Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第117巻第6号

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総説
解離性障害をいかに臨床的に扱うか
岡野 憲一郎
精神神経学雑誌 117: 399-412, 2015

 本稿は解離性障害を精神医学的な立場からいかに臨床的に扱うかというテーマで,特に解離性同一性障害と解離性遁走に焦点をあてて論じた.まず初回面接に関し,来談まで行き着いた患者をねぎらいつつ,幼少時のトラウマに焦点をあてた病歴を聴取する必要があること,幼少時から兆候のみられるような健忘や幻聴などの体験に注意を払うことを強調した.また診断の根拠や解離性障害の性質を患者に説明することの意義にもふれた.次に診断については,個々の解離性障害の症状を解説し,解離性同一性障害と解離性遁走は基本的に大きく性質を異にする障害であることを示した.また解離性障害がしばしば誤診を伴う事情について述べ,特に精神病との鑑別の重要性を論じた.その他鑑別上重要なものとして,境界性パーソナリティ障害,側頭葉てんかんなどを挙げた.最後に解離性障害の治療論について述べた.解離性同一性障害における個々の人格部分の存在は,患者が過去に直面した外傷性のストレスに対処したりそれを克服したりするうえでの適応的な試みを表していること,人格部分の精緻化や新たな出現,ないしはそれらの消退は,その患者個人の体験するライフイベントに影響を受けつつ独自に展開する可能性があることを示した.さらに段階別の治療では,第1段階として安全性の確保と症状の安定化と軽減を,第2段階としては主要な人格部分が解離以外の適応手段を獲得することへの援助,第3段階としてはコーチングと家族相談の継続を挙げた.解離性同一性障害の人格部分の理想的な調和を阻む要素として,加害者との継続的な接触,家庭内暴力などによる慢性的で深刻なストレス,うつ病などの精神医学的ないしは慢性疾患などの身体的な併存症などを論じた.

索引用語:解離性障害, 解離性同一性障害, 解離性遁走>

はじめに
 本稿では解離性障害をいかに臨床的に扱うかというテーマで論じる.扱う精神疾患は転換性障害を含む解離性障害一般であるが,その中でも解離性同一性障害(dissociative identity disorder:DID),解離性遁走(dissociative fugue:DF)については臨床上の扱いの難しさもあり,特に詳しく論じることにする.

I.解離性障害をもつ患者にいかに出会うか
 解離性障害を有する患者と出会い,初回面接を行う際の留意点についてまず論じる18)
 解離性障害の初回面接は,患者が「解離性障害(の疑い)」として紹介されてきた場合と,統合失調症や境界性パーソナリティ障害の診断のもとに紹介されてきた場合とではかなり事情が異なる.本稿では解離性障害の可能性があると思われる患者について,その鑑別診断を考慮しつつ初回の面接を行うという設定を考えて論じることにする.ちなみに解離性障害は決して珍しい障害ではない.一般人口の1~5%にみられるという見解もあり24),精神科医が一般の臨床で実際に出会うことは決して少なくない.また解離性障害についての認知度が増すに従い,それが見逃される可能性は少なくなってきているであろう.

1.「ここに来るまで大変でしたね」という気持で迎える
 解離性障害の中でも特にDIDの初回面接においては,患者はしばしば面接者に警戒心をもち,自分の訴えをどこまで理解してもらえるかについて不安を抱えている.面接者は患者にはまず丁寧に挨拶をし,初診に訪れるに至ったことへの敬意を表したい.DIDの患者は多くの場合,すでに別の精神科医と出会い,解離性障害とは異なる診断を受けている.患者が持参する「お薬手帳」には,過去に統合失調症を疑われた名残としての抗精神病薬(risperidone,olanzapineなど)の処方がみられるかもしれない.またそのような経験をもたなかった患者も,その症状により周囲から様々な誤解や偏見の対象となっていた可能性を,面接者は念頭におかなくてはならない.
 解離性障害の患者が誤解を受けやすい理由は,解離(転換)の症状の性質そのものにあると考えられる.DIDのように心の内部に人格部分が複数存在すること,一定期間の記憶を失い,その間別の人格としての体験をもつこと,あるいは転換性障害のように体の諸機能が突然失われて,また回復することなどの症状は,私たちが常識的な範囲で理解する心身のあり方とは大きく異なる.そのためにあたかも本人が意図的にそれらの症状を作り出したりコントロールしたりしているのではないか,それにより相手を操作しようとしているのではないか,という誤解を生みやすい.そして患者はそのように誤解されるという体験を何度も繰り返す過程で,医療関係者にさえ症状を隠すようになり,それがさらなる誤解や誤診を招くきっかけとなる.
 初診に訪れた患者に対してまず向けられる質問は,患者の「主訴」に相当する部分であろう.もちろん挨拶を交わし,本人の年齢,身分(学生か,会社勤務か,など),居住状況(独居か,既婚か,実家で家族と一緒か,など)の基本的な情報をまず聞いておくことは賢明である.しかしその次の質問は,本人が現在一番困っていること,不都合に感じていることに焦点づけられるべきであろう.
 筆者の経験では,解離性障害の「主訴」には,「物事を覚えていない」「過去の記憶が抜け落ちている」などの記憶に関するものが多い.それに比べて「人の声が聞こえてくる」「頭の中にいろいろな人のイメージが浮かぶ」などの幻覚様の訴えは,少なくとも主訴としてはあまり聞くことがない.それは前者は患者が実際の生活で困っていることであるのに対し,後者は患者がかなり昔から自然に体験しているために,それを不自然と思っていない場合が多いからであろう.

2.現病歴を聞く
 解離性障害の現病歴は,社会生活歴との境目があまり明確でないことが多い.通常は現病歴は発症した時期あるいはその前駆期にさかのぼって記載されるが,特にDIDの場合は,ものごころつく頃にはすでにその症状の一部は存在している可能性がある.たとえ明確な人格の交代現象は思春期以降に頻発するようになったとしても,誰かの声を頭の中で聞いていたという体験や,実在しないはずの人影が視野の周辺部に見え隠れしていた,などの記憶が学童期にすでにあったというケースは少なくない.ただし通常は解離性障害の現病歴の開始を,日常生活に支障をきたすような解離症状が始まった時点におくのが妥当であろう.
 もちろん解離性障害の患者の中には,幼少時の解離症状が明確には見出せない場合もあり,その際は現病歴の開始時を特定するのもそれだけ容易になる.例えばDFの場合は突然の出奔が生じたときが事実上の発症時期とみなせるだろう.また転換性障害についても身体症状の開始以前に特に解離性の症状がみられない場合も多い.
 解離性障害の現病歴をとる際,特に注意を向けるべきいくつかの点を挙げるならば,それらは記憶の欠損,異なる人格部分の存在,自傷行為,種々の転換症状などである.
 患者に記憶の欠損の有無を問うことは,精神科の初回面接ではとかく忘れられがちであるが,解離性障害の診断にとっては重要である.記憶の欠損が解離性障害の診断にとって必須の条件というわけではないが,同障害の存在の決め手となることが多い.人格の交代現象や人格状態の変化は,しばしば記憶の欠損を伴い,患者の多くはそれに当惑したり不都合を感じたりする.しかしその記憶の欠損を認める代わりに,患者の多くは「もの忘れ」がひどかったり注意が散漫だったりすると他人から思われる方を選ぶかもしれない.初診の際も患者は問われない限りは,記憶の欠損にふれない傾向にある.面接者の尋ね方としては,「一定期間のことが思い出せない,ということが起きますか? 例えば昨日のお昼から夕方までとか.あるいは小学校の3年から6年の間のことが思い出せない,とか」などの具体的な問いを向けるのが適当であろう.
 他の人格部分,ないしは交代人格と呼ばれるものの存在に関する聴取は,より慎重さを要する.多くのDIDの患者が治療場面を警戒し,異なる人格部分の存在を安易に知られることを望まないため,初診の段階ではその存在を探る質問には否定的な答えしか示さない可能性もある.他方では初診の際に,主人格が来院を恐れたり警戒したりするために,代わりに他の人格部分がすでに登場している場合もある.診察する側としては,特にDIDが最初から強く疑われている場合には,常に他の人格部分が背後で耳を澄ませている可能性を考慮し,彼らに敬意を払いつつ進めなくてはならない.「ご自分の中に別の存在を感じることがありますか?」「頭の中に別の自分からの声が聞こえてきたりすることがありますか?」などはいずれも妥当な質問の仕方といえるだろう.
 自傷行為については,それが解離性障害にしばしば伴う傾向があるために,特に重要な質問項目として挙げておきたい.「カッティング」(リストカットなど自傷の意図をもって刃物で自分の身体を傷つける行為の総称)は,それにより解離状態に入ることを目的としたものと,解離症状,特に離人体験から抜け出すことを目的としたものに大別される15).いずれの目的にせよ,そこに痛覚の鈍麻はほぼ必ず生じており,その意味ではカッティングは知覚脱失という意味での転換症状の存在を前提としていることになり,それだけ他の解離体験も有している可能性が高くなる.ただし人によってはカッティングが解離症状や過去のトラウマ体験に直接関係していない可能性も否定できず,その他の衝動的強迫的行動(impulsive-compulsive behaviors)(例えば,過食嘔吐,ギャンブル,買い物依存など)についてもいえることである.
 転換性障害を疑わせる身体症状の有無にも注意を払いたい.転換症状はその他の解離症状に伴って,あるいは独立したものとしてみられることがある.身体症状が唐突に生じては止み,内科的な所見がみられない場合などは特にその可能性がある.視力喪失,失声,手足の一時的な麻痺などは,ストレスに関連してしばしば聞かれる.
 解離性障害が強く疑われる患者には,それ以外にも一連の体験,例えば鏡で自分を見ても自分ではない気がすることがあるか否か,自分が所有している覚えのないものを所持していることがあるか否か,などのより詳細な質問を重ねることが筆者は多い.これらは解離体験尺度(dissociative experiences scale:DES)に出てくる質問でもあるが,それぞれが解離症状の様々な側面をとらえたものである.逆にこれらの質問に対して肯定的な答えをする人ほど,DESの点数が高くなることになる.DESは簡便な尺度であり,外来で待ち時間などを利用して患者に施行することで,解離性障害のスクリーニングの手段として大きな情報を与えてくれる25).それ以外にも知覚の異常,特に幻聴や幻視があるかどうかも解離性障害の診断にとって重要な情報となる.その際幻聴の声の主を本人がある程度同定できることは,それが解離性のものであると判断するうえで比較的重要な手がかりとなる.それが自分の中の別の人格部分であると感じられたり,来歴や名前も明らかであったりする場合には,おそらく高い確率でDIDの症状といえるであろう.また幻視は統合失調症では幻聴に比べてあまりみられないが,解離性の体験としてはしばしば報告される.それがイマジナリー・コンパニオン(想像上の遊び友達)のものである場合,その姿は外界の視覚像として体験される場合もある.またそれが実在するぬいぐるみや人形などの姿を借りるということもしばしば報告される.イマジナリー・コンパニオンも含めた幻覚体験は,DIDの場合にはその始まりがしばしば幼少時にさかのぼることも特徴的である.

3.生育歴と社会生活歴
 解離性障害の多くに過去のトラウマや深刻なストレスの既往がみられる以上,その聞き取りも重要となる.特にDIDのように解離症状が極めて精緻化されている場合,その症状形成に幼少時の深刻な体験が深く関連している可能性がある.ただしトラウマの体験やその記憶は非常にセンシティブな問題を含むため,その扱い方には慎重さを要する.特にDIDにおいて幼少時の性的トラウマをはじめから想定し,いわば虐待者の犯人探しのような姿勢をもつことは勧められない.またDIDにおいて面接場面に登場している人格部分が過去のトラウマを想起できない場合や,家族の面接からも幼少時の明白なトラウマの存在を聞き出せないことも稀ではない.さらには幼児期に何が甚大なインパクトをもったストレスとして体験されるかは,大きな個人差がある.繰り返される両親の喧嘩や,親からの厳しい叱責やしつけが,深刻なトラウマを形成することもしばしばある.
 生育歴の聞き取りの際には,その他のトラウマやストレスに関連した出来事,例えば家族内の葛藤や別離,厳しいしつけ,転居,学校でのいじめ,疾病や外傷の体験なども重要となる.その当時からイマジナリー・コンパニオンが存在した可能性についても聞いておくとよいであろう.また患者が幼少時より他人の感情を読み取り,ないしは顔色をうかがう傾向が強かったかどうか,いわゆる「過剰同調性」21)の有無にも注意を払いたい.
 ちなみに筆者にとって最近特に気になるのは,患者の幼少時ないし思春期の海外での体験である.ホームステイ先でホストファミリーから性的トラウマを受けるケースは少なくなく,またその記憶を本人が異国の地で一人で胸にしまっていたという話も頻繁に聞く.幼少時に安全な社会的環境で過ごすことは,人がトラウマや解離性障害から身を守るうえで極めて大切なことである.
 なお思春期以降にみられるDFには,学校や職場での対人関係上のストレスがその発症に大きくかかわっていることが多く,そこにストレスをため込みやすい本人の性格傾向が関係することが多い.

4.精神症状検査
 初回面接が終了する前にできるだけ施行しておきたいのが,精神症状検査(mental status examination)である.精神症状検査とは患者の見当識,知覚や言語や感情や思考などの異常,身体症状などについて一連の質問を重ねたうえで,その所見をまとめる作業である.ただし初回面接でそれをフォーマルな形で行う時間的余裕はあまりなく,およそ5分ほどを使って,それまでの面接の中ですでに確かめられた項目を除外しつつ簡便に行うことが通常である.例えば現病歴の聞き取りの段階で幻覚体験についてすでに把握している場合には,改めて知覚の異常について尋ねる必要はなく,また言語機能はそれまでの面接での会話の様子からすでに評価されるであろう.その意味ではこの精神症状検査は初回面接が終わる前の確認のためのチェックリストというニュアンスがある.
 解離性障害の疑いのある患者に対する精神症状検査では,特に意識や見当識および知覚の領域,例えば幻聴,幻視の性質,記憶喪失の有無,転換症状などをカバーしているかが重要となる.
 なお精神症状検査には,実際に人格の交代の様子を観察する試みも含まれるだろう.ただしそこに強制力が働いてはならない.解離性の人格交代は基本的には必要なとき以外はその誘導を控えることが原則とされる.しかしそれは他の人格部分が出現する用意があるにもかかわらずことさら抑制することを意味はしない.精神科を受診するDIDの患者の多くが現在の生活において他の人格部分からの侵入を体験している以上は,初回面接でその人格との交流を試み,その主張を聞こうとすることは理にかなっているといえるだろう.
 筆者は通常次のような言葉かけを行い,別の人格部分との接触を試みることが多い.「今日Aさん(患者の名前)とここまでお話ししましたが,Aさんについてよく知っている方がいらしたら,もう少し教えていただけますか? できるだけAさんのこれまでの人生や,現在の生活の状態を知っておく必要があります.もし可能なら,そのようにAさんに語りかけていただけますか?」そのうえでAさんに誰かからの声かけが内側に感じられるかを尋ねる.もし別の人格部分(仮にBさんとしよう)からの応答があれば,Aさんを通してBさんと交流をしたり,場合によっては閉眼をして軽いリラクセーションへと誘導した後に,Bさんに交代してもらう.セッションの終了前には再びリラクセーションを導入し,もとのAさんに戻っていただく.
 ただしこのような人格部分との接触は,時には混乱や興奮を引き起こすような事態もありうるため,他の臨床スタッフや患者自身の付添いの助けが得られる環境が必要であろう.初回面接ではそのような不測の事態を回避し,より治療関係が深まった時点で行っても遅くはない(さらに同様の病態を十分扱う経験をもたない治療者の場合は,専門家のスーパービジョンも必要となろう).
 なお口頭で行う精神症状検査に加えて,DESのより簡便なバージョンの併用も解離症状を大まかにつかむうえでは有用である26)

5.診断および鑑別診断
 解離性障害にはDIDを筆頭にいくつかの種類があるが,内部にいくつかの人格部分の存在がうかがわれる際にも,それらの明確なプロフィール(性別,年齢,記憶,性格傾向)が確認できない段階では,特定不能の解離性障害としておくべきであろう.また解離性の健忘や遁走を主たる症状とする患者についても,その背後にDIDが存在する可能性を考慮しつつも,初診段階では聴取できた内容に基づく仮の診断にとどめることになる.
 なお解離性障害の併存症や鑑別診断として問題になる傾向にあるのは以下の精神科疾患である.統合失調症,境界性パーソナリティ障害(BPD),双極性障害,うつ病,側頭葉てんかん,虚偽性障害,詐病,など.これらの診断は必ずしも初回面接で下されなくても,面接者は常に除外診断として念頭においたうえで後の治療に臨むべきである.

6.診断の説明および治療指針の説明
 初回面接の最後には,面接者側からの病状の理解や治療方針の説明を行う.むろん詳しい説明を行う時間的な余裕はないであろうが,短時間の面接から理解しえた診断的な理解やそこから導き出せる治療指針について大まかに伝える.それにより患者自らの障害についての理解も深まり,それだけ治療に協力を得られるであろう.診断名に関しては,それを患者にあえて伝える立場と伝えない立場があろうが,筆者は解離性障害に関する理解を伝える意味は大きいと考える.少なくとも患者が体験している症状が,精神医学的に記載されており,治療の対象となりうるものであるという理解を伝えることの益は無視できないであろう.それは患者が統合失調症という診断を過去に受けており,しかもその事実を十分に説明されることなく投薬を受けているというケースが非常に多いからである.
 患者がDIDを有する場合,受診した人格に診断名を伝えた際の反応は様々であり,時には大きな衝撃を受ける場合もある.ただしたいていはそれにより種々の症状が説明されること,そしてDIDの予後自体が多くの場合には決して悲観的なものではないことから,むしろ患者に安心感を与えることが多い.ただし良好な予後を占う鍵として,重大な併存症がないこと,比較的安定した対人関係が保てること,そして重大なトラウマやストレスを今後の生活上避けうることについて説明を行っておく必要がある.
 治療方針については,併存症への薬物療法以外には基本的には精神療法が有効であること,ただしその際は治療者が解離の病理について十分理解していることが必要であることを伝える.また初回面接には時間的な制限があるために,解離性障害の詳細を説明するよりは,それについての解説書を紹介することも有用であろう16)17)20).DFに関しては,最終的な診断が下された後は,筆者は患者の記憶の回復が必ずしも最終目標ではなく,できるだけ通常の日常生活に戻ることの重要さを説明することにしている.

II.解離性障害をいかに診断するか?
 わが国ではここ10年で解離性障害の診断は以前より頻繁に,かつ正確に下されているという印象を受ける.以下に解離性障害の中でも特に臨床上問題となるDIDとDFについてその診断基準について記した後に,鑑別診断について論じる.

1.解離性同一性障害(DID)の診断
 解離性障害の中でもDIDについてのDSMやICDにおける診断基準は多くの識者により確立されたものである.ただし2013年のDSM-5においてそれ以前と若干の変更があり,結果として以下のとおりになっている(p.290)1)
  
 A.2つまたはそれ以上の,他とはっきり区別されるパーソナリティ状態によって特徴づけられた同一性の破綻で,文化によっては憑依体験と記述されうる.同一性の破綻とは,自己感覚や意志作用感の明らかな不連続を意味し,感情,行動,意識,知覚,認知,および/または感覚運動機能の変容を伴う.これらの兆候や症状は他の人により観察される場合もあれば,本人から報告される場合もある.
 B.日々の出来事,重要な個人的情報,および/または心的外傷的な出来事の想起についての空白時間の繰り返しであり,それらは通常の物忘れでは説明がつかない.
  
 DSM-5におけるDIDの診断基準の変更点は,人格の交代とともに,憑依体験もその基準に含むこと,人格の交代は,直接第三者に目撃されなくても,当人の申告で足りるという点を明確にしたこと,健忘のクライテリアに,日常的なことも外傷的なことも含むこと,の3点となる.
 憑依体験がDIDの基準に加わったことについては,Spiegel22)はこれについて「病的憑依においては,異なるアイデンティティは,内的な人格状態によるものではなく,外的な,つまり霊,威力,神的存在(deity),他者などによるものとされる」と説明している.ここで「病的憑依」と断ってあることには,健忘障壁のない憑依は必ずしも病的ではないという含意があろう.

2.解離性遁走(DF)の診断基準
 DFはDSM-IVまでは独立した障害として解離性障害の中に掲げられていたが,DSM-5では心因性健忘のサブタイプとして分類されることになった.それに伴ってその定義も,「突然の家庭や普段の職場から離れての放浪」から「目的をもった旅行や道に迷った放浪のよう」という,より具体的な表現にかわっている1).DFはその表れ方が突然で,しかも周囲に大きな混乱を巻き起こすために臨床上問題となることが多い.ただしその多くは単回性であり,失われた記憶が最終的に回復するかは症例により大きく異なる.
 ところでDSM-5におけるDFの解離性健忘のサブタイプへの「格下げ」については,遁走の主症状が目的もなく旅をすることよりはむしろ健忘そのものであるということ,新しいアイデンティティを獲得することや混乱したままでの遁走などは常に存在するとは限らないことがその根拠とされる22)
 筆者の日本での経験からは,DFは男性に特に多くみられ,その一部はDIDと重複している可能性があるものの,基本的にはそれとは大きく性質を異にしている.患者の多くは必ずしも明白な幼少時のトラウマを伴わず,遁走中の人格状態もDIDのそれのように精緻化されていない傾向にあるため,その人格状態を臨床的に取り扱うことはできないことが多い.

3.鑑別診断
 松本12)は解離性障害の鑑別に重要な疾患として統合失調症とBPDを挙げているが,この2つについて主として論じるとともに,特に注意が必要とされる側頭葉てんかんについてもふれたい.
1)統合失調症やその他の精神病との鑑別
 「精神病様」の症状としての幻聴や幻視,関係念慮の有無は,解離性障害,特にDIDに関する鑑別診断を考えるうえで重要な手がかりとなることはすでに述べた.しかしこれらの「精神病様」の症状の存在自体は解離性障害の可能性を肯定も否定もしない.DIDの診断の決め手は別の主体性をもった人格部分が心に宿るという心的現象であり,逆に言えば「精神病様」の症状が,それらの人格部分から注視されたりメッセージを伝達されたりするという体験の一部として説明できないのであれば,診断は統合失調症などの精神病により傾くことになる.
 「精神病様」の症状のうち,幻聴は解離性障害が統合失調症と誤診される最大の原因となりうる症状であるとされる3).解離性幻聴の特徴としては,内容が多様であること,意味内容が比較的明確であること,出現が幼少時にさかのぼることが多い,などが挙げられる12).また幻聴の内容が本人の生活史やトラウマに関連したものであることが多い点にも注意したい28).また以前いわれたほど,頭の中で聞こえることが解離性の幻聴に特異的とは考えられていない7)
 他方の幻視はどうか.統合失調症においては少ないとされる幻視は,解離性障害には比較的多く聞かれる.また統合失調症の幻視が奇怪な内容であるのに比べて,解離性障害の幻視の内容はおおむね現実的で,過去の外傷体験のフラッシュバックという色彩をもつ4).ただし解離性の幻視にはファンタジックな内容や幽霊などを体験するケースも報告されている8)
 また直接の幻視体験ではないものの,解離性の体験における背後からの見られ感は柴山が指摘するが20),この症状は臨床場面でも多く聞かれ,これは他方で幽体離脱や自分を背後から見ているという体験とも相補的である可能性がある.
 関係念慮は筆者もしばしば統合失調症の決め手として用いるが,解離性障害においても同類の体験が聞かれることがある.ただしそれは一過性で,症状の首座を占めることはなく,むしろほかの人格との関係がそれにより表現されているという印象をもつ.
 精神病様の症状の存在とは別に,解離性障害の場合には全体の臨床経過が,統合失調症の典型的なそれとは大きく異なることにも留意したい.解離性障害の場合,精神病の陰性症状はみられず,全体的な社会機能の低下も限られる.また解離症状は年齢とともに軽減ないし消退していく傾向にある.さらには記憶の欠損ないしは健忘の存在も統合失調症とは大きく異なる点である.
2)境界性パーソナリティ障害(BPD)
 DSM-5に従えば1),BPDの診断基準の多くは,DIDにもあてはまる可能性がある21).BPDが解離性障害と混同される原因は大きく2つ考えられる.1つは診断ないしは概念上の混乱である.かつてHerman5)は複合型PTSDの概念を提出した中で,従来のBPDと呼ばれた障害を基本的にはトラウマに由来するものとしてとらえた.現代の解離概念を代表する構造的解離理論においても,van der HartらはBPDを二次的な構造的解離ととらえている27).これらの理論に従えば,BPDはトラウマ関連疾患ということになる.DSM-5にみられるBPDの第9項目である「ストレス関連性の妄想様観念または重篤な解離症状」という項目も,このような見方の根拠の一部をなしているといっていいだろう.
 BPDが解離性障害と混同されるもう1つの原因はBPDと解離性障害,特にDIDの患者がともにもつ,極端な対人関係のあり方に見出すことができる.しかし松本12)や岡野16)が指摘するように,BPDと解離性障害には根本的な相違がある.それは端的に内的世界において何を分裂(split)させるかという問題に関してである.BPDと異なり,解離性障害の患者は怒りや恐怖を投影や外在化することで対象にぶつけることができない傾向にある.筆者の臨床体験としても,BPDの患者がしばしば治療関係を安定した形でもつことが難しいのに対し,解離性障害においては治療関係を大切にし,むしろ治療者に気を使いすぎるという特徴がみられる15).ちなみに筆者は便宜的にBPDの病理を1つのスペクトラムとして理解し,解離性障害の患者が時にどの程度のBPD性を発揮しうるか,というとらえ方をしている.このような見方は,BPDか解離性か,といった二者択一的な診断を患者にあてはめる必要から治療者を解放してくれるであろう.
3)側頭葉てんかん
 解離症状は,時にはてんかん症状と区別がつきにくい場合がある.解離様のエピソードにおいて患者の行動にまとまりがなく,また深刻な意識変容が疑われる場合,それが実は側頭葉てんかんの可能性があるために注意を要する.以下に米国のEpilepsy Foundationのホームページにある記載内容をもとにその症状をまとめてみる6)
 側頭葉てんかんはてんかんの中でももっとも頻度が高いものの1つとされる.てんかん波は多くの場合側頭葉の海馬から始まり周囲の組織に及ぶ.側頭葉てんかんは様々な名前で呼ばれ,単純部分てんかん(意識喪失を伴わないもの)と複合部分てんかん(意識喪失を伴う),精神運動発作,辺縁系てんかん,などとも呼ばれている.発作の前兆としてしばしば観察されるアウラにおいては,周囲が異様に感じられたり,声,音楽,におい,味などの幻覚が生じたりする場合もあり,吐き気などの消化器症状なども特徴的とされる.アウラは通常数秒から1,2分続くことがあり,それに続く症状は様々な形態をとる.古い記憶,感情,感覚などが突然襲い,一点を見つめる,手をいじくりまわす,舌や唇を鳴らす,おかしなしゃべり方になる,などの症状がみられる.診断はMRIの所見(海馬の硬化など)と脳波所見(前側頭葉の棘波および徐波など)が決め手となり,多くは神経学的な治療により回復する.
 筆者の体験したあるケースは,その「発作」の最中に,周囲に助けを求めたり,許しを請うたりする言葉が繰り返され,一見幼少時のトラウマを再現しているようであった.しかし繰り返して脳波をとった結果として異常波がみられ,抗てんかん薬が処方されることで症状が軽快した.
 側頭葉と解離症状との関連はすでに諸家により示唆されている.そもそも側頭葉てんかんの症状として解離症状や離人体験が記載されることも多い14).Laniusらは,解離性の症状を示す患者において,側頭葉の活動亢進がみられることを報告している11).ただしこのことから解離性の症状を一義的に側頭葉の病理に帰することはできない.
4)一過性全健忘,一過性脳虚血発作
 一過性全健忘(transient global amnesia:TGA)や一過性脳虚血発作(transient ischemic attack:TIA)は,DFとの鑑別で問題となる可能性がある.TGAにおいては患者はある日前ぶれもなく前向性健忘をきたし,新しいことをまったく覚えられなくなり,同じ質問を繰り返すが,通常24時間以内に症状は消失する.TGAの原因には諸説があるが,今のところ不明であるとされる13)
 TIAは解離性,てんかん症状との鑑別で重要である.症状としては一過性の視覚異常,失語,呂律のまわらなさ,混乱などがみられるが,多くの場合数分で症状は消失する.一般にTIAの発症はDFのそれより高年齢層でみられ,症状の時間経過から鑑別は比較的容易である.原因としては脳の一部,脊髄,網膜などに血栓による一過性の虚血状態が生じるためとされる23)

III.解離性障害をいかに治療するか?
 解離性障害は,記憶,知覚,運動,情動などの心身の諸機能の一部が一時的に欠落したために,心身の統合された機能が失われた状態である.治療の最終的な目標は,患者が「統合された機能を獲得すること」9)といえよう.しかしそれは必ずしも容易ではなく,そのための治療のプロトコールや用いるべき薬物が現在の精神医学において定まっているわけではない.治療の基本の1つは,安全な環境を提供しつつ,その個人のもつ自然治癒力による回復を促すことである.解離症状の多くがトラウマや深刻なストレスをきっかけとして生じている以上,それらに関する記憶を扱うことが時には必要となるが,そこに治療者の個人的な好奇心や治療的な野心が働いたり,治療自体が結果的に再外傷体験となるような事態はできる限り回避しなくてはならない.また筆者の体験からは,治療者が解離症状に無理解で,それを当人の演技とみなしたり疾病利得を疑ったり,場合によっては詐病と決めつけたりすることによる二次的なトラウマを多くの患者が体験しているのも事実である.
 紙数の関係もあり,本稿では臨床上特に問題となることの多いDIDとDFに限定してその治療論について述べたい.

1.DIDの治療
1)治療目標
 以下に特にDIDの治療について論じるが,その最終目標も上述の解離性障害一般における統合された機能の達成であることに変わりない.しかしDIDには異なる人格部分の存在という特殊事情がある.心身の機能を担う身体が1つである以上,どの人格部分の言動についても,たとえそれに関与した自覚や記憶がなくても,患者はその結果について責任を負わなくてはならない.そのことを個々の人格部分が受け入れるのを助けることは,治療者の重要な役割である.
 他方で治療者は,個々の人格部分の存在は,患者が過去に直面した外傷性のストレスに対処したりそれを克服したりするうえでの適応的な試みを表しているということを理解しなくてはならない.それぞれの人格部分には特有の存在意義と記憶と,自己表現の意思がある.そのため治療者は,特定の人格部分をえり好みしたり,無視したり,「消える」ことを促したりすべきではない.
 なお欧米のDIDの治療に関するガイドライン9)には,患者に別の人格部分を作り出すことを示唆したり,名前のない人格部分に名前を付けたり,現在の人格部分が今以上に精緻化され,自律的な機能を担うよう促すことには慎重であるべきことがしばしば強調されるが,それには根拠がある.人格部分の精緻化や新たな出現,ないし消退は,患者個人の体験するライフイベントに影響を受けつつ独自に展開する可能性がある.そこに治療者が人工的な手を加える際には十分な治療的な根拠が必要であろう.個々の人格部分のプロフィールを明らかにする,いわゆるマッピングについても,以前ほど治療手段としての意味が与えられていないのも事実である.かつてPutnam19)は,把握しうるすべての人格部分と会い,治療についての契約をそのすべてと交わす必要があるとした.ただし人格部分との出会いが,治療の進展により必然的に生じるのであれば問題ないものの,眠っている人格部分を不必要に覚醒させることにつながるのであれば,その是非は個別の臨床場面において判断されるべきであろう.
 治療目標として人格間の統合(integration)や融合(fusion)を掲げることは,一部の人格の消失をニュアンスとして含む場合には,人格間の混乱を引き起こしかねないために慎重を要する.望まれる治療の帰結は交代部分間の調和であるが,それは特定の人格部分の消失を必ずしも意味しない.ただし調和が,かつて存在が確認されたすべての人格部分の共存により達成できない場合もある.
 治療者は人格部分の理想的な調和を阻む要素にも留意すべきであろう.それらは加害者との継続的な接触,家庭内暴力などによる慢性的で深刻なストレス,うつ病などの精神医学的ないしは慢性疾患などの身体的な併存症,治療を受けるための十分な経済的な背景をもたないこと,社会的に孤立していることなどである.
 DIDをもつ患者のかなりの部分は,大きなストレスがない保護的な環境におかれることで,ある種のきっかけにより比較的急速に人格部分の出現がみられなくなり,「自然治癒」に近い経過をたどることが観察される.華々しいDIDの症状をみせる症例が10代後半から30代に比較的限定されるという事実からも,このことが推察される.ただしそのような例でも多くが長年にわたり心の中に人格部分の存在を内側で感じ続けたり,時折幻聴を体験したりすることが報告されている.
2)治療の各段階
 以下に主としてDIDの個人療法について3つの段階に分けて論じる.
第1段階:安全性の確保,症状の安定化と軽減
 治療の初期には,異なる人格部分の目まぐるしい入れ替わりが生じている可能性がある.この段階においては,患者に安全な環境を提供しつつ,表現の機会を求めている人格部分にはそれを提供し,それらの人格部分のいわば「減圧」を図ることも必要となろう.治療者は患者とともに,別の人格部分により表現されたものを共有するための努力を払う.時にはそれぞれが筆記したものを1つのノートにまとめたり,生活史年表を作成したりするという試みが有効となる.治療は週に一度,ないしは2週に一度の頻度が求められよう.
第2段階:主要な人格部分が解離以外の適応手段を獲得することへの援助
 人格部分の入れ替わりや,子どもの人格,攻撃性をもった人格の活動が落ち着いた時点で,治療の第2段階に入る.主人格,すなわち主として生活を営む人格が定着し,主人格との治療関係性が深まる.それとともに主人格が幅広い感情を体験できるようになり,過去のトラウマについての記憶も,人格交代を起こすことなく想起できるようになる(ただし主人格の日常生活への定着を図ることには,時には困難が伴い,2,3の人格部分の共存や競合が避けられない場合も少なくない.その場合は治療の目標はいかにそれらの人格部分が平和的に共存していくかについての検討となり,いわばグループ・ワークの様相を呈することもある).
第3段階:コーチングと家族相談の継続
 順調に治療が進み,回復へのプロセスをたどった場合,頻回の治療は徐々に必要がなくなっていくであろう.しかし隔月などの定期的なセッションを設け,状態の改善具合や家族との関係についてのコーチングを継続することの意味は大きい.また患者がうつ病などの併存症を抱えている場合には,精神科受診による投薬の継続も必要となろう.
 DIDの患者がどのような家族のサポートが得られるかは,予後を占ううえで重要な問題である.DIDの症状の深刻さは基本的には日常的な(対人)ストレスのバロメーターといえるであろう.有効な治療を受けていても,家庭内暴力が日常的に生じている家庭に患者が戻っていくのでは,その効果は半減してしまうだろう.また患者の同居者が一度は治療的な役割を担っても,早晩その自覚を失ってしまう可能性もある.その意味では同居者を伴った継続的な受診は,よい治療環境を維持する効果をもつ.
 ちなみにわが国の安克昌によるDIDの治療論2)は一読の価値がある.安はRichard Kluft10)の示した治療の9段階に沿って治療論を展開する.治療者は患者にかつて生じた外傷体験を1つ1つ除反応(abreact)していくことにより,記憶の空白が埋められていき,それにより次の段階の統合-解消(resolution)へと向かう.この段階説は,治療論として高い整合性をもつものの,臨床的な現実とやや齟齬があるという印象を受ける.DIDの治療においてしばしば遭遇するのは,多くの,あたかも「自然消滅」していくかのような人格部分の存在である.それらの人々がことごとく過去の外傷体験についての除反応を経たとは考えにくい.DIDの治療は多くの偶発的な出来事に左右され,治療者の思い描く治療方針どおりに進まないことが多い.治療者は患者の身に降りかかるライフイベントや人格部分の予測可能な振る舞いに対応しつつ柔軟な姿勢を失わないことが重要であろう.
3)グループ療法
 これまでの記述は個人療法に関するものであったが,DIDの患者を対象とする均一グループによる治療も治療的な意味をもつ.ただし患者は他の患者が語る過去のトラウマの体験に対して非常に敏感に反応し,フラッシュバックや人格の交代が誘発される場合が多い.またそれぞれの患者がもつ複数の人格部分同士の言語的,非言語的交流というファクターを考えた場合,治療者の側の扱える範囲を超えた力動が生じる可能性がある.ある意味ではDIDの治療はたとえ一人の患者を扱っている際もそれが一種のグループ療法としての意味合いをもっていることになる.そこで個人療法がある程度ペースに乗り,治療の第3段階を迎えた際に初めて本格的なグループ療法が可能であると考えられる.
4)入院治療
 患者の自傷行為や自殺傾向が強まった場合,ないしは人格の交代が頻繁で本人の混乱が著しい場合などには,一時的な入院治療の必要が生じるであろう.入院の目的としては,患者の安全を確保し,現在の症状の不安定化を招いている要因(例えば家族間の葛藤,深刻な喪失体験など)があればそれを同定して取り扱い,外来治療の再開をめざすことなどが挙げられる.
 解離性障害の入院治療の意義としては,病棟による安全性が保たれることで,患者の退行を懸念する必要も少なくなり,より踏み込んだ治療が行える可能性が生まれることが挙げられる.外来治療においては特定の人格部分のまま治療を終えることができない場合,実質的にその人格部分を扱う時間は限られるが,入院治療においてはその限りではない.また入院中に家族を招いてのセッションなどが可能な場合もあろう.
 現在のわが国の精神科病棟での解離性障害の治療のあり方を考えた場合,その治療の多くが短期間の安全の提供や危機管理,症状の安定化に限られる傾向にある.しかし長期の入院が経済的その他の理由で可能であれば,外来において注意深くトラウマ記憶を扱ったり,攻撃的ないしは自己破壊的な人格部分に対応したりすることもより可能となる.またトラウマや解離性障害を治療するような特別の病棟がある場合にはなおのこと,治療効果を発揮するであろう.

2.DFの治療
 DFに関する治療指針は十分に治療者の間で合意を得られたものはない.患者はそれまでの記憶を失なった状態で発見され,警察に保護されたり救急治療室に搬送された後に,精神科への入院となるケースが多い.そこで身体疾患を除外するための様々な検査を経るのが通常であるが,比較的特徴ある臨床経過のために比較的スムーズにDFとしての診断にいたることが多い.ただしいったん診断が定まった場合は,特別な治療的介入が行われることなく経過観察のために数週間が費やされることが少なくないようである.しかしDFの患者の多くは際立った神経学的な特徴もなく,一定期間の記憶を失ってはいるものの,その多くは早晩日常生活に戻れる状態にある.
 治療者は外来においては,患者が日常生活に戻るために必要な情報の再学習を援助し,遁走にいたった契機となった可能性のある社会生活上のストレス因について探索し,それを回避することを助けることが望まれる.患者は基本的にはエピソード記憶以外の記憶(手続き的記憶,スキルその他)を保持しているため,早期リハビリテーションも有効な治療となるであろう.
 筆者はDFの患者を対象として,心理士と協力して生活史年表を作成する試みを行っている.患者は記憶を失った期間の自分の行動のうち外部から情報を得られる分を集め,その期間に身の回りに起きた出来事や社会現象,話題を集めた歌曲や文学作品,映画やテレビ番組などを学習することで,社会生活に復帰した際のハンディキャップを軽減することができるであろう.ただしそれらの努力により健忘していた期間の記憶が突然よみがえることは少なく,記憶の想起を第一の治療目標とするべきではないであろう.

おわりに
 以上本稿では解離性障害の診断から治療まで足早に論じた.解離性障害はそこに転換症状まで含めた場合には極めて裾野の広い障害であり,限られた紙数で包括的な議論をすることは不可能であるために,DIDとDFに偏った記述となった.
 わが国ではまだ解離性障害は臨床家の間でなじみがなく,その治療法も確立していない.しかしその治療の原則の1つとしては,その他の精神障害と同様,治療関係において安全を確保しつつ,本人の自己治癒力を最大限に引き出すことにある.今後より多くの臨床家がこの障害についての知識を深め,誤解と偏見を排することで治療効果を一層期待できるものと考える.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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