英国では,1960年代から障害者運動が盛んになり,障害とはあくまでも環境によって引き起こされたものであり,それを取り除く責任も環境(社会)にあるという主張が行われた.主に個体内のインペアメントが明確で身体障害が固定している白人男性による「強い社会モデル」である.一方,米国では,公民権運動が広がり,社会参加の障害があるときに障害者としてとらえる見方から,社会モデルが知的障害や学習障害,精神障害の領域に広がった.本稿では精神障害でみられる障害を,広義の社会モデルで捉えている.広義の社会モデルでは,インペアメントが医学的に明確でなく,社会の主要な価値感を満たさない場合にディスアビリティやインペアメントが析出してくると考える.そして障害者は,そうした自己を否定する枠組みによってアイデンティティを形成していくとされる.世界保健機関(WHO)による生活機能・障害・健康の国際分類(ICF)は医学モデルと社会モデルを統合したものであり,わが国でもそれに沿って1993年に改正された『精神保健福祉法』ではインペアメントとディスアビリティを併置し,身体障害や知的障害に遅れて精神障害者も雇用率算定の対象となった.精神障害は社会と個体との間に生じる障壁がわかりにくく,病状によって変動しやすいが,社会との関係性抜きに,疾病の発生や経過を説明できない特質がある.社会の要請に沿えないことで否定的な評価を受けた個人に,さらにネガティブな評価が集積して社会参加が困難になるなかで,ディスアビリティが固定し,さらにインペアメントへと影響が及ぶプロセスが想定されるため,社会的な価値の転回とともに,パーソナルリカバリーやストレングスモデル,主体価値の成長を促すかかわりがリハビリテーション(復権)には重要である.本稿では具体例を挙げ,回復のプロセスについて説明した.脳科学の進歩により,インペアメントの改善が得られるようになったとしても,「病気ではないけれどユニークな生き方をする人たち」を許容する,inclusiveな社会でなければ,結局は社会の辺縁に追いやられたり,新たなディスアビリティが作り出されることになるだろう.どうしたら弱さを安心して表明できる社会を作ることができるか,さまざまな関係者と一緒に考えていきたい.
https://doi.org/10.57369/pnj.24-082
受理日:2024年3月14日
はじめに
著者らが携わっていたデイケアで,統合失調症圏(ICD-10)の人たちで,少なくとも5年の経過が判明している173名を,デイケア登録時を起点にして,5年ごとのグループにして社会的転帰の後ろ向き調査を行った20)が,登録5年後および10年後にはおおむね精神症状と社会適応の有意な改善がみられ,徐々に低下するものの,15年後,20年後も登録時よりは改善している傾向がみられた.しかし,登録が1998年から5年間の群を除き,1993~2013年に登録した4群の間での経過の有意差がみられなかった.ただし,2015年登録群では,障害者雇用が推進され,雇用率算定に精神障害も含まれるようになった影響で,一般企業への就労は有意な増加をみた.せっかく病状が回復しても働く職場が見つからずに,かつては雇用先を探して近くの商店街で名刺を配って回った,そんな時代からは考えられない展開である.これには障害の社会モデルに基づく,社会の側からの障害者の権利保障と雇用支援制度が大きく貢献している.
著者は,最近,統合失調症の長期予後についての総説11)を書いたが,世界的にも薬物療法や地域ケアの発展にかかわらず,ここ100年で精神症状や社会参加の向上などの客観的リカバリー(精神症状の改善と社会参加の維持)を示す人の割合には大きな変化がみられないとの結果であった.人付き合いがもともと苦手であるなど,社会適応の悪い人が,発症によるダメージを受け,その後の治療によってリカバリーしていくものの,社会参加が十分できるところまでには至らないのである.そうした人たちの生活を支える大きな力となるのが,社会モデルに基づく諸制度の整備である.
なお世界保健機関(World Health Organization:WHO)は,生活機能・障害・健康の国際分類(International Classification of Functioning, Disability and Health:ICF)を策定し,そのなかでさまざまな原因による生活における障害を,「機能障害(impairment)」「活動(activity)の障害」「参加(participation)の障害」の3水準とし,これら全体の障害をdisabilityとした.また,disabilityは疾患によるだけでなく,例えば妊娠や老化といった誰でもが経験しうる状態でも生じるとし,環境や個体要因などからの影響を受けるとした.参加とは,個人の年齢や環境にふさわしい社会的な役割を遂行することを指している.
本稿では,まだわが国に十分根付いていない精神障害の社会モデルについて紹介し,伝統的に障害は個体の中にある機能障害によるとする医学モデルとの統合を考えたい.
I.社会モデルの生成と社会制度への発展
1.英国の障害者運動からの流れ
熊谷14)によれば,障害者は19世紀頃から生物学的欠損と考えられてきた.いわゆる医学モデル(もしくは個人モデルと呼称される)で,障害者のもつ身体的・医学的な機能障害によって,活動や参加に制限が起こるとの考えで,専門家が治療する受動的な客体として障害者は捉えられていた23).ところが英国では1960年代から障害者運動が盛んになり,「(社会からの)隔離に反対する身体障害者連盟」が生まれ,障害とはあくまでも環境によって引き起こされたものであり,それを取り除く責任も環境(社会)にあるという主張が行われた.この主張は「強い社会モデル」と呼ばれ,熊谷15)によれば,主に身体障害が固定している人(なかでも白人男性)によって主張された(社会モデルは人権モデルとも呼称される).強い社会モデルの特徴は以下のようになる.
・個体内に存在する機能障害(impairment)は,社会の構造の中で生じる障害(disability)と区別される.
・障害者は非障害者と区別され,抑圧の原因が取り除かれることと障害者によって運営されるサービスが,最も適切な解決策を提供する.
英国での障害者運動は非障害者からの保護を求めるのではなく,主体的な個人としての生きる権利や平等を求める運動へと変化していった.一方で,社会モデルはimpairmentに伴う困難や主観的な体験を軽視しているという批判もあり21),極端な社会構築主義は21世紀に入って修正されるようになっている.
2.社会モデルの制度への発展
社会モデルの発展とともに,障害者の人権擁護や生活支援のために社会制度が改善されていった.すでに拙著8)で紹介したように,主に西ヨーロッパの国々で自閉症を含む障害者雇用の割当制度(Quotas)が実施された2).その後,フランスで割当制度に代わって障害の有無で雇用を差別することを禁止する法律が整備され,1990年代に西ヨーロッパに広がった.こうした支援制度にもかかわらず,精神障害の人の雇用率に大きな改善がなく,そのために精神も含む障害者全体の雇用率を義務化する制度が制定され,実を上げてきた.精神障害者にも雇用率の義務化が適用されてからの展開は,著者にとって社会制度の重要性を改めて実感させるものであった.
3.わが国における法制度の整備
2011年8月にまず『障害者基本法』が改正され,障害を理由とする差別禁止と合理的配慮の提供が定められた.さらに,2013年6月に『障害者雇用促進法』が改正され,障害を理由とする差別の禁止が掲げられた.具体的には,『障害者雇用促進法』「第34条 事業主は,労働者の募集及び採用について,障害者に対して,障害者でない者と均等な機会を与えなければならない.第35条 事業主は,賃金の決定,教育訓練の実施,福利厚生施設の利用その他の待遇について,労働者が障害者であることを理由として,障害者でない者と不当な差別的取扱いをしてはならない」と規定されている.この法律は障害者を保護の客体ではなく権利の主体としてとらえるものである14).また,障害者の定義が,「身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む),その他の心身の機能の障害があるため,長期にわたり,職業生活に相当の制限を受け,又は職業生活を営むことが著しく困難な者」となった.2014年に『障害者権利条約』がわが国でも批准された.この条約は,WHOによるICFの生活機能モデルを規範とし,医学モデルと社会モデルを統合した障害観に立脚している.
社会が変わる必要があるとの社会モデルの考え方は,合理的配慮によって実装されている.米国で誕生した合理的配慮の考え方は,「障害者と障害をもたない人との間の平等を実現するためには,非障害者中心の基準やルールを個々の障害者の状況に合わせて柔軟に変更することが必要」14)というものである.
4.合理的配慮の妥当性
合理的配慮の考え方は,当事者が主体として感じている社会生活上の困難について,企業や学校などの社会の側の配慮を求めるものであるが,精神障害の場合,身体障害のように,機能障害との関連が明確で社会生活の困難さの根拠が客観的に示されるわけではなく,医学的診断から想定される諸症状が,必ずしも社会生活の困難さにつながるわけでもない.
現状では,就労支援の専門家が,当事者の希望や医学的情報やデイケアなどの集団場面での社会的特性を把握し,一方では企業の側が職場の環境や,どの程度の配慮が可能かを把握し,両者が折り合える場・条件を見つけていく.職場実習などによって,配慮の妥当性を確認しながら就労へと進めていくことも多く,支援には熟練を要し,多要因の解法を求める必要のあるプロセスである.可能な限りプロセスに当事者の意志や希望を組みこむ努力も求められる.職場適応訓練制度,障害者雇用調整金,報奨金などは,社会から企業の側へのインセンティブである.
わが国では高齢・障害・求職者雇用支援機構による「発達障害者のための職場改善好事例集」など,事例集が蓄積されており,実際の支援を組み立てる際の準拠枠となっている.例えば,発達障害の大学生に対して,試験時間の延長,別室受験,休憩時間の設定を行うなどである.社会性の障害がある場合,グループワークではルールの意図の明確化,他の活動での置き換えなどが挙げられている.
II.広義の社会モデル
1.身体障害以外への広がり
米国では,アフリカ系アメリカ人の公民権運動やフェミニズムの運動により,1964年に『公民権法』が成立し,「人種差別や女性への抑圧」の禁止が法制化された.それをモデルにして1990年に障害者差別を禁止する法律『障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act:ADA)』が制定された.『公民権法』やADAは社会モデルが基盤となっており,環境的転回がめざされた.ADAでは社会のメインストリームで生きていくうえでの何らかの「障害」と,これまでの強い社会モデルに比して広く障害を定義しており,重度の身体障害者,ろうあ者,視覚障害者,知的障害者,そして精神障害者まで包含されるようになり,その保護から自立(差別撤廃)への転換がみられた.
これらの領域では必ずしも機能障害(impairment)が明確でなかったり,変動するものであったりしており,社会の構造のなかで生じる障害(disability)もまた,文化や時代によって変動する多様なものとなっている.それまで「社会的に価値がない」とされ,一方では障害者とは認識されてこなかった人たちの社会参加を促し,社会地位を高める試みは,「強い社会モデル」に包含されてこなかったものである.精神障害や発達障害の人たちの困難さは当事者自身が認識しにくいものであり,これらの人たちのリハビリテーション(復権)は身体障害に比して遅れて実現されるようになった.
本稿では,WHOによるICFの生活機能モデルに準拠して,個人に属する機能障害(impairment)と,機能障害および生活活動や社会参加に生ずる困難全体を障害(disability)と規定する.ただし「障害」は国際障害分類〔International Classification of Impairment, Disabilities, and Handicaps:ICIDH(ICFの前のWHOによる国際分類)〕の活動の障害や,「disorder」の和訳としても使われることから,今後カタカナ書きで「インペアメント」と「ディスアビリティ」で統一していくこととする.英国で始まった障害学は,ICIDHにおける「impairment」と「disability」を包括したものを「impairment」と呼び,「handicap」のことを「disability」としているし,わが国の社会学で障害を論ずる場合には,ICFにおける「impairment」はそのまま「impairment」であるが,活動および参加の困難を「disability」と記載している専門家も存在する.しかし,これらの違いは本稿を進めていくうえで大きな支障にはならないと思われるので,煩雑さを避けるために,ICF生活障害モデルに基づく「インペアメント」と「ディスアビリティ」で統一していくことにしたい.
2.広義の社会モデルの特徴
杉山24)は,イギリスでの障害者運動のなかで,インペアメント考慮型社会モデルと,インペアメント否定型社会モデルが生まれたことを紹介している.前者は身体・知的・精神機能障害であるインペアメントと,障害からの抑圧によって生じるディスアビリティは根本的な違いがあり,ディスアビリティがなくなったとしてもインペアメントは残ると考える.後者の場合には,インペアメントもまた社会との関係により生み出されるものであり,生産様式と社会の主要な価値との結びつきを通して文化(社会)的に算出される産物であると考える.
星加4)は,視覚障害者であり社会学者である視点から「不利益は社会の障壁(のみ)によって生じるものでも個人の機能不全(のみ)によって生じるものでもないはず」であり,「(社会モデルは)現行の社会が…ディスアビリティを作り出していることについて記述・分析するものである」としている.そして「社会において要求される価値との関連でディスアビリティが生じ,それを個人に帰責するためにある種の機能的特質に対して否定的な価値づけがなされたものがインペアメントである.…『個体的条件』が『社会的価値』との関連においてはじめて,肯定的な意味をもったり否定的な意味を持ったりする…その意味で『社会モデル』とは問題を主体間の相互関係的なsocial文脈に位置付けるもの」としている〔( )内は筆者の加筆〕.そして「ディスアビリティとは,不利益が特有な形式で個人に集中的に経験される現象である.…(他者との)比較によって浮かび上がった差異に(社会の側が)劣等性や異常性を付与したものが,…スティグマとしてのインペアメントである」「『社会的価値』を内在化した障害者は…(自身の中に存在する)差異を自己自身によって否定するようになる…」「ひとつの逸脱的特性を所有することは…密接に関連したほかの望ましからぬ特性を所有すると予断され,…障害者として社会のなかの劣等な存在としてスティグマ化される(不利益の集中).…障害者は,そうした自己を否定する解釈枠組みによってアイデンティティを形成していく」.少し抽象度の高い表現であるが,うつ病によって休職を余儀なくされた人が,会社での立場を失い,自己価値観が低下し,仕事ができない,あてにできない人であるとみなされ,当事者本人も自身のなかに集中や持続力の低下を自覚して,出勤しづらくなり,会社での勤務に向けた努力ができなくなる過程として考えればわかりやすい.星加はさらに不利益の集中として,「重要な他者」が否定的な意味づけをする場合を挙げ,しばしば当初は家族によって障害者として取り扱われると述べている.
社会モデルと医学モデルで,インペアメントとして指し示されたものが異なる場合もありうるが,同じ現象を異なる視点で眺めているためであると思われる.例えば,引きこもりを続けている人が体験をする,社交恐怖(社会モデル)とパニック発作(医学モデル)がそれにあたるだろう.ICFは特定の集団のなかで期待されている実行状況と,観察されている実際の実行状況との乖離をディスアビリティと捉え,インペアメントを純粋に生理学的・解剖学的に定義しているが,星加4)は「インペアメントは社会的価値からみて否定的な意味を付与された個体の特性であり,活動制限や参加の制約の影響がある」としている.
バリアフリーの取り組みは社会資源への働きかけであると考えられるが,障害学では社会的価値への働きかけも強く主張する.つまり,引きこもりの人が登校できるように社会的な支援を行うだけでなく,登校そのものの社会的な価値を再考することを障害学では求めるわけである.「支配的な社会的価値を相対化して,内的過程における自己信頼を獲得すること…社会的場面でのインペアメントの脱スティグマ化…他者との関係性のなかでディスアビリティの解消をめざす」と星加4)はまとめている.
3.スティグマの大きな障害で起こること
外貌の変形をきたす疾病では,周囲から好奇の目にさらされることが起こるだろうが,それを当事者がどう受け止めるかによって,社会参加の困難が生じる.場合によってはそうした状況にならないように,社会参加を回避する当事者もいるだろう.英国で社会モデルが提唱されたときに,被抑圧集団である障害者が,社会全体の構造によって不利を被る場合を社会の障壁と捉えたのに対して,例えば,顔にある大きなあざのように,社会が否定的な感情を与えていると当事者が感じて,社会参加の障壁となる場合に,個人の体験のなかに形づくられる障壁も社会モデルとしてとらえるべきであると西倉19)は指摘している.さらに,外観上の損傷があるときに,それを受け入れて生きていくことがそもそも大きな苦痛であるので,雇用の確保といった社会参加にかかわることではなく,心理的な「自分」が棄損されていることが問題だという障害者の意見を西倉は紹介している.当事者がインペアメントに抱く感情がまず大きな障壁となる,もしくは明示されない社会の文化や一般的な価値観やスティグマから個人のなかに醸成されてくる障壁がある.精神障害の場合にも,診断名が社会的スティグマと結びついているときに,同じ事象が引き起こされるだろう.自身の障害を認識するようになり,社会的な活動の回避や自らに対する否定的な感情によって,権利の主体であることをあきらめていくプロセスがディスアビリティとなるのである.
著者は以前,精神障害がしばしば十分な病識をもちえないことに関して,「ネガティブな意味をもつラベルであれば,だれでも引き受けたいとは思わないだろう」9)と書いた.それがまさにあてはまるといえる.
4.強い社会モデルと広義の社会モデルの対比
「強い社会モデル」と対比して,「広義の社会モデル」を整理すると次のようにまとめられるだろう.
・インペアメントが必ずしも明確でない.
・社会の明示されない文化や価値観によって脱価値化された個人が心の中にもつ自己への否定的な思いと,それに伴う参加の回避や,権利の主体であることの放棄が並行してみられ,ディスアビリティを形成する.
・社会制度の改革だけではなく,社会のメンタルリテラシーの向上(社会における一般的な価値観の多様化)と,パーソナルリカバリー(当事者の価値観の向上)が進むことによって,ディスアビリティが改善することが期待される.
本稿では,広義の社会モデルにおいて精神障害者のディスアビリティをとらえ,その視点からするとどのような支援が役立つかを考えていきたい.
III.社会モデルの視点から理解できる現象
1.発達障害や関連する障害と診断される人の急増
米国での自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)の有病率は,小児の集団において,1989年は1万人に4人,2002年は1万人に66人,2018年は1万人に230人と急増している10).その原因として,診断概念の変更による新たな診断例の増加,不妊治療の増加などさまざまな要因が議論されているが,社会モデルの視点から考えると,彼らの特徴的な行動が,社会の変動により問題視されるようになり,社会的に排除されるようになったと考えることができる.熊谷14)は,かつてはそれほど問題視されてこなかった人々がここ最近急に問題にされ始めて,社会的な排除を受けている背景には,社会文化的な要因の変動があると指摘している.具体的には20世紀中盤以後の子どもの教育に対する大衆の関心が高まって,子どもの認知的・社会的発達の遅れに対して治療や支援を求めるようになった背景とともに,「人はいかに他人と相互作用するか」「いかに共感するか」という社会のニーズが流動的であり,そのときの要請に対応できない人々がASDとしてインペアメント化されたのではないかと指摘している.そのために,インペアメントが独立した生物学的本質であるという前提で行われる行動療法に対して,ASDの当事者からは,社会が問題視する行動の修正を研究するのではなく,彼らの困っている,例えば感覚の過敏さなどの研究をしてほしいという要求も生まれてきている1).
2.学習障害の場合
インペアメントの実態としてのバイオマーカー(生物学的な診断の手がかりや障害をもたらす疾患の客観的な病態)が明確でないとき,医学モデルと社会モデルは現実の要請によってどちらかが採用されることが起こる.その例として,学習障害(learning disability:LD)をみてみたい.LDは,dyslexia(読字障害)などの医学的に規定された脳機能障害と異なり,教育現場で「基本的には,全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態」16)である.LDは,何らかの中枢神経系の障害が推定されるが,明確に実証されたわけではない.そして医学的に明確な治療法があるわけではなく,教育,福祉,医療が連携して対応しているが,米国では医学モデルが優勢で,成育歴などから推定されるが,特定できていない中枢神経系の障害であると規定され,環境要因による学習困難などは含めない考えが採用されている.一方,英国では,環境要因によるものや,他の障害の二次障害も含め,特別な教育的ニーズのあるものを学習困難児として定義し,障害児教育制度に含めた.わが国で行われた英国の定義による実態調査では,約10%の児童にLDの疑いがみられた25)が,障害児教育に受け入れることが可能であるのは数%の児童が限界であるという行政的な判断から,米国式の定義が採用されたとされる21).米国式の考え方は,当事者が改善できない生涯にわたるインペアメントをもつとすることであり,親や当事者が福祉的な処遇を受ける根拠になっている.精神障害においても同様の問題があり,操作的診断基準で,ディスアビリティの重さを健常者と疾患をもつ人との線引きに使うという問題が生じている.
IV.精神障害の社会モデル
1.精神障害者のディスアビリティはどうとらえられていたか
わが国においては,蜂矢3)が精神障害の特質を「疾患と障害の共存」に集約し,ディスアビリティを生活上の困難・不自由・不利益として,リハビリテーションの対象とすることを提言し,わが国における精神障害リハビリテーションの新たな出発点となった.ただし,インペアメントの治療も並行して実施することから,医療モデルのなかに位置づけられる恐れがあった.
それに対して精神障害のある人が地域で生きることを支援する「やどかりの里」を立ち上げた谷中は,イタリアのF. バザーリアが「病気を括弧に入れる」ことを主張し,その人が病気であろうとなかろうと,危機を経験している主体として周囲で支える考え方にならって,地域生活を支援する視点からインペアメントを「括弧に入れる」ことを試みた17).谷中27)はこれを「生活支援活動(生活モデル)」と呼び,「社会復帰活動(医療モデル)」と対置した.
1993年に改正された『精神保健福祉法』では,精神障害者を,「精神疾患を有する者」であり,同時に「障害があるために,長期にわたり日常生活および社会生活に相当な制限を有する者」と定義し,インペアメントとディスアビリティを併置した.
インペアメントが医学的な視点からはいまだ明確になっておらず,ディスアビリティもどうとらえるか明確ではなかった精神障害では,身体障害や知的障害に遅れて雇用率の義務化の対象となった.近年の障害者雇用数の伸びは目覚ましいが,いくつかの理由から,早期に退職するものが多いなどの課題が残っている.精神障害者の社会生活の困難さを社会モデルの視点から整理することで,就労をはじめとする社会生活の局面をどう支援していくことができるだろうか.
2.精神障害のディスアビリティのわかりにくさ
精神障害のディスアビリティの客観的な把握や,当事者の自己認識には困難さがあるために,障害者としての位置づけが遅れて,社会モデルに基づく恩恵を受けるまでに時間を要した.その理由を以下に整理する.
1)精神障害のインペアメントを客観的に規定し,測定する方法についての合意はまだできておらず,したがって派生するディスアビリティを同定できない5).
2)病状によって,インペアメント・ディスアビリティが大きく変動する.
3)統合失調症では自他の境界が不分明であったり,不安定である特徴があり,被害的な外界の認識や,逆に外界に影響をもたらしているとの誤認も多く,当事者にとってディスアビリティの把握が不正確になりやすい.
4)前述したが,スティグマがあるために精神障害であるとの認識(いわゆる病識9))も,疾患によるがしばしば不安定である.
5)環境からの影響によって病状が変動するが,当事者の価値観に左右されるため,普遍的な病状悪化をもたらす環境があるわけではなく,個々人によって異なる.
以上のように,広義の社会モデルでは,社会と個体との間に生じる障壁がわかりにくく,インペアメントとディスアビリティの区別があいまいになりやすい.また,病状によって変動しやすい難しさがある.しかしながら,精神障害では,ストレスへの脆弱性が顕著であること,社会との関係性抜きに疾病の発生や経過を説明できないという大きな特色があり,社会・環境との関連を問題にせざるをえない.
3.広義の社会モデルから精神障害を捉える
星加4)が述べるディスアビリティ生成のメカニズムでは,社会の要請する能力や生き方に沿えないことで,否定的な評価を受けた個人に,さらにネガティブな評価が集積して社会参加が困難になるなかで,ディスアビリティが固定し,さらにインペアメントへと影響が及ぶ.専門的な疾患概念が注目され,それによって輪郭が明確になる社会的価値にそぐわない活動が,さらに疾患概念に付随するネガティブな特性へと周囲が注目を広げていくなかで,当事者にも否定的な自己認識が生まれ,それによって社会参加がうまくいかなくなる悪循環が起こると考えられる.かつての境界性パーソナリティ障害や解離性障害がそうだっただろうし,現在は発達障害や逆境のなかで生育してきた人たちの複合トラウマ性の障害などがそうしたプロセスをたどって増加を続けていると思われる.
例えばASDの人のコミュニケーション障害は,コミュニケーションを行う双方の間に生じるものであるが,それを個人のディスアビリティ,さらにはその根底に想定される医学的なインペアメントに帰す現行の診断基準によって,個人に固定するものとなる.インペアメントが実在しないということになれば,障害者としての認定や年金給付なども失われるかもしれないし,周りと合わせて生きていくように周囲からの圧力(同調性圧力)が高まる可能性があるので,一度ASDと診断された人が,そこから回復していくのは困難になる.こうして生きづらさが増す.社会の明文化されない規範や文化によって析出してくるディスアビリティは,社会制度で守るといったかっちりした対応だけではなく,社会の側の価値観の変革が必要であり,具体的にはメンタルヘルスリテラシーの向上や,多様な人たちを包摂できる社会を構築していく努力が要請される.
V.社会モデルからみえる望ましい治療・支援
1.医学モデルのみによる弊害
医学モデルでの支援の専門家(医師に限らず医療機関で働く専門家の多く)は,当事者の側のインペアメントにより,就労や対人関係などの困難が生じると判断しやすく,低下した能力に適合する福祉的な就労や特例子会社などを勧めやすい.エンパワメントされないことによって,当事者が一向に力をつけていかず,リカバリーへ向かわないことも起こるし,当事者が社会参加に失望して引きこもりに至る可能性もある.社会のなかで多くの不利を抱えてきたことが,あたかも当事者のなかだけに原因があるかのように考えられてしまうのである.
石尾12)は障害児教育や障害者福祉の例を挙げ,「従来の社会における生活様式,感じ方,考え方が支援の出発点になっていると,社会変革を想定しない,個人の変化を求める介入が何の疑いもなく行われてしまう」と述べている.こうしたプロセスに抗するためには,社会的価値の転回が必要である.その好例が北海道浦河町のべてるの家18)で,「降りてゆく生き方」「弱さの情報公開」「安心してさぼれる職場」などのスローガンにより,そうした社会的価値を転回することが試みられている.統合失調症は人とのつながりが増える病気だ,多くの苦労をした人が,多くの知恵をもっているという転回もしばしば語られる.一般社会では当然のように効率や成果が求められるなかで,こうした社会的価値の転回をどう位置付けていけるだろうか.支援者のなかにはダブルスタンダードで生活している人もいるだろう.著者もまた大きな課題として残されていることを感じている.
2.回復していくケースにみられるディスアビリティの軽減
ここで述べるケースはいずれも著者のこれまでの経験をもとに作られたフィクションであることをはじめにお断りしておく.
架空症例(1):長年の妄想を家族からも否定されてきたAさん
Aさんは30歳代で妻を亡くし,男手で一人娘を育ててきた.40歳代になって自営業がうまくいかなくなるとともに,新興宗教への勧誘を断ったために嫌がらせを受けているという妄想がはじまり,「高周波をかけられている」と感じて何回も転居した.妄想に基づき近所の住居を破損する行動がみられて措置入院となり,それ以来娘さんも「妄想から抜け出してほしい」と言うようになり,Aさんを批判するようになった.病院でも「高周波をかけられる」と険しい表情で訴え,周囲の人がわかろうとしてくれないと好訴的であった.インペアメントとして妄想や体感幻覚と被害的な社会認知がみられ,ディスアビリティとしては,妄想によりゆがんだコミュニケーションが周囲からの批判を招き,それがAさんの「わかってもらえない悔しさ」となって,繰り返されるあつれきとなった.
主治医が「高周波をかけられていると言って困っていた人はこれまで何人もいましたよ」と告げると,Aさんは驚くと同時に「高周波を何とかしてほしい」と繰り返し訴えたが,そのたびに主治医はAさんのまさに社会参加の障害となっていた,妄想に基づく好訴的な行動を理解し,誰にもわかってもらえない悔しさに共感することで,薬物療法は変更していないが徐々に訴えが減っていき(ディスアビリティの軽減),かわって元来のAさんの常識的な振る舞いがみられるようになってきた.スタッフの計らいで,病棟でミーティングの書記を任されて,きれいで正確な記録を書くことで皆から称賛されるようになった.Aさんの若い頃の豊かな趣味の話も聞かれるようになった.こうして「この頃高周波はなくなりました」と穏やかに話すようになり,娘さんの信頼も取り戻すことができた.ただし妄想についてはまだ事実であると信じており,インペアメントは残存している.妄想を一緒に探求する主治医の存在が,Aさんの自己否定からの救出に役立ったと思われる.
架空症例(2):不安定な気分障害で会社の信用をなくしていたBさん
Bさんは入社時より自動車のセールスマンをしており,良い成績を上げて表彰されるなど,有能な営業マンだった.20歳代の終わり頃から好・不調の波がみられていたが,30歳代の後半にははっきり躁・うつ病相がみられるようになった.躁病相のときには,社長に意見書を提出したり,顧客に無理な勧誘をして苦情がくるなど,トラブルが続発し,上司に付き添われて精神科を受診した.
気分調整薬の投与を受け,Bさん自身は双極性障害が納得できないまま復職した.会社では営業には出せないということで,人事部付の形で事務仕事をすることになったが,Bさんは机に座っているのは苦手で,周囲から「大丈夫なの?」と見られているつらさから,休んでしまう日もあり,事務仕事もそこそこにタバコを吸いに行くなどしており,ますます職場では信用がなくなってしまった.インペアメントとしての気分の波はある程度改善したが,周囲の警戒的な扱いで彼の自己否定や被害的な認識が固定して,ディスアビリティを形成していた.
営業マン時代のBさんを知る上司に代わって,病院の主治医,産業医などとも相談し,思い切って新車の発売セールスチームの事務担当に抜擢された.同時に主治医は気分の上がり下がりを毎日モニターすることを本人や家族と相談し,薬の増量や短期間の休みなどで何とか乗り越え,新車の販売も順調になった.主治医とはBさんがやれていることを繰り返し一緒に確認し,同時に周囲からの信頼をなくす行動について話し合った.グループの皆から信頼されるようになり,Bさん本来の,熱心に取り組むアイデアマンで周りに気配りする良さが発揮されるようになった(ディスアビリティの軽減).
3.大手新聞の人生相談から
ある日の紙面に,「空気が読めない高3女子.会話が苦手.友人は数名いる」という相談内容が載り,回答者が「私も空気が読めないが,それを面白い個性と思って付き合ってくれる友人がいる.文学賞を受賞してからは,これまでのマイナスがすべてプラスに受け止められるようになり,面白い人だということになっている」と答えていた26).このケースは相談者も回答者ももちろん精神障害ではなく,したがって本稿で扱う広義の社会モデルにはあてはまらないが,まさに「『個体的条件』が『社会的価値』との関連においてはじめて,肯定的な意味をもったり否定的な意味をもったりする…その意味で『社会モデル』とは問題を主体間の相互関係的なsocial文脈に位置付けるもの」4)の好例であろう.
4.ディスアビリティからの回復
前述したように,星加によれば,障害者として社会の中の劣等な存在としてスティグマ化される(不利益の集中からディスアビリティへ)過程に抗するには,1つにはストレングスモデルが重要であろう.インペアメントが存在する人であっても,社会的価値のある特質をもっており,それをてこに社会参加を考えていくわけである.前述した例はいずれも,そのよい例証である.
パーソナルリカバリーの視点も,主体価値13)の成長を大切にしていくことで,ストレングスモデルと同様に,自身にとっても否定的であった自己に対して肯定的な自己価値観が生まれることによって,ディスアビリティが増殖しスティグマとしてのインペアメントが生成することを防ぐことができるだろう.
精神障害の場合,ディスアビリティやインペアメントの認識が周囲と当事者とで異なることが多く(メタ認知の障害であり,病識の不十分さととらえられる),そのこともディスアビリティの支援を難しくしているが,当事者が認識しやすいような精神障害の情報を伝える集団心理教育は,個別の担当者からの精神障害についての説明と合わせることで,自己の特性を客観視しやすくなる.自分の「トリセツ(取扱説明書)」の作成などがその例である.著者は,認知機能リハビリテーションの実施目的の1つとして,得意なこと・苦手なことを当事者が気づいていくところにおいている7).綾屋1)が繰り返し環境と自己の特性とのミスマッチを探求して公表しているように,個々の特性に沿った環境支援のあり方に支援者が目を向けるようになってほしい.著者は認知機能リハビリテーションの目標の1つを,「得意なことと苦手なことの理解」においており5),就職前のプログラムとして役立てている.
疾患ごとにディスアビリティを整理する医学モデルから離れて,社会モデルに沿って,マクロとミクロの環境との相互作用を個人ごとに把握していくことが重要である.そうでないと疾患によって画一的に能力の低さに合わせた業務を割りあてるなど,社会参加のあり方を周囲が決めてしまうことが起きてしまう.結果的に当事者に失望や挫折感をもたらし,早期の離職を招いてしまう.
例えば,統合失調症の陰性症状や気分障害の短期間での気分変動など,生物学的な要因が大きく,社会での活動に大きな影響をもたらすインペアメントに対しては,ディスアビリティとして固まってしまう前の合理的配慮が重要だろう.陰性症状への介入については拙著6)でふれたので参照してほしい.
おわりに
社会モデルのなかで,周囲の人々と障害をもつとされる人々とが同じ立ち位置で出会うことで,新たな生き方をともにめざしていく共同創造(co-production)が生まれる.支援する人・される人で立ち位置が違うと,支援する・される関係が上下関係に固定されてしまう.弱さを安心して公開できる,つまり失敗も許容される環境であることも大切である.「普通の社会生活」をめざすノーマライゼーションの考え方は,社会からの同調圧力ともなりうるので,「普通」にもさまざまな文化や生活様式があることが許容される必要がある.
21世紀の冒頭に「脳の世紀」として,精神障害の解明が期待された.まだ精神障害の本態の治療までには手が届かないが,精神障害の本態に届く治療が開発されてきたときに,「病気ではないけれどユニークな生き方をする人たち」が増える.そして新たな社会的価値を満たさない人たちが,新たなディスアビリティを背負うことになる可能性がある.科学技術の発展と比べると,物質的には豊かになったが,社会を動かす仕組みや抑圧的な性愛が行われやすい点では,大きな進展はないように思える22).「弱さ」や「周りと違うこと」を許容する,inclusiveな社会をどうしたら作ることができるか,さまざまな関係者と一緒に考えていきたい.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) 綾屋紗月: 診断の限界を乗り越えるために―ある自閉スペクトラム当事者の経験から―. 臨床心理学, 22 (1); 55-59, 2022
2) Bunt, D., van Kessel, R., Hoekstra, R. A., et al.: Quotas, and anti-discrimination policies relating to autism in the EU: scoping review and policy mapping in Germany, France, Netherlands, United Kingdom, Slovakia, Poland, and Romania. Autism Res, 13 (8); 1397-1417, 2020![]()
3) 蜂矢英彦: 精神障害論試論―精神科リハビリテーション現場からの提言―. 臨床精神医学, 10; 1653-1661, 1981
4) 星加良司: 障害とは何か―ディスアビリティの社会理論に向けて―. 生活書院, 東京, 2007
5) 池淵恵美: 統合失調症の社会機能をどのように測定するか. 精神経誌, 115 (6); 570-585, 2013
6) 池淵恵美: 「陰性症状」再考―統合失調症のリカバリーに向けて―. 精神経誌, 117 (3); 179-194, 2015
7) 池淵恵美: 統合失調症の認知機能リハビリテーション. 精神経誌, 120 (4); 313-320, 2018
8) 池淵恵美: こころの回復を支える精神障害リハビリテーション. 医学書院, 東京, 2019
9) 池淵恵美: 統合失調症の「病識」を再考する. 精神医学, 63 (3); 395-414, 2021
10) 池淵恵美: 自閉スペクトラム症の人への治療・支援―成人例に焦点をあてて―. 精神経誌, 125 (1); 14-26, 2023
11) 池淵恵美: 統合失調症の長期予後. 精神経誌, 125 (8); 657-669, 2023
12) 石尾絵美: 障害の社会モデルの理論と実践. 技術マネジメント研究, 7; 37-49, 2008
13) Kasai, K., Yagishita, S., Tanaka, S., et al.: Personalized values in life as point of interaction with the world: developmental/neurobehavioral basis and implications for psychiatry. PCN Rep, 1 (2); e12, 2022![]()
14) 熊谷晋一郎: 共同的な知の方法を求めて. こころの支援と社会モデル―トラウマインフォームドケア・組織変革・共同創造― (笠井清登, 熊谷晋一郎, 宮本有紀ほか編著). 金剛出版, 東京, p.213-223, 2023
15) 熊谷晋一郎: 社会モデル. 同書, p.224-240
16) 文部省: 学習障害児に対する指導について(報告). 1999 (https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/002.htm) (参照2023-11-01)
17) 永井順子: 精神障害の生活モデルとインペアメント―精神障害の社会モデルを展望して―. 北星学園大学社会福祉学部北星論集, 54; 49-66, 2017
18) 中村かれん著, 石原孝二, 河野哲也監訳: クレイジー・イン・ジャパン―べてるの家のエスノグラフィー―. 医学書院, 東京, 2014
19) 西倉実季: 公/私の境界を引き直す―個人的な経験を排除しない「障害の社会モデル」であるために―. 質的心理学フォーラム, 7; 58-65, 2015
20) 佐藤研一: 社会参加に困難のある統合失調症の人の後ろ向き実態調査―デイケア利用開始後20年以上にわたる経過―. 最新精神医学, 25 (4); 301-309, 2020
21) 篠宮紗和子: 学習障害(LD)はいかにして「中枢神経系の機能障害」となったか―障害の原因論選択の議論における生物医学モデルと障害の社会モデルのせめぎあい―. 教育社会学研究, 104; 193-214, 2019
22) 塩野七生: ギリシア人の物語I~III. 新潮社, 東京, 2015~2017
23) 杉野昭博: 障害学―理論形成と射程―. 東京大学出版会, 東京, 2007
24) 杉山有沙: 障害者差別禁止法理の形成と「障害」モデル―イギリス障害者差別禁止法(DDA)への障害者運動の影響を素材として―. 早稲田大学社学研論集, 16; 220-234, 2010
25) 上野一彦: 学習障害概念とその課題―心理学の立場から―. 発達障害研究, 17 (3); 173-179, 1995
26) 山口恵以子: 人生案内. 読売新聞全国版2023年10月16日朝刊
27) 谷中輝雄: 精神障害者とのかかわりから学んだこと. ソーシャルワーク研究, 8 (3); 189-195, 1982





