Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第126巻第10号

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特集 一般診療に活かす各種精神療法―学派を超えた通院精神療法の在り方―
森田療法に立脚した「通院精神療法」―初診から終結までの診療のポイント―
中村 敬
東京慈恵会医科大学森田療法センター
精神神経学雑誌 126: 671-677, 2024
https://doi.org/10.57369/pnj.24-108

 日本においては,精神科の一般外来で患者一人の診療に費やすことができる時間は,初診時を除いて通常5~10分間程度だろう.本稿では,そのような時間的制約下で行う,森田療法に立脚した「通院精神療法」を紹介した.その基本的観点は,患者自身に潜在する自然治癒力(レジリエンス)の活性化に主眼をおくことである.初診時には,森田療法的アプローチへの導入として,患者の抱える不安とよりよく生きようとする欲望(生の欲望)が表裏の関係にあること,不安や症状を排除しようとする努力がかえって悪循環を招いてきたことに理解を促す.そして症状除去ではなく,悪循環から脱して生活を立て直すことが治療の目標となることを患者と共有する.また,回復を促す布石として,患者の症状への対処の仕方や希求している生活のイメージなども押さえておく.2回目以降の診療では,患者が自らの生の欲望にしたがって徐々に建設的な行動を広げていくよう援助することが主軸になる.そのポイントは,(i)症状の話には区切りをつける,(ii)患者の生活に目を向ける.その際には病理的パターンを剔出することより,ささやかであれ肯定的な変化を見出すことに重点をおく,(iii)行動について具体的な助言を与える,(iv)回復の妨げになるような悪循環を明らかにする,(v)投薬を精神療法的な対話の手がかりにする,などである.これらの作業は,限られた時間のなかではしばしばワンポイントアドバイス的になるだろう.治療の終結に際しては,症状を巡る悪循環からどのように脱したかを再確認する,発症前の生活スタイルを吟味する,薬の漸減中止に伴う不安を扱う,などのことがポイントになる.

索引用語:精神療法, 通院精神療法, 森田療法, レジリエンス, 不安>

はじめに
 日本における精神科の一般診療では,患者一人あたりに割くことのできる時間は初診を除いて平均5~10分間程度だろう.そのような時間的制約下で,実効性のある「通院精神療法」とはどのようなものだろうか.
 本稿では著者の提唱する「通院精神療法」について,不安症や強迫症群を念頭に,初診から終結までのポイントを紹介したい.その立脚点は森田療法だが,実施にあたる医師は必ずしもこの療法の専門的なトレーニングを要するわけではない.以下に述べる基本的観点が共有されるなら,一定の臨床経験を有する精神科医が実施することは十分可能だと思われる.

I.基本的観点
 精神分析的精神療法,認知行動療法,森田療法などの定型的な精神療法では,1回のセッションに短くても30分,通常は50分~1時間程度の枠が想定されている.このような定型的精神療法を日常診療において実施することは時間的にほぼ不可能である.
 ところで,こうした定型的な精神療法は,対象の精神病理に関する独自の病因仮説を有し,病因に変化を及ぼす(はずの)技法が系統的に適用される.しかし,精神療法のすべてが,必ずしも病因の変化をめざさなければならないわけではない.Schulte, W. は次のように述べている.「病気に〔なる(陥る)Hineingeraten〕際の問題と,病気から〔なおる(ぬけでる)Herausgeraten〕際の問題とは同じであってもかまわないだろうが同じでなければならないということではない」10).病因的なプロセスを遡ることだけが,回復の手立てではないということである.そうであれば,病因論に束縛されることなく,種々の要因の連鎖として生ずる回復過程に精神療法の根拠をおいても差し支えないだろう.このような精神療法の特徴は,自然治癒力(レジリエンス)を妨げずに活性化していくことを基本に据えるところにある.そのためには,回復の発動条件や促進因子を強化するとともに,回復の阻害因子を除去ないし軽減することが必要になる6)
 このようなレジリエンスに基づく精神療法の観点を先取りしていたのが森田療法の創始者である森田正馬であった.「凡そ病の療法は此自然良能(=自然治癒力,著者追記)を幇助して,之を発揮増進せしめ,以て常態に復せしめ,更に進んで病に対する抵抗力を益々増進せしむるにある」1).森田は自らの不安症体験を経て,「両面観」と呼ばれるような人間心理の理解に達した.そもそも不安とその根源にある死の恐怖は私たちにとって避けがたく普遍的な感情であり,その裏にはよりよく生きたいという,人間本来の生の欲望が存在する.例えば病気に対する恐れの裏には健康への希求があるように,不安と生の欲望は表裏一体の関係として理解される.にもかかわらず,不安症や強迫症の患者は,自己の不安を排除することに注力する結果,かえって不安が増幅していくというパラドックスに陥っている2).言い換えれば,自己がよりよく生きたいという欲望に駆られて,自らの感情をコントロールしようと努めた挙句,自縄自縛に陥るという悪循環が認められるのである.例えば,パニック症の患者は,注意と身体感覚の悪循環(精神交互作用)によって不安がエスカレートしていき,また,強迫症の患者は「万が一の不安」を打ち消そうとする結果,かえって不全感を募らせていく.こうした悪循環(とらわれ)から患者が脱却する方途は,不安や症状を排除しようとするはからいをやめて「あるがまま」にしておくとともに,不安の裏にある生の欲望(向上発展の希求)を建設的な行動の形で実生活に発揮していくことである2)
 不安のままに日々の生活を充実させていくこと,患者がそのような方向に転じるとき,悪循環(とらわれ)から離れ,レジリエンスが発動してくる.それを援助することが,森田療法に立脚した「通院精神療法」の基本的観点に他ならない.

II.初診時のポイント
 多くの医療機関では,初診に先立ち患者や家族に問診票に記入してもらっている.コメディカルスタッフが予診をとる施設もあると聞く.こうした効率化の工夫がなされているとしても,医師の初診が15分間程度で済むとは思えない.したがって,初診に限っては「通院精神療法(30分以上)」を想定しておくことにする.

1.森田療法への導入として触れておくべきこと5)
1)不安と欲望は表裏一体である
 「不安と欲望は心の両面であり,切っても切り離せないものですね」といった表現で,先に述べた両面観を提示しておく.例えば人前での緊張が相手に察知され,「変に思われないか」という不安を訴える患者には,その裏に「良く思われたい,認められたい」という欲望があることを指摘し,両者が表裏一体であることに理解を促すのである.
2)「はからい」と「とらわれ」の悪循環を明確にする
 ここでいう「はからい」とは,不安をコントロールしようとする行為を指す.1例として,加害的な強迫観念に悩む患者には,「そんなことを考えてはならないと思って打ち消そうとすればするほど,ますますこうした考えがつのってきませんでしたか」と尋ねてみる.
3)治療目標を確認する
 上記のような悪循環に理解が得られたら,症状除去ではなく,とらわれから脱して生活を立て直すことを治療の目標として患者と共有する.

2.回復を促すための布石を打つ
1)病歴を聴取する際に
 病歴を聴取するには通常,主訴を同定し,その起始(初発状況)と経過を辿っていくだろう.その際,「(主訴に対して)どのように解決しようとしてきましたか?」といった問いを向け,症状を患者自身がどう受け止め,どう対処してきたのかという点も尋ねておくようにしたい.同一の症状であっても,自己にとっての異物と見なし,医師の手によってそれが除去されることを求めるといった受動的対処から,自己の内なる問題(弱点)として受け止め,修養や鍛錬によって乗り越えようとする能動的対処まで,受け止め方と対処の仕方には患者によってかなりの隔たりがありうる.それゆえ,患者のパターンを知ることは,今回の治療に何を期待しているのか―よく効く薬を処方してほしいのか,あるいは症状をコントロールできるような手立てを身につけたいのか―を推察する手がかりになる8).さらには,それらのパターンから今後の治療的課題も浮かび上がってくる.専ら受動的対処に頼ってきた患者には,行動や生活を変化させるような患者自身の取り組みが必要とされるだろう.他方,症状をコントロールすることに力を尽くしてきた患者の場合,そのようなコントロールの試みが,逆に症状をめぐる悪循環に帰結していたかもしれないのである.
2)生活歴を聴取する際に
 患者がこれまでの生活のなかで何を大切にし(価値をおき),どのようなことを望んできたのかに目を向けるようにしたい.そこには患者の回復に向かう力が潜在しているかもしれないからである.「たとえば対人緊張の患者が自尊感情を回復する起死回生の策として,特定の資格試験を受験し続けてきたとしよう.ことによるとその資格は患者の能力からすると実現性に乏しく,また受験勉強に自分を封じ込めることによって益々社会関係から孤立する結果を招いてきたかも知れない.それでも困難を自力で挽回しようとする傾向は,ひとたび軌道修正がなされれば今後の回復を促す原動力になるかも知れないのである」8)
3)現症を確認した後に
 現症まで聴き終えたところで,回復の布石として次の質問を補っておきたい.「症状がよくなったら,どんな生活を送りたいですか?」.症状改善後の生活に対する患者の希求に医師が耳を傾け,それを肯定的に受け止めることは良好な治療関係をもたらし,治療に対するモチベーションを高めることにつながるはずである.
4)診立てを伝える際に
 一通りの問診を終えた後,医師は患者に診立てを伝えるだろう.その際には診断名の告知だけでなく,医師が患者の抱える問題をどう理解したかを要約して示すようにしたい.診立ての説明にあたっては「今日お話を伺った限りでは,人前で緊張して思うように話せず,仕事に支障が出てきたということですね? 緊張しないようにと努力すればするほど,一層緊張がひどくなってきたのでしたね? 症状を治して積極的に発言したい,同僚とも気楽に話をしたいと望んで受診されたのですね?」というように,疑問形で提示することがポイントである.そうすることによって,患者の同意が得られるかどうかを確かめていくのである8).そして診立てを伝えた後には,「間違っているところや,抜けていることはありませんか?」と尋ね,患者に追加や訂正を求めることも忘れてはならない.このような配慮は,今後の治療を患者との共同作業として進めていく姿勢を示すことである.この点は森田療法以外の精神療法家も重視しているところであろう.

III.2回目以降の診察のポイント
 2回目以降の診察は通常5~10分間程度,「通院精神療法(5分以上30分未満)」の算定を念頭においたものである.森田療法に立脚した通院精神療法,すなわちレジリエンスを助長していくことに主眼をおいた診療では,患者が自らの生の欲望にしたがって,徐々に建設的な行動を広げていくよう援助することが主軸になる.ただし,限られた診察時間のなかでは,しばしばワンポイントアドバイス的なものになるだろう9)

1.症状の話には区切りをつける
 不安症や強迫症の患者が不安や症状を綿々と訴え続けるうちに,みるみる診察時間が経過してしまうことが起こりがちである.そのような事態を避けるためには,訴えに共感を寄せつつも,治療者が了解していることを簡潔に伝えて,症状の話題はなるべく数分以内に区切りをつけるようにしたい.1つの方策は比喩を活用することである.例えばほとんど毎日不安が続いたと訴える患者に対して「大変でしたね.この2週間は雨模様だったのですね」というように.このコメントには,天気=気分,雨=不安という比喩によって,気分は常に変化するものであり,不安(雨)が続いていたとしても永続することはないという事実が暗示されている.治療者と患者との間でこうした比喩が共有されるようになると,やがては患者のほうから「前回からは晴れたり曇ったりでした」というように自ら比喩的に症状の経過を報告することもあり,症状の話は簡単なやりとりで終了するようになる.

2.患者の日常生活に目を向ける
 森田療法に立脚した「通院精神療法」において最も重要なポイントは,対話の焦点を次第に症状から患者の日々の生活へとシフトしていくことである.そのためには「(前回以降)どのような生活を送っていましたか?」といった質問によって,医師が積極的に患者の生活に関心を向けることがなくてはならない.なるべくならこの話題に診療時間の多く(できれば5分以上)を用いたいところである.ただし,時間の制約上,1回の面接で取り上げることができる生活上のエピソードは1つか,せいぜい2つまでだろう.時によっては「不安が強くて仕事の約束をキャンセルした」といった患者の回避行動を取り上げ,直面化を図るセッションもありうる.とはいえ,どちらかというと患者の病理的パターンの剔出より,ささやかであれポジティブな行動に焦点をあてたほうが治療的変化につながりやすい9).肯定的な変化の萌芽に医師が着目し,それを後づけることが患者のさらなるレジリエンスの発露につながりうるからである.そして,患者の報告から建設的な方向への行動変化が見出されたときには,医師がそれを肯定的に照らし返すことが重要である.例えば,今まで避けていた一人での買い物に出かけたことが報告されたなら,「すごい!」「やりましたね!」といった言葉を返すというように.こうした医師の支持と承認は,患者をさらなる建設的な行動へと後押しする効果をもたらす.それは患者の自己効力感を高めることに重点をおくかかわりだと言ってもよい.また,行動を起こす前の気持ちと終えてからの気持ちを振り返り,気分や感情が自ずから変化していることにも注意を促しておきたい.

3.行動について具体的な助言を与える
 建設的な行動を広げるため,患者自身に次の診察までに実行可能な課題を設けるよう促してもよい.行動の課題には,不安のため避けていた行動(会議に出席する,電車に乗るなど)も含めたほうがよいが,そればかりに限る必要はない.多くの場合,患者は不安がなくなってから本来やりたかったことに着手しようと考え,結局は先延ばしにしてきた.例えば,新しい洋服を買いに出かけるなど,不安との闘いにかまけて締め出してきた患者の希求を,不安を抱えつつ実現していくよう奨励するのである.このようにして患者の希求を幅広く行動に結び付け,生活全体を充実させるように導くことが森田療法の流儀である5)
 ところで患者によっては行動に踏み出すため,より具体的な助言を必要とする場合がある.例えば,雑談の場面を恐れる社交不安症の患者には,「話し上手より聞き上手を心がけるように」と助言する.そのような患者は,気の利いた話をしなければならないという思いにとらわれ,会話の間,次に何を話そうかと考えているばかりで相手の話をよく聞いておらず,結果として間の悪い話しぶりになりやすい.「聞き上手」を心がけて相手の話に耳を傾ければ,注意が自己自身にとらわれていた状態から自然に脱することができる.
 また,強迫的・完全主義的傾向のために行動の停滞や不決断に陥りやすい患者には,「目前のことにすっと手を出していきましょう」「次の行動にすばやく転換するように」「全か無かではなく,ほどほどのやり方を探ってみましょう」と助言することも多い9)

4.回復の妨げになる悪循環を扱う
 不安を除去しようとすればするほど,ますます不安や症状が増強する悪循環は,不安症や強迫症に共通する症状発展機制だといえる.パニック症や全般不安症の患者は,自分の体調に絶えず注意を向けることで,軽微な身体感覚にも過敏に反応して不安を募らせるようになる.また,人前で緊張しないように努める社交不安症の患者は,一層自己の状態を鋭く意識するようになる.このように,不安症や強迫症の患者はさまざまな場面で上記のような悪循環に陥るため,それが見いだされるたびに話題に取り上げ,繰り返し指摘する必要がある.そして自らの悪循環が自覚されたなら,「すぐに不安を打ち消そうとせず,どのように変化していくかを見届けてください」といった提案をしてみる.パニック症の患者が,時間が経てばパニック発作は自然に消褪することを体験的に納得できたとしたら,治療目標の半分は達成できたと言っても過言ではない.
 さらに,患者の生活を損なうのが症状に対する予期不安と回避行動である.例えば,電車内でパニック発作を繰り返した人が,電車に乗る予定の日がくると,発作に対する予期不安→パニックの始まりと早合点→外出を回避するというように.あるいは,社交不安症の人が,発言が予定されている会議の前に,予期不安→緊張の自覚と失敗の恐れ→会議を欠席するというようにである.こうした人々に対しては,予期不安が「健康と安全の希求」「成功と承認の希求」の裏返しであり,あってはならない症状とは異なることを明言する必要がある.そして「病気を恐れて病人の生活に陥ってはいませんか?」「失敗を恐れて成功の機会を逸してはいませんか?」という問いを投げかけ,予期不安→回避行動によって,望むこととは逆の事態がもたらされていることに気づいてもらうのである.

5.投薬を精神療法的な対話の手がかりにする
 不安症や強迫症の治療では薬物療法を実施することが一般的である.その際は,患者が受け身の対象におかれるだけでなく,治療に主体的に関与できるよう配慮したい.そもそも薬物以外に治療的選択肢があるなら,薬物を用いるかどうかは患者に選択を委ねるべきである.患者が服薬することを主体的に選び取ったのであれば,これからの薬物療法に高いアドヒアランスも期待できるだろう.
 誰しも薬を飲み続けることに対して多少の不安を覚えるものだが,とりわけ不安症群の患者ではそれが先鋭な形で現れやすい3).彼ら/彼女らは人一倍,副作用や依存性への懸念,後ろめたさ,潜在的無力感,自律性を失う恐れなどを抱きやすいのである.こうした服薬に伴う患者の心理をわきまえ,投薬に際しては次のような「ことばの処方」を補う必要がある6)7)
1)「薬は生活を立て直すための補助手段です」
 投薬に際して患者は受身の立場におかれる.つまり,薬という外的な手段に不安の解決を委ねることになるため,薬物なしでは無力感に陥りやすいのである.こうした無力感を克服するためには,「生活を立て直そうとするご自身の取り組みが回復に向かう一番の原動力です.薬はそれを後押しする役割です」というように,当初から薬物の位置づけを明確にしておくことが鍵になる4).このことには,将来の減薬中止を念頭に置いた布石という意味合いもある.
2)「薬には不安を軽減する働きがあります」
 患者や治療者が,薬物に万能的な期待を抱いて不安を完全に除去することをめざすと,際限ない増量や処方変更を招くリスクになる.そこで薬物には,折り合える程度に不安を軽減する効果が期待できることを説明するのが現実的である.
3)「薬によって起こることの多い副作用を説明しておきます」
 患者は薬物の副作用に不安を抱きやすいため,現実に起こりうる副作用と非現実的な不安とを区別しておく必要がある.その際,起こりうる副作用を事細かに伝えては患者の不安を賦活する可能性があるので,頻度の高い副作用について大づかみに説明するほうがよかろう.
4)「服薬についての心配があれば,いつでもおっしゃってください」
 不安症の患者は,先にも述べたように,薬によって不安を取り除きたいと願う反面,服薬の弊害に対して強い懸念を抱くといったアンビバレンスに陥りやすい.それゆえ,医師はそのような不安を承認し,薬に対して懸念や疑問が生じたら診察場面でオープンに話し合うことを患者に保証すべきである.
5)服薬を巡る心理を取り上げる
 例えば,服薬へのためらいを「石橋を叩いてみる」ことになぞらえ,「石橋を叩いて渡らないことがこれまでのパターンではありませんでしたか?」と問いかけることによって,薬を巡る葛藤と日頃の行動パターンとに共通する自家撞着のスタイルに自覚を促す.ここでは「叩いた後には橋を渡る」ことが,服薬することと回避していた状況に踏み込むことの二重の隠喩になる3)

IV.治療終結時のポイント
 治療の終結を考慮するタイミングとしては症状が改善していることが必要条件だが,終結の十分条件は患者の行動が広がり,生活が立て直されることである.終結の時期が近づいたことを患者と共有したなら,まとめの作業として以下の点を振り返っておくことが望ましい9)

1.症状を巡る悪循環からどのように脱したかを再確認する
 不安症の治療では,必要に迫られ,やむにやまれず行動に踏み出したことが悪循環から脱するきっかけになったという場合が少なくない.そこで,まとめの作業においては,患者に「どんなきっかけで改善に向かい始めたのか,もう一度振り返っておきましょう」と呼びかけ,治療的変化が生じた契機を再確認する.将来,不安や症状が再燃したとしても,以前に回復した契機を想起できれば,悪循環の深みにはまらず脱出できるかもしれないからである.

2.発症前の生活スタイルを吟味する
 不安症や強迫症の患者は,症状が顕在化する以前から過度の完全主義や強迫的スタイルのために関与する領域が狭小化していたり,予測の難しい状況や行動を回避するといったスタイルがみられることが少なくない.また,相手の期待に合わせて振る舞うことにのみ目を奪われて一種の過剰適応に陥り,自分は本当に何がしたいのかを忘却している人もいる.こうした患者の生き方を取り上げて発症とのかかわりを吟味しておくのである.患者が自らの生活スタイルを多少なりとも修正できるよう援助することが終結のテーマになる.

3.薬の漸減中止に伴う不安を扱う
 不安症の症状は,投薬の中止によって高率に再燃することが知られている.行動や生活を立て直すために主体的に取り組んできた患者であっても,やはり服薬の中止はしばしば不安や症状の揺らぎをもたらすものである.このため,薬物療法を終結する場合には,一時的な不安(症状)の再燃は起こりうることであり,また,起こっても差し支えないと伝えておくことが望ましい.「これからも時には曇ったり雨が降ったりすることもあるでしょう」といった天気の比喩がここでも役に立つ.通り雨=不安(症状)の再燃時にはどのような対処をするか,あらかじめ患者と打ち合わせておくのである.例えば,手持ちの薬を頓用する,あるいはすぐに服薬を再開せずしばらく待ってみる,不安のまま普段の行動に着手していくといった対処が考えられよう.

おわりに
 精神科の一般外来において,患者一人の診療に費やすことができる時間は,通常5~10分間程度であろう.本稿では,そのような時間的制約下で行う,森田療法に立脚した「通院精神療法」を紹介した.
 初診時には森田療法的アプローチへの導入として,患者の抱える不安とよりよく生きようとする欲望(生の欲望)が表裏の関係にあること,不安や症状を排除しようとする努力がかえって悪循環を招いてきたことに理解を促す.症状除去ではなく,悪循環から脱して生活を立て直すことが治療の目標となることを明示する.また,回復を促す布石として,患者の症状への対処の仕方や希求している生活のイメージなども押さえておく.
 2回目以降の診療では,患者が自らの生の欲望にしたがって,徐々に建設的な行動を広げていくよう援助することが主軸になる.そのポイントは,(i)症状の話には区切りをつける,(ii)患者の生活に目を向ける.その際には病理的パターンの剔出より,ささやかであれ肯定的な変化を見出すことに重点をおく,(iii)行動について具体的な助言を与える,(iv)回復の妨げになるような悪循環を明らかにする,(v)投薬を精神療法的な対話の手がかりにする,などである.これらの作業は,限られた時間のなかではしばしばワンポイントアドバイス的になるだろう.
 そして,治療の終結に際しては,症状を巡る悪循環からどのように脱したかを再確認する,発症前の生活スタイルを吟味する,薬の漸減中止に伴う不安を扱う,などがポイントになる.
 森田療法に立脚した「通院精神療法」とは,患者自身に潜在する自然治癒力(レジリエンス)の活性化を主眼にしたものであることを再度銘記して,稿を終えることにしたい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 編  注:本特集は第119回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに池田暁史(大正大学)を代表として企画された.

文献

1) 森田正馬: 精神療法の基礎. 森田正馬全集1. 白揚社, 東京, p.152-171, 1974

2) 中村 敬: 森田療法. 精神療法 (岩崎徹也, 小出浩之編, 臨床精神医学講座15). 中山書店, 東京, p.117-134, 1999

3) 中村 敬: 服薬に不安の強い患者への対応. 精神科臨床サービス, 2 (4); 494-496, 2002

4) 中村 敬: 精神療法のポイント. パニック障害治療のストラテジー (上島国利, 中根允文編). 先端医学社, 東京, p.118-128, 2002

5) 中村 敬, 北西憲二, 丸山 晋: 外来森田療法のガイドライン. 日本森田療法学会雑誌, 20 (1); 91-103, 2009

6) 中村 敬: 精神療法にできないこと, できること. 臨床精神病理, 35 (1); 39-46, 2014

7) 中村 敬: 薬物療法に与える影響を知る. 臨床医のための精神科面接の基本 (日本精神神経学会精神療法委員会編). 新興医学出版社, 東京, p.63-75, 2015

8) 同書. p.102-111

9) 中村 敬: 不安症群の患者に対する精神療法的アプローチ. 日常診療における精神療法―10分間で何ができるか― (中村 敬, 星和書店, 東京, p.85-97, 2016

10) Schulte, W.: Studien zur heutigen Psychotherapie. Quelle & Meyer, Wiesbaden, 1964 (飯田 眞, 中井久夫訳: 精神療法研究. 岩崎学術出版社, 東京, 1994)

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