Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第6号

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特集 同意取得が困難な事例を対象とした症例報告や研究における問題点と課題
同意取得困難事例を対象とする症例報告や研究における問題点と課題―法律家の視点―
木ノ元 直樹
弁護士・第一東京弁護士会
精神神経学雑誌 123: 349-353, 2021

 特定の疾患を症例報告や研究の対象として取り上げ,学会,専門雑誌などに報告するためには,基本的に対象患者へ真摯な姿勢で同意を得ることが必要であることに異論はない.改正個人情報保護法においても,診療情報は要配慮個人情報として格別の保護が必要とされる情報として位置づけられている.しかしながら,精神疾患など,患者からの同意取得が困難な事例が存在することも事実である.従来は,どちらかと言えば推定的同意,同意の擬制などの理屈,あるいは代諾同意などの方策により同意取得原則を乗り越えようとする試みが多数だったように思われる.しかしながらそれはあまりにも技巧的であり,患者個人の意思からの遊離が甚だしいとの疑問は解消されない.そこで,異なる視点から同意取得原則を乗り越え,患者個人の人権に配慮しつつ必要かつ有意義な学術研究の道が適切に開かれるような理論の構築が望まれる.今回1つの試案を提示したい.

索引用語:個人情報保護法, 要配慮個人情報, 同意取得原則, 非識別化, 生命医学倫理>

はじめに
 本稿の元となったシンポジウムのテーマは,「同意取得が困難な事例を対象とした症例報告や研究における問題点と課題」ということであったが,ここでは,主に,精神疾患により,症例報告や研究の内容の理解と同意の判断に,限界のある患者を対象としたケースを前提に考えてみたい.

I.個人情報保護法
1.個人情報の第三者提供に関する患者同意
 精神疾患に関する症例報告や研究の同意取得問題で一番問題となるのが,個人情報の第三者提供に対する,患者からの同意問題であり,個人情報保護法の適用が問題となる2)

2.改正個人情報保護法
 平成29年から施行されている改正個人情報保護法では,いくつかの定義が明確化されており,医療に関する点でいうと,「病歴」は「要配慮個人情報」とされ,格別の保護が図られるべき個人情報と位置づけられた.そして,個人情報保護法施行令2条1号,個人情報保護法施行規則5条各号によれば,具体的に,「身体障害,知的障害」そして「発達障害を含む精神障害等の心身の機能の障害があること」が病歴の典型であり,精神障害に関しては「精神保健福祉法にいう精神障害があることを特定させる情報」がこれに該当するとされている.

3.個人情報取扱いの基本
 個人情報保護法における個人情報の取扱いの基本については,23条で「同意原則」が定められ,個人情報の第三者提供には,一定の例外を除いて,事前の本人同意が必要であるとしている.逆説的に述べれば,法律は,事前の本人同意を要しない第三者提供が許される場合をあらかじめ想定していることになる.そして,同意取得の方法のなかで,要配慮個人情報については,いわゆるオプトアウト方式による同意取得は認められないとされている.

4.「適用除外」規定
 このように,個人情報保護法は,第三者提供の際,「同意原則を基本」と定めているのであるが,76条で,個人情報を取り扱う一定の目的の場面での,同意原則を含む規定の一律「適用除外」規定をおいている.そして,今回のテーマと密接に関係するのは76条1項3号である.すなわち,「大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者」が「学術研究の用に供する目的」で個人情報を取り扱う場合には,同意原則も適用されないという規定である.
 この「適用除外」規定が,症例報告や研究における個人情報利用の際に本人の同意は不要と言っているため,今まで,何がこの適用除外に入るかについて,多くの議論が割かれてきたように思われる.「適用除外」のケースをできるだけ想定して,患者本人から,後になって訴えられることがないような,法解釈の道を探ろうというわけである.しかしながら,そもそも,そのような意図で,この「適用除外」の解釈論を展開しようとすることは,個人情報保護法の誤解に基づくことに注意しなければならない.

 (適用除外)
 第76条
 1 個人情報取扱事業者等のうち次の各号に掲げる者については,その個人情報等を取り扱う目的の全部又は一部がそれぞれ当該各号に規定する目的であるときは,第四章の規定は,適用しない.
 一 放送機関,新聞社,通信社その他の報道機関(報道を業として行う個人を含む.)報道の用に供する目的
 二 著述を業として行う者 著述の用に供する目的
 三 大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者 学術研究の用に供する目的
 四 宗教団体 宗教活動(これに付随する活動を含む.)の用に供する目的
 五 政治団体 政治活動(これに付随する活動を含む.)の用に供する目的
 (中略)
 3 第一項各号に掲げる個人情報取扱事業者等は,個人データ又は匿名加工情報の安全管理のために必要かつ適切な措置,個人情報等の取扱いに関する苦情の処理その他の個人情報等の適正な取扱いを確保するために必要な措置を自ら講じ,かつ,当該措置の内容を公表するよう努めなければならない.

5.「適用除外」規定の立法趣旨
 この「適用除外」規定は,報道の自由,言論の自由,信教の自由,学問の自由,政治活動の自由などの人権の保障と「個人情報の保護」とを両立させ,個人情報保護の名のもとに国家が個人の精神的自由に介入することがないよう「歯止め」を設けることにある.つまり,行政機関の個人情報取扱業者に対する過度な規制と罰則の発動を抑止するという,本来的には,行政当局に対する規範である.そして,その結果として,事実上,個人情報の有用性と個人の権利利益保護とのバランスを図っているのである.
 したがって,「学術研究の用に供する場合には個人情報の保護は不要だから適用除外だ」ということにはならない.個人情報保護法の「適用除外」に該当したとしても,実は,プライバシー権侵害の有無や程度は別途,検討され議論されるべき問題であるということになる.個人情報保護法上の「適用除外」に該当しても,同意なしの情報利用が権利侵害とされる可能性があるということなのである.

II.個人情報保護法76条3項と同意要件
1.倫理指針やガイドライン
 個人情報保護法76条1項の「適用除外」規定は,同条3項で,個人情報取扱事業者に対して,情報安全管理のために必要な措置を講じるよう努力することを義務づけているが,医学研究領域において,医療側の自律的取り組みとして,すでに,いくつかの倫理指針やガイドラインが公表されている3).これら倫理指針などでは,さまざまな臨床研究や症例報告を行う際には,本人に十分な説明を行ったうえで,原則的に同意をとることが必要とされている.つまり,個人情報保護法の「適用除外」に甘んずることなく,患者の要配慮個人情報に対する同意原則を維持して,患者を保護しようとの医療者側からの積極的行動であり,これが,個人情報保護法の直接的目的を超えて,私的な権利保護の視点に立つものであれば,その意図は評価できるといえるであろう.
 しかしながら,「同意取得原則」への後戻りを模索している点で,現実離れした,非常に扱いにくい指針となり,これに医療者が自縄自縛に陥っているのではないかとの印象は拭えない.

2.患者同意の法的機能
 個人情報の利用(第三者提供等)に対する患者同意の法的機能を考えてみると,まず,個人情報保護法上の適法性要件(行政による規制回避)としての機能がある.また,より広く,プライバシー権侵害に対する事前承諾(損害賠償義務回避)としての機能がある.しかしながら,そのような同意をする能力については,法律上明確な規定がない.
 法律上の「同意」があったと言えるためには,同意の前提としての説明を理解し,的確に同意の意味を理解できる能力のある人によるものでなければならないが,具体的な場面でその点を判断するためには,実質的解釈論が必要となる.ここで参考となるのが,民法上,財産処分についての同意能力の備わる年齢は20歳とされ(民法4条),遺言能力については15歳(民法961条)とされている点である.この遺言能力の15歳を参考に,診療同意能力も15歳程度の判断能力が必要であると,一般的には理解されている.
 しかしながら,従来の議論,つまり,「○○についての同意能力は何歳程度の判断能力が必要か?」という考え方には限界がある.そもそも,「○歳程度の同意能力」という区切り方自体が不明瞭である.また,同意対象によっては,年齢によって一律に同意能力を決定するのは困難な場合がある.同意対象が専門的で複雑な場合などは特にそういえるであろう.そのような場合,同意対象への理解度は年齢ではなく専ら個人的能力に左右されるので,同意能力の一律化は困難であるといわなければならない.医学研究でいえば,研究に対する理解力を一律には決められないといえるのである.
 また,15歳程度の判断能力が仮に必要だとしても,具体的に現在公表されている,指針の示す説明同意文書のモデル書式などは非常に大部である.例えば,文部科学省が出している,『インフォームド・コンセント 説明文書および同意文書のモデル書式』4)は,平易な表現にしようとした努力の跡はわかるが,それでも一般の成人ですら,記載内容を理解することは決して容易ではない.
 そのうえで,同意要件を精神科領域で乗り越えようとすると,「推定的同意」「同意擬制」といった,およそ現実離れした虚構によって運用を考えなければならないというジレンマに陥ってしまう.

III.同意要件からの脱却
 以上より,「同意要件」から脱却してこれを克服する方策を模索する必要がありそうである.個人情報の利用(第三者提供等)に対する患者同意の法的機能について前述したが,そこでは,「個人情報の利用が本来的に悪い行為である」という考え方が前提とされている.「何が悪いのか?」を突き詰めて考えると,「個人のプライバシー権に対する侵害」になるからであるということに行き着くが,それなら,個人のプライバシー権侵害の程度を希釈化して,同意の有無にかかわらず,情報利用は悪くないとする方法を,まず模索したらどうかということになるのである.
 実は,「権利者の同意がないけれど,違法ではない」という場合は,そもそも個人情報保護法23条に規定があるし,その他の法律にも存在する.有名なのは,刑法上の正当防衛や緊急避難であるが,このうち,緊急避難の法律要件である,「緊急性の要件」,「補充原則」とも呼ばれる「非代替性の要件」,そして「法益権衡原則」とも呼ばれる「妥当な利益衡量の要件」が参考になる.これらの要件を参考にして,同意が不要なレベルの患者情報の利用行為が考えられないか,その方向で指針やガイドラインを作成することはできないかを検討するべきではないかと考えるのである.
 Beauchamp, T. L.らが1979年に発表した『生命医学倫理』のなかで紹介している「ウイローブルックでの肝炎研究」についての議論なども参考になるであろう1).この研究は患者情報の取扱いではなく,患者に対する臨床実験といえるケースである.簡単に紹介すると,1970年代に,アメリカのニューヨーク州にある知的障害児の施設であるウイローブルック州立学校で,800名程度の児童を,親の承諾のもとに肝炎ウイルスに曝露させて,抗体を得させることにより,無症状感染化できるかの試験が行われ,研究者はその成果を発表したという事例である.この研究に対しては,親の承諾の有無にかかわらず,知的障害児にそのようなことをしたこと,当の児童には何の利益もないこと,施設で肝炎を統御するために別の方法(γ-グロブリン投与など)があったことなどを理由とする批判が出る一方,対象児童は,自然状態におかれる場合以上の危険に曝されていないこと,むしろ,自然感染の場合より,よりよい医療ケアが受けられること,同じような子どもたちの将来における幸福に重要な貢献ができることなどを理由とする,研究への賛成意見があったことは,多少なりともヒントを与えてくれているようにも思われる.

IV.同意不要要件
 そこで,私なりに,同意要件からの脱却のための,同意不要要件を考えてみた.あくまでも試案であることをご了承いただきたい.
 以下の「6つの要件」をもって,患者の同意を不要とする,症例報告や研究が可能となるのではないかというものである.
 まず第一に,「非識別化,匿名加工化」による「個人のプライバシー権侵害の希釈化」の要件である.
 第二に「緊急性」の要件である.従来,医学研究や症例報告には緊急性がないというのが一般的見方だったかと思うが,現在のコロナ禍の経験を通して,ワクチン開発のための研究など,緊急性を肯定できる場面があるのではないか,そのような研究を認めるべきである,と考えられることから,この要件を入れてみた.ただし,これが刑法上の違法阻却事由としての「緊急避難」と同一の要件であるとすると,ほぼ例外なく研究,症例報告の類は緊急性が否定されてしまう可能性があるため,より緩やかな緊急性要件として位置づけられるべきかと思われる.
 第三に「研究目的が正当である」という「正当性」の要件である.
 第四に「公平性」の要件である.研究対象者に対する差別ではない研究であることが必要だということである.特に精神疾患を扱う場には,精神疾患に対する偏見の存在を踏まえ,この要件は欠かせないであろう.
 第五に「非代替性(補充原則)」の要件である.当該研究の成果獲得のために他の方法がない場合に限られるということである.
 第六に,「利益衡量(法益権衡原則)」の要件である.当該研究において,対立する利益間の権衡がとれていることが必要だということである.研究成果獲得のメリット,それが,誰の,いつの,いかなるメリットか,その程度はどうかなどと,研究対象となる人のデメリット,例えば,研究方法上の危害の有無・程度はどうか,といったことが総合的に評価される必要がある.
 そして,私は,このような要件について検討がなされ,同意要件を克服する指針やガイドラインが必要ではないかと考えるのである.

V.不同意要件と生命医学倫理
 ここで,皆さんすでにご承知の,Beauchampらの生命医学倫理を挙げておきたい1).結局のところ,今回のテーマにおける同意要件からの脱却,同意要件の克服のためには,この生命医学倫理の把握と応用が必要と考えるからである.

 Autonomy(自律原則):患者の自律的な決定を促進するという原則
 Non-maleficence=Do no harm(無危害原則):患者に対して無危害であることを求める原則
 Beneficence=Do some good(善行原則):患者に対して善を行うという原則
 Justice(正義原則):患者に対して公正な処遇を与えるという原則

 そして,前述した「同意不要要件」も,この生命医学倫理が背景にあるのである().

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おわりに
 このように,自律原則を出発点としながらも,善行原則や正義原則,そして無危害原則をもって,利害調整を図り,個人の診療情報等の保護を図りつつも,研究対象者を含めた人類全体にとって必要,有用な医学研究,症例報告などを積極的に認める方向に踏み出していくべきであり,その法的枠組み,方法は必ずあるはずである.生命医学倫理について十分検討され,同意要件が克服された指針・ガイドラインが必要と考えるし,そのような指針・ガイドラインができることを期待して,本稿を終わりたい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Beauchamp, T. L., Childress, J. F.: Principles of Biomedical Ethics, 5th ed. Oxford University Press, New York, 2001 (立木教夫, 足立智孝監訳: 生命医学倫理第5版. 麗澤大学出版会, 柏, 2009)

2) 木ノ元直樹: 患者情報を適切に取り扱っていますか? 精神科治療学, 34 (8); 927-930, 2019

3) 文部科学省, 厚生労働省: 人を対象とする医学系研究に関する倫理指針. 2014 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000168764.pdf) (参照2021-04-14)

4) 文部科学省科学研究費新学術領域研究「先進ゲノム支援」編: インフォームド・コンセント 説明文書および同意文書のモデル書式2018https://www.genome-sci.jp/wp-content/uploads/2018/04/IC_example-2018.doc(参照2020-12-01)

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