Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第122巻第3号

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特集 双極性障害の予後を悪化させる要因と対応
双極性障害と攻撃性
寺尾 岳
大分大学医学部精神神経医学講座
精神神経学雑誌 122: 194-201, 2020

 本稿においては,双極性障害にみられる攻撃性を質問紙で把握したもの,暴力的犯罪,自殺に分けて解説し,医薬品としてのリチウムの効果,水道水に含まれる微量なリチウムの効果を示したうえで,攻撃性の臨床遺伝や病態生理に言及し,最後に治療的対応を提示した.そもそも双極性障害の症状は気分,活動性,思考などの面から検討されることが多く,攻撃性の点から検討されることは少ない.攻撃性は他者に向くものもあれば,自分に向くものもある.前者は暴力的犯罪に発展することもあるし,後者は自殺に至ることもある.いずれも,深刻な問題であり看過することはできない.なお,統合失調症や双極性障害にみられる攻撃性は,多くが合併する物質乱用に由来するという考えが優勢であった.しかしながら,最近,双極性障害においては疾患特異的な遺伝子の影響が双極性障害と暴力的犯罪との関連を少なくとも一部は説明するというエビデンスが出た.すなわち,双極性障害自体に攻撃性と関連するところがある.リチウムが双極性障害にも攻撃性にも奏効するのは,このような事態を反映しているともいえよう.いずれにせよ,双極性障害の患者にみられる攻撃性に注意を向けて,適切に診療を組み立てることは重要なことである.

索引用語:双極性障害, 攻撃性, 暴力, 自殺, リチウム>

はじめに
 まずは,筆者の担当した双極性障害の患者にみられた攻撃性を紹介しよう.随分昔のことであるが,あまりにも唐突なエピソードがいくつかあったので記憶に鮮明に残っている.特に問題なく仕事を続けていた職場で,突然,駐車場のことで上司と口論になり数日後に退職した.しばらくして自宅で,父親の法事のことで,突然,母親と口論になり,一緒に暮らしたくないとホテルに泊まり歩きアパートを探した.さらに身体科の外来で,突然,日程変更の件で受付の職員と口論になり,治療を中断した.いずれも,はっきりとした躁病エピソードがあったわけではなく,衝動的に攻撃性が発現したわけである.しかも,この患者の攻撃性は言語的攻撃性であり,暴力など身体に対する攻撃性ではない.つまり,双極性障害の攻撃性はたとえ言語的攻撃性のレベルであっても,仕事や生活,治療の中断に陥る危険性があるということである.これまで,双極性障害の症状は気分,活動性,思考などの面から検討されることが多く,攻撃性の点から検討されることは少なかった.
 本稿においては,双極性障害と攻撃性の関係を文献的に検討し,攻撃性の薬物療法に言及する.なお,本稿は既報告18)を土台に,シンポジウムでの講演内容や他の文献をもとに改稿したものである.

I.質問紙での調査
 双極性障害の患者が他の精神疾患と比較して攻撃性を発揮しやすいのか否か,Ballester, J. ら1)2)は横断的研究と縦断的研究を行っている.まず,横断的研究1)においては,255名の双極性障害患者と85名の非双極性障害患者(うつ病や気分変調症など),そして84名の健常者を対象にAggression Questionnaire(AQ)を用いて攻撃性を測定した.通常,AQといえばAutism Spectrum Quotient(自閉症スペクトラム指数)のことであるが,ここでは攻撃性の指標のことである.このAQは,5つのサブスケール(物理的攻撃性,言語的攻撃性,怒り,敵意,間接的攻撃性)に関する34の質問項目を含んでいる.
 例えば,物理的攻撃性では「もし誰かが私を挑発したら,私はその人を叩く」という質問が含まれ,言語的攻撃性では「誰かが私を困らせたら,私はその人に何と思っているかをはっきり言う」という質問が含まれ,怒りでは「ときどき私は爆発しそうになるのを感じる」という質問が含まれている.敵意は,社会的疎外感や被害妄想に関連しており,「人々が自分に好意的なときに彼らが自分に何を欲しているのか考える」という質問が含まれている.間接的攻撃性では,「誰かのせいでイライラするときには,その人を無視する」という質問が含まれている.それぞれの質問は,まったく自分にはあてはまらない場合の1点から,完全に自分にあてはまる場合の5点まで得点が付与されている.つまり,質問にぴったりとあてはまるほど得点は高くなり,総得点が高いということはそれだけ攻撃性も高いということである.このAQを施行した結果,双極性障害の患者は非双極性の患者や健常者と比較して総得点もサブスケール得点もすべて有意に高かった.患者背景で補正してもこの結果は変わらなかった.
 次に縦断的研究では,同じくBallesterら2)は上記の3群(双極性障害患者,非双極性障害患者,健常者)を2年後と4年後に追跡した.その結果,やはり双極性障害の患者は非双極性の患者や健常者と比較してAQで調査した攻撃性が有意に高かった.双極性障害の亜型(I型,II型)や観察時点での気分エピソードの極性,重症度は攻撃性に関係せず,精神病症状も攻撃性に関係しなかった.ただし,調査時点で何らかの気分エピソードにある患者は正常気分の患者よりも有意に攻撃性が高かった.以上の2つの研究1)2)は同一患者を横断的に,かつ縦断的に観察したものであるが,双極性障害患者はうつ病圏の患者と比較して攻撃性が高く,何らかの気分エピソードにあるときはさらに攻撃性が高くなるということが示唆される.
 Dervic, K. ら3)は,うつ病エピソードを有する685名の患者を対象に,患者背景や衝動性・攻撃性を比較した.患者の内訳は,うつ病455名,双極I型障害151名,双極II型障害79名であった.これらの患者の攻撃性を調査した結果,双極I型やII型障害患者はうつ病患者よりも,衝動性,攻撃性,敵意性が大きかった.また,双極I型障害の患者は双極II型障害の患者よりも,衝動性や攻撃性が大きく,敵意性は逆に小さかった.なお,クラスターAやBのパーソナリティ障害,アルコールや物質使用障害,不安障害は,うつ病患者よりも双極I型やII型障害に多く合併していた.さらに,双極I型障害患者はうつ病患者よりも無職の者が多かった.この研究は,双極性障害がうつ病よりも攻撃性や衝動性が高いことを結論にしているが,合併症で補正をかけておらず,そのため,合併したパーソナリティ障害や物質使用障害のために攻撃性や衝動性が双極性障害のほうに強く出ている可能性は否定できない.

II.暴力的犯罪(他者に向く攻撃性)
 Fazel, S. ら4)は,スウェーデンにおいてナショナルデータベースを利用して,1973年1月1日から2004年12月31日までに暴力的犯罪すなわち他殺,暴行,強盗,放火,性犯罪,脅迫や威嚇を行ったために有罪判決を受けた15歳以上の事例を収集した.その結果,暴力的犯罪で有罪になった比率は,一般人口の3.5%に比して,双極性障害患者では8.4%と高く,発症していない同胞では6.2%であった.年齢や性,収入や婚姻状態,移民かどうかで補正をかけると,双極性障害の患者は,一般人口と比較して2.3倍(95%信頼区間2.0~2.6)のオッズ比で暴力的犯罪を起こし,未発症の同胞と比較しても1.6倍(95%信頼区間1.2~2.1)のオッズ比で,暴力的犯罪を起こす危険性が高いことが判明した.
 なお,双極性障害に物質乱用を合併していると,一般人口と比較して暴力的犯罪のオッズ比は6.4倍(95%信頼区間5.1~8.1)と上昇し,合併していないと一般人口と比較してオッズ比は1.3倍(95%信頼区間1.0~1.5)と低下した.意外なことに,サブグループ解析において,この暴力的犯罪の生じた気分エピソードについて,躁病エピソードとうつ病エピソードを比較するとオッズ比1.2倍(95%信頼区間0.8~1.9)と有意差なく,躁,軽躁,混合エピソードとうつ病エピソードを比較してもオッズ比1.1倍(95%信頼区間0.7~1.7)と有意差なく,精神病像を伴うものと伴わないものの比較でもオッズ比0.8倍(95%信頼区間0.4~1.4)と有意差がなかった.性別で検討すると,暴力的犯罪は双極性障害の男性患者1,635名中226名(13.8%)に生じたが,女性患者では2,108名中88名(4.2%)と少なかった.しかしながら,女性の一般人口と比較すると女性の双極性障害患者はオッズ比4.1倍(95%信頼区間3.0~5.5),男性の一般人口と比較すると男性の双極性障害患者はオッズ比1.9倍(95%信頼区間1.6~2.3)と,女性の双極性障害患者のほうが同性の一般人口における暴力的犯罪率よりも高かった.また,気分エピソードの種類によらないことから,気分とは直接関係がないという結果であった.
 さらにFazelら4)は,同様の8つの研究を集め,自分たちの研究と一緒にメタ解析にかけた.その結果,全体として双極性障害患者は一般人口と比較して,暴力の危険性がオッズ比4.1倍(95%信頼区間2.9~5.8)に増加することが判明した.以上の結果は,双極性障害が暴力的犯罪を増加させる可能性を示唆するものであるが,物質乱用を合併するとオッズ比が6.4倍,合併しないと1.3倍に低下することから,物質乱用の関与が暴力的犯罪に結びついている可能性が高いと考えられる.
 さてVolavka, G.21)は,統合失調症と双極性障害における暴力についてさまざまな文献を集めて総説をまとめている.そのなかで,警察介入を要するような攻撃性を発揮した患者は,双極性障害患者の12.2%にみられ,アルコール乱用患者では8.2%,薬物乱用患者では10.9%であったという.また,15歳以上の健常者における攻撃的行動の生涯有病率は0.66%であるのに対し,双極I型障害では25.3%,双極II型障害では13.6%であった.これらの数値は合併症に影響されている可能性が高いため,合併症のない双極性障害患者を対象とすると,攻撃的行動の生涯有病率は双極I型障害で2.5%,双極II型障害で5.1%と低下した.ちなみに,合併症のないアルコール依存症患者では攻撃的行動の生涯有病率は7.2%であり,合併症のない物質依存のそれは11.3%と高かった.双極性障害にアルコール依存症,物質依存症,妄想型パーソナリティ障害や反社会性パーソナリティ障害を合併することはしばしばあり,それにより攻撃性の危険性は増加するといえよう.
 なお,暴力の危険性は一般人口と比較すると統合失調症も双極性障害も有意に高いが,統合失調症よりも双極性障害のほうが高く,双極性障害患者の暴力の多くは躁病エピソードにおいて生じ,物質乱用の合併によってさらに重篤となると述べられている21).先述したBallesterら1)2)の研究やFazelら4)の研究では,攻撃性や暴力的犯罪と躁病エピソードとの関連がなかったと報告されている一方で,このVolavka21)の総説で躁病エピソードに暴力が多いと明言されていることは,前者は衝動性に伴う攻撃性を拾い上げ,後者は躁病エピソードに伴う攻撃性を拾い上げている可能性もある.

III.自殺関連行動(自分に向く攻撃性)に対する薬物の効果
 これまで他者に向けられた攻撃性について論じてきたが,自分自身に攻撃性が向けられたときに生じる最悪の転帰が自殺である.Toffol, E. ら20)は,ナショナルデータベースを利用してフィンランドにおいて自殺企図のために入院した826名の双極性障害患者を対象に平均3.5年間のフォローアップを行った.その間の再入院,自殺完遂,総死亡を扱っているが,ここでは自殺を取り上げる.解析の結果,自殺のCoxによるハザード比がリチウム投与で0.37(95%信頼区間0.16~0.88)と有意に低下したが,抗精神病薬投与で0.78(95%信頼区間0.43~1.40),抗うつ薬投与で1.45(95%信頼区間0.79~2.65),バルプロ酸投与で0.50(95%信頼区間0.24~1.08),ベンゾジアゼピン投与で0.91(95%信頼区間0.51~1.63)と有意な低下は認められなかった.
 最近,Song, J. ら16)もナショナルデータベースを用いてスウェーデンにおいて51,535名の双極性障害患者を対象に2005年から2013年までフォローアップを行い,リチウム投与患者21,129名の自殺関連事象のハザード比が0.86(95%信頼区間0.78~0.95)と14%低下したのと比較して,バルプロ酸投与患者では1.02(95%信頼区間0.89~1.15)と低下しなかったことを見いだした.これらの結果は,リチウムがバルプロ酸よりも強い自殺効果を有することを示唆する.しかし奇妙なことにサブグループ解析では,双極II型障害のみに抗自殺効果が発揮され,双極I型障害には発揮されなかった.この理由に関して,筆者らは混合状態にヒントがあると考え,次のような趣旨のレターを書いた19).彼らが診断をDSM―IV―TRで行ったとしたら混合エピソードの患者はすべて双極I型障害となる.そもそも混合状態は自殺率が高く,リチウムが効きにくいので,双極I型障害にリチウムの抗自殺効果が出なかったことを説明できるのではないか,ということから,DSM―5の「混合性の特徴を有するもの」を使って,公平に双極I型とII型に混合状態を割り振ればどのような結果になるだろうか?という疑問を呈したわけである.彼らの回答10)は,実際にそのように再解析してみたが,残念ながら結果は変わらなかったという.

IV.水道水リチウムと攻撃性の予防
 ちなみに,治療薬として用いられるリチウム製剤よりもずっと低い濃度であるが,通常の水道水にもリチウムが含まれている.最初に,水道水のリチウム濃度が高い地域の自殺率や犯罪率が低いことを発見したのはテキサス州のSchrauzer, G. N. ら13)である.この先行研究をもとに,筆者ら11)はリチウムに自殺予防効果があるという仮説を立て,大分県内18市町村の水道水リチウム濃度と自殺率の標準化死亡比(Standardized Mortality Ratio:SMR)との相関を検討し,有意な負の相関があることを見いだした.さらに,Kapusta, N. D. ら9)は,オーストリアの全99州において6,460ヵ所の水道水リチウム濃度を測定し,自殺率や自殺のSMRとの相関を検討した.その結果,社会経済的要因や医療要因で補正しても,水道水リチウム濃度は自殺のSMRと有意な負の相関を示すことが確認された.これらの所見は,水道水に含まれるほどの微量なリチウムであっても,自殺予防効果が発揮される可能性を示唆している.ただし,英国東部を対象としたKabacs, N. ら7)の研究では,水道水リチウム濃度と自殺のSMRの間に有意な相関を認めていない.
 このように,結果が一致していないこともあり,筆者ら5)は九州全域において水道水リチウム濃度を測定し,さまざまな要因で補正しつつ自殺との相関を検討した.九州の全274市町村を対象に,水道水リチウム濃度と自殺率の関連を調査し,人口による重みづけをしつつ重回帰分析を行ったところ,総人口および男性において水道水リチウム濃度と2011年における自殺のSMRの間に有意な負の相関を認めた.自殺を促進する要因(正の相関)として,高齢者率,単身世帯率,第一次産業従事率,完全失業率を取り上げ,自殺から保護する要因(負の相関)として,短大以上の学歴,婚姻率,年間平均気温,年間郵便貯金残高を考慮し,これらで重回帰式の補正を行うと,依然として男性において有意な負の相関を認め,総人口や女性では認めなかった.さらに,筆者ら14)は気象条件の大きく異なる北海道(全35市)と九州(全118市)のデータを一括して解析することで,気象条件で補正しながら水道水リチウム濃度と自殺の関連を再検討した.すなわち,2010年と2011年の自殺のSMR(総人口,男性,女性)の平均値とリチウム濃度の相関を,気象庁の公表した2010年と2011年の日照量,気温,降水量,降雪量の平均値で補正しながら検討した.各市の2010年と2011年の人口平均による重みづけを行いつつ重回帰分析を行った.その結果,自殺のSMRと水道水リチウム濃度は,総人口と男性において有意な負の相関を示し,男性では4つの気象条件で補正しても有意であった.女性では相関を認めなかった.
 さて筆者らは,最終的に日本全国を視野に入れ47都道府県を対象に,東京都は23区,他の道府県は785市の水道水をすべて採取して,リチウム濃度を測定した.自殺率は,808市区における自殺のSMRを2010年から2016年の7年間にわたって計算し,それらを平均したものを用いた.現時点での解析結果では,自殺のSMRは関連する要因で補正すると,やはり男性において水道水リチウム濃度と有意な負の相関を示した(投稿準備中).さて,筆者ら6)が2018年にまとめた総説では12編中9編で水道水リチウム濃度と自殺率に有意な負の相関を認めたが,正の相関を認めた論文はなかった.残りの3編は関連を認めないとするものであったが,対象とした地域の水道水リチウム濃度のレンジが狭く,この狭さが有意な相関を見いだしにくくしているものと考えた.なお,性差に関しては,有意な負の相関を男性に認め女性に認めなかった論文が4編,女性に認め男性に認めなかった論文が3編で,性差があるのかどうかは不明であった.
 ここまでは,水道水リチウム濃度と自殺率の関連を検討した疫学研究であり,直接的に血中リチウム濃度と自殺率の関連を検討したものではなかった.そのため,水道水を飲まずにミネラルウォーターを飲んでいる人たちはどうなるのか,野菜や穀類にも微量のリチウムが含まれているがそれらの影響はどうなるのか,リチウムが微量でも精神的な作用が発揮できるのは長期間にわたって摂取していることによる可能性があるならば他のところから引っ越してきた人たちはどのように扱うのか,などさまざまな疑問が呈されていた.これらはひとえに疫学研究という限界のせいであり,血中リチウム濃度を測定できれば,ミネラルウォーターや野菜や穀類から摂取されるリチウムはすべて血中リチウム濃度に反映されることになり解決される.ただし,飲用期間の問題は未解決である.さらに,治療薬としてリチウムを服用している患者はそれだけで血中リチウム濃度がはるかに高くなってしまうので,微量なリチウムの効果を調べる臨床研究においては,リチウム服薬患者は除外すべきである.
 筆者ら8)は大分大学の高度救命救急センターで199名の患者を対象に,リチウムと自殺関連行動との関連を検討した.自殺企図患者は31名,故意の自傷患者は21名,通常の事故やけがの患者が147名(対照群)であった.これらの患者はすべて薬剤としてのリチウムを服用しておらず,体内には食物や水分から摂取された微量なリチウムが存在していると考えられた.これらの患者が高度救命救急センターを受診したときに採血を行い,血中リチウム濃度を測定した.まず,自殺企図群,故意の自傷群,対照群の3群間の血中リチウム濃度の中央値は,自殺企図群が0.00058 mEq/L,故意の自傷群が0.00072 mEq/L,対照群が0.00072 mEq/Lであった.血中リチウム濃度を対数変換して分散分析を行ったところ,3群間で有意差があり,事後検定を行うと,自殺企図群は対照群よりも血中リチウム濃度が有意に低かった.さらに,多項ロジスティック解析で年齢や性で補正しつつ対照群を参照群としながら3群間を比較すると,自殺企図群は参照群よりも,対数変換した血中リチウム濃度が有意に低かった(オッズ比0.23,95%信頼区間0.06~0.88).なお,この論文では男性にのみ有意な関連を認めた.

V.臨床遺伝学
 Sariaslan, A. ら12)は,ナショナルデータベースを用いてスウェーデンで1958年から1989年に生まれた3,332,101名のサンプルを利用して,923,259名の双子を同定し,さらに統合失調症10,265名,双極性障害12,627名,健常者2,425,703名を同定した.これらの対象における物質乱用と暴力的犯罪の生涯合併率はそれぞれ,統合失調症で29.3%と23.2%,双極性障害で26.7%と10.9%,健常者で3.2%と3.1%であった.このように,暴力的犯罪は統合失調症患者が双極性障害患者の2倍であった.一卵性や二卵性双生児そして同胞のデータを利用して,多変量・量的遺伝子モデルを構築した結果,統合失調症の患者(r=0.32)は双極性障害の患者(r=0.23)よりも暴力的犯罪を起こしやすく,統合失調症と暴力的犯罪の関連の大部分(51~67%)が物質乱用と関連する遺伝的影響によって説明された.統合失調症の場合には,統合失調症に疾患特異的な遺伝子の影響など,物質乱用と関連しない遺伝的影響の関与は否定的であったが,双極性障害においては,双極性障害に疾患特異的な遺伝子の影響が双極性障害と暴力的犯罪の関連の21%を説明した.このように,双極性障害は,統合失調症とは異なり,暴力の危険性を増す疾患特異的な遺伝子の影響がありそうである.このことはかなり重要なことで,双極性障害の治療そのものが攻撃性や暴力の治療につながる可能性を示唆している.

VI.攻撃性や暴力の病態生理とリチウム
 Siever, L. J.15)は攻撃性や暴力が生じる病態生理に関して,総説をまとめている.このなかで,扁桃体や島などの辺縁系に由来するボトムアップ・ドライブと眼窩前頭皮質や前部帯状回からなるトップダウン・コントロールのバランスが不均衡になると攻撃性が生じると考えた.つまり,ボトムアップ・ドライブでは攻撃的行動に結びつく情動が生じているが,トップダウン・コントロールではそのような行動を社会的文脈で検討し報酬や罰を予測することにより補正する役目を果たしている.このやりとりがうまくいかないと攻撃性が露呈するわけである.そして,バルプロ酸やガバペンチンは辺縁系の興奮を抑制することでボトムアップ・ドライブの鎮静に寄与すると推定した.筆者は,リチウムが前頭前皮質や前部帯状回の体積を増やし海馬の体積も増やすことから,トップダウン・コントロールを増強しボトムアップ・ドライブを抑制することで攻撃性を強力に抑える可能性を示唆した17)

おわりに
 今まで述べてきたことをもとに,双極性障害の攻撃性に対して,治療的対応を考えてみると,治療場面における言語的攻撃性に対しては,できるだけ穏やかに患者の主張を聞き,こちらの考えをわかりやすく説明して,誤解を解くように努めることであろう.しかしながら結論ありきの話であることも多いので,いったんは患者の思うようにさせてみることもある.その結果をみてから話し合って軌道修正をしていくことになる.薬物療法としては,基本的にはリチウムを投与して攻撃性の変化をみながら増量し1.0 mEq/Lあたりまで増やす場合もある.また,双極性障害の抑うつエピソードにおける攻撃性が,混合状態と関連しているという意見もあるため,そのような場合には,バルプロ酸も試みる価値がある.

 利益相反 持田製薬株式会社,大塚製薬株式会社,大正ファーマ株式会社より講演料を受けた.

文献

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