Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第5号

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特集 子どもの自殺を防ぐために精神科医ができること
子どもの自殺の基礎知識
太刀川 弘和
筑波大学医学医療系臨床医学域災害・地域精神医学
精神神経学雑誌 124: 308-314, 2022

 日本の自殺者数は2009年より減少してきていたが,20歳未満の子どもの自殺者数や自殺率は,この数年横ばいから増加に転じていた.さらに2020年には,新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって,年間総自殺者数は11年ぶりに増加に転じ,子どもの自殺者数は777人と過去40年間で最悪になった.これらの現況から,子どもの自殺予防は喫緊の課題である.そこで本稿では,子どもの自殺予防に取り組むために,子どもの自殺の基礎知識を概説することを目的とした.子どもの自殺の動機は,家庭不和,精神障害,進路問題が多いが,半数以上は不明である.心理学的には自我同一性確立に伴う対人葛藤が直接自殺リスクを高めやすいことから,子どもは自殺のハイリスク者といえる.予防介入としては,認知行動療法,家族療法,弁証法的行動療法などさまざまな治療の有効性が示されているが,セルフスティグマが援助希求を阻害するため,支援が難しい.援助希求を高めるべくSOSの出し方教育も近年始まっているが,実効性に疑義がある.コロナ禍によりコミュニケーションを制限されたことで子どものSOSがさらにみえにくくなり,自殺リスクの早期発見を困難にしていると思われる.子どもの自殺問題はコロナ禍において危機的状況にあり,家庭や教育現場のみならず,より社会的に強力な支援が必要である.

索引用語:自殺率, 自殺者数, 子ども, 生徒, コロナ禍>

はじめに
 わが国の自殺者数は1998年以後14年連続で年間3万人を超えていたが,2009年より減少に転じ,2018年にはバブル崩壊前と同じ水準の2万人台に改善した.しかし,20歳未満の子どもの自殺率は成人に比べて減少率は低く,10歳代の子どもについてはむしろここ数年増加している.
 このようななか,2020年には新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大によって,年間自殺者数は11年ぶりに増加に転じ,子どもの自殺者数は過去40年間で最悪となった8).しかし子どもの自殺について対策まで含めた総説はわが国では少ないように思われる.そこで本総説は,子どもの自殺予防に取り組むために,子どもの自殺の現状と心理社会的背景,子どもの自殺予防対策,コロナ禍の子どもの自殺問題と対策を概説することを目的とする.ただし,著者は児童・思春期精神科の専門医ではないため,あくまで本稿は自殺予防学の見地からの解説にとどまること,また子どもの範囲について文献的には児童期青年期に若者も含むことがあり,本稿の記述が引用文献によってあいまいな場合もあることをご了承いただきたい.

I.子どもの自殺の現状
 まず,令和3年版自殺対策白書8)データから,わが国の人口全体および未成年(19歳以下)の自殺者数・自殺率推移を,著者が独自に作成し,折れ線グラフで図1に示した.1998年から総数で年間3万人以上に増加した自殺者数,人口10万人対で年間25人以上の自殺率は,2009年より継続的な減少に転じた.一方,未成年の自殺者数は1998年に年間720人に急上昇した後,一旦低下傾向となったものの,2016年より再上昇し,2020年には777人と過去40年間で最悪となった.自殺率でみると,bに示すように未成年は1998年の増加時に10万人あたり2.7人と全世代に比して低いが,以降他の世代が減少に転じるなかほぼ横ばいで,2016年からは上昇の一途をたどっている.
 次に,文部科学省が例年実施している「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」11)から,学生・生徒等の自殺者数推移を図2の通り棒グラフで作成した.この調査は,点線で示した2006年と2013年に調査総数の範囲を増やしているために結果の解釈に注意を要するが,学生・生徒という括りでの傾向の理解はしやすい.グラフをみると2006年以降学生・生徒の自殺は多少の変動はあるが一貫して中高生,特に高校生で増加しており,2020年には415人と過去最多になった.
 以上から子どもの自殺は,他の世代に比して経年的に悪化傾向にあり,コロナ禍の2020年には過去最多の自殺者数・自殺率となっており,日本の自殺問題の優先課題である.
 では,どのような動機で子どもの自殺は生じているのだろうか.自殺した児童生徒がおかれていた状況に関する同調査の結果をに示す11).小学校ではいじめを除く友人関係の悩み(28.6%),中学校では父母等の叱責(20.4%),高校では精神障害(13.1%)が相対的に高い比率で挙げられているものの,小学校から高校までを通じ動機不明が約半数を占めた.全時期でみて動機不明(52.5%),家庭不和(12.8%),精神障害(11.1%),進路問題(10.6%)の順に動機の比率が高い一方,いじめの問題は2.9%で自殺の動機として決して高くなかった.
 世界的に若年者の自殺の心理社会的要因に関する文献をまとめた総説6)によれば,最も自殺の要因としてオッズ比(odds ratio:OR)が高かったのは「仕事にも学校にもいずれにも属していない」(OR 44.1)であり,次が「気分障害」(OR 25.2)であった.動機の区分けが欧米と日本では異なるために単純な比較は困難だが,いじめや心理社会的要因の偏重や,スティグマのためかほとんど動機が不明である点が日本の子どもの自殺の特徴といえる.

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II.子どもの自殺の背景
 近年は自殺の心理的メカニズムとしてストレス脆弱性仮説が援用されることが多い.古典的に,子どもの心理社会的葛藤としては,Erikson, E. H.3)の心理的発達段階と各段階の発達課題を振り返ることがヒントになると思われる.乳児期,幼児前期,幼児後期,児童期,青年期と成長するなかで重要な対人関係の対象はそれぞれ母親,両親,家族,近所・学校,仲間集団・リーダーと変わり,この対人関係の仲がうまくとり結べないと,各発達段階で不信,恥と疑惑,罪悪感,劣等感,同一性拡散の心理的葛藤が生じる.これらの葛藤は各段階で累積的に重なって子どもの自殺リスクを高めていくように思われる.
 一方自殺予防の観点からは,自殺リスクを高める危険因子,低める保護因子を同定することが重要とされる.子ども・若年者における自殺の危険因子には,女性,精神疾患,自殺企図歴,自傷歴,孤立,家族背景(家族の自殺歴,家族関係の不和,虐待体験),ネガティブなライフイベント(学校不適応,いじめ,喪失体験),メディアの影響(報道,ソーシャルネットワーキングサービス,アニメ)などが挙げられている.また自殺の保護因子には,家族の凝集性,学校での良好な対人関係などが挙げられている6)
 さらに,近年自殺を対人関係の問題から再定義した仮説が広く受け入れられるようになってきている.アメリカのJoiner, T. E. Jr. らが提唱した自殺の対人関係理論5)では,自分が周りに迷惑をかけているという自己負担感の増大と自分が何処にも属していないという自己所属感の減弱によって自殺念慮が高まり,自殺する能力があれば自殺が生じるという.子どもにこれを適用すると,先にEriksonが示したように対人葛藤が大きな発達課題である子どもは,家族関係,友人関係のストレスから自己負担感を生じやすく,また孤立やいじめがあれば自己所属感の減弱も生じやすい.インターネットの発展した現代においては,衝動性が高く情報収集能力が大人よりも高い子どもは,そもそも自殺のハイリスク者といえる.

III.子どもの自殺予防対策
 子どもの自殺予防として行われる介入は幅が広い.まずすでに自殺リスクのある子どもへの精神療法・心理療法的介入としては,患児への認知行動療法に家族への認知行動療法やペアレントトレーニングの技法を加えた統合的認知行動療法4),ペアレントトレーニングや対人関係療法のスキルを用いて家族間の不安定なアタッチメントを調整するアタッチメント家族療法2),弁証法的行動療法10),ケースマネージメントを含む救命救急センター治療後の介入,オンラインによる精神療法的介入などが挙げられる.また家族への危機介入プログラム,いのちの電話,ポストベンションプログラムなどは自殺予防に特別なプログラムや社会資源といえるだろう.
 一方現在は自殺リスクがない子どもも含めた子ども全体への一次予防介入としては,自殺予防教育プログラム,各種のうつ,自殺念慮の心理尺度を用いたハイリスク者のスクリーニング,Question(質問),Persuade(説得),Refer(紹介)の三段階でハイリスク者に対応するQPRゲートキーパー養成プログラム,オンラインカウンセリングなどが挙げられる1)
 しかし,このようなさまざまな取り組みについてのエビデンスはいまだ十分ではなく,子どもの自殺予防は実際のところ困難が多い.その理由として,原因がわからない,複合的,心理社会的要因が大きい,養育環境などどうにもならないことが多い,膨大な時間と労力を要する,資源が不十分,子どもの被暗示性が高い,自殺危機に至るまでの時間が早い,セルフスティグマがあるので訴えてこないといった問題が挙げられる.
 ここでスティグマとは,精神障害者への偏見といった社会のスティグマ(パブリックスティグマ)ではなく,自分の属性が社会に差別されるものと感じ,羞恥,自己隠ぺいが強まり,他者の援助を拒絶するセルフスティグマを指す.著者は,セルフスティグマが大きな影響を及ぼすことを子どもの自殺予防が難しい1つの理由としてこれまで何度か強調してきた12)
 同様の問題意識から,国は自殺総合対策大綱の2017年の改訂7)において子ども・若年者の自殺対策を重点施策として,(i)いじめを苦にした子どもの自殺の予防,(ii)学生・生徒などへの支援の充実,(iii)SOSの出し方に関する教育の推進,(iv)子どもへの支援の充実,(v)若年者への支援の充実,(vi)若年の特性に応じた支援の充実,(vii)知人などへの支援,を掲げている.このうち,SOSの出し方教育とは,「自分を大切に,他人を大切に」という自尊感情の涵養と「つらいときには周囲の信頼できる大人に助けを求めなさい」という具体的スキルを身につけさせる50分授業を保健師が1回完結式で行うものである.問題意識としては理解できるのだが,このような教育はSOSを受け止める大人の側の教育もセットにしないといけないのではないかという懸念が残る13)

IV.コロナ禍の子どもの自殺問題と対策
 2020年のコロナ禍の自殺者数は21,081人と,11年ぶりに前年比912人(4.5%)の増加となった8).先に述べたように,このうち小中高生は年間で415人に増加し,過去40年間で最悪の自殺者数となってしまった.その背景として,コロナ禍が子どものこころにさまざまに深刻な問題を生じさせていることが報告されている9).例えばCOVID-19対策による行動自粛,学校休校によって抑うつ,不安,孤立が健康な子どもにも高まり,自粛により孤立する期間の長さと,これらの症状は相関していた.また,症状は自粛中のみならず自粛後も続いていたという.また,COVID-19の影響による学校閉鎖,運動の制限,不規則な睡眠,オンラインへの依存は子どもに抑うつ,無感情,怠惰,学習格差,自傷行為を引き起こし,家庭内では虐待,暴力,AV鑑賞などが増えていたという.一方で,子どもの月別自殺者数のピークは対面授業再開時期であったことから,学校で友人関係や学業の問題を抱えていた子どもは,対面授業が再開されると自粛で軽減していたストレッサーが高まり,自殺念慮が増えたのではないかという指摘もある.さらに,コロナ禍によりコミュニケーションが制限されることで子どもにはそもそも出しづらいSOSがさらにみえにくいものとなり,自殺リスクの早期発見をさらに困難にしていることは疑いない.
 このようなコロナ禍の子どもの自殺対策としては,自殺リスクのある子どもを早期に発見し,支援することがまず重要である.このためには,大人の側が,日常生活におけるコミュニケーションを積極的にとり,COVID-19に過剰な不安をいだかぬように正しい情報を伝え,子どもにとって安全で相談しやすい環境づくりを行うことが基本である15).また感染対策下の保護者の心理的ストレスをサポートし,孤立家庭をつくらないこと,家庭の生活困窮を和らげること,DVの可能性のある家庭を行政機関が見守り対応をとること,メディアがCOVID-19や自殺の情報をセンセーショナルに報じないこと,など社会の側も対策を講じなければならない14)
 子どもの自殺問題は人間社会における最大の悲劇であり,それがコロナ禍において危機的状況にある.自殺予防を目的として,家庭,学校のみならず,社会的に強力な支援が必要である.

おわりに
 子どもの自殺の現状,背景,自殺予防対策,ならびにコロナ禍の子どもの自殺問題と対策についての基礎知識を紹介した.対人葛藤が大きな発達課題である子どもは,対人関係のストレス,孤立があれば自殺念慮も生じやすい.インターネットの発展した現代においては,衝動性が高く情報収集能力が大人よりも高い子どもは,そもそも自殺のハイリスク者といえる.加えてコロナ禍では学校生活の変化,コミュニケーション手段の制限で子どものSOSがみえにくくなっている.
 子どもの自殺予防対策としては,ハイリスクな子どもの早期発見,支援,相談しやすく安全な就学環境づくりが大事である.ハイリスク者への精神療法や危機介入,SOSの出し方教育に加え,受け止める保護者の側の教育や家庭のストレス軽減,孤立,生活困窮家庭への支援,行政機関の連携,自殺報道に関するメディアへの注意喚起などが必要であろう.コロナ禍では,さまざまなつながりが絶たれ,子どもの自殺リスクが高まっていることから,家族や学校を越えて,社会的に強力な支援を講じなければならない.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Cha, C. B., Franz, P. J., Guzmán, E. M., et al.: Annual research review: suicide among youth- epidemiology, (potential) etiology, and treatment. J Child Psychol Psychiatry, 59 (4); 460-482, 2018
Medline

2) Diamond, G. S., Wintersteen, M. B., Brown, G. K., et al.: Attachment-based family therapy for adolescents with suicidal ideation: a randomized controlled trial. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry, 49 (2); 122-131, 2010
Medline

3) Erikson, E. H. (西平 直, 中島由恵訳) : アイデンティティとライフサイクル. 誠信書房, 東京, 2011

4) Esposito-Smythers, C., Spirito, A., Kahler, C. W., et al.: Treatment of co-occurring substance abuse and suicidality among adolescents: a randomized trial. J Consult Clin Psychol, 79 (6); 728-739, 2011
Medline

5) Joiner, T. E. Jr., VanOrden, K. A., Whitte, T. K., et al.: 自殺の対人関係理論―予防・治療の実践マニュアル―. (北村俊則監修): 日本評論社, 東京, 2011

6) 科学的根拠に基づく自殺予防総合対策推進コンソーシアム準備会若年者の自殺対策のあり方に関するワーキンググループ: 若年者の自殺対策のあり方に関する報告書. 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺予防総合対策センター, 東京, 2015

7) 厚生労働省: 自殺総合対策大綱―誰も自殺に追い込まれることのない社会の実現を目指して―(平成29年7月25日閣議決定). (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000172329.pdf) (参照2021-09-20)

8) 厚生労働省: 自殺対策白書令和3年版. 2021

9) Loades, M. E., Chatburn, E., Higson-Sweeney, N., et al.: Rapid systematic review: the impact of social isolation and loneliness on the mental health of children and adolescents in the context of COVID-19. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry, 59 (11); 1218-1239, 2020
Medline

10) Miller, A. L., Rathus, J. H., Linehan, M. M., et al.: Dialectical behavior therapy adapted for suicidal adolescents. J Psychiatr Pract, 3 (2); 78-86, 1997

11) 文部科学省初等中等教育局児童生徒課: 令和2年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について(令和3年10月13日通知). (https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1302902.htm) (参照2021-09-20)

12) 太刀川弘和: つながりからみた自殺予防. 人文書院, 京都, 2019

13) 太刀川弘和: 「SOSの出し方教育」と自殺予防教育. 社会と倫理, 34; 41-48, 2019

14) 田中恭子: 【コロナ禍における】子どものこころのケア. 日本医師会雑誌, 150 (6); 1001-1005, 2021

15) 山田敦朗: 子どもの自殺. 精神医学, 63 (7); 1051-1061, 2021

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