Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第10号

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原著
Jaspers, K.の精神療法論―『Allgemeine Psychopathologie』初版から第四版までの変遷―
佐藤 晋爾1)2)
1)筑波大学医学医療系茨城県地域臨床教育センター精神科
2)茨城県立中央病院精神科
精神神経学雑誌 122: 734-748, 2020
受理日:2020年5月8日

 精神病理学の礎を打ち立てたことで知られるJaspers, K. が,治療に対して強い関心をもっていたことはあまり知られていない.事実,Jaspersの著書『Allgemeine Psychopathologie』の付録には,初版から一貫して治療に関する臨床的な記述があり,改訂の度に,本文同様,付録の記載も第四版まで大きく変化している.本検討では『Allgemeine Psychopathologie』の付録の精神療法に関するJaspersの議論の変遷を,初版から第四版まで概観し,Japsersが精神療法についてどのように考えていたのか,具体的には治療者像,治療関係,治療目標などについてまとめた.Jaspersが『Allgemeine Psychopathologie』初版を著した時期は,ちょうど催眠療法が衰退し,精神分析が勃興する狭間であった.この当時のJaspersの精神療法観を検討することは,本邦で通常行われている特定流派にそったものではない精神療法の目標や技術を考えるうえで,今もって貢献する点が多いと考えられた.

索引用語:ヤスパース, 精神療法, 精神病理学, 実存>

はじめに
 Jaspers, K. は『Allgemeine Psychopatholo-gie』12)14)15)18)19)(以下,総論.ただし初版は原論と記す)によって精神病理学の方法論を確立したが,最後の付録に問診や検査の仕方,さらに治療など,臨床に直結する記述があることはあまり注目されていない.近年では,Schlimme, J. E.35-38)がJaspersの原論から総論第四版までの変化を比較的詳しく紹介している.本邦では林5)による紹介,ほかには40年以上前になるが福島4)の理想社ヤスパース選集の誤訳*1に関するエッセイ程度でしかふれられていないと思われる.
 総論は第四版で大幅に改訂され,以後の版は第四版と変わりがないとされる26)35-38).しかし,すでに総論第二版から補注が多く追加され,また章立ての変更も若干ある.例えば松本ら27)がLacan, J. との関連から論じた要素現象(elementare Phänomen)(総論第四版では「元素現象」と翻訳されている*2)も,原論では文章のなかに埋め込まれていたが,総論第二版以後,独立した節で記載されている*3.したがって,原論から総論第三版をひとまとめにして総論第四版と比較したSchlimme35-37)の検討は先駆的で興味深いのだが,若干,雑駁な感がある.
 本稿では総論第二版,第三版での変化にも注目しつつ,Jaspersの精神療法論について検討する.1913年から1946年の間に出版された著作の精神療法論を検討することにどのような意義があるかという疑問があるかもしれない.しかし,保険診療下で短時間にならざるをえない外来をこなしているわれわれは,例えば精神分析や認知行動療法などの技法の研修を受けて用いることは困難であり,せいぜい独学で習得し独自の方法で自らの実践に組み込むことしかできない.したがって,精神分析発展以前の,いわば「生の精神療法」を知ることは決して無駄ではないと思われる30)32-34)
 またJaspersの自伝21)22)に,当時のHeidelberg大学が治療に熱心でないことに対する不満が記されており,おそらく彼が医師の仕事として「治す」ことを重視していたことがうかがわれる31).この背景には,彼自身が難病の当事者だったことが関係しているであろう21)22)31).実際,Jaspersが精神療法の治療効果について熱心に研究していたことはHeidelberg大学時代の同僚によって証言されている39).Jaspersは治療への熱意を十分にもっており,ただ精神病理学的に分類することや記述することで満足していたわけではない.以上からも付録とはいえJaspersの議論は十分に傾聴に値するだろう.以下,初版(原論)から順番にみていく.

I.初版(原論)から総論第四版までの変遷
 1.初版(原論)12)(邦訳:p.377~399,原著:p.315~333.以下,前に邦訳ページ,後に原著ページ)
 初版(原論)の記述については西丸四方訳に従って,その概要をまとめる.付録では,まず第1節で検査について述べている.現在のわれわれが耳を傾けるべき記述も豊富にあり,例えば問診の仕方は「出来上がった質問表を頭の中にこしらえてはいけない」(p.377,p.315)という.さらに検査方法で最も重要な手段が患者とのおしゃべり,語り(p.378,p.316)であり,問診であることが繰り返される.
 さて,第2節は「治療の課題について」と章立てられて,いよいよ治療についてふれられる.すでに邦訳がある以上,現在でも重要と思われる点と総論第二版以降変更が加えられる点のみを指摘する.
 まず,治療を行ううえで精神病理学によって知られたことが前提条件になると指摘される.というのも,その得られた知によって治療の方向性が決まるからである.しかし,Jaspersの立場では,治療はほとんど教育して伝えることのできない術(技)(Kunst)(邦訳では術.「技」のほうが適当と思われ,以下,技とする)であるとされている(p.383,p.320).
 また,身体疾患では治療目標は明確な一方,心が対象ではそれが不明瞭になりがちであり,何を達成するかを自覚する必要があることが注意喚起されるが(p.383,p.320),この点は現在にも通じる重要な指摘だろう.その後,身体因の治療の重要性,さらにてんかんや梅毒に対して当時行われていた治療についての記載が続く.時に身体的治療が,身体への過度の顧慮へつながり,精神病質あるいは神経質(nervös)な症状を増悪する可能性にふれているのも興味深い(p.384,p.320).
 その後,入院から慢性期まで時期別に医師が行うべきことが記載され,ついで精神療法についての記述にうつる.
 まず精神療法の定義めいた記述があり,患者に個人的に精神的影響を及ぼす技とされる(p.385,p.322).興味深いのは,この技はこれまで多く検討されてきたが,当時の段階ですでに行われなくなっているという記載である(p.385,p.322).いったい,精神医療において「精神療法がさかんだった時期」とはいつだったのだろうかと考えさせられる.さて,さらに精神療法の適応として,精神病状態の患者は適当ではなく(p.385,p.322),精神病質,軽度の精神病患者,すなわち病感をもちえる例に限られることが指摘される(p.386,p.322).
 以後,番号がふられて技法が列挙される(p.386~387,p.322~323).
 1.まず暗示機構,すなわち患者の人格に訴えかける(appellieren)方法ではなく,催眠や暗示を用いて,治療者が患者にしてほしいと考えていることを説く方法である.電気療法でさえも処置の意味を信じることが重要であると指摘される*4
 2.ついで,苦しみの源である感動(情動)を打ち明けさせる,「発散解消」(除反応)(Abreagie-ren)*5が挙げられる.この箇所でFreud, S. への言及があるが,基本原理がわかれば細かな技法に忠実である必要はないと指摘される*6
 3.最後が1や2と異なり,患者の人格に訴える方法である.患者の蒙を啓き(啓蒙),理性に(合理的に)に影響を与える.そして意志に働きかけて,間違った自制をやめさせるなどである.また患者の作業能力,才能,生活事情を調べ,最も好ましい点を見いだして,ほどよい仕事ができるように試みることが勧められる.Jaspersはこの方法を「あまりよくない言葉だが」とためらいつつ「教育療法(Erziehungstherapie)」と命名している.その基礎として了解的分析(verstehende Analyse)が重要である,つまり患者個人を十分に理解することが大事であると述べている.
 ついで補注で意識外(Ausserbewusst)の機構についての記載がある.ここでの記載では無意識(Unbewusst)との区別が曖昧になっており,患者は無意識と対立しているものとされている*7
 また,人格に訴えかける方法で本質的なのは医師個人の技と世界観であり,さらに重要となるのが患者の求めているのは患者独特の意味での健康(p.388,p.324)であるという理解である.言い換えると,医師の健康観や価値観を押し付けないということであり,患者が求めるものを「なぞる」ということであろう40).また精神療法を行う医師にはさまざまなタイプが考えられるが「理想」は学問的(科学的)な(wissenschaftlich)理由(根拠)でなく性格と世界観によるという.それは身体医学と精神病理学の確かな知識であり,人柄として,視野の広さ,先入見のない自由な価値観,温かさ,親切さである.そして,患者との相性もあることから「誰にとっても良い精神科医は不可能」なのだと指摘される(p.390,p.326).
 2.総論第二版(1920)14)(p.388~411)
 以下,総論第二版は翻訳がないので,文責はすべて著者の佐藤にあることをお断りしておく.さて,初版と同様の構成のまま,第2節の「治療の課題について」の箇所の総論的な部分までは,多少の変更,追加,削除があるが,ほとんど同じことが記載されている.1ヵ所だけ追記しておきたいのが,総論第二版の注で,改めて質問表の問題が取り上げられ,質問表は知識を十分にもたずに病歴をまとめなければならない初心者のための補助的な手段であり,ベテランの医師にとって重要なのは,あくまで患者自身と治療者の目の前の現象であるとわざわざ強調されている点である(p.388).
 さて,原著p.393から狭義の精神療法の記載が始まる.まず注目すべきは,「精神療法にはさまざまな方法がある」という一文に付けられていた参考文献にIsserinに加えて,Mohr, F.(1910),Vogt, H. W.(1916),Schultz, J. H.(1919),Kläsi, J.(1917)らの論文が付け加わった点である.また,精神療法の適応に精神病質者と軽い精神病患者に加えて,神経症症状(nervöse Symptome)が重なった身体疾患も追加された(p.393).いわゆる心因加重の患者も精神療法の対象になっていることは,現代的視点からも臨床的にも重要だろう.
 さて,精神療法に関する技法は原論と基本骨格は変わらない.
 1.暗示機構はほぼ内容に変更はなく,最後に患者が医師の能力と知識を信じる必要性が追記されている(p.396~397).
 2.除反応については,忘れられていた体験を意識することで症状が消える事例もあるという記載が追加されている(p.397).追加箇所は実質Freudの説の引用と考えられるが,JaspersはFrank, L.(1913)の著書を引用している.
 3.最後の人格に訴えかける方法だが,総論第二版で大幅に書き換えられている.啓蒙や理性などの語句は消え,教育療法,了解的分析という言葉も削除された.以下が概要である.
 医師は患者にありのままの状態を教える.例えば,循環気質の患者が自分の苦悩が周期的に生じることを理解すれば誤った恐怖から解放され,道徳的な問題と誤解していた現象が意識外に原因があることを把握することができる.こうした精神病理学的知識の伝達に加えて,患者が自身をもっと見通せるようになるのを助ける努力が行われる.「分離されていた」記憶の意識化によって,自己欺瞞や偏見,あるいは明確ではないが意識外に分離されていないさまざまな態度を見通せるようになる.また患者が服従と指導の欲求をもって医師のもとへ訪れれば,その関係は教育的性質を獲得し,患者に完全な生活規律が与えられる.さらに患者の意志への訴えかけ,間違った自制をやめること,自己暗示で間接的に意志に働きかける方法などを行うこともある.個々の症例で,どこで意志に介入できるか,介入するべきか,あるいは,そのままにする必要があるかは精神療法にとって最も重要な問題である.しかし,これらについて誠実な治療者は途方に暮れてしまうこともある(oft ratlos).(p.397~398)
 以上の記述の後に意識外機構についての補注が初版(原論)と同内容で続く.さらに第3番目についての記載は初版(原論)と同様だが,以下の概要で追記がされる.
 責任感のある精神科医は,独自の心理学,医師たちの心理学を,意識的な反省材料とする.医師患者間に一義的,最終的な関係などはなく,多くの可能性がある.例えば,医師が患者の人格にふれずに専門的情報だけを与えることがある.あるいは医師が患者と同じ水準で患者に親しみをこめて助力することもある.あるいは医師は権威で,疑問をはさまずに指示を受け入れることを要求することもある.医師と患者の間には,しばしば戦い(Kampf)が生まれる.それは有利な力関係をめぐる戦いのこともあれば,明瞭さをめぐる戦いのこともある.患者の深みをくまなく明らかにするには,崇拝され信仰された預言者になる,絶対的権威になる,そうでなければ相互性において可能となる.相互性の場合,患者だけでなく医師も己自身を明らかにしなければならない.精神分析が明瞭さを求める純粋な意図から離れて,心を支配する権力の道具として利用されるならばことは単純になる.しかし,分析されるのは治療者と患者の,一体,どちらなのだろうか?
 医師に対する評価は,必然的に相反するものとなる.というのも医師は「救い主」であると同時に要求する権威でもありうるからである.最大の評価は,古い格言で次のように表現される.「哲学者にして医師である者は神に等しい(訳注:ギリシャ語が付される)」.しかしNietzscheは次のように述べている.「患者に忠告する者は,それが受け入れられても拒まれても,患者に優越感を抱く.そのため繊細で誇り高い患者は,忠告者を自分の病気以上に憎む」.患者のなかには主治医を預言者(Propheten)とみなす者がいること,そして精神科医のなかにそのように己をみなす者がいることをみるとき,次の格言が的を射ていると思われる.「人は主治医のために生まれてこなければならない.さもなければ主治医によって命を落とす」.(p.400~401)
 以上の追記の後,初版(原論)にあった精神療法を行う医師のタイプ,理想についての議論に戻ることになる.
 3.総論第三版15)(1923)(p.425~449)
 総論第三版では本文はわずかな追加程度で変化はない.検査の項目で,総論的書物よりも具体的な事例から多くのことが学べること,病院で伝わる教え,伝統や,個人的に模範を見いだすことが必要であると追記されている.さらにNewtonの次の格言がラテン語のまま付されている.In addiscendis scientiis exempla plus prosunt quam praecepta(知を増すには教えより例証が助ける).(p.426)
 さらに治療の項目では暗示機構の項目で,Kaufmann, F.(1916),Steinau-Steinrück, E.(1921)などの引用が追記されている.他の個所でも散見するが,時代背景から兵士の精神疾患の文献が付されるようになっている(p.434).
 4.総論第四版18)19)〔下巻(以下略):p.403~455,p.687~716〕
 最後に総論第四版である.この版も邦訳(正確には第五版だが,実質的に第四版)があることから概要だけを示し,変更点や重要な点だけを述べる.西丸訳との整合性のため,適宜,訳語を変更することを付け加える.さらに総論第四版から第六部「人間存在の全体」が追加され,この箇所で精神療法に関する記述が大幅に追記された.しかし,本節では付録の記述の変化比較を行い,第六部の精神療法論は後述する.
 まず全体の構成が大きく変更された.検査と治療の課題の内容がひとまとめではなく,下位の項目に分けられ整理された.さらに治療の項でそれまで中間部におかれていた入院から慢性期までの対応は,身体治療,精神療法の項目の後に新たに「監置と精神病治療」という項目が作られて移動し,より読みやすくなっている.全体として,それまで注で論じられていたことが,徐々に長くなっていたこともあってか本文に格上げされている.
 さて「治療の課題」についてである.概説にあたる部分はかなり増補され邦訳の「ある治療の効果から」(p.411,p.692)以下,「治療と優生学」(p.413,p.693)までは新たに追加された.この部分の追記で重要と考えられる指摘は,治療効果で診断してはならないこと,遺伝研究の応用はまだ試みであり,利益よりも害のほうが大きいであろうということなどである.さらに最も重要な変化が治療技術の伝達可能性についてである.それまでは,本来,治療の技は学ぶことができないとされてきたが,総論では個人的な接触(persönliche Kontakt)において伝えることができ,技術的手段(technische Mitteln)として限られた範囲で学ぶことができる(p.411,p.692)と変更された点である.
 ついで身体的治療が項目立てされ,身体的治療法が意識外の因果関連を利用する一方,精神療法は発生的了解関連を用いることが挿入され(p.414~415,p.694),Jaspersは因果関連と了解概念を意識的に用いている.ただし,実臨床では身体的治療と精神療法をともに行うことが稀でないことも指摘されている.
 ついで当時の話題だったであろう身体的治療が補注から本文へと移り,大幅に増補されている(p.415~417,p.694~695.わざわざneuenと形容詞を付けて身体的治療の語句が斜体で強調されている.マラリア療法,電気療法,カルジアゾール療法,インシュリン療法,ロボトミー術が紹介されている).
 さて精神療法である.まず冒頭が書き換えられ,これまで曖昧に記載されていた定義から始まる.すなわち「心を通して行う手段(Mitteln)によって心か身体にはたらくすべての治療法」である.そして,この治療には患者の同意,協力が必要であると追記される(p.417,p.695).
 ついで各方法について項目が立てられる.これまでの版との違いは,それぞれ「~(Methoden)」として,方法が強調されている点である.例えば,暗示機構についての議論は「暗示法(Suggetionsmethoden)」と表記される.
 1.暗示法の内容はそれまでの版とほとんど変化はない.参考文献に兵士に対する催眠治療の文献が減らされ,Kretschmer, E. のMedizinische Psychologieが追記されているのは興味深い(p.418,p.626).
 2.それまで「除反応」だったこの項目は,カタルシス法(Kathartische Methoden)と書き直された.内容はほぼ同じである.
 3.訓練法は,総論で追加になった項目である.これは何らかの手本に従って規則的に繰り返す方法で,体操とSchultzの自律訓練法(邦訳では自力鍛錬)が紹介される(p.418~419,p.696~697).
 4.教育法は,第三版までの「人格に訴えかける方法」のなかの一部が独立した項目である.生活規律の確立を意味する(p.419,p.697).
 5.最後が人格自体への求め(邦訳:呼びかける)法(Methoden mit Anspruch an die Persönlichkeit selbst)である.この方法は,患者自身が主体的にかかわる治療法であり,形式としては1~4までのものより簡単だが,勘とニュアンスによるところが多く,そしてこれまでの方法よりも意義のあるものとして紹介される(p.419,p.697).
 5-1.まず医師が精神病理学的知識を伝達すること.総論第三版までにある循環気質者の例が挙げられる(p.419,p.697).
 5-2.患者の価値観,世界観の基礎となるものを与え働きかける.説得療法(Persuasionsmethoden)に該当し,Dubois, P.(1905)が引用される.
 5-3.意志を変化させる(邦訳は:訴えかける)(wendet sich).意志的に努力したほうがよい場合はそのように努める.逆に干渉することで悪化するもの,例えば強迫症状は自然にまかせるようにする(p.420,p.697).
 この項目の後に,総論第三版までで記載されていた意識外の機構についての補注が移動になっている.
 5-4.最後が自己開明(Selbsterhellung)である.これは患者が自分を見通せるようになるのを医師が助けようとする方法とされる.精神科医の哲学的理性,人格,世界観,本能的信念が重要となる.そして医師には困難と葛藤が生まれるという(p.421,p.698).この項目ではこれ以上,自己開明の説明はないが,付録の前に第六部がおかれて,そこで自己開明について議論されているために重複を避けたものと思われる.
 その後,生活環境を変えること,作業療法,助言,相談などが推奨される(p.421~422,p.698).
 そしてこの項目の最後は,Macbethからの引用,「そのこと(訳注:夫人の病の回復)につきましては御病人自身が,自分で治療することを知らねばならないのです(Da muss der Kranke, Sich selbst zu heilen wissen)」というセリフでしめくくられる(p.423,p.699).

II.考察
1.Jaspersの精神療法論について―先行研究―
 Jaspersの精神療法についての報告で,最も初期のものと思われるものがLoewenberg, R. D.26)による論文である.第二次世界大戦後,北米の精神医療が精神分析,身体療法が主流となり,緻密な診断学や精神病理学的議論が欠落しつつあることへの警告を交えて,当時出版されていた総論第五版の簡単な要約を紹介した論文である.しかし,この報告では総論第五版第六部の「精神療法医の人格的役割」 「精神療法医のタイプ」についての,ごく簡単な紹介にとどまっている.興味をひく点は,戦後という時代背景を反映して「実存」への関心を呼びかけていること,さらにJaspersの「医師と患者は運命を共にする」 「二者の間で真実が生まれる」という考え方がSullivan, H. S. に近いという指摘がなされていることである.さらにJaspersに関するモノグラフでHuber, G.9)が技術ではなく交わり/コミュニケーション(Kommunikation),人格への呼びかけといった独特な方法で精神療法をとらえていることを簡単に紹介している.また,Jaspers哲学における精神療法批判に関する論考も,早い時期に発表されている25)
 ついで,初版(原論)出版100周年の2013年前後に,総論に関する多くの研究報告が発表され3)7)8)35-38),そのなかで特にドイツからJaspersの精神療法論に関する報告が出された.例えば,Herpertz, S. C.8)はJaspersの総論第七版での議論を整理して紹介し,技術に頼らずに自由を得ること,自分自身へとなること,運命の伴侶としての実存的交わり(existential communication)などを紹介し,さらに精神科医自身の人格の重要性や哲学的構えの必要性,精神病理学的方法としての了解が治療にも用いられることなどを指摘している.そして付録で分類されている方法を紹介している.
 一方,精力的にこの領域で報告をしているのはSchlimmeで,いくつか論文を出している35-38).彼によればまずJaspersの精神療法は総論の改訂によって,表1のように分けられるという35-37).Jaspersのこの部分の記載は明確なので,分けられた内容について異論はないが,分け方に若干の補足が必要と考えられる.第1点はSchlimmeは「患者を一人の人間として呼びかける(addressing patient as a person)」かどうかで分類しているが,この分類はやや言葉足らずと思われるが,これは後述する.2点目は,Jaspersが総論第三版までは医師にある程度従う患者,総論第四版では主体的,能動的に判断する患者と分けている点が不明確であることである.総論第三版までと総論第四版では,医師の専門家としての権威,患者の理性,能動性,主体性に対する信頼が異なる.この違いには,1930年代に展開された彼の哲学思想の一端が現れており,さらに医師患者関係のなかの権威の暴力性という議論にまで射程を延ばすことのできる重要な点であると思われる.また彼はJaspersの外被(Gehäuse)概念を用いてJaspers的な概念を用いた精神療法を提唱している35-37)が,総論で展開された精神療法の変遷の現代的意味についての考察がなされていない.本稿では,以下,その点を考察したい.
 なおJaspersの哲学的な立場からの精神療法批判に関する紹介論文もあるが,これは総論における彼の精神療法論とは別の観点の議論となるので本稿ではふれない.なお,著者の考える分類を表2に示した.

2.改訂作業について
 Jaspersについてよくある批判が,「臨床からすぐに離れた」という点である(Häfner, H.7)によれば臨床的仕事は実質わずか6週間だったという!).しかし,晩年の対談集23)ではこの点を何回も指摘されてきたのか,同様の質問を投げかけられ苛立しげに「事柄自体(著作の内容)ではなく,経験の有無で批判されるのは卑怯である」と批判として的外れであると返事をしている.確かに彼の著作の内容に経験不足ゆえの誤りがあるのであれば別だが,そうでないのであれば,彼が受けている批判を逆にすると「臨床経験さえあれば誤りなく同様の書物が書ける」ことになり,生産的な批判ではない.とはいえ,彼自身,医学が実践であることは意識しており,臨床から離れた1914年以降1941年まではHeidelberg大学の図書館に通い精神医学の勉強をしていたらしい11).さらにJaspers自身が2人の同僚の名前を挙げて,彼らの助けなしに執筆できなかったと認めている.一人はGruhle, H. W. である.Gruhleからはかなり激しい口調で批判されることが多かったようで,二人の間で論争になることがあったという(JaspersからBauerへの手紙:1945年6月)11).もう一人がSchneider, K. である.特に1922年以降,とりわけ生物学的な側面での知識のキャッチアップを手伝ったようであり,特に総論の改訂は頻繁に手紙のやり取りをして内容を詰めた形跡がある6)7)11)
 以上から,時代的には総論第三版からSchneiderは関与していることになり,総論第二版の比較的大きな変化に関与しているのはおそらく本人とGruhleと推測される.また総論第三版以降についても客観的精神病理学の項,つまり知覚,記憶,運動,言語など,現代でいう神経心理学的,高次脳機能の改訂に関係していた11)らしく,後にSchneiderが批判した7)11)29)形而上学的な箇所である総論第四版第六部の執筆と付録の改訂はJaspersが一人で書いたと推測される.

3.Jaspersの精神療法論変遷の概要
 繰り返しになるが,原論から総論までで治療観の変化で重要と思われる点を改めて整理したい.
 初版(原論)では,治療の前提条件として精神病理学があるとされる.つまり,医師が行うべきはやはり治療であり,その「前」に精神病理学があるのであって,治療と独立して精神病理学があるのではないとJaspersは考えていたということだろう.またこの時点では,精神療法はほとんど伝達不可能な個人技とされていた.
 さて治療についてだが,Jaspersは治療者および患者の人格こそが重要と考えており,この点は原論から総論まで一貫している*8.人格の問題についてはSchulz-Hecke, H.39)が重要な証言を残している.Jaspersは原論執筆当時,精神療法について熱心に検討をしていたらしい.その結果,Jaspersは治療者の人格(Persönlichkeit)が治療効果において最も重要と結論づけた*9のだという.
 さて人格へ訴えかける方法に焦点をあてて原論以後の議論の変遷をみてみよう.原論では,この方法は患者の蒙を啓き,理性や意志に働きかけるというやや知性に偏った内容として提示されている.一方で,治療者の権威ばかりが尊重されるのではなく,治療者ではなく患者自身が考える健康を取り戻すことが目標であることが強調され,健康観の相対性に留意して患者のニーズに応えることを優先している点が,現代にも通用する点である.さらに誰にとっても良い精神科医はいないという指摘はきわめて現実的でわれわれを安心させる箴言である.
 ついで総論第二版では,啓蒙や理性などを治療者が教え導くというニュアンスから,医師が患者に彼らのそのままの状態を伝えること,医師と患者の関係は相互的で同水準でありえること,そのためしばしば闘いの性質をもつことが指摘される.後にJaspersの実存哲学のキーワードとなる闘いは,この当時,まだ十分に吟味されていないと思われるが,総論第二版の前年に発表された『世界観の心理学』13)ですでに用いられている.『世界観の心理学』13)では,愛ある闘い(liebende Kampf)として論じられている.これは自己維持や自己拡大が目的ではなく,他者と自己理解のために行われる一種の運動である.闘いという表現になるのは,互いに同水準で権力行使をせず,徹底的に心の底に達するまであらゆるものを問題として俎上にあげていくからである,そして,この闘争によって,他人のなかで自己が把握されるのである*10.つまり他者を了解すると同時に自己理解ももたらす方法なのである.したがって,医師も患者も同じ水準で徹底的に対話することが求められており,さらに相互性ゆえに医師自身も自己を見通すことになるとされている.この治療関係としてはややラディカルな方法については議論の余地のあるところであろう.
 最後に医師がどのようなタイミングで介入するべきか迷うことがあるというきわめて現実的な指摘があるが,ここまで臨床的現実を反映した言葉は,おそらくGruhleとの対話のなかで生まれたのだろう.
 さて,ほぼ内容に変わりがなかった総論第三版を経て,総論第四版である.ここでの大きな変化は精神療法の教育可能性である.それまでほぼ伝達不可能とされていたが,師匠と弟子のような形では伝達可能であること,さらに技術的なことはある程度学習できると変更された.また大幅に変更された人格へ呼びかける方法は,自己開明が重要であるとされる.これについては後にふれる.
 この総論第三版と総論第四版の間に執筆されたのが,彼の主著『哲学』17)である.Jaspersは同書で,まず科学をはじめとするさまざまな認識方法を検討し,その後に彼の実存開明へと議論を展開するのだが,その認識方法論が第一部(邦訳での第一巻)『哲学的世界定位』(以下,世界定位)である.さて世界定位では医師患者関係についての議論があるので,同部位の概略をまとめたい(世界定位:p.150~158,p.104~110)17)
 まず,患者を独立した人格をもつものとして尊重し,診察の結果得られた医学知識をそのまま伝達することが基本であるという.しかし,現実には残念ながら患者はしばしば恐怖や不安でそれらを受け入れられず,逆に医師患者関係が悪化することさえある.そのために医師の権威的な暗示,言い換えると医師の知識や技術への患者側の信頼が重要な役割を担わざるをえない.一方,いかに誠実に治療行為をなしても,患者は医師に理論的先入観なく,医療慣例に従ったものでなく自分をみてほしいという欲求をもっており,そうなると医師は個別具体的な方法を知らない以上,何もせずにただ観察することしかできなくなるだろう.そのときに権威は失われることになる.しかし,そのときにこそ実存的交わりの可能性が始まるのである.それは医師患者が運命共同体となり,医師はこれまでの処置を相対化し,伝達不可能な実存的根源的な沈黙と言葉,責任を知る.医師は技術者でも救世主でもなく,実存に対する実存と化す.患者に対する同情的愛ではなく高貴なものへの愛のなかで,心理的了解を超えて交わり(Kommunikation)が行われる.しかし,それはいつでも誰に対してでも行えるものではない.また究極的には解決はない方法である.したがって,実地では妥協として多少の技術的・生物学的治療が行われるのである.
 以上のように,まずは知識の伝達が基本だが,実際にはそれはうまくいかず,やむを得ず権威の力を借りて医師患者関係が展開することになるのが通常となる.しかし,これもうまく機能しなくなったり,あるいは本来的な関係ではないとJaspersは考える.最も重要なのが,実存的交わりにおける実存開明,自己開明だというのが,Jaspersの医師患者関係であり,これが総論第四版に反映されることになる.
 以上,全体のおおまかな流れとして,当初は医師が主体となって患者を導く印象が強かったが,総論第二版から総論第四版にかけて,患者自身が自分のことを認識できるようにする,それは同時に医師自身の自己理解にもなるという相互的交わりへ変貌しているとまとめられよう.

4.用語の変化
 さて,些末なことかもしれないが用語の変化にもふれておきたい.
 初版(原論)から総論第三版まで,苦悩の原因となる感情を表現して消し去ることをAbreagerenとだけ表記していた.ところが総論第四版からKatarsisという用語になった.この項目の説明本文にAbreagerenという語が残っているので本質的な変化はないかもしれないが,用語が変化した理由について1つの推論を述べたい.初版(原論)では,この項目は打ち明ける/告白する(Beichten)ことで救済されるまでで終わっていた.しかし,総論では,その後に忘れられていた/分離されていた経験についての議論が追加されている.ところでKatarsisは,本来,浄化を意味する2).それでは何が洗われ,何が洗い落とされたのだろうか.素直に考えれば,洗われるのは経験で,洗い落とされるのは感情であろう.したがって,Jaspersはこの用語に変更することで,単にAbreagerenすること,つまり何か否定的な感情なりを表現して「すっきりする」だけでなく,経験に付随した感情を表現しそれを消し去ることで,患者がその経験本来の意味を考え直すことも含意したと考えたのではないかと推測するのは穿った考えであろうか.
 ついで「人格へ呼びかけ」である.邦訳では初版(原論),総論第四版ともに同じ表現になっているが,原著では総論第三版まで普通に「呼びかける」「訴える」を意味するappellierenが用いられ,総論第四版で「要求」「求め」を意味するAnspruchに変更になっているのである.この用語の変化も意味があるのではないか.一般に前者は良心や理性に呼びかけるという意味合いがあるようで,実際,初版(原論)では人格への呼びかけの箇所で啓蒙,合理性などの言葉が使われていたのは繰り返し指摘した.一方,後者は,正当性を求める,請求するという意味合いで43),患者に能動的になるように働きかけるという意図が,表現の変更でより強調されたと考えることができる.前項で述べたJaspersの治療論が患者主体に移行していることは,このような表現の変化からも読み取ることができるのではないだろうか.

5.自己開明(Sichoffenbarwerden),実存開明(Exisenzhellung)について
 総論第四版で最も重要な議論が自己開明,実存開明であろう.総論第四版第六部,また「自己反省」の項(中:p.76~78,p.291~292)に詳述されているので,ここでは概略のみふれる.この概念は1932年のJaspersの哲学的主著『哲学』17)から引用されている.
 第六部については岩波版の誤訳なども訂正された山岸による新訳19)があるので,そちらを参考にまとめる(山岸訳:p.225~236,岩波版下:p.361~366,p.665~669).
 まず治療について総論第四版第六部では付録と異なり段階的なものとされる.内容は付録と同様なので,ここではふれない*11.第六部でJaspersが治療の最終的段階として挙げるのが,実存的交わり(Existentielle Kommunikation)である.実存的交わりとは,患者の身体,環境,運命,体験すべてを考慮して,「一つの全体」として患者と相対することである.すなわち,患者を単なる客観的対象にしないことを意味する.Jaspersは運命共同体という言葉を好むが,あくまでパートナーとして患者と接するのである.そして医師自身も自己に目を向けて,患者にも自己を明確にするように促す.その結果,自分が自分に対して明らかになる(Sich-offenbar-werden)〔=自己開明(Sichoffenbarwerden)〕.重要なのはこれらの行為が,内的過程の観察,告白のような類のものではないということである.それはJaspersからすると単に自己の内面の客観化にすぎない.あくまで,自分を把握し,選択し,決断するという実践,行為なのである.したがって,悟性として積極的に知ろうとすることは誤った態度になる.
 そしてこの自己開明によってわれわれは実存(Existenz)へ至る.これが実存開明(Exisenzhellung)である.ところで実存とは,時間の流れにおいてかけがえのない,取り換えのきかない単独者のことである.しかし,単に自分自身が「あるがままである(Sosein)」ことを肯定することではない(哲II実存開明:p.33,p.88)17).自由な可能性があることが自ずと明らかになることから,自ら選択して生きることに自覚的になることなのである.もう少し具体的な生活態度に落とし込むとすれば,生きることの不自由さや限界を自分のなかで受け入れること,病で自己弁護しないことである(下:p.338,PW:p.348)13).そして,これはあくまで患者との交わり(Kommunikation),対話(Wechselgespräch)を通じて行われる.
 以上のようにきわめて抽象的な議論のためにSchneiderが批判した部分であり,具体的な方法は検討の余地があるが*12,結論として患者本来のあり方,固有性(Eigegntlicht)*13へと至らしめるという点は,臨床への連結が可能ではないかと考えている.この点について,今後,さらに検討を深めたい.

6.Jaspersの精神療法論から何を学ぶか
 さてJaspersの総論において,現代の臨床実践にもつながる興味深い点をいくつか挙げる.まず,身体疾患では治療目標は明確だが,精神疾患では不明確になりがちであるという指摘が挙げられる.例えばがんなどではステージいくつでどのような抗がん剤を使うか,手術を行うか否かなど,ある程度は標準化されており,医師や病院によって治療方法や目標に大きな違いは生じないだろう.しかし,精神科においては,目標のみならず特に治療方法が医師や施設によって異なっていることが多く混乱しやすいのが現状であろう.精神科医が,何が治療目標かを見失わないように繰り返し,患者と話し合いながら確認しつつ治療を行うことが必要であることは現代でも指摘されている1)28).さらに総論では削除されてしまっているが,患者が自らの疾患をどのように考えるか,どのような健康観を抱いているかを尋ねることは成田も指摘している点である28).また身体的治療と精神療法の併用が述べられているが,身体疾患への心因加重を想定していたと思われる.もちろん現代でも症状性精神障害などでは同様だがそれだけではなく,適度な薬物療法と精神療法の併用の重要性も指摘していると考えられるのではないだろうか.
 各方法では暗示の議論は,現代であればプラセボ効果あるいは治療同盟,信頼関係を形成することに該当するだろう.あるいは語源から考えれば,sub-gerere〔相手の下(もと)へ―運ぶ〕,つまり患者が自ずと何らかの気づきに至るように医師が努めることとも言い換えられる.
 また初版(原論)から一貫して強調されているのが,患者の能力をきちんと査定し,そのうえで何ができるのかを考えて,環境を提供するべきだという点である.これは現代ならばsocial workingの重要性であろう.同様に,特に総論第四版では作業療法や園芸療法などに該当する治療法の重要性にもふれられている.特定の精神疾患患者を想定した記述になっていないが,神田橋24)や青木1)も精神療法の要諦として指摘しており,特に現代の臨床では,発達障害の治療において42)は重要な視点であろう.

表1画像拡大表2画像拡大

おわりに
 Jaspersにとって精神療法には何よりも患者,そして医師の人格こそが重要であった.ただし,1913年当時は,まだ医師主体で患者を「導く」ことが重要視されていたが,総論第二版から患者の主体性重視へと変更がなされた.また治療技法については初版(原論)で世界観を医師が教えることから,総論第二版で患者に彼らの状態を正直に伝えることへ,治療関係では初版での理想的人格者としての医師から,総論第二版で医師患者間の相互性の重視,そして総論第四版では交わりが重視されるに至った.技法の伝達では初版では伝達不能だったが,総論第四版では部分的に伝達可能なものと改められた.最後に治療目標は,初版で患者にとっての健康から総論第四版では自己開明へと変化していった.
 さて,本検討を終えるにあたって,1913年に出版された著作の精神療法論を検討することに意義があるかという疑問もあるかもしれないので,この点について私見を述べたい.
 Jaspersの精神療法論は,催眠療法から精神分析への過渡期にあたる時期にまとめられたものである.つまり,精神療法がFreudの精神分析,後続するRogers, C. のカウンセリングやBeck, A. の認知療法を通した方法しか知らないわれわれにとって,そもそも心で心を癒すとは何かを改めて振り返る材料となると思われる.催眠療法はともかく本格的な精神分析などの実施が不可能な現在の本邦の精神科臨床実践において30)32-34),むしろ参考となり寄与する点も多いのではないかと考えられた.今後,本稿でまとめた議論を踏まえ,さらにJaspersの実存哲学を取り込み,いわばJaspers的精神療法を検討していきたい.

 本発表の要旨は,第22回日本精神医学史学会(福岡),第115回日本精神神経学会(新潟)にて発表した.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 本稿は科研費〔基盤研究(C)18K09937代表:佐藤晋爾〕の補助を受けた.

文献

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2) アリストテレス (三浦 洋訳) : 詩学. 光文社, 東京, 2019

3) Bolton, D.: Shifts in the philosophical foundations of psychiatry since Jaspers: implications for psychopathology and psychotherapy. Int Rev Psychiatry, 16 (3); 184-189, 2004
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4) 福島 章: K. Jaspersの精神療法. 精神療法, 2; 69, 1976

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10) Isserlin, M.: Psychotherapie. Springer, Berlin, 1926

11) Janzarik, W.: Jaspers, Kurt Schneider und die Heidelberg Psychopathologie. Karl Jaspers. Philosoph, Arzt, politischer Denker (ed by Hersch, J., Lochman, J. M., et al.). Piper, München, p.112-126, 1986

12) Jaspers, K.: Allgemeine Psychopathologie. Springer, Berlin, 1913 (西丸四方訳: 精神病理学原論. みすず書房, 東京, 1971)

13) Jaspers, K.: Psychologie der Weltanschauungen. Springer, Berlin, 1919 〔上村忠雄, 前田利男訳: 世界観の心理学(ヤスパース選集25, 26). 理想社, 東京, 1971〕

14) Jaspers, K.: Allgemeine Psychopathologie, Zweite Auflage. Springer, Berlin, Heidelberg, 1920

15) Jaspers, K.: Allgemeine Psychopathologie, Dritte Auflage. Springer, Berlin, 1923

16) Jaspers, K.: Max Weber, Deutsches Wesen im politischen Denken, im Forschen und Philosophieren. Gerhard-Stalling, Oldenburg, 1932 (森 昭訳: 独逸的精神. 弘文堂, 東京, 1942)

17) Jaspers, K.: Philosophie. Springer, Berlin, Göttingen, Heidelberg, 1932 (武藤光朗訳: 哲学的世界定位. 創文社, 東京, 1964/草薙正夫, 信太正二訳: 実存開明. 創文社, 東京, 1964)

18) Jaspers, K.: Allgemeine Psychopathologie. Vierte Auflage. Springer, Berlin, Heidelberg, 1946 (内村祐之, 西丸四方, 島崎敏樹ほか訳: 精神病理学総論下巻. 岩波書店, 東京, 1956)

19) Jaspers, K.: Allgemeine Psychopathologie, Vierte Auflage. Springer, Berlin, Heidelberg, 1946 (山岸 洋訳: 新・精神病理学総論―人間存在の全体―. 学樹書院, 東京, 2014)

20) Jaspers, K.: Wesen und Kritik der Psychotherapie. Piper, München, 1955 〔藤田赤二訳: 精神療法(ヤスパース選集20). 理想社, 東京, 1966〕

21) Jaspers, K.: Philosophische Autobiographie. Piper, München, 1963 〔重田英世訳: 哲学的自伝(ヤスパース選集14). 理想社, 東京, 1965〕

22) Jaspers, K.: Schicksal und Wille. Piper, München, 1967 (林田新二訳: 運命と意志. 以文社, 東京, 1972)

23) Jaspers, K, Saner, H.: Provokationen: Gespräche und Interviews. Piper, München, 1969 (武藤光朗, 赤羽竜夫訳: 根源的に問う―哲学対話集―. 読売新聞社, 東京, 1970)

24) 神田橋條治: 精神療法面接のコツ. 岩崎学術出版社, 東京, 1990

25) Kuhr, A.: Jaspers' philosophische Auseinandersetzung mit der Psychotherapie. Z Psycho-som Med, 7 (4); 289-300, 1961

26) Loewenberg, R. D.: Karl Jaspers on psychotherapy. Am J Psychother, 5 (4); 502-513, 1951

27) 松本卓也, 加藤 敏: 要素現象の概念―統合失調症診断学への寄与―. 精神経誌, 114 (7); 751-763, 2012

28) 成田善弘: 新訂増補 精神療法の第一歩. 金剛出版, 東京, 2007

29) 大前 晋: SchneiderによるJaspers「精神病理学総論」再評価―医学は精神障害をどのような方法で取りあつかうべきか―. 精神医学史研究, 21 (2); 96-102, 2017

30) 佐藤晋爾: 傷とhaecceitas―三代目澤村田之助―. 日本病跡学雑誌, 90; 81-91, 2015

31) 佐藤晋爾: 当事者としてのヤスパース―臨床と哲学の往復の可能性―. 日本病跡学誌, 94; 120, 2017

32) 佐藤晋爾: "ヤスパース的精神療法"の可能性. 臨床精神病理, 39 (1); 91, 2018

33) 佐藤晋爾: 読むこと, 書くこと, 出来事―ジョー・ブスケ―. 日本病跡学雑誌, 95; 21-32, 2018

34) 佐藤晋爾: Homo curansとしてのSpinoza―精神療法の水準点―. 日本病跡学会誌, 96; 37-49, 2018

35) Schlimme, J. E., Paprotny, T., Brückner, B.: Karl Jaspers. Aufgaben und Grenzen der Psychotherapie. Nervenarzt, 83 (1); 84-91, 2011
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36) Schlimme, J. E.: An Existential Understanding of Psychotherapy and Psychiatric Practice. Psychopathology, 46 (5); 355-362, 2013
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37) Schlimme, J. E.: Karl Jaspers' existential concept of psychotherapy. One Century of Karl Jaspers' General Psychopathology (ed by Stanghellini, G., Fuchs, T.). Oxford University Press, Oxford, 2013

38) Schlimme, J. E.: Karl Jaspers existentielles Verständnis der Psychotherapie. Jahrbuchs der Österreichischen Karl-Jaspers-Gesellschaft, 26; 9-31, 2013

39) Schulz-Henke, H.: Zur Verteidigung der Psychoanalyse. Der Monat, 3; 438-440, 1951

40) 下坂幸三: 心理療法の常識. 金剛出版, 東京, 1998

41) Starobinski, J.: Action et Réaction. Vie et aventures d'un couple. Seuil, Paris, 1999 (井田 尚訳: 作用と反作用―ある概念の生涯と冒険―. 法政大学出版局, 東京, 2004)

42) 内山登紀夫: ライブ講義 発達障害の診断と支援. 岩崎学術出版, 東京, 2013

43) 矢儀万喜多, 西田越郎, 土屋明人ほか: 新修ドイツ語辞典第20版. 同学社, 東京, 1990

注釈

*1 この冒頭一文の誤訳は致命的といってよく,入手困難だが理想社のヤスパース選集「精神療法」20)を読む際に注意するべきと思われる.後年,Jaspersが医師患者関係の論文で主張したことと逆の意味になる点でも注意が必要である.

*2 岩波版の精神病理学総論18)は第五版を底本としているが,第四版との違いは本稿で指摘した箇所ではページも含めてないことから,本稿で論じる邦訳の該当箇所は原書第四版のものを参照した.

*3 この概念の変遷も興味深いので稿を改めて検討したい.

*4 きわめて些末なことだが,初版(原論)12)邦訳のこの箇所の文献番号の付け方に誤りがある.西丸は原論の暗示機構の箇所(p.386)にIsserlin, M. の文献番号を付けているが,原著(p.322)では邦訳(p.385)の「この術を精神療法といい,この中にいくつかのやり方や適応症がある」と精神療法を概説的に述べる文章に付いている.西丸訳では暗示機構についてのみIsserlinを参照したように読めるが,原著で引用されている文献も含め1910年からの講義を後にIsserlin自身がまとめたテクストの構成とJaspersの精神療法の分類はほぼ同じである.したがって,Jaspers, K. の精神療法の技法の分け方はIsserlin10)からの引用と推測される.同様の指摘をSchlimme36)がしている.

*5 Starobinski, J. によれば,この語はFreud, S. の造語とされている41)

*6 JaspersはFreudの除反応について,初版(原論)以後,一貫してヒステリーの箇所で引用し,一定の評価を与えている(原論:p.216~217,p.176~177).

*7 意識外機構と無意識は別の箇所で明確に区別されている(p.185,p.150).Jaspersは,意識外機構は決して気づかれないもの,無意識はこれまで気づかれていなかったものが現象学と了解心理学によって知られたものと分けている.そこで,無意識(Unbewusst)という語を使わずに,決して気づかれない意識外(Ausserbewusst)と,了解などで後に知られるが,通常は気づかれないもの(Unbemerkt)に分けることを提唱している.なお,意識外機構についてはJaspersにとって心因性精神障害とはどのようなものかを考えるうえで興味深く,この点は稿を改めて論じたい.

*8 ここでの人格はPersönで性格(Charakter)ではない.JaspersはWeber, M. についての論文16)でも繰り返し,人格と理性で生きてきたことを強調している.Jaspersはしばしば両者を並列し明確に区別していない.例えば初版(原論)からKlagesの理論を用いて,欲動(邦訳「発動」)(Trieb)の体系である狭義のCharakterが,本来のPersönlichkeitだと述べている(原論:p.202~203,p.364~365,p.311,p.347,総論下:p.296~297,p.247).しかし,使われ方をみると人格のほうが倫理的な意味を含んでいるように思われる.

*9 Schulz-Henke, H.39)は,精神分析家が治療者の人柄・人格だけでは,ほとんどの例で治療がうまくいかない理由を検討し続けてきたことをJaspersが知らないであろうこと,さらにJaspersの精神分析批判は精神分析の発展に追いついていないと反論している.さらにJaspersの議論に従うと神経症がおそらく生来的な「意識外」の何かによって生じるというのは理論的に疑問であると批判しているが,この点も興味深い.

*10 同様の「自他に従属しない」「矛盾と闘いを愛する」「他人との平等な水準でいる」という態度は1920年のWeberの追悼講演16)で,Weberの性質として挙げられている(邦訳:p.51).

*11 林5)の論文にある表2がこれのまとめである.本稿では付録での議論を論じているので,「段階的な治療」という考えをとらない.

*12 Jaspersは1932年にWeberについての小論16)で,Weberを実存開明した人物として描いている.自分にとって都合の悪い事実も受け入れ,何を知ることができるかで自己自身を証したて(邦訳:p.169),権威的にではなく(己と同じく)飛躍する自己意識を他人のなかに生じるよう導いた.そして,自己の限界を自覚したなかでの開放性,自己を顕わにするべく理性を高揚させ(邦訳:p.187),外見上は挫折しても,全体的なものあるいは妥当なものを求め続けて,本来的な自己であろうとしたのだ(邦訳:p.209)という.以上が実存開明の具体的一例となろう.

*13 なおJaspersは固有性,自己自身になることは,もとの性格(Charakter)に戻ることとは異なると述べている(哲II実存開明:p.57,p.334)17).著者らも,これと同様の考え方で,言葉足らずな命名だがhaecceitasとして精神療法の治療目標として議論してきた30)33)34).今後,Jaspersの実存開明とこれまでの著者の議論をつなげていきたいと考えている.

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