Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第10号

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特集 ICD-11 に収載された複雑性PTSD の理解と治療―トラウマケア技法の実際―
Unification of Subconscious Personalities by Tapping Therapy(USPT)による解離症の治療―第二次構造的解離としての複雑性PTSD―
新谷 宏伸1)2)
1)明雄会本庄児玉病院
2)USPT研究会
精神神経学雑誌 122: 764-772, 2020

 タッピングによる潜在意識下人格の統合法(USPT)は,2007年に小栗が考案した解離症のパーツセラピーである.USPTは,人格部分を統合する手技の手順が簡素にパッケージ化されているため,患者に一貫した安定感と治療参加の能動感を供給しやすいと考えられる.本稿では,「“解離”という防衛機制は,受傷した過去の時点では理に適った対処法だったが,過去の感情を生々しいまま溜め込む作用があるため,現在の不適応的な症状の原因にもなる」という解離モデルを示したうえで,USPTの手技を概説するとともに,構造的解離理論についても略述する.構造的解離は,心的外傷の影響により生じる,「人格構造の凝集性と柔軟性の欠如」のことである.その基本形態は,あたかも正常にみえる人格部分(ANP)と情動的な人格部分(EP)との共存および交代現象とされ,人格部分の精巧さと自律(解放)の程度によって第一次構造的解離から第三次構造的解離に分類される.「複雑性心的外傷後ストレス障害(複雑性PTSD)は,第二次構造的解離を伴う」というvan der Hart, O.らの提言に基づくならば,構造的解離の治療法であるUSPTは,複雑性PTSDへの適用可能性も有するとの仮説が成り立つ.ICD-11に複雑性PTSDが収載された今がスタート地点あるいは転換期であり,この知見の重要性について,改めて著者の視点から考察を加えたい.

索引用語:USPT, 構造的解離, トラウマ, フラッシュバック, 複雑性心的外傷後ストレス障害(複雑性PTSD)>

はじめに
 現時点で成人の心的外傷後ストレス障害(post traumatic stress disorder:PTSD)にエビデンスレベルAの有効性が認められている心理療法には,トラウマに焦点化された認知行動療法(持続エクスポージャー療法および認知処理療法)と眼球運動による脱感作と再処理法(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:EMDR)がある2).しかしながら,単回性トラウマと同等の見立てや治療法を長期反復的な複雑性トラウマにそのまま適用することは,妥当性を欠く側面がある.その理由として,複雑性心的外傷後ストレス障害(complex posttraumatic stress disorder:複雑性PTSD)患者は必ずしも侵入,回避・麻痺,過覚醒という典型的なPTSD症状を主訴とせず,解離や身体化症状,あるいは自己組織化の障害(情動調整の問題,自己否定感や孤立無縁感,対人関係構築の困難さ)などに悩んで受診するケースが多く,とりわけ解離症状はトラウマ想起自体を困難にするため,指標となるトラウマを同定しづらい点が挙げられよう.
 それを踏まえ著者は,第115回日本精神神経学会学術総会においてシンポジウム『ICD-11に収載された複雑性PTSDの理解と治療―トラウマケア技法の実際―』を企画した.スキーマ療法,タッピングによる潜在意識下人格の統合法(Unification of Subconscious Personalities by Tapping Therapy:USPT),ブレインスポッティング,ホログラフィートークの4技法を紹介する構成にしたのは,複雑性PTSDの治療にチャレンジするにあたって臨床実践の選択肢は多いほど望ましく,介入の多角的検討がトラウマ領域全体を俯瞰することにつながると考えたためである.種々の療法からリソースを多く獲得できる治療者ほど患者のリソースを発掘する能力にも長けていることは,想像に難くない.
 本稿ではまず,解離症の治療法であるUSPTを理解する素地として構造的解離理論の基本的事項にふれ,次にUSPT手技の解説を行う.さらに,構造的解離の各分類の特徴と,USPTの適用可能性について順を追って論じる.そのなかで,構造的解離の視点―すなわち「心的外傷による解離」という文脈―から複雑性PTSDを把握する重要性についても言及したい.

I.構造的解離理論の概要
1.構造的解離とは
 van der Hart, O.らが提唱する構造的解離理論11)は,“解離”の定義が(プロセス,精神内構造,防衛機制,欠陥,症状などの)多岐に拡散しすぎたことによる誤解や混乱を解消すべく,Janet, P.の活動心理学に基づく解離概念を発展させた理論である.構造的解離理論においては“解離”を,数ある症状の1つと見なすのではなく,症状の複合体の基盤をなす構造と捉える.簡潔にいえば,構造的解離は「人格構造の凝集性と柔軟性の欠如」を意味し,その基本形態はあたかも正常にみえる人格部分(Apparently Normal Part of the Personality:ANP)と情動的な人格部分(Emotional Part of the Personality:EP)との共存および交代現象であるとされる.ANPとは要するに生活担当の人格部分であり,EPとは外傷担当の人格部分である(補足すると,EPの存在はすなわち「構造的解離は心的外傷の結果生じる」という了然たる前提の存在を意味する).

2.解離の説明モデル
 患者に「心的外傷による解離」を説明する際には,「“解離”という防衛機制は,受傷した過去の時点では必要だったが,過去の感情を生々しいまま溜め込む作用があるため,現在の不適応的な症状の原因にもなる」ことを平易にノーマライズする必要がある.本質をおさえつつ若干のデフォルメを加えた心理教育の説明モデルを,以下にまとめる.
1)病的な解離をしていない人の場合
図aを一例として説明する.6歳時に被害に遭ったものの,解離せずに36歳まで成長した場合,被害体験から現在に至るまでの間には,30年という長期の間隔が生じる.このため,被害体験をふり返る際には,過去の感情や感覚に飲み込まれることなく,単なる思い出や経験(いわばセピア色の写真のような物語記憶)として安全に回想できる.
 また,大きな単一の(解離していない)人格であるならば,物事を即決でき,ストレス耐性も高い.これらは生活上大きなメリットとなる.
2)解離症(特に第二次構造的解離をきたしている)患者の場合
 例えば図bのように,患者が6歳で虐待に遭い,その年齢時に人格がANPとEPに分離したとしよう.EPが「外傷体験の記憶とその体験にまつわる感情+感覚+行動のまとまり(Braun, B. G.がBASK要素1)と称したトラウマ題材)」を引き受けることで,ANPは外傷のつらさを感じずにすみ,日常生活に専念できる.つまり解離は,虐待者との同居生活などを強いられる子どもにとっては理に適った生存戦略といえる.適応的であるがゆえにその区画化は無意識に習慣化され,その後も例えば13歳でいじめを受けたり,22歳でパワーハラスメントを受けたりするなど,受傷のたびにANPからEPが分離されることを繰り返していく.
 すると,ANPが外的世界で社会生活を営み,歳を重ねて36歳になったとしても,心の一部(EP)は当時の年齢(6歳,13歳,22歳)のままトラウマ記憶を持ち続けることになるので,のaのような時間的距離が生じない.すなわちトラウマが風化しないため,患者は,10年以上前(6歳時,13歳時,22歳時)の外傷体験に関する感情や感覚を「まるで今現在起こっているかのよう」に生々しく感じ続けてしまう.ANPとEPを隔てる健忘障壁が厚く,ANPが外傷体験を想起できないケースも多いが,漠然とした恐怖感や自己否定感は続くため,情動調整が困難になる.
 また,限定された心の領域(ANP)のみで日々の生活を営まねばならないためストレス耐性が低下したり,人格部分同士で意見が対立し,物事を決断できず心的エネルギーの浪費を重ねたりするなどのデメリットも生じてしまう.
図bのような解離症は,構造的解離のなかでも特に第二次構造的解離と呼ばれる.以上,ここまでは論文構成上,続くII,IIIの内容理解に役立つ解離モデルを先立って説示した.

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II.タッピングによる潜在意識下人格の統合法(USPT)
 USPTは,2007年に小栗が考案した解離症の心理療法である6)9).区画化された人格部分の統合的単一化という方法によって外傷時の感情や感覚などを処理する,パーツセラピーの一種といえる.ただ,2020年現在,ランダム化比較試験により有効性が証明された解離症の治療法はなく,USPTも例外ではない.また現状においてUSPTの文献5)6)数はわずかであり,公式マニュアル9)は2020年6月に出版されたばかりである.今後の研究的成果の蓄積,均霑化の充実や作用機序の明確化という喫緊の課題が残ることをまず述べておく.
 これまでにJanet以来,多くの治療者が,複雑性トラウマ関連疾患(解離症を含む)の標準治療として,第一段階「安全性,安定化,および症状軽減の確立」,第二段階「外傷記憶の直面,処理,統合」,第三段階「同一性の統合と社会復帰」の3つの過程からなる段階的治療法を提唱してきたが10),外傷体験と同一性の問題を扱うUSPTは,第二段階の治療法に該当する.つまり,原則として第一段階の治療目標が解決されている解離症患者に適用となる.USPTの手順は,大要以下のとおりである.

1.準 備
 USPT治療の手続きにおいて,「これまで生活の大部分を担当してきたANP」を主人格と呼ぶ7)9).段階的治療の第一段階達成を確認後,主人格へUSPT手技の事前説明を実施する.具体的には,患者は閉眼状態で行うこと,治療者が患者の膝と背中に触れる場面があること,つらかった過去を“過去の感情”とともに想起する治療であること,エビデンスがないことなどを伝える.そのうえで同意形成を行い,解離治療に取り組む共同関係を構築する.

2.導 入
 USPTは,各人格部分を消滅させる治療ではなく,より多面的で大きな人格に戻ってもらうための治療であることなどを伝えて保証を与え,融合および統合の下地をつくる.また,安全な場所を思い浮かべてもらい,いつでも手技を中断できるようイメージ上の避難場所を確保しておく.

3.融 合
 融合とは,「解離障壁を取り除き,個々の人格部分同士を凝集化すること」である.
1)人格部分の呼び出し
 声かけと両膝への左右交互のタッピングを用いて,治療者が閉眼した患者(主人格)の脳の活動レベルを上げ,接近しづらかった人格部分(EPあるいは外傷未満のストレスを請け負う人格部分)とのスイッチング(切り替わり)7)8)を喚起する(比較的鈍感な部位である膝をゆっくり刺激するのは,脳の活動レベルが亢進しすぎて予期せぬ除反応が起きるリスクを避けるためである).
2)人格部分への介入
 情報処理の停滞した状態(いわば冷凍保存状態)だったEPに対して,「年齢,外傷性の出来事,引き受けてきた感情」を手短かに質問する.例えば,「母に『妹のほうが賢い』と罵られた6歳時の悲しさを引き受けてきた(6歳のままの)EP」や「上級生から暴行を受けた13歳時の怒りを引き受けてきた(13歳のままの)EP」であると確認することで,情報処理を活性化する.さらに,治療者と主人格が,これまでトラウマ記憶とそれにまつわる感情を引き受けてきてくれた人格部分に感謝と謝罪を伝え共感することで,情動的かかわりを促進し,方略化した解離を手放す土台を築く.
3)人格部分の融合
 融合する同意を人格部分から得たのち,治療者が患者の背部(肩甲骨付近)をタッピングすることにより,愛着イメージを拡張させて主人格とその人格部分を融合する.人格部分同士の融合,すなわち年齢や身体感覚の要素のつなぎ合わせを契機として,外傷性の出来事に遭遇した瞬間に固定化したトラウマ記憶の,物語記憶への変容が生じる.図bでいえば6歳,13歳,22歳の各EPを1つずつANPに融合していく過程を経ることで,各年齢時の外傷体験がのaのようにきちんと“過去のもの”へと移行し,記憶や感覚の結合がもたらされる.
 なお,1)から3)までの手順は,人格部分の数だけ繰り返す必要がある.

4.統 合
 統合という用語は,「長期的に維持できるような人格構造の総合的統一化ないし単一化」を指す.また,基本人格は,「(胎生期から4歳までに生じる)人生で最初の分離以来ずっと休眠状態におかれているオリジナルの人格部分」を指す7)9)
1)基本人格の呼び出し
 人格部分の融合を繰り返し,愛着システムの心への定着が進行した段階で,治療者の声かけにより基本人格へのスイッチングを促す.
2)基本人格への介入
 短い対話形式で治療者が基本人格を励ますことで,原初の(外傷性)ストレスの軽減と恐怖反応の調整を行う.それに続き,基本人格の生まれ直しと育ち直しのプロセスに入る.具体的には,声かけによって母胎から誕生する場面を再現したのち,治療者が年齢を0歳から実年齢までカウントアップし,基本人格を短時間で成長させる.これまで時間という概念をもたなかった基本人格が自己年代記作成に取り組むことによって,発達の達成およびリアルな同一性の獲得という効果がもたらされる.なお,融合せずに残っていた人格部分があれば,成長時に各年齢の段階で融合をなしていく.
3)基本人格と主人格の統合
 実年齢に成長したばかりの基本人格から,これまで代理者として人生行路を歩んできた主人格に,感謝を伝えてもらう.そののち,治療者が患者の背部(肩甲骨付近)をタッピングして,主人格と基本人格を統合する.異なる役割を担ってきた2つの領域に橋を架ける作業により,人格の結合単一化を完了させる.
 EPが融合に首尾よく同意した場合,30~60分程度の1セッションで全過程が完了する.また,時間の制約がある場合,数回に分けてUSPTを施行することも可能である.
 USPTは簡素にパッケージ化されており,一貫した安定感と治療参加の能動感を供給しやすいと推測される.EPが外傷を背負ってきたゆえにANPはほぼ無傷であり続けたという文脈を構築し,そのEP自体を内的リソースととらえて活用することがUSPT技法の骨子である.膝と背部のタッピングのみでトラウマの処理が進むわけではないことを付言しておきたい.

III.構造的解離の各分類におけるUSPTの適用
 あくまで原型にすぎないが,構造的解離は,人格部分の精巧さ(elaboration:どれだけ複雑なキャラクター設定がされているか)と自律(解放)(emancipation:どれだけ内的世界および外的世界に主導権を発揮できるか)の程度により,最も単純な第一次構造的解離,最も複雑な第三次構造的解離,その中間の第二次構造的解離の3種に分類される11).各分類の特徴をまとめながら,USPTの適用についても論述していく.

1.第一次構造的解離(第一次解離)
 第一次解離は,圧倒的な大領域を占める単一のANPと,通常は潜在している単一の小さなEPからなる構造的解離である.EPが心の奥で危険に注意を払い続ける結果,慢性的な過覚醒,出来事を想起させるような活動や状況の回避,フラッシュバックや悪夢などの再体験症状が生じる.それでも,EPの役割は限局的で精巧さと自律度もさほど高くないため,平常時はANPがEPを制御可能である.概して「自分は自分である」 「自分が体験している」という患者本人(ANP)の実感は保持されている.なお,第一次解離に相当する疾患は,PTSDや解離症の単純型である.障壁の薄さゆえ,EPには融合に抵抗するだけの自律性はなく,USPTは比較的スムーズに進行することが多い.

2.第二次構造的解離(第二次解離)
 第二次解離は,1つのANPと複数のEPからなる,図bに示したような構造的解離である11).第一次解離に比してEPの精巧さと自律の程度が高いため,第二次解離のANPは,「かつて外傷を体験し,心の内側にとどまって今も外傷を引き受け続けているEP」を,自分と別個の存在としてとらえがちになる.EPの制御が困難となり,EPがANPに侵入する頻度や割合が増すぶん,同一性破綻の症状もより強まる.こうした第二次解離に合致する解離症を診断基準中に見いだすなら,DSM-IV-TRでは特定不能の解離性障害サブタイプ1(dissociative disorder not otherwise specified subtype 1:DDNOS-1)が該当し,DSM-5では他の特定される解離症サブタイプ1(other specified dissociative disorder subtype 1:OSDD-1)が合致する.さらにICD-11では部分的解離性同一性症(partial dissociative identity disorder)という新たな病名が用意されるに至った.
 ここで,Iでの説明に補足すべき第二次解離の特徴として,Janetが二重感情と名づけた「外傷の重層性」にまつわる問題を俎に載せたい.現在のANPが被害を受けたとき,その被害体験自体がトリガー(条件刺激)となり,過去の外傷に紐づけされた苛烈な過去の感情にも同時に襲われる.EPの引き受け続けてきた過去のつらい感情の噴出―映像を必ずしも伴わぬ“感情のフラッシュバック”とも形容される―により,ANPは今の苦痛と昔の苦痛,両方を一度に被ってしまうことになる.また,ANPが未解決の外傷記憶を健忘しているケースでは,例えば先行して「TVドラマ中の虐待シーン」や「性被害に遭った日と似た気候」などのトリガーがあったとしてもそれがトリガーだとは気づけず,結果ANPは「理由のわからぬつらい感情」として感情のフラッシュバックや悪夢を体験するだろう.
 第二次解離をもつ患者にUSPTを行う際には,融合を拒む人格部分―特に怒りの感情を引き受けてきたEPなど―への対応がより重要となる.この場合,過酷な役割を担ってきたEPに一層の感謝を伝え,「分離の継続により,ANPだけでなくEPもつらさを抱えたままになること」 「融合すれば,怒るべきときにだけ怒りを感じるようになり,喜怒哀楽の自然な表出が可能になること」を共感的に告げるなどして,融合への抵抗を低減する必要がある.

3.第二次構造的解離と複雑性PTSDの関係
 加害者に対する怒りを担当するEP,悲しさ担当のEP,希死念慮担当のEP,被害の身体的疼痛を引き受けたEP,自己破壊的なEPを封じるEPなど,種々のEPが心の内部にとどまりながら存在する状態をこれまで解説してきた.
 ところでvan der Hartらは,「複雑性PTSDが―1つのANPと2つ以上のEPを持った―第二次構造的解離を伴う」と述べている11).まずもって複雑性PTSDは,「ANPの周りに複数存在する“箱”状のEPが外傷を担当している」,すなわち「“箱”のなかに外傷記憶が格納されている」という図cの文脈を内含し,これは図b(第二次解離)と本質的に同種の防衛的システムであるという主張であろう.
 では,人格部分と箱との違いは,いったいいかほどか.自身が虐待サバイバーでもある精神科医まほこ(まさきまほこ)は,まさきという名のEPと共存してきた幼少期から時を経て,大学生になる頃には「最近はもうすっかり『まさき』とははっきりと会話できなくなっていたが,代わりに私の中には『何もなかったことにする箱』というものができていた」と記している4).心の内側の空間は,イメージの多様性が許容される.人格部分だとしても箱だとしても,部分(parts)であることに相違ない.どちらであっても,恥,無力感,自責感,自己否定感といった中核感情の素因になる.シャットダウンして無感情(低感情)状態になるのが解離である.対して,“箱”の中身が噴き出すフラッシュバックは感情亢進状態といえる.解離という無感情の膜で,感情亢進のトラウマを内側に包んでいる病態が,第二次解離であり,複雑性PTSDである.構造的解離の統合法であるUSPTは,EP(が抱えるトラウマ)をあつかう治療であるがゆえ,複雑性PTSDへの適用可能性も有すると類推される.

4.第三次構造的解離(第三次解離)
 複数のANPと複数のEPからなる構造的解離である第三次解離は,解離性同一性症(dissociative identity disorder:DID)と実質的に同義である11).一般に,DIDの病的基盤は,特に5歳未満からの慢性的な外傷への曝露により,さまざまな行動状態における統一感覚が発達しないことに起因するという発達論モデルから説明がなされる3)8).それゆえ,主観的体験の分割が強調された構造的解離のなかでも,DID(第三次解離)は第二次解離に比して,離散的行動状態群の精巧さと自律度がより一層高度に保たれた病態といえる.
 まずは精巧さについて述べる.原則,第二次解離のEPは本名と同じ名前(「まさき」のような別名は少数派)だが,第三次解離の人格部分は違う名前をもち,性格,食事や服装の嗜好,運動能力や学習能力などのスキル,記憶など(時に生活史も)が人格部分ごとに特徴化されている.心のなかにアパート(あるいは会議室,街,小さな地球など)が存在し,各部屋(あるいは各場所)に各人格部分が居住するという強い実感を伴うケースも多い.すなわち障壁は一般に厚く,記憶や感覚の不連続性,無時間性,変容不能性にも関連している.
 続いて,自律度について述べる.第二次解離のEPは基本的に心の内側にとどまり続けるのに対して,第三次解離のEPは他の人格部分の支配から自由になれる割合が高く,より広範囲に心身を操る主導権を発揮できる.具体的には,計算が得意なANPが買い物中に別のANPから切り替わって代金を支払ったり,保護者的ANPが玩具好きな幼少EPの世話をしたり,EPが脳内で「死ね」と別のEPを罵倒したり,極端なケースではEPがANPの知らぬ間にお茶のなかに毒物を混入したりするといった影響を与え合う.また,スイッチングの前後で主導権を握る人格部分が切り替わるため,ある人格部分にとっては記憶が数時間から数年単位で欠落することとなる.年代記作成が困難なことを取り繕った結果,「日によって話がころころ変わる」と周囲から指摘されるか,嘘つき呼ばわりされることも少なくない.
 DIDについてはこのほかにも論述すべき内容が多々あるが,ここでは第二次解離とDIDとの差異を明らかにする程度にとどめ,詳細は成書に譲りたい.ちなみに,第三次解離へのUSPTの適用には,一層の慎重さが欠かせない.第一次解離,第二次解離に比べて治療に長期間かかるケース,統合に難色を示すケースが多いが,それでも障壁を保ったままスイッチングを喚起できるUSPTの手技は重宝されうる.その場合,統合に固執せず,共感的にワークスルーを進めればよい.患者自らが統合するか否かを選択できる枠組み自体から,回復への希望―迫害者の支配下で選択権をもちえなかった過去との決別―が垣間見える.

おわりに
 ICD-11公表以前には,複雑性PTSD患者の生きづらさは,おそらく他の疾患概念で説明されてきた可能性が高い.無力感や否定感が根底に長期間存在する結果として,気力減退や抑うつ気分が遷延する場合,難治性うつ病とみなされることは稀ではない.あるいは,トラウマにより記録された身体感覚(呼吸苦や疼痛)を再体験する者はパニック症や身体症状症と診断されうる.アタッチメント・ロスによる感情と行動の制御不全や対人関係の問題が前面に出れば,境界性パーソナリティ障害のレッテルも貼られよう.…こういった診断のひずみは,誤診というより“できた結果”を横断的にみる操作的診断の限界によるものだが,個人の歴史をみる複雑性PTSDがICD-11に収載されたことは大きな転換点である.それと同時に,“できる過程”に着目する精神医療の復権という単なる潮流の揺り戻しにとどまらず,“できたもの”と“できかた”という2つの視点の相克が,精神科領域全体を弁証法的にアウフヘーベンするならば,トラウマケアの新たな序曲ともなろう.
 いまだに,「トラウマ聴取は除反応による状態悪化を引き起こすため,寝た子は起こさないほうがよい」といった,支援者としての消極的姿勢(回避)を推奨するかのような言説を耳にすることがある.これはもちろん「トラウマ聴取の前に,まずは安定化」という意味においては正しくもあるが,患者を体よく厄介払いする(ネグレクト再演の)ための理由探しよりも,明瞭でコンパッションに満ちた治療法の修得を,時代が要請し始めている.本稿で概説した構造的解離理論とUSPTが,さらには本特集に包括される4論文が,いわばリソースという名の地図と羅針盤になることを願ってやまない.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Braun, B. G.: The BASK model of dissociation. Dissociation, 1 (1); 4-23, 1988

2) Foa, E. B., Keane, T. M., Friedman, M. J., et al.: Effective Treatments for PTSD, 2nd ed: Practice Guidelines from the International Society for Traumatic Stress Studies. Guilford Press, New York, 2009 (飛鳥井望監訳: PTSD治療ガイドライン第2版. 金剛出版, 東京, p.393-400, 413-415, 2013)

3) International Society for the Study of Trauma and Dissociation: Guidelines for Treating Dissociative Identity Disorder in Adults, 3rd Revision. J Trauma Dissociation, 12 (12); 115-187, 2011

4) まさきまほこ: もう独りにしないで-解離を背景にもつ精神科医の摂食障害からの回復―. 星和書店, 東京, p.34, 2013

5) 新谷宏伸: 解離性同一性障害の病理―ニセモノのDIDとみなされたいホンモノのDID―. 精神科治療学, 31 (7); 933-937, 2016

6) 小栗康平, 種倉直道, 古田博明ほか: USPT(Unification of Subconscious Personalities by Tapping Therapy)による解離性同一性障害の治療. 精神科治療学, 27 (8); 1075-1084, 2012

7) Putnam, F. W.: Diagnosis and Treatment of Multiple Personality Disorder. Guilford Press, New York, 1989 (安 克昌, 中井久夫, 金田弘幸ほか訳: 多重人格性障害―その診断と治療―. 岩崎学術出版社, 東京, p.144-158, p.163-170, p.406-414, 2000)

8) Putnam, F. W.: Dissociation in Children and Adolescents: A Developmental Perspective. Guilford Press, New York, 1997 (安 克昌, 中井久夫, 金田弘幸ほか訳: 解離―若年期における病理と治療―. みすず書房, 東京, p.175, p.176, p.194―255, 2000)

9) USPT研究会 (監修), 新谷宏伸, 十寺智子ほか編: USPT入門・解離性障害の新しい治療法―タッピングによる潜在意識下人格の統合― 星和書店, 東京, 2020

10) van der Hart, O., Brown, P., van der Kolk, B. A.: Pierre Janet's treatment of post-traumatic stress. Journal of Traumatic Stress, 2 (4); 379-395, 1989

11) van der Hart, O., Nijenhuis, E., Steele, K.: The Haunted Self: Structural Dissociation and the Treatment of Chronic Traumatization. Norton, New York,, 2006 〔野間俊一, 岡野憲一郎監訳: 構造的解離―慢性外傷の理解と治療上巻(基本概念編)―. 星和書店, 東京, 2011〕

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