Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第8号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
慢性疼痛と身体的苦痛症の鑑別
針間 博彦
東京都立松沢病院
精神神経学雑誌 123: 521-521, 2021

1.疼痛障害と慢性疼痛
 ICD-10の「F45 身体表現性障害」に含まれる「F45.4 持続性身体表現性疼痛障害(persistent somatoform pain disorder)」は,生理的過程や身体的障害によって十分に説明されえない,持続性の重度で苦痛(distress)を生じる疼痛(pain)であり,患者の注意が一貫して向けられているものである〔ここで苦痛(distress)とは情動的な苦しみであり,疼痛(pain)とは身体的な痛みである〕.DSM-IV-TRにおいてこれに相当するカテゴリーであった「疼痛性障害(pain disorder)」は,DSM-5では「身体症状症(somatic symptom disorder)」に吸収され,「疼痛が主症状のもの(with predominant pain)」という特定用語によって示されるよう改訂されている.
 一方でICD-11では,ICD-10の「F45.4 持続性身体表現性疼痛障害」に相当するカテゴリーは,第6章「精神,行動または神経発達の疾患群」のなかでは廃止されている.代わって,これとは別の章である第21章「他に分類されない症状,徴候または臨床所見」に含まれる「疼痛(pain)」のなかに「MG30慢性疼痛(chronic pain)」が新設され,そのうち身体的病因ないし病態生理が不明なものは,「MG30.0慢性一次疼痛(chronic primary pain)」と呼ばれる.「疼痛」は,実際あるいは可能性のある組織損傷に関連する,あるいは関連するものに類似する,不快な感覚性および情動性の体験と定義される.「慢性疼痛」は,有意な情動的苦痛(不安,怒り,抑うつ気分など)や生活上の支障を伴う,3ヵ月を超えて持続または再発する疼痛であり,生物学的,心理的,社会的要因など多要因性であると記述されている.そのうち「慢性一次疼痛」は,症状が他の診断によってより十分に説明されない場合に,確認可能な生物学的要因や心理的要因の有無にかかわらず,診断として用いうるものである.これらの記述から明らかなように,ICD-11における「慢性疼痛」はあくまで「疼痛」の下位分類であり,生物学的要因が不明な場合であっても,ICD-10の「持続性身体表現性疼痛障害」のように精神疾患とみなされることはない.

2.慢性疼痛と身体的苦痛症
 ICD-11で新設された「身体的苦痛症」は,ICD-10の「身体化障害」や「持続性身体表現性疼痛障害」とは異なり,訴えられる身体的症状が確認可能な身体的障害によって説明できないことを要件としていない.身体的苦痛症の要件は,その身体的症状に対して,過度の注意(思考と行動)が向けられていることである.すなわち,身体的苦痛症と慢性疼痛との鑑別は,身体的症状を説明しうる身体疾患が確認されるか否かではなく,その身体的症状に向けられる注意が過度か否かに基づくのであり,したがって両者の診断は必ずしも二者択一ではない.疼痛の原因となる身体疾患が確認されず慢性一次疼痛と診断される場合も,またそうした身体疾患が確認されて慢性二次疼痛と診断される場合も,疼痛に向けられた注意が過度であると判断されれば,身体的苦痛症の診断を付加しうるものと考えられる.

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