Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第10号

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特集 公認心理師のカリキュラム等検討会報告とさまざまの領域における精神医学と心理学の協働
産業領域における精神医学と心理学の協働
金井 篤子
名古屋大学大学院教育発達科学研究科
精神神経学雑誌 120: 935-941, 2018

 公認心理師法が成立し,ますます精神医学と心理学の協働が期待されている.本稿では,産業領域における心理学の位置づけについて報告し,さらに産業領域における精神医学と心理学の協働について,その現状と今後の方向性について検討した.心理学では,公認心理師の制度がスタートし,そのなかで,産業領域における活動が規定された.この産業領域における心理的支援である「産業心理臨床」について,対象者が広範にわたること,それに対して,支援者たる精神科医と公認心理師等の数が限られていること,対象者のキャリアとメンタルヘルスの両面に着目すべきことなどの特徴を述べた.また,現状行われている精神医学と心理学の協働としては,他の専門職と連携をとりつつ,生物学的要因と心理社会的要因で,精神医学と心理学が住み分けを行い,協働していることを示した.最後に,今後の協働の中核の活動として,メンタルヘルス制度の実質化が期待されていることを述べた.

索引用語:公認心理師, 産業領域, 産業・組織心理学, 産業心理臨床, 協働>

はじめに
 産業領域においては,働く人が職場で生き生きと働けることが重要な事柄であるが,残念ながら,職場におけるメンタルヘルス上の問題が非常に大きくなっている.経済状況の低迷を背景に,非正規労働,長時間労働,パワーハラスメントなど,職場の環境は悪化していると言わざるを得ない.近年の電通における過労自殺事件などはまだ記憶に新しいところである.こういった職場におけるメンタルヘルス上の問題に対し,厚生労働省4)は予防的措置として,改正労働安全衛生法に基づく「ストレスチェック制度」を2015年12月1日に施行した.働く人のメンタルヘルスのためにはその効果的な運用が重要であることは言うまでもない.その要として,精神医学と心理学の協働が欠かせず,これを担う精神科医,臨床心理士に加えて,今後誕生する公認心理師の活動が大いに期待されるところである.しかし,実情としては,産業領域への臨床心理士の従事率は約4%とかなり低い(2015年,臨床心理士登録者数約2万人のうち約800名)6).また,精神科医についても産業医に占める割合がかなり低いと聞く.こうしたなか,実質的なメンタルヘルス支援をどのように進めていくかについては,さまざまな工夫が必要であると考える.このため,本稿においては,産業領域における心理学の位置づけと今後ますます期待される精神医学と心理学の協働について述べる.

I.公認心理師カリキュラムにおける産業・組織心理学
 心理学においては,2015年9月9日に公認心理師法が議員立法により成立し,9月16日に公布され,2017年9月15日に施行された.施行に先立ち,公認心理師のカリキュラムの検討が行われ,カリキュラム中に公認心理師の汎用性の5領域(健康・医療,福祉,教育・学校,司法・犯罪,産業・組織)が明記されることとなった.このたびの公認心理師のカリキュラムにおいて,産業・組織心理学は表1のように位置づけられることとなった.
 ここで,産業・組織心理学について紹介しておきたい.産業・組織心理学とは,産業や組織における人間行動の心理学的メカニズムを研究対象とする学問である.主に,人事領域,組織行動領域,消費者行動領域,安全とリスク管理領域の4つの領域に分かれる(表2).いずれも,働く職場をどのように改善していくかについての心理学的知見を探求しており,産業領域における公認心理師としては,当然心得ておくべき重要な知見であるといえる.

表1画像拡大表2画像拡大

II.産業心理臨床とは
 産業領域における心理的支援を,産業心理臨床と呼んでいる.産業心理臨床は,「働く」ことに関連した心理的支援を目的としている.しかし,「働く」ことは人生,すなわち「生きる」ことと大きく重なっている.産業心理臨床とは,働くすべての人を対象とし,働くことは生きることを背景として営まれていることを意識しつつ,人が働くことに伴うさまざまな思いを整理し,自らの働く意味を見出すことを支援することにより,人が働くことを支えていこうとするものである.すなわち,「働く」こととこれを通じて「生きる」ことを支援する心理臨床といってよいだろう.以下に,産業心理臨床の特徴と考えられる諸点について述べる.

1.働くすべての人を対象として
 それでは,産業心理臨床の対象はどのくらいいるのであろうか.わが国の総人口(2014年)は12,710万人,うち15歳以上人口は11,082万人である.労働基準法で,15歳以上が最低就労年齢とされている.うち労働力人口6,587万人(労働力率59.4%)で,労働力人口は就業者(6,351万人)と失業者(236万人,完全失業率3.6%)に分類される3).産業心理臨床ではこれらの就業者や失業者の心の悩みや問題を対象とするが,近年第一次予防の重要性が強調されており,悩みや問題が重篤な疾病や障害に結びつく前に介入することが期待されていること,またさらにそれ以前の,そういった悩みや問題が生じない(あるいは早期に解決できる),より生き生きとした職場づくりが注目されていることから,すべての就業者,失業者が対象になると言っても過言ではない.
 さらに,非労働力人口のうち,これから就職する人の支援として,例えば学校での進路指導やキャリア教育などの場面においても,産業領域の知識は不可欠である.また,近年はリワーク(復職支援)部門を設ける病院も多くなっており,医療領域においても産業領域の知識を必要とする状況である.以上のことから,産業心理臨床の対象は,産業領域にとどまらず,医療領域,教育領域に及び,さらに対象とする人数は増加すると考えられる.

2.産業領域における心理的支援者数
 一方,支援者数はどのような状況であろうか.臨床心理士のうち産業・労働の機関に勤務しているものは2011年8月時点で800名弱6)であり,臨床心理士会の会員数(2015年7月現在で19,533名)の約4%である.産業カウンセラーの登録者は2014年9月時点で26,333名7),標準レベルキャリア・コンサルタントは2017年4月時点で26,639名(2016年4月に国家資格化),国家資格2級キャリア・コンサルティング技能士7,976名,国家資格1級キャリア・コンサルティング技能士289名1)である.以上の数字を総計したとしても,対象者数を考えると,支援者資源は非常に限られているというのが現状である.

3.社会経済情勢や会社,職場の影響
 産業心理臨床の特徴として,産業領域で生じるさまざまな心理的問題では他の領域にも増して,社会経済情勢の影響を受けることに留意が必要である.このとき,①問題の所在と,②現実原則という,2つの視点が重要である.
 まず,①問題の所在はどこにあるかという点である.例えば,大学まで出たのだから,当然正社員として働くべきだという向きはもっともであるが,日本の雇用状況としては,近年非正規化が進み10),2016年時点で37.5%が非正規雇用である.この事実を無視して,やみくもに正社員になることを支援することは,場合によっては,かえって個人を追い詰めてしまうことになりかねない.今個人の問題として出現している問題は,実は組織や社会の問題でもあることを認識しておきたい(図1).
 もう1つは,②現実原則である.働くということは,生活のためのお金を稼ぐということであり,いろいろと理想はあっても,その現実を無視することはできないし,問題の所在によっては,個人の力ではどうしようもないこともある.もちろん,そういった問題に対して,いつか解決をめざすことは重要であるが,すぐに解決できるとは限らない.そのため,現実と折り合いをつけていくことが必要となる.

4.職場の多様性(ダイバーシティ)
 もう1つの産業心理臨床の特徴として,グローバリゼーションと人権意識の高まりから,職場では「ダイバーシティ・マネジメント」が推進されていることが挙げられる.ダイバーシティ・マネジメントとは,多様性が企業や行政などの組織の生産性や発展に貢献するという考えをベースに,多様な人材を積極的に活用しようという考え方である.人種,国籍,宗教,性別,性的指向,年齢,障害などのほか,個人や集団の間で違いを生み出す可能性のあるあらゆる要素を含む.
 現実的にはダイバーシティの実現はそれほど簡単ではない.考え方を変えるということもさることながら,働く仕組みそのものの変更を必要とするからである.すなわち,葛藤が生じる.これは過渡期ゆえの葛藤でもあるが,しかし,現時点において,何らかの対処をする必要性がある.多様な対象が産業領域には存在しており,それぞれ固有の支援を必要としている点も産業心理臨床の特徴である.

5.2つの視点―キャリアとメンタルヘルス(光と影)の支援―
 産業心理臨床は大きく2つの視点から考えることができる.まず1つは,働くことを通じて形成される個人のキャリアの視点であり,もう1つはメンタルヘルスの視点である.いわば,キャリアは光の部分であり,メンタルヘルス不調は影の部分である.従来心理臨床では,影の部分の支援に力がそそがれてきたが,特に産業領域では,光と影のように表裏一体となった,キャリアとメンタルヘルス不調予防の両面を視野に入れていくことが期待される.
 このことから,産業心理臨床におけるアセスメントは以下のような視点を必要とする.①個人のキャリア開発志向のアセスメント,②キャリア・ストレッサーと問題の所在のアセスメント,③個人の感情の統制の程度や洞察の可能性のアセスメント(水準の査定を含む),④対処資源のアセスメント,すなわち,個人と環境(組織)の両面のアセスメントである.表3にアセスメント項目の具体例を示した.

図1画像拡大
表3画像拡大

III.産業領域における精神医学と心理学の協働
1.産業領域における精神医学と心理学の協働の現状
 緒方8)によれば,実際の協働は,事業所規模によって異なってくる.まず,比較的大規模事業所で健康管理部門に常勤産業医が複数と精神科専門医(心療内科医),産業看護師,産業保健師が配置され,さらにカウンセリングルームが設置され臨床心理士等が常勤している場合は,従業員の健康管理については身体的問題と精神的問題について分担され,それぞれ専門家が担当していることが多い.身体的問題については産業医を中心に産業看護師と産業保健師が担当し,精神的な問題については精神科専門医(心療内科医)が担当する.職場の人間関係や仕事への適応などの問題がある場合には臨床心理士等がカウンセリングを行う.また,小規模事業場の場合は,産業医が非常勤で,産業看護師あるいは産業保健師が1~2名常勤している場合が多く,臨床心理士等においては月に1回程度の非常勤契約を行っている場合が一般的である.このような場合,常勤の産業看護師,産業保健師が従業員の心身両面の健康問題の対応をすることになるのでその負担は大きく,非常勤の臨床心理士等との連携は不可欠であり,意見を求められることも多い.
 指原9)は産業医の立場から,精神科医や臨床心理士等と連携をとる際に,特に,障害の視点から,「統合失調症は生物学的要因(脳の機能的・器質的障害)が発症に大きな影響を与えることから,必ず精神科専門医と連携する.一方,適応障害は心理社会的な要因がその発症に大きく関与しており(脳の機能的・器質的障害は軽い),職場のストレス状況を正確に把握し,早期の対応が必要となるので,まず臨床心理士等に相談することは合理的である.(中略)ただ,適応障害の診断基準に『他の精神疾患の診断基準を満たしていない,そしてすでに存在している精神疾患の単なる悪化ではない』という項目があり,初期の対応として精神科の受診と臨床心理士等の心理面接を同時に行うという二段構えが実際的である」と述べている.
 以上のことから,現状では,対象者数に対して,支援者数が少ないという限られた資源のなか,他の専門職と連携をとりつつ,生物学的要因と心理社会的要因で,精神医学と心理学が住み分けを行い,協働しているということがいえる.

2.ストレスチェック制度における精神医学と心理学の協働
 今後の精神医学と心理学の協働の中核となると考えられるのが,ストレスチェック制度である.ストレスチェック制度は,厚生労働省4)が,精神障害の労災認定件数が3年連続で過去最高を更新するなど増加していることに対し,労働安全衛生法の一部改正(第66条10)を行い創設したものである.具体的には,医師,保健師などによるストレスチェックの実施を事業者に義務づけ(ただし,従業員50人未満の事業場については当分の間努力義務),事業者は,ストレスチェックの結果を通知された労働者の希望に応じて医師による面接指導を実施し,その結果,医師の意見を聴いたうえで,必要な場合には,適切な就業上の措置を講じなければならない.ストレスチェックは2016年12月から実施されており,職場のメンタルヘルスケアの中核として,位置づけられつつある.その意味から,ストレスチェック制度は,精神科医,公認心理師等の活動の中核にも位置づけられ,今後その実質化をめざしていくこととなると考えられる.

おわりに
 職場環境は残念ながら悪化し,職場のメンタルヘルスの問題はますます大きくなっている.すなわち,職場のメンタルヘルス施策はまだ十分ではない.
 産業領域における精神医学と心理学の協働については,現状で一定の協働がなされているが,個人と組織の精神的健康を目的として,さらに有効な協働が行われる必要があると考えられる.その際,対象者と支援者の数のアンバランスにどのように対応するのか,また,より有効な協働の方向は何かについて,さらに議論していく必要があるだろう.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) キャリア・コンサルティング協議会: キャリア・コンサルタント資格保持者. 2017 (http://new.career-cc.org/about/) (参照2017-09-25)

2) 金井篤子: 産業場面におけるカウンセリングのアセスメント. 臨床心理査定研究セミナー (現代のエスプリ別冊, 森田美弥子編). 至文堂, 東京, p.115-126, 2007

3) 厚生労働省: 労働統計要覧 (平成26年度). 2015

4) 厚生労働省: 労働安全衛生法が改正されました. 報道発表資料2014 (http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000049191.html) (参照2017-09-25)

5) 厚生労働省: 公認心理師カリキュラム等検討会報告書. 2017 (http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000167172.html) (参照2017-09-25)

6) 日本臨床心理士会: 「第6回臨床心理士の動向および意識調査」報告書. 2012

7) 日本産業カウンセラー協会: 会員支援サービスに関する意識調査 (平成26年10月実施). 2015 (http://www.counselor.or.jp/research/tabid/192/Default.aspx) (参照2017-09-25)

8) 緒方一子: 職場における連携. 産業心理臨床実践 (金井篤子編). ナカニシヤ出版, 京都, p.159-164, 2016

9) 指原俊介: 産業医学の基礎知識と新たな視点―心理臨床の産業保健への展開に向けて―. 同書. p.103-116

10) 総務省統計局: 労働力調査長期時系列データ. (http://www.stat.go.jp/data/roudou/longtime/03roudou.htm) (参照2017-09-25)

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