Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第4号

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特集 精神疾患の背後に発達障害特性を見いだしたとき,いかに治療すべきか
神経発達症に伴う不安と神経発達症の二次障害としての不安症
岡田 俊
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所知的・発達障害研究部
精神神経学雑誌 122: 290-295, 2020

 神経発達症のある当事者では,その特性のために不安を不可避的に伴い,発達過程における困難をもたらすことが想定される.不安症は神経発達症に高率に併存することが指摘されてきた.しかし,社交不安症や選択性緘黙の診断基準においては,自閉スペクトラム症は鑑別の対象とされ,両者の関連は明確にされてこなかった.先行研究を精査すると,自閉スペクトラム症はこれらの不安症のリスクファクターであるが,その症状の重症度は自閉スペクトラム症特性と負の相関を示す.すなわち,社交不安症や選択性緘黙の発症には,わずかな自閉スペクトラム症特性のある人が経験する社交場面や発話場面における緊張が関連しうると考えられた.

索引用語:神経発達症, 二次障害, 社交不安症, 選択性緘黙>

はじめに
 神経発達症は,幼少期から見いだされ,日常生活に支障をもたらす水準の認知と行動の偏りであり,その診断に不安の存在は求められない.しかし,神経発達症の存在は,その認知・行動特性を背景に多様な不安,ならびに,発達課題における躓きに関与しうる.神経発達症には,精神疾患の併存が高率に見いだされることが知られているが,その一部は,いわゆる「二次障害」とみなしうる.しかし,神経発達症と併存する不安症の関係は,十分な検討が行われないままにとどまっている.そこで本稿では,神経発達症に伴う不安と神経発達症を基盤とする表現型としての不安症について検討する.

I.神経発達症と発達期における不安
1.自閉スペクトラム症に伴う不安
 自閉スペクトラム症の認知特性は,さまざまな不安の存在と関連している.自閉スペクトラム症があると,他者のまなざしや表情の意味,他者の言動の背後にある意味を感じ取りにくい.このことは,重要な他者との関係の構築にも影響を及ぼす.自閉スペクトラム症の乳児では,空腹になったり,暑い,寒い,おむつが濡れていたりといった不快が生じたとしても,その要求を養育者に対して表現することが難しく,養育者のケアを引き出しにくい.養育者がケアを提供しても,その養育行動を養育者の思いや自分とのかかわりのなかで理解することが難しい.また,欲求の充足,不充足は,養育者との関係性よりも時間,場所と結びつけて認知され,対象関係の成立やその統合に困難がある.そのために,自らの欲求を適切に満たしてもらえるという基本的な信頼感も構築されにくい.自閉スペクトラム症の乳児の場合,養育者のまなざしのもとにある安心感や養育者との関係性よりもその存在が触覚,匂いなどの感覚的側面によって確認されることのほうが安心感につながりやすい.幼児期における分離も,親を安心基地としながら親のまなざしのもとにある安心感,あるいは,離れた場所にいても親が自分のことを考えてくれているという安心感のもとに達成されるものであるが,自閉スペクトラム症があると,親と物理的に離れた時点で不安が強まるために,極度の分離不安がみられるか,親との分離に何ら不安を感じないかの両極端になりがちである.幼児期,学童期になると,周囲で起こる社会的な出来事を適切に理解することができず不安が増強したり,周囲を脅威と感じたり,被害的な認知に偏りがちである.また,成長とともに対人希求性が高まっても,周囲からは友人とみなされている人からの友情を当人は理解できないことも少なくない.
 自閉スペクトラム症の児童では,身体的発達に関連しても,しばしば不安が認められる.自閉スペクトラム症の児童では,自己の参照行動に乏しく,自己の身体図式の発達も十分でなく,動きがぎこちなく,けがが多い.常同行動,自慰を含む自己刺激行動は,強迫的な感覚刺激への希求に基づく行動とも考えられる.鏡像への反応も,鏡のなかに母親に抱かれた自己を見いだし,母親を振り返り微笑をしてから,鏡のなかの自己像に同一化するのではなく,飛び跳ねては,自分の姿が鏡から消えたり,再び現れたりする様子に嬉々としてその行動を繰り返すことも多い.人物画を描かせると,知的水準に比して稚拙で,細部に拘泥する一方,表情や胴体などの記入に際して困惑を示すことも少なくない.総じて,自閉スペクトラム症の児童の身体像は要素的で,統合性が弱い.また二次性徴を迎えると,身体的な変化と同一性確立の課題が押し寄せ,そこに異性関係をめぐる傷つき体験も加わると,クライシスを引き起こすこともある.

2.注意欠如・多動症に伴う不安
 注意欠如・多動症の児童は,落ち着きのなさや衝動性,計画的行動の困難,不注意のために学業や仲間関係などの学校生活で困難を抱えがちである.小学校では,集団規律が授業中のみならず,給食や掃除などの時間やそれに関連する当番活動でも求められる.また,ノートをきれいに書くこと,家で宿題を行うこと,提出物を出すことなども求められる.学年が上がり,より複合的なスキルが求められるにつれて学習面での困難や計画性のなさが成績に直結する.また,友人からのちょっかいなどに衝動的に反応しやすく,トラブルも起こりやすい.そのために劣等感をいだき,自尊心の傷つきなどが問題になりやすい.
 日常生活の困難は学校のみならず家庭生活でも認められる.宿題など学習面の相当な部分を家庭での取り組みに委ねている本邦では,学校生活での困難が家庭内での衝突にも発展しやすい.しかも行動の切り替えが困難であるために,ゲームやスマートフォンなどを切り上げられないことが養育者を悩ませる.注意欠如・多動症の児童は,感情的な反応をしたり,加減がわからずに衝動的な言動に至ってしまい,その結果,児童は養育者に罰せられるのではないかという不安に怯えたり,養育者のほうが児童の顔色をうかがうようになると,従来の養育者像が喪失したことに児童が罪悪感を覚えることも多い.えてして,養育者による援助は青年期まで持続し,養育者からの介入を嫌がりながらも,それなしにはやっていけないという現実との狭間で,自己評価も低くとどまる場合が多い.

II.神経発達症と不安症の関係性―操作的基準に基づく位置づけ―
 これまで展望してきたように,神経発達症特性は基本的信頼感の獲得や対象関係の成立,養育者との分離,自己肯定感の獲得,同一性の獲得などのライフステージにおける発達課題と関連する.また,社会に対して脅威を感じ,他者の行動を被害的に受け止めがちである.また,不安から逃れようとして強く保証を要求したり,防衛的,時に攻撃的な構えで接してしまうこともある.逆に,傷つきを避けようと回避的な行動様式をとることも考えられる.神経発達症の存在は,不安症の併存や,不安に基づく行動化と関連しうる.実際,神経発達症には気分障害や不安症をはじめとする精神疾患が高率に併存し,一部は二次障害と考えうるが,その関係性は十分に検討されていない.
 自閉スペクトラム症では,対人場面やコミュニケーションにおける相互作用に障害があるが,不安症との関係で最も検討すべきは社交不安症と選択性緘黙であろう.そのため,本稿では,社交不安症と選択性緘黙に焦点をあてて論じることとしたい.
 操作的診断基準においては,両者の関係性よりも鑑別の必要性が強調されている.例えば,DSM-51)において社交不安症は,他者の注視を浴びる可能性のある社交場面への著しい恐怖または不安,振る舞いあるいは不安症状に否定的,評価を受けることを恐れる,その社交状況はほとんど常に恐怖または不安を誘発,社交状況の回避または強い恐怖,不安を耐え忍ぶといったように,社交場面への恐怖または不安と回避を特徴とするが,その恐怖,不安または回避は「パニック症,醜形恐怖,自閉スペクトラム症などでうまく説明されない」ことを除外要件としており,鑑別診断として,自閉スペクトラム症では,社交不安と社会的コミュニケーションの欠如を特徴とするとされる.
 また,選択性緘黙は,他の状況で話しているにもかかわらず,特定の社会的状況において,話すことが一貫してできていない,話すことができないことは,話し言葉の知識,話すことに関する楽しさの欠如によらないといったように,話し言葉の知識や話すことに関する楽しさがないわけでないのに特定の場面で話すことができないことを特徴とするが,これがコミュニケーション症でうまく説明されず,また自閉スペクトラム症,統合失調症などの経過中にのみ起こるものではないことを除外要件としており,鑑別診断として,自閉スペクトラム症とは異なり,ある社会的状況では確立された会話が可能であると言及している.
 社交不安症,選択性緘黙ともに,自閉スペクトラム症を鑑別診断として扱い,自閉スペクトラム症では社会的コミュニケーションの欠如を特徴とする,あらゆる社会的状況で確立された会話が不可能である,ということが鑑別の根拠とされている.しかし,このような臨床像は,話し言葉のない古典的自閉症の患者の一部にのみあてはまるものである.現在では,自閉スペクトラム症の診断と支援の対象が,知的障害が軽度,特性の軽度な一群への拡がりをみせている.視線取得ができない,対人希求性がない,他者の思考内容がイメージできず他者評価に無関心,話し言葉がないといった臨床像を呈するとは限らない自閉スペクトラム症の当事者が課題となっていたり,診断閾値レベルのいわゆるグレーゾーンにある者の社会適応や精神医学的症状が問題となっている状況を考えると,DSM-5の記述では両者の関係を適切に言い表しているとはいえないと思われる.

III.神経発達症特性と不安症を特徴づける不安症状との関係性
 上述したように,神経発達症と不安症は,そもそもが除外診断として位置づけられていることから,操作的診断基準に基づくカテゴリカルな診断に基づき,両者の関係を検討することは困難である.そのため,神経発達症特性と不安症を特徴づける不安症状との関係について検討した先行研究に基づき,その関係を明らかにしたい.

1.自閉スペクトラム症特性と社交不安
 社交不安症や選択性緘黙のある児童において,定型発達の児童に比べ,対人反応性尺度の得点が高得点とする報告がある一方3),自閉スペクトラム症のある児童における社交不安を調べた報告も見いだされる.発話が流暢な8~16歳の自閉スペクトラム症の児童144名と定型発達の児童135名について,Social Anxiety Scale for Children-Revised(SASC-R)を用いて社交不安を評価したところ,自閉スペクトラム症の児童は定型発達の児童に比べ,本人評価,親評価のいずれにおいても社交不安が強かった2).しかし,自閉スペクトラム症の児童では,社交不安の強さが,Social Communication Questionnaire(SCQ)で評価したコミュニケーション障害の強さ,Behavior Assessment System for Children-Parent Rating Scale(BASC-PRS)で評価される適応スキルの高さと逆相関していたと報告している.このことは,自閉スペクトラム症特性が社交不安と関連するものの,自閉スペクトラム症特性そのものが社交不安をもたらすのではなく,自閉スペクトラム症が軽度である場合に,二次障害として社交不安症がもたらされる可能性を示唆している.
 自閉スペクトラム症特性が社交不安症の危険因子となるかを,パス解析を用いて検討した研究もある8).9,491名の児童を対象に,7歳,10歳,13歳におけるコミュニケーション障害と社交不安を評価した.その結果,7歳時のコミュニケーション障害は10歳時のコミュニケーション障害を,10歳時のコミュニケーション障害は13歳時のコミュニケーション障害を予測,また,7歳時の社交不安は10歳時の社交不安を,10歳時の社交不安は13歳児の社交不安を予測していただけでなく,7歳時におけるコミュニケーション障害は10歳時の社交不安を,10歳時におけるコミュニケーション障害は13歳時の社交不安を予測しており,いずれの年齢においても社交不安とコミュニケーション障害は相関していた.このことは自閉スペクトラム症の二次障害として社交不安症が生じるという仮説を支持している.
 自閉スペクトラム症特性が軽度にあると,表情,視線,ジェスチャーなどの社会的情報を手に取るように読み取れなかったり,社会的なコンテクストを理解できず,不安や困惑,緊張を生じる.自閉スペクトラム症の当事者にとって,このような場面は,過去にネガティブな経験と関連していることが多く,ほとんど恐怖に近い感情が惹起されるが,自閉スペクトラム症の当事者では,その状況を切り抜ける社会的なスキルに乏しい.そのために,不安や恐怖をもたらす蓋然性のある社交場面を忌避する様式が定着し,社交不安症となる可能性が考えられる.

2.自閉スペクトラム症特性と選択性緘黙
 選択性緘黙は,特定の場所や人ではなく,特定の社会的状況に対する選択的な行動様式の相違であり,特定の社会的状況に対する読み取りができることを前提とする.この点は,自閉スペクトラム症児の外傷的な記憶が,状況よりも場所や人と結びつきやすいことと決定的な相違がある.そのため,社会的状況の読み取りの困難が顕著な古典的な自閉症の児童では,二次障害としての選択性緘黙は生じにくいと考えられる.
 近年では,選択性緘黙の背後には不安があり,さらにその背景には遺伝や気質の要因,環境要因に加え,神経発達症の関与を想定した病態モデルも提出されている7).選択性緘黙の児童の68.5%に神経発達症の診断があり,そのうち軽度知的障害が8%,自閉スペクトラム症が7%という報告もある5).また,言語遅滞4),語彙理解,聴覚認識,文法の低成績6)など,微細な言語スキルの障害が背景にあることも指摘されている.
 微細な言語遅滞に伴うコミュニケーションの困難があり,加えて自閉スペクトラム症に伴う対人コンテクスト理解の困難が重なると,発語に伴う緊張が昂進する.特に相手の反応が予測できない状況であったり,過去のコミュニケーション不全体験があると過緊張を呈しやすい.自閉スペクトラム症の児童では,このような過緊張状態に対して対処するスキルの幅が限定されており,周囲との反応のずれを再体験する傷つきが加わり,状況依存的な発話の欠如が固定してしまう可能性が考えられる.

おわりに
 神経発達症の診断において不安の存在は前提とされないが,その特性を考えると不安は不可避的に伴い,発達過程における困難と密接に関連している.神経発達症に不安症は高率に併存することが指摘されてきた.しかし,社交不安症や選択性緘黙の診断基準においては,自閉スペクトラム症は鑑別の対象とされてきた.先行研究を精査すると,自閉スペクトラム症はこれらの不安症のリスクファクターであるが,その症状の重症度は自閉スペクトラム症特性と負の相関を示す.すなわち,わずかな自閉スペクトラム症特性のある人が経験する社交場面や発話場面における緊張が関連すると考えられる.このことは,自閉スペクトラム症の二次障害として社交不安症や選択性緘黙が出現した場合の介入にも示唆を与えると思われる.

利益相反
 講演料等:塩野義製薬株式会社,持田製薬株式会社

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)

2) Burrows, C. A., Usher, L. V., Becker-Haimes, E. M., et al.: Profiles and correlates of parent-child agreement on social anxiety symptoms in youth with autism spectrum disorder. J Autism Dev Disord, 48 (6); 2023-2037, 2018
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3) Cholemkery, H., Mojica, L., Rohrmann, S., et al.: Can autism spectrum disorders and social anxiety disorders be differentiated by the social responsiveness scale in children and adolescents? J Autism Dev Disord, 44 (5); 1168-1182, 2014
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4) Kolvin, I., Fundudis, T.: Elective mute children: psychological development and background factors. J Child Psychol Psychiatry, 22 (3); 219-232, 1981
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5) Kristensen, H.: Selective mutism and comorbidity with developmental disorder/delay, anxiety disorder, and elimination disorder. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry, 39 (2); 249-256, 2000
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6) Manassis, K., Tannock, R., Garland, E. J., et al.: The sounds of silence: language, cognition, and anxiety in selective mutism.. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry, 46 (9); 1187-1195, 2007
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7) Muris, P., Ollendick, T. H.: Children who are anxious in silence: a review on selective mutism, the new anxiety disorder in DSM-5. Clin Child Fam Psychol Rev, 18 (2); 151-169, 2015
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8) Pickard, H., Rijsdijk, F., Happé, F., et al.: Are social and communication difficulties a risk factor for the development of social anxiety? J Am Acad Child Adolesc Psychiatry, 56 (4); 344-351. e3, 2017
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