Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第125巻第8号

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特集 精神障がい者の就労支援はどうあるべきか―IPS個別就労支援からの学び―
IPS研究の最前線―Individual Placement and Supportの効果に関する系統的レビューのミニレビュー―
山口 創生, 五十嵐 百花
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所地域精神保健・法制度研究部
精神神経学雑誌 125: 677-687, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-096

 個別就労支援モデル(Individual Placement and Support:IPS)は,精神障害当事者(以下,当事者)に対する効果的な就労支援として国際的に認知される実践モデルである.本稿は,IPSの効果に関する系統的レビューを概観し,国際的知見を紹介することを目的とした.就労率,就労期間,生活の質,機能,精神症状についてメタ解析を実施した系統的レビュー論文を対象とした.検索の結果,12レビュー論文が本稿の対象となった.メタ解析の結果を要約すると,IPSは他の就労支援と比較して高い就労率や長い就労期間と有意に関連しており,特に重度精神障害の当事者に対して効果量が大きい傾向にあった.他方,生活の質や精神症状などの非職業的アウトカムについて,IPSの効果を認めたレビュー論文はなかった.IPSの普及に向けて,より効果的な対象者の特定,職業生活における生活の質の改善とそれに寄与する実践の追求や測定方法の開発,長期効果の検証が今後の研究課題と考えられる.また,統合失調症や双極性障害など重い精神症状を抱える当事者に対してIPSを提供できるサービス体制の構築が,今後の実践的および政策的課題であると示唆された.

索引用語:Individual Placement and Support, 援助付き雇用, 系統的レビュー, ミニレビュー, メタ解析>

はじめに
 地域で生活を営む精神障害当事者(以下,当事者)が過去半世紀にわたって増加するなかで,精神科治療や精神保健福祉サービスにおいて就労は重要かつ現実的な支援目標となってきた.実際,臨床研究においては,従来の症状や機能,入院などの臨床アウトカムだけでなく,社会的アウトカムの測定の必要性が指摘されており,就労は具体的な指標の1つと提案されている40).職業的アウトカムについての関心が高まるにつれて,個別就労支援モデル(Individual Placement and Support:IPS)に代表される効果的な就労支援の実施は国際的な課題となっている.
 精神保健福祉領域における効果的な就労支援の模索は新しいテーマではない.その国際的な歴史を概観すると,1990年代前半までは入院中の訓練や保護的就労(例:日本の就労継続支援B型事業所),職業カウンセリング,その他の心理社会的訓練などを主として,職業準備性の向上を図る訓練型の就労支援の効果検証が繰り返されてきた.しかしながら,Bond, G. R.の系統的レビューは,職業準備性の向上を図る就労支援は職業的アウトカム(多くは就労の有無)に対する効果がきわめて限定的であったことを明らかにしている4).なお,日本においては現在でも職業準備性の向上を図る就労支援が主流であるが,それらの支援効果を無作為化比較試験(randomized controlled trial:RCT)によって評価した研究はなく48),検証自体が非常に乏しい.
 IPSは,専門家主導で職業準備性の向上を図る就労支援を憂えた者らによって創られた.具体的には,1980年代に米国でBecker, D. R.らが当事者やピアサポーター,就労支援員らと一緒に,重い障害をもっていても働くことを可能にする実践モデルとして開発した2)14).以降IPSは発展し続け,現在では8つの原則〔(i)導入基準なし,(ii)競争的雇用,(iii)迅速な求職活動,(iv)就労・生活・医療サービスの統合,(v)系統的な職場開発,(vi)社会保障の利用,(vii)期限のないサービス提供,(viii)当事者の好み〕を設け9),当事者の希望とニーズ,長所に基づいた,アウトリーチ型の個別就労支援としてモデル化されている44).また,IPSは個々の当事者の希望を尊重するオーダーメイドの実践であることから,Slade, M.らが特定した10のリカバリー志向型の実践に,就労支援として唯一含まれている38).さらに,欧米では,IPSは精神保健福祉の支援者だけでなく,公共職業安定所の職員などを含む職業リハビリテーションのスタッフにも支持されるモデルである24)33)37).すなわち,IPSは当事者中心の実践として,さまざまな立場の者に認められていると考えられる.
 IPSが国際的に広く認知される実践モデルであり続ける理由の1つには,多くの科学的検証が実施されてきたことも関連している.1990年代に米国で最初のRCTが実施されてから今日までに約30のRCTが各国で実施され,IPSの効果が報告されてきた9).また,日本や欧州では,他の就労支援との比較を通して,費用対効果の側面でもIPSの優位性が示されている30)43)49).他方,日本においては,IPSとその効果について認知が広がっていない実態も報告されている17).「Psychiatry and Clinical Neurosciences」誌に掲載された日本の読者向けのIPSの紹介論文においても効果に関する言及は部分的であり13),現在までのIPSの科学的根拠を総括した日本語論文は存在しない.そこで,本稿はIPSの効果検証に取り組んだ系統的レビューを概観し,メタ解析の結果を要約して国際的な知見を紹介することを目的とした.

I.方法
1.研究概要と導入基準
 本稿は,IPSおよびそれに準ずる援助付き雇用(supported employment:SE)モデルに関する系統的レビュー論文を検索し,その結果を要約した.なお本稿では,IPSに類似するSEも含めてIPSと呼ぶ(表中では分けて記述).本稿が扱うアウトカムは就労率,就労期間,生活の質/ウェルビーイング,機能,精神症状の5つとした.導入基準として,以下3つの基準を満たす論文を対象とした:(i)IPSあるいはSEの効果検証を目的とした系統的レビュー論文,(ii)上述した5つのアウトカムいずれかについてのメタ解析の実施,(iii)査読付きの学術誌での発表.Cochrane reviewについて,同テーマで複数のレビュー論文があった場合には,アップデートされた最新のレビュー論文のみを対象とし,古いレビュー論文を対象外とした.また,特定の国の研究に限定した系統的レビュー論文も除外した.さらに,IPS単体とIPSに他のプログラムを付加した拡張型IPSとの比較を主目的としたレビュー論文も除外とした.例えば,認知機能リハビリテーションは,IPSに付加した場合に職業的アウトカムを増幅させる効果的な実践として認められているが,IPS以外の就労支援ではその増幅効果が示されていない26)36).換言すると,拡張型IPSに関するレビュー論文を除外した理由は,効果的な就労支援の模索には,土台となる就労支援部分のあり方を問うことが優先されるからである.

2.レビュー論文の検索と選定
 関連するレビュー論文は,2つの学術データベース(MEDLINEおよびPsycINFO)を用いて検索した.検索ワードは,(individual placement and support[Title]OR supported employment[Title])AND(systematic review[Title/abstract]OR meta[Title/abstract])とした.最終検索日は2022年9月15日であった.また,手動検索として,導入された論文の引用文献から関連文献を調べたほか,検索エンジンGoogleでもレビュー論文を探した.検索された文献レコードについて,二重検索の削除後,題目および抄録を用いたスクリーニングを実施した.その際,明らかに導入基準を満たさない文献レコードは除外された.残った文献レコードについては,フルテキストを入手し,導入基準に合致するかについて精査した.選定作業は,2名の著者が独立して実施した.2名の著者間で意見の相違があった場合には,両者で議論し,導入するレビュー論文を最終決定した.

3.エビデンスの統合
 選定プロセスは,PRISMA2020報告ガイドラインに沿って示した29).導入したレビュー論文から,著者名,発表年,対象者の特性,レビュー論文全体および各メタ解析の対象研究数(k),アウトカムの種類,メタ解析の結果についての情報を抽出した.次に,抽出したデータについてアウトカム別に表を作成した.導入したレビュー論文のなかには,対象研究数が1件だけでもメタ解析を実施したレビューもあったが,本来メタ解析は複数の研究の結果を統合する手法である.よって,1研究のみでメタ解析を実施した結果については,研究の蓄積が不十分という理由で,情報を抽出しなかった.なお,各研究からの情報の収集は,第1著者が実施し,第2著者がその確認を行った.

II.結果
1.導入論文の選定と特徴
 データベース検索から42レコードが検索された().二重検索の削除後,27レコードが題目・抄録を用いたスクリーニングの対象となった.14レコードがフルテキストスクリーニングの対象となり,9レビュー論文が導入となった.手動検索では4レコードが見つかり,3つのレビュー論文が導入となった.最終的に合計12のレビュー論文が導入された5)7)8)10)12)15)19)27)28)34)39)42)
 導入したレビュー論文は過去10年以内に出版されており,最も古い論文は2012年に出版されていた5)表1).6件は重度精神障害(severe/serious mental illness)を対象としており5)19)27)28)39)42),2件は早期介入の利用者7)や重度精神障害以外〔例:common mental disorder(CMD),post-traumatic stress disorder(PTSD),脊椎損傷〕8)をそれぞれ対象としていた.9件はRCTのみを対象としており5)8)10)12)15)19)27)39)42),うち1件は生データを得た6つのRCTのみを対象とした,統合データセットを用いたメタ解析(再解析)であった19).3件はRCT以外の研究も対象にしていた7)28)34).RCTと日常実践における就労率を比較したレビュー論文や34),非職業的アウトカムのみに焦点をあてた42)レビュー論文もあった.

2.就労率
表2は各レビュー論文における就労率のメタ解析の結果を示している.重度精神障害について,Bondらはコントロール(≒比較対照となったIPS以外の就労)と比較し,IPSの就労率が約2.5倍高いことを報告していた5).Bondら以降,複数のレビュー論文が追試を実施し,ほぼ一貫してIPSの高い就労率を示しており12)27)28)39),risk ratio(RR)の範囲は1.79〔95%信頼区間(confidence interval:CI)=0.94~3.40〕39)から3.49(95%CI=1.77~6.89)39)であった.重度精神障害だけでなく精神障害全般を対象としたRCTのレビュー論文においても10)12)15),RRの範囲は1.63(95%CI=1.46~1.82)15)から2.07(95%CI=1.82~2.35)10)であり,IPSの高い就労率が報告されていた.さらに,早期介入の利用者〔odds ratio(OR)=3.66(95%CI=1.93~6.93)〕7)やCMD,PTSD,薬物依存,脊髄損傷などをもつ対象者を統合してメタ解析したレビュー論文〔OR=2.23(95%CI=1.53~3.24)〕8)においても,IPSの就労率はコントロールよりも高かった.他方,Hellström, L.らのレビュー論文では,統合失調症〔aOR=2.07(95%CI:1.58~2.73)〕や双極性障害〔aOR=2.37(95%CI=1.27~4.43)〕などでIPSの就労率が高い反面,大うつ病,重度精神障害とアルコール問題あるいは大麻系以外の違法薬物の併存を対象とした解析では,IPSとコントロールとの間の就労率に有意な差はなかった19).また,de Winter, L.らは,重度精神障害〔OR=3.37(95%CI=2.90~3.90)〕とCMD〔OR=1.99(95%CI=1.51~2.63)〕を対象としたメタ解析をそれぞれ実施しており,前者のORが高い結果となっていた(χ2=10.79,P<0.01)12)
 障害程度や診断以外の条件については,Bondらは米国の研究におけるIPSの就労率(65.0%)が,米国以外における就労率(50.0%)より高いことを報告していた5).また,追跡期間別の結果をみると,重度精神障害を対象にしたメタ解析では,追跡期間が1年以下と1年超でRRに大差はなかった28,39).他方,精神障害全般を対象としてメタ解析を実施したレビュー論文では,追跡期間1年以下のRR〔2.61(95%CI=2.08~3.28)〕は,1年超のRR〔1.90(95%CI=1.70~2.25)〕より有意に高かった〔Log(RR)=0.36,P=0.047〕10).Richter, D.らは,RCTにおけるIPSの就労率〔50%(95%CI=43~56)〕と日常実践でIPSを提供した場合の就労率〔43%(95%CI=37~50)〕に大差はなく,いずれも職業前訓練より2倍以上高いと報告していた34)

3.就労期間
 5レビュー論文が就労期間のメタ解析を実施していた5)12)15)19)39)表3).重度精神障害や精神障害全般では,比較対象となる就労支援と比べ,IPSの就労期間が有意に長かった5)12)15)19)39).効果量を算出したレビュー論文におけるstandardized mean difference(SMD)の範囲は0.41(95%CI=0.30~0.52)12)から0.55(95%CI=0.33~0.79)であり15),中程度のものであった.一方で,de Winterらによると,CMDをもつ対象者の就労期間について,IPSとコントロールとの間に有意な差がなかった〔0.35(95%CI=-0.03~0.74)〕12).ただし,CMDにおける効果量は,重度精神障害における効果量〔SMD=0.45(95%CI=0.29~0.61)〕と大きな差がなかった(χ2=0.19,P=0.66).さらに,Hellströmらのレビュー論文では,統合失調症〔aMD=6.12(95%CI:3.87~8.38)〕,重度精神障害と何らかの違法薬物の併存〔aMD=6.79(95%CI:1.83~11.76)〕を対象とした分析ではIPSの就労期間が長かったが,双極性障害,大うつ病,重度精神障害とアルコール問題や大麻系以外の違法薬物の併存を対象とした解析では,IPSとコントロールとの間に有意差はなかった19)

4.非職業的アウトカム
表4は非職業的アウトカムの結果を示している.3レビュー論文が,生活の質や精神症状,機能,うつ症状などについてのメタ解析を実施していたが,すべての解析において,IPSと比較対象の就労支援との間に有意な差はなかった15)39)42).なお,Suijkerbuijk, Y. B.らは,生活の質や精神症状などに関する尺度ごとにメタ解析を実施していたため,1研究のみで実施したメタ解析が多く,本稿では扱わない結果が複数あった39)

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表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大表4画像拡大

III.考察
 本稿は,IPSの効果検証に関するメタ解析の結果を要約した.12レビュー論文の結果から,比較対照となった就労支援と比べて,IPSは高い就労率や長い就労期間と有意な関連を示す傾向にあった.一方で,生活の質や精神症状など非職業的アウトカムについては,IPSの効果を確認できなかった.以下に,IPSの対象像や非職業的アウトカム,今後の実装に向けた課題について考察を加える.
 重度精神障害を対象としたメタ解析では,職業的アウトカムに関する効果量が大きい傾向にあった.特に,de Winterらは重度精神障害とCMDの結果を比較し,前者の就労率の効果量が大きいことを明らかにしていた12).重度精神障害の定義はさまざまであるが,統合失調症圏や双極性障害の診断,あるいは認知・社会的機能に課題を抱える人を指すことが多いとされている18).疾患別の効果を比較したレビュー論文では,統合失調症や双極性障害をもつ人の就労率を高める効果があったが,大うつ病をもつ人では同様の効果を示していない19).精神障害全般を対象としたレビュー論文でも,就労率や就労期間に対するIPSの効果を示していたが10)15)34),精神障害全般には重度精神障害も包含されていると推測され,重度精神障害の結果が全体の効果を押し上げた可能性もある.そもそもIPSは,重度精神障害の当事者に対する就労支援として生まれたモデルである3).また,重度精神障害の当事者は症状の波,環境適応の課題,支援者との信頼関係の構築に時間を要するなどの特徴がある.このような当事者には,職業準備性のための長期トレーニングが向かないことや,個人への支援だけでは不十分なことが指摘されている16)46).IPSの発展の経緯や適応を考慮すると,当事者の希望に合わせたオーダーメイドの個別サービスを提供し22)23),職場などの環境にも働きかけるIPSが,重度精神障害の当事者の職業的アウトカムにより効果を示すのは必然かもしれない.
 重度精神障害以外の当事者に対するIPSの効果については,より慎重な議論が必要である.CMD,PTSD,薬物依存,脊髄損傷を含めたメタ解析や,重度精神障害以外の疾患を対象としたメタ解析では,IPSは高い就労率8)や長い就労期間と関連していた12).ただし,Bondらのレビュー論文に含まれた個別の研究では,CMDにおけるIPSの効果は限定的であると示唆されている8).また,HellströmらはRCTの生データを得た研究のみが対象であるが,大うつ病をもつ人における効果が示されなかったと報告している19).メタ解析を実施していない他の系統的レビュー論文は,薬物依存の当事者に対するIPSについて効果を認めておらず,継続した研究の必要性を指摘している32).一方で早期介入の利用者に対しては,IPSの効果があると示すメタ解析の結果があった7).若い当事者は就労意欲が高いことから,早期介入とIPSは相性が良いと想定され,豪州を中心に取り組みが拡大している41).IPSと就労動機の関連については,英国の研究でも指摘されており20),重度精神障害の当事者に加えて,若い当事者はIPSの主対象となる可能性がある.ただし,若い当事者においても疾患特性やその他の特徴には幅があると予想され,重度精神障害以外の当事者へのIPSの適応は,今後も検証が必要と考えられる.
 非職業的アウトカムについては,3レビュー論文15)39)42)がいずれもIPSの効果を示さなかった.この結果は,精神症状や機能の大きな改善がなくとも,当事者は就労が可能であることを示唆しているともいえる.また,個々のRCTは非劣性試験ではないため留意が必要であるが,メタ解析の結果はIPSを利用することが症状や機能の悪化に直接結びつくわけではないことも暗示している.しかし,生活の質の改善が示されないことは,課題であるといえる.IPSは就労を通して当事者の生活や人生を豊かにすることをめざしているため2),現在のIPSはその目標に到達していないと考えられる.一方で,就労と生活の質は関係するが,それほど強い相関があるわけではないとも指摘されている42).就労と生活の質の関連を模索するためには,希望する職種に就けたか,収入額,職場環境など,就労の質をより詳細に調べる必要があるかもしれない.加えて,就労後の生活の質やその変化を正確に測る尺度がないことも,各研究の結果に影響していると考えられる47).いずれにしても,生活の質に対する就労支援の効果検証は,単純な就職情報(就労の有無,就労期間)や既存の尺度だけでは不十分かもしれない.すなわち,生活の質など当事者の内面的な部分へのIPSの影響は,実践と測定方法の双方に課題があるといえよう.
 IPSは現実世界での実装においても効果の維持が期待できる.IPSの効果に地域差はあるが,米国以外の国でもIPSの効果は観察されていた5).また,RCTと日常実践での就労率の比較において,その差は小さかった(7%)34).これらの結果から,IPSは外的妥当性の高いモデルであると考えられる.IPSが多様な地域や場面において効果を維持できる理由の1つとして,フィデリティ尺度の存在が挙げられる.IPSはモデルを適切に再現するための品質管理ツールとなるフィデリティ尺度が開発されており,就労率との収束的妥当性が確認されている6)35)45).フィデリティ尺度を用いた実践評価は,RCT時の介入の再現だけでなく,日本を含めた各国の日常実践におけるIPSの質の担保とアウトカムの維持に貢献している25)47).他方,IPSは1年超の追跡をした研究のメタ解析でも高い就労率や長い就労期間と関連しているものの10)28)39),1年以下の追跡結果と比べると効果が低下していた10).IPSの長期効果の検証に取り組んだその他の研究においても,結果は一貫していない.具体的には,5年から8年までIPSが優位性を保つとする研究と11)21),長期的には比較対照となった就労支援と効果が変わらないとする研究が混在している1)31).要約すると,IPSは多様な地域や実装段階でも効果を期待できるが,長期効果の検証は今後の課題として残っている.
 本稿はいくつかの限界を抱える.第1に,本稿は文献検索の際に少数のデータベースとキーワードを用いており,本稿で導入したレビュー論文以外にも対象となる論文が存在する可能性がある.第2に,各レビュー論文における方法の質の評価をしておらず,バイアスの高い知見を紹介している可能性がある.第3に,本稿はメタ解析の結果だけを扱ったため,各レビュー論文に含まれた個別の研究の詳細(診断などの個人の特徴や追跡期間など)については考察できていない.これらの限界に留意は必要だが,海外のメタ解析の結果を要約した本稿は,IPSの効果と課題を理解するうえでは有用であると考えられる.

おわりに
 IPSの効果検証を試みたメタ解析を概観すると,他の就労支援と比較し,IPSは高い就労率や長い就労期間に効果を示す傾向にあり,特に,重度精神障害の当事者の就労アウトカムに効果が大きいと示唆された.また,その効果は日常実践において実装・普及した場合も維持できると期待できる.近年では就労定着への関心が高いことから,IPSが就労期間を延長させることは重要な知見である.今後の課題は,IPSの普及に向けたより適応度の高い対象者の特定,職業生活における生活の質の改善とそれに寄与する実践の追求,長期効果の検証である.いくつかの課題はあるが,これまでのエビデンスの蓄積に基づき,統合失調症や双極性障害など重い精神症状を抱える当事者に優先的にIPSを提供できるサービス体制の構築が望まれる.

 編  注:本特集は第118回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに林輝男(社会医療法人清和会西川病院)を代表として企画された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

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