Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第9号

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原著
統合失調症患者におけるカタトニアと幻視の関連
山口 博行1), 早坂 俊亮1)2), 高橋 雄一1)3), 平安 良雄4)
1)横浜市立大学医学部精神医学教室
2)公益財団法人積善会日向台病院
3)横浜市立大学附属市民総合医療センター精神医療センター
4)医療法人へいあん平安病院
精神神経学雑誌 121: 683-688, 2019
受理日:2019年4月3日

 【背景】カタトニアは昏迷を含む多彩な精神・神経症状を呈する運動異常症候群である.カタトニアの治療には抗精神病薬は推奨されず,ベンゾジアゼピン系薬剤が第一選択となり,難治例では電気けいれん療法を施行する.統合失調症の急性期興奮状態の患者でカタトニア併発を判断するのはしばしば困難である.しかし,カタトニアを併発した場合の治療法は通常の統合失調症治療とは異なり,早期の鑑別が患者の予後にかかわる可能性がある.著者らはカタトニアに幻視を伴う症例をしばしば経験しており,幻視が統合失調症におけるカタトニア併発の鑑別点となるのではと考えた.本研究において,後方視的に統合失調症で入院した患者におけるカタトニアおよび幻視の出現頻度を診療録から調査し,両者の関連性を検討した.【方法】2016(平成28)年4月1日から2017(平成29)年3月31日に横浜市立大学附属市民総合医療センター精神医療センターに入院した統合失調症患者を対象とし,診療録を用い後方視的に幻視の出現頻度を解析した.統合失調症およびカタトニアの診断はDSM-5の基準を満たすものとした.【結果】統合失調症患者55名のうち,カタトニアを呈した患者は11名,幻視を呈した患者は11名であった.カタトニアと幻視を同時に認めた患者は7名であった.カタトニアを呈した群では幻視の出現頻度が有意に高く,また,興奮症状と幻視症状に相関がみられた.【考察】本研究の結果,統合失調症患者でカタトニアを認めた群において幻視の出現頻度が有意に高かった.DSM-5やBFCRSにおいて,幻視はカタトニアの診断基準に含まれないが,幻視の出現とカタトニアには関連がある可能性が考えられた.カタトニアにおいて幻視が出現する機序は不明ではあるが,幻視出現の有無を評価することで,早期の鑑別・治療につながる可能性が示唆された.

索引用語:統合失調症, カタトニア, 幻視, 夢幻状態>

はじめに
 カタトニアは無言症,昏迷,無動,拒絶症,姿勢保持,常同症,反響現象などを特徴とした気分,情動,認知の障害と深く関連した運動異常症候群である.古典的には統合失調症の一亜型と考えられてきたが,DSM-5では,他の精神疾患や器質性疾患でも呈する症候群とされた1).カタトニアの病態生理はいまだ不明であるが,ドパミン,グルタミン酸,GABA系が関連すると考えられている.カタトニアの治療には抗精神病薬は推奨されず,ロラゼパムなどベンゾジアゼピン系薬剤が第一選択となり,治療抵抗性の症例では電気けいれん療法を施行する.また,器質性疾患が合併している場合は並行して治療を行い,発熱,頻脈,脱水などがある場合は輸液などの身体管理も重要となる3)4)9)10)
 統合失調症の急性期興奮状態の患者において,カタトニアの併発の有無を判断するのはしばしば困難である.しかし,前述のようにカタトニアを併発した場合の治療法は通常の統合失調症における治療とは異なる.慢性期のカタトニアにはベンゾジアゼピン系薬剤の効果は乏しいことからも,早期の鑑別,早期の治療介入は重要であり,また患者の予後にかかわる可能性がある11)
 Waters, F.らの報告によると,統合失調症患者において幻視を呈した患者は27%,幻聴を呈した患者は59%であり,一般的に統合失調症患者においては幻視より幻聴を呈する場合が多いことが知られている12).しかし,著者らは統合失調症の患者がカタトニアを併発し,その際に幻視を伴う症例をしばしば経験しており,幻視が統合失調症におけるカタトニア併発の鑑別点となるのではと考えた.著者らは,統合失調症における幻視とカタトニアの関係に注目し,統合失調症の入院患者を対象とし後方視的に両者の関連性を検討した.

I.方法
 2016(平成28)年4月1日から2017(平成29)年3月31日に横浜市立大学附属市民総合医療センター精神医療センター(以下,当院)に入院した統合失調症患者について診療録をもとに後方視的に検討した.統合失調症はDSM-5,ICD-1014)の診断を満たすものとし,妄想性障害,統合失調感情障害など統合失調症以外の統合失調症スペクトラム障害の患者,精神遅滞,認知症,物質使用障害,器質性精神障害の併存の記載がある患者は除外した.器質性精神障害については,神経学的診察や頭部画像検査にて厳密に除外しているものとした.カタトニアの診断はDSM-5に基づいて行った.DSM-5においては,表1に示す12の症状のうち3つ以上が優勢な場合をカタトニアと診断するとされている1).症状の調査について,当院では全例では簡易精神症状評価尺度,陽性・陰性症状評価尺度などの評価尺度の記録をしておらず,診療録の記載をもとに有無を判定した.「幻視あり」などのキーワードが記載された患者もしくは幻視があることが想定される発言,行動の記録がある患者を,「幻視あり」の患者とした.その他の症状についても同様の方法で有無を判定した.
 統計は,カタトニアを併発した統合失調症患者(以下,カタトニアあり群)とカタトニアを併発していない統合失調症患者(以下,カタトニアなし群)の幻視の出現頻度をFisher検定で解析した.有意水準は0.05%未満とした.またDSM-5におけるカタトニアの症状同士の相関,さらには今回興奮状態の患者の鑑別について調べる目的で,幻視と興奮症状との相関をPearsonの相関係数で解析した.解析には,統計ソフトEZRを使用した7)
 本研究は,匿名性に配慮し個人が同定できるような情報は排除して行われた.研究に関しては,患者および家族に書面による同意を得ている.

表1画像拡大

II.結果
 期間内の入院患者(244名)のうち,統合失調症の患者は57名であった.そのうち2名は物質使用障害を併発しており除外し,55名を対象者とした.対象となった統合失調症患者のうちカタトニアあり群は11名だった.それぞれの群の性別,年齢,入院日数,幻視の有無,幻聴の有無,経口ロラゼパム使用例,修正型電気けいれん療法施行例は表2に示した.カタトニアあり群とカタトニアなし群の属性を比較すると,カタトニアあり群では男性が多く,カタトニアなし群では女性が多かった.また,入院日数はカタトニアあり群のほうが長かった.幻聴については両群で明らかな差はなかった.
 幻視を呈した患者は11名で,うちカタトニアを呈した患者は7名,カタトニアを呈さなかった患者は4名だった.カタトニアあり群ではカタトニアなし群に比べ幻視の出現頻度が有意に高かった(P=0.0004).の左にDSM-5で示されたカタトニアの症状ごとの症例の本研究での割合を示した.他の症状と比較しても幻視を呈した患者が多かった.また,幻視と興奮症状の間に有意な正の相関を認めた(r=0.386).

表2画像拡大
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III.考察
 本研究では,統合失調症患者における幻視の頻度が,カタトニアあり群で有意に高かった.Wilsonら13)が339名のカタトニア患者の精神症状を分類し報告している(右).幻視についての記載はないが,今回の研究における精神症状の割合と近いと考えられた.かつて用いられていた用語になるが,夢幻状態というものがある.夢幻状態は現実と空想とが入り混じった状態で,幻視や意識混濁を伴う状態である.Ey, H.の意識野の解体では,錯乱・夢幻状態は疾患を問わず起こりうる臨床的極期と位置づけられている5).夢幻状態を認める患者の一部は,現在のカタトニアに含まれるようになり,一部はせん妄に分類された6).今回もせん妄が合併した症例が含まれていた可能性も考えられるが,ベンゾジアゼピン系薬剤投与にて幻視を含めカタトニア症状は軽快した.カタトニアの歴史をみると,カタトニアと幻視には結びつきがあると考えられる.
 本研究では,幻視を呈した11名全例で人間・人形が見えるといった具体性のある幻視がみられた.さらに,カタトニアあり群においてはそれと同時に一部の症例で,手足が伸びたり縮んだりして見える,カーテンの模様が違って見える,スタッフを家族と見間違うという特徴的な所見がみられた.つまり具体性のある幻視だけでなく,視覚変容や人物誤認といった,広範な視覚認知障害の特徴があった.したがって,レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)やせん妄と同様,視覚野だけでなく,基底核や脳幹など視覚にかかわるいくつかの脳領域で異常を認める可能性も考えられる.DLBにおいては,SPECTやPETで後頭葉での血流が低下することが有名であるが,カタトニアではSPECTで前頭葉,頭頂葉において血流変化が示唆されている報告8)はあるものの,後頭葉において変化があるとの報告は現在のところない.残念ながら現時点でカタトニアと幻視を結びつける生物学的基盤は確認できなかった.
 本研究の限界について3点を述べる.本研究においては,カタトニアの診断基準としてDSM-5を用いた.しかし,DSM-5の診断基準では非特異的症状が多く,本研究において過剰診断となっている可能性が考えられる.今後は,Bush-Francis Catatonia Rating Scale(BFCRS),Bush-Francis Catatonia Screening Instrument(BFCSI)2)など複数の診断基準やスケールを用いて評価することが必要であろう.次に,幻視の評価について,診療録上では記述が乏しいものもあり,幻視の性状や期間について,詳細に評価できていない.前述のような多彩な幻視を呈し,カタトニア改善後は幻視の記述がないことは確かであったが,それ以上の情報を診療録から得ることはできなかった.より綿密に評価を行うことで,カタトニアと幻視の関連性を論じることができると考えられる.3つ目に,カタトニアは統合失調症以外の疾患でも呈することが知られるようになり,特に気分障害の頻度は高い.対象期間内に当院に入院した気分障害のうちカタトニアを呈した患者は4例あったが,幻視を呈した症例はなかった.少数例であり,今後も症例を蓄積していく必要がある.さらに,多施設,多数例で血液,髄液,画像検査などの生物学的指標を用いた検証が待たれる.

おわりに
 本研究においては,統合失調症の入院患者のうち,カタトニアを呈した群で有意に幻視の出現頻度が高かった.DSM-5やBFCRSにおけるカタトニアの診断基準に幻視の記載はないが,本研究により幻視の出現とカタトニアには関連がある可能性が示唆された.統合失調症の患者では幻視を呈する頻度は低く,急性期興奮状態の統合失調症患者が幻視を呈している場合,カタトニアの合併を考慮してもよいと考えられた.カタトニアにおいて幻視が出現する機序は不明であるが,症例を蓄積していくことが重要であると考えられる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)

2) Bush, G., Fink, M., Petrides, G., et al.: Catatonia. I. Rating scale and standardized examination. Acta Psychiatr Scand, 93 (2); 129-136, 1996
Medline

3) 千葉悠平, 小田原俊成: 高齢者によくみられる精神症状の鑑別診断と治療―カタトニア―. 日本臨牀, 71 (10); 1804-1809, 2013

4) Ellul, P., Choucha, W.: Neurobiological approach of catatonia and treatment perspectives. Front Psychiatry, 6; 182, 2015
Medline

5) Ey, H.: La Conscience, I vol. Presses Universitaires de France, Paris, 1963 (大橋博司訳: 意識1. みすず書房, 東京, 1969)

6) Fink, M., Taylor, M. A.: Catatonia: A Clinician's Guide to Diagnosis and Treatment. Cambridge University Press, Cambridge, 2003 (鈴木一正訳: カタトニア―臨床医のための診断・治療ガイド―. 星和書店, 東京, 2007)

7) Kanda, Y.: Investigation of the freely available easy-to-use software 'EZR' for medical statistics. Bone Marrow Transplant, 48 (3); 452-458, 2013
Medline

8) Northoff, G., Steinke, R., Nagel, D., et al.: Right lower prefronto-parietal cortical dysfunction in akinetic catatonia: a combined study of neuropsychology and regional cerebral blood flow. Psychol Med, 30 (3); 583-596, 2000
Medline

9) 大久保善朗: カタトニア (緊張病) 症候群の診断と治療. 精神経誌, 112 (4); 396-401, 2010

10) Sienaert, P., Dhossche, D. M., Vancampfort, D., et al.: A clinical review of the treatment of catatonia. Front Psychiatry, 5; 181, 2014
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11) Ungvari, G. S., Chiu, H. F., Chow, L. Y., et al.: Lorazepam for chronic catatonia: a randomized, double-blind, placebo-controlled cross-over study. Psychopharmacology (Berl), 142 (4); 393-398, 1999
Medline

12) Waters, F., Collerton, D., Ffytche, D. H., et al.: Visual hallucinations in the psychosis spectrum and comparative information from neurodegenerative disorders and eye disease. Schizophr Bull, 40 (Suppl 4); S233-245, 2014
Medline

13) Wilson, J. E., Niu, K., Nicolson, S. E., et al.: The diagnostic criteria and structure of catatonia. Schizophr Res, 164 (1-3); 256-262, 2015
Medline

14) World Health Organization: The ICD−10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. World Health Organization, Geneva, 1992 (融 道男, 中根允文ほか監訳: ICD−10精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン―, 新訂版. 医学書院, 東京, 2005)

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