BPSDは誰が診るのか? 誰が診られるのか? を新オレンジプランの視点から論じた.すべての医師が認知症についての知識があり,他科専門領域と連携をとり,包括的に介護保険領域とも連携しながら治療にあたるのが理想である.BPSDが軽度で介護する側に負担がかからない時期であれば,かかりつけ医を主に,専門医と連携をとりながら診ることは可能である.しかし,重度のBPSD状態で介護困難な状況に陥った場合,非薬物療法での対応が第一選択になり,薬物療法は第二選択となることが多い.それでも対応が困難な場合には,精神科における認知症治療病棟(閉鎖病棟)での短期的入院が奏効する場合もある.認知症専門医となる医師は,精神科医,神経内科医,脳外科医,老年病科医および総合診療科に所属する医師が多い.そのなかで精神科医が認知症を診る役割の特性を挙げるならば,精神科医はBPSDの中心をなす精神症状を診る専門家である.また,抗精神病薬の使用頻度は他科と比較して圧倒的に高いので,症状に応じた抗精神病薬を処方することに特化している.重度のBPSDの際には,必要に応じて閉鎖病棟での最小限の入院治療も可能である.つまり,認知症疾患において,精神科医は認知症を診ていく上で他科とは異なる重要な立場にあり,認知症患者の全病期にわたり対応が可能な診療科は精神科であると思われる.認知症専門医ばかりでなくすべての医師が認知症に関心をもち,たとえ認知症であっても通院や入院,入所を拒否されることがない地域が全国に広がることになるのを著者は祈念している.認知症にかかわる課題は医療や介護だけでなくあらゆる立場の人が社会全体で認知症をみるという姿勢でかかわっていくことが最も重要であろう.
静岡大学
はじめに
認知症は800万人時代ともいわれ,もはやcommon diseaseといえよう.医療・介護関係に限らず誰もが認知症について正しく知ることが必要になっている.認知症の症状のなかでも,とりわけ認知症患者を取り巻く家族や介護者を混乱・疲弊させる症状は,認知症における行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)である.
まず,認知症の主要国における国家的取り組みについて概観し,続いてわが国における新オレンジプラン,さらには福井県嶺南地域における取り組みについて述べ,最後にBPSDについて「BPSDは誰が診るのか? 誰が診られるのか」について検討する.
I.認知症の国家的取り組み
グローバルな高齢化に伴う認知症患者の増加に直面し,各国は経済的圧迫を招きかねない疾患の1つとして,国家戦略として認知症対策に取り組むようになった.2001年よりフランスをはじめオランダ,オーストラリア,イギリス,デンマーク,アメリカなどでも国家戦略として認知症施策を位置づけている.わが国においては2012年9月,認知症対策が国家戦略として明確に位置づけられ,認知症施策推進5か年計画「オレンジプラン」が公表された.この計画は,これまでの病院・施設を中心とした認知症ケア施策を,できる限り住み慣れた地域で暮らし続けることのできる在宅中心の認知症施策へとシフトすることをめざすもので,地域で医療や介護,見守りなどの日常生活支援サービスを包括的に提供する体制づくりや認知症初期集中支援チームや認知症ケアパスなど具体的な方策がまとめられた.認知症初期集中支援チームの設置に関しては,2012年度より全国で3ヵ所(仙台市,世田谷区,敦賀市)でモデル事業が始まり,2013年度からは全国で10ヵ所のモデル事業に広がり,全市町村での設置を目標とした.著者も敦賀市にて当該モデル事業に参加している.
世界的にはイギリスにおいて,2013年12月に「G8認知症サミット」が開催され,世界認知症特使と世界認知症会議が設立された.2014年11月には,認知症サミット日本後継イベントが東京で開催され,そこで安倍総理大臣は,「私は本日ここで,わが国の認知症施策を加速するための新たな戦略を策定するよう,厚生労働大臣に指示をいたします.わが国では,2012年に認知症施策推進5か年計画を策定し,医療・介護等の基盤整備を進めてきましたが,新たな戦略は,厚生労働省だけでなく,政府一丸となって生活全体を支えるよう取り組むものとします」と宣言した.
II.新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)
安倍総理大臣の指示を受け,国家戦略として2015年1月27日より新オレンジプラン(認知症施策推進総合戦略)が提唱された.新たな戦略の策定にあたっての基本的な考え方は,「認知症の人の意思が尊重され,できる限り住み慣れた地域の良い環境で自分らしく暮らし続ける社会の実現をめざす」ものであり,①認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進,②認知症の容態に応じた適時・適切な医療・介護などの提供,③若年性認知症施策の強化,④認知症の人の介護者への支援,⑤認知症の人を含む高齢者にやさしい地域づくりの推進,⑥認知症の予防法,診断法,治療法,リハビリテーションモデル,介護モデルなどの研究開発およびその成果の普及の推進,⑦認知症の人やその家族の視点の重視の7つからなるものである(表1).
そのなかの1つの課題である認知症への理解を深めるための普及・啓発の推進については,認知症サポーター養成講座が国を挙げて行われている.この事業は,特定非営利活動法人地域ケア政策ネットワーク全国キャラバン・メイト連絡協議会が中心となり,2005年から始まった.当時は5年間で100万人の認知症サポーターをめざしたが,新オレンジプランでは800万人をめざしている.2016年3月現在,認知症サポーター数はすでに750万人に達している.2013年6月,厚生労働省研究班調査1)では,認知症患者の推計値が462万人,軽度認知機能障害(mild cognitive impairment:MCI)の認知症予備群は400万人と公表され,認知症800万人時代といわれるなか,その数に近い認知症サポーターが存在し,今後ますますの啓発活動が期待される.
III.地域(敦賀・若狭町エリア)における認知症の取り組み
医療法人敦賀温泉病院(以下,当院)は1991年4月に開設され,1995年4月には同法人にて老人性認知症疾患センターを開設した.1997年4月には重度認知症デイケア,2006年1月には老人性認知症治療病棟の認可を受け,BPSDの治療・リハビリテーションを行っている.2011年4月からは認知症疾患医療センターの指定を受け,主に福井県南部の嶺南地方における認知症治療の専門病院として認知症の普及・啓発活動を積極的に行っている.1990年の開院当時は,BPSDが重度化してからの受診が多く,即入院を求める初診の認知症患者が多かった.そのため一旦入院すると,入院は長期化する.重度の認知症患者が入院する認知症治療病棟は,BPSDに対応するための病棟であるため,病棟構造は簡素化して危険のないように設計され,生活はリスク予防に重点を置いたシステムとなっている.リスク予防における過度な医療的介入を継続したまま入院が長期化することは,生活能力やADLの低下につながりかねない.さらに,重度のBPSD対応のために使用する抗精神病薬などによる副作用の問題,身体合併症の問題,あるいは家族のBPSDによるトラウマなどの複雑な要因が絡み合い,入院が長期化し,その後の在宅医療・ケアや家族との同居が困難となっている.
当院では,重度化して入院するBPSDの予防のためには認知症の啓発が必要であると考え,認知症の危険因子,記憶障害,見当識障害,BPSD,せん妄などを48項目でチェックする認知症における行動観察シート(Action Observation Sheet:AOS)2)3)を用い,各機関(地域包括支援センター,訪問看護ステーション,デイサービス,施設,病院,かかりつけ医など)と連携して早期発見のしくみを確立し,早期の対応・治療に結びつけている.
また,嶺南地域の中央に位置する若狭町には,介護老人保健施設「ゆなみ」が1998年に開設している.認知症の早期受診には本人や周囲の理解などが不可欠であるが,若狭町では町民に対して認知症への正しい理解の周知を図り,認知症専門の看護師が認知症の早期発見,BPSDの予防・早期治療や在宅医療につなげる訪問活動を行っている.若狭町の2004~2008年の調査では,認知症高齢者数は14.5%,MCIはその1.8倍にも上ることがわかり,認知症ケアの視点で町のあり方を考える「プロジェクト若狭」を2008年に立ち上げ,活動を開始している.2016年現在,全国市町村のなかで,若狭町は認知症サポーター・キャラバン数が一番多く,2人に1人が認知症サポーターとなっている.
IV.BPSDについて
先述の通り,BPSDは認知症における行動および心理症状を意味する.行動症状で問題となるのは徘徊や暴力行為,不潔行為などである.心理症状としては幻覚や妄想,抑うつ気分などである.BPSDを引き起こす要因は認知症症状を生じる疾患によっても異なるが,記憶障害や見当識障害などの有症状者にストレスがかかった場合にBPSDが生ずるものが多い.例えば,環境の変化(引越し,入院など),不適切な対応,身体的要因(脱水,発熱,血圧の変動,身体疾患,薬など)などである.その他,巣症状,高次脳機能障害としてBPSDが出現する場合もある.右半球の障害で妄想が生じたり,後頭葉の障害で幻視が生じたり,前頭葉や側頭葉の損傷で性格の変化が生ずる場合もある.BPSDの症状により,介護負担度も異なる.レビー小体型認知症における幻視は,初期には患者自身その幻視に驚きを示すことが多いが,次第に驚きを示さなくなることも多く,幻覚を否定せず共感的態度で介助者が接すれば比較的負担感は低い印象である.一方で,人物誤認の症状は,自分の所有物や家族などに対して「私のものではない」という被害感を抱きやすく,さらに嫉妬妄想などに発展する場合には易怒性や暴力行為を生じやすい.徘徊も介護負担の多い行動である.環境条件や対応の仕方によりBPSD症状は増悪・軽快を推移する.認知症の経過によっても,診察や対応方法は変わってくる.BPSDが強いときには,一時的に拘束や隔離が必要な場合もある.精神科における閉鎖病棟での入院は,レスパイト機能として最低限の病床を確保する必要があるだろう.病床というレスパイト・バックアップ機能があるからこそ,BPSDが緩和すれば患者は自宅や施設に戻ることが可能になる.
BPSDを予防するためには,BPSDを含む認知症の諸症状を理解し,BPSDを悪化させる要因を回避したり,早期に治療することが必要である.そのためには,認知症を正しく知ってもらう啓発こそが重要なのである.例えば,BPSDを誘発・悪化させる可能性がある薬物に関する知識を事前に家族に伝えることでBPSDの発現は回避できるかもしれない.身体状況についても,生活習慣病はもとより脱水や栄養障害にも家族が注意を払えるようになる.BPSDが出現しても,症状として理解していれば家族はあわてることなく対応し,早期受診にもつなげることができる.入院したとしても短期間の入院にとどまることも多い.
V.新オレンジプランからみるBPSD
オレンジプランから新オレンジプランへの改定に伴う大きな変更点は「循環型」という考え方である.新オレンジプランの循環型のシステムとは,切れ目のないサービス,適時・適切な医療・介護などの提供をしようとするものである.新オレンジプランへの改定に対する捉え方は一様ではない.例えば,精神科医療側からみると,「精神科」という言葉が一切使用されておらず,「改悪」と捉える意見がある.その反面,これまでのオレンジプランでは「住み慣れたところ」で暮らし続けられるということがめざされ精神科病棟への入院は念頭に置かれていなかった感があるのに対し,新オレンジプランの「循環型」は,精神科病棟への入院を容認したのではないかと懸念する声もある.
BPSDはどこで相談すればいいのか,どこで診てもらえばいいのか.介護面では地域包括支援センターが中核的役割を担い,医療面では各地域の認知症疾患医療センターが中心的役割を担う.介護面では,現場の介護技術だけでなく医療的知識も強化し,ケアをよりevidence-basedなものにシフトしていくことが求められる.一方,医療面では,診察室のみで患者を身体的・脳機能的に診るのではなく,生活現場を知り,生活史や家族関係,利用できる社会資源などにも関心を高め全人的に患者を理解しようとすることが重要である.このように,介護面・医療面双方からの歩み寄りによってより質の高い対応が患者に提供可能になるだろう.
次に,認知症の診療科に関して考察したい.精神科,神経内科,脳外科,老年病科あるいは総合診療科のいずれが診るのだろうか.それに関する答えとして,著者は,認知症を診るためには1つの診療科だけでは不十分であり,すべての科が協働して初めて達成可能なものであると考える.精神科の視点からは,うつ病や統合失調症の鑑別が重要である.精神療法や薬物療法,関係機関との連携は,他の精神疾患と同様に行われている.また,重度のBPSDが出現すれば,患者の安全確保のために一時的に閉鎖病棟への最小限の入院が必要になることもある.他にも,高次脳機能的,薬理学的な説明を含めた認知症の心理・疾患教育的アプローチ,家族や介護者への援助(心理療法,虐待防止など),認知症治療病棟での包括的かつ一時的なバックアップ,および認知症の啓発活動などが挙げられる(表2).
神経内科は,神経学的所見,画像診断や髄液・血液検査などにより細かく認知症を観察・分析し,神経内科的疾患の鑑別・治療を得意とする診療科である.脳外科は,脳腫瘍や慢性硬膜下血腫,正常圧水頭症,脳血管障害などの診断を行うとともに,脳外科的手術の適応などを決定するためには欠かせない診療科である.老年病科は,身体合併症やせん妄との鑑別診断を最も専門的に行うことができる診療科といえよう.総合診療科は,多くの疾患を鑑別できることが強みであり,認知症の早期発見・診断においてもますます力を発揮することが期待されるだろう.ここでは列挙できなかったが,すべての科の医師が認知症に関心をもち,それぞれの得意分野を活かし,適時・適切な連携のもと適切な科で診療されることが望ましい.可能な限りすべての医師が認知症の知識の向上を図り,早期発見・早期連携・早期治療のための医療内連携を推進することが望ましいだろう.医師は,薬剤処方に関することのみでも,患者が適切に服薬管理できるのか,場合わせをしていないかなど,認知症に特有の症状を見抜かなくてはならず,どの科の医師においても治療をしていく上で認知症の知識は欠かせない.
逆に,著者のような精神科における認知症の専門医であれば,認知症の知識ばかりでなく内科・老年病科・神経内科的および神経心理学的な知識も同時に求められる.認知症医療チームとしての医師の役割は,診察・鑑別診断・治療ができるだけでなく,そのチーム内で看護師や介護士,リハビリスタッフ(OT,ST,PTなど),ソーシャルワーカー,臨床心理士,ケア・マネジャーなどの各専門職と連携を適時とりながらチーム一丸となって患者や家族をサポートすることだろう.繰り返しになるが,BPSDは周囲の認知症症状に対する理解不足から生じることも多いため,認知症の啓発は最も大切で今後も継続していく必要がある.
おわりに
以上みてきたように,急速に高齢化が進むなか,わが国においては,認知症対策が重要な国家戦略の1つとして位置づけられ2012年にオレンジプランが公表された.これに基づき,そしてさらにいくつかの変更が加えられ,2015年に新オレンジプランが打ち出された.新オレンジプランにおいては,BPSDに対する適切な対応として,最もふさわしい場所で適切なサービスが提供される循環型の仕組みを構築することがめざされている.BPSDに対しては,介護面と医療面双方からアプローチし,全人的に患者を理解することが重要である.認知症の診療に関しては,精神科,神経内科,脳外科,老年病科,総合診療科などすべての科が協働する必要があろう.それを大前提としつつ,各診療科はそれぞれの長所を最大限に活かした対応が求められる.なかでも,精神科が果たせる役割は大きいだろう.第一に,BPSDにおいては,薬物療法だけでは対応が難しいことが多いため,BPSDの問題行動の根底にある心理・行動分析をすることが重要である.そのような分析を診療場面で日頃から行っているのは精神科である.第二に,BPSDにおいては幻覚や妄想や意欲低下などの他の精神疾患と共通した症状がみられる.そのため,うつ病や統合失調症などと誤診される可能性がある.しかし,精神科医は,日常的に精神疾患を専門的に診療しているため,誤った診断をするリスクが少なく,BPSDをより確実に鑑別できるだろう.第三は,精神科医は,抗精神病薬の投薬に関するプロフェッショナルであることだ.日頃から抗精神病薬を患者に処方しているため,BPSDに関しても適切な薬剤の選択,適切な用量の処方が可能である.第四は,精神科医療においては従来から地域連携が不可欠であったため,すでに連携のネットワークが整備されているというメリットがある.例えば,日頃から患者だけでなく,家族の介護負担感などを聴取・アセスメントすることにより,介護者の負担を軽減したり,必要に応じて,ショートステイやレスパイト入院の提案ができ,さらには,虐待予防,介護うつ病の予防などの家族のフォローアップをも継続的に担うことができる.これらの精神科の特徴は,認知症患者を地域で包括的にケアする循環型システムに対応しているといえる.その意味で,精神科がBPSD治療において果たす役割は大きいといえよう.
精神科以外の診療科や他の専門職にも同様にそれぞれの強みがある.すべての医療・介護従事者が認知症に対する理解を深め自身の専門性を活かしつつ連携することで「BPSDを診る」ことが初めて可能になるだろう.さらには,認知症サポーターを普及し,啓発活動などの力を借りながら,国民全体が認知症を正しく理解し,差別や偏見をもたずに認知症と向き合うことのできる社会が実現されることが望ましい.科学技術の発達に伴い,わが国では人と人の間の心の交流が希薄になってきた感があるが,認知症という国家的課題に直面した今,国民同士が力を合わせ心の絆を再構築することで,超高齢化が加速するわが国を「やさしさ大国」として成熟させていくことができるのではないか.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.