Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第3号

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特集 自然災害への備えと対応―BCP と受援・支援―
局所・広域の自然災害に対する精神医療保健福祉支援体制の現状と展望
高橋 晶1)2)3)
1)筑波大学医学医療系災害・地域精神医学
2)茨城県立こころの医療センター
3)筑波メディカルセンター病院精神科
精神神経学雑誌 124: 176-183, 2022

 近年,自然災害が頻回に起こるようになった.ひとつとして同じ災害はない.地域に限局した小規模な水害,局所災害が多発する大規模な水害などの規模の違いや,地震と津波の自然災害に加えて放射線災害も含めた複合災害である東日本大震災の例など,多様である.精神医療保健福祉支援体制は各地域で構築されているが,被災により一時的に脆弱になることがある.急性期には災害派遣精神医療チーム(DPAT)をはじめ,さまざまな精神・心理支援団体が被災地に赴き支援を行う.それを被災地行政が効率的に受援する方法を考慮していく必要がある.限定的な局所での災害であれば,被災地域で対応し,初期から中長期のフォローアップまで行っていくであろう.一方,広域な大災害の場合,初期には被災によって被災県の行政,医療などの既存システムの機能不全が起き,被災県外からの支援が必要になる場合があり,効率よく支援を受けるためにも,平時の準備体制構築が必要である.また最近では病院の機能維持を目的として事業継続計画(BCP)を作成することが必要になってきている.精神科病院をはじめとして,精神医療保健福祉機関においても同様の傾向にある.地域の病院でBCPが構築されれば地域のBCPとしてどれくらい災害に耐えられるかの判断材料になる.局所から広域の自然災害への精神・心理支援体制の構築には,災害時に急増する精神保健的ニーズを想定して,余力をもったBCPを整備することが必要である.

索引用語:局所・広域災害, 自然災害, 災害派遣精神医療チーム(DPAT), 事業継続計画(BCP), 精神保健・心理社会的支援(MHPSS)>

はじめに
 近年,自然災害が増えている.またひとつとして同じ災害はなく,その規模,バリエーションはさまざまである.局所災害や大規模災害という規模の多様性や,地域に限局した水害,局所災害が多発する水害,そして,東日本大震災のように地震,津波の自然災害に加えて放射線災害も含めた複合災害など多様である.
 それに対しての支援体制はどのようになっているのであろうか.現在は災害時にはさまざまな支援団体が被災地に赴き支援を行う.そのときにどのように支援を受ける(受援する)か,すなわち,被災地行政がより効率的に支援を受ける方法について考慮,工夫がみられるようになってきている.
 限定的な局所での災害であれば,被災地域,被災県単体で対応し,そのなかで初期から中長期のフォローアップまで行っていくことができるであろう.一方,広域な災害であれば,特に初期には被災によって被災県の行政,医療などの既存のシステムが機能しなくなることがあり,被災県外からの支援が必要になる.そのときにいかに効率よく支援を受けられるかについては平時からの事前の準備が欠かせない.
 また,最近では企業のみならず病院においても事業継続計画(business continuity plan:BCP)を作成するようになってきた.精神科病院においても同様の傾向にある.地域の病院でBCPが構築されれば地域のBCPとしてどれくらい災害に耐えうるかの事前判断が可能になる.局所から広域の自然災害への支援体制の現状と展望について述べたい.

I.局所・広域災害での精神医療保健的問題
 昨今の大規模地震,水害の教訓から,精神科関連施設においても,災害後に早期に診療機能を回復できるよう,BCPを整備することが求められている.まずは,避難所,被災精神科病院,診療所・クリニックについて災害時に想定される状況について述べる.

1.避難所
 災害が起きた場合,各都道府県や市町村などの行政では,調整本部や拠点本部,保健医療調整本部などの災害本部が立ち上がり,住民の被災状況や医療,保健施設の損害状況などが確認される.市町村の行政が避難所を各地で立ち上げ,被災した市民が避難所に集まる.そこに地域の行政職や保健師が介入し,状況を整理し,被災者支援を開始する.
 初期には,健康相談,感染症対応,障害者や高齢者,妊産婦や乳幼児などの災害時要援護者への対応,プライバシーの保持やトイレなどについての配慮,適切な温度管理などさまざまな対応が求められる.このような身体的配慮や感染症などの衛生面での対応が落ち着いてから,徐々に精神面でのニーズが増え,精神保健的な対応が行われる状況が多い.
 災害時には精神疾患をもつ被災者,認知症患者や高齢者,極度の疲労による精神的不調者などが避難所で不適応を起こすことへの対応が求められる.部分的にしか診断基準を満たさない適応障害,抑うつ状態,急性ストレス障害の例も多い.しかし,その後に精神疾患に進展する例,また自然に改善する例もあり,丁寧に経過を追うことが必要である.うつ病やPTSD,アルコール関連障害などと関連して睡眠障害は多くの例で認められる.また普段服用している薬剤が手に入らずに症状が悪化する精神疾患をもつ被災者もよく認められるので,避難所の支援活動においては,処方薬を臨時処方することができる体制構築も平時からの事前の準備として必要である.
 また,被災地の行政職や保健師,医療職は被災者であるにもかかわらず,休日を返上して災害の対応にあたるため,その疲労は計り知れない.彼らを少しでも休ませるための精神的かつ実質的な業務をサポートする支援者支援も重要である.

2.被災精神科病院
 大規模地震ですでに精神科病院施設自体に大きな被害があり,次の余震で倒壊する可能性がある場合には,多くの患者などの人命を失う可能性が予測される.それを防ぐためには,倒壊前に被災影響の少ない安全な地域の病院に早急に,かつ安全に患者搬送する必要がある.
 東日本大震災では,搬送中に高齢者や脆弱性のある患者が亡くなったという事案も多くあった.安全に搬送するために,実際の移動方法,同乗者の選定,搭載機材の選定,診療記録の写しの事前準備などの実践的な計画を平時から事前にシミュレーションしておくことが望ましい.停電の状態では診療記録をコピー機で複写することは困難であり,平時から事前に電子カルテの最初の記録を印刷し,また処方内容をファイルにまとめるなどの準備が必要である.
 また,災害時にライフラインが絶たれると病院として機能することは困難である.入院・外来患者に必要な冷暖房,上下水道,医療提供,食事提供などの入院・外来機能に必要なサービスの提供ができなくなる.また平時であれば,病院まで自家用車,電車などで通勤できても,災害時は道路が通行止めになり,特に水害の場合,病院が孤立し,外から院内に入ることができず,病院職員が病院に集合できないことがある.そのため例えば病院でのBCPでは,自宅から徒歩で病院に移動可能な2 km圏内の職員をリストアップしておき,災害時に集結してもらうように考慮する.
 また夜間や休日に災害が起これば,そのときに勤務している職員だけで対処せざるをえない状況も想定される.支援が来るまで普段よりも少ない職員で対応しなければならず,職員の疲労が懸念され,バックアップ体制の配慮が必要になる.
 さらに水害であれば,病院が水に囲まれ,中に入れない場合は,籠城ともいうべき対応法が想定される.つまり物資を空中から補給し,水が引くまで待つということになる.地域のハザードマップで水害で浸水の可能性が示されている病院では,水没に備えて,発電機や重要な検査装置は2階以上に設置する工夫も必要である.
 このように病院への物的,人的支援の具体的方法を平時から事前に考慮し,また想定外の事態に対しても最小限の被害にとどめるよう平時からの事前の準備は重要である.

3.診療所・クリニック
 診療所・クリニックにおいても同様に考えられる.各市町村の災害ハザードマップが報告されているので必ず確認する.水害,土砂災害の推測も過去の災害や現在のデータから,被害リスクが公表されており,これは必ず確認することが望ましい.水害に関しては過去の経験から,かなりの高い確率で予測通りの被害になることが知られている.水害を想定し,1階部分が浸水,破損,倒壊の可能性が事前に示されていれば対応を準備しておくなども大切である.災害によって,ライフラインの途絶が起こり,外来が再開できないことも予測される.その場合,地域のかかりつけ患者は診察が行われず,処方箋が発行されないことで地域の医療保健は悪化する.診療記録の電子化とそのバックアップ,また患者に自分の薬や薬手帳を写真で事前に撮影して携帯電話に保存することなどを普段から勧めておくことも望ましい.患者や家族が自身で薬剤管理するための指導も重要であり,平時からの準備の1つと考える.
 患者の支援,診療所への支援は同様に重要である.この点においても,誰がどのように支援するか,支援を受けるかを,過去の災害事例から想定しておくことが望ましい.

II.精神医療保健における支援体制
 精神科医療では,最初に被災地域の精神医療保健福祉機関が活動するが,医療保健などの機能が平時より明らかに低下している.そのため,避難所や,被災した精神科病院などの医療機関を災害派遣精神医療チーム(disaster psychiatric assistance team:DPAT)が支援することがある.病院倒壊の可能性があれば,患者の搬送を,災害派遣医療チーム(disaster medical assistance team:DMAT)や自衛隊などと連携して行うことがある.
 局所災害では数日から数週,大規模災害では1ヵ月程度の支援を行い,ニーズの減少と地域の関係者の協議を経て,DPATの支援活動が終了する.その後は被災地域の精神医療保健福祉機関が継続対応していくことになる(図1).
 支援に入った精神医療チームは,診察,対応した対象者のデータを個人情報が漏洩しないよう十分に配慮して,保健師や行政職と情報を共有することが求められる.対応した事例は,地域周辺の適切な医療機関に継続対応を依頼することが求められる.被災地,およびその周辺の医療機関への受診,入院の依頼など,地域との連携を重視する.また被災地の平時の医療キャパシティを考慮し,症例の掘り起こしをしすぎないようにして,地域医療への負担をかけすぎない配慮が大切である.
 その後,中長期では,災害支援チームや他県・被災地域外からの支援が終了し,被災地中心の精神医療保健福祉体制での活動になってくる(図2).
 避難所での活動としては,まず精神科医療が必要な対象者に医療を提供する.「こころのケア」と包括される精神保健の提供も求められる.トレーニングを受けたDPATや日赤こころのケア班などが対応し,地域の保健師,その他の災害派遣チームがこれにかかわる.日赤こころのケア班は,「こころのケア」のトレーニングを受けた師長クラスの経験を十分にもった看護師と,トレーニングを受けた心理士,ロジスティックチームからなり,精神保健活動を行う2)3)7)
 身体疾患などの対応を行うDMAT,日本医師会災害医療チーム(Japan Medical Association Team:JMAT),日本赤十字社医療救護班,災害時健康危機管理支援チーム(disaster health emergency assistance team:DHEAT)やその他の災害医療チームも,災害現場では,プライマリケア的な視点,そして公衆衛生的な視点をもちながら,精神的な問題にかかわることがある.そのなかで対応困難な事例には精神医療保健の専門チームへつなぐことが必要になる.このような連携準備も,地域のBCPとして医療を継続するために必要な平時の備えである.
 その他多くの支援団体も同様に,精神保健福祉の観点で支援を行うので,どの支援団体にどのような強みがあり,また限界点や介入方法などの特色があるかを共有し,地域行政が知っておくことが大切であり,どの団体に依頼したらいいかが事前にわかっていることが望ましい.これは機関間常設委員会(Inter-Agency Standing Committee:IASC)の4Wsという考えであり,すでに海外では行われている4).効率的な支援のために日本においても導入が必要と考える.
 阪神・淡路大震災以降,こころのケアという概念が広く日本で知られるようになった.「こころのケア」とは本来「精神保健および心理社会的支援(mental health and psychosocial support)」のことを指し,MHPSSと略される.世界のMHPSSの観点と日本のMHPSSでは文化的な差や,紛争や人種問題への対応などの視点の有無もあり,多少違いがある.今後,このような世界標準的なMHPSSの視点や4Ws4)などのツールの日本への導入が必要と考える.

図1画像拡大
図2画像拡大

III.DPAT
 東日本大震災の対応を反省に,DPATが厚生労働省により設立され,各都道府県でこのチームの育成が行われてきている.DPATが設立されてから,災害の混沌とした状況下においても初期から組織的な対応ができるようになってきた.
 DPATができる以前は,災害急性期の精神医療保健体制は,各自治体の平時の体制がそのまま反映されていた.過去の記録からは急性期に稼働するチームや人材は被災地域の公的保健チームであることが多かった.実際にはこのチームの人員自身が被災していることもあり,急性期には実質的な活動が困難なことがあった.
 従来型のこころのケアチーム(法令に規定されない精神医療チーム,従来型の精神医療チーム)には研修,統括システムがなかったため,情報共有のツールがなく,他の災害支援チームとの連絡が難しかった.しかし共通化した調整,連携,通信などのトレーニングを受けているDPATはこの点を解消しようとしている.
 中長期には精神保健のニーズの増大に伴い,平時の精神保健福祉システムだけで支援活動を実施するにはマンパワーが不足していることがある.この点ではDPAT活動終了後はDPATで事前に育成された被災地域の人材が活動することが実際にある.

1.DPAT先遣隊
 発災後48時間以内という超急性期に被災地に入り,都道府県庁の調整本部や拠点本部の立ち上げ・運営や,避難所などに入り調整・活動する隊である.DPATの場合は県を越えた活動は先遣隊が行い,被災都道府県内は都道府県等DPAT(地域で育成された被災県域を越えないDPAT)が活動する.
 先遣隊は,超急性期から入るため,持参する装備はDMATに近く,より専門的,緊急時対応ができる装備をもつ.急性期のより高い被災リスク下で活動するための教育を受けたDPATである1)5)

2.都道府県等のDPAT(地域DPAT)
 先遣隊の後に活動する班は,主に本部機能の継続や,被災地での精神科医療の提供,精神保健活動への専門的支援,被災した医療機関への専門的支援,支援者(地域の医療従事者,救急隊員,自治体職員など)への専門的支援などの役割を担う.そして避難所などに入り,被災地域での活動を行う.先遣隊との違いは,先遣隊の仕事を引き継ぎ,超急性期を過ぎた後の被災地での活動が中心であることである1)5)

3.平時の災害精神医療体制
 平時の体制としては,各都道府県でDPAT研修を行い,災害精神医療の人材育成を行っている.またDPATや行政の担当部局などの関連職種が平時の体制整備を行っている.DPAT隊員のトレーニングとして研修会を開催したり,技能維持の研修を行っている1)5).また平時には精神保健福祉センター,各地域の精神科病院,総合病院精神科,精神科診療所・クリニックなど精神医療保健福祉施設が災害対応の準備を行っている.その準備は均一でなく,地域差が存在していることは今後の課題である.

4.都道府県,市町村での体制
 体制としては,都道府県,市町村の精神科医療機関の情報集約,平時の精神医療保健体制の課題の整理を行うことが求められる.DPAT都道府県調整本部,DPAT活動拠点本部の設置について平時から検討し,災害に耐えうる場所を事前に想定,準備をしておく.また本部設営のための資器材や各チームが持参する資材の確保,各隊員個人の装備の準備が行われる.特に衛星電話などの通信機器は重要であるため,事前に購入して,確実に使用できるようにトレーニングし,また機器のメンテナンスを継続的にすることが必要である1)5)

IV.災害後の精神医療保健(DPATの活動)
1.災害発生後立ち上げ期
 先述の通り,発災後48時間以内に先遣隊が活動開始する.調整本部,拠点本部,実働する各DPATをつなぐ縦の連携と自治体,DMATなど他の災害支援チームとの横の連携が重要である.また災害直後にDPAT調整本部・拠点本部を立ち上げることが被災自治体にとって大きな労力を要するため,DPAT隊員は自治体への支援を行う.行政の主管課と連携を開始し,精神科医療機関の被災情報収集や精神医療保健福祉施設の被災情報の収集を積極的に行う.広域災害救急医療情報システム(emergency medical information system:EMIS)を用いて情報管理をしながら対応を行うことは重要である1)5).被災自治体は都道府県庁などに調整本部を設置する.

2.活動期
 本部を立ち上げて,実質的な支援活動を開始するが,支援内容について避難所の担当者や保健師に連絡をとり,ニーズの確認や,継続支援の必要性,保健師などの地域の担当者への診察情報などの情報共有・提供を行う.また,被災地での精神科医療の提供として診察や処方を行う.被災地での精神科医療活動として,対応の優先順位決定のためのトリアージ・スクリーニングや必要なニーズに対してケースワークを行う.被災した医療機関への専門的支援として,必要に応じて,被災病院の意見,ニーズを聴取し,患者搬送とその補助を行う1)5)

3.撤収期
 被災規模によるが,数週間から1ヵ月程度で,精神科医療のニーズは減少してくる.精神保健のニーズはあるが,医療としてのチーム活動は終了の時期が来る.診療記録の引き継ぎや,申し送り,災害診療記録および災害時診療概況報告システム(J-SPEED),前述のEMISなどのデータやその他の情報の引き継ぎを計画的に行う.また,被災地域の支援者に対して,支援活動と事例の引き継ぎを段階的に行う.現地のニーズに合わせて終結後のフォローアップ体制を検討していく.この頃には支援している地域行政職や地域の医療者などの疲労度がかなり高くなっているので支援者に対する支援に関する知識を事前にもち,被災地域の支援者への助言も重要な役割である1)5)

V.被災地の精神医療保健福祉
 保健所では保健師などが被災初期から対応し,その後も地域内で引き継いで継続対応していく.精神保健福祉センターは平時からの中心的な精神保健福祉システムであり,災害時の対応,そして災害チーム派遣終了後も継続して対応していく.地域によって,センターの規模,人員数はさまざまである.地域によってはもともと少ないスタッフで活動し,平時の仕事に加えて,災害対応の仕事が加わる.復興の中心となる被災地住民を支援している彼ら支援者が疲労していくため,そのフォローアップは重要である.
 災害支援においては,地域への確実な災害対応の引き継ぎが重要である.DPATは災害後早期から入って,被災地が復興してきたら,活動を計画的な終了に向けて調整し,被災地と協議して被災地の決定を支援する(図2).

VI.DPAT活動後の体制
 もともとの平時の地域の精神医療保健福祉システムの中心になるのは都道府県の精神保健福祉センターや保健所,地域の大学病院精神科,精神科病院,総合病院精神科,診療所・クリニックなどである.DPATで育成された隊員は災害対応やpublic mental healthともいえる公衆衛生的な視点も学習している.
 地域DPATとして隊員が各都道府県で育成されていることは,災害時の対応を計画的に持続するための人的な資源となる.そしてまた平時に戻り,その経験を生かして災害対策の準備をする.このサイクルが繰り返される.平時の精神医療保健福祉が調整されていることが大切であり,次の災害への準備になる.
 地域の各病院のBCPが集まって,地域のBCPになり,それが集まって,都道府県のBCPとなる.つまり,これらが集積することで,全体として,より具体的な防災対応計画が作られていく.

VII.精神科でのBCP作成
 精神科でのBCP作成について,基本的にはすでに作成されている地域の災害想定などを参考に,病院,診療所・クリニックの機能維持をするために各病院,診療所・クリニックでもBCPを事前に策定することが必要である.災害時,事業を継続するにあたって最も優先すべき事業を中核事業と呼ぶが,あらかじめ何を優先するかを決定しておく.人手や情報,物資などの資源が平時より極めて少ない状況で,優先して継続すべき事業は何かという視点で問題点を洗い直す.例えば平時の3割しか人員がいない状況で,何を行うか,その状態でも続けるべき事業は何かを想像して考えてみる.
 起こりうるすべてのリスクを包括した完璧な計画を立てることは困難である.必要なものから優先し,できる範囲から少しずつでも策定を進めていくことが賢明である.その後,訓練を行い,新たに発見したBCPの欠点を補完・改定していく作業が必要である.過去に大規模な被災経験をした地域では,精神科医療機関などにおいても積極的なBCPの策定が綿密に行われている.

VIII.課題
 現在の課題を挙げる.前述のように,被災精神科病院にDPATなどの精神医療保健福祉チームが支援に入って搬送を行うが,患者搬送後の病院の支援も重要である.精神科病院では病院の機能だけでなく,介護老人保健施設や関連する福祉施設を併設していることもあり,そちらも同様に被害を受けていることがある.そのため介護や福祉関連の問題が解決されないこともある.また被災下でも外来に患者が集まることも当然あるので,その支援も考慮する必要がある.一方,災害支援なので,期間としていつまで支援に入るかなどの終結の問題がある.疲労している被災地域の医療者を休ませるために,当直業の代行や,診療所への支援を実際にどのように行うかなどの具体的な課題が累積することが想定される.
 そして,切れ目のない継続的な支援が行われ,計画的に支援が終了し,その後の中長期に向けて被災地の精神医療保健福祉機関が対応を継続していく.支援終了後の体制も事前の計画にあることが望ましい.この観点からも,平時から事前に地域のキャパシティがどれくらいあるかを把握するためにも,精神科病院や診療所・クリニックなど精神医療保健福祉機関のBCPの作成は喫緊の課題である.

おわりに
 前述の通り,病院各職員のBCPが集まり,病院のBCPとなり,それが集まり地域の精神科医療のBCPとなり,それが集積して日本のBCPへと広がっていく.これは地域の受け入れのキャパシティを明確化することにつながる.一気に急増するニーズに対しての対応として,災害や緊急事態が起きたときに,その地域で受け入れることができるか否かを地域の病床数や外来処理能力から知っておく必要がある.もし受け入れができないことが事前にわかっていれば,地域外に依頼するということを,計画的に行うことができる.また災害対策には,普段の無駄を減らす経営とは別に,緊急時に対応できるための,ある程度の余剰な備えが必要になることがある.
 最近は自然災害だけでなく,東日本大震災での放射線災害,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による感染症災害などの例もある.これらのことを想定して,all hazard,つまり,すべての災害の種類を想定して対応することが求められている6).このようにより統合され,調整された災害対応システムを構築し,平時から有事を想定し,精神医療保健福祉領域でBCPを作成することが,災害時,そしてコロナ禍の現在において,喫緊の課題である.各地域でのBCPが結果として,地域を守るひとつの切り札になると考えている.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) DPAT事務局: DPAT活動マニュアル, Ver. 2.1. (https://www.dpat.jp/images/dpat_documents/3.pdf) (参照2020-12-25)

2) 柏原いつ子, 黒木葉子: 日本赤十字社のこころのケア活動の実際と今後の課題―東日本大震災急性期におけるこころのケア活動から―. 京二赤医誌, 32; 88-95, 2011

3) 小林洋子: 日本赤十字社における救護員としての看護師養成研修. 日本赤十字豊田看護大学紀要, 8 (1); 35-39, 2013

4) 小松果歩, 赤坂美幸, 森光玲雄ほか: 熊本地震における精神保健・心理社会的支援の文献レビュー―IASCの4Wsツールを用いた分類―. 心理学研究: 健康心理学専攻・臨床心理学専攻, 9; 17-33, 2019

5) 厚生労働省社会・援護局: 災害派遣精神医療チーム (DPAT) 活動要領. 2018 (http://www.dpat.jp/images/dpat_documents/2.pdf) (参照2020-12-25)

6) 永田高志, 王子野麻代, 寺谷俊康ほか: 災害時の指揮命令系統の構築―インシデントコマンドシステム (ICS) 緊急時総合調整システムの紹介―. 杏林医会誌, 46 (4); 275-279, 2015

7) 日本赤十字社: 災害時のこころのケア. (https://www.jrc.or.jp/vcms_lf/care2.pdf) (参照2020-12-25)

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