Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第12号

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学会誌への手紙
対面形式の国際学会への帰還:RANZCP2022大会代表派遣を通して感じたもの―国際学会代表派遣事業レポート―
曾根 大地
東京慈恵会医科大学精神医学講座
精神神経学雑誌 124: 892-893, 2022
受理日:2022年8月22日

索引用語:国際学会>

 長く続くコロナ禍はいまだ完全に終息しておらず予断を許さない状況であるものの,アカデミアにとっての出口は徐々に近づいているのではないだろうか.そのように感じた今回のRoyal Australian and New Zealand College of Psychiatrists(RANZCP)2022大会への参加であった.
 今回,日本精神神経学会よりJSPN/RANZCP合同シンポジウムで発表する貴重な機会をいただき,2022年5月15日から19日まで現地シドニーへと赴いた.
 大会テーマは“Stronger Bridges,Safer Harbours”という,実に(少し露骨に)シドニーが意識されたもので,会場には多くの人が訪れ大変盛況だった.16日月曜日の朝に行われたDuke大学のAllen Frances教授によるプレナリーセッションでは,生物学的精神医学,心理学,社会的精神医学それぞれについての還元主義的な態度への警告と,精神医学の諸問題の複雑さをとらえるための生物心理社会モデルの重要さが強調されていた.その他のセッションも満遍なくバランスよく設定されている印象であった.印象深かったのは精神科医自身の心理や福祉面に焦点をあてた最終日のメインセッションで,自身の職業人生において困難に直面したとき,どのように乗り越えてきたのかなど,演者たち自身が経験を語り合うものであった.精神科医・医療従事者も人間であり,仕事での失敗や私生活の困難にしばしば出会うし,結婚や出産・育児,家族との死別といったライフイベントも人並みに経験することがあるだろう.学術や臨床も重要であるが,学会はコミュニティでもある.キャリア形成に焦点をあてるようなセッションを散見するが,私生活も含めたわれわれ自身の人生の困難にフォーカスしたものは斬新であった.また,これはRANZCPに限ったことではないが,日本の多くの学会と比べ,とにかく女性の登壇者・参加者が多いと感じた.昨今の女性医師の増加を考えれば,日本の医学界においても男女比の偏りの解消は喫緊の課題といえるだろう.この点において,日本精神神経学会が2021年女性代議員の増加を実行したことは大変すばらしい試みであったと感じている.
 私が参加したJSPN/RANZCP合同シンポジウムは,“Healthy ageing”がテーマで,超高齢社会を迎えた日本にとって大変重要な課題であった.ちょうど発表の1週間ほど前に,イーロン・マスクがTwitterにて「このままでは日本は存在しなくなる」といった内容を投稿したので早速スライドに取り入れた(聴衆にも笑っていただけた)が,これは実のところ笑いごとでなくきわめて深刻な問題である.シンポジウムでは,New South Wales大学からHenry Brodaty教授とPerminder Sachdev教授が登壇され,グループのきわめて高いレベルの研究業績に基づいた大変充実した内容を聴講できた.JSPNシニアとして派遣者された岸本年史先生は,高齢者における意思決定の問題点について,特に慢性期の精神疾患を抱えた方のことを交えて講演された.重度の慢性精神疾患を抱えた方が高齢になったとき,誰が何に基づいて意思決定すればよいのか.われわれが目を逸らしがちな大きな問題を突き付けられたように感じた.
 会場は美しいDarling Harbourに面し,素晴らしい天候にも恵まれた.セッション間のコーヒーブレイクやケータリングをつまみながら対面で世間話や臨床・研究の話をしたり,ポスターの前で面と向かってディスカッションをしたりといった場面を通して,随所にコロナ禍前の国際学会を思い出していた.シドニー・オペラハウスのなかからHarbour Bridgeを望むレセプション,Ivy BallroomでのGalaディナーなど,社交イベントも徐々にコロナ禍前に戻っていくものと感じられた.思うに,オンラインでの学会は大変便利で移動の手間もなく,効率的ではある.しかし,現地開催でこそ深まる議論があるし,対面でなければ得られない経験もあるだろう.今回,オンライン参加か現地参加かを決めるタイミングで,たまたま所属する大学病院の方針が変更され,招待講演に限って海外渡航が許可された.これは私にとって僥倖そのものであり,このタイミング,この代表派遣形式でなければ行くことはできなかった.コロナ禍が一刻も早く完全に終息し,自由に対面形式の学会へ帰還できる日常が戻って来ることを願いながら本稿を終えたい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

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