Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第6号

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特集 摂食障害,その人格の病理,社会的背景の影響と治療的意味―痩せすぎモデル禁止法に向けて―
摂食障害患者の人格について
野間 俊一
嵯峨さくら病院
精神神経学雑誌 121: 486-491, 2019

 摂食障害の治療の難しさは,難治であったり命にかかわったりすることだけではなく,患者になかなか治療的提案を受け入れてもらえず,本心を隠し,病態を否認するという心理的特性に由来する部分が大きい.すなわち,摂食障害治療を考えるうえで患者の「人格」を考慮することは不可欠である.社会認知科学的研究においては,摂食障害患者にはしばしば対人関係上の問題が認められ,社会的つながりが狭く,社会的支援を受けにくい傾向が明らかにされている.摂食障害にはパーソナリティ障害の併存が多いことが知られており,確かにストレス状況において,「自閉的ファンタジー」「否認」「万能的コントロール」というパーソナリティ障害特有の原始的防衛機制を用いる傾向がある.これは元来のパーソナリティ傾向がそうだっただけではなく,摂食障害発症後にそのパーソナリティ傾向が強化され慢性化したものである可能性がある.近年の社会認知機能を調べた研究では,摂食障害患者では固執傾向と社会的情動障害傾向が高くて思考の柔軟性が低く,これらの社会認知傾向は摂食障害回復後も持続していた.ある脳機能画像研究では,神経性やせ症患者では損失予測時に報酬系にかかわる脳部位の活性が高くなるが報酬予測時には変化がなかったことが示されている.これらの知見は,臨床経験において治療者が日々感じている印象とまったく矛盾しない.摂食障害は臨床経験上,パーソナリティ傾向から「反応・葛藤型」「衝動型」「固執型」に分類することができ,それぞれの病理特性に応じて適切な治療法は異なると考えられる.今後,社会認知科学や脳機能画像研究がますます発展し,既存のパーソナリティ概念を超えた摂食障害患者固有の社会認知行動パターンが解明され,より適切な治療的アプローチや社会支援の方法が開発されることを期待したい.

索引用語:摂食障害, 人格, 社会機能, 原始的防衛機制, 脳機能画像>

はじめに
 摂食障害治療には特有の難しさがある.まず当然ながら,治療を継続してもなかなか回復しなかったり,体重が減って命にかかわることがあったりするといった,摂食障害の呈する心身の症状へのアプローチの難しさがある.しかし,臨床医が難しいと感じるのは,実は別の点ではないだろうか.例えば,治療上の指示に従ってもらえない,提案を受け入れてもらえない,なかなか本心を話してもらえないし,場合によっては嘘をつく,会話が表面的で深まらない,低体重になっても深刻味がなく平然としており根拠なく「自分は大丈夫」と信じている,治療を中断しやすい,などである.これらは,摂食障害患者特有の臨床的印象であり,摂食障害の症状に由来するのではなく,摂食障害を患った患者の人間的特徴なのである.つまり,摂食障害治療を有効に進めるためには,摂食障害患者の「人格」面を考慮に入れなければならない.本稿では,従来の概念から新たな試みまでをたどることによって,摂食障害患者の「人格」について考察する.

I.摂食障害患者の社会的生きづらさ
 摂食障害患者が特有の性格傾向をもっているということは,摂食障害が医学上で議論されるようになった当初から指摘されていた.1961年に下坂10)が神経性やせ症の心理的特徴を挙げている.主要な態度として挙げられている8つの項目は現在ではあまり重視されなくなったが,補足的に挙げられた特徴として,「孤立化」「わがまま・強情・反抗」「動くこと・働くことへの没頭」「けち」「変化を恐れること」「(過度の)思いやり」が指摘されており,これらは多くの現代の患者にも共通している.
 これらは,摂食障害患者は社会での特有の生きづらさを抱えているということを意味している.摂食障害患者の社会的機能の特徴としては,以下のことが指摘されている3).すなわち,知能指数は平均あるいはそれ以上だが,社会機能や生活の質は低く,就労は困難である.社会的なつながりはそもそも狭い傾向にあるが,摂食障害回復後も社会的なつながりは狭いままであり,社会的支援を受けにくい傾向がある.多くの患者には対人関係の問題が認められ,社交不安や社会刺激恐怖の存在も指摘されている.
 このように,摂食障害患者には,特有の性格傾向,認知行動パターン,対人関係様式,社会機能の障害が存在している.これらを総合して改めて「人格」と捉えた場合,摂食障害患者には特有の「人格」があり,治療ではその人格特性に配慮することが求められていると考えることができる.

II.摂食障害はパーソナリティ障害か
 摂食障害を人格の病と理解するならば,まずはそれがパーソナリティ障害の範疇に入るかどうかが問題になる.DSM-51)の「パーソナリティ障害」全般の特徴としては,A)著しく偏った内的体験および行動の持続的様式,B)その持続的様式は個人的および社会的状況の幅広い範囲に広がっている,C)臨床的苦痛あるいは社会的障害,D)その様式は長時間持続し成人期早期にまでさかのぼることができる,という4項目が挙げられており,摂食障害患者の多くがこれらにあてはまることがわかる.ただし,摂食障害は成人期早期までに発症していることが多く,発症後の人格変化があったとしてもこのカテゴリーに含められることになることには留意すべきである.
 確かに,摂食障害はパーソナリティ障害(特にクラスターC)との併存が多く7),特に多衝動性のある神経性過食症の8割に摂食障害発症前に何らかの行動障害がある6)ことが指摘されている.ただし,併存するパーソナリティ障害は多様であり,既存の特定のパーソナリティ障害から摂食障害の病理を説明することは困難である.
 力動論におけるパーソナリティ障害概念に照らせばどうだろうか.DSM分類のパーソナリティ障害概念の柱ともなっているKernbergが1976年に提唱した「境界パーソナリティ構造」4)についてみてみよう.境界パーソナリティ構造は,神経症よりも病態が重く,しかし現実検討能力は保たれているという意味で精神病よりは病態が軽いと想定されているが,最も重要なのは,心理的刺激に対して脆弱であり,神経症患者のように相矛盾する心理内容に対して葛藤することができず,「原始的防衛機制」と呼ばれるさまざまな未熟な防衛機制を働かせることにある.
 原始的防衛機制としては,「原始的引きこもり(自閉的ファンタジー)」「否認」「万能的コントロール」「原始的理想化/価値下げ」「投影同一化」「スプリッティング」「解離」が知られている.当然ながら,境界性パーソナリティ障害をベースにもった摂食障害患者ではこれらの多くを認めることができるが,明確な境界性パーソナリティ障害がなくても,「原始的引きこもり」(「痩せるとすべてが解決する」という病的世界への没入),「否認」(痩せていても深刻味がなく「ボディイメージの障害」として表出),「万能的コントロール」(コントロール欲求に由来する固執傾向として表出)といった特徴は,多くの摂食障害患者,特に神経性やせ症・摂食制限型に顕著に認めることができる.
 このようにみると,摂食障害患者はパーソナリティ障害と同等の心理的脆弱性があることが推測される.それでは,これはそもそもパーソナリティ障害が背景にあったと考えるべきだろうか.ここで,摂食障害患者の社会機能不全とパーソナリティとの関係について,2つの可能性を考えることができる(図1).
 1つは,まず完璧主義や対人過敏などの病前性格があり,そこから何らかのパーソナリティ障害が形成され,パーソナリティ障害の一症状として摂食障害の食行動問題が生じ,その患者にはパーソナリティ障害固有の社会機能不全が生じるというもの.境界性パーソナリティ障害に過食を伴う摂食障害が合併する例がこれにあたる.もう1つの可能性としては,まず完璧主義や対人過敏などの病前性格のために何らかの社会不適応が生じ,そこにたまたま痩せたことによって社会での生きづらさの苦痛が軽減されたかのように感じる「痩せ体験」8)を経験することによって摂食障害を発症し,摂食障害特有の社会機能不全が生じるというものである.
 従来「パーソナリティ障害」といえば,元来の性格をベースに生育環境の影響によって青年期には偏ったパーソナリティが形成されてしまうような病態を意味していた.しかし,第2のパターンのように,摂食障害という病気を発症した結果,パーソナリティの偏りが生じることもあるのではないだろうか.実際には,この2つのパターンのいずれかにはっきりと分かれるのではなく,両者がさまざまな程度に混在して社会的な機能不全が生じていることが推測される.

図1画像拡大

III.摂食障害患者の社会情動認知パターン
 それでは,摂食障害患者特有の社会機能不全はどのような性質のものなのだろうか.従来のパーソナリティ障害の枠組みとは別に,近年ではさまざまな社会認知の評価が試みられている.
 神経性やせ症の社会認知機能を調べた研究2)では,摂食障害患者は健常対照者と比較して,「細部への固執傾向」と「社会的情動障害傾向」が有意に高く,「全般的な柔軟性」が有意に低かった.かつて神経性やせ症だったが現在はその診断基準を満たさない回復群でも,この社会認知傾向に変化はなかった.これは,摂食障害患者が他者からの評価に過敏で他者のわずかな態度の違いに敏感に反応してしまう傾向をうまく説明している.神経性やせ症回復後もこの傾向が続いたことでもって,これらの特徴が発症前からの社会認知傾向なのか発症後に生じた社会認知機能なのかは,この研究だけで明らかにすることはできない.少なくとも,症状に応じて容易に変化するような特徴ではなく,一定期間持続し患者の人格の一部を形成している社会認知傾向であると考えることができる.
 また著者の研究グループ5)において,神経性やせ症患者と健常対照者について報酬系課題〔金銭的インセンティブ遅延課題(monetary incentive delay task:MIDE)〕を用いた機能的MRI検査(fMRI)を施行したところ,神経性やせ症・過食/排出型の患者は,神経性やせ症・摂食制限型や健常対照者に比べて,損失予測時に,右帯状皮質吻側部と右島皮質後部で脳活動が有意に上昇した.一方で,報酬予測時のfMRI検査では健常対照者と比較して有意に変化した脳部位は見つからなかった.このことは,摂食障害患者の食品あるいはそれ以外の物品のため込みや,過度の倹約傾向,さらにはさまざまな固執傾向も,実は将来何らかの理由から食品や金銭がなくなってしまうこと,あるいは自分をコントロールできなくなることを憂えての対策であることがわかる.
 このように,新たな手法によって明らかにされる心理傾向は,臨床的実感と矛盾はない.臨床経験や質問紙によって把握可能な認知特性を脳科学によって裏づけすることができれば,摂食障害患者に固有の傾向をより客観的に把握することができるだろう.そして,このような認知科学的知見によって得られる社会情動認知傾向を総合すれば,それはやはり「人格」として理解しうるのである.

IV.摂食障害の人格による分類
 パーソナリティ傾向による摂食障害分類は,これまでにも試みられてきた.瀧井11)は,神経性やせ症に対する体重増加を目的とした「行動制限を用いた認知行動療法」の適応を考えるにあたって,摂食障害を3つに分類した.すなわち,病理の比較的軽い「軽症摂食障害」,心理・行動面の著しい不安定性・衝動性が問題となる「境界性パーソナリティ的な摂食障害」,痩せ願望が強く難治性の「中核的な摂食障害」であり,入院による行動制限を用いた認知行動療法の適応があるのは中核的な摂食障害であるとしている.
 これら3型の分類を基礎に,改めてパーソナリティに着目して整理すると,心的ストレスあるいは心的葛藤により摂食障害症状を呈する「反応・葛藤型」,ストレスに対する脆弱性がありさまざまな衝動行為の1つとして過食を中心とした食行動異常が生じる「衝動型」,強迫性が強く痩せに固執する「固執型」と呼び直すことが可能だろう9).この3型を病態水準と症状を軸に図示すると,図2のようになる.すなわち,病態水準が軽度の位置に「反応・葛藤型」があり,病態水準が重度の位置には「固執型」と「衝動型」がある.低体重になるほど固執傾向が強く,過食があるほど衝動性が高い.このような三角形を考えれば,個々の摂食障害患者が三角形のどこに位置するかを想定することによって,ざっくりと重症度と適した治療法をイメージすることができるだろう.
 この摂食障害患者のパーソナリティの3類型は,臨床的印象から抽出されたものである.今後,患者のパーソナリティや社会機能が脳科学的に正確に評価されれば,このパーソナリティの類型は修正されてより洗練されたものになるだろう.それぞれのパーソナリティや社会機能に応じたより適切な治療アプローチが開発されることが期待される.

図2画像拡大

おわりに
 本稿では,摂食障害患者には食行動異常だけではなく特有の社会情動認知パターンがあり,それに伴った社会機能の障害が認められ,その社会機能障害は摂食障害発症前から存在する場合もあるが,発症後に強化され慢性化する可能性があることを示した.さらに,摂食障害患者ではパーソナリティ障害と同様の原始的防衛を用いるために特有の対人関係問題が生じるため,摂食障害患者の心理機制を理解した治療的対応が不可欠だということを論じてきた.患者のパーソナリティ傾向をより正確に把握するためにも,近年の社会認知科学研究や脳機能画像研究での知見が重要になってくるだろう.
 摂食障害治療を考える際に,まず症状の軽減を試みる必要があるのは当然であるが,どのような治療法も本人がその治療に対して少しでも期待と意欲をもたないと,治療の遂行自体が困難である.患者が治療を受け入れ治療者とともによりよい形で治療を進めていくためには,患者がどのような刺激に対してどのように反応するのかを正しく理解するという意味で,患者の「人格」に目を向ける必要がある.
 結局のところ,摂食障害治療とは,患者の「人格」に働きかけるものなのだろう.よりよい人格の評価方法の開発が期待される.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2014)

2) Harrison, A., Tchanturia, K., Naumann, U., et al.: Social emotional functioning and cognitive styles in eating disorders. Br J Clin Psychol, 51 (3); 261-279, 2012
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3) Harrison, A., Mountford, V. A., Tchanturia, K.: Social anhedonia and work and social functioning in the acute and recovered phases of eating disorders. Psychiatry Res, 218 (1―2); 187-194, 2014
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4) McWilliams, N.: Psychoanalytic Diagnosis: Understanding Personality Structure in the Clinical Process. Guilford Press, New York, 1994 (成田善弘, 北村婦美, 神谷栄治訳: パーソナリティ障害の診断と治療. 創元社, 大阪, 2005)

5) Murao, E., Sugihara, G., Isobe, M., et al.: Differences in neural responses to reward and punishment processing between anorexia nervosa subtypes: an fMRI study. Psychiatry Clin Neurosci, 71 (9); 647-658, 2017
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6) Nagata, T., Kawarada, Y., Kiriike, N., et al.: Multi-impulsivity of Japanese patients with eating disorders: primary and secondary impulsivity. Psychiatry Res, 94 (3); 239-250, 2000
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7) 永田利彦, 山田 恒, 村田進哉ほか: 摂食障害における社会不安障害. 精神医学, 49 (2); 129-135, 2007

8) 野間俊一: 摂食障害治療の難しさ―よりよい工夫のために―. 総合病院精神医学, 26 (2); 122-129, 2014

9) 野間俊一: 嗜癖の観点からみた摂食障害. 臨床精神医学, 45 (2); 1565-1569, 2016

10) 下坂幸三: 青春期やせ症 (神経性無食欲症) の精神医学的研究. 精神経誌, 63 (11); 1041-1082, 1961

11) 瀧井正人: 行動制限を用いた入院治療. 摂食障害治療ガイドライン. (日本摂食障害学会監修). 医学書院, 東京, p.149-157, 2012

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