近年の中枢神経医療の領域において,疾病の根本的な原因にアプローチする疾患修飾治療(DMT)への機運が高まっている.てんかん分野では,従来の薬物療法による発作抑制効果の限界から,抗てんかん原性(anti-epileptogenesis)をめざしたDMTの流れがみられ,結節性硬化症や外傷後てんかん,脳卒中後てんかんなどにおいて,てんかんの発症や進行を予防・修正する取り組みが試みられている.認知症領域では,長年にわたる挑戦と失敗の歴史を経て,近年はaducanumabやlecanemabの報告がアルツハイマー病のDMTに大きな進展をもたらすことが期待されている.多発性硬化症では,インターフェロンβに加えて抗体医薬を含むさまざまなリンパ球標的薬の登場により,目覚ましい治療の進歩を遂げている.パーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症といった神経変性疾患においても,iPS細胞などの進歩によりDMTが将来的に可能になるかもしれない.狭義の精神疾患では,まずは修正すべき病態生理の解明が先決であるが,治療抵抗性統合失調症におけるグルタミン酸仮説と1H-MRSの知見はその契機となるかもしれない.こういった機運と取り組みは,従来の症状緩和や対症療法の枠を超え,将来的には精神・神経疾患の根治につながる可能性がある.本稿では,第118回日本精神神経学会学術総会で行われたシンポジウムをもとに,精神神経医療におけるDMTの現在地と可能性について議論する.
2)慶應義塾大学医学部生理学教室
3)慶應義塾大学医学部精神・神経科学教室
https://doi.org/10.57369/pnj.23-081
受理日:2023年2月20日
はじめに
現在の精神神経科診療では,主に症状の緩和・寛解をターゲットとした治療が行われている.しかしながらこれは基本的に対症療法であり,疾病を完全に治すこととは同義ではない.対症療法の限界を克服するため,近年の中枢神経領域において,疾病の根本的な原因にアプローチする疾患修飾治療(disease-modifying therapy:DMT)への機運が高まっている.本稿では,第118回日本精神神経学会学術総会で行われたシンポジウムをもとに,精神神経医療におけるDMTの現在地と可能性について議論する.
I.従来の精神神経医療とDisease-Modifying Therapy(DMT)
向精神薬は精神症状を改善させ,抗てんかん薬はてんかん発作を抑制し,従来の認知症治療薬は変性性認知症の進行を緩やかにする.あるいは,パーキンソン病のL-DOPA製剤は神経症状の緩和に役立つ.しかしながら症状の抑制・改善には限界もあり,精神・神経疾患において根治が望める状況は非常に限られるのが現状である.それに対してDMTは,疾病の根本的なプロセスにアプローチして修正することを理念とし,現時点では必ずしも治癒を指すわけではないが,突き詰めれば治癒をめざしうる治療であるといえる.2021年にアメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)によってアミロイドβプラークに作用するaducanumabがアルツハイマー病に対して限定的ながら認可され,その他の中枢神経領域でもDMTへの動きは大きなパラダイムシフトとなりつつある.
II.てんかんにおけるDMT
1.抗てんかん薬の名称の変化
近年,抗てんかん薬(anti-epileptic drugs:AED)という名称について変更の動きがある.これは,従来の抗てんかん薬は発作を抑制しているものの,てんかん自体を治療しているわけではない(少なくとも立証されていない)ため,「抗てんかん」という呼称は誤りであり,「抗発作薬(anti-seizure medications:ASM)」と呼ぶほうが適切であるという考えからである11).ただし,本稿では便宜のため引き続き抗てんかん薬という呼称を用いる.この20~30年の間に,多くの抗てんかん薬が開発され43),本邦でも上市されてきた.しかしながら,副作用や薬剤相互作用などの問題はかなり改善されたものの,効果については発作が抑制されるのは約60~70%の例に限られ,特に3~4剤目以降は厳しくなるのが実情であり,実に20年前からほぼ変化していない3)26).このような状況から,従来の抗てんかん薬による治療の限界とその克服が提唱されてきた.てんかんにおけるDMTは,てんかんの発症や進行を予防・修正し,その効果が単なる抗発作作用に起因しないことと定義され,「抗てんかん原性(anti-epileptogenesis)」とも表現される15).抗てんかん原性/DMTをめざした取り組みには以下のようなものが含まれる.
2.結節性硬化症とmTOR阻害
Mechanistic target of rapamycin(mTOR)は,細胞シグナル伝達経路を構成する分子の1つであり,上流にあるphosphoinositide 3-kinases(PI3Ks),protein kinase B(Akt)とともにmTOR経路を形成し,AktとmTORの間に結節性硬化症の原因遺伝子であるTSC2とTSC1が存在する25).結節性硬化症へのmTOR阻害薬による分子標的治療は,すでに上衣下巨細胞性星細胞腫(subependymal giant cell astrocytoma:SEGA)や腎血管筋脂肪腫(angiomyolipoma:AML)などに対する腫瘍縮小効果などが認められていたなかで,結節性硬化症に高率に合併するてんかんへの治療効果が期待され始め,実際にmTOR阻害薬であるエベロリムスは第III相試験において従来の抗てんかん薬では難治の結節性硬化症のてんかん発作を抑制させ10),てんかんにおけるDMTの大きな一歩となった.mTOR経路が関連するてんかんは結節性硬化症に限らず一部の片側巨脳症や限局性皮質異形成も含まれ,これらの病態に対しても分子標的治療の可能性が期待される25).
3.頭部外傷後てんかん・脳卒中後てんかんとその予防
頭部外傷後7日以上経過して発作が生じた場合に外傷後てんかん(post-traumatic epilepsy:PTE)と診断され,重度の外傷ではてんかん発症リスクは16倍となり,貫通型の外傷では最大53%がPTEを発症する8).頭部外傷急性期の症候性発作と異なり,PTEは慢性的なてんかん原性を獲得した状態とみなされ,その過程には神経炎症,神経細胞死,シナプス変化などが関与するとされる.PTEに対するanti-epileptogenesis効果について,既存の抗てんかん薬を含めて発症予防研究がなされたが,いずれも効果は示されず,現時点で抗てんかん薬の使用は受傷後早期の発作抑制にのみ推奨されている8).
同様に,脳卒中後1~2週間以降に生じる遅発発作は,慢性的なてんかん原性が獲得された結果とされ,そのメカニズムにはグリオーシスや神経ネットワークの障害とそれに続く神経興奮,あるいは出血性脳卒中であればヘモジデリン沈着などが関与していると考えられている7).抗てんかん薬による脳卒中後てんかんの予防効果については現在ランダム化比較試験が進行中であるが35),現時点では立証されてはおらず,原則として予防投薬は推奨されていない7).
4.てんかん外科
てんかん外科は薬剤難治性てんかんにおいてすでに広く受け入れられている有効な治療法であり,特にてんかん原性病変の切除が可能な症例では高い発作消失を得ることができる39)55).発作消失だけでなく,精神的合併症や死亡率などの有害事象も改善されることが多い15).てんかん外科は疾病の根本的な原因にアプローチしたうえでそれを修正しているので,その意味では現在臨床で広く利用可能かつ確立された唯一のDMTといえる15).てんかん外科の問題点としては,高い発作消失効果が期待できる理想的な薬剤抵抗性てんかん例は5%程度にとどまり,適応が限られることなどが挙げられる.
5.その他のDMT候補
抗炎症作用や抗酸化作用によるanti-epileptogenesis効果についても研究がなされており,特に劇的なサイトカイン放出を伴うタイプのてんかん(FIRES,NORSEなど)がターゲットになりやすい46)49).しかしながら,抗炎症効果が期待されて再発寛解型多発性硬化症の治療薬であるナタリズマブの難治性てんかんへのランダム化比較試験が近年行われたものの,有効性は示されなかった12).遺伝子治療によるDMTについても,現時点ではまだ研究段階である57).
6.てんかん領域のDMT:小括
従来のてんかん薬物療法による発作抑制治療は対症療法であり,実際の臨床にも限界がある.anti-epileptogenesisをめざしたDMTの動きとして,mTOR阻害などの進歩もみられ,今後さらなる進展が期待される.
III.認知症領域におけるDMT
1.アルツハイマー病研究の歴史
認知症を引き起こす神経変性疾患のなかで,最も頻度が高いものがアルツハイマー病(Alzheimer's disease:AD)である.AD研究の歴史を振り返ると,1970年代に神経伝達物質の研究からアセチルコリン仮説が確立し,それに基づいてコリンエステラーゼ阻害薬の開発がなされ1990年代から発売された.現在本邦で上市されている治療薬はドネペジル,ガランタミン,リバスチグミン,メマンチンの4種類であるが,これらはその時期に開発された薬剤で,神経伝達物質に作用することで認知症症状を改善させる症状改善薬(symptomatic therapy)に属する.一方で同時期の1990年代に分子生物学的研究が進み,アミロイドβ蛋白(Aβ)の沈着が疾患の最上流の変化であるというアミロイド・カスケード仮説が提唱された18).この時点でADはmolecular-pathology-syndromeを包含した変性疾患のモデルとしての立場を確立し,Aβを中心とした蛋白を標的とした,原因となる病理学的変化の進行を抑制するDMTの開発が2000年代から盛んになった.
2.Aβワクチン療法の経緯
ADに対するDMTとして最初に注目されたのは,Aβワクチン療法である.アミロイド前駆体蛋白(amyloid-β precursor protein:APP)遺伝子導入マウスをAβ42とアジュバントで免疫したところ,老人斑の形成が予防できることが報告され44),合成Aβ1-42とアジュバントからなる筋肉注射剤(AN 1792)が開発され,欧州で第II相試験が行われた.しかし,副作用としての髄膜脳炎が実薬群280名の約6%に出現し,2002年に治験中止となった.剖検脳から浸潤する細胞はCD4陽性T細胞であり,自己免疫性脳炎と推測された.その後参加者のフォローアップは近年になるまで行われていて,総じてAβおよび老人斑は除去されているが,認知機能の低下は進行しているという結果であった16)20)34).これらの結果からは治療開始時期の問題がクローズアップされ,その後は発症前に蛋白病理を診断し,治療する方向に向かう契機となった.
3.ADに対するDMTのさらなる挑戦と失敗
このAN 1792の失敗以降も,アミロイド・カスケード仮説に基づき,さまざまな薬剤の開発が続いた.開発の方向としてはリンパ球に対する刺激を回避できるワクチン療法,Aβに対するヒト化抗Aβ抗体を利用した受動免疫療法(aducanumab,solanezumab,gantenerumabなど),またAPPからAβを切り出す酵素である,γセクレターゼ阻害薬・調節薬(semagacestatなど),βセクレターゼ切断酵素阻害薬(verubecestat,lanabecestat,elenbecestatなど),そしてAβ凝集阻害薬(tramiprosateなど),さらに詳細は述べないが抗タウ治療薬などが2000年代から2010年代にかけて試みられた.しかしながらほとんどの薬剤は成功には至らなかった28).これらの治験が失敗に至った原因にはいくつかの理由が挙げられるが,まずはADの臨床診断の精度の問題がある.ADの臨床診断基準の感度・特異度は71~87%,44~71%と報告されており1),初期の治験の対象者にはADの病理所見を有さない患者が混ざっていた可能性がある.また前述のように治療開始時期の問題も大きい.Aβの蓄積が開始されてから,臨床症状が出現するまでに15年ほどの時間差がある42).そのため,治験はアミロイドイメージングを用いた発症前診断や家族例への発症前治療の方向に向かっている.しかしそうなると,発症前の人を医療の枠組み外からリクルートする必要性,アミロイドイメージングは費用も高く施設も限られる点,多数例にスクリーニングを行う必要がある点などがあり,治験のハードルが高くなる点などの問題も浮上してきた.
4.Aducanumab狂騒曲
そのような経緯のなかで,受動免疫を利用したヒトモノクローナル抗体であるaducanumabは月1回の静脈内点滴注射で,軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI)および軽度ADでのCDR-SB(clinical dementia rating sum of boxes)スコアとMMSE(Mini Mental State Examination)のスコアの悪化を鈍化させるという報告が2016年になされ45),第III相の治験が開始された.2019年3月にいったん独立データモニタリング委員会の判断で治験中止となったものの,同年10月に「追加解析を行った結果,高用量投与群がプラセボに比べて臨床症状の悪化を有意に抑制し,主要評価項目を達成した」とのことで一転承認申請を発表し,2020年7月にFDAに申請となった.諮問委員会ではエビデンス不十分との見解があったものの,FDAは「代替エンドポイントとしての脳内アミロイドβプラークの減少に基づく迅速承認である」として,新たな臨床試験の実施を要求し2021年6月に条件付きで承認となった.一方でEUでは承認されず,2021年12月に日本でも継続審議となった.この一連の流れは,社会や市場までを巻き込んで「狂騒曲」ともいえる騒ぎとなった.
5.Lecanemabの衝撃
本稿の記載は正確には2022年6月のシンポジウム後になるが,認知症領域におけるDMTで大きな進展があった.抗Aβプロトフィブリル抗体であるlecanemabの大規模グローバル臨床第III相検証試験の結果が2022年11月にリリースされた52).それによると大規模グローバル臨床第III相検証試験で,18ヵ月の時点でのCDR-SBの平均変化量がlecanemab群でプラセボと比較して-0.45であり,27%の悪化抑制を示し(P=0.00005),主要評価項目を達成したとのことであった.この結果はAβ減少ではなく,認知機能の低下抑制を示せた点で意義が大きく,揺らぎつつあったAβ仮説への疑念を払拭できる可能性を秘めている.さらに懸念点だったアミロイド関連画像異常(amyloid-related imaging abnormalities:ARIA)の副作用も少なく,ARIA-E(浮腫)の発現率は2.8%であった.一方で,果たして27%の進行抑制で本人や家族が薬剤の効果を実感できるのかといった点,長期的な効果が示されていない点,誰でも使用できる薬剤ではないため環境整備が重要である点,前に述べたような医療経済的・倫理的に未解決な問題も多く,これは今後の課題のままである.
6.認知症領域におけるDMTの経緯からみえてくるもの
ここまで述べてきた一連の経緯はわれわれにADを疾患モデルにした,蓄積蛋白を標的にしたアプローチは本当に正しいのか,蓄積蛋白=golden standard=聖杯とすべきなのか,という疑問を投げかける.ADの病態における他の加齢性変化の関与や複合病理の問題も次第に明らかになってくるなかで,ADの疾患モデルそのものが揺るぎ始めているともいえる.
IV.脳神経内科領域におけるDMTとiPS細胞
1.神経疾患とDMT
神経疾患におけるDMTと聞くと,真っ先に多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)に対するインターフェロンβ(IFNβ)療法による再発予防や病態進行抑制効果が挙げられるであろう.IFNβ治療を早期に開始して継続することが,MSの長期的な予後改善のためには重要であることも示されている2)17).最近では,IFNβに加えて,抗体医薬品を含むさまざまなリンパ球標的薬の登場により,二次性進行型を含むMSの治療は目覚ましい進歩を遂げている29).他方,AD,パーキンソン病(Parkinson's disease:PD),あるいは筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)といった「神経変性」疾患(neurodegenerative disease:NDD)におけるDMTはどのような状況であろうか.
「神経変性(neurodegeneration)」とは,神経細胞やその突起の変性と,それに伴う進行性の神経機能障害と定義される24).またNDDにおけるDMTは,神経細胞死を引き起こす疾患プロセスの根本的な病態生理学的メカニズムに干渉することにより,NDDの臨床的進行に永続的な変化をもたらす介入と定義される5).DMTとしての効果を支持するアウトカムには2種類あるとされる.すなわち,(i)治療介入により認められた臨床効果において,実薬-プラセボ間で有意差が生じ,NDDの基本的な病態生理を反映すると考えられるバイオマーカーに一貫した効果がある場合,または(ii)臨床経過における治療介入による永続的な変化を確かめるために,「staggered start(時間差での投薬開始)」または「delayed withdrawal(遅延性の休薬)」臨床試験デザインで肯定的な結果が得られる場合である.どちらの場合も,臨床的指標に基づく疾患進行遅延が明らかである.また別の観点で,「神経保護(neuroprotection)」とは,患者に対して永続的かつ有益な効果をもたらすために,疾患プロセスまたは基礎となる病因に影響を与える介入,と定義される40)56).神経保護は,神経系細胞への直接的な作用(一次性神経保護),または炎症や酸化ストレスのような二次的に細胞死を引き起こすプロセスの抑制(二次性神経保護)によって達成されうる.したがって,疾患修飾の主たる目的は神経保護といえる.
AD,PD,ALSなどさまざまなNDDに対して,疾患修飾,神経変性,神経保護,およびDMTの定義に関する同じ原則が適用される.基礎となる多くの分子生物学的機序,バイオマーカー,試験デザイン,そして治療候補・標的さえも,NDDに共通して適用されうる4).これらのNDDのいずれにおいても疾患修飾を達成するためには,神経保護が不可欠である.疾患修飾の概念に不可欠な永続的かつ有益な変化は,種々の臨床指標やバイオマーカーによって,あるいは疾患修飾評価を目的とした試験デザインによって証明可能となる.例えば,ニューロフィラメント軽鎖(NF-L)蛋白などの神経障害性バイオマーカーは,いくつかのNDDにおける細胞死の直接的な後期段階を反映しているとされる14).一方,異常蓄積蛋白(βアミロイド,タウ,TDP-43,α-シヌクレインなど)といった疾患病態特異的なバイオマーカーは,一般的に細胞死に至るプロセスのカスケードの初期段階の事象を反映するとされ,薬剤開発において重要であるが,必ずしも神経保護を意味するものではない.
世界中でNDDに関する基礎研究が精力的に行われ,NDDの病態解明は少しずつ進んではいるものの,基礎研究における成果から治療へのtranslational gapは顕著であり,いかなるNDDに対してもDMT承認事例は存在しない32)38).例えば,近年PDに対する大規模なstaggered start試験が行われたが,疾患修飾効果は確認されなかった53).したがって,疾患修飾効果が期待できる候補分子の探索,ヒトでの有効性をより正確に予測できる新たな疾患モデルの開発,臨床試験方法の改善,病勢評価を可能にするバイオマーカーの開発など,積極的な取り組みが不可欠である9).
2.NDDにおけるDMT創出のためのヒトiPS細胞モデルの役割
2007年に京都大学の山中らは,ヒトの皮膚線維芽細胞から人工多能性幹細胞〔induced pluripotent stem cells:iPSCs(以下iPS細胞)〕を作製することに成功した47).これにより,iPS細胞からさまざまなヒトの体細胞をin vitroで作製可能となった36).これらの細胞をヒトの疾患モデルとして用いるにあたり,人体のあらゆる細胞や臓器を再現できる可能性を秘めているのみならず,iPS細胞のもととなる細胞を採取した患者自身の遺伝学的背景を継承しているという点が非常に重要である.このことは取りも直さず,動物モデルを使用する際の大きな問題であった,孤発性患者のモデル構築を可能にした37).現存する疾患の大部分は孤発性であるとともに,遺伝学的素因の特定が困難な精神疾患においてもiPS細胞モデルが有益であるということを示唆している19).患者自身から生み出されたin vitroモデルを用いることで,「神経細胞死を引き起こす疾患プロセスの根本的な病態生理学的メカニズムに干渉する」というDMTの根源的な要件を,科学的に証明することが可能になる.
3.ALSを対象としたiPS細胞創薬とドラッグ・リポジショニング(DR)
慶應義塾大学医学部生理学教室の岡野らのグループは,家族性ALSおよび孤発性ALS患者由来iPS細胞を用いて,ALSの病態責任細胞である脊髄運動ニューロンへと分化誘導し,運動ニューロンの神経突起短縮,運動ニューロン死,ミトコンドリア機能異常,酸化ストレスの増大および運動ニューロン内へのALS病態関連蛋白(TDP-43,FUS)の異常蓄積といったALS病態を再現することに成功した.さらに,それらのALS運動ニューロンおよび既存薬ライブラリーを用いて,multi-phenotypic/high-throughput drug screeningを実施した(drug repositioning:DR)13).結果として複数のALS治療候補薬を同定し,そのなかでも脳内移行性や副作用を含む忍容性などを考慮した結果,ALS治療薬候補としてロピニロール塩酸塩を見いだした.ロピニロール塩酸塩はドパミンD2受容体作動薬であり,PD治療薬として日本でも広く使用されており,in vitroの系ではALSに対する既存治療薬であるリルゾールやエダラボンよりもALS病態改善効果が高いことも確認された.さらに,ロピニロール塩酸塩のALS治療効果は,ドパミンD2受容体依存的作用と非依存的作用の双方に由来し,ドパミンD2受容体依存的作用の1つとして運動ニューロンの病的過剰興奮を抑制することが示唆されている21).
これまでにALSに対するiPS細胞創薬として,ハーバード大学のグループが抗てんかん薬であるezogabine(retigabine)を,京都大学のグループが抗腫瘍薬であるボスチニブをそれぞれ治療候補薬として同定した36).とりわけ,岡野らの実験結果から,ロピニロール塩酸塩を多数の孤発性ALS患者iPS細胞由来運動ニューロンに処置したところ,約73%の患者の運動ニューロンで有効性を認めた.すなわち,これまで動物モデルでは検証しえなかったALSの約90%を占める孤発性患者についても,ロピニロール塩酸塩が効果をもたらす可能性が示唆された.
4.ALS患者を対象とした医師主導治験(ROPALS trial)
iPS細胞を用いた非臨床試験の結果から13),家族性ならびに孤発性ALS患者に対するロピニロール塩酸塩の有効性が示され,2018年12月から2021年3月まで慶應義塾大学病院神経内科において「筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者を対象としたロピニロール塩酸塩徐放錠内服投与による安全性・忍容性および有効性を探索するプラセボ対照,二重盲検期および非盲検継続投与期からなる第I/IIa相試験(ROPALS trial)(UMIN trial ID:UMIN000034954)」が実施された30).
ROPALS trialの特徴として,iPS細胞創薬に関する「proof of concept」を得るために,同意を取得しえた被験者全員から疾患特異的iPS細胞を樹立し,そこから作製した運動ニューロンに対するロピニロール塩酸塩の効果を確かめる「in vitro」試験を並行して実施した.すなわち,リバーストランスレーショナル・リサーチとして,孤発性患者における層別化ツールの探索を包含した試験であった36).
少数例の試験であったが,試験結果としてALS患者に対するロピニロール塩酸塩の安全性・忍容性は確認され,かつロピニロール塩酸塩は運動機能低下を抑制,呼吸不全に至るまでの期間および死亡または一定の病態進行までの期間を延長する可能性が示唆された31).
ただし,前述のようにDMTとしての性質を確かめるためには,「staggered start」または「delayed withdrawal」といった臨床試験デザインを改めて組んでいく必要がある.
5.神経変性疾患におけるDMTとiPS細胞の役割
本項では,神経変性疾患におけるDMTと,それを実現するための「iPS細胞」の役割について概説した.病態解析ツールにとどまらない「iPS細胞技術のDMT創出における真価」とは,(i)遺伝的背景を継承した唯一の孤発性疾患モデルであること,(ii)さまざまな細胞種(ヒトにおける疾患標的細胞)の作製が可能であること,(iii)薬剤効果のロバストネスを担保するためのmulti-phenotypic drug screeningが可能であること,(iv)DRおよび動物モデル検証を省略した迅速な臨床試験への移行を可能にすること,(v)患者iPS細胞を活用した層別化とプレシジョン・メディシンの実現に資すること,などが含まれると著者らは考えている.以上の役割により,iPS細胞技術が神経変性疾患あるいは精神疾患におけるDMTの実現を大きく後押しすることが期待される.
V.統合失調症の治療抵抗性とDMTの可能性
1.統合失調症の病態解明と1H-MRS
近年,脳内の化学物質が測定できるプロトン核磁気共鳴スペクトロスコピー(proton magnetic resonance spectroscopy:1H-MRS)が多くの研究で脳疾患の病態解明に活用されている.1H-MRSは核磁気共鳴現象を利用して,生体内の化学物質を非侵襲的に測定する技術である.1H-MRSでは脳内の関心領域の分子構造や環境によって原子核の共鳴周波数が異なるため,1H-MRSでは信号を発した化学物質の種類を同定できる.原子核軌道電子の量の違いを定量し,得られる周波数の異なりをケミカルシフトという.代表的な物質としては,グルタミン酸(glutamic acid:Glu)やグルタミン(glutamine:Gln)がある.脳内の活動の多くは,Glu作動性神経細胞によるものであり,神経伝達物質としての役割をGluが担っている一方で,Gluの全量と神経伝達の関連性は十分な報告がない.
2.統合失調症のドパミン仮説の限界とグルタミン酸仮説
統合失調症では,線条体における前シナプスのドパミン機能の亢進がその病態生理と関係していることが明らかとなっている6).一方,統合失調症のすべてをドパミン仮説だけで説明することはできない.約3割の患者においてドパミン遮断作用をもつ抗精神病薬は無効であり,治療抵抗性統合失調症(treatment-resistant schizophrenia:TRS)と称される.また,統合失調症のうち2割,TRSの7割は発症時から薬物療法に治療抵抗性である27).
TRSにおいて前シナプスのドパミン機能は治療反応性統合失調症よりも低かったと報告する研究がいくつか存在する.また,小胞体モノアミントランスポーター2阻害薬であるテトラベナジンは前シナプスのドパミン機能を抑制する作用があるが,TRS患者においてプラセボに比べて有意な効果はなく,これはTRSにおいて前シナプスのドパミン機能が亢進していないことを示唆している41).さらに,TRSに唯一承認されているクロザピンはドパミンD2受容体への親和性が低い.以上の知見より,TRSは,ドパミン神経系との関与の低い統合失調症のサブタイプであることが示唆される.
そこで浮上するのがドパミン神経系よりも上流にあるGlu神経系の異常で説明するGlu仮説である.GluはN-メチル-D-アスパラギン酸(N-methyl-D-aspartic acid:NMDA)受容体に作用してパルブアルブミン介在ニューロンを活性化し,海馬の錐体細胞を抑制する54).このGluの入力が障害され,錐体細胞の脱抑制が起こり,側坐核,扁桃体,前頭前皮質などを介して,統合失調症の陽性症状,陰性症状,認知機能障害が起きるという仮説である.この仮説の根拠となるのは,健常者においてNMDA受容体アンタゴニストであるケタミンやフェンシクリジンが統合失調症様の症状を引き起こす54),といった研究である.また,統合失調症においても,NMDA受容体の異常を報告したPET研究や54),死後脳研究があり,遺伝研究においてもNMDA受容体遺伝子の異常と統合失調症のリスクの相関が明らかにされた54).
3.統合失調症のGlu仮説に関する1H-MRS研究
われわれは,1H-MRSを用いてGlu,Gln,Glx(グルタミン酸+グルタミン),GABAの4つの代謝物濃度を比較した統合失調症研究のメタアナリシスを行い,各脳領域に網羅的にまとめた33).合計134本が抽出され,サブグループ解析で各病期や治療反応性による違いを検証し,メタ回帰分析を用いて抗精神病薬や1H-MRSの測定手法の影響についても検討した.大脳基底核におけるGluおよびGlx濃度が統合失調症群では健常者と比較して上昇していた.このGlu系代謝物濃度の上昇は,疾患ステージが進むにつれて減少した.また,中帯状皮質においては,TRS患者ではGlu系代謝物濃度が上昇し,治療反応性統合失調症患者では低下していた.さらに,中帯状皮質におけるGABA濃度の低下や未治療患者における海馬Glxの上昇なども認めた.これらの知見から,脳内の興奮抑制の不均衡が統合失調症の病態に関与する可能性が示唆された.とりわけ,TRS例と治療反応例の間では中帯状皮質のグルタミン酸神経系の異常におけるコントラストが存在することが示唆された.
ここでは,われわれの行ったTRSについての1H-MRS研究を2つ紹介する.1つ目の研究では,重度の症候性のTRS例,通常の薬物治療反応例,および健常者における中帯状皮質と背側尾状核のGlx濃度を調べた48).特に,TRSのより厳しい基準を採用することにより,以前の研究の症状を超える症状のレベルを示したTRSの患者を組み入れた.中帯状皮質のGlx濃度は,健常群よりもTRS群で高く,患者群間では有意差はなかった.尾状核においてGlx濃度の群間差はなかった.中帯状皮質と尾状核の両方で,Glx濃度は症状の重症度や認知機能障害と関連しなかった.2つ目の研究では,クロザピン単独療法を受けているTRS患者で,症状を有する患者および有さない患者の両方を組み入れた23)51).より具体的には,(i)クロザピンにも抵抗性の超治療抵抗性統合失調症(ultra-treatment-resistant schizophrenia:URS),(ii)クロザピン反応性統合失調症(非URS),および(iii)非クロザピン系抗精神病薬反応性統合失調症の3つの群に分けた.この研究の主な目的は,尾状核,中帯状皮質および背外側前頭前野(DLPFC)におけるGlx濃度とGABA濃度の群間比較をすることであった.中帯状皮質のGlx濃度は健常群よりURS群で高く,患者群間で有意差を認めなかった.同部位のGABA濃度はURS群より非URS群のほうが高かった.また,精神症状や認知機能と両代謝物質の濃度とは関連しなかった.
4.TRSの病態生理とDMTの可能性
上記のようにドパミン仮説だけでは説明のできないTRSにおいて,一貫して中帯状回のグルタミン酸神経系の異常が報告されているが,TRS例と治療反応例とを鑑別する正確度は高くはなく,統合失調症の治療反応をドパミンやグルタミン酸だけで説明することはできない.よって,TRSのDMTの開発のためには,個々の患者から,末梢から中枢にかけて,そして,発症前から発症後にかけて,多様なバイオマーカーと臨床情報を収集し,TRSの基盤となる病態生理を明らかにする必要がある.一方,Glu修飾薬やニューロモジュレーションの開発は積極的に行われてきたが,これらがTRSに対して有効であるという頑健な根拠はない22)50).現状を打破するために,前述のような研究で集めた臨床情報とバイオマーカーからデータ・ドリブンなバイオタイピングを行い,それぞれのバイオタイプにおけるネットワークの異常に対し,扱いやすいバイオマーカーを治療指標としたクローズド・ループ的なニューロモジュレーションの開発がDMTの未来につながると想定される.
おわりに
てんかん,認知症,神経変性疾患,統合失調症といったさまざまな精神・神経疾患におけるDMTの現在地と可能性について,シンポジウムの各演題をもとに振り返った.分野ごとに進歩や方向性の異同があるものの,従来の精神神経医療の限界を乗り越えるための新たな治療の1つとして将来が期待されると考えられる.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
謝 辞 本稿は,第118回日本精神神経学会学術総会でのシンポジウム(精神・神経医療における「聖杯」とは:Disease-Modifying Therapyの現在地と可能性)をもとに作成しました.シンポジウムの機会をいただいた,学術総会会長の川嵜弘詔教授(福岡大学医学部精神医学教室)に心より感謝申し上げます.
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