Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第125巻第6号

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特集 全国の精神保健福祉センターにおける自殺対策の取り組み
川崎市自殺未遂者支援地域連携モデルの実現可能性に関する調査
竹島 正1), 岸 泰宏2), 高井 美智子3), 廣田 菜津子1), 橋本 貢河1), 張 賢徳4)
1)川崎市総合リハビリテーション推進センター
2)日本医科大学武蔵小杉病院
3)埼玉医科大学医学部
4)日本うつ病センター
精神神経学雑誌 125: 504-512, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-071

 本調査は川崎市において自殺未遂患者などを救急医療機関退院後に地域支援につなぎ,退院後のQOLの向上と再企図の防止を図る支援モデルの構築の検討を行うことを目的とした.対象者は,川崎市中部(中原区・高津区・宮前区)に住所地を有する自殺未遂患者などのうち,本調査への参加に同意した者である.帝京大学医学部附属溝口病院,日本医科大学武蔵小杉病院(日医武蔵小杉病院),川崎市精神保健福祉センター,井田障害者センター,川崎市中部3区の区役所地域みまもり支援センター(保健福祉センター)による「川崎市中部ケアチーム」を組織し,初回面接以後の6ヵ月間,原則として1ヵ月ごとにフォローアップ面接を実施した.調査期間は2018年9月から2020年9月までであった.本調査は帝京大学医学部および日医武蔵小杉病院の倫理委員会の承認を得て実施した.「川崎市中部ケアチーム」への紹介に同意した20人のうち,初回面接に至ったのは10人(50.0%)で,そのうち8人が6回の面接を終了した.健康関連QOL(SF-36)の「身体的健康度」「精神的健康度」「役割社会的」のサマリースコアは6ヵ月後の時点でいずれも改善傾向を認めた.8人のうち3人はフォローアップ面接期間中に再企図があり,1人はフォローアップ面接期間終了後に再企図があった.フォローアップ面接期間中に再企図した3人はすべて面接で再企図を打ち明けた.初回面接に至らなかった10人(50.0%)は,他院転院3人,施設入所1人,連絡取れず4人,家族の拒否1人,同意撤回1人であった.6回のフォローアップ面接を完了しなかった者があったこと,同意があり「川崎市中部ケアチーム」に紹介があったものの初回面接に至らなかった者があったことから,毎月1回の面接によるフォローアップ以外の,対象者にとってより負担感の小さいフォローアップを取り入れることも必要と考えられた.本調査の成果を踏まえて,選択的予防介入の視点も含めて,自殺未遂者支援を発展させていく必要があると考えられた.

索引用語:自殺未遂, 救急受診, 地域支援, 実現可能性調査>

はじめに
 川崎市では2013年12月に議員発議によって『川崎市自殺対策の推進に関する条例』を制定し,それに基づいて2015年3月に川崎市自殺対策総合推進計画を策定した8).この条例および川崎市自殺対策総合推進計画に示された課題のなかで未着手であった自殺未遂者に対する支援に取り組むため,2016年には,川崎市消防局の協力を得て自損事故による救急搬送と救急受診などの実態分析を行った8).その結果,自損事故による救急搬送事例の多くは三次救急を担う川崎市内3病院に救急搬送されていることが明らかになった.このため,2017年1月1日から12月31日までの1年間,川崎市消防局と三次救急を担う川崎市内3病院のデータリンケージによる自損事故によって三次救急を担う川崎市内3病院を受診した患者の救急搬送事例調査を実施した7)9)12).その結果,救急受診先は三次救急を担う川崎市内3病院におおむね三分されていた.また自殺未遂者などの相談相手・支援者は家族と医療関係者(精神科/心療内科)が多くを占め,地域の相談機関の利用は少なく,救急退院後の地域の支援体制の構築が必要なことが明らかになった.このため,2018年度から2019年度に川崎市から帝京大学医学部附属溝口病院への委託事業「川崎市自殺未遂者支援地域連携モデル構築事業」を実施することとした.この事業は,川崎市中部において救急医療機関退院後から自殺未遂患者等のフォローアップを行い,地域の支援につなぎ,退院後の生活の質(quality of life:QOL)の向上と再企図の防止を図る支援モデルの構築の検討を行うことを目的とした10).本調査はこの事業の成果を分析したものである.

I.方法
1.対 象
 本調査の対象は,川崎市中部の三次救急医療機関である日本医科大学武蔵小杉病院(日医武蔵小杉病院)を救急受診した川崎市中原区,高津区,宮前区に居住する自殺未遂患者などのうち,入院中に書面による本調査の説明を受け,書面による同意をした者である.
 ただし,(i)20歳未満,(ii)中等度以上の認知症の診断を受けている者,(iii)日医武蔵小杉病院の本調査担当医師が本調査の説明を行った際に十分に理解していないと判断された者は対象外とした.
 調査は2期に分けて行った.第1期は2018年9月から10事例を目標とした事例登録とフォローアップであった.第2期は2019年8月から地域の支援に結びつけることが望ましいと判断された5事例を目標とした事例登録とフォローアップであった.

2.実施機関
 本調査は,帝京大学医学部附属溝口病院が主管施設となり,日医武蔵小杉病院,川崎市精神保健福祉センター,井田障害者センター(精神保健福祉センターの支所機能をもつ),中原・高津・宮前区役所の地域みまもり支援センター(保健福祉センター)が共同して実施した.これらの機関に所属する精神科医,臨床心理士,職員のほか,自殺未遂者支援に経験のある研究者によって「川崎市中部ケアチーム」を組織し,本部は帝京大学医学部附属溝口病院に設置した.

3.調査項目等
 「川崎市中部ケアチーム」のフォローアップ面接では,(i)基本属性〔氏名,性別,年齢,住所,連絡先,受診時の状況(搬送日時,自殺企図・自傷の原因・動機,既往歴,転帰)〕,(ii)健康関連QOL(SF-36),(iii)フォローアップ期間中に生じた再企図・再自傷の有無について尋ねた.またPisani, A. R.らの自殺リスクのフォーミュレーション11)を参考に,面接のなかで,(i)自殺リスクのRisk Status(持続的要因:ストレングス・保護因子,長期的な自殺の危険因子,衝動性・自己統制力,過去の自殺企図歴),(ii)自殺リスクのRisk State(動的要因:最近・現在の自殺念慮および自殺関連行動の存在,現在のストレス因および強度,症状・苦しみ・最近の変化),(iii)支援者・支援機関とのつながり(利用可能あるいは有用な資源),(iv)予見できる変化(自殺リスクを即座に上昇あるいは低下させる出来事やストレス因)の把握を行い,助言や地域支援の紹介に活用することとした.

4.具体的な手順
 1)日医武蔵小杉病院への救急入院時に担当者から対象者に書面による本調査の説明を行い,書面による本調査参加への同意を得た.同意が得られた場合,日医武蔵小杉病院の担当者は,「川崎市中部ケアチーム」支援担当者に対象者情報を提供した.同意の得られなかった場合,日医武蔵小杉病院において通常通りの治療支援を行った.
 2)日医武蔵小杉病院担当者より情報を得た「川崎市中部ケアチーム」支援担当者は,チーム内のケースカンファレンスを開催し,提供された対象者に関する情報に基づいて,今後のフォローアップ面接と支援・連携に関する協議を行った.
 3)「川崎市中部ケアチーム」支援担当者は,対象者があらかじめ希望した連絡方法に従って,対象者本人などに連絡し,初回の面接日時および場所などに関する調整を行った.なお,フォローアップ面接は,原則として「川崎市中部ケアチーム」の支援担当者2名で行った.
 4)初回面接において,「川崎市中部ケアチーム」支援担当者は,対象者に書面をもって,(i)本調査の目的,(ii)本調査に基づく「川崎市中部ケアチーム」の役割,(iii)「川崎市中部ケアチーム」によって行われる面接および支援の内容,(iv)必要な場合にチーム外の支援者や地域の支援を紹介すること,(v)最低6ヵ月のフォローアップ面接が行われること,(vi)本人の生命の安全を保つうえでやむをえない場合は本人の同意がなくとも緊急支援を要請することがあること,(vii)いつでも本調査への同意を撤回することができることなどを説明し,書面による同意を得た.
 5)初回面接以後,6ヵ月間,原則として1ヵ月ごとにフォローアップ面接を実施した.フォローアップ面接において,支援担当者は,アセスメントシートをもとに本人の抱える問題や地域支援の利用状況などを把握し,本人のニーズを尊重しつつ,必要に応じて助言や地域支援の紹介を行った.また,初回面接から1ヵ月,3ヵ月,6ヵ月後にSF-36を用いて対象者のQOLならびに全般的健康度を評価した.フォローアップ期間を6ヵ月としたのは先行研究2)5)において1年以内の自殺再企図率が高いことが示されていること,6ヵ月フォローアップの効果が示されていることによる.また,わが国において実施された自殺対策のための戦略研究(ACTION-J)において通常介入群に比べて試験介入群は6ヵ月の時点まで有意な低下が認められたこと6),6ヵ月という期間は本調査において実現可能性が見込めることによる.
 6)フォローアップ期間中,原則として月1回のケースカンファレンスを,運営会議または連携会議において行った.カンファレンスでは,各対象者の状況を共有するとともに,その後の方針を協議した.
 「川崎市中部ケアチーム」による支援フロー図を図1に示す.

5.マネジメント
 本調査のマネジメントのため,2ヵ月に1回の運営会議,2ヵ月に1回の連携会議を交替で開催した.会議は,新型コロナウイルス感染症流行による緊急事態宣言時などはウェブ会議とした.
 運営会議は,「川崎市中部ケアチーム」のうち,中原・高津・宮前区役所の地域みまもり支援センターを除く機関で構成し,調査計画や必要となる書式,実務フローの検討および作成を行った.連携会議は「川崎市中部ケアチーム」の全機関で構成し,運営会議で作成した調査計画や実務フローなどの検討,確認を行った.

6.倫理面の配慮
 本調査は,帝京大学医学部および日医武蔵小杉病院の倫理委員会の承認を得て実施した.

図1画像拡大

II.結果
1.第1期(図2
1)「川崎市中部ケアチーム」への紹介
 日医武蔵小杉病院には実人数23人(のべ24人)の自傷・自殺企図による受診があった.このうち,支援対象に該当した者は16人(のべ17人)であり,全員に説明を行い,そのうち13人(81.3%)が「川崎市中部ケアチーム」への紹介に同意した.性別は,男性4人,女性9人,平均年齢は51.3歳(SD=20.5)であった.職業は,勤務者3人,無職者9人,その他(障害福祉サービス利用者)1人であった.これまでの自傷・自殺企図「あり」6人,「なし」7人であった.全員に精神科既往歴があった.自傷・自殺企図の手段は,処方薬(向精神薬)の過量服薬11人,刃器(刺創)1人,飛び降り1人であった.精神科診断は,うつ病3人,統合失調症2人,パニック障害・不安障害2人,アルコール依存症1人,認知症(軽度)1人などであった.
 本調査の対象に該当したが同意が得られなかった3人(のべ4人)のうち,2人(のべ3人)は自傷もしくは自殺企図を否定,1人は相談先があるという理由であった.この3人はすべて女性で,これまでに自傷・自殺企図があった.自傷・自殺企図の手段はいずれも処方薬(向精神薬)の過量服薬であった.精神科診断は,パニック障害,統合失調症,統合失調症・躁うつ病であった.
 本調査の対象外となった者は,死亡事例4人,20歳未満2人,対象地域外1人であった.
2)「川崎市中部ケアチーム」における対応
 日医武蔵小杉病院での「川崎市中部ケアチーム」への紹介に同意した13人のうち,初回面接に至ったのは6人(46.2%)であった.日医武蔵小杉病院からの連絡から初回面接までの日数の平均値は38.7日,中央値は24日(最小7日,最大105日)であった.6人全員が6回のフォローアップ面接を終了した.フォローアップ面接期間中のメール相談の利用者は2人,電話相談は2人であり,頻回利用はなかった.しかし,相談内容は希死念慮の増悪の報告およびそれに対する対処という比較的緊急性の高いものであったため,「川崎市中部ケアチーム」の支援担当者は即座に対象者に連絡をとった.6回のフォローアップ面接終了時の感想は,「定期的に話を聞いてもらえた」「自分を振り返る機会になった」「具体的なアドバイスや地域の支援の情報を得られた」「自分の病気に対する理解が深まった」「主治医に病状を知らせてもらえた」「話して気持ちを吐き出すと楽になった.生きていてもいいと思えるようになった」などであった.
 同意がありながら,初回面接に至らならなかったのは7人(53.8%)であった.その理由は,日医武蔵小杉病院から他院転院3人(入院継続2人,死亡1人),施設入所によりフォローアップ面接のニーズなし1人,連絡取れず2人,家族の拒否1人であった.

2.第2期(図3
1)「川崎市中部ケアチーム」への紹介
 日医武蔵小杉病院には実人数18人の自傷・自殺企図による受診があった.このうち,支援対象となった7人が「川崎市中部ケアチーム」への紹介に同意した.性別は7人とも女性であった,平均年齢は34.4歳(SD=10.1)であった.職業は,勤務者3人,無職者3人,学生・生徒1人であった.これまでの自傷・自殺企図は「あり」4人,「なし」3人であった.全員に精神科既往歴があった.自傷・自殺企図の手段は,処方薬(向精神薬)の過量服薬6人,刃器(刺創)1人であった.精神科診断は,うつ病2人,適応障害2人,統合失調症1人,双極性障害1人,軽度知的障害1人であった.
2)「川崎市中部ケアチーム」における対応
 「川崎市中部ケアチーム」への紹介に同意した7人のうち,初回面接が実施できたのは4人(57.1%)であった.日医武蔵小杉病院からの連絡から初回面接までの日数の平均値は18.6日,中央値は18日(最小12日,最大27日)であった.初回面接の実施できた4人のうち2人が6回のフォローアップ面接を終了した.フォローアップ期間中のメール相談はなかったが,区役所の支援担当者に相談した者が2人あり,1人は希死念慮が出現した際に自ら区役所地域みまもり支援センターに電話連絡し,もう1人は医療費や生活費について相談した.6回のフォローアップ面接終了時の感想は,「自分のことを振り返ることができるようになった」「自分の経験が,他の人の役に立てばと協力した.人の役に立てることで自分も救われる.話を聴いてもらい,自分も安定・変化でき過量服薬しなくなったことが助かった」などであった.

3.SF-36の変化
 第1期および第2期のフォローアップ期間中に3回実施されたSF-36の「身体的健康度」「精神的健康度」「役割社会的」のサマリースコアは,6ヵ月後のフォローアップ面接の時点でいずれも改善傾向を認めた(図4).

4.再企図・自殺既遂について
 第1期および第2期において6回のフォローアップ面接を終えた8人のうち,3人がフォローアップ面接期間中に自殺の再企図があった.この3人はすべて面接で再企図を打ち明け,その後のストレスコーピングの認識向上につながった.また,フォローアップ面接期間終了後に再企図した者が1名あったが,再企図後に「川崎市中部ケアチーム」のメンバーと話し合い,精神科治療の必要性を認識し,安定的な治療関係をもつに至った.また,自殺既遂に至った者はいなかった.なお,第1期および第2期において「中部ケアチーム」に紹介されたものの初回面接に至らなかった者10名,紹介に不同意または紹介なし14名のその後の再企図・自殺既遂は不明である.

図2画像拡大
図3画像拡大
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III.考察
 川崎市中部において「川崎市自殺未遂者支援地域連携モデル構築事業」を実施した.この事業は「川崎市中部ケアチーム」を組織し,救急医療機関退院後から自殺未遂患者等のフォローアップを行い,地域の支援につなぎ,退院後のQOLの向上と再企図の防止を図る支援モデルの構築の検討を行うことを目的とした.「川崎市中部ケアチーム」設置以前には,日医武蔵小杉病院を退院した自殺未遂患者などのフォローアップや地域支援につなぐ具体的な仕組みはなく,日医武蔵小杉病院の医師やソーシャルワーカーのつなぐ努力に依存していた.「川崎市中部ケアチーム」は,面接,電話相談などによって,自殺未遂者などの生活状況,困りごとを傾聴し,課題を整理するなどして退院後の生活を支援することができた.本調査の対象者がフォローアップ面接を肯定的に評価していることからも「川崎市中部ケアチーム」の設置は妥当であったと考えられる.
 「川崎市中部ケアチーム」につなぐ際の対象者の同意については,第1段階として救急搬送された日医武蔵小杉病院にて「川崎市中部ケアチーム」に紹介することの同意を得たうえで,第2段階として「川崎市中部ケアチーム」によるフォローアップ面接と必要な地域資源を紹介することの同意を得た.この2回に分けた同意は,救急搬送後の自殺未遂患者やその家族の心身の状態を考慮すると妥当であったと思われる.しかし,より多くの患者などに継続的な支援を行うためには,第1段階の同意取得に工夫の必要があると考えられた.
 「川崎市中部ケアチーム」の構成は,帝京大学医学部附属溝口病院,日医武蔵小杉病院,川崎市精神保健福祉センター,井田障害者センター,中原・高津・宮前区地域みまもり支援センターなどであり,これによって医療と行政が連携し,地域支援へのつなぎを図ることができた.その一方,初回面接がなかなか設定できない,家族から支援を拒否されるなどの事例もあった.このなかには法律専門職の助言を得ることが新たな支援方針を見いだすことに役立つと考えられる事例もあり,法律専門職を「川崎市中部ケアチーム」の構成員に加えることが必要と考えられた.
 「川崎市中部ケアチーム」への紹介に同意した20人のうち,初回面接に至ったのは10人(50.0%)で,そのうち8人が6回の面接を終了した.この8人のうち,3人は調査期間終了時までに再企図があり,1人はフォローアップ期間終了後に再企図があった.再企図率だけをみると高いと言わざるをえないが,フォローアップ面接期間中に再企図した3人はすべて面接で再企図を打ち明けた.フォローアップ面接期間終了後に再企図した1人は再企図後に「川崎市中部ケアチーム」のメンバーと話し合い,安定的な精神科の治療に至った.一般に,人は自分なりのストレスコーピングの様式をもち,ストレスに直面したとき,同じ対処法をとりやすい.だから自殺行動が繰り返されるのである.自殺の再企図を防ぐことはきわめて重要であるが,月1回のフォローアップ面接でそれを達成することは難しかったのが実情である.また,ケースマネジメントが長期的な自殺再企図の防止効果があるかどうかは見解が分かれている1)4)13).しかし自殺企図はクライシスコールであり,困難を抱えた市民を支援につなぐ重要な機会である.Erlangsen, A.ら3)は自傷行為を行った人への心理社会的治療を行った場合,短期および長期の追跡調査後に故意の自傷を繰り返すリスクと一般死亡率が低いこと,および長期の追跡調査後に自殺に対する保護効果があることを示している.本調査の対象者がフォローアップ面接の終了時の感想として,フォローアップを肯定的に受け止めていることや,SF-36のフォローアップ期間中の改善傾向は,「川崎市中部ケアチーム」によるフォローアップは心理社会的治療としての意義があったことを示すものであろう.
 「川崎市中部ケアチーム」に紹介のあった事例は,精神疾患,身体疾患,家族問題,職場問題や自分の安らげる場所がないなどのつらさを抱えていた.6回のフォローアップ面接を完了しなかった者があったこと,同意があり「川崎市中部ケアチーム」に紹介があったものの初回面接に至らなかった者があったことから,毎月1回の面接によるフォローアップ以外の,対象者にとって負担感の小さいフォローアップを取り入れることも必要かもしれない1)3).世界保健機関(World Health Organization:WHO)は自殺予防介入戦略として,全体的予防介入戦略,選択的予防介入戦略,個別的予防介入戦略の3つを挙げ,自殺予防の取り組みはさまざまな人口や危険性のある集団,そしてライフコースにわたっての背景に向けた,幅広い多部門によるアプローチを必要とすると述べている14).一般に自殺未遂者支援は,自殺のサインを表出している人や自殺企図歴のある人など,特定の個人をターゲットとする個別的予防介入戦略の対象とされるが,本人からの面接によるフォローアップの同意が得られない場合には,月1回の電話や相談機関リストを渡すなど,本人にとって受け入れ可能な見守りを提案するなど,脆弱性の高い集団をターゲットとする選択的予防介入戦略を取り入れることも必要であろう.
 現在,『自殺総合対策大綱』を踏まえ,ACTION-Jの成果6)をもとに「自殺未遂者等支援拠点医療機関整備事業」として,病院と地域で自殺未遂者などのケア・マネジメントのための研修が行われるようになった.このような取り組みの着地点は,精神医療を含めた地域の支援であり,本調査はその構築に向けた取り組みとも考えられる.
 本調査の限界を述べる.本調査は,自殺未遂者支援地域連携モデルの実現可能性に関する調査であり,取り扱った事例数は少ない.また,実際の事業として取り組んでいくためには,「川崎市中部ケアチーム」を地域のなかでどのように維持していくかを含めて,解決すべき課題は多い.また,本調査の期間中,2020年4月には新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が発出され,それ以後の「川崎市中部ケアチーム」の運営会議と連携会議はウェブ開催が多くなり,対面による機微なコミュニケーションに制約が生じ,それがフォローアップの結果に影響を与えた可能性もある.このような限界はあるものの,自殺未遂患者などを救急医療機関退院後に地域支援につなぎ,退院後のQOLの向上と再企図の防止を図る自治体ベースの取り組みとしての提案の意義は十分にあると考える.

おわりに
 救急医療機関退院後から自殺未遂患者等のフォローアップを行い,地域の支援につなぎ,退院後のQOLの向上と再企図の防止を図る支援モデルの構築の検討を行った.そのために設置された「川崎市中部ケアチーム」は自殺未遂患者などを救急医療機関退院後から継続的に支援し,地域の支援につなぎ,退院後のQOLの向上と再企図の防止を図る支援モデルとして有効な可能性がある.本調査の成果を踏まえて精神医療を含めた地域の支援を検討していく必要がある.

 編  注:本特集は第117回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに田中治(青森県立精神保健福祉センター)を代表として企画された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 本調査は,帝京大学医学部附属溝口病院,日本医科大学武蔵小杉病院,川崎市精神保健福祉センター,井田障害者センター,川崎市中部3区の区役所地域みまもり支援センターによる「川崎市中部ケアチーム」のメンバーの活動によるものです.また,本活動の経緯では川崎市自殺対策総合推進計画・地域連携会議の委員である弁護士,司法書士,宮澤潤法律事務所弁護士長野佑紀氏のご協力をいただきました.心より感謝申し上げます.

文献

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