神経性無食欲症(AN)は精神にも身体にも症状が出現し,また行動上の問題も少なくなく,しばしば入院治療を必要とするために,有床総合病院精神科がその治療について最も期待されていると思われる.しかし,有床総合病院精神科は数が少なく,さらに対応できる少ない医療機関に患者が集中するために,十分な対応ができない場合もある.京都でも有床総合病院精神科は少なく,ANの入院治療は2つの大学病院に集中する傾向にある.筆者の勤務する大学病院では,特に救急入院など,依頼されるすべての患者に対応することが困難になっている.そのためAN入院治療に関して,関係の単科精神科病院と協力体制を作る取り組みを始めた.今後,大学病院と協力病院とで,患者の病態や時期により役割分担を進めていくなど検討している.AN治療は一極集中ではなく,医療機関が役割分担をしながら協力体制を作っていくことが必要と思われる.
はじめに
神経性無食欲症(AN)はやせ願望や肥満恐怖に基づく食行動異常と低体重などの身体症状が併存するため,心身両面からの治療が必要である.ANはしばしば低体重のために入院治療が必要になるが,単科精神科病院はその身体管理の困難さから,一方で内科病院などではその精神症状,行動異常への対応の困難さから治療受け入れが難しい場合がある.そのため有床総合病院精神科でのAN治療が最も期待されていると思われる.しかし,有床総合病院精神科は数が少なく,さらに少ない医療機関に患者が集中するために,十分に対応ができない場合も生じている.AN治療については,どの地域でも類似の問題があると推測され,治療体制の整備が求められている.
今回,当院の存在する京都市の状況についてと,当院の取り組みについて説明したい.
I.有床総合病院精神科に求められること
AN治療において,有床総合病院精神科が期待される点としては,入院が必要な患者を速やかに受け入れること,身体的対応を含めた救急対応,つまり身体的・精神科的に重症例の速やかな受け入れが求められる.しかし,現実には重症例に限らず,AN治療すべてを有床総合病院精神科で引き受けてもらいたいという要望もあると思われる.その理由として,初診時に著しい低体重ではないため外来治療が導入されても,その後の経過の中で入院が必要になる場合が少なくないこと,入院治療の場合,単科精神科病院では身体管理が困難であり,身体的急変などのリスクが大きいこと,逆に内科病院では精神症状や行動障害への対応が困難であることが挙げられる.さらに,治療が困難になり,結局大学病院などの専門機関に紹介することになるならば,中途半端にかかわらずに最初から適切な医療機関に紹介した方がよいという意見もあると思われる.
II.現状と問題点
当院が位置する地域も,有床総合病院精神科は少なく,入院治療を受け入れる他の医療機関もほとんどないため,当院を含めた2つの大学病院に患者が集中しやすい状況となっている.外来治療を担当する精神科,心療内科クリニックは数ヵ所存在する.
当院精神科での摂食障害の新患数は年間50~80名程度であるが(図1),その中ではANの入院依頼の割合が多い.当院精神科では,常時4~5名のAN患者が入院しており,年間入院患者数は15~20名程度である(図2).入院治療は精神科病棟で行っているが,他の精神疾患と比較して密な対応が必要であるため,病棟の構造やベッド数,またスタッフの状況などから一時期に対応できる患者数が限られてくる.入院待機リストには常時5~6名のAN患者が挙がっており,これに加え,入院期間も3~5ヵ月程度かかり,特に閉鎖病棟への医療保護入院を必要とする重症例ではさらに長期になる場合があるため,新規入院受け入れまでには待機期間がかかることが多い.そのため,通院患者が急に悪化し速やかな入院が必要となったときや,他施設からの緊急入院の依頼があったときに速やかな対応が困難な場合が少なくない.
院内他科との連携については,外来の場合,定期的な検査を実施し,異常があれば内科などに診察を依頼している.入院の場合,精神科病棟に入院して併診という形などで身体的治療について協力を得ている.外来通院患者の救急対応に関しては,当院で対応しているが,緊急入院が必要な場合は,対応に苦慮することが多い.精神科病棟入院が困難なために当院内科や他院内科に入院を依頼する場合があるが,精神症状に対する対応困難などの理由から受け入れが困難な場合が多い.遠方の患者の場合,自宅近くの救急病院での対応となることがある.しかし,他院での救急対応後には,速やかに当院への受け入れを求められるため,入院が必要な場合は同様に対応に苦慮することが多い.
このように,AN治療には次のような問題点が挙げられる.地域の問題点として,①AN治療(特に入院)を担当する医療機関が少ない,②少ない医療機関に患者が集中するために負担が大きくなり,対応が困難になっている.さらに,大学病院の問題点として,①入院を受け入れられる人数が限られているので,紹介される患者すべてに対応することが困難,②入院が長期となり回転が悪く,新規患者の速やかな受け入れが困難,特に閉鎖病棟への医療保護入院が必要な重症例は入院が長期になりやすい,③入院を前提とした救急対応が困難な場合が多い.
このため,大学病院一施設で,紹介されるすべての患者について,初診から外来・入院治療を含めた長期の経過を,自己完結的に対応していくことは困難な状況である.
III.現在の取り組み
このように大学病院一施設での対応には限界があるため,まずAN入院治療についての対応を検討した.大学病院で急性期治療を行った後の転院や,大学病院への新規入院の一部を担当してもらうことで連携することができないかと考え,2013年より関係の精神科病院に協力を依頼した.具体的には,精神科病院の5施設(単科精神科病院が4施設,内科病棟をもつ精神科病院1施設)である.大学病院の現状を説明したところ,各施設とも依頼に対して理解を示され協力いただけることになった.その後,各施設の診療体制を考慮した入院受け入れの条件について調整を行った.条件としては,ADLが維持されている,BMIが13以上,体重が30 kg以上,血液検査で著しい異常所見がないなどが挙げられた.その他,受け入れ可能な人数について,治療への同意の有無について,病棟選択(開放病棟か閉鎖病棟)について条件の確認を行った.各施設により条件は異なるが,主に身体的に重篤でなく,治療の同意が得られる患者の受け入れを担当していただけることになった.内科病棟をもつ精神科病院は,近隣の医療機関から以前よりAN入院の依頼を受けており,ある程度の身体合併症に対処可能であった.
精神科病院が大学病院と異なる点は,院内での作業療法やデイケア,そしてソーシャルワーカーなどによる退院後支援などが充実し,多職種による治療が行われていることである.依頼を契機に新たに摂食障害治療体制を整備していただいた施設もあった.
また上記の連携に合わせて,協力病院への転院も考慮に入れて,大学病院での入院治療期間の短縮化を進めていった.
協力後の状況としては,平成25年1年間で,各協力病院にそれぞれ1~数名の入院を依頼した.入院対応が可能な患者数がやや増えただけにとどまるが,協力病院への入院という選択肢が増えたことにより,治療者にも余裕がうまれ,患者の内面について考える自由度が増し,治療者としての機能が維持できるようになった.
IV.今後の課題
今回,協力体制をスタートさせたが十分ではなく,今後,協力体制,治療連携を発展させていくためには,次のことが必要と考えられる.
1.各施設の特徴を生かした役割分担
各施設の特徴を生かした役割分担が必要である.例えば,患者病理による分担として,大学病院など有床総合病院精神科では身体管理が必要な重症患者を中心に対応し,単科精神科病院では,身体的問題の少ない患者,軽症例を中心に対応することが考えられる.また,治療時期による分担として,大学病院などの有床総合病院精神科では,初期の身体管理を中心に対応し,単科精神科病院では,その後のリハビリや社会復帰を支援するなどが考えられる.また逆に,大学病院から関係病院への紹介だけでなく,各病院で身体的問題が生じた患者については大学病院へ紹介し,対応することも必要と考えられる.
2.連携の中身の充実
患者の紹介だけでなく,連携の中身の充実が求められる.例えば,病院間でのケースカンファレンスや勉強会や,治療についての助言を行う体制を整えることが必要である.また,患者の転院をスムーズにするために各施設の治療プログラムの共通化や,身体管理についてマニュアル化などが有用と考えられる.さらに,共同で臨床研究を進めることも,連携強化に役立つと考えられる.
大学病院で若手の医師がANの入院治療を経験しても,その後に赴任した医療機関でAN治療を積極的に実施していなかった場合,治療から遠ざかってしまう.そのため,赴任先でも大学スタッフからのスーパービジョンや助言をもらいながらAN治療が進められるようにするなど,大学の教育機関としての役割を強化することも求められる.このような形でAN治療の連携を拡大し,携わる医師を増やすことも必要と考えられる.
3.地域での内科病院や救急病院との連携
地域でAN患者が内科病院や救急病院を受診した場合などに,担当医から助言を求められることがある.その場合,疾患の説明や対応の仕方など,個々のケースに即した助言を行うなどコミュニケーションを密にとり,治療協力に理解を得る必要がある.しかし,精神科以外の診療科では,AN患者特有の治療抵抗性や行動障害から対応が難しいことが多く,精神科以外の診療科に治療協力を得ることは容易でない場合が多い.そのため,地域での内科病院や救急病院との連携は,一精神科医,一精神科施設だけの働きかけでは困難なのかもしれない.これは精神科における身体合併症の対応の問題を含めた形で,medical psychiatry unitの設置を国主導でもっと強力に進めていくなど,政策としての取り組みが必要である.
4.社会支援活動との連携
ANは経過が長く,思春期に限定した問題,さらには食事や体重だけの問題ではなく,経過の中で社会から孤立するなど,患者の人生にわたる問題となる.そのため,AN治療は入院や外来だけでは十分でなく,社会的支援が必要であり地域での患者への社会支援活動との連携もこの病院間連携と組み合わせていくことが必要と思われる.
おわりに
京都市での摂食障害治療体制の現状と本学での取り組みを述べた.治療体制はまだ不十分であるが,これは全国どの地域でも同じ問題を抱えているのではないかと推測する.ANは,その治療抵抗性や行動障害,さらに身体的問題が伴うことから,精神科医の多くは治療に消極的であるかもしれない.しかし,頻度が高く近年増加傾向にもあることから2),若い女性ではもはやcommon diseaseともいえる疾患であり,精神科医療の中では避けては通れないと思われる.ANはこれまで,精神科と身体科双方に受け入れられず,狭間に漂い,「医療界の行き場のない孤児」と表現されたこともある1).厚労省もようやく摂食障害治療体制の問題を認識し,平成25年に摂食障害センター構想を立ち上げた.それによると,まず全国5ヵ所に治療や研究の拠点となる中核的な機能をもった医療機関を整備する予定である.このセンター構想を足がかりに,今後,摂食障害の適切な治療体制が整備されることを期待する.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.