Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第116巻第10号

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特別講演
第109回日本精神神経学会学術総会
Mind the Gap―より包括的な精神医学の構築にむけて―
澤 明
ジョンズホプキンス大学統合失調症疾患センター,医学部精神神経科,公衆衛生学部精神保健学科
精神神経学雑誌 116: 873-879, 2014

 現在の医学は,病気の本質を理解し治療成績を向上させるために,多様な学術的考え方,技術を組み合わせることが本質的となっている.21世紀に入り,ヒトゲノムの解読が完了し,脳画像技術が大きく発展した.このような発展に支えられ,生物科学的概念が入りにくいとされてきた精神医学の分野にも様々な新しい学術的専門性が流入してきている.DSM,ICDといった操作的診断基準の意義とは何であるか,それらの利点の限界はどのようなものであるかについての議論も,さらに重要なものになってきている.すなわち,精神医学の難しさは,究極的にはmind-brain problemもしくはmind-body problem(心脳問題もしくは心身問題)に帰着するが,さらにはそうした難しさゆえ,様々な仮説がドグマティックに乱立してしまうfactionalism(学派間の争い)によって,混乱が増強する傾向にある.それゆえ,「包括的な精神医学の概念」に対する問題設定は,精神医学にとって重要なものである.本稿は,精神科臨床においても有意義な「包括的な精神医学の概念」を構築していく上で,いかに最先端の生物科学や操作的診断基準に内在する考え方を活用,統合し,そして,その努力を若い世代に伝えていくべきか,について議論している.狭い考え方や専門性に拘泥しない知的キャパシティー,対人ネットワーク形成技能を育てていくような精神科における教育システムの整備が重要であろう.このような教育システムを定着させ,社会,家族,人間関係の中での一人の人間としての患者,をみることのできる医師(できれば国際的な医師)を育てていくことができるならば素晴らしいと考えている.

索引用語:精神医学, 操作的診断基準, 生物科学, 包括的な概念, 教育>

はじめに
 現在の医学は,病気の本質を理解し治療成績を向上させるために,多様な学術的考え方,技術を組み合わせることが本質的となっている.例えば,がんを対象とする腫瘍学では,治療学として外科的,内科的といった様々なアプローチがある.同時に,遺伝学,分子細胞生理学などを含む学際的分野は,これらの治療学を支えるだけでなく,むしろ考え方のフレームワークを形づくるという意味で,腫瘍学の全体の中でリーダーシップの役割を担っている.さて,やはり医学の一分野である(とされる)精神医学の現状はどうだろうか.
 21世紀に入り,ヒトゲノムの解読が完了し,脳画像技術が大きく発展した.このような発展に支えられ,科学的研究が入りにくいとされてきた精神医学の分野にも様々な新しい学術的専門性が流入してきている.一方,精神医学の中で,DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders),ICD(International Classification of Diseases)といった実証主義的ではあるものの操作的診断基準の意義とは何であるかは,さらに重要なトピックとなった.すなわち,主に生物学に力点をおく科学的概念,技術の流入が同居しながら,2013年のDSM改訂にむけて多くの議論がたたかわされたのが,21世紀の最初の10年であったといえるかもしれない.この約10年は興味深い時期であったとは思う.ただし,歴史的にみて生産的であったといえるかは将来の審判を待たねばならないだろう.一方,現時点でこの10年を振り返り,それらの精神医学全体に対する意義,問題点などを考えることは,将来に向けては必須の事項であるといえるだろう.

I.2013年5月日本精神神経学会にて
 2013年5月の日本精神神経学会にて特別講演をさせていただく機会を得た.筆者が,会員資格を残している最後の日本の学会となったこの会で特別講演をさせていただくのは2回目である.最初は2007年に井上新平大会長のご指示にて,生物科学的概念,技術が精神医学に導入されてくる際に,どのような疾患概念をもってこれらに対応したらいいかということについて話した.これに対して,今回は,実際にこれらが精神医学に導入されてきたことによって引き起こされた結果をまとめることに主眼をおいた.
 すなわち,こうした生物科学的考え方,技術の導入によって,精神医学における疾患に対する根本的な考え方に興味深い刺激が与えられているが,筆者が,その状況の中でいかに「包括的な精神医学の概念」をまとめようとしているかについて述べることを,今回の発表目的の1つとした.また,多様な専門性の導入は,学問が人間によって作られるものである以上,異なる教育背景,考え方をもった人と人のせめぎ合いを引き起こすことを意味する.特にインターネットが爆発的に発展した過去10年は(それが非常に表層的なものであれ)世界における人間のつながり方にも大きな影響をあたえた.したがって,2つめの講演目的は,こうした学問を支える人間関係について,特にそれに一番重要な役割を果たす「精神医学における教育のあり方」とした.

II.ジョンズホプキンス大学統合失調症疾患センターについて
 ジョンズホプキンス大学病院は過去4半世紀にわたり全米で第1位の地位を保っているが,精神医学部門も一昨年度の評価ではようやく全米第1位(本年は第3位)となった.ジョンズホプキンンス大学病院は,既存の医学体系に従った縦割りの部門構造と,主要疾患を集約的に扱えるようにデザインされた部門を越えた横広がりのセンター構造が,マトリックスをなすようにアレンジされている.こうした構造設定をすることで,古典的な縦割り「サイロ型業務」の欠点が克服され,より患者主体の医療をめざしている.統合失調症は,そのスペクトラムを広くとるならば人口の1~2%をしめるcommon diseaseであるので,主要疾患としての疾患センターが作られている.精神科に所属し,診療,臨床活動に貢献する一方で,大学当局とのダイレクトなコンタクトをもちながら部門,学部を越えた学際的研究,教育,さらには一般社会へのアウトリーチを目的としている.本論文で述べる「包括的な精神医学の概念」「精神医学における教育のあり方」とは,この統合失調症疾患センターの多くのメンバーたちとの臨床に始まり研究,教育,アウトリーチに至る様々な側面から学んだことを,2013年時点での考え方としてまとめたものである.なお,さらなる詳細についてはぜひ次のリンク2)などをご参照いただきたい.

III.包括的な精神医学の概念
 精神医学の難しさは,究極的にはmind-brain problemもしくはmind-body problem(心脳問題もしくは心身問題)に帰着するが,さらにはそうした難しさゆえ,様々な仮説がドグマティックに乱立してしまうfactionalism(学派間の争い)によって混乱が増強する傾向にある.すなわち,精神分析学と極端な生物学的精神医学(脳の理解のみで精神医学の問題はすべて解決すると考えるもの)の対立,それらのどちらとも距離をおく実証主義的な精神医学,ひいては反精神医学などが,相互にうまくかみ合わない議論を広げた歴史があった.それゆえ,「包括的な精神医学の概念」に対する問題設定は,現在の精神医学にとって重要なものである.

1.生物科学が精神医学に教えてくれる可能性のあるもの(3つの基本原則)
 この問題設定の中で,生物科学,神経科学は,精神医学に対して意義のあるものであろうか.現在の学問の世界では,これに対して肯定的な答えがナイーブに返ってくることが多いが,筆者自体はいつもこの質問に対する答えは,もう少し慎重であるべきものと考えている.2013年の日本精神神経学会の講演では,最先端の生物科学が「包括的な精神医学の概念」に何らかの貢献をできると仮定した場合,その貢献のエッセンスとは何かについて考察した.そして,以下の3つの基本原則が,最先端の生物科学が精神医学に教えてくれるものであろうと要約した.
 ①精神科領域における疾患はそれぞれが独立した分類可能な疾患ではなく,境界が明確ではない連続した状態(精神科障害)として考えるのが最も科学的であること:One continuum of psychiatric conditions,beyond the boundary of disease and non-disease.
 ②精神科障害は,ストレス反応,免疫,代謝機能にも関連する全身性の障害であり,その中で脳という臓器が重要な役割を果たしていること:Psychiatric conditions are systemic.
 ③精神科障害は,遺伝子と環境因子の相互作用によりそのリスクが規定されていること:Psychiatric conditions occur as the results of host-environmental interactions.
1)One continuum of psychiatric conditions
 精神科領域の疾患はそれぞれが独立した分類可能な疾患というよりは,境界が明確ではない連続した状態と考えるのがより科学的であるということである.最先端の生物科学の中でも,特に人類遺伝学の発展はめざましい.ゲノム全体の多様性,塩基配列を包括的に調べることは毎年安価となり,数千,数万の個体からの遺伝情報を敏速に調べ,それらと疾患の関連を多施設が連携し合って調べることは当たり前となった.この状況で,DSMで診断されるカテゴリー(例えば統合失調症,双極性障害,自閉症スペクトラムである)それぞれを1つのグループとしてそれらの遺伝的特徴を探る研究が進んだ.興味深いことに,異なったDSM診断の疾患群は遺伝学的に対照をなさず,むしろ異なったカテゴリー同士でも遺伝,生物学的リスクが大いに共有されることが明らかになってきた.現在の臨床診断分類がreliabilityとclinical usefulnessをベースに作られ,etiological validityを考慮していないことを考え合わせれば,精神科遺伝学からのこのメッセージはさして驚くべきことではない.さらには遺伝,生物学的リスクは,健常群,患者群ではっきりした対照を示すものでもなく,ある連続性をもった特徴の中での偏倚程度の組み合わせで表現されるものであることがわかってきた.最新の生物科学,特に精神科遺伝学が教えるこの基本原則は,今後の創薬ストラテジー,治療体系を整える上で,大きな示唆を与えてくれるだろう.
2)Psychiatric conditions are systemic
 基本原則の2つ目は,精神科障害は免疫機能,ストレス反応,代謝機能にも関連する全身性の障害であり,その中で脳が重要な役割を果たしていることである.最近の疫学研究,またdrug naïve casesをあつかった臨床研究は,統合失調症や双極性障害に合併して,身体疾患,もしくは身体疾患の主要な生物学的変化がしばしば存在することを支持している.特に,自己免疫疾患や炎症,酸化ストレスと統合失調症,双極性障害との関連性に注目が集まっている.特に陽性症状や躁状態がより顕著な時期に,免疫,炎症や酸化ストレスに関連する分子に顕著な変化が認められるとする報告も続いており,こうした生物カスケードにかかわる分子群が創薬のターゲットになり得るのではという期待も大きい.
3)Psychiatric conditions in host-environmental interactions
 精神科障害の成因が遺伝因子によるのか,それとも,環境因子によるのかという議論が,過去に何度もなされてきた.近年の精神科遺伝学,疫学,神経科学は,精神科障害は多様な遺伝,環境因子の組み合わせによって成立すると考えるのが最も妥当であることを示唆している.

2.包括的な精神医学の概念と,より良き精神科臨床へ
 ドグマティックなスローガンも時には含まれる様々な仮説によって,良くも悪くも彩られてきた精神医学の歴史ではあるが,1980年以降のDSMの普及はこうしたfactionalismを克服し,精神医学の混乱を整理し,より良き精神科臨床につながるものであろうか.答えは必ずしも単純でないことを多くの精神科医は共有しているものと思う.
 DSMなどの操作的診断基準の本質的問題点は,前ジョンズホプキンス大学精神医学部門大講座長Paul McHughの言葉を借りるなら「単なるチェックリスト」であり,何ら患者の精神医学的問題点を記述し,掘り下げるものではない.Paul McHughは,これに対して「Perspectives of Psychiatry」6)を出版し,4つの異なった「側面」(「軸」という訳も可能であるが,DSMでの軸の概念との混同をさけるために「側面」という言葉を使う)から患者の問題点にアプローチすることで,本質を包括的に明らかにする臨床的方法論を唱えた.より具体的には,臨床例のそれぞれに対して,常に対象者の状態像をありのままにまず受け取り,その問題点を「Diseases(疾患もしくは病的異常)」「Dimensions(特質すなわち正常形質の偏倚)」「Behaviors(行動)」「Life stories(生活史)」の4つの異なった「側面」から,そのありのままの姿を記述,整理していくことで,治療ならびに対応指針を作ろうとするものである.それぞれ原著は1986年に出版されており,すでに古典となりつつあるが,McHughの弟子のMargaret Chisolmらによってこの概念を用いた実践例を紹介する.
 「Systematic Psychiatric Evaluation」1)も出版され,この臨床学派は着実な歩みを続けている.このアプローチはジョンズホプキンス大学精神神経科での臨床実践の1つの指針となっており,本邦ではこれを支持する考え方を松下正明らが記している5).またDSMは,reliabilityとclinical usefulnessをめざし,etiological validityを無視しているゆえ,生物学的側面を正しく反映できていない.NIMH(National Institute of Mental Health)は,生物科学的な機構を反映した新たな疾患分類フレームワークRDoC(Research Domain Criteria)を提唱することで,この限界を克服する試みを始めている4).RDoCはまだ探索的なものであるが,興味深い含蓄がある.
 すなわち,近年目覚ましい生物科学の発展は,興味深いことにDSMなどの操作的診断基準の矛盾点,欠点をえぐり出す方向で概念の発展が進んでいる.過去の10数年に生物科学が積極的に精神疾患(もしくは私がより正しいと考える言葉使いとしては,精神科障害)にかかわろうとして明らかにしてきた本質は,上記の3つの基本原則にまとめられると考えるが,これらはDSMの概念構造を積極的にサポートするものではない.むしろ生物科学は,環境因子と遺伝背景,身体的要素をバランスよく考え合わせ,疾患と健常を対比的に捉えるというよりは,それぞれの個性をもった人間が心理的,社会的要因と複雑に絡み合ったときに陥る困難な障害として,精神科障害(もしくは精神疾患)を考える.そしてその障害を不可逆的なものとして捉えるのではなく,いかに可逆的な要素を残した可塑性のあるものとして考えるかということが生物学的研究のフォーカスになっている.新しい創薬ストラテジーの発見も生物科学が目標とするものであることを否定はしないが,むしろ早期発見,介入による環境の調整,様々な種類の脳刺激法の導入,コンピュータを使った認知行動療法の工夫などが,現在の生物科学が最も貢献できる可能性のある部分と考えている.
 生物科学は実証的なものとして,ともすればDSMの理念に近く,包括的な人間理解をしようとするものとは対立的なものではないかとの誤解を受けがちなこともあったが,これは正しくない.2013年の日本精神神経学会の講演では,「包括的な精神医学の概念」という問いに対して,生物科学の限界を十分にわきまえた上で,生物科学が教える3つの基本原則をうまく精神医学,また精神科臨床に生かしていくこと,さらには患者把握の原点として人間理解の多様な「側面」に注意を払うことの重要性を述べた.

IV.精神医学における教育のあり方
 上記のように,精神医学において「包括的な概念」を考えることは,この分野の発展,より良き患者診療のために大切であろうと思われるが,その議論はまだ必ずしも成熟したものではない.それを本当の成熟に導くためには,若い世代と歴史的背景の多様性を共有することが大切だろう.もう少し具体的にいえば,本論でも若干触れてきたようにDSMの利点,不十分な点の両方をニュートラルに整理しながら,それでもどうしてDSMが過去の数十年にわたって中心的位置を占めざるを得なかったのかについても,教育の場で建設的に議論することが大事であろうと思われる.また生物科学,脳科学,人類遺伝学が爆発的に発展している昨今,良きにしろ悪しきにしろ,精神医学はこうした科学の影響を全く無視することは困難である.むしろ,それらを正しく理解,解釈し,より良き臨床に活かしていく工夫が必要になる.この場合,どのようにして精神医学に適切な生物科学のエッセンス(知識というより,考え方,含蓄)を,忙しい臨床医の初期教育の段階で伝えるかも大切である.
 ジョンズホプキンス大学精神神経科では,上記のように「Perspectives of Psychiatry」を臨床実践の1つの指針とし,患者を一人の人間として包括的把握を行うことを目指している.「Perspectives」は良い指針ではあるのだが,一方でDSMを単なる「Perspectives」の対立概念と敵対視し「Perspectives」の価値を相対的に評価できない教官も存在したため,必ずしも理想的な臨床教育,実践が行われているわけではなかった.またこの大学には,Solomon Snyderが立ち上げた神経科学部門があり,それ自体は高い評価を得ているにもかかわらず,精神神経科では「Perspectives」と生物科学の生産的な接点をこれまで見いだすことに成功しておらず,精神科レジデントが生物科学に正しく接することはほとんどなかった.驚くことにこれらの問題点は,学問としてのリーズナブルな議論の上での決裂というよりは,人間関係のレベルでの理解,コミュニケーションの不足に立脚しているようであった.すなわち,「包括的な精神医学の概念」を正しく教育していくには,それに必要な多様な背景をもった専門家(臨床医,医療従事者,医学研究者,科学者など)が,相互理解を深める場を設定し,これにレジデントが参加していくような新しい構造を作ることが必要であった.ジョンズホプキンス統合失調症疾患センターでは,年1回のシンポジウム,毎月のセミナーシリーズ,さらにはレジデントと基礎科学の若手フェローを同じ場で共通の課題について力を合わせて発表させ,それを教官がサポーティブにディスカッションに発展させる「Mind the Gap」ワークショップなどを開催することで,新しい教育構造を探っている.「Mind the Gap」ワークショップについては以下のリンクも参照されたい3)7)
 2013年の日本精神神経学会の講演では,「包括的な精神医学の概念」をめざすには若手教育が必要であること,狭い考え方や専門性に拘泥しない知的キャパシティー,対人ネットワーク形成技能を育てていくような教育システムの整備が重要であることを述べた.このような教育システムを定着させ,社会,家族,人間関係の中での一人の人間としての患者,をみることのできる医師(できれば国際的な医師)を育てていくことができるならば素晴らしいと考えている.

おわりに―自らの20年をふりかえり―
 私が医学部を卒業し仕事を始めた1990年代前半は,恩師である松下正明教授が精神科に着任し医局の統合を達成され,様々な立場から精神医学,医療を考えるという意味では非常に興味深い時代であった.東大病院に勤務している時には,日本の精神医学をより客観的にみた上で,多様な視点を効率的に統合する方法はないだろうか,ということを考えていた.松下教授が若い時期の留学を強く薦めてくださったので,私は卒業後7年目にジョンズホプキンス大学に来ることになった.
 当初米国留学は1,2年間の予定であったが,ジョンズホプキンスでの責任を中途で投げだすことが客観的にみて不可能な状況が続くまま現在に至った.留学当初の作業仮説は,生物学的研究,特に他の医学分野で成功したような分子病理学的研究を導入することで,精神医学の客観化,理論の統一化が図られるのではないかというものであった.今となればこの仮説は部分的に正しいが,完全ではないように思われる.
 過去10年は主に管理業に追われ,特に,過去2,3年は,臨床,研究,教育,パブリックアウトリーチを主要4軸に挙げる統合失調症疾患センターの管理だけにほとんどの時間を費やした.米国に来た最初の理由がより研究を主体としたものであることを思えば,この10年間は研究者としての成功からはほど遠く,その側面では悔いが残っている.一方,精神医学全体を見据えてのリーダーシップを仕事の中心におくことができたことは,別の意味で有意義だったと信じたい.上記のように,生物科学研究は,常に臨床にもしっかり足場をおく限りにおいては,精神医学にダイレクトに意義をもち得るとも願っている.したがって,自身の出遅れた研究キャリアについては,自身のピークを今から20~25年後(2030年代後半)と設定し,今は蓄積を粛々と重ねるようにしている.米国では終身教授には定年がないので,80歳をすぎた精鋭がしのぎをけずり,65~70歳はまだ若手である.少年老いやすく学成り難しはあまりに真実だが,それでもチーム一丸となって焦点をしぼって重要な問題に立ち向かえば,凡人でも多少は良い事ができるのではと,より良き明日を目指している.

 第109回日本精神神経学会学術総会=会期:2013年5月23~25日,会場=福岡国際会議場・福岡サンパレスホテル&ホール
 総会基本テーマ:世界に誇れる精神医学・医療を築こう:5疾病に位置づけられて
 特別講演:Mind the Gap―より包括的な精神医学の構築にむけて― 座長:樋口 輝彦(国立精神・神経医療研究センター病院)

付 記 ほぼ同時期に行われた国際生物学的精神神経学会での特別講演にて,本講演と一部分重複する内容を話したため,その記録(生物精神誌)と本論文の一部に近似の記載が含まれることをお断りしておく.また,本稿の一部の記載には,東京大学医学部同窓会新聞からの依頼で寄稿した文章に近似したものが含まれていることも併せてお断りしておく.なお,本論文に関して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 日本精神神経学会での講演の機会を与えて下さった神庭重信先生,その際の座長を務めて下さった樋口輝彦先生に深く感謝の意を申し上げたい.常に精神科医,精神医学者としての学術活動について,20年以上にわたりいつも暖かくも厳しいご指導を下さる恩師松下正明先生にも深い感謝を述べたい.日本語論文を書くことが少ない筆者の拙文の文法上の誤りなどを丁寧に直して下さった田中徹平先生の友情に感謝したい.

文献

1) Chisolm, M. S., Lyketsos, C. G.: Systematic Psychiatric Evaluation: A Step-by-step Guide to Applying the Perspectives of Psychiatry The Johns Hopkins University Press, Baltimore, 2012

2) http://www.hopkinsmedicine.org/psychiatry/specialty_areas/schizophrenia/director.html

3) http://www.hopkinsmedicine.org/psychiatry/specialty_areas/schizophrenia/events/mind_gap.html

4) Insel, T., Cuthbert, B., Garvey, M., et al.: Research domain criteria (RDoC): toward a new classification framework for research on mental disorders. Am J Psychiatry, 167; 748-751, 2010
Medline

5) 松下正明: 精神医学とはなにか. 精神医学の思想 (神庭重信, 松下正明編, 専門医のための精神科臨床リュミエール30). 中山書店, 東京, p.3-14, 2012

6) McHugh, P.R., Slavney, P.R.: The Perspectives of Psychiatry. The Johns Hopkins University Press, Baltimore, 1986

7) Posporelis, S., Sawa, A., Smith, G. S., et al.: Promoting careers in academic research to psychiatry residents. Acad Psychiatry, 38; 185-190, 2014
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