Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第6号

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特集 精神科臨床における聴きかたと尋ねかた
精神療法の場で患者らしさを引き出す方法―関係性に焦点をあてて―
吾妻 壮
神戸女学院大学人間科学部心理・行動科学科
精神神経学雑誌 120: 508-513, 2018

 精神療法は患者の固有の生を扱う営みである.精神療法においては,どこが同じかよりもどこが違うのかに注目し,言葉を用いてそれを引き出すことが重要である.言葉は,患者のこころの内部に関する情報を伝えるのみならず,患者の関係性のパターンをわれわれに伝える働きももつ.関係性を扱っていくことの重要性は,近年ますます高まりつつある.関係性は,こころのなかの欲動および体験に影響を受けるため,その両者を探求することが重要である.関係性を扱うために最初にすべきことは,自己イメージと対象イメージ,およびその間の情緒を把握することにより関係性を同定することである.精神療法の初期の段階では,患者の自己イメージ,対象イメージ,情緒を治療者が理解したことを伝えることが重要である.続いて,同定された自己イメージ,対象イメージの裏側にあるイメージと情緒を理解し,それを伝えるようにする.自己イメージおよび対象イメージの複雑性が増していくことは,治療の進行を示している.理論としては,Kernberg, O. F.の自我心理学的対象関係論が参照枠として大変役に立つ.Kernbergは,患者の精神内界は,自己表象,対象表象,およびこれらの両者をつなぐ情緒からなる対象関係ユニットによって構成されていると論じる.重篤な病理をもつ患者の場合,対象関係ユニットの間で急速な反転や相転位が起こるため,それらを適切に同定し扱っていくことが極めて重要である.

索引用語:精神療法, 関係性, 対象関係, 内的世界, 体験>

はじめに
 精神療法は,唯一無二の存在としての患者の固有の生を扱う営みである.医学においては,一般的に,どこが同じかということにより注意が向く傾向がある.しかし,精神医学においては,特に精神療法においては,どこが違うのか,どこがその人らしさなのかに注目することが大切である.本稿では,精神療法の場において患者のその人らしさを引き出し,援助する方法について述べる.

I.精神療法におけるコミュニケーション
 精神療法におけるコミュニケーションは,主に二種類に分けることができる.1つは,言葉を介するコミュニケーションであり,もう1つは言語を介さない非言語的コミュニケーションである.厳密には,言語というものをどのように考えるかによってこの区別は左右されるものであり,両者の区別には明確ではない点もある.しかしここでは,わかりやすくするために,言語的コミュニケーションと非言語的コミュニケーションとに分けて考えておくことにする.そのなかでも,本稿では言語的コミュニケーションに注目する.非言語的コミュニケーションは大変重要であるが,その複雑性のゆえに,言語的コミュニケーションと比べて,その扱いを論じることがより困難であるため,また別の機会に論じたい.

II.精神療法における言葉の働き―言葉を用いて患者らしさを引き出す―
 精神療法における言葉の働きについて考えてみる.言葉を用いて,患者らしさを引き出すには,どのようにしたらよいのだろうか.それについて考えるためには,言葉の働きを2つに分けて考えるとわかりやすい.もちろんここでも,この区別はある程度は便宜上のものである.

1.言葉の働き―精神内界を伝える―
 精神療法における言葉の働きの1つは,患者のこころの内部に関する情報を伝えるというものである.患者のこころの内部とは,言い換えれば,患者の精神内界のことである.今患者が,「私はこんなことを考えています」,あるいは「私はこんなことを感じています」と述べるとする.これらの言葉は,患者のこころの内部,すなわち患者の精神内界に関する情報をわれわれに伝えている.
 患者の精神内界について,もっと複雑な動きや働きが言葉によって伝えられることもある.こころの大まかな風景のみならず,こころの仕組みを伝えるような言葉である.こころの仕組みとは,例えば,こころを駆り立てるものは何であるのか,そしてその駆り立てるものからこころを守るものは何であるのかなどを指す.今患者が,「先日久しぶりに外出する前に,ドアが閉まっているか気になって,何度も確認したのです」と述べるとする.この表現は,外出したいという気持ちをもっていること,すなわちこころが駆り立てられている状態にあることを示すと同時に,こころが外出という行為に駆り立てられた結果,ドアの確認行為という行動がもたらされたことをわれわれに伝えている.
 そのように考えると,患者の先ほどの言葉は,久しぶりに外出したいという願望がこころに不安をもたらし,その不安からこころを守ろうとして強迫的な確認行為が用いられることになったという情報を伝えているものとして理解することが妥当であるように思えてくる.治療者は,このようにして得られた患者のこころの仕組み,動きや働きを,1つの理解として患者に言葉で伝えることで精神療法を進めることができる.例えば,「外出することを考えるとあなたはとても不安になるのですね.あなたがドアを何度も確認したのは,ドアが閉まっているかどうかが不安だったためというよりも,外出することが不安だったためなのかもしれないですね」と伝える介入が思い浮かぶだろう.また,患者が外出に駆り立てられているのはどういった事情によるものなのかを尋ねたい気持ちにもなるだろう.

2.言葉の働き―関係性を伝える―
 一方,精神療法における言葉のもう1つの働きは,患者の関係性のパターンをわれわれに伝えるというものである.言葉は,こころの仕組みをわれわれに伝えるのみならず,かかわり方のパターン,患者とそれ以外の誰かという2つのこころの交流のパターンに関する情報をもわれわれに伝える.
 精神療法においては関係性のパターンを扱っていくことが重要であるという認識は,近年ますます共有されるようになっている.関係性を扱うことは,自傷行為や各種の嗜癖的問題行動に悩む比較的重篤な症例の治療で特に重要である.そのような関係性を扱う介入なしではなかなか進まない治療も少なからずある.いわゆる難しい患者の多くは,自分のこころの内部にあるさまざまな気持ちの間の折り合いをどのようにしてつけるのかに悩むよりも,自分のこころの内部の複雑さの問題を他者との関係のあり方の問題に移し替え,そのうえで自分と他者の関係について悩んでいるものだからである.

III.関係性に影響を及ぼすもの
 それでは,関係性は一体どんなさまざまな要素に影響を受けるのだろうか.それは第一に,こころのなかの欲動・空想に影響を受ける,そして第二に,体験・外傷に影響を受ける.
 患者の関係性とは,例えば,患者と母親の関係性のことである.関係性がこころのなかの欲動・空想に影響を受けるということがどのようなことなのかを理解するために,例を挙げる.例えば今,攻撃性の強い患者が,自分と母親の関係のあり方について一人で想像を巡らせているとする.患者は,自分自身の攻撃性(攻撃的な欲動)のために,想像のなかで,互いに攻撃し合うような過酷な関係のあり方を母親との間に想像することだろう.さらに,こころのなかでそのような想像を繰り返しつつ振舞う結果,やがては実際に母親との間に過酷な関係を作ってしまうことになるだろう.このようにして,現実の関係性は欲動と空想に影響を受けることになる.
 関係性が欲動・空想によって影響を受けるということは,母親に実際酷い目に遭わされた体験があると,母親との関係は酷いものだと認識するに至るということである.これは理解しやすいだろう.
 興味深いのは,欲動・空想および体験・外傷は相互に影響を与え合うということである.酷い目に遭ったので,酷い目に遭うことを空想するに至るともいえる一方,酷い目に遭うことを空想するために実際酷い目に遭ってしまうともいえる.このように考えると,精神内界と関係性というものは,実は相反する概念ではないことがわかる.精神内界は関係性の場でもあるからだ.しかし本稿はそこには深く立ち入らず,関係性を扱うとはどういうことなのかを,以下に具体的にみていくことにする.

IV.関係性を同定する
 関係性を扱うための最初のステップは,関係性を同定することである.そのために最初にすべきことは,患者が言葉を通して,自分(自己)と他者(対象)についてのイメージを把握することを助けることである.すなわち,患者にとって自己がどのように感じられるか,対象がどのように感じられるかを探求することである.
 治療が進むこととは,自己と対象のイメージが複雑化していくことである.最初は,単純な自己イメージ,対象イメージが語られる.例えば,「私は駄目な人間だ」「私は凄い人間だ」「私の親は酷い人間だ」などといった発言は,単純な自己イメージ,単純な対象イメージを患者がもっていることを示している.治療が進んでいくと,これらの単純な自己イメージ,対象イメージは,もっと複雑なニュアンスをもったイメージに置き換えられていく.
 自己イメージと対象イメージをある程度同定したならば,次に,自己イメージと対象イメージが,どのような気持ち(情緒,アフェクト)でつながっているかを同定することが重要である.例えば,「私は駄目な人間で,私の親は過酷な人間だ.私は親に嫌われている」という患者の言葉のなかには,被害者としての自己,迫害者としての対象,その間の情緒としての嫌悪感が語られている.
 単純な自己イメージ,対象イメージは,まったく正反対のイメージを暗に伴っていることが多いことを理解しておくことも重要である.例えば,「私は駄目な人間だ」という言葉の裏には,「でも怒ったら凄い影響力がある」という気持ちが隠れていることがしばしばある.同様に,「私は凄い人間だ」という意味のことを述べる患者は,こころの奥深くでは「でもこころのなかではいつも虚しい」と感じているものである.虚しいからこそ,自分の凄さを主張しているのである.「私の親は酷い人間だ」と述べる患者は,「でも親がいないと何もできない」とも感じているのではないかと想像することで,より重層的な理解が生まれてくるだろう.

V.関係性を把握するための技法
 続いて,関係性を把握するための具体的な技法について述べる.それは,大きく2つに分けられる.第一の方法は,関係性を巡る患者の特性を把握することを目標にしつつ,患者の話のなかから浮かび上がってくるまでじっと聴き続けることである.この方法が基本であり,この方法でうまくいくようであればそれに越したことはない.
 ただ,患者の話をずっと聴き続けていても話のなかから関係性に関する特性が浮かび上がってこない場合がある.時間が十分にある場合,あるいは面接の頻度が高い場合は,それでも辛抱強く待っていてよいが,そうでない場合,患者に質問するなどの,ある意味積極的ともいえる技法を用いることがしばしば必要になる.一般に,時間に余裕がなければないほど,そのような技法の必要性が増す傾向にある.
 ここではいくつかの技法を紹介する.第一の技法は,関係性のイメージ,およびそれを取り巻く情緒がまとまっていないこと自体を単に指摘するというものである.例えば,「その同僚を前に自分がどう感じているのか,あなたは戸惑っているようですね」といった介入である.
 第二の技法は,患者の空想に関して質問するというものである.例えば,「その同僚が自分をどう思っているのか,想像することはありますか?」と質問したり,「親に対して何か言ってやったりするところを想像すると,どんな言葉が浮かびますか?」と質問したりするものである.
 第三の技法は,避けられている体験あるいは知覚に関して直面化したり,質問するというものである.例えば治療者は,「あなたには一緒に住んでいる家族がいるのに,あなたの話には家族のことは出てきませんね」と直面化することによって,患者が意識的あるいは無意識的に避けている話題の存在とその内容について話すことを患者に促すことになる.

VI.関係性を把握したうえでの介入
 以上のようにして得られる関係性のあり方の理解をもとに,どのような介入を行ったらよいのだろうか.精神療法の初期の段階では,患者の自己イメージ,対象イメージ,そしてその間の情緒を治療者が理解したことを伝えることに徹することが重要である.このことを続けるだけでも,相当の効果がある.患者は,自分自身のこころの風景をよりよく把握するようになり,同時に治療者に自分の気持ちをよく理解されたと感じるに至る.
 精神療法が少し進んだら,自己イメージ,対象イメージの裏側にあるイメージを理解し,それを伝えることができるかもしれない.例えば,万能的な自己イメージの裏側にある,無力で脆弱な自己イメージを伝えることができるかもしれない.すでに述べたように,自己イメージおよび対象イメージの複雑性が増していくことは,治療の進行を示している.
 精神療法がさらに進んだならば,それらのイメージの由来について理解し,それを伝えることができるかもしれない.それは,他の言い方をするならば,発生論的な観点からの解釈をすることである.
 ここで注意しておきたいことは,患者の自己イメージ,対象イメージを否定するようなことを最初から言っても多くの場合効果はあまりないということである.「あなたは自分は駄目だと感じているようですが,そんなことはないと思います」という類の介入は,仮にその通りだとしても,患者の助けにはあまりならないと心得るべきである.治療者のそのような言葉が正しいかどうかよりも,正しくてもそれを信じることができないところに患者の問題があるのであり,患者にそのような言葉を伝えることはむしろ治療者に理解されなかったという気持ちを患者に抱かせることになる.
 外傷的な関係性が浮かび上がる場合,そのつらさを受けとめたことを伝えたうえで,その外傷を乗り越えるために誰が助けてくれたのか,あるいは誰も助けてくれなかったのかを聞いておくことが重要である.患者の生活史における関係性の質に関する大変有用な情報だからである.
 治療者に対する感情(転移感情)の扱いは熟練を要するので慎重に行う必要がある.一般的に言って,陽性の感情(陽性転移)は,そのままにしておいても大きな問題にならないことが多い.一方,治療者に対する陰性の感情(陰性転移)は,なるべく早めに扱っておいたほうがよい.例えば,患者がリストカットなど,自己破壊的な行動化を報告するとする.リストカットに至る理由は,もちろん治療者に対する陰性感情だけではないが,少なくともそうである可能性を考えておくことが重要である.なぜならば,治療者に対する陰性転移は,放っておくと治療の継続そのものを脅かすものだからだ.したがって,もしも患者の行動化が陰性転移と関連していることが疑われたならば,なるべく早期にそれを患者に伝えたほうがよい.例えば,「私があなたのこころの状態に関心をもっていないと感じて,傷ついたんですね」などと伝えることである.続けて,「だからリストカットをして,どれだけ自分が傷ついたのかを私に伝えようとしているのかもしれないですね」などと続けることもある.リストカットの原因はもちろん陰性転移だけではないが,その可能性を考えることは重要である.
 その他,転移とはあまり直接的には関係はないが,関係性を把握したうえでの介入にあたる例をいくつか挙げる.例えば今,患者が,「上司にたくさん仕事を任されて,とてもこなしきれなくて潰れそうです」と述べるとする.ここでは,このときの自己イメージ,対象イメージを丹念に理解することが重要である.するとそのうえで,「上司がたくさん仕事を任せるのは,上司があなたのことをよく思っていないからだとあなたは感じているようですね.それでつらくて,潰れそうなのですね」と伝える介入を考えることができるようになる.さらに,精神療法がもう少し進んだ時点で,上司によく思われていない自分,という関係性の裏に,その反対とも言うべき,上司の一番の部下になって,一番のお気に入りになりたい,という気持ちが明確にみえてくるかもしれない.そうなれば,今度はその理解を,「上司に任される仕事をすべて完璧にこなして一番の部下になって上司に評価されたい気持ちも同時にあるようですね」などと患者に伝えることができるかもしれない.
 あまり効果的ではない介入の例は,「上司は,あなたに期待しているからこそたくさん仕事を任せてくるのではないですか?」という介入や,「上司は,あなたが思っているほどあなたに期待していないと思います」という介入などである.この種の介入を耳にすることがしばしばあるが,これらの介入は,もちろん完全に間違っているとまでは言えないが,患者の身になって想像してみると,聞いていてあまりよい感じのする介入ではなさそうである.
 その理由であるが,それはこれらの介入が患者の言っていることを否定するところから入っているからである.上司の側に立ってものを言っているという印象を患者に与えることになるだろう.

VII.理論的背景
 最後に,以上の議論の理論的背景について簡単にふれておく.患者の精神内界における関係性のあり方を理解するうえで役に立つ理論的枠組みの1つは,Kernberg, O. F.の理論である1)2).Kernbergは,精神分析のなかでも特に対象関係論および自我心理学を中心に研究し,両者を統合する努力を続けてきた精神分析家である.
 Kernbergによれば,患者の精神内界は,①自己表象,②対象表象,③これらの両者をつないでいる情緒,の3つからなる対象関係ユニットによって構成されている.
 今,このように概念化される対象関係ユニットの具体的な例として,次の3つの対象関係ユニットを考えてみる.1つ目は,犠牲者としての自己表象,迫害者としての対象表象,その間の情緒としての恐れや憎しみである.2つ目は,1つ目の対象関係ユニットにおける自己と対象が反転したもの,すなわち迫害者としての自己表象,犠牲者としての対象表象,その間の情緒としての恐れや憎しみである.3つ目は,完璧に世話をされている子どもとしての自己表象,完璧に世話をする親としての対象表象,その間の情緒としての愛情である.
 重篤な病理をもつ患者の場合,対象関係ユニットの間で急速な反転や相転位が起こる.すなわち,患者は治療者との間で,迫害者であったり,犠牲者であったり,あるいは完全に満たされている子どもであったりと,自分および治療者に関して相いれない情緒的つながりを体験する.それがスプリッティングという名で呼ばれている防衛的メカニズムの臨床的現れであり,それらを適切に解釈していくことによって,患者の内的対象の世界を正常な組織へと統合していくことが可能になる.本稿で挙げたさまざまな例は,このようなKernbergの治療理論を念頭においたものである.

おわりに
 本稿では,精神療法の場において関係性を扱っていく基本的な方法について概説した.紙幅の関係上,本来非常に複雑である概念をややもすると単純に簡潔に論じたが,ご容赦いただきたい.本論文が少しでも参考になれば幸甚である.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Clarkin, J. F., Yeomans, F. E., Kernberg, O. F.: Psychotherapy for Borderline Personality: Focusing on Object Relations. American Psychiatric Publishing, Washington, D. C., 2006

2) Kernberg, O. F.: Severe Personality Disorders: Psychotherepeutic Strategies. Yale University Press, New Haven, 1984

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