Janet, P.(1859~1947)は,解離や外傷性記憶や下意識現象の提唱者として今日広く知られている.この論考の前半では,Janetの『心理学的自動症』にいたる初期論文を検討し,いかに新たな心理学の形成にいたったのかを検討した.Janetに大きな影響を与えたのは,叔父の哲学者Paul Janet,神経学者のCharcot, J. M.,コレージュ・ド・フランスの前任者Ribot, T.,心霊研究者でもある生理学者のRichet, C.,そして新しい心理哲学の形成に向け協働したBergson, H. であった.それぞれ時代を画する知的領野の開拓者であったが,そうした影響のもと,Janetはフランス独自の心理学の形成へと舵を切っていった.特に1886年の,「解離の法則」と外傷性記憶の発見にいたる経過,その後の物語論や時間論に結びつく議論を紹介した.1902年,コレージュ・ド・フランスの教授に就任後,30年の長きにわたって教鞭を執り,数多くの著作を記したが,その全体像は「行動の心理学」と呼ばれる,社会心理学的指向を明確にもつ内容であった.Baldwin, J. M. やGuillaume, P. らの模倣を中心にして集団化する発達心理学の影響をはじめ,同時代の変貌する関連諸科学の知見を絶えず取りこんで理論を展開する姿をみることができるが,一方,Janetはヒステリー概念を決して手放すことはなかった.Janetは第一次世界大戦後,その影響力を急速に失ったとされたが,その間に積み上げられたのは,ボトムアップ型(Hacking, I.)の心理哲学というものである.傾向性の階層構造という全体像を射程に入れながら,Janetの後期の理論は,じつに刺激的な展開をみせる.命令と服従を軸として展開する言語論.4つの基本的感情から信念にいたる過程を理解しようとする社会的感情論.そして,「リンゴのカゴ」などの例で示される,統一性や個体性をはじめとする,言語以前の初等的知性論などである.Janetは,心理学や精神医学に限局されない人間科学全般を縦横に往来しながら,諸科学に開かれた,批判的で,脱構築的な視点をわれわれの視点や臨床にもたらそうとしたのである.
https://doi.org/10.57369/pnj.23-151
はじめに
力動精神医学の開拓者のひとりJanet, P.(1859~1947)についてはすでに数多くの紹介がなされている.代表的なものとして『無意識の発見』第6章17)が挙げられる.20世紀後半にJanetリバイバルの契機となったその圧巻の章は,Ellenberger, H.F.自身のJanetへの熱い思いが反映している.それ以外にも,Janet他界直後に米国で出版されたMayo, E.による著作58),Schwartz, L.による浩瀚な精神療法論65),Prévost, C. M.によるJanetの心理哲学を総覧する著作62)などが思い浮かぶ.Janet自身による解説45)も邦訳されている.20世紀後半,心的外傷や解離が注目された後は一種のブームも形成され,21世紀に入ってからは多くの著作が復刊され,そこには初期論文集50)やコレージュ・ド・フランス(Collège de France:CdF)における講義レジュメ49)も含まれ,さらに最晩年の「信念の諸形式」をめぐる講義ノート51)も新たに刊行されている.
日本におけるJanetへの関心も長く,戦前の今村新吉25)による紹介から,村上仁60),荻野恒一61),加藤敏19)53),影山任佐52),さらには『心理学的自動症』33)など多くの翻訳30)31)40)42)46)を手がけた松本雅彦57)をはじめとする,精神病理学の主流をなす研究者による精力的な紹介がある.関計夫訳の『人格の心理的発達』44)や高橋徹訳の『神経症』37)もあり,長く読み継がれてきたことがわかる.
Janetは,ヒステリーや解離や下意識といった19世紀的な概念と結びつけて考えられがちであるが,第二次世界大戦後まで活躍した20世紀の人物でもある.本稿では,前半で解離の法則の発見や外傷性記憶にいたる初期の論文を検討し,後半では,標榜する「行動の心理学(psychologie de la conduite)」を経た,1925年以降の後期の思想も紹介したい.それは,先取り的に言うならば,解離や外傷性記憶の提唱者という一般的なイメージをはるかに凌駕する,社会心理学や心理哲学と呼べる視点から人間全体の総合理論を構築しようとするJanetの魅力の尽きない側面である.
I.Janetの略歴
Janetは1859年にパリに生まれ,1947年同じくパリで亡くなった.第二帝政期から普仏戦争,第三共和政,そして2つの世界大戦を経験している.1879年,高等師範学校(エコール・ノルマル・シューペリウール)に入学し,1881年一級教員資格(アグレジェ)を取得して卒業,1889年『心理学的自動症』33)で文学博士号.その後,ル・アーヴルのリセなどで哲学を教えた.1889年から1893年まで医学を学び,1890年からはサルペトリエール病院でCharcot, J. M.(1825~1893)のもと心理学実験室の室長となり,ヒステリー研究で医学博士号を取得した.1895年からはCdFの「実験・比較心理学」講座でRibot, T.(1839~1916)の代講を務め,1902年,正式に同講座教授に就任し,以降1934年までそこで講義を続けた.1904年からはDumas, G. とともに『心理学雑誌(Journal de psychologie)』の創刊と責任編集にも携わっている.
その後も多数の著作を残した.『強迫症と精神衰弱』2巻34)(1903),心理療法の歴史を総覧した代表作『心理学的治療』3巻39)(1919),『苦悶から恍惚へ』2巻42),『記憶と時間概念の発達』43),そして『知性のはじまり』47),『言語以前の知性』48)へと続く.しかもこれらのいくつかは1,000頁を超える大著である.
海外での活動も旺盛で,計6回の渡米歴があり,米国各地で講演をして友人も多かった18).交換教授でメキシコにおもむくことや,アルゼンチンやブラジルで講義をすることもあった.生涯かけて記した5,000例にもわたる診療記録は自宅の一室を占めたが,遺言どおり死後そのすべてが焼却された,と記されている17).
II.Janet周辺の人びと
Janetには,高名な唯心論哲学者であった叔父のPaul Janet(1823~1899)がおり,泌尿器科医になった弟のJules Janet(1861~1945)がいた.両者ともJanetのル・アーヴル時代の催眠実験に深く関与し,叔父は学会でJanetの最初の論文の代読をしている.
高等師範学校では,現代社会学の創始者Durkheim, É.(1858~1917)が同期であり,1年上には,哲学と心理学を結びつけることで,長きにわたり緊密に協働することになるBergson, H.(1859~1941)がいた.Bergsonとは後にCdFで同じく教鞭を執ったが,例えば「想話機能(fonction fabulatrice)」や「持続(la durée)」といった重要な概念ばかりではなく,解離や失語を含む最新の医学・心理学概念を共有し合う関係であった.CdFでBinet, A.(1857~1911)と「実験・比較心理学」講座のポストを争った際には,BergsonによるJanetを推薦する報告書が大きな影響を及ぼしたといわれている(文献49),p.12-17)*1.
そもそもCdFとは,16世紀に遡る,大学制度とも異なる長い歴史をもつ機関であり,そこでJanetが引き継いだ実験・比較心理学講座は,1888年4月,Ribotによって開講された部門であった.Ribotは,英国やドイツの心理学を精力的に紹介し,この領域を病態心理学から構築しようと試み,後に一般的な感情に焦点をあてた「感情の心理学」へと移行していった.RibotはJanetを後継者と考え,1895年から代講を依頼し,1901年末に正式に引退した.したがってJanetの心理学の基底には,この領域の師Ribotの病態心理学や感情心理学というテーマへの敬意が存在している.
Janetはもともと哲学出身であったが,臨床医学の知見も旺盛に吸収しようとした.サルペトリエール病院では,1880年代に「ヒステリーの黄金時代」を築いたCharcotのもとで実験を重ね,医学博士論文を提出した.1893年Charcotの急死の後,学派は求心力を失い,Babinski, J. を中心に,後の1908年には師の大ヒステリー=大催眠理論を全否定することになるが,Janetは,ヒステリー概念を終生手放さず,その診断の意義を主張し続けた.医学博士論文『ヒステリー患者の精神状態』(Charcotの序文付)第2版38)を1911年に復刊させたのもそうした固い意志の現われとみることができる.
Janetにはさらに,最初期に,Léonieという症例の催眠や遠隔透視実験を通して,Richet, C.(1850~1935)や英国のMyers, F.(1843~1901)をはじめ,当代の欧州の最先端の心霊研究者との交流を深めた.Richetは後の1913年にアナフィラキシー・ショックの研究でノーベル生理学賞を受賞し,その後に『超心理学概論』64)(1923)というこの領域のライフワークを刊行している.動物にはあるが人間は失いかけた能力である「第六感」や「潜在感受性(cryptesthésie)」を体系的に研究しようとした*2.Janetは,自分の学問的系譜を述べる際に,(サルペトリエールでもナンシー学派でもない)あえて言うならRichetの学派である旨を記している(文献39),I:p.182).後に批判的意見を表明するが,大きな影響を受けた人物であった.さらに,ル・アーヴルの時代から数多くの精神科医との交流がみられた6).
III.6つの初期論文―『心理学的自動症』への助走―
Janetには,1885年からはじまる6つの初期論文があり(すべて初期論文集50)に所収),それらの集大成が哲学学位論文『心理学的自動症』である.これらは20代後半にル・アーヴルで書かれた.初期の論文では今日読むとやや困惑するが,ヒステリー事例への観念や感覚の転移,つまりテレパシー(suggestion mentale)を中心とする実験が続く.最初の事例B夫人は,実名をLéonie Leboulanger(1832~没年不詳)といい,今日その興味深い生活史や催眠下の写真まで発掘されている8)13)20).ブルターニュの農村出身のこの女性は,Janetと出会ったとき45歳であり,結婚し2人の子があり,催眠下で遠隔からの思考を読み取る,優れた透視能力者(extra-lucide)として知られていた.複数の人格を示すヒステリーとも診断され,現地の医師Gibert, J.(1829~1899)のいわばお抱えの患者であった8).Janetの弟JulesはLéonieとの初対面時の衝撃的なエピソードの数々を約半世紀後の1939年(兄80歳を祝う記念誌26)のなかで)回想している.
Janetのデビュー論文『夢中遊行のいくつかの現象についての報告』(1885)27)は,1885年9月から10月の実験報告である.Léonieは母指の圧迫で容易に催眠状態に入る.術者が(言葉は使わず)額を近づけて,思考を送る実験を行う.「昼の12時に家の鍵をかける」といった後催眠暗示,あるいは離れた場所(隣室や市内の丘)から,一定の時刻に,思考や味覚や痛覚を本人に送るなどの実験である.この報告は叔父Paulによってパリの学会で代読され,当時の多数の催眠研究者の関心を強く引くことになった.
翌年の論文『催眠の過渡的段階』(1886)28)では,同じLéonieが対象であった.当時Charcotによって確立された,大催眠の3段階(カタレプシー・嗜眠・夢中遊行)は,生理学的にも心理学的にも明確に区分されるまったく質の異なった状態とされたが,それらの相互に重なる移行期が観察されるという報告がなされている.この論文はRichet編集責任の『科学雑誌(Revue scientifique)』に掲載された.
さらに『遠距離から誘発された眠り〔催眠〕と夢中遊行状態での精神的暗示第2報』29)は,1886年の実験報告で,被験者も同じである.催眠下で赤い花が見えると暗示を与える実験,術者が自分の腕や足を思いきりつねったり,腕に熱したこてをあてて火傷したりすると,別室のLéonieは悲鳴をあげ,火傷の際は翌日同じ箇所に腫脹と発赤が出現したことが報告されている.Janetはこれを「感覚の伝達(communication de sensation)」と呼んでいる.実験後半には,叔父Paul,弟Jules,さらにMyers,Richet,Ochorowics, J.,Marillier, L. らヨーロッパの心霊研究の最前線の研究者がパリやケンブリッジなど各地から参加している.
第4論文『無意識の行為と誘発した夢中遊行下の人格の二重化』(1886)30)では,これまでの被験者Léonieにかわって,けいれんと混乱を呈する,後にLucieという名で紹介される19歳のヒステリー女性がはじめて登場する.ここでは,この時期多くの催眠研究者が関心を抱いたが,未解決であった問題が扱われた.それはナンシー学派のBernheim, H.(1840~1919)が1883年に報告し,翌年刊行された『症例S』3)という男性事例をめぐるものである.後に『13日間』というタイトルの論文で,LeBlanc, A.55)が詳細に紹介する事例である*3.
IV.「解離の法則」
この第4論文30)においてJanetは,Lucieには話し言葉で意思の伝達が可能だが,別人格の,書き言葉(自動書記)のみで疎通可能なAdrienneが現れることを発見している.Lucieはヒステリー発作後に「怖い怖い」と何かを恐れたが,それは7歳の夏に田舎の祖母の家で見た,庭木に大きなカーテンを吊るして隠れていた男性たちを目撃したAdrienneの恐怖であることが判明する.Lucieは恐怖を示すが,具合の悪さを記憶にとどめる程度であった.このあたりからJanetの「外傷性記憶」という概念の萌芽が形成されていく.
1887年に書かれた『系統的感覚麻痺と心理現象の解離』31)では,いよいよ「解離」という用語が登場する.それは前の論文で症状改善をみたLucieが,片頭痛や左半身痛,自然発生的な夢中遊行などの症状で再発したことを機にしている.ここで観察されるのは,当時「陰性幻覚(hallucination négative)」という術語で記された症状である*4.陰性幻覚とは,暗示によって特定の人物が見えなくなる,特定の身体部位の感覚が消失する(麻痺する)というもので,この延長で,例えば「3の倍数の文字が書かれたカードをあなたは見ないだろう」といった後催眠暗示も含まれることになる.
こうした現象に対してJanetは,陰性幻覚(系統的感覚麻痺)とは,心理的現象である「解離」にほかならないと断言する.ここで「解離の法則(loi de dissociation)」についての言及があり「解離」という用語が使用される*5.それは,感覚の欠落ではなく,連想〔連合〕(association)の欠落(文献31),p.171)が問題であり,「催眠状態よりも解離のほうこそ病的に本質的なもの」(同上,p.178)であると述べられている.
翌1888年の『夢中遊行下の無意識的行為と記憶』32)は,長文で,複雑な実験と考察が記されているが,Lucieとともに,再びLéonieを詳細に取り上げている.無意識の行為とは夢中遊行そのものであり,それは覚醒状態と交互に孤立して存在するのではなく,覚醒下でも途絶えることなく継続している,とJanetは記した.意識下に横たわる複数の下意識的心理があることを明らかにしている.このうえで,Léonie,Léonore,Léontineという各々別の人格が多層に形成されていることが実験例を通して具体的に明らかにされている*6.
このような助走を経て,Janetは,LéonieとLucie,さらに別のRose,Marieを加え,博士論文『心理学的自動症』33)を提出することになる.これまでの初期論文で積み重ねてきた観察や実験を,動物磁気や心霊研究とは距離をおく,自動症,解離,下意識といった一連の病態心理学的で科学的な事象として再解釈しようとしたのがわかる8)54).解離状態の説明で示された層状の図1(文献33),邦訳p.324)は,後に解離を説明する図として有名になる「単一観念による夢中遊行」の図2よりも,この時期のJanetの解離概念を明確に説明するものであった.
V.ヒステリー・解離・外傷性記憶
解離と外傷性記憶の典型症例としては,Ilène35)という20歳の有名な女性がしばしば引用される.この女性は,屋根裏部屋で肺結核を病む母親の不眠不休の看病を約2ヵ月間続け,酒飲みの父親と争い,時に縫製で生活費を稼ぎ,吐血などの末,母を看取ることになった事例である.母の死後,希死念慮や自殺企図が出現し,母の死の場面や自分が列車に轢かれて死ぬ場面をくり返し動作で示すのである.結局Ilèneは入院になったが,母の死に先立つ3ヵ月間の記憶は一切なく,不安や悲しみも想起できない放心状態を呈した.
この図2によって,Ilèneに典型的な逆行性健忘とは,人格の二重性を伴う夢中遊行の本質であると説明されている.Janetはヒステリーのスティグマ*7である暗示と放心そして感覚の変化の3つを要約して,これらが「意識野の狭窄」というヒステリー理解のカギ概念であるとし,以下のように定式化した.
「ヒステリーとは,個人の意識野の狭窄によって特徴づけられる精神機能の低下の一形式であり,人格を構成する諸観念や諸機能体系の解離(dissociation)や解放(emancipation)に向かう傾向性である」(文献36),p.332)
JanetはIlèneに対して,母の死を言語的な記憶として再構成するように促して治癒に導いている.つまり先の図2でいえば本来の人格(P)から離れて作動してしまう多角形の部分を,本来の人格Pに再統合したことになる.しかしJanetは,こうした治癒は例外的であり,外傷性記憶の場合,成功例は少なく,症状を反復することになると記している.したがって困難な事例では,時間をかけて外傷的な出来事が無害化するのを待つ「記憶の解離(dissociation des reminiscences)」という方法が重要であると述べている.この場合の「解離」は単に切り放すという意味で,病理学的な意味はないことに注意されたい11).これは簡単にいえば「忘却(oubli)」のことである.これらはJanetの用語でいえば「清算(liquidation)」と「同化(assimilation)」ということになるだろう.困難な状況が清算され,同化されるとき,出来事や記憶は外傷的でなくなる.Ilèneは,受容や,断念や,記憶を順番に整序すること,つまり「同化」に成功した稀な事例ということになる.
さらにJanetは,外傷的な「固着観念」は夢や語にまとわりついていて,それを契機にすべて誘発されてしまうために,語との結びつきを,催眠暗示などをもちいて取り除くことの必要性を示している(文献39),II:p.287).
Janetはこうして,解離と記憶と物語行為とを結びつけ,心的外傷の治療を定式化した人物となった.先に紹介した図2は,外傷性記憶の成立と治癒過程を端的に示すものになったのである*8.
VI.記憶と物語
こうしたうえでJanetは独特な記憶(mémoire)の定義をする.
「記憶とは,信念と同じく,すべての心理的現象と同じように行為(une action)なのである.本質的にそれは,物語る〔ストーリーを語る〕という行為(l’acte de raconter=the action of telling a story)である」(文献39),II:p.272;英語版p.661,傍点部原文イタリック)
ある出来事の〔言葉にならない〕固着観念から逃れられない人は,その出来事の「記憶」をもつとはいえない.便宜的にわれわれは「外傷性記憶」と呼ぶが,それは通常の記憶のようには物語ることができない.Janetはこうも述べている.
「外傷性記憶とは単に達成と清算の障害のひとつである」(文献39),II:p.280)
20世紀末になって,「外傷性記憶」は,「物語性記憶」―つまり言語化可能な通常の記憶で,既存の自己の体系に同化,清算された記憶―と対比されて考えられるようになる.それは医療や心理やケア領域で,「物語ること(narrative)」が注目されるようになった時期に重なる10).その源流をたどると,「物語(récit)」や「語り(narration)」を,記憶や健忘や時間概念との関連で講義した1928年のJanetの講義に行きつく.
Janetはこう記している.
「存在(l'être)とは人が信じるものであり(中略)出来事(l'événement)とは(中略)語られるものである,正確に,前後をつけ,想話(la fabulation)とともに語られるものである」(文献43),p.288-289)
この「想話」が一連の出来事を創り出すことになる.そのうえで問題なのは,この存在と出来事とが一致しない場合があることだとJanetは続ける.
これもJanetがくり返し示す歩哨の比喩であるが,「記憶するためには,暗唱(récitation),描写(description),語り(narration)が必要である」(文献49),p.69).例えば,歩哨が任務中に,敵の襲来などの目撃した出来事を,本営に戻って上官に伝えようとしたとき,記憶がはじまるというのである.つまり,観察者である歩哨は目の前で起こっていることをただ知覚するだけでは不十分であり,言語化し,いわば記憶へと加工する作業が必要になる.解離と記憶と語りをめぐる,Janetの物語論の核心ともいえる部分である10).
Janetは,先にみたように治療としての「忘却(記憶の解離)」を強く薦めた人物であることを忘れてはならないだろう.Janetはわかりやすい治療論を定式化するというよりも,古来のさまざまな治療法を網羅的に列挙し,それらがいずれもその時代に治療的意味と限界をもったことを入念にたどろうとした.そして治療理論としては,Ellenberger16)が要約したように,「心理的力〔心理力〕(force psychologique:F)」と「心的緊張〔心理張力〕(tension psychologique:T)」を各々縦軸と横軸に据えた四象限においた4つのタイプを考え,それらにふさわしい多様な治療的アプローチを考えたのである.
VII.Janetの後期理論
以下の部分では,1925年以降のJanet後期の著作をたどることにする.そこには,核心となるいくつかの基本的発想があり,それらからさまざまな議論が縦横無尽に展開されているのがみえる.そのなかでJanetは,社会心理学的な「行動の心理学」にとどまらぬ,心理哲学と呼ばれる方法,つまり哲学と心理学が重なる「人格」の問題から出発して,人間の「感情」と「言語」,さらには「初等的知性」の問題を論じ,それらが複雑に重なる「信念」へと歩んだと考えられる.
Ellenbergerはそうした一連の議論を,「大総合理論(the Great Synthesis)」という名でまとめている.それは,20冊の単行本と数十余編の論文にわたるもので,「要点をかいつまむだけでも最低四,五百頁の大著が必要となるほどの奥行きを備えた記念碑的労作である」(文献17),p.444f.)と記されたが,決して誇張ではない.以下その導入部だけでも紹介したい.
1.命令と服従―言語論―
Janetは,人間が「仲間集団(socius)」のなかで生活し,そこでの群居的傾向性(tendances grégaires)から社会的傾向性(tendences sociales)へと進化を遂げたものと考えた(文献49),p.64).ここから9段階の傾向性で示される45),65))階層的秩序が提起される.重要なのはこの図式的理解というよりは,それにいたるJanetが洗練した思考過程であろう.
19世紀末は,群衆や集団に強い関心が注がれた時代であった.その構成員間の伝達は「模倣(imitation)」によってなされるという視点が強く打ち出された.そこには,Tarde, G.の模倣理論67),Guillaumeの模倣発達理論21),長い交友関係のあったBaldwin, J.M.の「仲間集団(socius)」を中心とした模倣・進化理論1),Royce, J.の社会的相互作用の産物としての自己(Self)の研究も含まれる(文献17),p.463).Janetは,集団のなかで模倣を通じ,言語やシンボルを操り秩序を身につけ,初等的知性を形成し,さまざまな感情を調整して,より高次な階層へと発達していくという心理的発達を想定した*9.
こうしたうえで,Janetの言語論が展開される.集団内では,言語以前は,おもに四肢の動きによる表出が中心であった.そこに例えば狩猟などに際して,叫び声をあげ,率先して行動を開始する者が現れる.そしてそれに従って集団で参加することが行われる.しかしこれをくり返すうちに,声はあげるが行動は控える者と声に促されて行動する集団の分化をみる.これがリーダー(le chef)と従者(les sujets)の発生である.そこで発せられる音声こそ言語行為の源泉だとJanetは述べる.
したがって人間の言語活動とは,「命令(commandement)」と「服従(obéissance)」からなるものにほかならない.こうした社会的相互行為的視点が中心に据えられている.
Janetはこう記している.
「私たちの一生は,命令するか従うかのどちらかしかない」(文献41),p.91)
「話すこと(parler)は最も多くの場合命令であり,話を理解することは最も多くの場合服従である.(中略)要求,祈り,質問(interrogation)はつねに命令の形式である.(中略)質問は発話行為を必要とする命令であり,疑問(question)は記憶行為を必要とする」(文献48),p.99-100,傍点部原文イタリック)
こうして,要求,請願,苦情,教育,そして記憶や祈りまでもが命令であり,それらを受容し理解することは服従なのだとJanetは展開する.
このような段階を経て,人間の行動は,仲間集団に向けてのものと,自己に向けてのものに分化していく.その結果,行為が二分され「二重の行為(actes doubles)」となり「内的思考」や「秘密行為」が発生するのである.こうして言語と行動の間の乖離を食い止めるために「確言(affirmation)」という行為が必要となり,これがさらに後期の信念論へと合流していく.
2.社会的感情論
ここでもう1つ呈示されるのが,1924~1925年の講義のテーマである「情動的社会的感情論(l’étude des sentiments sociaux affectifs)」(文献49),p.125)である.Janetは,心理学の師Ribotがその後期にたどり着いた『感情の心理学』63)をもとにこの領域をもう一歩深化させようとしている*10.Ribotは,その著書の目的を「情動的生活の基礎には,欲望と,その反対の運動や運動停止があることを明らかにすることである」(文献63),p.429)とした.進化という視点からみても,感情は知性よりも基本的な部分を占めていると記している.
もともと,Janetは1895年のCdFの講義を,人格の感情の研究史から開始した.これは,疲労への注目(1901~1902),感情の強調(1908~1909),その後間をおいて,単純な感情(悲しみと喜び)(1923~1924)を論じ,そして社会的感情(愛と憎しみ)(1924~1925)として展開されている(表).1924~1925年度の講義で本格的に論じられた内容は,後の1932年に『愛と憎しみ』41)という講義ノートとして刊行された.
Janetによれば,人間の感情は分化し複雑化しているものの,基本的に4つのグループにまとめられるという.それらは,(i)「努力(effort)」,(ii)「疲労(fatigue)」,(iii)「失敗(échec)〔悲しみ(tristesse),苦悶(angoisse)〕」,(iv)「成功(succès)〔喜び(joie),達成(triomphe)〕」である.これらの感情は自動車の機能に喩えられる.自動車の走行にとっては基本的なエンジン機能が重要だが,安全走行のためには副次的な調整機能が重要となる.つまり「加速」「制動」「後退」「停止」であり,それぞれ「活動の増加」「活動の休止」「失敗後の活動の完全停止」「達成後の行動の完全停止」に相当する.これらに該当するのが先に記した4種の基本的感情なのである(文献41),p.9ff.).それに感情の欠如である「空虚状態」と,均衡のとれた「平穏状態」を加えれば,ほぼ全体を網羅することができるというのである.
例えば幻覚や被害妄想,あるいはそれによる精神疾患とされ,その原因が器質的原因に帰せられる場合を考えてみる.社会的感情論の目的の1つは,「発症初期時の心的傾向(欲求,言語,行動)が,もし加工修正を受けることがなければ,その病態の本質は,そのような心的傾向に影響をおよぼす感情の調整作用に見出すことができよう」(文献46),邦訳p.3)という視点である.
「行動に影響をおよぼすと考えられる感情というものは,一つひとつの心的活動と信念との間に介在していて,その二つを結びつけるものである.感情は信念を産み出す際にかなり重要な役割を果たしている」(文献46),邦訳p.5)
つまり,妄想や精神病を,器質的なものが背後にある現象であると直線的に結びつけるのではなく,中間的,介在的「感情」を通して考察することを薦めていることになる.
『苦悶から恍惚へ』42)のなかで,Madeleineという有名な事例の病歴が詳細に示される15)56).本書の副題は「信念と感情に関する研究」であるが,Janetは,診断名に向かうのではなく,誘惑,枯渇,苦悶,恍惚,慰安と名づける病相を経て均衡状態に戻る経過を示し,それらの時期の間に介在する「感情」の動きや変容をみようとしたことがわかるだろう.社会的感情論は,感情から信念が産み出されるという,後期のJanetにとって重要な方法的視点であった14).
3.リンゴのカゴ―初等的知性論―
さらに後期のJanetのテーマに,初等的知性(intelligence élémentaire)をめぐる議論47)48)がある.それは空間内での歩行を保証する「方向」と「位置」「迂回」などの概念からはじまり,「行くと戻る」「左右」といった観念を出発点とする.こうした基礎のうえで,Janetは「質(qualité)」と「量(quantité)」の概念の形成について思考を進める.例えば知人の「肖像」を見ると,われわれのなかにその対象への敬意が芽生え,挨拶することさえある.しかし一方でそれは紙や布にすぎない.それは「類似」という関係性や「質」の区別へと人間を誘う.
この延長でJanetは「リンゴのカゴの行動(la conduit du panier de pommes)」と呼ばれるものをしばしば取り上げる.それは子どもがするような,カゴに同種のもの(例えばリンゴ)を集め,そこからまた1つずつ取り出すという行為である.これらの行為は「量」をめぐる知的行為なのだとJanetは指摘する.さらに言えば,前者「カゴの行動」とは「集合(rassemblement)」であり,後者「リンゴの行動」は「分割(partition)」という知的行動になる.
「リンゴの入ったカゴを前にした時と,カゴから出したリンゴを前にした時の,この2つの行動は,「統一性(unité)」と「個体性=不可分性(individualité)」という2つの基本的な考え方の出発点である」(文献41),p.125)
統一性とは,すべてばらばらな対象をグループ化し終えたときの態度,行動であり,一方,カゴからリンゴを全部取り終えたとき,人は個体(individu)の存在を感じる.なぜなら,さらに分割するためにはリンゴを切らなければならないからである.この「集合」「分割」「個体化」あるいは「個体の統一性の形成」という初等的な知的操作からさまざまな事象が展開していく(文献48),p.7-72,第1部).例えば,「ケーキの一片」では「分割」について,「食器棚の引き出し」では「整理(rangement)」についての知性の発達が論じられる.Janetは,これらのほかにも,人間が造りだした対象である,道路,公共広場,ドア,道具,旗,言葉など(文献47),p.28),卑近な例から説きおこし,シンボルとサイン,記憶,イメージ,さらに固有名詞の発生,時間や数字の発見へと議論を展開する.
別の著作ではこうも述べている.
「リンゴをカゴの中にひとつにまとめることと,いっぱいになったカゴを空にして分けること,この2つの行動は社会にも当てはまる.なぜなら,社会は一種のカゴだからである.それは村や,家や,群衆であるが,つねにひとつのまとまり(un ensemble)なのだ」(文献41),p.125)
おわりに
Janetの著作,とくに初期の解離や外傷性記憶理論から,その後「行動の心理学」に移行し,さらに後期の感情や言語や信念の心理哲学にいたるその軌跡をたどった.
精神医学や心理学において,1つのパラダイムが四半世紀以上もちこたえることは難しい.1885年のデビューから半世紀以上にわたって思索を積み重ねてきたJanetは身をもってこのことを経験したに違いない.例えば初期の「陰性幻覚」や「後催眠暗示」という現象は,今日であればその「実在性」が疑問視される人工物(アーチファクト)ととらえられるかもしれない.Carroy, J.7)やBorch-Jacobsen, M.5)が「Delboeuf効果」や「Bernheim効果」と名づけたように,治療者と被験者の特別な相互的関係という文脈でとらえるほうがより理解しやすい現象であろう*11.
実際Janetは,20世紀初頭に北米でその名声のピークを迎えたが,第一次世界大戦後,急速にその影響力を失ったとされる.その原因の1つとして,ドイツ精神医学や精神分析学という,巨大学派や「大きな物語」12)の台頭する時代に移行していったことが考えられる.こうしたHacking, I.23)のいう「トップダウン型」思考が優勢な時期には,Janetや北米のプラグマティストの「ボトムアップ型」アプローチは「待機(attente)」の時期を強いられるのかもしれない.Ellenbergerは,「Janetの著作が将来再刊されることは決して(ジャメ)ありませんよ」と断言するかつての著書の出版社主の発言を『無意識の発見』17)の註(邦訳p.481)に書き留めていたのではないか.日本における紹介でも,Janetは精神分析を理解しなかったという一文が長らく付け加えられた.しかしJanetの魅力は,二重化する言語の溝を埋めようとする先の「確言」をはじめ,半世紀後に注目される「社会的外在化(objectivation sociale)」35)や「現在化(presentification)」「想話機能(fonction fabulatrice)」43),さらに失語論やシンボル機能「純粋記憶(mémoire pure)」「フラッシュ・イメージ(images-éclairs)」,そして「えもいわれぬもの(l’ineffable)」(文献48),p.147-159,181-192,251-259)までも射程に入れようとする横断的で越境的な思考にあると思う.
『心理学的医学』40)(邦訳p.83)は,大著『心理学的治療』39)の縮刷版といってよい著作であるが,Janetはそのなかで,古来さまざまな心的治療が,唯一全能で有効なものとして登場し,一時疫病のように流行し,やがて物笑いの種となって忘れ去られる歴史をたどることを記している.Janetは,「清算」と「同化」を中心とする自らの治療論も含め,それでもなお困難な治療過程があることを熟知していた.あらゆる心的治療理論を批判の俎上に載せたうえで,Janetは,(疾患ではなく)「感情」や「言語」や「信念」という一般的な概念から症状や疾患を問い直そうとしたのではないか.Janetは,精神病理学的な区分的(categorical)な思考から最も遠い軌跡を歩んでいるように思う.
それは,後続の研究者や治療者に,もう1つ別の心理学的理解や治療ルートの存在を知らせようとしているように思われる.いつかそのアンカットのページを切り裂いて再発見される日を「待機」する,欲望に満ちた議論なのである.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) Baldwin, J. M.: Social and Ethical Interpretations in Mental Development: A study in Social Psychology. Macmillan, London, 1897
2) Bergson, H.: Matière et mémoire. Félix Alcan, Paris, 1896 (熊野純彦訳: 物質と記憶. 岩波書店, 東京, 2015)
3) Bernheim, H.: De la suggestion dans l'état hypnotique et dans l'état de veille (1884). Avec une introduction par S. Nicolas. L'Harmattan, Paris, p.69, 2004
4) Binet, A., Féré, C.: Le magnétisme animal: Études sur l'hypnose. Félix Alcan, Paris, 1887
5) Borch-Jacobsen, M.: L'effet Bernheim (fragments d'une théorie de l'artefact généralisé). Corpus revue de philosophie, 32; 147-173, 1997
6) Carbonel, F.: Pierre Janet et les médecins aliénistes du Havre: un jalon pour l'émergence de la psychologie scientifique: (1883-1889). Janetian Studies, halshs-00006249, 2006
7) Carroy, J.: L'effet Delbœuf, ou les jeux et les mots de l'hypnotisme. Corpus revue de philosophie, 32; 89-117, 1997
8) Carroy, J., Plas, R.: La genèse de la notion de dissociation chez Pierre Janet et ses enjeux. L'Évolution psychiatrique, 65 (1); 9-18, 2000
9) Descartes, R.: Les passions de l'âme. 1649 (谷川多佳子訳: 情念論. 岩波書店, 東京, 2008)
10) 江口重幸: 臨床場面における物語と声―ジャネの「想話機能」を手がかりに―. ナラティヴと医療 (江口重幸, 斎藤清二ほか編). 金剛出版, 東京, p.31-48, 2006 (江口重幸: 病いは物語である―文化精神医学という問い―. 金剛出版, 東京, p.185-203, 2019再掲)
11) 江口重幸: ジャネと解離. 精神科治療学, 22 (4); 415-421, 2007 (江口重幸: 病いは物語である. 金剛出版, 東京, p.207-217, 2019再掲)
12) 江口重幸: 「大きな物語の終焉」以降の精神医学・医療の現在. 臨床心理学, 17 (3); 267-272, 2017 (江口重幸: 病いは物語である. 金剛出版, 東京, p.9-18, 2019再掲)
13) 江口重幸: ジャネの初期論文を読む. 臨床心理学, 増刊14; 52-58, 2022
14) 江口重幸: 統合失調症再考―ジャネの「社会的感情論」を手がかりに―. 統合失調症という問い―脳と心と文化― (古茶大樹, 糸川昌成ほか編). 日本評論社, 東京, p.125-142, 2022
15) 江口重幸: 症例マドレーヌ. 精神療法, 49 (1); 113-122, 2023
16) Ellenberger, H. F.: La psychothérapie de Janet. L' Évolution psychiatrique, 15 (3); 465-484, 1950 (中井久夫訳: ジャネの心理療法. エランベルジェ著作集2. みすず書房, 東京, p.3-27, 1999)
17) Ellenberger, H. F.: The Discovery of the Unconscious. Basic Books, New York, p.331-417, 1970 (木村 敏, 中井久夫監訳: 無意識の発見―力動精神医学発達史―, 上. 弘文堂, 東京, p.385-481,1980)
18) Ellenberger, H. F.: Pierre Janet and His American Friends. Psychoanalysis, Psychotherapy and New England Medical Scene, 1894-1944 (ed by Gifford, , G. E. Jr.). Science History Publications, New York, p.63-72, 1978 (江口重幸訳: ピエール・ジャネと彼のアメリカ人の友人たち. みすず, 621; 6―18, 2013)
19) Ellenberger, H. F.: ピエール・ジャネの生涯と業績(加藤 敏訳, 解説). 臨床精神医学, 9 (1); 71-80, 1980
20) Gauld, A.: Notes on the career of the somnambule Léonie. J Soc Psychical Res, 61 (844); 141-151, 1996
21) Guillaume, P.: L'imitation chez l'enfant. Félix Alcan, Paris, 1926
22) Hacking, I.: Madness: Biological or constructed? The Social Construction of What? Harvard University Press, Cambridge, p.100-124, 1999 (出口康夫, 久米 暁訳: 何が社会的に構成されるのか. 岩波書店, 東京, p.232-272, 2006)
23) Hacking, I.: Between Michel Foucault and Erving Goffman: Between discourse in the abstract and face-to-face interaction. Economy and Society, 33 (3); 277-302, 2004
24) Hilgard, E. R.: Divided Consciousness, expanded edition. Wiley, New York, 1986 (児玉憲典訳: 分割された意識―隠れた観察者と新解離説―. 金剛出版, 東京, 2013)
25) 今村新吉: ピエール・ジャネー氏の最近の精神病理学研究. 精神病理学論稿. 弘文堂, 東京, p.107-141, 1948
26) Janet, J.: Souvenirs et problèmes. Mélanges offerts à Monsieur Pierre Janet. Editions D'Artrey, Paris, p.113-121, 1939
27) Janet, P.: Note sur quelques phénomènes de somnambulisme. Bulletins de la Société de Psychologie Physiologique, 1; 24-32, 1885
28) Janet, P.: Les phases intermédiaires de l'hypnotisme. Revue scientifique, 37 (19); 577-587, 1886
29) Janet, P.: Deuxième note sur le sommeil provoqué à distance et la suggestion mentale pendant l'état somnambulique. Bulletins de la Société de Psychologie Physiologique, 2; 70-80, 1886
30) Janet, P.: Les actes inconscients et le dédoublement de la personnalité pendant le somnambulisme provoqué. Revue Philosophique, 22; 577-592, 1886 (松本雅彦訳: 別人格の出現. 解離の病歴. みすず書房, 東京, p.119-143, 2011)
31) Janet, P.: L'anésthesie systématisée et la dissociation des phénomènes psychologiques. Revue Philosophique, 23; 449-472, 1887 (松本雅彦訳: リュシーの再発. 解離の病歴. みすず書房, 東京, p.143-180, 2011)
32) Janet, P.: Les actes inconscients et la mémoire pendant le somnambulisme. Revue Philosophique, 25; 238-279, 1888
33) Janet, P.: L'automatisme psychologique. Félix Alcan, Paris, 1889 (松本雅彦訳: 心理学的自動症―人間行動の低次の諸形式に関する実験心理学試論―. みすず書房, 東京, 2013)
34) Janet, P.: Les obsessions et la psychasthénie. I, II. Félix Alcan, Paris, 1903
35) Janet, P.: L'amnésie et la dissociation des souvenirs par l'émotion. Journal de psychologie, 5; 417-453, 1904 (松本雅彦訳: 症例イレーヌ. 解離の病歴. みすず書房, 東京, p.1-50, 2011)
36) Janet, P.: The Major Symptoms of Hysteria. Macmillan, London, 1907
37) Janet, P.: Les névroses. Flammarion, Paris, 1910 (高橋 徹訳: 神経症. 医学書院. 東京, 1974)
38) Janet, P.: L'état mental des hystériques, 2° éd. Félix Alcan, Paris, 1911
39) Janet, P.: Les médications psychologiques. I, II, III.. Félix Alcan, Paris, 1919 (Psychological Healing. I, II. Macmillan, New York, 1925)
40) Janet, P.: La médecine psychologiques. Flammarion, Paris, 1923 (松本雅彦訳: 心理学的医学. みすず書房, 東京, 1981)
41) Janet, P.: L'amour et la haine: Leçons au Collège de France 1924-1925. L'Harmattan, Paris, (1932) 2005
42) Janet, P.: De l'angoisse à l'extase: Étude sur les croyances et les sentiments. tome I, II,. Félix Alcan, Paris, (1926)1928 (I巻第一部 松本雅彦訳: 症例マドレーヌ. みすず書房, 東京, 2007)
43) Janet, P.: L'évolution de la mémoire et de la notion du temps. Maloine, Paris, 1928
44) Janet, P.: L'évolution psychologique de la personnalité. Maloine, Paris, 1929 (関 計夫訳: 人格の心理的発達. 慶応通信, 東京, 1955)
45) Janet, P.: A History of Psychology in Autobiography, Vol. 1. Clark University Press, Worcester, 1930 (村上 仁訳: ジャネー. 現代心理学の系譜II. 岩崎学術出版社, 東京, p.1-18, 1975)
46) Janet, P.: Les sentiments dans le délire de persécution. Journal de psychologie, 29; 161-195/196-240/401-460, 1932 (加藤 敏, 宮本忠雄: Pierre Janet―迫害妄想における諸感情―. 精神医学, 24(11); 1237-1248/24(12); 1377-1388, 1982)(松本雅彦訳: 被害妄想―その背景の諸感情―. みすず書房, 東京, 2010)
47) Janet, P.: Les débuts de l'intelligence. Flammarion, Paris, 1935
48) Janet, P.: L'intelligence avant le langage. Flammarion, Paris, 1936
49) Janet, P.: Leçons au Collège de France (1895-1934) (Serge, N. dir.). L'Harmattan, Paris, 2004
50) Janet, P.: Premiers écrits psychologiques. Œuvres choisies I. L'Harmattan, Paris, 2005
51) Janet, P.: Les formes de la croyance. Les Belles Lettres, Paris, 2021
52) 影山任佐: Janet, Pierre (1859~1947) 先駆者の光と影. 精神医学を築いた人びと・続, 上巻 (松下正明編). ワールドプランニング, 東京, p.195-213, 1994
53) 加藤 敏: ジャネ. 現代思想. p.9-13, p.64-70, 1981
54) LeBlanc, A.: The origins of the concept of dissociation: Paul Janet, his nephew Pierre, and the problem of post-hypnotic suggestion. Hist Sci, 39 (1); 57-69, 2001
55) LeBlanc, A.: Thirteen Days: Joseph Delboeuf versus Pierre Janet on the nature of hypnotic suggestion. J Hist Behav Sci, 40 (2); 123-147, 2004
56) Maître, J.: Une inconnue célèbre: La Madeleine Lebouc de Janet. Anthropos, Paris, 1993
57) 松本雅彦: ジャネ. こころの科学の誕生 (酒井明夫編). 日本評論社, 東京, p.109-128, 2003
58) Mayo, E.: Some Notes on the Psychology of Pierre Janet. Harvard University Press, Cambridge, 1948
59) Miura, K.: Sur trois cas de monoplégie brachiale hystériques. Archives de neurologie, xxv (75); 321-356, 1893
60) 村上 仁, 荻野恒一: ジャネ. 異常心理学講座第10 (井村恒郎, 懸田克躬ほか編, 精神病理学4). みすず書房, 東京, p.365-425, 1965
61) 荻野恒一: ピエール・ジャネ. 現代精神病理学のエッセンス. 荻野恒一, 相場 均監, ぺりかん社, 東京, p.54-73, 1979
62) Prévost, C. M.: La psycho-philosophie de Pierre Janet. Payot, Paris, 1973
63) Ribot, T.: La psychologie des sentiments. Félix Alcan, Paris, 1896
64) Richet, C.: Traité de métapsychique. Félix Alcan. Paris, 1922 (Stanley De Brath, M., trans: Thirty Years of Psychical Research. Macmillan, New York, 1923)
65) Schwartz, L.: Die Neurosen und die dynamische Psychologie von Pierre Janet. Benno Schwabe & CO, Basel, 1951
66) Spinoza, B.: Ethica. 1677 (畠中尚志訳: エチカ, 改版. 岩波書店, 東京, 2011)
67) Tarde, G.: Les lois de l'imitation. Félix Alcan, Paris, 1890 (池田祥英, 村澤真保呂訳: 模倣の法則. 河出書房新社, 東京, 2007)









*1 Bergsonの『物質と記憶』2)(1896)には,すでに「dissociation」という用語が登場し〔岩波文庫熊野訳では「分離作用」(p.89-90)〕,また「人格の解離」と理解していい「les scissions de la personnalité」〔「人格分裂症」という訳(p.238,345)〕が,「陰性幻覚」との関連で,Janetが記載したものとして紹介されている.それ以外でも多くの視点がJanetの著作から引用されている.
*2 この「クリプテステジー」や,クラゲ毒を使用した「アナフィラキシー」,さらには心霊研究領域で有名な「エクトプラズム」もRichetの造語である.
*3 「13日間」問題(LeBlanc55))について説明しておく.というのもこの問題を解決するJanetの思考過程で,彼の「解離」概念が発生していると考えられるからである.1884年の著作3)で,Bernheimは,S氏という工場労働者の男性に後催眠暗示をかけ「13日後の午前10時に,戻って来て受診する」と約束をさせたことを報告している.この男性は催眠から覚醒後,暗示についての記憶をまったくもたないまま生活を続け,鉄工場で働き,13日後の朝,家に帰って短い仮眠をとったあと,3 km歩いてBernheimのクリニックに来ている.気がつくと受診していたと本人は語るのである(文献33),邦訳p.248-250).その事例以外でも,例えばJanetは症例Lucieに「私の口から出る数の和が10になった時,あなたは投げキスをする」というような暗示を催眠下で与え,覚醒後に数字を言っていくとその時点で投げキスをするという現象が記載されている(文献33),邦訳p.252).叔父のPaul Janetは,Bernheimの症例Sの報告などに関して,記憶がない,無意識というのなら,一体誰が「13日間」や「数字の足し算」をしているのかという問いを立てた.BernheimやDelboeuf, J. D. L.(1831~1896)は,催眠状態を夢と同様な状態と想定し,被験者は時折そうした夢(=催眠)の状態に移行(ドリフト)し,そこで暗示や実行までの時間を思い出すのだと説明した.これに対しJanetは,これらは「意識の関与のない自動症的現象」だと考えた.どちらも二重意識を前提とすることに変わりはないが,(LeBlancの言葉を借りれば)BernheimやDelboeufは双方を「交替的(alternate)」なもの,一方Janetは「同時的(concurrent)」なものとして考えたことになる(文献55),p.124).Janetは,喩えていえば,スマートフォンに内蔵されたアプリの歩数計のように,それを意識するしないにかかわらず,それらを絶えずカウントし続けていている機能〔意識の関与しない自動症的現象〕が存在すると考えたことになる.この部分が後の図1で示す「解離」の発見につながっている.後にHilgard, E.R.(1986)24)が述べた「隠れた観察者(hidden observer)」という心的活動もこうした部分を念頭においたものであろう.
*4 ナンシー学派の中心人物Bernheimの造語「陰性幻覚」に対して,対抗するサルペトリエール学派のBinet, A.とFéré, C.は,この症状を「系統的感覚消失(anesthésie systématisée)」という用語で言い換えようとした.ちなみにBinetとFéréは,Charcotの大催眠=大ヒステリー理論をもとに,動物磁気や催眠をめぐって決定的ともいえる科学的解釈を手にしたという内容の書物『動物磁気』4)を刊行している.
*5 この部分は邦訳(文献31),p.167)では訳されていない.以下拙訳で示す.「私はAdrienneにある行為〔Powilewicz医師のところに翌日の2時に来ること〕を暗示し,その結果,家への道順,オフィスへの道順を認識させただけであったが,同時に,私が今説明しているものの,当時は予想していなかったこの解離の法則によって,この知識をL(Lucie)から知らず知らずのうちに奪っていたのである(後略)」.
*6 さらにこの長い論文で,Janetは,かつてこのB夫人(Léonie)を農村出身の「健康な女性」と紹介したが,実は若い時期から磁気術師が濃厚に関与した存在であることが明らかになったと告白している.その磁気術師Alfred Perrierは,1850~1860年代にこの地で積極的に活動し,B夫人は出産時まで磁気治療を受けていたことが判明する.Perrierは匿名で論文投稿をしているので,その全容は不明な部分が多い.彼やその著作の情報を知っている人は教えてほしいとJanetは論文の脚注で読者に呼びかけている.
*7 Janetはヒステリーの症状を「偶有事象(accidents)」と「スティグマ(stigmate)」に分け,前者は偶然的で偶発的な症状,後者は永続的で基底的症状とした(文献17),邦訳p.432).
*8 「外傷性(traumatique)」という概念は,当時のフランスでは十分に受容されていた.それはおもにCharcotが示した「外傷性ヒステリー」によってである.この場合の「外傷」とは文字通りの打撲など身体的な衝撃を伴い,受傷した事例は意識を失い,回復した後に著しい麻痺や,ヒステリー症状,神経衰弱様の症状を呈するのである.したがってこの事例には頑強な労働者の男性ヒステリーと診断される患者が多かった.こうした外傷性ヒステリー事例をまとめたのは当時Charcotのもとに留学していた三浦謹之助(1864~1950)であった.三浦は帰国後,呉秀三とともに本学会誌の前身である『神経学雑誌』の創刊にかかわり,日本の神経学の基礎を築いた人物である.実際,Janetの『ヒステリー患者の精神状態』第2版38)(p.285)には,三浦がパリで書いた以下の論文が引用されている.三浦の論文『上肢のヒステリー性単麻痺の3例』59)は,Charcotの事例を含み,当時の外傷性ヒステリー事例約30例を詳細に検討した長大な一覧表を含む全35頁の力作である.
*9 Janetの言う「模倣」とは,一方向的・受動的な模倣ではなく,周囲に合わせて自己の活動を変更し,模倣される側もそれに合わせて自分の活動を変化させてゆくという,いわばHackingの「ループ効果(looping effect)」22)のような相互作用的関係となる(文献46),松本邦訳p.96).
*10 Janetのキー概念でもある「傾向性(tendances)」は,Ribotがすでに「欲求・衝動・本能・気質・欲望(besoins,appétits,instincts,inclinations,désirs)」と同義語であるとして採用した用語である(文献63),p.2).Ribotの『感情の心理学』63)では,体感が感覚になり,表象になるという段階が示され,4つの純粋情動状態,(i)快適状態(快楽,喜び),(ii)苦痛状態,(iii)恐怖状態,(iv)興奮状態がある.そうした感情が後半では,宗教的感情や美的感情にいたる過程が論じられている.「まず情動状態が形成され,知的状態は後に形成される」(同上,p.9).したがってそれらが崩壊するときは上位の知的レベルから失われていくことになる.Ribotのこの書は結論部分で,本書のすべてはSpinoza, B.の『エチカ』(1677)66)第3部の一節(諸感情の定義1欲望)を引用することで十分言い尽くされていると記している.ちなみにSpinozaは「愛(amor)」「憎しみ(odium)」「欲望(cupiditas)」の3つの基本感情をベースに多様な感情論を展開した.そしてこの『エチカ』第3部は,Descartes, R.の『情念論(Les passions de l’ame)』9)(文字通り訳すなら「魂の受動」となる)に結びついた著作である.
*11 Delbœufは次第に後催眠暗示という現象に対して批判的な目を向けるようになった.それは「コンプレザンス(complaisance)」という視点でとらえるのがふさわしい現象であろう,というのである.「コンプレザンス」は訳しにくい言葉だが,LeBlanc(文献55),p135)は「willingness to please and accommodate」(快く満足させ,順応すること)と英訳している.