Advertisement第119回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第9号

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特集 統合失調症とはどういうことか
生物学的精神医学はどこまでクレペリンの夢に迫れたのだろうか―種と類型の修辞学―
糸川 昌成1)2), 堀内 泰江1)2), 鳥海 和也1), 吉川 茜1), 石田 裕昭1)2), 鈴木 一浩1)2), 宮野 康寛1)2), 井上 智子1)2), 小堀 晶子1)2), 宮下 光弘1)2), 水谷 隆太3), 新井 誠1)2)
1)公益財団法人東京都医学総合研究所統合失調症プロジェクト
2)都立松沢病院精神科
3)東海大学工学部生命化学科
精神神経学雑誌 123: 592-599, 2021

 われわれが統合失調症の遺伝子やバイオマーカーの研究をするとき,この巨大な症候群に含まれる自然種を仮定している.クレペリンが進行性の予後を類型として早発性痴呆を提案したとき,彼が神経病理学的変化の発見に期待していた事実から,クレペリンもこの自然種を意識していたと推測される.本稿では,統合失調症が類型である事実を重視し,この疾患の遺伝子研究や治療薬の開発が難航する原因について,自然種,実体種,理念型などを紹介しながら考察した.最後に,巨大な類型から小さな種を発掘した自験例を紹介し,統合失調症とはどういうことなのかについて述べた.ヤスパースやシュナイダーが重視した内因性の根拠が,ただちに脳を検討する理由になるのかについても若干の考察を加えた.

索引用語:自然種, 実体種, 類型, 収斂進化, limit cycle>

はじめに
 クレペリンが早発性痴呆を教科書第4版に登場させたのは,1893年のことである.それより約20年前,1874年にカールバウムが緊張病を提唱し,ヘッカーが破瓜病を発表したのは1871年のことである.クレペリンは,これら20年前に書かれた古典精神医学を取り入れた新しい疾患概念を提案することにより,精神医学を自然科学のなかに位置づけようとしたらしい.なぜなら,状態像の展開と終末像を根拠にして疾患単位の確立をめざしたからだ.第5版で先天性と後天性に分け,第6版で早発性痴呆,躁うつ病,パラノイアを並べた17).DSMで育った精神科医のなかには,統合失調症がこのようにして誕生した経緯を知らない者も多いだろう.そもそも,われわれが遺伝子やバイオマーカーを探索するのは自然種を前提とするからだが,統合失調症が理念型,類型であるという矛盾を据え置いたままにしておいてよいのだろうか.
 精神障害には,脳腫瘍による幻視のような明らかに疾患的なものと,ギャンブル障害のように疾患的ではない―例えばゲーム大会で生計を立てられるほどの賞金を稼ぎ,世間から羨望され自らを誇りに思うような人は診断されない―ものがある10).精神医学とは,ゲーム障害のような社会適応や社会的価値と深く結びついた障害から,外因性精神病のような生物学的に明確な疾患までを扱う特殊な医学領域である.そのなかで,統合失調症は両者―社会的障害と生物学的疾患―の間に位置する内因性と呼ばれる疾患である.ゲーム障害と脳腫瘍の中間とは,いったいどういうことなのだろうか.
 猫やアルミニウムのような自然種のうちで,「本質」を指定できるそれは実体種と呼ばれる.例えば,銅は原子番号29番のCu原子を本質として構成される実体種である.一方で,定義のみで構成される,つまり自然種でも実体種でもないものに,例えば独裁者とか大学院生などといった類型がある.クレペリンは自然種をめざして精神疾患を縦断経過から2つに分類したが,その実態は大学院生のように定義づけられた類型なのだ.
 世界のメガファーマが精神疾患治療薬の開発から撤退したことが2011年の『Nature』誌で報じられた1).これは小規模サンプルで概念実証(Proof of Concept:PoC)が成立しても,被験者を拡大するとプラセボと有意差が出にくくなることが要因の1つとされる.この小サンプルが大サンプルで否定されるという構図は,ゲノム研究が30年近くも難航してきたそれと酷似しているのだ.すなわち,小規模な第一報告では大きなオッズ比を示す遺伝子多型が,メタ解析でサンプルを大規模に集積させると小さいオッズ比しか得られなくなる.
 本稿では,症候群(類型)と疾患(種),モノとコト,自然種と実体種といったことにふれながら,「統合失調症とは何か」を考えてみたい.
 本研究は東京都医学総合研究所,および共同研究機関の研究倫理委員会の承認を得て,文書にて被験者などへ説明と同意を得て行われた.

I.モノとコト
 統合失調症の治療薬開発とゲノム研究はなぜ難航するのだろうか.この問いの答えを求めて,まずは精神疾患の概念が形成されてきた過程を振り返ることから始めてみたい.
 19世紀まで,精神障害とは状態像あるいは症候群,すなわち横断的(その時点で存在する)症状の束という意味しかもたなかった15).サルペトリエール病院で病者たちを鎖から解き放ったピネル(1745~1826)も,「精神異常を個別のモノとして研究するのは間違った選択である(中略)外面に徴候として表れる特徴的な性質を研究することによってのみ(中略)道に迷い込むことを回避できる」と述べており,精神障害がモノ(実体)ではなくコト(状態像)であると考えていた16)
 クレペリン(1856~1926)は,横断的症状の束ではなく,縦断的(過去・現在・未来)転帰を重視した.すなわち,予後不良な早発性痴呆に予後良好な躁うつ病を対比させる構図を描くことによって,精神障害を疾患単位(モノ・実体)ととらえようとしたのだ.それはまるで,生物を精緻な階層構造に分類した18世紀スウェーデンの博物学者,リンネ(1707~1778)の自然種(espéce naturelle)をめざしたかのようにみえる.
 ここで注目したいのは,クレペリンが神経解剖学という科学的分析性に未来を託したことだ.彼は,自然科学の発展によっていずれ神経病理所見が確立され,統合失調症の原因が解明されることを期待すると述べたのだ20).その後,クレペリンの二大分類は,ブロイラー(1857~1939),シュナイダー(1887~1967)へと受け継がれ,いわゆるクレペリン学派を形成してドイツ精神医学の主流となる.それらはかなり単純化されながら英米圏へ引き継がれてICD-10,DSM-5の底流となった.
 一方で,クレペリンの二分法に反対の立場をとったウェルニッケ(1848~1905)の学説は,クライスト(1879~1960),レオンハルト(1904~1988)へと受け継がれウェルニッケ学派となった6).ウェルニッケは脳局在に対応する症候群の概念化をめざし,あるいは連合野の結合障害(ネットワーク障害)論の立場をとっていたので12),現在の脳形態画像あるいは脳機能画像研究はこことつながるのかもしれない.レオンハルトは,薬物反応性が乏しく遺伝要因が小さい系統性統合失調症に対して,薬物反応性がよく遺伝要因が大きい非系統性統合失調症をおいた.レオンハルトの統合失調症は遺伝性を考慮した疾患単位(モノ・実体)だから,われわれの専門であるゲノム研究はこの系譜に連なるのだろう.
 このように,統合失調症は多くの精神医学者の手を経ることによって生み出された.この疾患誕生の経緯をみればわかるように,ニュートリノや結核菌の発見のそれとは決定的に異なるのだ.なぜなら,後者は検出系の発明や検出精度の進歩によって,実体としてはそれ以前から存在していたものが見えるようになったことを意味しているが,前者は横断的な視野を縦断的に切り替えて見えるようになったものに病名をつけたにすぎないからだ.したがって,ニュートリノと違ってクレペリン以前に存在した実体があったわけではなく,反対にクレペリン以後の現在も横断的にみようと努めれば,たちまちクレペリン以前の姿が立ち現れる.精神疾患の診立てとは,このように類型というテンプレートに目の前の症例の所見を重ね書きする作業なのだ.

II.サダム・フセインとアルミニウム
 ところで,サダム・フセインやヒットラーを独裁者と呼ぶのは,「絶対的権力を独占的に行使する支配者」という類型に彼らが合致するからだ.一方,シマウマやアルミニウムは,ゲノムや元素によって規定される自然種である.クレペリンは,「進行性で予後不良」という類型で統合失調症を躁うつ病から分離したが,神経病理学的変化(実体)に期待したことから自然種をめざしていたと推測される.
 ところで,自然種を整理し分類学の父とも呼ばれたリンネは,動植物を界,門,綱,目,科,属,種と階層化したが,形態の類似性を主観的に選んでいた点に注意が必要である.例えば,動植物の自然種の条件に交配が可能であることが挙げられるのは,染色体の数やゲノムの構造が異なると,そもそも受精ができないので同じ種とはいえないからだ.ところが,ゲノムの類似性とリンネが主観的に決めた形態類型が一致するとは限らない.例えば,フクロモモンガ(Petaurus breviceps)は有袋類だが,リス科のモモンガ(Pteromys momonga)と形態がそっくりなのだ(図1).このように,系統の離れた種が同じような環境で生活するうちに外見が似てくることを収斂進化(convergent evolution)という.クレペリンの二大分類も類型分類である以上,収斂進化のように本質―症状とは因果的に結合する脳の特定の状態―を反映する保証がないのだ.

図1画像拡大

III.自然種と実体種
 今やその名前が認知症の代名詞ともなっているアルツハイマー博士だが,当初は統合失調症の神経病理に挑んでいた.ただし彼はその後,自然種が期待できそうな「神経病理―症状―経過―転帰」がセットになった疾患のみに研究対象を絞り続けた.だからこそ,ハンチントン舞踏病や認知症のような神経疾患は自然種になりえたのである.つまり,自然種になりそこねた残りを,クレペリンは予後の悪い病気と良い病気に二大分類したともいえる.
 先述の通り,自然種には本質を指定できる実体種が含まれる.例えば,銅は原子番号29番のCu(本質)から構成される実体種の典型である.一方,「独裁者」などは実体種ではない.だから,独裁者の身体をいくら科学的にスキャンしても,独裁者を因果的に規定する本質(例えば独裁者の遺伝子)が発見できないわけだ.その点,糖尿病や高血圧は,いくぶん実体種的な性質を帯びている.なぜなら本質的実体として,血漿中のグルコース(mg/dL)や血管にかかる圧力(mmHg)を指定できるからだ.ただし,どの値を超えたら疾患と認定するかに関しては,ゲリマンダー的な影響を受ける.
 科学とはまさに,この本質の指定をめざす営みにほかならない.ところが,統合失調症は自然種でも実体種でもない類型なので,神経病理学のみならず,ゲノム研究も抗精神病薬の開発も難航し続けている.診断精度をあげれば,類型が実体種に変質するわけではない.それは,DSMが改訂されるたびに,ゲリマンダー的に患者の診断区分が変わり続けてきた経緯をみてもわかる.
 身体疾患では類型(症候群)を研究して,種(疾患)を確立してきた.例えば,後天性免疫不全症候群は免疫低下,カポジ肉腫,悪性リンパ腫,若い男性などを特徴とする類型(症候群)だったが,パスツール研究所で患者からヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus:HIV)が発見されてHIV感染症という種(疾患)が確立された.なぜ,身体疾患では類型から種が確立できて,精神疾患ではそれがかなわないのだろうか.それは,疾患概念が形而上学的理念型と形而下の水準で身体的本質が実在するという,両者の致命的な違いに由来する.尿管結石を例にとれば,尿管に石が詰まった状態が発症で,石が排尿時に排出されれば治癒である.つまり,石の陥頓と脱落という明確なモノの状態(形而下)で疾患が定義されている.だから,類型(症候群)から形而下の本質を探索すれば,実体が同定されて種(疾患)を形成できるのだ.一方で,摂食障害や統合失調症のような精神疾患は,モノ(脳)とコト(出来事)が関与する形而上の類型である.よって,形而上の概念集団から形而下の本質を見つけるのは容易ではないのだ.

IV.形而上の類型を解決するために
 サダム・フセインのような独裁者の類型のままでは,いつまでも統合失調症の本質は指定できないと考えたわれわれは,症候学的な集団から種(疾患)を発見することを放棄し,代わりに類型(症候群)を生物学的に囲い込む戦略を考えた.具体的には,クレペリンが注目した進行性の経過を重視し,重篤な統合失調症ばかりを解析することによって,進行性を決定する本質を指定することをめざした.つまり,進行性の決定因子を本質とする実体種を発見しようともくろんだのである.
 その結果,統合失調症の多発家系で終末糖化産物(Advanced Glycation Endproducts:AGEs)の抑制酵素(glyoxalase 1:GLO1)の遺伝子がフレームシフト変異を生じることによって50%活性低下している症例を発見し,当該症例でAGEsが蓄積する代謝障害(カルボニルストレス)を見いだした.症例の末梢血では,AGEsが健常者の3.7倍に増え,AGEsの生成阻害作用をもつビタミンB6が健常者の20%以下に低下していた.
 われわれは,AGEsを本質とする実体種を抽出するために,統合失調症45例と健常対照61例を用いてAGEsとビタミンB6を測定した.あたかも,ムササビの形態をたよりに集めた類型集団から,リス科のモモンガと有袋類のフクロモモンガを鑑別するかのように.AGEsの主要な産生因である糖尿病と腎機能障害をもつヒトは被験者から除外してある.その結果,統合失調症の46.7%でAGEsが有意に上昇し,57.8%でビタミンB6が有意に低下していた2)図2).もしAGEsが「進行性の経過」の本質であるならば,本質(AGEs)を除去できれば進行を抑制(症状が改善)できるのではないかと考えた.そこで,AGEs産生の抑制効果をもった未承認のビタミンB6(ピリドキサミン)を用いてAGEsを除去する医師主導治験を行った.糖尿病と腎機能障害がないのにAGEsが蓄積している10例の統合失調症で,ピリドキサミンを探索的に1,200~2,400 mg/日で6ヵ月間投与し,重症度変化を検討した.治験結果は,被験者の血漿AGEsの平均減少率は26.8%に達し,陽性陰性症状評価尺度(Positive and Negative Syndrome Scale:PANSS)で評価した重症度は平均値で10.8%改善し,著効2例では陰性症状スコアの減少が顕著だった7).この結果から,治験のコンセプトどおりにAGEsの除去と症状改善の関連が示唆された.

図2画像拡大

V.クレペリンの予言
 以上のように,カルボニルストレスを伴う統合失調症は,代謝障害の蓄積産物(AGEs)を本質とする実体種である可能性が示唆された.興味深いのは,クレペリンは1896年の教科書第5版のなかで,早発性痴呆を粘液水腫とならんで代謝障害の項目に分類していたことである.このことから,彼が予後の悪い経過を,代謝性の変化と関連づけて考えていた可能性がうかがえる.
 もし,われわれがAGEsを本質と指定する実体種を,クレペリンが定めた巨大な類型から抽出できたのだとすれば,その集団から彼が予言した神経病理学的変化が同定できるはずだ.そこで,われわれはナノトモグラフィ法―電磁放射線(放射光)で撮像した三次元構造をナノメータースケールで解析する―を用いて,カルボニルストレスを伴う1例を含む統合失調症4例と,対照4例の前部帯状回(BA24)を用いて神経構造を検討した.死後脳は,神経細胞がX線で見えるようゴルジ染色し,日本の大型放射光施設SPring-8と米国アルゴンヌ国立研究所のAdvanced Photon Sourceにおいて撮像した.三次元の神経ネットワーク像を機械認識アルゴリズムによりトレースし,三次元曲線を幾何学的パラメータで表し統合失調症の2,592本と対照の2,068本の神経突起を解析した.その結果,統合失調症の神経突起は対照の1.5倍の曲率を示した.また,神経突起の曲率と太さは反比例しており,曲率の大きい突起ほど細い線維だった.神経線維に伝わる活動電位は,細胞膜を通した軸索内外のイオン交換の物理的なモデル(ケーブル理論)によって説明できる5).このモデルでは,神経線維をケーブルに模して,活動電位の伝達を記述する.これに従えば,神経線維が結ぶ2点間の走行距離は,曲率が大きいほど蛇行するので遠くなり,線維は細くなるので活動電位が減衰する.すなわち,統合失調症では対照より遠い神経細胞との連絡が阻害される可能性を示唆している.しかも,統合失調症4例で最も高い曲率を示したのが,GLO1にフレームシフト変異をもったカルボニルストレス症例だったのだ13).さらに,上側頭回(BA22)も検討したところ,BA22とBA24で神経突起の曲率が異なり,個体間でも疾患・対照間でも曲率が異なっていた14)図3).このことから,クレペリンが予測した病的過程が脳の領域によって異なる可能性が示唆された.
 クレペリンは,自然科学の発展によって神経病理所見が確立されることを期待した.彼の期待の一部に,少なくとも神経の微細な構造変化が応えられるのかもしれない.

図3画像拡大

おわりに
 統合失調症とはどういうことなのだろうか.ゲーム障害と脳腫瘍の間とは,いったい何を意味するのか.統合失調症が自然種になりうるという屈託のない発想を愚直に考察すれば,現在の遺伝子研究や治療薬の開発がまっとうなのか多少みえてくるはずだ.なぜなら,現在の神経科学には探索と開発になじむ領域と,まったくそうではない領域があるからだ11).例えば,視覚や聴覚,記憶といった脳の道具機能については,光遺伝学的手法を用いた動物モデルから脳機能画像を用いたヒト研究まで,それらを自在に描写し予言できる段階が実現されている.一方,そうした領域の研究手法を用いて統合失調症について描写できたことが,はたして視覚や聴覚ほど見事な出来栄えと言えるだろうか.確かに脳の膨大なスナップショットは蓄積したが,片時もとどまることのない精神と心について,それら静止画をいくら重ねても理解できたとは思えないのだ.
 脳腫瘍による幻視を科学の探索と開発になじむ領域とするなら,ゲーム障害はなじまない領域ではないだろうか.もしそうであれば,両者の間に位置する内因性の統合失調症の研究が難航するのはもっともなことではないだろうか.
 ヤスパースが重視した生活発展の意味連続性の切断やシュナイダーの一級症状は,道具機能そのものではなく,その使い手に事件が起きていることを示している.視覚や聴覚などの道具機能は,例えば水晶体とレンズ,あるいは鼓膜とダイヤフラムのように驚くほどカメラやマイクの構造と似ている.だが,ヤスパースやシュナイダーが指摘したのは,カメラやマイクの不調ではなく,カメラを覗き込むまなざしの変容であり,マイクが拾った音への聞き耳の変わりようのことである.道具機能を自在にあやつる使い手,すなわち主体や意識,自我の変調を解明するための手法が,道具そのものを検討するやり方と同じで構わないのか考察することは,大いに意味があることではないだろうか.
 ヤスパースが述べた了解(Verstehen)の不能を,「理解できないこと」と誤解されることがある.ヤスパースの了解の不能とは,われわれが人の体験に聞き入るとき普通に行う心の文法を用いた体験の追想,それが途切れることを意味しているので,内容が不可解かどうかとは関係ない.心の文法に従わないなら脳だろうと飛びつきたくなるところだが,そこを踏みとどまってみる価値は残されているのかもしれない.なぜなら,計算神経学のWilson-Cowanモデルでは,係数の条件(脳というハードではなく入力というソフト)次第で,出力の連続性に切断が生じるからだ(図44).このことは,脳(モノ)ではなく特定の体験(コト)との出会い(入力情報)だけで,ヤスパースが重視した意味連続性が切断される可能性を示唆している.

図4画像拡大

利益相反
 糸川,新井,宮下はピリドキサミンの特許と開発において興和株式会社と利益相反がある.

 謝 辞 技術支援をいただいた小幡菜々子氏,野原泉氏,畠中真依氏,石田知可子氏,原稿の改訂作業を援助いただいた鬼頭育代氏,レファランスサービスを提供いただいた神戸靖子氏と鷹野祐子氏に感謝します.本稿の一部は,精神科治療学(35;177-185,2020),精神科(1;7-85,2020),精神神経学雑誌(121;926-940,2019)の原稿を改変して使用した.本研究はAMED(16dm0107088h0005,17dm0107088h005,18dm0107088h0005,19dm0107088h0005,20dm0107088h0005)の支援を受けて実施された.

文献

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