Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第8号

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特集 非自発入院制度の現状と課題―精神保健福祉法改正,措置入院,および臨床倫理をめぐって―
精神科非自発入院におけるIllness,Caseness,Circumstances
入谷 修司
名古屋大学大学院精神医療学講座
精神神経学雑誌 120: 647-655, 2018

 医療行為においては,医療者と患者自身,患者家族が前提として適正な医療についての共通認識をもつことが理想的である.しかし,こと精神科医療には,患者の治療を遂行するうえで自らの疾病を認識できない,自らの行動の安全を守ることができない,自らの行動を制御できないほどの重篤な精神疾患の患者に適切な治療をいかに迅速にそしてどのように提供するかという課題・問題がある.非自発的な治療や入院に関して,日本の精神科医療の人権保護・権利擁護・開放処遇への道は,度重なる不幸な事件を経て,かつ度重なる国際的批判や法改正によって匍匐的改善をみてきた.しかしながら,いまだ適切な精神科医療を提供できているとは言い難く,国連の委員会からも,日本政府に対し改善を求められている.精神科医療現場での理想と現実のギャップはなお存在し,さまざまな医療場面で戸惑うことも多い.そこで,今回,非自発入院にまつわる問題を検証しつつ,現代的問題を明確にしたい.

索引用語:非自発入院, 措置入院, 精神保健福祉法, 精神保健行政>

はじめに
 かつて,呉秀三が,日本の精神科医療を改善するために,全国に調査員を派遣し,『精神病者私宅監置ノ実況及ビ其(その)統計的観察』7)を著した.この背景には,多くの精神疾患患者が私宅監禁され,適切な医療が提供されていない現状を憂慮していたことがある.適切な精神科医療体制を確立するための基礎資料を作成・報告し,これが礎になって,精神病院法(1919年)の制定につながった.このときに,いくつかの公的精神科病院が設立されるに至ったが,財政的な問題などもあり,かぎられた地域でのみ設立されるに終わった.一方で,私宅監禁を許容した「精神病者監護法」は併存し,その法が廃止される1950年まで私宅監禁も合法化されていた.
 第二次大戦後日本がいまだ占領下にある1950年,GHQのもとで「精神衛生法」が成立し,私宅監禁に終止符がうたれた.しかし,その「精神衛生法」は,隔離施設収容主義を継承し,とくに私立の精神科病院を増やす施策を最優先したため,精神科病院,精神科病床は急増し,1960年に始まる世界的な「脱施設化」の動向から逆行することになった.その後,ライシャワー事件や,宇都宮病院事件,池田小学校事件などのいくつかの不幸な出来事を経て,適切な精神科医療を遂行するための法整備がなされてきた.
 現行の「精神保健福祉法」では,歴史的な精神科病院の収容処遇を改善するために第一条では「社会復帰の促進及びその自立と社会経済活動への参加の促進」が謳われている.しかしながら,欧米と比べて,いわゆる社会的入院の患者数や平均在院日数の突出は解消されておらず,また,障害者ノーマライゼーションの目標も達成されていない.
 2016年の相模原事件を契機に,同年7月安倍総理大臣は関係閣僚会議を開催し,事件の真相究明や施設の安全対策強化,措置入院後のフォローアップを早急に実施するよう指示した.措置入院制度の再度の見直しがなされ,産経新聞の記事によれば,「厚労省などは今後,施設の安全対策や精神疾患によって『自傷他害の恐れ』がある場合,本人や家族の意思にかかわらず強制的に入院させる「措置入院」のあり方などを見直す.会議に出席した河野太郎氏(当時国家公安委員長)は会議後,記者団に「措置入院などのあり方を厚労省中心にしっかり再検討する必要がある.警察もしっかりとそれに対応をしていきたい」と語った,とされている12).その後,首相官邸のHPで「平成28年12月9日,安倍総理は,総理大臣官邸で「障害者施設における殺傷事件への対応に関する関係閣僚会議」を開催しました.(略)この事件の検証により,措置入院を終え,退院した後の地域での支援について,制度的な仕組みがなく,病院や自治体の連携も不十分であったなどの問題点が明らかになりました.今回まとめられた再発防止策は,精神障害者の方が,措置入院から退院した後も地域で孤立することなく生活していくことができるようにする,そのための継続的な支援体制を整えるものです」13)とされている.
 今回の事件を受けた政治主導の措置入院制度の見直しによって,どのように法的改善がなされるかはいまだ明確ではないが,歴史的にみると,日本の精神科医療の患者の権利擁護/開放処遇/人権保護への道は,度重なる不幸な出来事を経て,かつ度重なる国際的批判や法改正によって匍匐的改善をみてきた.しかしながら,いまだ適切な精神科医療を国民に提供しているとは言い難い.2013年に国連拷問禁止委員会は,日本政府に対し,「強制入院の法的コントロール」「身体拘束や保護室への隔離を減らす」「行動制限による被害者の救済と賠償」「独立した機関による精神科病院の定期的監視」などの勧告を行い5),2014年には国連自由権規約委員会で,「多くの精神障害者が,(略)救済処置がなく,非自発的入院の対象になっていること」を懸念すると指摘し,「地域密着型あるいは代替となるサービスを増やすこと」「精神科病棟に対する独立した監視および報告制度を確保すること」などを日本政府に求めた10)
 このような歴史的現状のなかで,患者の治療上における強制性については極めて慎重に対応するのは当然であり,結果としてそれが患者の福音になることが求められる.われわれ精神科臨床医は,個々の患者に向き合い,非自発的な入院を判断する場合に,病態・病状を旨として判断するが,その事例性,背景性,状況性などもその判断に多分に影響を及ぼす.それが本来的によりよい判断になるのがのぞましいが,しかし,経験的には医療現場ではさまざまな制約が立ちはだかり,場合によっては倫理的な壁にぶつかることもある.この論考では,医療現場で抱える問題点を提起し,よりよい方向性を模索する縁としたい.

I.入院適否判断におけるillness,caseness,circumstances
 われわれ臨床医が,患者の非自発入院を勘案するときには,患者自身のもつ疾病性(illness),事例性(caseness),環境性(circumstances)の各側面で分けて考え判断している(図1).医師の判断は,疾病性が大前提であることには問題ないが,一方で医療を遂行するうえでは,その患者をとりまく事例性や環境因子を勘案し,スムーズな医療を提供するために何がベストであるかを考える.多くの臨床医は,たとえ措置入院の場合の鑑定においても,あるいは医療観察法における鑑定入院場面においても,医療者の思いと患者の思いをすり合わせるような接し方をしていると考える.それは,その後の医療には不可欠な共通の土俵作りであり,とくに医療とのfirst contactがどのようなものであるかは重要である.この因子について,症例(著者の経験に基づくいくつかの事例からの架空症例)を挙げて検討する.

事例呈示
 80代の女性.2歳年上の夫との2人暮らし.遠方の他府県に,長男家族が住んでいる.他に親族はいない.3年ほど前から認知症の症状があるが,そのときから,介護保険を利用しデイサービスや訪問看護を受け,高齢の2人暮らしでほぼ自立していた.かかりつけ医から抗認知症薬の処方を受けていたが,その他身体的には大きな問題がない.夫はMCIレベルの認知機能の低下はあるがADLは保たれ,妻の家事の失敗を未然にふせいでいた.長男は年に3回くらい自宅に訪問する程度で,認知症の母親の世話は父親と包括支援センターに任せていた.
 本人はもともと嫉妬深い性格であったが,認知症症状が出てから,より夫への嫉妬心が強くなり,訪問看護師やデイサービスの送迎の際に,女性スタッフと夫の会話をいやがり激高することがめだち,夫から離れたがらないようになっていた.ケアマネージャーとかかりつけ医が相談し,精神科診療につなぐことを勘案していたところであった.
 デイサービスが休みであった元旦の早朝,夫がテレビをみていたところ,突然本人が嫉妬妄想から包丁を持ち出し斬りかかり,夫が腕に軽い切り傷を負うこととなった.腕からの出血をみて本人は我に返り,「すまない,すまない」を繰り返す.長男は年末から家族で海外旅行中で連絡がとれない.夫がまずは119番通報.救急隊員が臨場し,止血と同時に警察へ通報.警察官が臨場し状況を把握し,夫は救急病院へ搬送し,本人を警察署に保護し,夫の治療待ちとなる.
 署内では,本人は神妙に座っていた.しばらくして「わたしはどうしてここにいる?」「夫はどこ?」「きょうはデイサービスに行かなくては」と言いだし何事もなかったような態度になる.夫の傷処置は軽く消毒だけで終了したものの心理的ショックから対応不可能となったため,いたしかたなく,警察が行政側に対し精神保健福祉法23条通報を行った.
 通報を受けた行政担当者は,まずは緊急で介護施設での対応を考えたが,正月でどこも対応ができず,医療保護入院や応急入院の受け入れ病院は満床で対応可能な病院がない.結局のところ警察官による通報を受理し,行政で確保している措置入院の当番病院に受け入れの方向で処理した.措置鑑定時は,行政側から鑑定医に状況説明を行い,結果が「否」(措置不要)になると処遇が極めて困難である前提で措置診察がなされた.
 この症例の疾病性(illness)は,認知症とそれに随伴する嫉妬妄想(BPSD)であり,その妄想に基づいた他害行動である.精神保健福祉法では,実際に「自傷他害」の事実があり措置処遇が妥当な症例と考えられる.一方で,この症例の事例性(caseness)をみてみると,すでに介護上で嫉妬妄想の前兆があり,その対処も勘案されている状況であった.すなわち,この症状は介護関係者の間で非薬物的・薬物的対応の必要性が認識されていたという経緯があったが,同居の夫との関係性,認知症への対応や介護状況,介護サービスの利用状況が,結果として緊急医療をもたらした因子であると考えられる.結果論ではあるが,このような状況になる前に予防的対応ができれば事件を防ぐことができた可能性がある.しばしば地域の事例検討で見聞されるケースであるが,精神科救急体制の地域差とも関連する問題である.それを踏まえ,この症例の環境因子を検討すると,この症例が元旦の出来事でなく,通常時期に発生し,ケアマネージャーや介護施設,福祉窓口などが稼働していれば違う対応が可能であったかもしれないといえる.また,保護活動を行いうる家族との連絡を迅速にとることができれば,別の対応や処遇になったと思われる.また,地域の認知症を支える包括支援センターの機能,地域の民生委員や社会福祉協議会などのサポート体制の機能にも依存するであろう.そして,処遇の最後の砦としてやむなく「措置入院」という手段をとるというのは,はたして本来的な意味での措置処遇であるかは一考の余地があるだろう.

図1画像拡大

II.精神科医療における地域性
 前項においては,元旦に発生した事例の「時期的特殊性」という背景であるが,それでは,このような処遇が地域性でかわる可能性について勘案してみたい.前項の症例は,措置入院の手続きが元旦であっても機能していたから処遇が可能であったが,このような措置入院の手続きがどの地域でも可能であったかどうかは,地域ごとの事情に依存する可能性がある.措置診察は前段階として行政の手続きを経てはじめて成立が可能となるからである.
図23)は,人口10万人あたりの措置診察にかかわる申請・通報数,措置診察数,措置処遇決定数である.すなわち,その申請通報の数においても,実際に診察を実施する比率,実際の措置入院処遇数においても地域ごとにかなりの差異が存在する.
 さらにくわしくみると,人口10万人あたりの措置入院者数は,最も多い東京都と最も少ない県とでは,10倍以上の差異がある.政令指定都市でみると,さいたま市が突出して多く,最も少ない札幌市とでは20倍以上の差異がある(図3).さらに細かくみていくと,すべての申請通報届け出のうち,措置診察の必要がないと判断され診察に至らなかった比率(却下率)は全国的には6割(実際に診察に至るのは4割)となる(図4).そのなかで例を挙げると,岐阜県ではほとんど診察に至らないのに比し,島根県ではその8割以上が診察に至るなど,大きな隔たりが存在する.この判断において,どの程度事前に情報収集がなされ医療的な検討がなされたかは,各地域のそれぞれの事情が存在すると思われるが,ここでは個々の地域性には言及しない.それは精神科救急体制や緊急窓口の対応にも依存し,かなりの差異が存在していることが明らかである.例えば,通報が各保健所で通報処理される場合と,精神保健福祉センターなどの窓口で処理される場合でも違ってくるであろう.通報後の措置診察にむけての処理の段階で何らかのバイアスが入る余地がある.
 以下は,相模原事件を契機として措置入院に関する実態に関して新聞記事になったものである.「兵庫県内でも県と神戸市の調査で大半は診察不要と判断され,措置入院となった割合は調査対象の6%だった.同市障害福祉課は『行政による強制入院につながるので,指定医による診察に回すのも重い判断』と人権への配慮を挙げる」4)「県側は『保健所が措置症状ではないと判断し,措置入院に必要な診察に及んでいないケースが相当ある』と説明.ただ,対応の遅さや措置入院先への移送車両がない現状など改善すべき点も多いとして,2015年度には見直し案を示していた」2)
 このように,診察に回すか否かの判断が事務レベルでなされる際,人権を理由として担当者が診察依頼を躊躇するという現状があるのではないだろうか.措置入院の診察をする・しないの判断に,人権の問題の影響があるとすれば,それは法の趣旨からは逸脱するものであろうが,非自発入院の決定に重要な意味をもつ判断を担当者のみに任せるのは責任が過重となる側面があるのも確かである.
 措置診察に至るまでの措置入院の入り口としては,法22~26条で規定されおり,申請や届け出,通報が定められている.そのなかで,多くの場合の入り口は法23条の警察官通報によっている.図5は,人口あたりの措置入院者数が最も多い東京都のデータであるが,法23条の警察官通報が最も多い.その保護の法的根拠は,警察官職務執行法の第3条「警察官は,異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して次の各号のいずれかに該当することが明らかであり,かつ,応急の救護を要すると信ずるに足りる相当な理由のある者を発見したときは,取りあえず警察署,病院,救護施設等の適当な場所において,これを保護しなければならない」である.そののちに,精神保健福祉法の第23条を用いるかの判断となる.この場合,家族がいれば家族に引き渡す場合もあるし,直接病院に警察によって搬送(実質的な移送)し,病院(医師)の判断に委ねることもあろう.これは,おそらく地域での警察と医療機関との歴史的な関係性や警察での考え方で大きく左右する問題であろう.現在の日本において,first contactとしての警察の対応において精神科医療の関与は皆無に等しい.また警察官に,適切なアドバイスやサジェスチョンをなす窓口もかぎられている.しかし,諸外国において,事情は異なっている.例えばイギリスでは,警察官が簡便に利用できるスクリーニングツールを開発し,警察で保護した当事者を評価し,精神障害の早期発見とタイムリーな各種サービスへのアクセスを可能にし,刑事司法と精神科医療の境界領域での判断能力の向上が試みられている11).日本の精神科医療も,司法や官憲からの距離を再検討し,患者の適切な処遇に貢献する方法論が双方向から検討される必要があるだろう.

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III.精神保健行政のあり方
 非自発入院,とくに措置入院に関しては,主体的には都道府県・政令指定都市の行政レベルで主導的に手続きを進めていく必要がある.しかし,申請・通報・届出の受付と事前調査をどのように行うかについては,精神科救急体制とともに各地域で異なっている.厚生労働省が行った調査によると,措置診察の必要性を判断する際に,精神保健福祉センターの指定医等に相談することを定めたマニュアルを作成している地方自治体は,調査した17自治体のうち8自治体であった.逆に,このように精神保健指定医の意見を聞くことのできない自治体では精神保健行政に携わる職員が判断することになり,前述したように,「指定医による診察に回すのも重い判断」という意識にかたむいてしまう.また,措置入院の診察を行う指定医について,同一の医療機関に所属する者を選定しないことなどを求めた厚生労働省の通知に沿った指定医の選定を行っているのは,調査した11自治体のうち2自治体であったという6)
 このような体制の違いは,措置入院制度の運用に影響し,実際に措置診察に至るまでに,illnessでもcasenessでもなく,circumstancesによってその扱いに差異が出るものと考えられる.つまり患者にとっては,地域の違いでその扱いや治療内容が大きく変わることになる.医療からみれば,法のもとの平等という点からは疾病そのものでその処遇や対応が決められるのが大前提であり,行政のシステムでその処遇が大きく変わる可能性が潜んでいることは問題であろう.
 措置入院システム上の精神科医療行政における実際の医療現場での問題は,さまざまな局面で経験されうるであろう.それは,俄に事例化するさまざまな精神科的な問題に対して,迅速に適切に対応する体制を構築することが難しいこととも関連する.その一例として,公開されている行政の会議録〔愛知県地方精神保健福祉審議会(大学教授,法務局,福祉協議会,裁判所判事,弁護士,公立病院,病院協会,家族会,マスコミ,行政担当者等の有識者会議)〕における発言を引用する1)

 愛知県精神病院協会(幹部院長):要は,精神保健指定医が「これは措置案件だから,どうにかしてくれよ」と(県に)言った時に,すぐ措置にならないというのが一番大きな問題だと思うんです.あくまで精神保健指定医が診断していることだから,それについて「いやいや問題ありませんよ」と言ったって,最終的にはどうしても問題になるんですよ.少なくとも措置ということも含めて,愛知県が適切な医療を提供しているとは,愛精協を代表して言いますけれども,私は全く思いません.(略)家族も困っているんです.目の前で暴れてて,あるいは殺されかけているような状態で,警察も来て,これは措置に絶対にせざるをえないという時に,行政が来なかったら医療保護にするしかしょうがないでしょう.それしか方法が無いんですから.だからちゃんとした運用をするためには,行政がちゃんと来てくださいねということで,その1点です.

 これは,現場の臨床場面で措置処遇が妥当と判断される症例に対し,行政側の体制に不備があることを指摘している.限られた予算,人員でどのような体制をとるかは,各自治体に委ねられた問題であろうかと考える.それは,精神科救急体制や精神科合併症問題などにも密接に関係していると考える.
 一方で,行政で人権擁護も含めた非自発入院の妥当性を検証する体制にも問題があると思われる.それを担保する機能として,精神保健審査会がある.これは,精神保健福祉法の第12条に基づき設置され,その取り扱いは,精神保健福祉センターが行うことになっている.主たる実務としては,入院の必要性に関する審査と,退院請求,処遇改善請求に関する審査である.これは唯一,法に定められた非自発的強制入院の検証システムである.その意義は,①閉鎖的な精神科医療の透明化(社会的責務),②患者の人権擁護チェック機能(当事者保護),③医療者への医療行為の検証フィードバック(医療点検)に集約されるであろう.しかし,精神医療審査会が真に第三者機関として独立性をもって機能しているかという問題が存在する.例えば「委員の出席者数に関する法令要件を満たさずに開催されたケースが2011年度以降の6年間に,12道県と4政令市であり,少なくとも2万5千件が,開催要件を満たさず審査された」とのいくつかの報道がある8)9)14).法に定められた検証制度が十分機能していないとすれば,国としての姿勢が問われ,国連から厳しく指摘されている人権擁護も担保できないのではないか.

おわりに
 今回,措置入院を含めた非自発入院の入り口において,各地域での精神科医療文化を背景に,行政の体制の相違などによって,さまざまな地域的な差異が存在していることを述べた.同様なillness(病態),同様のcaseness(事例性)であってもcircumstances(体制)の違いによってその処遇は変わってゆく懸念がある.法のもとの平等を背景に,医療の標準化と同時に医療水準の均霑化は,精神科医療,とくに非自発入院において必要である.医療審査会なども含め,十分な体制が提供されないと,結果として,患者・家族や医療者にとって,疾患に向き合う以外の部分にエネルギーが費やされてしまうことになる.一方で,体制が不十分であると,医療における個人の自己決定権が過剰に最優先され,過度な人権主義に傾き,「自らの疾病を,その疾病の結果として認識する能力を失った多くの患者から,治療を受ける権利を奪う」結果をもたらし,問題が大きくなってから治療が開始されることにもなりかねない.呉秀三が「精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的観察」で述べた,「我邦十何万ノ精神病者ハ実ニ此病ヲ受ケタルノ不幸ノ外ニ,此邦ニ生レタルノ不幸ヲ重ヌルモノト云フベシ」という有名な言葉を,100年後のわれわれ日本の精神科医がいまだに克服できていないことを自戒の念をもって受け止める必要があるのだろう.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 愛知県地方精神保健福祉審議会: 地方精神保健福祉審議会会議録. 平成27年3月19日 (http://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/54062.pdf) (参照2015-03-19)

2) 中日新聞: 2016年7月30日朝刊

3) 平田豊明: 措置入院制度の現状と課題―相模原事件が提起するもの―. 臨床精神医学, 46; 377-382, 2017

4) 神戸新聞NEXT: 2016年10月26日

5) 国連拷問禁止委員会: 日本の第2回定期報告についての総括所見 (http://www2.ohchr.org/english/bodies/cat/docs/co/CAT.C.%20JPN.CO.2-%20AUV_en.doc) (参照2018-06-19)

6) 厚生労働省: これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会報告書 (http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000152029.html) (参照2017-11-29)

7) 呉 秀三, 堅田 五郎: 精神病者私宅監置ノ実況及ビ其統計的視察. 内務省衛生局, 1920〔国立国会図書館デジタルコレクション (http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/985160) (参照2018-06-19)〕

8) 共同通信: 委員不足で措置入院審査16自治体, 法令満たさず. 2017年5月28日 (https://this.kiji.is/241487608865734664?c=39546741839462401) (参照2017-11-20)

9) 毎日新聞: 2017年5月30日

10) 日本弁護士連合会: 精神保健. 第6回政府報告書審査をふまえて―自由権規約委員会は日本政府にどのような改善を求めているのか― (https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/kokusai/humanrights_library/treaty/data/liberty_rep6_pam.pdf) (参照2018-06-19)

11) Noga, H. L., Walsh, E. C., Shaw, J. J., et al.: The development of a mental health screening tool and referral pathway for police custody. Eur J Public Health, 25; 237-242, 2014
Medline

12) 産経新聞: 2016年7月28日

13) 首相官邸: 障害者施設における殺傷事件への対応に関する関係閣僚会議. 平成28年12月9日 (http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/actions/201612/09syogaisya.html) (参照2017-11-29)

14) 東京新聞: 2017年5月29日朝刊

15) 東京都立中部総合精神保健福祉センター: 平成28年度東京都精神保健福祉の動向 (http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/chusou/jouhou/doukou.files/kiso1.pdf) (参照2018-06-19)

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