めておらず,乳児の泣き声による苦情が散見された程度であった.むしろ,他入院患者にとって乳児の存在が良い刺激となり,自ら進んで乳児をあやしその笑顔に癒されたり,自らの幼少期について振り返る機会が増えるなどの変化を認めた.
加えて,母子同室入院を実践することが可能な治療環境を整備することで,精神医療の質の向上にもつながるものと考える.母子同室入院を行っている当院の精神科救急病棟には,3ヵ月を超えて入院している患者は存在しない.可能な限り短期間で地域生活へと移行するべく,より開放的な環境下で治療的なかかわりとなるようさまざまな工夫を行っているからである.母子が安心して治療や育児に専念できるような治療環境をめざすことで,おのずと精神科病棟がより治療的な環境へと生まれ変わるきっかけにもなるのではないだろうか.
2.母子同室入院を行うにあたっての課題
繰り返しになるが,最もスタッフ配置の多い高規格な精神科救急病棟で母子同室入院を行っているものの,人手不足は明らかである.母子同室入院を安全に行うためには,看護師の数もさることながら,より周産期医療に専門的な知識をもつ看護師や助産師,公認心理師(臨床心理士)などによる支援が不可欠である.現在,当院でも実施しているように地域の非常勤の助産師,市町村の保健師や助産師と密に連携することで人手不足を補うことも可能である.しかしながら,現在の診療報酬制度では産婦人科医療機関や市町村との連携加算は認められているものの,実際の臨床場面に即した設備費や人件費などに対する評価はされていない.母子同室入院を含め妊産婦メンタルヘルスケアに力を入れたいと考えても人的にも経済的にも負担が大きすぎるのが現状であり,母子同室入院を継続していくことの難しさに直面している.
また,母子同室入院を行うにあたり,治療スタッフ(精神科医を含む)に対する妊産婦メンタルヘルスケアに関する基本的な知識の習得が課題である.医師を筆頭に,妊産婦メンタルヘルスケアに関する卒前教育を受けた経験をもつ者は少なく,臨床現場に出て初めて学ぶ者も多い.当院では,院内の勉強会を定期的に行い専門的な知識の向上を図っている.また,「すくすくサロン」は当事者や経験者の生の声を聴くことができるため,大きな学びの場となっている.当院では,妊産婦メンタルヘルスケアにかかわるスタッフには日本産婦人科医会の活動の1つであるMental Health Care for Mother & Child(MCMC)が定期的に開催している「母と子のメンタルヘルスケア研修会」の受講を勧め,日本周産期メンタルヘルス学会への参加や発表の機会を作っている.妊産婦のメンタルヘルスケアに関する卒前・卒後教育の充実が期待される.
3.これからの提言
母子同室入院を現在の医療制度に先駆けて開始したものの,さまざまな困難に直面しているのが現状である.その一方で,先に述べたように母子同室入院を行うことでもたらされる治療的な効果や予防的な側面など多くの利点が挙げられる.
本来であれば,諸外国が行っているように周産期母子医療センターに併設する精神科病棟にMBUsを作り,母子での専門的な入院治療を行う施設を作ることが理想的だろう.周産期医療に関連した専門職の人手不足や,産後早期の入院に伴う産褥期の母親の合併症,新生児や乳児への緊急時の対応といった懸念も払拭することができる.
妊産婦のメンタルヘルスケアの充実は喫緊の課題であるものの,母親が産後に精神症状が悪化し入院治療が必要となった際の対応についてさらに明確にしていく必要がある.母子分離が前提で精神科病棟へ入院となるのが一般的な本邦の現状を,いつまでこのままにしておくのか.MBUsを実現するための医療政策上の新たな提言が必要と考える.現在当院が行うように,精神科病棟で母子同室入院を実施することは可能であり,一定の効果をあげている.MBUsの設置が難しいのであれば,既存の精神科病棟の入院環境を整え,妊産婦メンタルヘルスケアに習熟した専門職を配置したうえで母子同室入院を行うことが現実的で有効な方法といえよう.
おわりに
母子同室入院は妊産婦メンタルヘルスケアシステムを構築するうえで不可欠な取り組みである.当院が久留米市などと連携して行っている妊産婦メンタルヘルスケアシステム「のぞえモデル」を構築する過程において,母子同室入院を開始したことがシステム構築の大きな前進につながったといっても過言ではない.地域の実情にあわせた妊産婦メンタルヘルスケアシステムの構築が急がれるなか,母子同室入院やMBUsといった取り組みが実現するような医療政策が必要であり,診療報酬上の評価が期待される.
編 注:本特集は第120回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに竹内 崇(東京科学大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学分野)を代表として企画された.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) Austin, M. P., Highet, N., the Expert Working Group: Mental Health Care in the Perinatal Period: Australian Clinical Practice Guideline. Centre of Perinatal Excellence, Melbourne, 2017
2) Brockington, I., Butterworth, R., Glangeaud-Freudenthal, N.: An international position paper on mother-infant (perinatal) mental health, with guidelines for clinical practice. Arch Womens Ment Health, 20 (1); 113-120, 2017![]()
3) Connellan, K., Bartholomaeus, C., Due, C., et al.: A systematic review of research on psychiatric mother-baby units. Arch Womens Ment Health, 20 (3); 373-388, 2017![]()
4) 堀川直希: 周産期メンタルヘルスケアを地域で協働するための「のぞえモデル」の取り組み―母子同室入院の実際とその意義について―. 精神科治療学, 38 (12); 1443-1450, 2023
5) Kitamura, T., Yoshida, K., Okano, T., et al.: Multicentre prospective study of perinatal depression in Japan: incidence and correlates of antenatal and postnatal depression. Arch Womens Ment Health, 9 (3); 121-130, 2006![]()
6) Main, T. F.: Mothers with children in a psychiatric hospital. Lancet, 2 (7051); 845-847, 1958![]()
7) Maternal Mental Health Alliance: Maternal Mental Health-Women's Voices. 2017 (https://www.rcog.org.uk/media/3ijbpfvi/maternal-mental-health-womens-voices.pdf) (参照2026-01-06)
8) National Institute for Health and Care Excellence: Antenatal and Postnatal Mental Health: Clinical Management and Service guidance. National Institute for Health and Care Excellence, London, 2014 (https://www.nice.org.uk/guidance/cg192) (参照2026-01-06)
9) 岡野禎治, 吉田敬子: 英国における母子精神保健体制の現状と課題. 平成8年度厚生省心身障害研究「これからの妊産褥婦の健康管理システムに関する研究」(研究代表: 中野仁雄). p.30-37, 1997





