Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第9号

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特集 科学的エビデンスと脳基盤に基づくポジティブ精神医学―最前線と臨床応用の発展性―
ポジティブ精神医学の神経科学
高橋 英彦
東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科精神行動医科学
精神神経学雑誌 121: 708-714, 2019

 精神医学に関連する心理学的研究は疾患の負の側面に焦点をあて,それを是正するような治療アプローチが中心であった.著者自身も,感情や情動といったテーマの認知神経科学的研究を行ってきたが,どちらかと言えば,ネガティブな感情を扱ったものが中心であった.近年,ポジティブサイコロジーが注目されるようになってきた理由はいくつかあると考えられるが,著者自身も臨床を通じてその重要性を感じるようになってきた.つまり,一旦,疾患を発病してしまうと回復するには相当な時間も含めたコストがかかり,それを未然に防ぐことが何より大切であること,再発例や難治例が少なくないこと,1つの疾患と同時に別の疾患も併発しがちであることなどを肌で感じたことにより,病気を未然に防いだり,再発や長期化・複雑化を防ぐには,ポジティブサイコロジーが重要と考え,この分野の研究を進めてきた.ポジティブサイコロジーの扱うテーマは多岐にわたるが,その神経科学的な研究はまだ少ない.さらに精神医学にポジティブサイコロジーを応用したポジティブ精神医学の神経科学的研究となるとさらに少ない.本稿では,自己に関する偏ったポジティブあるいは肯定的な評価・認知であるポジティブな幻想(positive illusion)に関する神経科学的研究と,ポジティブサイコロジーのなかでも重要なテーマである自己効力感を精神医学に応用した脳画像研究を自験例を中心に紹介する.

索引用語:ポジティブサイコロジー, ポジティブ精神医学, 神経科学, ポジティブな幻想, 自己効力感>

はじめに
 おそらく,ポジティブサイコロジーと聞くと,胡散臭い,非科学的などといった印象をもたれ敬遠される方も少なくないのではないか.どんな分野でも,エビデンスや十分な検証がないままに,ある仮説や結果が単純化されて一般に広まってしまうことはあり,それに対して批判的・懐疑的な姿勢をもつことが必要であることには異論はない.特にポジティブサイコロジーにおいては,耳障りがよく,わかりやすいといった理由が大きいと思われるが,十分な検証のないままに,単純化された話が独り歩きをするということは想像に難くなく,このようなリアクションになるのであろう.
 日本ポジティブサイコロジー医学会においては,そのような印象を払拭して,しっかりと科学的にこの分野を推進するということを理念の1つと理解して活動を行っている.これはちょうど,プラセボに対する考え方や研究とも似ている.プラセボは,非科学的で,役に立たないという考え方もあるであろう.精神医学分野の治験の特にプラセボを用いたランダム化比較試験において,プラセボ効果のため実薬との成績差が出ず,プラセボは厄介者扱いされる場合もある.しかし,プラセボを用いたランダム化比較試験の結果を多く掲載する影響力の大きいNew England Journal of Medicine7)において,医学の本質は病気を治癒することだけではなく,症状をコントロールしたり,軽減したり,快適さを提供することも含まれ,プラセボあるいはプラセボ効果を生み出す医療者の姿勢も医学の本質の一部であり,プラセボを非科学的なもの,役に立たないものと片づける姿勢は,医学の本質を見失うと記されている.実際に,プラセボに関しては脳科学研究を含めて科学的なエビデンスが蓄積している.
 ポジティブサイコロジーあるいはポジティブな感情・情動はネガティブなものに比べて動物実験などがしづらく,また個人差や文化差も大きいと思われるので,なかなか神経科学的な研究が進まなかったのであろう.次章以降では,ポジティブサイコロジーのなかでも自己に関するバイアスがかかり偏ったポジティブあるいは肯定的な評価・認知であるポジティブな幻想(positive illusion)に関する神経科学的な研究について紹介する.

I.ポジティブな幻想
 ポジティブな幻想とは幻想というくらいであるから,自己に関する偏ったあるいはバイアスがかかった,時には非現実的なポジティブあるいは肯定的な評価・認知である.錯覚やバイアスなのだから,このような自己認知は正確でなく誤りであって,ポジティブな幻想は抱くべきではないという考えもあろう.むろん,自己を客観的に省みず,あまりに現実からかけ離れた自己像ばかりを抱くのは適応的ではないかもしれないが,程よいポジティブな幻想は普遍的に健康な人に認められ,将来の目標ややる気を高め,精神的ならびに身体的健康にも貢献していることは,多くの研究が示している.進化シミュレーションの研究でも適度でポジティブな幻想を有した個体が環境によりよく適応し,進化的にも安定しているとの報告がある3).反対に,depressive realismという考え方があり,うつ病患者においては,ポジティブな幻想が減弱し,自己に関する評価や未来に対する見通しを客観的には正確に見積もっているというものである.見積もりが正確だからといって,それが精神的な健康には必ずしもつながらない.もちろん,さらにうつ病が重度になれば,自己に関する評価や未来に対する見通しにネガティブなバイアスがかかるようになる.
 ポジティブな幻想にはいくつかのタイプが存在する.次に代表的な3つのポジティブな幻想である楽観主義バイアス(optimism bias),優越の幻想(superior illusion),自己奉仕バイアス(self-serving bias)のうち,自験例のある優越の幻想,自己奉仕バイアスについて述べる.

II.優越の幻想
 優越の幻想とは自己の能力や特性を過剰評価し,他人より優れていると感じる錯覚である.ある調査では,大学の教授の94%が自分の教える能力は平均より優れていると報告している2).平均より上に94%が分布するはずはないので,教授陣の回答はバイアスのかかったものということになる.
 さて,このようなバイアスの分子神経基盤について著者らの研究を報告する.健常者24名に対して,次のような実験を行った12).まず,人の特性を表すポジティブな形容詞とネガティブな形容詞を26個ずつ選定した.例えばポジティブな形容詞だと「正直な」で,ネガティブな形容詞だと「イライラしやすい」というものになる.これらの形容詞を自分にあてはめた場合,平均的な他人と比べて自分がどの位置にいるか,50を平均的な他人として,0(まったくあてはまらない)から100(とてもあてはまる)の間で評定してもらった.ネガティブな形容詞への評定は反転して,ポジティブな形容詞の評定とあわせて集計した結果,平均の50より約17%高いスコアが被験者の平均として得られ,優越の幻想が確認された.また,優越の幻想の低い人ほど,絶望感尺度で測定された絶望感を抱く傾向が高いことが示された.被験者はその後,安静時fMRIと線条体のドパミンD2受容体結合能を測定するための[11C]racloprideを用いたPET(positron emission tomography)を受けた.まず,安静時fMRIによる結果では,線条体と前部帯状回の機能的結合が弱い個人ほど優越の幻想を抱きやすいということが示された.さらにPETの結果から,線条体のドパミンD2受容体結合能が低い個人ほど,線条体と前部帯状回の機能的結合が弱いということも示された(図1).[11C]racloprideによる線条体のドパミンD2受容体結合能が低いことは,前シナプスから後シナプスへのドパミン神経伝達が高いことが想定されるため,線条体におけるドパミン神経伝達が高いことが,線条体と前部帯状回の間の機能的結合を減弱させ,最終的に優越の幻想につながるということが示唆された.

図1画像拡大

III.自己奉仕バイアス
 Self−serving biasは成功や望ましい結果を自己の個人的要因に帰属させたり,失敗や望ましくない結果を他人や外因に帰属させるバイアスで自己奉仕バイアスと訳される.簡単に言ってしまうと,良いことは自分の手柄にして悪いことは部下のせいにするという嫌な上司に認められる傾向のことで,われわれは誰でもこのバイアスを潜在的にもっている.このバイアスもうつ病の特に自責感を研究するコンテクストでいくつか脳画像研究がなされている.ほとんどの研究で,被験者に良い結果と悪い結果が示され,その結果を引き起こしたのは自分か他人かを意識的に判断する課題が用いられている.いずれの研究でも行動のデータとしてはおおむね自己奉仕バイアスが確認された.ここではドイツの別々のグループから報告された2つのfMRI研究の結果を紹介する.1番目の報告では良い結果を自己に帰属させるときに右の側頭頭頂接合部が賦活され,反対に悪い結果を他人に帰属させるときには左の側頭頭頂接合部と楔前部の賦活が確認された10).2番目の報告では良い結果を自己に帰属させるときに楔前部の賦活が報告された1).側頭頭頂接合部や楔前部はデフォルトモードネットワークの一部であり,自他の区別にかかわる領域であるとされており,自己奉仕バイアスには自他の区別のプロセスが重要であることを示唆していると考えられる.さて,著者らもまだ,脳画像研究はしていないが,認知科学あるいは心理物理学のアプローチでオリジナルな課題を用いてこのバイアスを検討したので紹介する.
 もともと統合失調症の帰属バイアスやさせられ体験などの研究で自己作用感(sense of agency)の検討が行われていた.伝統的なsense of agencyの意識的(explicit)な課題は,例えば,被験者がマウスでカーソルを動かしたときにカーソルの動きをマウスの動きから時間的にあるいは空間的(角度)にずらしていき,どこまでずらせば,もはやそのカーソルを自分の動かしたマウスと連動しなくなるか,つまり自分の意志が作用している感じがなくなるかを問う.一方,Haggard, P. らが開発した無意識的(implicit)なsense of agencyを検討する課題があり,intentional binding課題と呼ばれ6)古典的なLibet課題を修正したものである.まず,被験者が自分のタイミングでボタン押しをする.すると250ミリ秒後に音が鳴る.ボタンの横には針が1周2.5秒で回転する時計があり,被験者は自分がボタンを押したり,音が聞こえたタイミングで時計の針の位置を報告する.ボタン押し単独で音がその後鳴らない条件では被験者が押したと思った瞬間の針の位置は実際に押された時間と正確に一致し,ボタンを押さずに単に音が聞こえたときの針の位置を報告する条件では実際に音が鳴った時間と針の位置は正確に一致する.しかし,ボタン押しの後に音が鳴る条件では,被験者がボタンを押したと思ったときの針の位置を実際の時間より未来,つまり音に近づけて報告する傾向がある.また音が聞こえたと報告する針の位置は反対に過去に遡って,ボタン押しに近づけて報告する傾向にある.自分の行為(ボタン押し)にその結果(音)を帰属させようとする無意識なバイアスと考えられ,この現象をintentional bindingと呼ぶ.著者らは,この課題においてポジティブな音とネガティブな音を用意して研究を行った11).その結果を図2に示す.ニュートラルな音の条件で確認したintentional bindingに比べて,ポジティブな音ではintentional bindingが強まり,ネガティブな音ではそれが弱まった.重要なことは,被験者はボタン押しをした瞬間には未来に出る音はどちらの音か知らないにもかかわらず,このバイアスが認められることである.この場合,ポジティブな音は自分が鳴らしたと思い,ネガティブな音は自分は鳴らしていないと思う方向にバイアスがかかっており,無意識な自己奉仕バイアスを検討できる課題であると考えている.意識的な課題や質問紙は,このように答えると社会的に望ましくないとか,症状や状態をあまり伝えたくないと意識して隠蔽的に回答をしてしまうことがあるが,無意識的な課題はそのようなことが困難である利点があり,今後は精神神経疾患に応用していく価値があると思われる.

図2画像拡大

IV.自己効力感
 自己作用感(sense of agency)とやや似た概念・言葉として自己効力感(self-efficacy)というものがある.自己効力感とは,自分がある状況において必要な行動をうまく遂行できるという信念といえる.自己効力感が強いほど実際にその行動を遂行できる傾向にあることも示されている.最近は,医療・健康の文脈で生活習慣の改善,健康行動の推進,自己管理の継続などに自己効力感が応用されている.具体的には食事療法,運動療法,リハビリテーションの推進・継続などは,簡単にできることではなく,病気の克服,健康な生活の回復のために必要な行動を遂行できるという信念を高めることで,実際に必要な行動を遂行できる可能性を高めることをめざす.自己効力感を高める要素として成功体験,代理体験,言語的説得,生理的感情的高揚が挙げられる.なかでも成功体験,つまり自分自身が何かを達成したり成功したりする体験が最も重要な要素と考えられている.食事療法,運動療法,リハビリテーションの推進・継続などは医療全般にかかわることであるが,精神医療でも日常的に重要なテーマである.加えて精神医療で問題になるのは依存の診療場面である.依存の対象から遠ざかり,それを利用しないということを続けていくことは一般に困難である.再利用しないことを維持できるという自己効力感を高めることが,実際の再利用を防ぐことが示されている5).そこで著者らは喫煙者と過去に喫煙をしていたが現在,禁煙を継続できている禁煙継続者を対象に次のようなfMRI研究を行った8).被験者にはfMRIの撮像中に喫煙シーンやタバコの画像を見てもらうが,第1の条件ではその画像を受け身に見るだけ,第2の条件はその画像を見て渇望が起こったとしても,それをうまくコントロールしてやり過ごすことができるという自己効力感を意識しながら眺める設定とした.第1の受け身条件で喫煙者は高い渇望レベルを報告したのに対して禁煙継続者はほとんど渇望が報告されなかった.そして,第2の条件で喫煙者も渇望をうまくコントロールできるという自己効力感を意識しながら眺めると実際の報告される渇望の程度は低くなった.そしてこの自己効力感を意識する方略をとっている際に,喫煙者では海馬と内側前頭前野の機能的結合性が高まり,喫煙者が報告した自己効力感のスコアが高い人ほど,海馬と内側前頭前野の機能的結合性が強いことが見出された(図3).また,自己効力感を意識する方略をとっている際に,具体的にどんなことを考えていたかと実験後にインタビューをすると,過去に渇望が惹起されても,うまく対処して再利用をしないで済んだという成功体験を思い出したという回答が一番多かった.今回の研究で観測された吻側内側前頭前野の機能の1つに認知再評価,つまり,同じ状況でも見方を変えて見る能力ということが指摘されており4),自己効力感を意識する方略をとっている際に海馬と内側前頭前野の機能的結合性が強まったのは,過去の成功体験を思い出し,目の前の渇望を惹起する不快な状況の見方を変えようとしているプロセスを反映しているのではないかと考えられた.

図3画像拡大

おわりに
 本稿ではポジティブな幻想の神経科学的な研究やポジティブサイコロジーでしばしば取り上げられる自己効力感を依存の臨床に応用した著者らの自験例を紹介した.まだ,ポジティブサイコロジーやポジティブ精神医学の神経科学的な研究は少ないのが現状であるが,このような分野にも非常に精緻な神経科学の研究者が関心を抱いている.マサチューセッツ工科大学の利根川進教授の研究室が最先端のテクノロジーを駆使してマウスの脳内のポジティブな記憶痕跡を再活性する研究を報告した9).ポジティブな体験をさせた後に,ストレスを与えてうつ病様の行動を示しているマウスにおいて,過去のポジティブな体験の脳内の記憶痕跡を光遺伝学で選択的に活性化させるとうつ病症状が改善されたとするものであった.そのNature解説記事3)のタイトルはThe power of positivityであり,ネズミのノスタルジアか?と解説されていた.著者らも回想法のメカニズムに興味があり,ノスタルジアの脳画像研究も行っている.近い将来,その結果を報告できれば幸いである.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Cabanis, M., Pyka, M., Mehl, S., et al.: The precuneus and the insula in self-attributional processes. Cogn Affect Behav Neurosci, 13 (2); 330-345, 2013
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2) Cross, K. P.: Not can, but will college teaching be improved? New Directions Higher Educ, 17; 1-15, 1977

3) Dranovsky, A., Leonardo, E. D.: Neuroscience: The power of positivity. Nature, 522 (7556); 294-295, 2015
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4) Etkin, A., Egner, T., Kalisch, R.: Emotional processing in anterior cingulate and medial prefrontal cortex. Trends Cogn Sci, 15 (2); 85-93, 2011
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5) Gwaltney, C. J., Metrik, J., Kahler, C. W., et al.: Self-efficacy and smoking cessation: a meta-analysis. Psychol Addict Behav, 23 (1); 56-66, 2009
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6) Haggard, P., Clark, S., Kalogeras, J.: Voluntary action and conscious awareness. Nat Neurosci, 5 (4); 382-385, 2002
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7) Kaptchuk, T. J., Miller, F. G.: Placebo effects in medicine. N Engl J Med, 373 (1); 8-9, 2015
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8) Ono, M., Kochiyama, T., Fujino, J., et al.: Self-efficacy modulates the neural correlates of craving in male smokers and ex-smokers: an fMRI study. Addict Biol, 23 (5); 1179-1188, 2018
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9) Ramirez, S., Liu, X., MacDonald, C. J., et al.: Activating positive memory engrams suppresses depression-like behaviour. Nature, 522 (7556); 335-339, 2015
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10) Seidel, E. M., Eickhoff, S. B., Kellermann, T., et al.: Who is to blame? Neural correlates of causal attribution in social situations. Soc Neurosci, 5 (4); 335-350, 2010
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11) Takahata, K., Takahashi, H., Maeda, T., et al.: It's not my fault:postdictive modulation of intentional binding by monetary gains and losses. PLoS One, 7 (12); e53421, 2012
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12) Yamada, M., Uddin, L. Q., Takahashi, H., et al.: Superiority illusion arises from resting-state brain networks modulated by dopamine. Proc Natl Acad Sci U S A, 110 (11); 4363-4367, 2013
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