Advertisement第122回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第126巻第5号

特集 日本におけるハームリダクション―アディクション概念の広がりと啓発・予防・治療への応用―
ハームリダクションをベースにした治療
湯本 洋介
国立病院機構久里浜医療センター
精神神経学雑誌 126: 316-320, 2024
https://doi.org/10.57369/pnj.24-052

 ハームリダクションは,従来,公衆衛生の視点で議論されてきた実践であるが,日本の物質使用障害の臨床場面でもハームリダクションを取り入れる動きが高まりをみせている.ハームリダクションの枠組みで治療に生かせる取り組みを挙げると,支援者の脱スティグマ化,敷居の低い支援の提供,多様な回復プロセスの受容が挙げられる.一方で「ハームリダクション=減酒減薬」というイメージのみが先行すると,物質使用障害治療の原則として断酒断薬が最良の方向性であり,そこに向かう支援と努力は必要であるという点が見過ごされる懸念が生じる.ハームリダクションの普及を呼びかける際には,減酒減薬の方向性の受容のみに陥らず,物質使用障害の治療にとって本質的な要素を呼び起こす言葉として普及していくことが期待される.

索引用語:ハームリダクション, スティグマ, パーソナルリカバリー, 物質使用障害>

はじめに
 ハームリダクションは,公衆衛生や政策決定の枠組みで語られてきた取り組みであり,ハームリダクションに基づいた実践は世界で数多く行われている.一方,ハームリダクションという言葉は,日本の物質使用障害の臨床場面において頻繁に聞かれるようになってきている.従来は,公衆衛生や政策決定の枠組みで議論されてきたハームリダクションであるが,物質使用障害の臨床場面にハームリダクションという言葉が広がる必然性が,わが国でなぜ生じているのかについては明確にされていない.本稿ではハームリダクションを物質使用障害の治療の場で展開することの利点について,また,ハームリダクションのどのような要素を治療に活かすことができるかについて論じてみたい.

I.ハームリダクションの治療への応用
 日本では,ヘロインに代表されるオピオイド系薬物の使用,依存の報告は少なく,例えば,drug consumption roomsやメサドン維持療法などの仕組みなどの,他国で採用されているハームリダクションに基づくそれぞれの取り組みを,わが国でそのまま活用することは現実的ではないだろう.一方で,ハームリダクションの理念に基づいた,物質使用をする人々,また物質使用障害をもつ人々への対応は,日本の物質使用障害の治療に重要な気づきを与えてくれるものと考えられる.物質使用障害の治療に生かすことができるハームリダクションの特徴3点について以下に挙げる.

1.支援者の主観や偏見をなくし,支援につなげる
 まずはハームリダクションの理念の根幹である「支援者の主観や偏見(スティグマ)をなくし,健康支援・社会支援につなげる」という点である2).物質使用をする人々は,法的な責任を被ることへの恐れや,支援者からのスティグマや恥の感覚を植えつけられること,また,社会権利の剝奪に直面し,支援や治療を求めない傾向がある.ハームリダクションは,差別のないケアを提供することを基本としており,支援者側が差別や偏見から離れた姿勢でケアを提供し,健康支援・社会支援へのアクセスを構築する.ハームリダクションの観点からは,物質使用は「健康問題の1つ」であり,モラルや人格を正すための叱責や処罰よりも健康支援や社会支援の視点での介入につなげることが適切であるとされている2)
 支援者がもつ物質使用障害者へのスティグマについて,物質使用障害の治療の場面での身近な題材を取り上げたい.アルコール診療を行っている各医療機関へのアンケート調査(2017)で「アルコール依存症をもつ患者が酩酊した状態で受診した場合に診察に応じるかどうか」との質問に,「診察する」が40%,これに対して「アルコールが抜けてから診察を促す」と答えた医療機関が38%であった15).「アルコールが抜けてから診察を促す」と回答したなかには,面接が成り立たないほど酩酊している,または複雑酩酊などで問題行動がある場合も含まれている可能性はあるが,状態的に診察は成り立つけれども「酔っているから診ない」というスタンスで,まるで門前払いのようになっているケースも含まれていると推測する.診察にも酩酊して来ざるをえないようなアルコールが止まらない病的状態に対して,酩酊して診察に来るのは間違っていること,酔っているから受診は受け入れないとすることには,健康問題としての観点は不足していると考えざるをえない.支援者の姿勢として,物質使用障害をもつ人々にとって物質使用は起こりうることであるとの受け取め,物質を使用して診察に訪れた際にも,物質使用時の害を少なくする方法を提案することや,物質使用をしても支援をし続ける姿勢はハームリダクションの理念と一致する.

2.敷居の低い支援の提供
 もう1つは「敷居の低い支援の提供」である.敷居の低い支援の提供は,物質使用をゼロにすることを強要しない.その代わりに,現在物質を使用している人々に治療支援への参加を働きかけることが可能となる7).1980年代,スイスでは断薬が基本の薬物依存症治療システムが存在したが,このサービスにはすべての薬物使用者の20%も参加することができなかった.そのような状況を受けて,1990年代初頭,スイスは広範なハームリダクションアプローチのもと,断薬が絶対ではない敷居の低い統合された支援システムとして,依存症や健康面,また,住居や雇用面へのサポートも盛り込んだ仕組みを開発した.今日では,現在の薬物使用者の65%以上が何らかの形での薬物使用の治療を受け,残りの人々は注射針シリンジ交換や管理下の薬物使用環境などの他のハームリダクションサービスとコンタクトをもち,支援を受ける人々をより広範囲に受け入れることが実現している2)
 敷居の低い支援の提供の重要性については,物質使用障害をもつ人々の治療ギャップの問題がある.アルコールを例にとれば,アルコール問題で医療にかかる人口の少なさは,日本でも世界各国と同水準で指摘されている.日本では,アルコール依存症の生涯有病者数は54万人と推計されているが5),その一方で,医療機関にかかっているアルコール依存症者数は厚生労働省患者調査(2017)によれば1万3,000人程度であり,アルコール依存症の診断基準にあてはまるが,医療機関にかかっていない人口は相当数いると言われている.治療ギャップについては世界的にみても同じ傾向が指摘されている.WHOの調査による欧州地域での治療ギャップを例に示すと,疾患の治療を必要としながらも治療を受けていない人の割合は,アルコール乱用/依存症で92%に上り,他の精神疾患と比較しても高率であると言える6).受診率が低い理由については,医療機関を受診すると「アルコール依存症であるとレッテルを貼られる」「断酒させられる」というイメージがつきまとい,これらのネガティブなイメージが医療機関を受診することから人々を遠ざけていると言われている8).これらの要因より,断酒一辺倒での対応は,まだ断酒を決意することができていないアルコール依存症をもつ人々が医療支援にかかわることを躊躇させ,排除されてしまう状況をつくりだしていると言える.
 敷居の低い支援の提供は,すでに日本の物質使用障害の治療の場でも焦点があてられている.2018年に日本で出版された『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』のアルコール依存症の治療目標に関する推奨事項によれば,「重症のアルコール依存症や,明確な身体的・精神的合併症を有する場合,または,深刻な家族・社会的問題を有する場合には,治療目標は断酒とすべきである」「上記のようなケースであっても,患者が断酒に応じない場合には,まず説得を試みる.もし,説得がうまくいかない場合でも,そのために治療からドロップアウトする事態は避ける.一つの選択肢として,まず飲酒量低減を目標として,うまくいかなければ断酒に切り替える方法もある」10)との記載が新たに追加され,断酒を決意していなくとも患者とかかわる姿勢が示されている.このように,物質使用障害をもつ人々の断酒断薬は原則として最良としつつも,治療介入の敷居は下げておくという支援者側の姿勢はハームリダクションの理念にも重なり,日常臨床の場面で活用可能である.

3.多様な回復プロセスの受容
 ハームリダクションは,物質使用障害をもつ人々の多様な回復(リカバリー)プロセスを受容する.物質使用障害のリカバリーの定義の議論は,例えば,1994年のAmerican Society of Addiction Medicineによれば,Biological(生物学的),Psychological(心理的),Social(社会的),Spiritual(スピリチュアル),それぞれの面での機能の安定が回復の要素として挙げられている.以降,リカバリーの概念は発展し,リカバリーは個人的(パーソナル)なものであり,症状の緩和や社会機能の向上のみがリカバリーではない,というパーソナルリカバリーの考え方が提示され,多様な回復プロセスが存在することが認められている.
 米国連邦保健省薬物依存精神保健サービス部(Substance Abuse and Mental Health Services Administration:SAMHSA)が物質使用障害をもつ当事者らと一緒に作成したパンフレットには,パーソナルリカバリーの基本理念として10の指針が挙げられている.それは「当事者主導」「多様な生き方」「生活全般」「仲間の支え」「関係性」「文化」「トラウマへの対処」「長所と責任」「敬意」「希望」が示されており12),リカバリーの要素は当事者によってさまざまであることがうかがい知れる.パーソナルリカバリーの特徴として,リカバリーの内容や目標のあり方は多様であること9),リカバリーのプロセスも右肩上がりの直線ではなくペースもさまざまであること1),支援者や専門家の助けを必要とする場合と必要としない場合があること13)などが挙げられ,何が自身のパーソナルリカバリーであるかについて最もよく判断できるのは当事者本人であり,その内容も個人で大きく異なる4)11)ことが受け入れられている.
 ハームリダクションの理念は,断酒断薬の決意がまだない人にも回復支援を行うため,多様な回復プロセスを受容するパーソナルリカバリーの概念とも一致する.臨床場面でも断酒断薬の段階でなくても,当事者が回復を実感しているケースを経験する.このように,新たな回復プロセスのあり方を物質使用障害の治療の場にもち込むとき,ハームリダクションの理念がそれを具現化すると言える.

II.ハームリダクションがどう扱われているか
 ハームリダクションを日本の物質使用障害の治療に適用する利点について述べてきた.その利点とは,「支援者の脱スティグマ化」「敷居の低い支援の提供」「多様な回復のプロセスの受容」を促す効果である.
 一方で,現在,治療の文脈で語られるハームリダクションはどのように用いられているかについて確認したい.ハームリダクションという言葉はわが国でも一定の市民権を得ていると思われるが,それが表現するものは「減酒減薬」とイコールで捉えられているのではないかという懸念がある.
 ハームリダクションの取り組みとして,減酒の効果を取り上げた論文は数多く存在する.ハームリダクションアプローチのなかで,個人のアルコール使用の減少が健康被害を減らすことについて調べたシステマティックレビュー3)などがそれに該当するが,ハームリダクションという表現を用いながら,減酒の効果の検証がなされている.また,2020年に日本で発表された『肝硬変診療ガイドライン』でもハームリダクションを用いた記載があり,「アルコール性肝硬変について禁酒以外の治療法はあるか?」というトピックに対して,アルコール消費量を減らすハームリダクションが提案されるが,肝硬変のある患者への有効性はさらなる検証がなされるべきである14)とある.消化器内科の分野でもハームリダクションが紹介されている一方で,ハームリダクション=減酒として提示されているように思われる.
 もちろん,アルコール使用障害をもつ人々に対しての減酒アプローチは,治療の敷居を下げることに役立ち,ハームリダクションの実践に含まれる.しかし,ハームリダクションを減酒減薬とイコール,かつ減酒減薬の推奨と捉えると,その本質が失われてしまうことが危惧される.その結果,ハームリダクションが,減酒減薬を手放しで容認する新しい治療スタイルであるというように認識された場合,「物質使用障害の最良の治療ゴールは物質使用のない状態の達成維持であって15),その状態をめざす努力は治療の場で充分に発揮されなければならない」という原則が揺らぐ危険を感じさせる.
 では,ハームリダクションという言葉をどう普及していくことが適切かを考える.現状流通しているハームリダクションが減酒減薬の選択肢提示のみのイメージが先行していることに対して,それだけではなく,物質使用障害治療に重要な要素である「脱スティグマ化」「敷居の低い支援の提供」「多様な回復プロセスの受容」など,従来,公衆衛生の場面で扱われてきたハームリダクションの理念の部分を併せて提示することが重要であると考える.これらの要素は,日本の物質使用障害の治療の場において大切にされるべき態度と重なる.物質使用障害をもつ当事者が傷つけられることなく治療にアクセスし,自己決定が尊重されるという,治療を求める人々に対して当然の対応がなされることに,ハームリダクションの理念は重要な役割を果たすだろう.

おわりに
 ハームリダクションを治療の場でどのように扱うかについて論じた.ハームリダクションとは,断酒断薬に向かう治療を柱にしつつも,「支援者の脱スティグマ化」「敷居の低い支援の提供」「多様な回復プロセスの受容」といった要素を治療の場面で広めていくことに有用な表現である.ハームリダクションという言葉はすでに広く認知されているため,これを利用しながらも,減酒減薬推奨論のみではなく,より本質的な意味で物質使用障害の治療に重要な要素を含む表現理念として広まることを期待する.

 編  注:本特集は第118回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに宮田久嗣(医療法人光生会平川病院)を代表として企画された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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4) 後藤雅博: 〈リカバリー〉と〈リカバリー概念〉. 精神科臨床サービス, 10 (4); 440-445, 2010

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10) 新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン作成委員会監: 樋口 進, 齋藤利和ほか編: 新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン. 新興医学出版社, 東京, 2018

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12) Substance Abuse and Mental Health Services Administration (SAMHSA): SAMHSA's Working Definition of Recovery (https://store.samhsa.gov/sites/default/files/pep12-recdef.pdf) (参照2024-02-15)

13) 山口創生, 松長麻美, 堀尾奈都記: 重度精神疾患におけるパーソナル・リカバリーに関連する長期アウトカムとは何か? 精神保健研究, 62; 15-20, 2016

14) Yoshiji, H., Nagoshi, S., Akahane, T., et al.: Evidence-based clinical practice guidelines for liver cirrhosis 2020. Hepatol Res, 51 (7); 725-749, 2021
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15) 湯本洋介: アルコール依存症の治療・社会復帰に関する社会資源情報の作成. 平成28年度厚生労働科学研究費補助金「アルコール依存症に対する総合的な医療の提供に関する研究」(研究代表者: 樋口 進). 分担研究報告書, 2017

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