電気けいれん療法(ECT)は,重度のうつ病,躁病,緊張病などの重篤な精神疾患に対して適応となり,事前の身体合併症の評価を適切に行えば安全で効果的な治療法である.しかし,このような重篤な精神疾患に罹患している患者は,病状やそれに伴う身体拘束などにより,身体活動量の低下,食事水分の摂取不足をきたすこともめずらしくなく,深部静脈血栓症(DVT)発症のハイリスク者であることが少なくない.実際,緊張病患者におけるDVTの発症率は25.3%と報告されており,重篤な精神疾患に罹病している患者におけるDVTの予防・診断・治療は生命予後に影響を与えうる臨床上大変重要な問題であるといえる.長年にわたりワーファリンは抗凝固療法の第一選択薬として使用されてきたが,ワーファリンは最適な維持量を決定するまでの調整に時間を要し,食事での相互作用に配慮が必要となるなど,精神科医が自らの判断で使用を開始することについてはためらいを感じることも少なくなかったと思われる.しかし,近年新規の直接経口抗凝固薬(DOACs)として,ダビガトラン,リバーロキサバン,アピキサバン,エドキサバンの4種類の薬剤が登場し,血栓塞栓症のリスクを有する心房細動患者を対象とした試験において,いずれもワーファリンに対して非劣性を示すなど,ワーファリンと同等以上の有効性が示されている.さらに重要なことは,これらのDOACsはワーファリンに比べ,頭蓋内出血などの出血リスクが低いことから,ECTの際のDVT治療薬として非常に魅力的な選択肢と考えられる.今回,われわれは当院での治療経験を踏まえ,DVTや肺塞栓症の治療のためにDOACsを服用しているケースへのECT施行について文献的なレビューを行った.
深部静脈血栓症に対する経口抗凝固療法施行中の電気けいれん療法―自施設での8例の経験症例を踏まえて―
山梨大学医学部精神神経医学講座
精神神経学雑誌
126:
812-818, 2024
https://doi.org/10.57369/pnj.24-131
https://doi.org/10.57369/pnj.24-131
<索引用語:電気けいれん療法, 深部静脈血栓症, 肺塞栓症, 直接経口抗凝固薬, 重症精神障害>