Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第4号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
精神医学奨励賞受賞講演
ゲノムコピー数バリアントに基づいた統合失調症と自閉スペクトラム症の病態研究
久島 周1)2)
1)名古屋大学医学部附属病院究科精神医学分野
2)名古屋大学医学部附属病院ゲノム医療センター
精神神経学雑誌 122: 310-316, 2020

 自閉スペクトラム症(ASD)と統合失調症は,臨床症状に基づいた診断基準により,異なる疾患として臨床的に区別されている.しかし,これまでの疫学研究や分子遺伝学研究から両疾患の病因や病態には共通性があることが示唆されている.この点を検討するため,著者は,ASDと統合失調症の日本人患者を対象として,低頻度の稀なゲノムコピー数バリアント(CNV)に着目したゲノム解析を行った.CNVは,染色体上の1キロ塩基対(kb)以上にわたるゲノムDNAが,通常2コピーのところ,1コピー以下(欠失)または3コピー以上(重複)になる変化を指す.解析の結果,両疾患の患者の約8%で病的意義をもつCNVを同定し,両疾患に共通するものも多数見いだした.病的CNVをもつ患者は,知的能力障害の併存率が有意に高いといった特徴も見いだした.CNVデータのバイオインフォマティクス解析から,各疾患に関連した病態パスウェイを同定したが,ここでも両疾患に共通するものを見いだした.そのなかにはシナプス,遺伝子発現制御,酸化ストレス応答,ゲノム安定性などが含まれていた.これらのパスウェイの病態上の意義は,病的CNVに基づいたモデル生物(患者iPS細胞や遺伝子改変マウス)を用いた詳細な解析で明らかになるだろう.今回得られた知見をもとに,精神疾患の症状にかかわる神経回路の同定と治療法の開発が進むことが期待される.

索引用語:統合失調症, 自閉スペクトラム症, ゲノムコピー数バリアント, iPS細胞, モデル動物>

はじめに
 脳科学研究が精力的に進められている現在でも,精神疾患の発症メカニズムは不明な点が多いことから,精神疾患の診断は発症因ではなく,患者が示す臨床症状(精神症状など)に基づいてなされ,治療方針にも大きな影響を与える.診断が臨床症状に基づくため,同じ診断名(例:統合失調症)でも,患者ごとに発症因や病態メカニズムが異なることが想定される.実際,薬物治療を行ったときの効果や予後には,同じ診断の患者でも大きなばらつきが存在する.
 統合失調症と自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)は,臨床症状に基づいた精神医学的な診断基準により,異なる精神疾患として臨床的に区別される.しかし,最近の疫学研究から,この2疾患の病因・病態は部分的に共通する可能性が示唆されている.例えば,大規模な家族研究の結果によれば,統合失調症に罹患した患者を親や同胞にもつ場合,ASDの発症リスクが高いことが報告されている10).また早期発症の統合失調症の患者は,発症前の時期においてASDの診断基準を満たす頻度が高いことが報告されている9).疫学研究の知見と一致して,欧米人を対象にした最近の分子遺伝学研究からは,ASDと統合失調症の両方の発症に関与するバリアント(ゲノム変異)の報告2)が増えている.しかし,欧米人以外の民族を対象とした研究報告は少なく,さらに両疾患を直接比較した大規模なゲノム研究もほとんどない.そこで,著者は,ASDと統合失調症の日本人患者を対象に,ゲノムコピー数バリアント(copy number variant:CNV)に着目して比較解析を行い,病因・病態や2疾患の関係性を検討した.以下では,まずヒトゲノムに存在するバリアントについて概説した後,著者のゲノム研究の成果とそれをふまえた病態研究への展開について紹介する.

I.バリアント(ゲノム変異)について
 ヒトゲノムに存在するバリアントは,一塩基バリアント(single nucleotide variant:SNV),indel(insertion/deletion),CNVなどいくつかのタイプに分かれる.著者が着目したCNVは,染色体上の1キロ塩基対(kb)以上にわたるゲノムDNAが,通常2コピーのところ,1コピー以下(欠失),あるいは3コピー以上(重複)となる変化を指す(図1).CNVは,ヒトの1番染色体からY染色体まで広く分布し,健常者でも少なくとも数十個のCNVを有しており,それ自体は珍しいものではない.CNVの大部分は,両親のいずれかから受け継いだものである.一方で,CNVはSNVよりも変異率が102~104倍高く,de novoバリアント(両親には存在せず,患者のみでみられる新生突然変異)が相対的に多いことが知られる.遺伝子上に存在する欠失(遺伝子の全体あるいはエキソンの欠失)は,蛋白質の一部分が失われるため,ミスセンスバリアントと比べると,遺伝子機能に与える影響は大きいと考えられる.
 一方,バリアントは,集団中における頻度によっても分類できる.2つに大別すると,ある集団中において高頻度(1%以上)でみられるバリアントと,低頻度(1%以下)でみられる稀なバリアントがある.高頻度のバリアントは古代から現在まで受け継がれてきたものである.重篤な疾患の発症にかかわるバリアントは選択圧を受けて淘汰された結果,高頻度のバリアントは発症への影響度が小さい,あるいはないものが残る.一方,稀なバリアントは,比較的最近起こった新しいバリアントであり,選択圧によって淘汰を十分受けていないため,発症への影響度が大きい可能性がある.稀なバリアントの最たるものがde novoバリアントである.実際に,ASDや統合失調症の患者では,ヒトゲノム全体でみるとde novoバリアントの数が有意に増えており,このなかには発症に強く関与するものが多く含まれる.

図1画像拡大

II.ASDと統合失調症を対象とした大規模CNV解析
 ここで,著者が実施したASDと統合失調症を対象とした国内最大規模のCNV解析について紹介したい8).本研究ではアレイcomparative genomic hybridization(CGH)という方法を用いて解析を行ったが,他の方法(SNPアレイやエキソーム解析)と比べて,データの解像度や精度の点で優れている.ASD患者1,108例,統合失調症患者2,458例,健常者2,095例を対象に,全ゲノムでCNVの解析を実施し,日本人集団中において低頻度(1%以下)で存在する稀なCNVを抽出した.このCNVには,病的意義をもつCNV(病的CNV)とそうでないものがある.病的CNVとは,精神疾患や神経発達症との関連が示唆されるもので,本研究では,国際的にスタンダートになっている米国遺伝医学とゲノム会議(American College of Medical Genetics:ACMG)のガイドラインの基準6)を参考に,同定したCNVの病的意義について評価した.具体的には,①既報の関連解析で精神疾患と有意に関連したCNV,②既知の疾患関連遺伝子におけるCNV,③健常者にはみられない非常に大規模なCNV〔2メガ塩基対(Mb)以上〕,④de novoとして同定したCNVなどが含まれる.解析の結果,ASD患者の7.8%,統合失調症患者の8.2%,健常者の3.3%で病的CNVを同定し,両疾患群とも健常者よりも有意に頻度が高く,発症リスクとの関連が示された.個々のCNVでは,22q11.2重複とASDの関連に加えて,22q11.2欠失,1q21.1欠失,47,XXY/47,XXX(性染色体異数性異常)と統合失調症の強い関連を日本人のCNVデータから見いだした.
 患者で同定したCNVには,22q11.2欠失,3q29欠失(統合失調症のリスクが50倍以上),15q11-13重複,16p11.2重複,1q21.1欠失(統合失調症のリスクが約10倍)など,発症に強い影響を及ぼすものが含まれる.これらの染色体領域は,相同性の高い配列(segmental duplication)によってゲノム構造が不安定になっており,CNVが起こりやすい.本邦では指定難病としても知られる22q11.2欠失症候群は,4,000~5,000出生に1例の頻度でみられ,22番染色体の長腕q11.2領域に位置する1.5~3 Mbの欠失(40個程度の遺伝子を含む)で引き起こされる.関連する脳神経疾患としては(統合失調症以外に)ASD,注意欠如・多動症(attention deficit/hyperactivity disorder:ADHD),不安症,若年性パーキンソン病,身体疾患では口唇口蓋裂,先天性心疾患,先天性腎尿路異常,胸腺・副甲状腺の形成異常などとの強い関連が報告されている.本研究で同定した12例の22q11.2欠失患者でも,上記の先天性疾患や発達上の問題を高率に認めている.
 著者が実施したCNV解析では,既知の疾患関連遺伝子に機能喪失を引き起こす比較的小規模なCNV(多くは欠失)も同定した.このなかには,ASTN2(astrotactin 2),DLG2(discs large homolog 2),NRXN1(neurexin 1),RELN(reelin)といった神経細胞遊走,シナプス形成など神経発達に関与する遺伝子の欠失が多い.これらの病的CNVは,神経発達関連遺伝子の機能喪失を通じて,神経発達に障害をもたらし精神疾患の発症に寄与すると考えられる.
 疫学研究の知見からASDと統合失調症の病因・病態上の共通性が示唆されていることについて述べたが,これに一致して,両疾患に共通する病的CNVが数多くのゲノム領域(ASTN2CNTN6MBD5,7q11.23,16p11.2など29領域)で見つかり,リスクバリアントの共通性を確認した(図2).
 次に,病的CNVをもつ患者の臨床症状を詳しく調べた.その結果,病的CNVをもつASD患者では知的能力障害,ADHD,てんかんの併存率が高く,病的CNVをもつ統合失調症患者でも知的能力障害の併存率が高かった(図3).特に,知的能力障害と病的CNVの関連は,両疾患において統計学的に有意な関連を認めた.統合失調症では,治療反応性と病的CNVの関連についても検討し,病的CNVをもつ患者は抗精神病薬の効果が乏しく,治療抵抗性と関連した7)
 さらにわれわれは,ASDあるいは統合失調症の病態にどのような生物学的機能の障害が関与するかを,遺伝子セット解析を実施して検討した.具体的には,患者で見つかったCNV(患者CNV)が健常者CNVと比べて優位に集積する遺伝子セット(gene ontologyの遺伝子セット:特定の生物学的な機能に関連した遺伝子群のセット)をバイオインフォマティクスの手法を用いて探索した.その結果,ASDと統合失調症に共通するパスウェイを多数見いだした(図2).そのなかにはすでに指摘されているシナプス,低分子量G蛋白質シグナル,遺伝子発現制御に加えて,酸化ストレス応答,ゲノム安定性,脂質代謝などの新規パスウェイも含まれていた.シナプス機能や遺伝子発現制御については,ASDや統合失調症のエクソーム解析の研究でも報告されている.また酸化ストレスの亢進は患者の末梢血や死後脳組織において報告されている.脂質代謝は神経発達に重要であることが報告され,ASDや統合失調症患者では脂質代謝異常が報告されている.今回見いだしたパスウェイは,後述するiPS細胞やモデル動物を用いた解析で,病態との関連性が詳しく明らかになることが期待される.

図2画像拡大
図3画像拡大

おわりに
 最後に,病的CNVに基づいた病態研究の展開について述べたい.上述のように,精神疾患の発症リスクを10倍以上に上げる病的CNV(22q11.2欠失,3q29欠失,15q11-13重複,16p11.2重複,1q21.1欠失など)が同定されている.このバリアントに基づいた病態研究の展開について,3つの観点から述べる.
 1つ目は,同一の病的CNVをもった患者を詳しく調べて,バリアントと表現型の関係をより詳細に明らかにすることである.精神疾患の病態研究を困難にしている要因として,多数の異なるバリアントが発症に関与していることがある(遺伝的異質性).同一のバリアントに着目することで,バリアントと表現型の関係性がより明確になることが期待できる.例えば,著者が参画した国際共同研究によって,15q11-q13重複(ゲノムインプリンティング領域の重複)は母親由来で患者に伝わった場合,統合失調症のリスクが大きいこと,本重複を有する統合失調症患者は学習障害や発達上の問題が多いことが明らかになった5).今後は脳構造,脳波,認知機能といった指標を含めた前向き研究によって,CNVに関連した臨床あるいは中間表現型が詳しく明らかになるだろう.
 2つ目は,病的CNVをもつ患者からiPS細胞を樹立し,神経細胞に分化誘導して疾患モデル細胞として解析することである.発症に強く影響するCNVは,細胞レベルでも病態に関連した生物学的変化を観察しやすいため,病態研究や創薬開発に活用することが期待されている.実際,著者らは神経細胞遊走に重要な役割を担い,精神疾患のリスク遺伝子としても知られるRELN遺伝子の欠失をもつ統合失調症患者からiPS細胞を樹立し,ドパミン作動性神経細胞の遊走異常を見いだしている1).さらにRELN欠失あるいはPCDH15欠失(双極性障害との関連が報告)をもつ患者由来のグルタミン酸作動性あるいはGABA作動性神経細胞を調べ,いずれも樹状突起の長さの短縮,シナプスの数の減少といった共通の変化を認め,統合失調症と双極性障害に共通する病態を反映している可能性が示唆されている4).一方で,iPS細胞から作製される神経細胞は,細胞の種類や分化の程度に関してまだ十分ではない.実際の神経発達では神経細胞とグリア細胞が複雑に相互作用しながら長い年月をかけて進むため,これをどのように再現するかは今後の課題である.
 3つ目は,病的CNVに基づいたモデル動物の解析である.統合失調症との強い関連が知られるCNVに基づく遺伝子改変マウスの解析はすでに複数報告されている3).しかし,モデル動物として頻用されるマウスは,ヒトと脳の構造や機能に大きな相違があり,精神疾患モデルとしての限界が指摘されている.そのため,ヒトと類似性が高い霊長類動物にも関心が高まっている.マーモセットは遺伝子を人為的に改変できるため,発症に強く影響するバリアントをもつ個体の作製が期待されている.一方で,生まれながらASDの特徴を有する「自然発症」ニホンザルの研究も報告されているので紹介する11).このニホンザルは,他者の行動を観察せず,独自の行動選択ルールに固執するなどのASDと類似した特性を認め,ゲノム解析から精神疾患に関連した遺伝子(HTR2CABCA13)に病的バリアントが見つかった.さらに社会性機能に関与する前頭葉内側部において単一神経細胞活動記録を行ったところ,他者の行動を観察して行動選択をする際に,他者の行動に応答する神経細胞がほとんど存在しないことが明らかになり,ASDにみられる社会性障害の神経基盤として重要な示唆を与えた.
 これまで述べてきたように,①発症に強い影響を及ぼすバリアントをもつ患者の臨床研究と,②モデル生物を用いた基礎研究が融合することで,精神疾患の病態解明と治療薬の開発が進むことが期待される.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 本研究の実施にあたって,名古屋大学大学院医学系研究科精神医学分野の尾崎紀夫先生,アレクシッチ・ブランコ先生,同研究科健康発達看護学講座の中杤昌弘先生をはじめ,名古屋大学および関連病院の先生方には大変お世話になりました.また,共同研究機関である,藤田医科大学,大阪大学,国立精神・神経医療研究センター,東京都医学総合研究所,新潟大学,徳島大学,富山大学,北海道大学,東京大学,福井大学,金沢大学,浜松医科大学,理化学研究所,国立国際医療研究センター国府台病院,帝京大学,京都大学,名城大学,愛知県医療療育総合センター,静岡てんかん・神経医療センター,大正大学の先生方から多大なご協力とご指導をいただきました.この場を借りて深く感謝申し上げます.

文献

1) Arioka, Y., Shishido, E., Kubo, H., et al.: Single-cell trajectory analysis of human homogenous neurons carrying a rare RELN variant. Transl Psychiatry, 8 (1); 129, 2018
Medline

2) Doherty, J. L., Owen, M. J.: Genomic insights into the overlap between psychiatric disorders: implications for research and clinical practice. Genome Med, 6 (4); 29, 2014
Medline

3) Forsingdal, A., Jørgensen, T. N., Olsen, L., et al.: Can animal models of copy number variants that predispose to schizophrenia elucidate underlying biology? Biol Psychiatry, 85 (1); 13-24, 2019
Medline

4) Ishii, T., Ishikawa, M., Fujimori, K., et al.: In vitro modeling of the bipolar disorder and schizophrenia using patient-derived induced pluripotent stem cells with copy number variations of PCDH15 and RELN. eNeuro, 6 (5); 0403-0418, 2019

5) Isles, A. R., Ingason, A., Lowther, C., et al.: Parental origin of interstitial duplications at 15q11.2-q13.3 in schizophrenia and neurodevelopmental disorders. Plos Genet, 12 (5); e1005993, 2016
Medline

6) Kearney, H. M., Thorland, E. C., Brown, K. K., et al.: American College of Medical Genetics standards and guidelines for interpretation and reporting of postnatal constitutional copy number variants. Genet Med, 13 (7); 680-685, 2011
Medline

7) Kushima, I., Aleksic, B., Nakatochi, M., et al.: High-resolution copy number variation analysis of schizophrenia in Japan. Mol Psychiatry, 22 (3); 430-440, 2017
Medline

8) Kushima, I., Aleksic, B., Nakatochi, M., et al.: Comparative analyses of copy-number variation in autism spectrum disorder and schizophrenia reveal etiological overlap and biological insights. Cell Rep, 24 (11); 2838-2856, 2018
Medline

9) Rapoport, J., Chavez, A., Greenstein, D., et al.: Autism spectrum disorders and childhood-onset schizophrenia:clinical and biological contributions to a relation revisited. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry, 48 (1); 10-18, 2009
Medline

10) Sullivan, P. F., Magnusson, C., Reichenberg, A., et al.: Family history of schizophrenia and bipolar disorder as risk factors for autism. Arch Gen Psychiatry, 69 (11); 1099-1103, 2012
Medline

11) Yoshida, K., Go, Y., Kushima, I., et al.: Single-neuron and genetic correlates of autistic behavior in macaque. Sci Adv, 2 (9); e1600558, 2016
Medline

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology