Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第8号

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特集 仮想症例から学ぶアルコール依存症の新ガイドラインと治療ゴール―断酒と減酒の実践的治療を考える―
断酒が必要だが,動機づけが不十分なアルコール依存症者にどのように対応するか
澤山 透
相模ヶ丘病院
精神神経学雑誌 123: 482-486, 2021

 改訂された『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』では,断酒を選択すべき重症のアルコール依存症であっても本人が断酒に同意しない場合には,治療からの脱落を防ぐという観点から,飲酒量低減を暫定的な治療目標にすることが推奨された.このことにより,断酒が必要だが動機づけが不十分な患者と対立することなく,相手の意向を尊重しながら柔軟に対応していくことが可能となった.飲酒量低減を治療に対する抵抗ととらえず,飲酒行動の改善に向けた治療目標の1つとして考えることにより,患者との対立が減り,患者・医療者関係も構築しやすくなることが期待される.また,患者自身が治療目標に関してより良い選択ができるように援助するためには,同ガイドラインで主な心理社会的治療の1つとして位置づけられている動機づけ面接のエッセンスを理解・実践することも有用と思われる.

索引用語:アルコール依存, ガイドライン, 治療目標, 飲酒量低減, 動機づけ面接>

はじめに
 2018年に改訂された『新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン』(以下,新ガイドライン)では,「飲酒量低減(いわゆる節酒)」が初めてアルコール依存症の治療目標に関する推奨事項として採用された2)).この治療目標に関する推奨事項の特筆すべき点としては,アルコール依存症の治療目標の原則はこれまで通り「断酒」としながらも,軽症の依存症で明確な合併症を有しないケースでは「飲酒量低減」が治療目標となりうるとし,さらに重症の依存症(入院治療が必要,飲酒問題のため社会・家庭生活が困難,重篤な臓器障害,緊急の治療を要するアルコール離脱症状など)であっても本人が断酒に同意しない場合には,治療からの脱落を防ぐという観点から,「飲酒量低減」を暫定的な治療目標にすることも考慮するとされた点である.従来,(断酒が必要と判断された)アルコール依存症者が断酒治療に同意しなかった場合,医療者がその対応に苦慮することが多々あったが,飲酒量低減を暫定的な治療目標にしてもよいと推奨されたことにより,「断酒が必要だが,動機づけが不十分なアルコール依存症者」への多様な対応が可能となることが期待される.本稿では,「断酒が必要だが,動機づけが不十分な仮想症例」を通して,その実践的な治療を検討するとともに,新ガイドラインで主な心理社会的治療の1つとして位置づけられている動機づけ面接のエッセンスについても述べることとする.

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I.断酒が必要だが,動機づけが不十分な仮想症例
1.仮想症例A:断酒を提案したところ,断酒に同意し,断酒を継続した症例
 58歳男性.会社員.妻と2人暮らし.
 【現病歴】アルコール性肝硬変があり,これまで食道静脈瘤破裂のため,他院消化器内科に3回ほど入院歴がある.また,4~5年前から,手指振戦といったアルコール離脱症状もある.そのため,今回,消化器内科の担当医に勧められ,アルコール専門外来を妻とともに受診.
 【治療方針・目標】本人は「お酒はストレス解消に必要なのでやめたくない.体に気をつけて,酒量を減らして飲みたい」と希望したが,アルコール性肝硬変という重篤な臓器障害があるため,断酒が必要と判断.本人の気持ちを受容し,最終的な決定権は本人にあると強調したうえで,もし断酒したら,「食道静脈瘤の再破裂のリスクが減る」「肝硬変の進行も防げる」「断酒を継続していけば飲まない生活にも慣れていく」といった断酒のメリットを説明し,断酒を提案.
 【治療経過】本人が断酒に同意し,以後,通院しながら断酒継続となった.

2.仮想症例B:断酒を提案したところ,断酒に同意したが,断酒継続が困難で,飲酒量低減を希望した症例
 62歳男性.飲食店(居酒屋)自営.妻と娘と3人暮らし.
 【現病歴】アルコール性膵炎のため,他院消化器内科に2回の入院歴がある.ここ1年は,朝から飲酒し,店を開けられないときもあった.今回,膵炎により,3回目の消化器内科入院となったため,妻に勧められ,アルコール専門外来を妻とともに受診.
 【治療方針・目標】本人は「仕事中にお客さんと飲んだり,ストレス解消のため,酒は必要.これからは飲みすぎないように気をつけます」と飲酒量低減を希望.しかし,アルコール性膵炎という重篤な臓器障害があり,社会生活(仕事)にも支障があるため,断酒が必要と判断し,断酒治療を提案したところ,本人は断酒に同意し,抗酒薬の服用を選択.
 【治療経過】2週間ほど断酒したが,「やはり仕事が終わった後に酒を飲みたい」と言い,毎晩焼酎220 mLカップを1~2本飲むようになった.朝酒はないが,慢性膵炎もあるため,断酒の必要性を説明するが,以後も(多少の増減はあるが)同様の飲酒を継続.1年ほど経過するが,膵炎の増悪は認めない.

3.仮想症例C:断酒を提案したが,飲酒量低減を希望し,飲酒量低減を継続した症例
 66歳女性.8年前に夫が亡くなり,以後1人暮らし.近くに長男家族が住んでいる.
 【現病歴】夫の死後,酒量が増加.意識障害,幻視を呈し,アルコール離脱せん妄のため,精神科に入院.1週間ほどで離脱せん妄は改善.
 【治療方針・目標】入院治療が必要なアルコール離脱症状を認めたため,断酒が必要と判断し,断酒治療を提案.しかし,本人は,「完全に酒をやめるのは無理.何か集まりとかイベントがあったときは酒を飲みます.完全に酒をやめろというなら通院もしません」と頑なに述べるため,本人の希望する機会飲酒を治療目標とし,経過をみることとなった.
 【治療経過】退院後3年ほど経過するが,1~2ヵ月に1回程度の友人や家族との会食以外は飲酒することなく,アルコール離脱せん妄の再燃もない.

4.仮想症例D:断酒を提案したが,飲酒量低減を希望.しかし飲酒量低減の継続が困難なため,断酒に同意した症例
 49歳男性.会社員.婚姻歴なく1人暮らし.
 【現病歴】以前より,週末に酒を飲みすぎて,週明けに遅刻や欠勤することがあった.今回,夏季休暇中に連続飲酒となり,休暇明けも出勤できず,食欲低下,嘔気・嘔吐のため,自ら119番通報し,二次救急病院に入院.心配した母親,姉に連れられ,アルコール専門外来初診となった.
 【治療方針・目標】連続飲酒を呈し,社会・家庭生活が困難なため,断酒が必要と判断し,断酒治療を提案したが,本人は,「今回は飲みすぎちゃいました.これからは気をつけますので,大丈夫です」と飲酒量低減を希望(通院には同意).
 【治療経過】しかし,その後も正月休みやゴールデンウィーク休みに連続飲酒となり,改めて断酒を提案したところ,本人も断酒を決意.以後,数ヵ月~半年に1回程度,再飲酒することはあるが,おおむね断酒を継続し,連続飲酒に至ることなく2年ほど経過している.

5.仮想症例E:断酒を提案したが,飲酒量低減を希望.飲酒量低減の継続は困難であるが,引き続き低減を希望した症例
 72歳男性.妻と2人暮らし.60歳で定年退職し,68歳までパート勤務していたが,以後は年金で生活している.
 【現病歴】退職してから,朝から飲酒するようになり,酒量が増加.徐々に酩酊時の転倒や失禁などが出現.転倒後に頭部から出血し,救急搬送されたことを機に,妻とともにアルコール専門外来を受診.
 【治療方針・目標】飲酒によって家庭生活が困難であるため,断酒が必要と判断し,断酒治療を提案したが,本人は,「自分には酒くらいしか楽しみがない.飲みすぎないように気をつければ大丈夫」と飲酒量低減を希望.
 【治療経過】その後も飲酒量を低減することができず,酩酊時の転倒や失禁を繰り返した.改めて断酒治療を提案するが,「大丈夫.妻が言うほど飲んでません」と引き続き飲酒量低減を希望.その後も,妻に連れられ通院は継続し,受診前よりは酒量は減っているが,ときどき飲みすぎて,転倒したり失禁したりしている.

II.仮想症例A~Eに対する考察
 仮想症例A~Eは,いずれも重篤な臓器障害や緊急の治療を要するアルコール離脱症状,もしくは飲酒問題のため社会・家庭生活が困難などの理由から断酒治療が必要と判断されたが,患者の断酒に対する動機づけが不十分なケースであった.仮想症例AおよびBについては,医療者が断酒治療を提案したところ,断酒に同意したが,仮想症例Bについては,その後,飲酒を再開し,再び飲酒量低減(いわゆる節酒)を治療目標として希望した.また,仮想症例C~Eについては,医療者の提案にもかかわらず,断酒に同意せず,飲酒量低減を希望した.断酒が唯一の治療目標であるという従来の考え方であれば,このような患者の要望(=飲酒量低減)というのは,病気もしくは治療に対する否認や抵抗と考えられたが,新ガイドラインにおいては,飲酒量低減を治療に対する抵抗ととらえず,飲酒行動の改善に向けた選択肢の1つとして考えている.つまり,断酒と飲酒量低減を対立的な相容れない治療目標としては位置づけていないのである.こういった治療目標の考え方の変化により,患者との対立が減り,患者・医療者関係も構築しやすくなり,その結果,患者の治療からの脱落も防ぎやすくなると期待される.
 杠は,従来のアルコール依存症医療の主たる治療対象であった,①断酒治療を受け入れることのできたアルコール依存症群に,②断酒には同意できないが節酒であれば治療関係を維持できる群,③どうしても断酒することができない群,の2群を治療対象に加えることで効果的な治療目標の設定ができるとし,②については(節酒を当面の治療目標としながら)最終的に断酒に導く介入を,③については自他の健康被害のリスクをいくらかでも低減するための介入を行うことが有効であると述べている4).仮想症例Dについては,飲酒量低減であれば治療関係が維持できると判断し当面の治療目標を飲酒量低減としたが,最終的には患者自身が飲酒量低減の継続が困難であると受け入れ,断酒に至った.また,仮想症例Eのように時間をかけた動機づけにもかかわらず,引き続き患者が飲酒量低減を希望した場合であっても,本人の意向を尊重し,少しでも健康被害のリスクの低い飲酒をめざして治療関係を維持していくことが必要と思われる.
 一般に重症度の低いアルコール依存症者のほうが飲酒量低減を達成できる確率が高いが3),新ガイドラインでも記載されているように重症度に関する統一的見解は得られていない2).実際の臨床では,仮想症例BやCのように断酒が必要と思われた患者が,飲酒量低減を継続することも稀ならず経験するが,この場合もどの患者が飲酒量低減を継続できるのかあらかじめ予測することは困難なため,治療関係を維持しながら,飲酒量が減っていればそれを支援し,逆に飲酒量が増えるようであれば改めて断酒を提案していくなど適宜柔軟に対応していく必要がある.いずれにしろ,医療者が一方的に治療目標を押し付けるのではなく,患者が自分自身でより良い選択ができるように導いていくことが大切である.

III.「断酒が必要だが,動機づけが不十分な患者」に対して,どのようにかかわるか―動機づけ面接の観点から―
 最後に医療者として,患者自身が治療目標に関してより良い選択ができるように援助するために,新ガイドラインで主な心理社会的治療の1つとして位置づけられている動機づけ面接のエッセンスについて述べたい.
 動機づけ面接とは,行動変化に対する動機と決意を強化するための面接技法1)で,受容・共感的な態度で接しながら,同時に患者の「変わりたい」という気持ちを喚起・強化し行動変化を促していくというスタイルをとっている.動機づけ面接の観点から,「断酒が必要だが,動機づけが不十分な患者」に対して,どのようにかかわると良いかのポイントを以下に述べる.

1.患者の言動を修正したくなる気持ちを抑えて,医療者の常識や意見を押し付けないようにする
 患者の考えや気持ちを聞かずに医療者が頭ごなしに意見(例:断酒の必要性など)を述べても,患者がそれを素直に受け入れる可能性は低い.

2.患者に対して受容・共感的にかかわる
 患者の話を批判したり否定したりせずに傾聴し,患者の考えや感情,おかれている状況などを理解しようと努めるとともに,その理解を患者に伝える(例:「ストレス解消にはお酒が必要だと…」「完全に酒をやめてしまうのはさみしいんですね」).受容・共感的にかかわることで,患者との信頼関係を構築する.

3.患者の両価性のもう一方の側面(変わりたいという気持ちや考え)に気づき,それを引き出したり強化したりする
 例えば,断酒が必要と思われる患者が「酒を減らそうって気持ちはあります」と発言したら,「○○さんには,節酒ではなく断酒が必要です」と否定するのではなく,「今までの飲み方じゃまずいって気持ちはあるんですね」や「今の飲み方だと,どんなことが心配なんですか?」と変化に向かう発言を強化したり,引き出したりするような応答が有用である.

4.患者の考えや気持ちを尊重しながら,助言や情報提供を行う
 今後の治療目標について,医療者から助言する前に,まずは患者自身がどうしたいか相手の意向を確認する.そして,患者が飲酒量低減を希望したとしても,その意向を受容しながら(同意ではない),「断酒の必要性」に関する情報提供や断酒治療を提案する(飲酒行動を変えようとする動機や理由は患者によってそれぞれ異なるので,何が相手に響くか意識して情報提供を行う).そして最終的な治療目標の決定は患者自身に委ねる.

5.1~4を繰り返しながら,かかわりを継続する
 もし,患者が断酒治療に同意しなかったとしても,次に行うことは,患者を叱責することではなく,1~4を繰り返しながら,患者とのかかわりを継続していくことである.また,断酒治療にすぐに向かうことが難しい場合は,患者と歩調を合わせ,まずは治療を継続してもらえるような患者・医療者関係の構築を目標にかかわっていくことが必要である.

おわりに
 言うまでもなく,動機づけの不十分なアルコール依存症者すべてに通用する万能テクニックはない.なぜなら,同じアルコール依存症者であっても,飲酒行動を変えようとする動機や理由は患者それぞれによって異なるからである.そして,患者が自らの飲酒行動を変えようとする動機は,医療者のなかにあるのではなく,患者自身のなかにある.そのため,「医療者のなかにある変わるべき理由」を押し付けるのではなく,「患者自身のなかにある変わるべき理由」を探り,引き出すことが大切である.新ガイドラインでは,断酒を選択すべき重症のアルコール依存症であっても本人が断酒に同意しない場合には,治療からの脱落を防ぐという観点から,飲酒量低減を暫定的な治療目標にすることが推奨された.このことにより,患者と対立することなく,相手の意向を尊重しながら柔軟に対応していくことが可能となった.医療者は専門家として一方的に治療目標を設定するのではなく,患者が自分自身でより良い選択ができるように支援していくことが大切である.また,断酒継続などの治療目標にすぐに向かうことが難しい場合は,まずは治療を継続してもらえるような患者・医療者関係の構築を目標にかかわっていくことも時に必要である.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Miller, W. R., Rollnick, S.: Motivational Interviewing: Helping People Change, 3rd ed. Guilford Press, New York, 2013 〔原井宏明監訳, 原井宏明, 岡嶋美代ほか訳: 動機づけ面接第3版(上・下). 星和書店, 東京, 2019〕

2) 新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン作成委員会監, 樋口 進, 齋藤利和ほか編: 新アルコール・薬物使用障害の診断治療ガイドライン 新興医学出版社, 東京, 2018

3) Witkiewitz, K., Pearson, M. R., Hallgren, K. A., et al.: Who achieves low risk drinking during alcohol treatment? An analysis of patients in three alcohol clinical trials. Addiction, 112 (12); 2112-2121, 2017
Medline

4) 杠 岳文: アルコール使用障害に対する「断酒を目的とした治療」の適応. 医事新報, 4775; 62-63, 2015

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