Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第5号

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特集 治療抵抗性抑うつに対し外来診療でできること
難治性うつ病―リスクと予測,診断の再考―
渡邊 衡一郎
杏林大学医学部精神神経科学教室
精神神経学雑誌 120: 384-390, 2018

 うつ病治療において薬物療法で症状が寛解しない場合,米国精神医学会(APA)Practice Guidelineでは,診断の再検討,副作用の評価,他疾患の併存状況や心理社会的因子についての評価,治療同盟やアドヒアランスについての評価,そして薬物動態を考慮した用量設定の再検討などを求めている.Parkerらは診断上のパラダイムエラーとして,単純なうつ病でなく,それが双極性障害や精神病性うつ病,あるいは不安症やパーソナリティ障害の併存や器質因子の存在などである可能性などを挙げている.特に双極性障害に関しては,正しく診断されるまでに平均4年を要し,時間を要した要因は当事者・医師双方にあることが当事者へのウェブアンケートでわかっている.アドヒアランスに関しては,半年で半数以上が治療につながらなくなるとされており,薬物の服用期間や依存性がないということについての説明の重要性,そして副作用が少なく,効果があることが肝要と再認識された.薬物療法に関しては,今のところ抗うつ薬の使い分けよりも,その早期反応性に注目し評価していくことの大切さが示唆される.難治性うつ病といえども,さまざまなアプローチでその6割が寛解し,特に社会的サポートがあると1.76倍寛解しやすいとされている.なかなか寛解しない場合も診断の再検討をはじめとした上記の確認を行い,転帰を予測し,さらには社会的サポートや認知行動療法を加えていくなど,あきらめずに取り組むことで良好な転帰につながるものと思われる.

索引用語:難治性うつ病, 双極性障害, 不安障害, 併存障害, アドヒアランス>

はじめに
 米国の4,000名を超える大うつ病患者の寛解に関する大規模プロジェクト,Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression(STAR*D)研究によると,薬物療法や認知療法などいろいろなアプローチを1年以上かけて行ったとしても,寛解率は約67%であるとされている16).実臨床に近いこの研究結果は,うつ病の約3分の1は難治であると捉えられるきっかけとなった.実際のところ,本研究は現在広く行われている治療法である抗精神病薬による増強療法が選択肢に入っていない.計画時点ではその効果がまだよく知られていなかったためと考えられ現在の治療環境とは多少乖離があるものの,3分の1が難治という結果は,当時われわれに大きなインパクトを与えた.

I.診断の再考
 薬物療法でなかなか症状が寛解しない場合,米国精神医学会(American Psychiatric Association:APA)Practice Guideline(2010)1)では,5つの検討が必要であるとしている.診断を再検討すること,副作用を評価すること,他疾患の併存状況や心理社会的因子について評価すること,治療同盟やアドヒアランスについて評価すること,そして薬物動態を考えて用量設定を再検討することである(表1).抗うつ薬治療に効果がみられない要因として,Parker, G. B.ら15)表2のように,診断上のパラダイムエラーとして6つを挙げている.本稿では,まずこの項目に沿って,エビデンスや当方の経験に基づいて論じていく.

1.双極性障害をうつ病と見誤ってしまう
 なぜ双極性障害を見抜くことが困難なのであろうか.その一因として考えられる,うつ状態と躁状態の期間の違いに着目する.双極I型障害とII型障害の10年以上にわたる追跡によると,図1のようにI型障害では,抑うつ状態が31.9%,無症状が52.7%11),II型障害では抑うつ状態が50.3%,無症状が46.1%を占めた12).このことから,いずれの型も,症状経過の大半を抑うつ状態と無症状が占めており,軽躁・躁状態また混合状態である期間は,他の症状の期間と比べて著しく短いことがわかる.このわずかな期間をいかに探し出し,双極性障害と正しく診断するかが問われるのである.著者ら21)が行った457名の双極性障害の当事者へのウェブアンケートによると,初めて医療機関を受診してから,双極性障害と診断されるまでの平均期間は4年であった.さらに,双極性障害と正しく診断されるまでに時間を要してしまった要因は,当事者・医師双方にあることが示された.要因としては,図2のように躁の状態を病気とは思わずに医師にその症状を伝えていない(38.5%)や,当事者自身が双極性障害を知らなかった(38.3%)など,当事者側の要因が上位に挙げられたが,その次には医師と当事者間でのコミュニケーション不足や医師の双極性障害への理解不足など医師側の要因が並んだ.
 米国で2001~2003年に行われた対面式の世帯調査によると,双極I型障害は0.7%,双極II型障害は1.6%,大うつ病性障害は16.9%であった.その16.9%のうつ病患者に対してさらに軽躁のスクリーニングを行うと,軽躁成分があるものの診断上軽躁病には至らない閾値下の軽躁を伴う大うつ病が,約3分の1にあたる6.7%の患者にみられた2).すでに周知のことではあるが,この結果からもうつ病は均一な病態ではないことがわかる.
 米国で行われた550名の大うつ病患者を平均17.5年経過観察した研究では,10年間で19.6%が躁か軽躁を経験しており,DSM-5の解釈に立つと双極性障害の診断に変わったといえる.なお,診断変更の予測因子としては,躁または軽躁症状の数の多さ,精神病症状があること,双極性障害の家族歴があること,発症年齢の低さが挙げられた8).わが国ではInoue, T.ら10)が,同様の転ずる要素として,抗うつ薬による躁/軽躁転の経験,混合性うつ病,直近の1年間で気分エピソードが2回以上,発症年齢が24歳以下,自殺企図ありを指摘している.たとえうつ病の診断でもここに列挙した要素をもつ場合,躁転に注意しながらうつ病治療を慎重に進めていく必要があろう.
 Goto, S.ら9)は後方視的ではあるが,発揚気質と循環気質という躁的成分と考えられる気質をもつ者に対して寛解に至るか至らないか薬剤間で差をみたところ,リチウムでは100%が寛解した一方で,SSRIは寛解が少ない傾向であったと報告している.躁的成分をもつ場合はたとえうつ病であっても抗うつ薬を用いないほうがよいとも考えられる.

2.われわれの難治性うつ病入院患者からわかったこと―不安・パーソナリティ併存の問題―
 杏林大学病院において,自らうつが治らないと思う難治性うつ状態の精査入院をした当事者に対して改めて行った精神科診断面接マニュアル(Structured Clinical Interview for DSM-IV:SCID)では,2014年11月~2017年3月までに入院した71名のうち,44.1%がうつ病,32.4%が双極性障害であった.さらに,うつ病と診断された患者のうち63.3%の患者に躁的成分と考えられる先述の気質があった.不安症やパーソナリティ障害(主診断,併存を含む)を併存する患者はそれぞれ41.1%,42.6%認められ,双極性障害よりも多い状況であった.
 STAR*D研究レベル1において不安併存の有無による寛解の差をみたところ,不安があると不安がない場合に比べ寛解しにくいという結果が示された5).また,初発うつ病の5年経過におけるクラスターCパーソナリティ障害(回避性,依存性,強迫性)の有無の影響をみると,同パーソナリティをもつ患者のほうが寛解しにくく,また寛解した後もより再発しやすいという結果であった4).別の研究でも,うつ病の慢性化に影響する因子として,回避性パーソナリティ障害であることやより高齢であることが挙げられた13)
 ほかにもSouery, D.ら20)は,難治性に関連する因子として,17歳以下の発症(躁的成分の1つ),不安症,パニック症,社交不安症,パーソナリティ障害の併存を挙げているが,当科に入院した当事者の結果はそれを支持するものと思われる.

表1画像拡大表2画像拡大
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II.アドヒアランス
 Sawada, N.ら18)が後方視的に367名のうつ病患者を調査したところ,1ヵ月で3割,半年で半数以上が治療につながらなくなることがわかった.別の調査ではあるが,服薬を中断した理由で最も多かったのは,図3のように「症状がよくなったから」,次いで「依存性が心配だから・薬をやめられなくなるのがこわいから」が挙げられ,服用期間や依存性がないということについての説明の重要性,そして副作用が少ないことが大切と再認識された19)

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III.薬剤の反応そして治療抵抗性うつ病の予測
 抗うつ薬の使い分けについては以前から議論となっているが,2015年に発表されたInternational Study to Predict Optimized Treatment in Depression(iSPOT-D)Trialのうつ病の各サブタイプ(不安併存,非定型,メランコリー型など)に対する抗うつ薬の効果をみると,どのサブタイプにおいてもSSRIまたはSNRIが同様に反応しており3),どのタイプのうつ病に対してどの薬剤がよいとはいえないことがわかった.むしろ,STAR*D研究レベル1におけるcitalopramによる寛解をみた研究において簡易抑うつ症状尺度(Quick Inventory of Depressive Symptomatology-Self Report:QIDS-SR)の各項目における変化に焦点をあててみると,うつの中核症状がすべて投与2週間後の早期に改善し,また2週間で症状がより大きく反応した場合,予後がより良好であることが示された17).このことから,現在あるエビデンスのなかではどのタイプのうつ病にどの抗うつ薬がよいという使い分けは意味がなく,むしろその早期反応性に注目し評価していくことの大切さが示唆される.
 英国モーズレイは治療抵抗性うつ病の重症度の重みづけとして,表3のような要素における軽重により3~6点を軽症,7~10点を中等症,11~15点を重症としており,点数が高いほどうつが遷延することを証明した6)
 Fekadu, A.ら7)は2剤が無効な難治性うつ病でもさまざまなアプローチによって6割が寛解するとしたが,社会的サポートがあると1.76倍寛解しやすいとした.また,Wiles, N.ら22)は,抗うつ薬1剤を6週間投与してもうつ症状が持続する例に認知行動療法(cognitive behavioral therapy:CBT)を通常ケアに足した群と通常ケア群のみとで比較したところ,CBTを足した通常ケア群における寛解率が2.30倍多かったとした.Nakagawa, A.ら14)もわが国の現場でも同様の報告をしている.このように難治性うつ病だとしてもその転帰の予想をしていき,社会的サポートやCBTを足していくことなどが重要とわかる.

表3画像拡大

おわりに
 うつ病治療を始める前に,診断(不安症・パーソナリティ障害の併存も含め),社会的状況についてきちんと確認することが必要と考える.そのうえで抗うつ薬を使用するならば,その早期反応性に注意して予後を予測することも一考に値する.抗うつ薬が奏効しなかったならば,上記について振り返りを行いつつアドヒアランスに配慮し,社会的サポートの充実やCBTの付加を試みることが望ましいのではないだろうか.

利益相反
 過去1年間で利益相反関係にある企業
 日本イーライリリー,大塚製薬,大日本住友製薬,武田薬品工業,ファイザー,Meiji Seikaファルマ,ヤンセンファーマ(以上,講演料),大日本住友製薬(原稿料)

文献

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