Advertisement第122回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第117巻第2号

特集 rTMS の国内導入の展望と課題
反復性経頭蓋磁気刺激法(rTMS)の国内導入に向けて
中村 元昭
神奈川県立精神医療センター
横浜市立大学大学院医学研究科精神医学部門
昭和大学医学部精神医学教室
国際電気通信基礎技術研究所脳情報通信総合研究所
精神神経学雑誌 117: 94-102, 2015

 反復性経頭蓋磁気刺激法(rTMS)は低侵襲性の脳刺激法として,神経疾患のみならず,うつ病をはじめとする精神疾患への臨床応用が期待されている.2008年の秋に米国の食品医薬品局(FDA)は薬物治療抵抗性のうつ病に対してrTMSの使用を承認した.そして,2013年初頭にはdeep TMSの装置がうつ病治療装置として新たにFDAの承認を受けた.わが国において,rTMSの対象となるうつ病患者数は20万人を超えると推定される.現在,うつ病rTMSの国内導入を目指して,本学会,厚生労働省,医薬品医療機器総合機構(PMDA)を中心として話し合いがなされており,企業による努力も始まっている.こうした流れの中で,2013年には日本精神神経学会においてECT・rTMS等検討委員会が新たに設置され,rTMSの臨床応用のあり方が検討されている.具体的には,早期導入制度(医療ニーズの高い医療機器などの早期導入に関する検討会)に基づくうつ病rTMSの薬事申請や先進医療B申請への検討が進んでいる.また,厚生労働省からの要請を受けて,うつ病に対するrTMSのガイドライン作成の議論が開始されている.rTMSの適性使用にはどのような基準が必要となるのか,rTMSをうつ病治療アルゴリズムのどこに配置すべきなのか,精神科医療での脳刺激導入における神経倫理的枠組みなど重要課題が山積している.さらに臨床試験の経験からみえてきた実践的課題もある.4週間以上にわたり毎日3,000パルスのrTMSを実施する上での医師の業務負担をいかに軽減し,効率的かつ安全な運用を実現できるか,など診療科を越えて議論すべき事項もある.本稿では,うつ病rTMSの国内導入に向けた取り組みの方向性と経緯を報告し,rTMS国内導入のあり方に関する議論を深めるきっかけになればと考えている.

索引用語:反復性経頭蓋磁気刺激法, うつ病, ニューロモデュレーション, 厚生労働省, 医薬品医療機器総合機構>

はじめに
 著者が神奈川県立精神医療センターのストレスケア病棟において,ナビゲーションガイド下の反復性経頭蓋磁気刺激法(rTMS)の臨床応用へ向けた研究を開始したのが,2008年であった.その年の10月に米国の食品医薬品局(FDA)はrTMSという技術を初めて治療機器として承認(510k)した.その対象疾患はパーキンソン病などの神経疾患ではなく,薬物治療抵抗性うつ病であった.このニュースは著者にとって大きなインパクトをもつものであったが,その当時わが国の精神科医療においては,rTMSの存在は目立たないものであった.2009年には当時の高度医療の申請について厚生労働省へ事前相談を行った.FDAが承認したとはいえ,検査機器としてのTMS装置を治療機器として申請するのは相当にハードルが高く,数ヵ月にわたるやり取りの後,結局本申請には至らなかった.その結果として,いわゆる「評価療養」の枠組みでrTMSを実施することが困難となり,公的研究費や神奈川県の補助金による資金援助下に保険診療外でrTMSの臨床研究入院を実施することとなった.そうした取り組みの中で,rTMSという技術がどの程度安全で,どのくらい効くのかという根本的問題を実感するために2008年度から2011年度末まで,気分障害患者計71名の協力をいただきオープン試験を実施した.
 2012年2月12日,「ここまで来た!うつ病治療」5)というタイトルのNHKスペシャルが放映され,その中でrTMS導入後の米国の精神科医療の様子が劇的な形で紹介された.放映直後より著者が勤務する神奈川県立精神医療センターにも日本全国からの問い合わせが殺到した(2日間で500件を超える相談が寄せられた).「藁にもすがる思い」と話す患者や家族に対応する中で,メディアの力に圧倒されながらも,現状に満足できていないうつ病患者が日本中にあふれていることを肌で実感する機会となった.NHKの番組によって,うつ病に対するrTMSの保険医療への早期導入が切に望まれる状況が出現したものの,一医療機関で計画された臨床研究の枠組みだけでは受け入れの数に限界があるのが現実であった.また,これをビジネスチャンスと捉える動きが出てきたのも事実であった.膨らむ要請に対して1ヵ月でも早く導入したいという焦りと,いまだ発展途上にあるrTMSという脳刺激法の臨床応用に関する自問が交錯する中で,良質なランダム化比較試験(RCT)の実践と神経倫理学の導入が優先課題であると考えた.2012年度からは国内では初となるアクティブ・シャム刺激を用いたうつ病rTMSのRCTを開始した.

I.厚生労働省と医薬品医療機器総合機構(PMDA)との対話
 その後のrTMS国内導入に関する状況としては,厚生労働省における「医療ニーズの高い医療機器等の早期導入に関する検討会」においてrTMS装置の早期導入が検討された.同検討会は2006年度より開催されており,医療機器のデバイス・ラグを軽減するための厚生労働省の取り組みであり,学会などの要請を受けて未承認医療機器を早期導入するための検討会である.第20回公開検討会(2012年11月)では日本うつ病学会からの要望を受けてデンマークのMagVenture社製のrTMS装置が,第21回公開検討会(2013年8月)では日本生物学的精神医学会からの要望を受けて英国Magstim社製のrTMS装置の早期導入が承認された(2008年にFDAの承認を受けた米国Neuronetics社製のNeuroStarについては,同社と国内代理店の都合により早期導入の要望が取り下げられた).厚生労働省内のワーキンググループおよび公開検討会において,両機種ともに「BB」という評価を受けた.厚生労働省によると「BB」とは,「疾病の致命率は低いが日常生活に著しい影響がある疾病で,欧米で標準的に普及し,かつ既存の治療法等より優れている」という評価である.2010年に薬事承認された難治性てんかんを対象とした迷走神経刺激装置と同様の評価を受けたことは,rTMSの臨床応用へ向けた第一歩として大いに期待された.公開検討会で議論された事項としては,対象患者数が推定20万人と膨大であり,客観的な診断法をもたないため,乱用のリスクが懸念されるという意見が強かった.自由診療の可能性についても議論され,精神機能を変調する可能性を有する医療技法を自由診療で容認することはできないという論調が一貫していた.rTMSの乱用を防ぐためにも厚生労働省がしっかりと承認する必要性が高いという発言も複数の委員から聞かれた.慎重を期するために薬事承認から保険収載までの間に先進医療Bを介して評価期間を設けるべきであるという意見も提出された.議論の末,学会のガイドライン策定を条件としてrTMS装置の早期導入制度活用が承認され,両機種(MagVenture社のMagProとMagstim社のRapid2)ともに精神科領域では初の「ニーズ品目」に選定された.
 ニーズ品目に選定されると約8割の機器は1年程度で薬事承認を得るというのが,デバイス・ラグ対策として発足した当該制度の実績といわれている.ニーズ品目選定後は議論の場が厚生労働省から医薬品医療機器総合機構(PMDA)に移り,薬事申請に向けた意見交換が開始された.2008年に行われたFDAでの審議内容や,2つの大規模RCTの論文1)6)のデザインやデータが精査された.その結果として,「どちらのRCTもrTMSの有効性が示唆されるものの,抗うつ効果のエビデンスが確立されたとまでは言えない」とPMDAの慎重な見解が提示された.エビデンスが十分に頑健でないならばエビデンスを構築する必要性があり,たとえニーズ品目に選定されていても,薬事申請に際しては国内でのプラセボ対照の治験データが必要であるとの厳しい判断がなされた.厚生労働省から「ニーズ品目」承認の前提条件とされている学会ガイドラインの策定に関しては,薬事承認が得られるまでは,公開すべきでないとの見解も提示された.薬事申請のためには,通常GCP省令に基づいた臨床試験(治験)を計画する必要性がある.GCP(Good Clinical Practice)とは端的に言えば「治験を適切に実施するための国際的基準」であるが,詳細を含めて勉強すると治験の質を担保するためにはいかに多くの労力やシステムが必要であるかが理解できるであろう.
 医療政策や現場の医療ニーズモデルで考える厚生労働省とレギュラトリー・サイエンスのエビデンスモデルで考えるPMDAのスタンスが対照的であった.レギュラトリー・サイエンス(regulatory science)とは,評価科学や行政科学と邦訳されることもあり,文部科学省によると「科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に,根拠に基づく的確な予測,評価,判断を行い,科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学」と説明されている.rTMSを含むニューロモデュレーションを人と社会に役立てるためには,学会も含めた3者での協議により医療ニーズモデルとエビデンスモデルの折衷案を見出していく取り組みが重要だと考えられた.

II.ECT・rTMS等検討委員会の発足
 2013年7月には本学会のECT検討委員会が「ECT・rTMS等検討委員会」と名称を改め,rTMSをはじめとするニューロモデュレーション技法3)の国内導入を検討する役割が付加された.同委員会内では,早期導入制度承認以降のPMDAとの話し合いの内容を共有し,精神科領域のECTを中心とした脳刺激の専門家が意見を出し合っている.医師主導治験を行うのか,先進医療Bを申請するのか,など国内導入へ向けた具体的議論も行っている.国内導入に向けて,適正使用のためのガイドライン作成,安全性情報の管理体制の構築,実技講習会や啓蒙活動などの取り組みも必要となってくるだろう.
 2014年2月にはECT・rTMS等検討委員会と厚生労働省とPMDAの3者による勉強会と意見交換の場を行った.うつ病rTMSの医師主導治験実施の可能性についても具体的に議論することができた.しかしGCP治験を実施するだけの大型研究費を得ることが難しいのが現状である.また,抗うつ薬の治験と同様にいわゆるプラセボ効果が現れやすく,対プラセボ比率という観点からすると,うつ病rTMSのエビデンスが強固であるとは言い難い側面もあるだろう.また,Neuronetics社の大規模臨床データのサブ解析においては,抗うつ薬1剤に対して抵抗性を示した群と2~4剤に対して抵抗性を示した群では,抗うつ効果の効果サイズが全く異なることが示された.グループ全体(実刺激群:155名,シャム刺激群:146名)の効果サイズが0.39であるのに対して,1剤抵抗性群(実刺激群:88名,シャム刺激群:76名)では効果サイズが0.94と高値を示し,2~4剤抵抗性群(実刺激群:67名,シャム刺激群:70名)では効果サイズが-0.01と極めて低い値を示した.このことはうつ病rTMSの対象となる患者集団を定義し直す必要性を示唆するものであろう.ある対象集団全体として十分に頑健な有効性が証明されなかったからといって,医療現場で無用な技術であると言い切ることは難しいのである.海外の大規模データや自験例データを精査しながら,うつ病rTMSの臨床的意義や対象集団を検討する上で,厚生労働省,PMDAそして学会の3者会談は今後もさらに重要性を増すものと考えられる.

III.先進医療Bの考え方とGCP治験・薬事申請までの道のり
 先進医療とは厚生労働省の取り組みであり,将来的な保険導入のための評価を行うものとして,先進的な医療技術などと保険診療との併用を認める評価療養の1つである.うつ病の鑑別診断補助として2009年に承認された光トポグラフィーは精神科領域で初めての先進医療である(2014年に保険収載).2012年10月以降の新規申請については,それまでの先進医療と高度医療の制度が廃止され,先進医療Aと先進医療Bの2種類に変更された.先進医療Aは人体への影響が極めて小さい体外診断薬や検査薬を対象としており,先進医療Bは未承認または適応外使用の医薬品や医療機器を対象としている.このためrTMSによるうつ病治療技術は先進医療Bが申請区分となる.従来の先進医療と異なる先進医療Bの大きな特徴は,薬事申請までの出口戦略をある程度見通した申請計画を要求している点である.具体的には,主要評価項目,目標症例数とその設定根拠,試験期間,参加施設,モニタリング方法などを申請時に特定するようになっており,GCP省令に準拠する側面が目立ってきている.実際のところ,先進医療B申請までの段階でPMDAが試験デザインをチェックして将来の検証的臨床試験を立案するための探索的研究計画になっているのかを確認するケースが多いという.先進医療Bの枠組みでは評価療養による混合診療が許容されるため,保険診療分の自己負担額に加えて,先進医療分の自己負担が患者個人にかかってくる.このため,うつ病治療技法の薬事申請には必須と考えられるプラセボ対照の検証的臨床試験を想定するのは原則として困難である.つまり,先進医療Bでは探索的臨床試験としての意味合いが強く,検証的臨床試験を立案する上での,feasibility(実施可能性)や臨床的意義,試験デザイン,刺激プロトコール,対象集団,主要評価項目などを探索的に調査研究することとなる.ここで注意すべき点は,出口戦略を見据えた先進医療Bの計画であっても,原則的には探索的な試験の後に検証的なGCP治験を実施する必要性があり,その際にはいずれにせよ大規模なグラント(または企業の出資)が必要になる点である.
 GCP省令に基づいた臨床試験(治験)を計画する上で,治験の主体が企業主導でなされるか,医師主導でなされるか,を十分に検討しなければならない.GCP治験におけるCRO(Contract Research Organization:受託臨床試験実施機関)への業務委託(モニタリング,データマネッジメント,品質管理,安全性管理,監査など)などは高額な費用が必要である.rTMS装置の輸入代理店となっている国内の中小企業は,rTMSの普及に大きな貢献をしてきたが,企業主導治験を実践できる経済力を有する企業はないのが現実である.国内の医療機器大手製造会社であれば可能性はあり,実際のところ精神科以外の臨床領域においては国産のrTMS装置を上市しようとする取り組みも始まっている.医師主導でGCP治験を行う場合には,企業主導治験のように各協力医療機関への謝金などを省略できるため多少の減額方法はあるものの,それでも数億円規模の大型研究グラントが必要となる.さらに,各協力医療機関の医師や事務職員の献身的な努力も前提となるため,多施設をとりまとめる組織や強力なリーダーシップも必要となる.わが国の精神科医療では医師主導治験の実績が大変少ないのが現状であり,GCPという概念自体も普及しているとは言い難い.質の担保されたGCP治験をビジネスモデルの企業主導治験のみに頼るのではなく,医療現場のニーズや探索的臨床試験結果に基づいて立案される医師主導治験も活発に実践されることが精神科医療の発展において重要と思われる.
 平成26年度より文部科学省,厚生労働省,経済産業省が連携して「脳とこころの健康大国実現プロジェクト」が開始され,これからの約10年間において精神疾患の客観的診断やrTMSを含む治療技法開発へ貢献し得る研究成果が大いに期待されている.しかし研究成果を目の前の患者に還元するためには,文部科学省から厚生労働省への橋渡し研究の出口戦略が重要であり,それを可能にするのが医師主導GCP治験であると考えられる.そうした点においてもわが国の精神科医療においてGCP治験を効率的に実施できる環境をもっと整備する必要性があるだろう.

IV.研究倫理と医療職や企業の倫理観について
 わが国の科学界や医学界において,基礎研究や臨床試験の倫理観が根本から問いただされようとしているのは周知のことである.成果至上主義のシステムの中で,有能かつ野心的な研究者が何よりもまず成果を求めてしまうのはごく自然のことであろう.研究成果に関する種々の軽微な不正行為について全く想像したことのない研究者はむしろ少数派ではないだろうか.しかしそれゆえに,中立的な広い視野やopen mindの重要性について教える科学教育や継続的に話し合える環境が肝要であろう.いわゆるnegative studyは避けるべき失敗ではなく,真実に近づくための過程であるという理解も研究現場の体験の中で育まれるべきであろう.「忙しい臨床の合間をみつけてボランティア的に研究をしているのだから…」「群間比較では微妙な統計結果だけれど,臨床的には確かに効いている患者がいるのに…」などという臨床研究者の心情自体は理解できるものの,それらを理由にデータ改ざんなどの不正は決して許容されることではないだろう.うつ病rTMSの国内導入においても,研究倫理に十分な配慮が必要であることは言うまでもない.スピードと成果が求められるグローバル競争の時代において,精神科医も科学者としての厳格性や倫理観を今一度考える必要性があるのではないだろうか.
 企業側の倫理観も問われている.うつ病のようなcommon diseaseを対象とすればその検証試験終了までにかかる労力と資金は膨大である.近年の抗うつ薬の企業主導治験をみても1つの化合物を上市するのに10年以上の年月と膨大な予算がかけられているという.現代の精神科医療はこのような企業努力によって支えられ発展してきたという事実は忘れてはならないだろう.しかし,巨大化した医療産業の中で,社運を賭けたGCP治験に失敗すれば全て水の泡という仕組み自体が研究データ改ざんのような不正の温床を助長してきたと言えるかもしれない.GCP治験に現状ほどの予算がかからないのであれば,専門家や企業がもっと中立的な立場で患者にとって本当に必要な治療について議論できるかもしれない.近年,医師主導治験が推奨される理由もこの辺りにあるのではないかと推測される.しかし医師主導治験を活性化するためには,GCP治験の低コスト化が大前提になると考えられる.これは是非ともPMDAと厚生労働省に取り組んでいただきたい課題である.
 医師の倫理観も問われている.精神科医療を仕事にするということは,多くの場合それによって自らを含む職員の生計を立てるということであり,患者支援よりも医療機関の経営が優先課題となる状況も起こり得るだろう.患者側のニーズや希望があれば乱用は起きないということではなく,市場原理に基づいた乱用はいつでも起こり得ると考えるべきであろう.経営戦略を背景とした適応外使用の乱発という事態も想定する必要性があるが,うつ病rTMSにおける自由診療という考え方も十分に議論を尽くす必要性があるだろう.日本ほど大規模にうつ病rTMSの自由診療が行われている国も特異的である.未承認の医療技術をいち早くそれを必要とする患者へ届けるために,自由診療も1つの考え方として成り立つかもしれない.しかし,仮にそのような高い志があったとしても,自由診療をビジネスとして成り立たせるためには患者自身に高額な費用負担を強いることが前提となるであろう.多角的な鑑別診断やインフォームド・コンセントが十分になされないまま,「革新的治療法」の名のもとに抑うつを呈する人々にrTMSが実施されるならば,いつの間にか利益拡大の手段と化すことであろう.その結果として経済的に困窮したうつ病患者からの搾取が行われるとするならば,まさに本末転倒と言わざるを得ない.また,厚生労働省の公開検討会でも議論されたように,うつ病という病態も客観的診断法も確立していないcommon diseaseに対して,精神機能を変調する可能性のある技術を安易に自由診療で使用すべきではないという意見も十分に踏まえる必要があるだろう.

V.神経倫理について
 患者を対象とする医学研究を適切に進める上では,研究倫理や専門職の倫理観だけでは不十分であり,さらに生命倫理や医療倫理の枠組みが重要となる.精神科治療学の近代史を振り返るならば,特に生命倫理的課題が重要であることは明らかである.1930年代のロボトミーと電気けいれん療法は象徴的である.両者の治療原理の中には何らかの真実が隠れている可能性は否定できないが,その使われ方に大きな問題があり,より根本的な人権問題にまで発展した.しかもこれは一部の限られた地域で起こった犯罪などの事例ではなく,当時の先進諸国を中心として全世界的にしかも一般的な病院の中で起こった精神科治療の歴史であるということを認める必要性があるだろう.脳由来の疾患でも神経内科や脳外科疾患の治療史にそのような側面はないという.それから一世紀近くが経った今現在,病院に勤務する医療や福祉の専門家が精神疾患に対する種々の偏見から完全に自由でいられるだろうか.それは多くの場合容易なことではないだろう.精神科医療の専門家が意図せずに偏見を形成・助長してしまうことも起こり得るだろう.我々精神科医はこれらの点においてある意味危険な領域で仕事をしているという点を常に意識しなければならないと思う.
 精神医学領域におけるニューロモデュレーション(脳刺激法やニューロフィードバックなど)の導入を考える上で指標となり得るのが神経倫理学(neuroethics)である.神経倫理学は全く異なる2つの意味を有しており,①倫理の神経科学と②神経科学やニューロモデュレーションの生命倫理を意味している.前者は司法精神医学の領域でもさらなる発展が期待される領域であろう.しかし本稿で取り上げる神経倫理は後者の意味である.より具体的にはrTMSや深部脳刺激(DBS)を含む脳刺激やニューロフィードバック(脳活動をリアルタイムに可視化して示すことによって脳活動を意図した方向へ誘導しようとするバイオフィードバック技法)を精神疾患に適用する際の生命倫理である.ノンフィクション作家の立花隆氏は脳刺激の生命倫理的問題を整理する上で,「身体脳」と「人格脳」という二分法を提言している4).パーキンソン病に対するDBSはあくまでも「身体脳」を刺激しているので倫理的問題は比較的少ないという.その一方で,うつ病などの精神疾患で対象となる刺激部位は前頭前野や大脳辺縁系であり,「人格脳」を刺激したり変調したりする際には生命倫理的問題を想定しなければならないということである.実際に前頭葉ロボトミーでは人格の荒廃や粗暴化が問題になった.いわゆる知・情・意に関連する脳領域の活動を人工的に変調・操作することのリスクや利点を十分に吟味して拡大的使用に際してのルール作りが必要であろう.また「身体脳」と「人格脳」の区別は常に明瞭というわけではなく,パーキンソン病のDBSの副作用として精神変調を呈する事例も報告されている.「人格脳」刺激の安全性に関しては,長期的安全性も含めて広く検討する必要性がある.介入技術の侵襲性を可能な限り低減する努力も必要であろう.
 患者や家族に対して,脳刺激についてどのように説明するかという点も重要課題である.数週間のRCTでプラセボ群に対して統計学的に勝ったから効くのだという短絡的な説明にとどまらず,RCTのメタ分析から推測される事項やrTMSの神経科学の最新情報をわかりやすく説明した上で,インフォームド・コンセントを取得する手続きが重要であろう.こうした手続きを確実に行えるガイドラインの策定が乱用防止の基礎になると考えられる.さらに将来においては,rTMSの前後で変動する脳機能のサロゲート・バイオマーカーを開発し,rTMSの治療的介入効果を可視化するような研究が重要であろう.このような取り組みによって,うつ病の生物学的背景が症例レベルで議論されるようになれば,うつ病に関する種々のスティグマの軽減につながっていくのではないだろうか.このように,レギュラトリー・サイエンスと神経科学と神経倫理の3領域が統合されたときに,精神科臨床における「人格脳」刺激が患者や家族,そして社会に受け入れられるものと思われる.

VI.うつ病rTMSの普及のためにすべき実践的な議論
 わが国におけるrTMSの精神科臨床応用を想定し,安全性ガイドラインの策定,施設基準や医師基準の検討,学会での講習会の設定などを検討する必要に迫られている.そのためにはrTMS実施に関する現状を把握するアンケート調査も重要であろう.日本精神神経学会のECT・rTMS等検討委員会はまさにそのような課題に取り組む役割を担っている.うつ病rTMSの国内導入の取り組みはまさに精神科領域におけるニューロモデュレーションの導入モデルとなることが期待されている.
 日本臨床神経生理学会の「脳刺激法に関する委員会」では,TMS導入以降20年以上にわたって国内における磁気刺激の安全な実施のための基準を提言してきた実績を有する(1991年の発足当初は日本脳波・筋電図学会の「磁気刺激法に関する委員会」).その委員会の主張の1つが「反復磁気刺激は医師が行うこと」である.理由はrTMSの場合に単発TMSと異なり,けいれんを誘発するリスクがあるからである.rTMSによるけいれん誘発の危険率はセッションあたりでは0.003%未満であり,患者あたりでは0.1%未満であると推定されている2).安全性の観点からみるとけいれんに対処できる医師がrTMSを実施するに越したことはない.しかし,うつ病rTMSの場合,平日は毎日30~40分程度の刺激を行うため準備時間や運動閾値の測定の時間を考慮すると,一人の患者に4~8週間,毎日1時間弱の時間をかけて医師が付き添うこととなる.患者の負担もあるが,多くの患者の診療にあたる医師の時間をこれだけ使うのは臨床現場では大きな障壁となってしまう.国内導入が実現しても,マンパワー不足のために普及しないのであれば,意味がないであろう.国際基準となっている安全性基準7)によると,医師の監督下であれば経験を積んだスタッフがrTMSを実施してもよいこととなっている.実際に著者が米国や豪州で見学した施設においても医師の監督下にテクニシャンが実施していた.わが国の現状において,多くの医療機関は日本臨床神経生理学会の提言に従っていると考えられるが,一部の機関においては理学療法士,検査技師,臨床心理士などの医療職種がrTMSの実施を行っているという.同学会の「脳刺激法に関する委員会」には弁護士を介してそうした実情に関する患者からの苦情も寄せられているという.うつ病rTMSの普及に際しては,医師の監督下に適切にrTMSを実施できるスタッフの適格基準を設定し,学会の認定などを受けられるようにする必要があると思われる.この議論は精神科領域のみにとどまらず,神経内科や脳外科,リハビリテーション科の医師を含めた議論が重要であろう.

おわりに
 本稿では精神科医の立場からうつ病rTMSの国内導入に向けた経緯を説明し,倫理的問題や解決すべき実践的課題についても言及した.アメリカやカナダ,オーストラリアで実際にうつ病臨床でrTMSを使用している精神科医やテクニシャンから話を聞く機会があった.rTMSがすでに承認された国々では「そもそもrTMSはうつ病に効くのか?」という議論はほとんどなされなくなったという.mECTに比べたら効果サイズは小さいけれど,rTMSの有用性はしっかりと認められているようである.しかしわが国においては,いまだに有効性に関する議論にとどまっているのが現状である.PMDAとの厳密な議論の中で学ぶことは多いが,エビデンス論とニーズ論の折衷案の模索は喫緊の課題と思われる.さらに,医療現場のニーズに従って,レギュラトリー・サイエンスと神経科学と神経倫理の3領域をつなぎ合わせるのは生物学的精神科医の重要な役割ではないだろうか.そして「脳とこころの健康大国実現プロジェクト」において,次世代のrTMS技術を含むニューロモデュレーション技法がさらに発展的に開発されていくことを切に期待したい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 研究指導者,共同研究者,研究協力者である諸先生方に深く感謝いたします.特に野田賀大先生,佐伯隆史先生,川本絵理先生,早坂俊亮先生,伊津野拓司先生,土屋美江先生,吉池卓也先生,森長修一先生,山本裕美子さん,井上美沙さん,大澤千晶さん,岡田晋さんには神奈川県立精神医療センターでのrTMS臨床研究の推進に多大なる支援と協力をいただき感謝いたします.そして,本学会のECT・rTMS等検討委員会,厚生労働省およびPMDAの諸先生方に感謝いたします.

文献

1) George, M. S., Lisanby, S. H., Avery, D., et al.: Daily left prefrontal transcranial magnetic stimulation therapy for major depressive disorder: a sham-controlled randomized trial. Arch Gen Psychiatry, 67 (5); 507-516, 2010
Medline

2) George, M. S., Taylor, J. J., Short, E. B.: The expanding evidence base for rTMS treatment of depression. Curr Opin Psychiatry, 26 (1); 13-18, 2013
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3) Nakamura, M.: Neuromodulation in clinical psychiatry; its history, present, and future. Japanese J Biol Psychiatry, 23 (2); 121-129, 2012

4) NHK衛星第一BSドキュメンタリー・シリーズ: 立花隆が語る "サイボーグ医療の時代" 第2回脳をどこまで変えるのか. 2005年12月10日放送

5) NHKスペシャル: ここまできた!うつ病治療. 2012年2月12日放送

6) O'Reardon, J. P., Solvason, H. B., Janicak, P. G., et al.: Efficacy and safety of transcranial magnetic stimulation in the acute treatment of major depression: a multisite randomized controlled trial. Biol Psychiatry, 62 (11); 1208-1216, 2007
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7) Rossi, S., Hallett, M., Rossinim, P. M., et al.: Safety, ethical considerations, and application guidelines for the use of transcranial magnetic stimulation in clinical practice and research. Clin Neurophysiol, 120 (12); 2008-2039, 2009
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